42話
周囲の視線を集めながら大学の門へとやってくると、和服姿の男性があたりをきょろきょろと見回している。もちろん、朝倉君だ。
「朝倉君」
「む、蔵介殿......っとそちらは古木殿では?」
「うん、さっき何とか保護したんだ」
早速朝倉君と情報交換、というか古木さんを保護したことを伝え、これから清木教授のところへ向かう旨も伝えた。
「それでは情報交換はいらないでござるかね」
「いや、少し聞きたいことがあるんだ。まあ歩きながら話そう」
空がオレンジ色から暗い青に染められていく時間。ちょうど授業が終わった時間でもあるだろうし、大学の門前ということもあって、この時間にしては人通りがそこそこある。さらに和服の朝倉君とアイドルの古木さんが一緒にいることもあって僕たちは今かなり人目を引いている。普段なら特に気にしないのだけれど、僕たちは能力者だ。できる限り人目を集めないように立ち回りたい。
というわけで早速移動を始める。もちろん、向かう先は清木教授がいる1号館だ。できる限り人目がない場所を通っていきたいけれど、まだそこまでキャンパス内の地理に詳しくないので、ここはまっすぐ向かうべきだろう。
「それで、聞きたいこととは?」
歩き始めてすぐに朝倉君が尋ねてくる。流石に歩いている人の会話を意識して聞くような人はいないと思うけれど、なにせアイドルが傍にいるんだ、聞き耳を立てている人がいてもおかしくない。少し濁して話そう。
「単刀直入に聞くけど、怪しい人はいなかった?」
「むう、それが見つからなかったんでござるよ」
「えっと、古木さんのGPSが途切れたのってどの辺りだったっけ?」
「やっぱり人目につかないような場所だったでござるよ。低木とベンチがあって、校舎からもそこそこ離れているのでゆっくり休む分には申し分ないでござるが、やっぱり古木殿のような人も現れてしまうんでござるな」
ふむ、人目につきにくい場所か。ちなみに僕の大学は環境学科があって、自然の研究が大学内で行われることもある。それもあって、結構自然豊かだ。自然との共存とか何とかで朝倉君の言うような低木とベンチがある休憩スポットも少なからず存在する。なので、その中からわざわざ人目につかないような場所を選んで休む人は少ないので、今回のような事件が起きてしまったのだろう。
「そういえば、なんで古木さんはそこに?」
「私も休もうと思ったんだけれど、ほかの場所で休んでるとすぐ声を掛けられちゃうからわざとそこを選んだのさ」
なるほど、道理だ。こう考えると、芸能人は休むのも一苦労だなあ。
「それにしても、今どきの大学生は凄いでござるな」
「今どきの、って朝倉君もじゃないか」
「おっと、これは一本取られてしまったでござるね。参った参った」
「それで、何が凄いの?」
「こう、髪の毛を青く染めている人がGPSが途切れた場所で寝ていたんでござるよ」
「青い」
「髪の毛」
思わず古木さんと顔を見合わせる。もしかして。
「その人、髪の毛を逆立ててなかった?」
「おお、逆立てていたでござるよ。それで、古木殿のことを見ていないか聞こうと思って体をゆすっても起きなかったでござるよ。頬も少し赤くなっていたでござるし、もしかしたら酔っていたのでござろうか? そう考えてそれ以降は特に話しかけてないでござるよ」
「間違いない」
「伊達君だね」
顔が赤かった......もしかして、古木さんと幻覚内で話していたからだろうか? 彼ほどの古木さんファンならおかしい話ではない。
それと、朝倉君の話の中で気になる点が一つ。
「朝倉君は、伊達......その人の体に触ったんだよね?」
「うむ」
「なんか、意識がなくなったりしなかった?」
「ふむ......? もう少し詳しく話してほしいのでござるが」
「上木君、それじゃあ話がこじれるだけだよ」
自分でも焦っているみたいだ。古木さんにも諭されて、少し頭が冷静になったところで、先ほどまで伊達さんの幻覚内にとらえられていたことや、幻覚の能力について他人に聞かれてもいいように誤魔化しながら話す。
「---ということなんだけど」
「ふむ。それでいうと、確かに拙者は変でござったな」
3人で頭をひねって何とか出した結論は、
「とりあえず、かけた本人には触れても問題ないってことだよね」
「そうでござろうな」
「うん、私もそう思う」
