第52話
「っふ!」
まずは一気に近づいた俺の鋭い横蹴り。工藤は一歩引いて俺に手のひらを向けてくる。それを確認した俺はその場で四股を踏むように体勢を低くして身構える。
ゴウ! と激しい炎が俺に向かって襲い掛かってくる。俺は限界まで低くかがんで、かがんで、
「な!?」
「っらあ!」
俺は地面の硬度と足、靴の硬度を一気に上げて、工藤の腹に飛びつくように攻撃を仕掛ける。
「甘い!」
「おっとと!」
次は地面から天井まで一本の炎が生えてくる。俺は硬度を上げた足のつま先を、硬度を柔らかくした地面に突き刺す。そのまま地面に手をついて態勢を立て直そうとするが、そこを見逃してくれるほど甘い相手ではない。
「喰らえ!」
俺の手の周りの空気が、一気に温度を上げる。そこから真っ白な明かりが生まれて、炎が生まれる。
「あっつ!」
俺は大きく体を逸らして、そのまま後ろに転がる。そこを追撃しようとしてくるはずの工藤の攻撃は来ない。
転がっている推進力を利用して立ち上がり、改めて工藤に対峙する。工藤は鼻血を出しながらこちらを睨んでいる。
「痛かっただろ? ダイヤモンド並みに硬いコンクリートを食らった感想はどうだ?」
一瞬炎に炙られた手を振りながら余裕たっぷりに尋ねる。工藤はこちらを睨んだまま答える。
「ふん、この程度か、という感じだよ」
俺が倒れて手をついていた地面の硬度を下げて、ある程度のコンクリートを手のひらに握りこみ、体をのけ反らせるときにそれの硬度を上げて工藤の頭に向かって投げたのだ。距離はそんなに離れていない、当てるのは簡単だった。
「ところで、君も無敵ではないんだね」
「というと?」
スタミナは特に問題ない。別に今の攻防を100回やっても俺は同じことができる自信がある。だから、聞き返したのはただの気まぐれだ。
「炎に当たりたがらない。いくら硬度を上げても熱とかには弱いんだね」
「当たり前だろ」
俺はケラケラと笑いながら答える。工藤は鼻血を垂らしながらも真面目な表情を一切崩さない。
「ってことは、神経は通っているわけだ。で、さらに言えば他人の硬度は変えられない。考えてみれば当たり前か。そしたら触れるだけで人を殺せちゃうもんね」
「まあそうだな。で?」
「つまり、俺の打撃は効果があるんだね」
工藤がスッと拳を構える。えっと、
「俺の体、めちゃくちゃ硬いぞ?」
「でも神経があるならそこを狙うしかない」
「いや、炎で攻撃すればいいだろ」
「もちろんそれも使うよ」
工藤が言い終わる前に俺の足元が光り輝く。俺は素早く体を動かす。後ろではなく、前に向かって走り出す。
「さっきの話聞いて......!」
「殺してやるよ!」
恐らく、工藤は接近戦に関して何か秘策を持っている。ただ、秘策は秘策だ。ある程度は遠距離戦を仕掛けたかったのだろう。そうしてスタミナがなくなった俺が接近すれば、(どのくらいの接近戦の強さかは分からないが)俺より接近戦が苦手な工藤でもなんとかなると思った、というところだろう。
「クっ、当たらない......!」
俺はジグザグに走りながら工藤へ詰め寄る。途中地面から炎が生えるが、それが俺の進路を邪魔することはない。工藤がこちらに向けている手のひらが右に左にと動き回るが、どうにも俺をとらえきれていないようだ。
そして、俺の拳が届く範囲まで近づいた瞬間。工藤が自分の周りを炎が包む。おう、意外と知能的。
「まあそれでも攻撃できるけど、な!」
俺はつま先を地面に埋め込んで、そのまま蹴り上げる。砕けたコンクリートが炎の中へ飛んでいく。が、特に反応はない。
「だめ押しだ......!」
俺は素早く身をかがめて地面を手でえぐる。そして手に取ったコンクリートの硬度を上げて、炎の中に叩き込む。
「死ね!」
炎の燃え盛る音が邪魔してぶつかったかどうかが音で確認できない。ただ、工藤は絶対にまだ戦える状態だ。
「まだまだやれる、って感じだな」
炎が最初は工藤を包み込む程度のものだったのが、逆に俺が包み込まれている。まだ闘志は十分にあるということだろう。
