41話
僕がありえないという言葉の意味について考えていると、頭の血管がピンと張るような痛みと共に言葉が浮かんでくる。
(違うだろ? お前は頭の回転が遅いな)
そんな考えがぼやーっと浮かんでくる。おかしい。僕は何かに気が付いているんだ。ただ、何かが足りない......はず。
「いてて」
『いてて? 攻撃を受けているの?』
「あ、いや、なんでもないよ」
思わず口に出ていたみたいだ。というか、僕が気が付いているのではなくて、僕の能力の『二重人格』が気が付いているんだろう。できればすぐに僕に答えを教えてほしいんだけど。頭痛もやめてほしい。
そんな風に僕が頭の中で戦っていると、雪音が話し始めてくれる。
『あのね。幻覚系の能力ってすごく強いでしょう?』
これは間違いない。幻覚を受けてしまうと、幻覚を操る人の想像した通りの空間に引きずり込まれる。その間、現実の体は倒れてしまい、意識を集中させてようやく物音や気配に気が付く程度の状態になってしまう。もちろん、体を動かすことはできない。この状態で攻撃をされようものならひとたまりもない。
さらに。幻覚系の能力を受けている人に触れると、なんと触れた人間まで幻覚に引きずり込まれる。
幻覚から脱出する方法も、幻覚を操っている人の要求事項......簡単に言えば、歌を歌えとか絵を描けとかそういう要求をこなすか、時間制限が来るかしか存在しない。強すぎる。
そんな風に改めて幻覚系の能力の恐ろしさを認識していると、雪音が幻覚系の能力の、いわゆる弱点を教えてくれる。
『でも、それだけ強いからこその弱点もあるの。いくつかあるんだけど、まずは時間制限ね。これはその人その人によって違うかな。その時間制限が来たら、ある程度のクールタイムを挟まないと能力が使えないの。クールタイムの時間は.....まあ、大体1日くらいかな』
「へえ、クールタイムは初耳だなあ」
さっき幻覚系の能力の強さを確認したときも説明した時間制限は、伊達さんが話していた『俺の場合の幻覚は2時間程度しか続かない』というものだろう。クールタイムの話は初めて聞いたけれど、なるほど。正のセカンドインパクトや朝倉君のかまいたちなんかはクールタイムが存在しない。そう考えるとクールタイムという概念は結構な弱点になりそうだ。
『それで、もう一つの弱点が大事なんだけど、『幻覚の能力を使っている間は自分も動けなくなる』の』
「......それって」
『平たく言えば、さっきまでの蔵介と同じような感じになるの。もちろん幻覚にかかっている人とは違って、幻覚の内部に物を出現させたりもできるけど』
「じゃあ、伊達さんは」
『うん。他の人に連れ出されちゃったのかも』
「......」
(まだ気が付かないのか? まあ、お前には経験値がないもんな)
うるさいなあ、こいつ。こいつっていうか二重人格の方の僕。答えを教えてくれないなら黙っていてほしい。
そんな僕の考えに呼応してか、二重人格の僕が語り始める。
(いいか? 俺たちを狙っ......本当のもく...俺たちみたいな...違......実は..ある....)
