56話
「んんーー」
大きく伸びをしながら人がいない大学内のキャンパスを歩く。目的地は生協と呼ばれる大学内に存在するコンビニだ。
清木教授に会いに行った後に正、堂次郎と一緒にゲームをして、普段よりかなり早めに眠った僕。するとやっぱりというべきか、普段よりもかなり早い時間に起きてしまった。今日は朝一番の講義があるのだけれど、他に何か軽い用事を済ませられる程度には時間がある。そこで集めている漫画の最新刊が出ることを思い出して生協でそれを買おうとしているところだ。
そんなこんなでキャンパス内を歩いているわけだけど、少し先に見覚えがある後ろ姿を見つける。あの白い髪は、
「おーい、雪音!」
「あ、蔵介。おはよう」
小走りで後ろ姿に追いつく。こちらに振り向いて微笑むのは予想通り雪音だ。
「おはよう。大分朝早くに起きてるね?」
「それを言うなら蔵介だって。どうしたの?」
「僕はちょっと早めに目が覚めちゃって。生協で漫画買いに行くところ」
「あ、私も。奇遇だね」
なんて幸せな会話なんだろうか。こんな時間が得られるなら早起きも悪いものじゃないよね。
「そこの人や、喰らえぃ!」
「へ? うわ!」
僕に向かって何かを振るってくる誰か。いきなりの身の危険に体が勝手に反応して、素早くその場から身をかわす僕。早起きも悪いものじゃないとか言ってたやつは誰だ?
とりあえず素早く状況を確認する。僕がさっきまでいた場所には敵はいなく、身構えている雪音の姿だけ目に入った。
「蔵介、あいつが攻撃してきたみたいだよ」
雪音が指さした先には、装束で全身を纏った人がいた。第一印象は忍者。なんだけれど、着ている装束の色が黒ではなく、赤。赤装束(?)で身を纏っている。身長も高く、筋肉質の手から男の人と判断するけど、こんな目立つ色の服を着ているってことは忍者じゃないのかな?
「とりあえず、僕のことは知っているようなので、そちらの自己紹介をお願いしてもいいですか?」
「なんで敬語なの」
「よかろう」
ごほんと咳ばらいを一つしてから語りだす男。
「俺は『栞奈御庭番』が一人。杏と申す。俺の存在、常に疑え。さもなければ血を見ることになるぞ」
「まあ現代にあなたのような人がいるっていう現実が疑わしいですけど」
軽口を叩きながら頭を回す。えっと、この人が清木教授が言っていた『殺し屋』っていう奴なのかな? どうしよう、まずは清木教授に報告......いや、その時間をくれるほど悠長な相手じゃないだろう。
いろいろ考えることはあるけれど、とりあえず。
「雪音は一旦この場から離れて。もしできるなら清木教授に報告してくれると助かる」
「え? それだと蔵介が危ないよね?」
雪音からの気遣いに予想以上に嬉しくなる。雪音の気遣いがすごくありがたい。だけど、こちらも勝算がない状況に自分からなるほど馬鹿じゃない。
「大丈夫。これから段々人が増えてくるだろうからその時は相手も撤退するはず。それに、いざとなったら僕の能力が何とかしてくれるよ」
『能力』。炎を出したり、触れることなく物を動かしたり。一般的にイメージする『超能力』のことだ。原理としては、能力を扱うことができる『能力者』にだけ存在する『糸』というものが何やらしているらしい。なんで詳しく説明できないかというと、この糸は見ることも触れることもできないから。
この糸を持っている人はかなり少数だ。そして糸を持っている人のことを『能力者』、糸を持っていない人のことを『無能力者』と呼んでいる。
ちなみに、僕の能力は『2重人格』というもので、先日この能力を駆使して雪音を守った......らしい。2重人格が現れているときは僕の意識がなくなってしまうので自分では判断できないけど、他の人からそう聞かされた。
まあ他にも能力には『学習型』という分類があったりするのだけれど、その話はまた今度で。
「さて、上木蔵介。俺と闘ってもらおう」
「えーっと。理由って聞いても大丈夫?」
「それは貴様が俺に敗れたら分かる。行くぞ!」
ふっと軽いフットワークで接近してくる杏。手には短刀が握られている。
「うわっと!」
短刀が届く間合いに入った杏が早速斬りかかってくる。僕は慌ててその場から飛びのく。接近するスピード、刀を振るうスピード。どちらも速い。速いけれど、人間離れはしていないというのが感想だ。そこから予想するに、能力はまた別にあると考えていいだろう。
「喰らえ!」
僕は飛びのいてから素早く攻撃を行う。まずは腕よりもリーチが長い脚での攻撃だ。短刀を振るった杏の脇腹めがけて横蹴りを行う。
「ふん、ぬるい」
「え、うわ!」
僕の足は杏の腕で受け止められた。それを理解した瞬間に足を引っ込めようとするが、それは許されない。杏は素早く腕を僕の足に絡める。
「や、やば「落ちろ!」
そのまま体が一回転して地面にたたきつけられる......かと思ったら、僕の体が空中で制止する。な、なにが?
