55話
「あー、疲れたー!」
「なんとか間に合ってよかったな」
正午過ぎの食堂。かなり多くの人で賑わっている食堂の内の一つの机で僕と正はぐったりしている。レポートは何とか時間内に提出することができた。担当の先生は苦笑いしながら、『大学生は忙しいですよね。ギリギリだけど、時間内ということで受け取ります』と言ってくれた。すみません、ゲームをしていたのが遅れた原因です。
「まあなんだかんだで何とかなったね」
「ああ。ちょっとこれからは引き締めていかないとな」
「まったくもってその通りだね」
黒い髪をオールバックにしていて目つきが鋭く、身長が高い正。ただ、今日ばっかりは疲れからだろうか、黒髪をオールバックにしているものの、目つきは大分力がなく、高い身長は猫背にしているせいで大分小さく見える。そんな正は疲れを隠していない表情で食堂で購入したカツカレーを頬張っている。僕も購入したラーメンをすすりながら今回のことを反省する。
今日の用事はこのレポートくらいだ。講義もアルバイトも今日はないし、かといってここで寝てしまうと昼夜逆転して明日からつらい。どうしようかと正と話をしていると、携帯電話が鳴る。
「ん? 今の音は......」
「どうした? ......って、俺の方にもメールが来てるな」
僕は早速携帯電話を開いて内容を確認する。普段ならメールなんて後回しにするんだけれど、今回のメールは無視するわけにはいかない。もったいぶらずに説明すると、『防人』への連絡が来た時の着信音なのだ。
『防人』。それは、僕や正といった能力者を狙って、A大学に襲撃をしてくる人から能力者たちを守るために発足された組織......というのは表向きの理由で、実は雪音を狙って襲撃してくる奴らに対して作られた組織というのが本当の理由だ。ただ、先日雪音を狙った襲撃者を退けたから今はほとんど機能していないはずなんだけど、なぜか連絡が来た。
「何々......『この後防人のメンバー全員理事長室に来ること』って書いてある。正は?」
「俺も同じ内容だ。なんでだろうな」
うーん。防人が発足された本当の理由から考えると、雪音が危ない目に遭ったとか? でもさっき雪音と会った時も特に変な様子は窺えなかった。いやまあ、あれだけ慌てていたから正直自信をもって雪音におかしい様子はなかったとは言えないけれど。
なら、防人が発足された表向きの理由、能力者を狙った人が来た、ということだろうか? でもそれなら『この後』っていう書き方じゃなくて『至急』っていう書き方をするだろうし......。
しばらく二人で頭を捻ってみても理由が思いつかない。まあ、行けば分かる話だよね。
その後適当な話をしていると、あたりの人が大分少なくなってきた。そろそろ午後の講義が始まる時間だ。
「それじゃあ、僕たちも行こうか」
「そうだな。面倒事じゃなきゃいいが」
僕たちはほとんど人がいなくなった食堂を後にして、理事長室へと足を向けた。
1号館。休講情報など主に学生生活の間に発生する情報が集まる場所だ。そしてここには理事長室という場所があって、そこでは立花学長と清木教授が仕事をしている。僕たち防人が呼ばれている場所もそこだ。
早速1号館の奥へ進み、『理事長室』と無機質に書かれた部屋の扉をノックする。
「どうぞ」
「「失礼します」」
二人で理事長室へ入ると、そこには僕と正を除いて4人いた。
まずは立花学長と清木教授。立花学長は短い黒髪をマッシュヘアにしている女性で、清木教授は目にかからない程度の短い金色の髪を自然に下ろしている。どちらも僕たち能力者が安全に大学生活を送れるように日々勤しんでくれている......んだと思う。実際にどのように仕事をしているかはあんまり見ないから何とも言えないけど。
続いてもう一人は防人のメンバーの一人、高見堂次郎だ。短い金髪に整った顔立ちなんだけれど、少し太っている。最高のゲームを作るために日々努力しているようで、知識量にはかなりの自信があるみたいだ。ただ、シナリオを作るのが非常に苦手らしく、試しに作ったゲームをプレイした人からのシナリオの評価はかなり低いらしい。僕が堂次郎にシナリオのアドバイスをすることを条件に防人に入ってくれた。僕もシナリオなんて詳しくないけれど、堂次郎にとっては藁にもすがる思いなんだろう。雪音の騒動が終わった後もちょくちょくアドバイスしている。