『蔵介?』
「上木君、難しい顔してどうしたんだい?」
二人に呼びかけられて一気に思考が現実に戻る。なんだろう、もう答えは出ているはずだ。その答えにたどり着けないもどかしさ。教えてくれようとしていた二重人格の僕の思考は途切れ途切れだったからよくわからない。別にノイズが流れたとかそういう話ではない。そもそもそこの音が抜けるような感じ。思考の中の声だからというのもあるのだろうけど。
色々気になることはあるけれど、とりあえず『防人』のリーダーとしてやるべきことをやろう。まずは、
「雪音のお陰でいろいろ分かったよ。ありがとね」
『別に気にしなくていいよー』
「もしできるなら雪音は立花学長に古木さんを発見して保護していることを伝えてくれる?」
『そのくらいならオッケーだよ』
「本当にありがとう。もう明日には転校するのに迷惑かけてごめん」
『......そう、だね。別に迷惑だとは思ってないから安心して』
「それならよかった。明日できれば見送りさせてよ」
『うん。また昔みたいに泣いちゃだめだよ?』
「わ、分かってるよ」
『ん。......それじゃあね』
「うん、またね。......って、あ」
雪音が電話を切ってから気が付く。これ、古木さんとの通話だった。
恐る恐る古木さんの方を振り向くと、......あれ、あんまり怒っていない。怒っているというよりはあきれているような表情だ。
「どうやら、君にとっては白川さんと話すことが一番のご褒美だったみたいだね?」
「う。ま、まあその通りです」
僕は少し恥ずかしくなりながらも正直に答える。ただ、古木さんは通話が切られたことには怒っていないのだろうか? そのことを尋ねてみる。
「別に通話は私の好きな時にできるし、別にそれに関しては怒っていないよ」
「それなら良かったです」
さてと、重要な情報も得られたし雑談はこのあたりで一旦ストップ。この辺で気持ちを切り替えよう。
「まず、古木さんはこれからどうします?」
「どういうことだい?」
「このまま自宅に帰るか、ほかの人に護衛してもらうかっていう話です。古木さんが狙われることはもうないと思うので帰宅してもらっても大丈夫ですけれど」
「ああ、そういうこと。うーん、私としては帰宅したいところなんだけど、さっきみたいに襲われるのは初めてでちょっと怖かったんだよ」
それはそうだろう、というかそうじゃない方がおかしいくらいだ。いきなりさらわれて幻覚に閉じ込められて、なのにこんな風に普通に会話できているのがおかしいくらいだ。それだけ芯が通っている人だということは分かったけれど、これがトラウマになったりしないようにできる限りの手は尽くしたい。
「それじゃあ適当な能力者を護衛として付けますか? さすがに寝るまでは一緒にいたくないでしょうし、近くに待機してもらう感じで」
これは古木さんがアイドルだからここまでしてもらえる......とは思っていない。ただ、清木教授が考えていた『可能性』とやらを潰すために来てもらったのに、トラウマを植え付けてただ帰すというのはあまりにも酷だ。というわけで、僕が提案したことくらいは大学側も快く受けてくれるだろうという考えだ。
そんな考えのもと発言したのだけれど。
「うーん。今から誰とも知れぬ能力者に護衛されても困るんだ」
「それは......そうかもです」
確かに今からほかの能力者に護衛されると言われても信頼しきれないかもしれない。ただそうなると、
「それじゃあ僕以外の人に護衛させることができなくないですか?」
「君が護衛してくれればいいじゃないか」
なんと、古木さんが若干ムスッとしながら答える。え、えっと。
「それはちょっと出来ないんですよ。僕一応『防人』のリーダーとして」
「......ここまで二人きりになるのを男性に拒まれたのは初めてだ」
次はしょぼんと肩を落とす古木さん。う、うーん、そう言われても。
「実は僕夜にやることがあってずっとは守れないんですよね」
「何があるんだい?」
「それは、言えません」
「断ろうとしているだけじゃないか」
......あれ、僕夜に用事なんかあったっけ?
(いいから浮かんだとおりに応えろ)
「まあ、そういうわけで護衛は他の人にしてもらいますけれど、それじゃあ心細いと思うので、『防犯ブザー』を渡します」
「防犯ブザー?」
「簡単に言えば、『防人』のメンバー、言ってしまえば僕にSOSが届くボタンです。雪音も持っているから、ペアルックってことでどうでしょう?」
「ちなみに何人くらいに渡しているんだい?」
「......20人くらいですかね」
「それはペアルックって言わないよ」
はあ、とため息交じりに応える古木さん。おっしゃる通りです。
「まあ、これ以上君を困らせたくないし、その防犯ブザーと護衛で我慢するよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、清木教授に事情を話しに行きましょうか」
今まで古木さんと話した内容をメールで清木教授に伝えて、提案を承認してもらってから居場所を教えてもらう。そんなやり取りをしていて思い出す。そういえば、そろそろ朝倉君と合流する時間だ。
「すみません、まずは『防人』のメンバーと合流してから清木教授のところへ行きたいんですが」
「ん、大丈夫。好きにしてよ。君についていくだけだから」
それじゃあ、朝倉君と合流しようか。
蔵介(二重人格の方)はもう全部見通したみたいだ。