「ぬ、この力は」
「サイコキネシス!」
瞬間、杏の体が吹き飛ぶ。僕の体を絡めていた手が離れて、杏が数メートルほど転がる。一方僕は空中で制止し続けている。これは、雪音が能力で助けてくれたみたいだ。
「ありがと、雪音!」
「それはいいけど、やりすぎちゃった?」
空中で体が横向きから縦向きへと変わり、ゆっくりと地面に下ろされる。すごい能力だ。流石『超能力』。
「さてさて、朝早いけれど清木教授たちは起きてると思うから、身柄を拘束して報告をーー」
そんな風に安堵しながら杏へと近づこうとすると、杏がスッと立ち上がる。特に体の不調は感じていないようだ、まっすぐな足取りでこちらへ歩いてくる。
「確かに手ごたえはあったのに」
冷や汗をかきながら一歩後ずさる雪音。一方僕は思考を巡らせている。
『攻撃が喰らわない』。これは色々な言葉に入れ替えることができる。例えば『見えない何かで防いだ』とか『痛みを感じない』とか、『当たったように見せかけて、実際は当たっていない』とか。とにかくいろいろな手段で『攻撃が喰らわない』と思い込ませることができる。
そういうわけで、何が作用しているのか特定することが勝利への第一歩で間違いないはずだ。で、実際に『吹き飛ばされている』わけで、雪音が手ごたえを感じている。つまり当たらなかった、ということはありえないわけだ。
「考え事とは悠長だな」
「っ!」
一旦思考を止めて杏に集中する。小刀を構えて斬りかかってくる杏から離れて、雪音に頼みごとをする。
「雪音、能力でこいつを押さえつけられない!?」
「できる!」
その意思を伝えた瞬間、杏の動きが止まる。流石雪音、これならいくらでも思考する時間......いや、人がやってくるまで時間を稼ぐことができる。
「他人に頼るとは、卑怯な」
「いや、そっちだって最初に不意打ちしてきたじゃないか」
ふうとため息を吐きながら杏に背を向けて携帯電話を取り出す。もちろん相手は清木教授......なんだけど、なかなか通話に応答してくれない。
なかなか通話を始めない僕の傍に雪音がやってくる。多少目を離してても押さえつけることはできるようだ。
「あれ、清木さん電話に出ない?」
「うん。まだ寝てるのかな」
「うーん。立花学長も清木さんも朝早いんだけどね。最近は特に大きいこともなかったから忙しすぎるってことはないだろうし」
それは妙な話だ。でも、実際清木教授がまだ寝ているかどうかを確認する術がない。こちらとしてはどうもできない。
「まあ誰にでもミスはあるよね。ちょっと待とうか」
そういって雪音と談笑でもしようと思っていると、突然全身に痛みが奔る。
「いった!」
「え? え? どうしたの、蔵介」
おどおどとしている雪音。ただ、こちらとしても原因が分からない。もしかして、昨日の徹夜が響いて何か体に異常が? 体が痛みを訴えるというのは結構な異常と聞いたことがある。僕、死んじゃう?
「どうしよう雪音、僕レポートが原因で死んじゃうかも」
「? ? 読んだだけで死ぬ文章でも書いたの? そういえば蔵介、その、なんていうか、字がきたな......個性的だもんね」
「いや、そうじゃなくて......ってそんなこと思ってたの?」
かなりショックな事実を知ってしまった。ただ、それは一旦置いておいて今の痛み、ちょっと変だった気がする。確かに全身が痛んだんだけど、同時に痛み出したというよりは、体中を何かが回ったような......気のせいかな?
「僕は血管や血液とか神経を弄ることはできないし、感じ取ることはできないよね」
そう呟いて体を動かそうとした瞬間、もう一度体に痛みが奔る。今度は感じることができた。僕の首筋に何かが刺さったみたいだ。
首筋を手で擦ると、何かすごく小さいものの感触がある。手に取ると、0.3mmのボールペンの芯程度の太さの針が手中にあった。これで誰かに刺されたみたいだ。
「なにそれーーって、その針、血がついてるよ? もしかして」
「あ、うん。刺されちゃった......みたい......」
突然足から力が抜けて、地面に膝立ちになってしまう。あ、あれ。しっかり眠ったはずなのに。......いや、ぼんやりしちゃだめだ。頭を回さないと。
原因は間違いなく今確認した針。針に毒か何かが塗ってあったのだろう。それ自体はありえない話ではない。ただ、問題は。
「毒が回ったか。やはり即効性のものは便利だ。ああ、安心しろ。ただの麻酔で致死性があるものではない」
雪音に押さえつけられているはずのこいつが、この針をどうやって飛ばしたのかが問題だ。
忍者なら毒に精通していると考える私の思考は、何に感化されているのでしょうか。




