40話
「ん!」
「うわっと!?」
突然隣から声が聞こえる。顔を向けると、頭に袋を被されて横たわっている人......というか、古木さんだ。
「えっと、もう触っても大丈夫ですか? 大丈夫なら頷いていただけると」
「(コクリ)」
僕の質問に頷きを返す古木さん。どうやら僕だけでなく古木さんも幻術から解放されたようだ。
頭にかぶさっている袋をどけると、口に猿轡をかまされている古木さんの顔が現れる。う、なんだろうこの犯罪臭......っていうか、実際に犯罪だよね。早く解かないと。
「......(ゾク)」
「ん!? んー!」
あ、やばい。なんか凄いぞくぞくする。これはとんでもない扉を開いてしまいそうだ。あんまり意識せずにさっさと解こう。
というわけで、少し僕から距離を取った古木さんの腕を縛っている紐と猿轡をささっと解く。軽く乱れていた身だしなみを整えた古木さんが咳ばらいを一つして話し始める。
「君のお陰で何とか幻術から解放されたよ。ありがとね」
「いや、僕は特に何もやっていないですけどね」
実際僕が特に何もせずに幻術が解放された。さらに言えば幻術をかけてきた伊達さんがあんな人だ、僕がいなくても古木さんだったら何とかなっていただろう。
そんな僕の謙遜(というか事実だけど)を聞きながらもそれを否定しながら話を続ける古木さん。
「まあまあ。実際に君がいなかったら伊達君に何かされていたかもしれないし」
「何かって、幻術の中で何かできるものですかね?」
「実際の体に何かされない限りは特に体に異変はないよ。でも、それを頭で理解していても何かされるのは絶対に嫌だよ」
「まあそれはそうですよね」
「そうそう。そういうわけで一応助けてもらったはずだから、何かご褒美をあげるよ」
「いやそういわれても、さっきも言いましたけど特に何か欲しいものはないので」
ここまで言ってくれる人に対して申し訳ないけど、本当に古木さんにしてほしいことはない。何か物をねだろうにもそこまでの仕事をした実感がないので罪悪感が残るのみだ。
そういうわけで改めてご褒美などはいらないことを告げると、古木さんが苦々しい表情をしながら携帯電話を取り出した。
「そこまで断られるのも悔しいけど、このままじゃ申し訳ないんだよ。というわけで、君の幼馴染に聞くことにするよ。......っと、あれ。飛行機モードになってたみたいだ」
「僕の幼馴染......?」
古木さんと関わりがある人が僕の幼馴染でいたかな? でも同じ小学校や中学校だった人が今はモデルをやっているなんてたまに聞くし、意外とそういう人がいるのかも。古木さんの独り言を聞きながらそんなことを考える。
少しドキドキしながら古木さんの通話が繋がるのを待つ。しばらくお互いに黙っていると、古木さんが話し出す。どうやら相手が通話に出たようだ。
「もしもし、白川さん?」
「......白川、って雪音じゃないですか!」
僕が思わず声を上げると古木さんが口の前で人差し指を立てる。それを見て僕は反射的に口をつぐむ。言いたいことはあるけれど一応通話中なんだ、黙っておかないと。
「んー、誰かっていうか上木君と一緒。うん、ちょっと今助けられて。そのお礼がしたいって彼に言ったら断られちゃったんだ。だから上木君の好きなものでもあげたくてさ。何か知らない?」
そんな会話をしているけれど、そもそも雪音も僕の好きなものなんか覚えていないだろう。仲良くしていたのは小学校低学年のころまでで、すぐに雪音は転校しちゃったし、最近再会してからも親しく話した覚えはない。最近話した思い出を強いて言うなら、僕が能力を判明させるときに倒れてしまったのを医務室まで運んでもらった時の会話くらいだ。
「うん。あ、へー。上木君ってすき焼きが好きなの?」
なんで知っているんだろう。どんな表情をしていればいいのか分からないじゃないか。というか、古木さんも面白そうにこちらをチラチラと見ないでほしい。
そんな風に少し居心地が悪い空間にそわそわしていると、古木さんがむずっとした表情で携帯電話を差し出してくる。えっと?
「白川さんが話したいって。いいかい? 彼女を困らせちゃだめだよ?」
「は、はい」
少々古木さんの剣幕に押されながら携帯電話を受け取る。そういえば、古木さんは雪音のことが(恋愛感情の意味で)好きなんだった。あんまり刺激するような発言はしないでおこう。
「えっと、もしもし?」
『あ、本当に蔵介だ。もしもーし、えへへ」
可愛すぎ。なんだこの人、可愛すぎ。
心の中で川柳を読みながら会話を交わす。
「なんで僕に代わったの?」
『ちょっと聞きたいことがあって。春奈さんから聞いたけど何があったの?』
「かいつまんで話すけど、防人として古木さんを護衛していて、それが終わって一旦古木さんから離れたら古木さんが誘拐されちゃって。その誘拐犯っていうのが幻覚系の能力の持ち主で、その幻覚の中で僕と古木さんがなんだかんだしたっていう感じかな」
『うん、春奈さんに聞いた通りだね』
少し満足気に答える雪音。嘘をつかれなかったのが嬉しかったのだろうか? よくわからないけど。
......あれ、そういえば伊達さんはどこに行ったんだろう?
『それで、その幻覚をかけた相手は捕まえたんでしょ? 今から穂乃果さん......立花学長に連絡するね』
一応被害者の古木さんと、僕の話を聞いてから連絡しようと思っていたんだろう。雪音がそんなことを言っているけれど......。
「いや、ちょっと待って。実は幻覚をかけた相手がいないんだ」
改めて薄暗いシアター室を見回しながら答える。会話を聞いていた古木さんが気を利かせてシアター室のライトのスイッチを探し出して明かりをつけてくれる。改めて明るくなったシアター室を見回しても、逆立てられた短い青毛の青年は見当たらない。
『......? どういうこと? それは絶対にありえないよ?』
「ありえない?」
思わずオウム返しする。どういうことだろうか。別に相手に幻覚をかけて逃げ回るのはおかしくない話だと思うけど。
久しぶりにヒロイン登場。