そして最後に。こちらも防人のメンバーである朝倉幸助。肩に届く程度といった、男性にしては長い黒髪をそのまま下ろしている。前髪は目にかからないようきちんと整えている......といった髪の毛の特徴以外に目立つ点がある。甚兵衛に草履、『~でござる』や『蔵介殿』などと古風な話し方。タイムスリップしてきたのかと思ってしまうような日本男児だ。
朝倉君の年齢は僕たちよりいくつか上だ。と言っても受験浪人をしたわけではなく、何者かに命を狙われているようなので、その何者かから守ってもらうためにA大学に入学したらしい。剣の腕前に関しては素人意見になっちゃうけど、かなりのものだと思う。この大学に入学してからも毎朝剣の訓練をしているようなので、納得の実力というところだ。
「集まってくれてありがとう。早速収集した理由を話すね」
そう話を始めるのは清木教授だ。眠たい頭を無理やり起こして話に耳を傾ける。
「なんと、A大学に殺し屋が入ってきたみたいなんだ」
「......え?」
こ、殺し屋? 突然の現実離れした単語に困惑する僕。ちらりと隣を見れば正も顔を強張らせている。
「まあ聞きたいことはあると思うけれど、とりあえず話を聞いてほしい」
口を開こうとする僕を制するように話す清木教授。微笑んではいるものの、本当に最低限、社交辞令程度のほほえみであることが分かる。
「相手の目的は分かっていない。誰を殺そうとしているのか、殺しが目的じゃないのか。能力者なのか、そもそも男か女か。それすらもよくわかっていないんだ。ただ、確実に殺し屋はいる。それだけは肝に銘じておいてほしい」
「そんなこと言われても......」
「なあ......?」
僕と正の困惑した返事とは裏腹にワクワクとした表情をしているのは堂次郎だ。
「これは最高のネタだぞ......!」
なんというか、前向きということでいいんだろうか? ただ、防人のリーダーとして少し警戒させておいた方がいいだろう。
「ちょっとちょっと、堂次郎。相手は『殺し屋』だよ? ちゃんと警戒してよ?」
「分かっている。ただ、こんな機会はないからな」
はあ......。この様子だと、あんまり警戒はしてくれなさそうだ。まあ堂次郎なら大丈夫だろう。
そんな信頼と諦めが混ざった感情で堂次郎を諭すことを諦めた僕は清木教授に尋ねる。
「それで、僕たちは何をすればいいんですか?」
「まずは殺し屋の特定をしてほしい。もちろん俺たちも裏で動いてはいるけれど、何も掴めない。それってもしかしたら俺たちが探そうとしているからなのかもしれないと思ってね。特に何も探らないであろう学生の目線で見ると怪しい様子のやつがいたりするかもしれないから、そういう奴を見つけてほしい。ああでも、無理して探りを入れたりしなくていいからね。もちろん、殺し屋が特定できても独断で闘わず、一旦俺たちに報告するように。分かった?」
「「「「はい」」」」
やるべきことは分かった。とりあえず、怪しい人がいたら報告しろということだろう。
「それじゃあ僕たちはこれで失礼します」
「うん。わざわざありがとうね」
清木教授に見送られながら理事長室を後にする僕たち。
「正、本当にこの後どうする?」
「んー、夜までゲームでもするか。堂次郎、どうだ?」
「構わないぜ。泣かせてやるよ」
「朝倉君もどう?」
「あー、拙者は遠慮しておくでござる。清木教授と少し話すことがある故」
どうも朝倉君の歯切れが悪い。まあ、あんまり聞かれたくない話をするつもりなのだろう。こちらもゲームをするだけだ、あんまり無理強いするつもりはない。
「ん、分かった。それじゃあまたね」
「うむ」
短く返事をして理事長室へ戻っていく朝倉君。僕たちはゲームをするために僕の部屋へと向かった。
「それで、朝倉君。誰を狙わせたんだい?」
「少々悩んだでござるが、蔵介殿を襲わせるつもりでござる」
「妥当だね。上木は超能力者を守れるほどの実力があるってことで周知されてるだろうから」
「そうでござるね。願わくば、拙者の思い通りに事が運ばれてほしいところでござる」
「思い通りって?」
「もちろん、上木殿が負けるのが望みでござるよ」
改めて登場人物紹介......と、何かが起きる予感。