俺は瞬間移動ができたりする能力者じゃないし、服の硬度を上げても炎は燃え移る。ただ、一瞬炎に飛び込むくらいなら問題はない。服に燃え移らない程度、さっと潜り抜ければいい......はずだ。
「......んあ?」
なんというか、違和感。だがそれに思考を費やしている時間はない。俺は工藤がいた方向へと飛び込み、
「「--!!」」
いくつか擦り傷が目立つ工藤と俺の視線が交錯する。俺は体が訴える熱を感じながらも拳を握りこみ攻撃を仕掛ける。工藤は俺が来るのを待っていたようで、俺よりも先に攻撃を繰り出してくる。
先ほど工藤が言った通り俺は神経も遮断できるが、していない。その理由は単純で、どのくらいの力を相手が持っているか測るためだ。まったく痛くない攻撃を食らい続けて突然気絶するという展開は避けたい。
能力から察するに工藤のパンチなら何発かもらっても問題ないはずだ。そう考えた俺は工藤のパンチを躱さずに拳をぶつける。
まず攻撃を食らったのは予想通り俺だ。しかし工藤のパンチの威力は決して強くない。これなら接近戦は問題ないな。そう考えた俺の拳が、止まる。俺の服が燃え始めたのだ。
「なあ!?」
......そうか、接近戦をけん制する意味のあの言葉。『俺の打撃は効果があるんだね』という言葉は、接近してきて避けられない距離に来た俺を『燃やす』ための言葉だったわけだ。
俺は素早く飛びのいて、服を破いて上裸になる。そして燃えている服を一つ結びで結んで、能力を使う。
「俺の攻撃も悪くないだろう?」
そんな風に余裕ぶっている工藤に一気に接近する。工藤は俺に向かって手のひらを構える。俺は先ほどのようにジグザグ走らず、一直線に走る。
「俺の勝ちだね」
工藤が得意げに炎を手のひらから繰り出す。当然俺は炎を直で食らう。真っ赤になる視界の中、俺は力の限り手に持っている結ばれた服を振るう。
服越しに伝わってくる感覚はない。が、手ごたえはある。服の結び目になっている部分が工藤の脇腹に当たったようだ、炎はなくなって、血を吐きながら倒れる工藤の姿が確認できた。
「あ”ぁ......」
力なく倒れる工藤。服の結び目の硬度を上げていたので、ハンマーで攻撃を受けたような。ダメージがあるのだろう。
俺は倒れる工藤の頭めがけて服で作られたハンマーを振りかぶる。そして、一切の躊躇なく振り下ろす。
「うぁ!」
工藤が頭を大きくのけ反らせる。服のハンマーは工藤の頭ではなく地面を粉砕した。間一髪でよけられてしまったようだ。
俺は次は避けられないようにするために青ざめた工藤に馬乗りになる。
「や、やめろ! やめてくれ!」
工藤が炎を吐き出し、拳で殴りと俺に攻撃をしてくる。先ほどまでの余裕とは打って変わって、恐怖を全面に押し出した表情でがむしゃらに攻撃してくる。が、それは一切の効果がない。いや、実際には効果があるのかもしれないが、今は痛みを感じない。
俺は先ほど痛覚を感じないように神経を弄った。理由は簡単で、この試合の負けというのが雪音の死につながると感じたからだ。
さっきまでは俺が勝たなくても、最悪俺が倒れて気絶すれば工藤は満足すると思っていた。それは楽観的な考えだったのだろうが、もう戻る場所のない工藤にとっては俺や雪音の生死は意味がなく、自分の考えを示したい。その程度のものだったと思っていたんだ。
でも、工藤は能力を使って確実に俺を死に追い込んでいる。俺が気絶をした場合、倒れた俺を工藤は殺してくるだろう。......雪音を、殺すだろう。
心のどこかでは、工藤は改心すると思っていたのだけれど、もうそんな考えは必要ない。
俺は、こいつを殺さなければいけないんだ。
「うわあああああ!」
工藤が涙を流しながら叫ぶ。俺は洋服のハンマーを振りかぶりーーー
「サイコキネシス!」
そんな声が聞こえてきた。瞬間、俺の体が固まって、
「蔵介は寝てて!」
ぐわんと脳が揺れる感覚と同時に意識が落ちた。
工藤は人を殺さないって心のどこかで思っていた。