雪音が言っていた弱点に『幻術をかけた本人の意識もなくなる』というのがあった。もしも幻術をかけた本人に触れても幻覚にとらわれてしまうのなら、弱点とは呼べないかもしれない。もちろん、先に幻術の能力を持っていることが分かっていて、拳銃とかで触れずに攻撃できるとは思うから術者自体も幻覚にとらわれるというのは弱点かもしれないけれど、それだけだと弱点とはあまり呼べないだろう。まあ長々と語ったけれど、幻術をかけている最中の本人に触れても幻覚にはとらわれないということだ。
そんな風に結論付けると、タイミングよく1号館にたどり着く。ほとんど人の気配がない廊下を通って清木教授がいる場所へまっすぐ向かう。
「清木教授、いますか?」
『理事長室』とだけ書かれた扉をノックして声をかけると、「どうぞ」と返事が来る。
「失礼します」
返事を聞いて扉を押すと、いつも以上に上機嫌な清木教授が迎え入れてくれる。座っていた立花学長もわざわざ立ち上がって機嫌よく迎え入れてくれる。
「いやー! よくやってくれたよ!」
「は、はあ」
ここまで喜ばれると少し怖い。朝倉君と古木さんも少し戸惑っている様子だ。
そんな僕たちの様子を見て、清木教授が咳ばらいをする。
「こほん。『防人』の二人、本当にありがとう。それに、古木さんも申し訳なかった。こちらの都合で呼んでおいて誘拐まで許してしまったのは完全にこちらの落ち度だよ」
言いながら頭を下げる清木教授と立花学長。古木さんは少し慌てながらも強気に言い放つ。
「とりあえず、助けてもらえたので特に気にしていないです。これで助けてもらえなかったら許さなかったですけれど」
どうやら古木さんは少し怒っているようだ。それを清木教授も感じ取ったようで申し訳なさそうに話を続ける。
「これからは本当に気を付けるよ。それで、事前に言われていた『防犯ブザー』。とりあえずこれを持っていれば『防人』、というか上木君に連絡が行くから」
「僕に来ても助けられるかわかりませんけどね」
自信がないのでポツリと呟く。そんな僕の呟きをスルーして清木教授が話を進める。
「それじゃあ、外に護衛を呼んであるから、古木さんは安心して帰宅してもらって大丈夫だよ」
「わかりました、それでは。......またね、上木君」
「あ、はい」
別れの挨拶をされて思わずびっくりしてしまった。そこまで僕に気を許してくれていたんだなあ。なんだろう、すごく嬉しい。
古木さんが理事長室から出ていったところで清木教授が口を開く。
「さて、それじゃあ『防人』の二人には状況報告をお願いするよ」
「拙者は特に何もしていないでござるから、上木殿が話してくれると助かるでござる」
「ん、了解。えっと、連絡を受けて大学に戻ってきてからーーー」
古木さんを見つけるに至る経緯、見つけてから幻術に嵌まり、そこから抜け出して朝倉君と合流。朝倉君が幻術をかけた本人と接触したことまですべて話す。
「ふむ。穂乃果、どう思う?」
「......グレー」
「「??」」
朝倉君と一緒に首をかしげる。えっと、何の話だろうか?
「上木には朝話したよね。清治がある可能性を見つけたって。それについて」
「あんまり詳しくは話せないんだ、ごめんね」
そういえば、朝そんなようなことを立花学長から言われた気がする。それはどういう可能性なんだろうか?
古木さんを助けたんだ、それくらい聞いても罰は当たらないだろう。そう考えて口を開く。
「それじゃあ、話すことは話したので、僕はこれで」
......あれ?
「ふむ。拙者もレポートがある故、このあたりで失礼してもよろしいでござるか?」
「うん。二人ともありがとね」
「また何かあったら頼む」
清木教授と立花学長に見送られながら理事長室を後にする。
「それでは、先ほども言ったでござるが、レポートがあるので一足先に寮に戻るでござる」
「あ、うん。時間使わせてごめんね」
「いや、レポートはそこまで切羽詰まっていないので大丈夫でござるよ。それではまた明日」
朝倉君の背中を見送って、考え事を始める。これはもしかしなくても僕の能力が原因だろう。2重人格の方の僕は何かをしようとしている。『夜に用事がある』のと......清木教授との会話を終わらせたことから、自室に戻りたがっている、つまり一人になりたがっているのだろうか?
「とりあえず、部屋に戻ろうかな」
ぽつりと呟いて寮へと足を向ける。うーん、2重人格の僕は何がしたいんだろうか。
自分を推理するのは変な感覚だろうなあ。




