37話
『なあ、蔵介。お前って普段何してるんだ? 俺たちまだバイトもできない年齢だけど、部活もしないで暇じゃないのか?』
『んー、別に何もしてないよ? もらってるお小遣いで漫画買ったり、ドラマみたりとかかなあ?』
『かなあ? って、なんで知らないんだよ』
『いや、気が付いたら夜中の路上にいることとかあってさ。特に怪我とかはないんだけどね』
『なんだそれ、夢遊病か?』
『なんだろうね。むしろ僕の目撃情報を知りたいくらいだよ』
『変な奴。まあ、誰かにお前の話を聞いたら教えてやるよ』
『そうだね、お願いするよ』
「....と..ねえ、......起きて!」
「んぁ?」
目を開くと、僕を揺すっている古木さんの顔が視界に入ってくる。天井には照明のほかにも様々な機械がぶら下げられている。......あれ、シアター室ってこんなに広かったっけ?
「ほら、寝ぼけてないで。君、私の護衛をしていてくれた上木君だよね?」
「は、はい」
とりあえず体を起こして辺りを見回してみると......な、なんだここ。まるでミュージシャンがライブするステージの上みたいだ。扇状に広がっている観客席に僕が横たわっていたステージの背後には大きなスクリーン。さ、最近のシアター室は大きいなあ......。
と、現実逃避はここまでにしよう。早速古木さんと話を始める。
「なんで私の体に触ったの?」
「いやらしいことが目的じゃないですよ? 苦しそうだったからとりあえず解放しようかな、と」
「触らないように首を振ったと思うんだけど」
「ああ、あれは早く解放してほしいのかな、と思って」
「あー、全部裏目に出ちゃったんだ」
「見たいですね」
お互いに顔を見合わせて笑いあう。笑い声が広い会場に寂しくこだまする中で、あることに気が付く。古木さん、目が笑ってない......。
こ、ここは小粋なジョークで機嫌を取ろう。
「えーっと、コントでもやりましょうか」
「どうぞ」
「え、止めないんですか?」
絶対滑るよ?
「いいから」
「そ、それじゃあ、コホン」
--1分後。
「ーーどうも、ありがとうございました」
シーンと僕のコントが終わってステージ上に静寂が戻ってくる。ちなみに古木さんは一切表情を変えなかった。
「つまんなかった」
「言われなくても分かってますよ......」
もうやりたくない。分かっていたけど、こんなに滑ったのは初めてだ。
僕がめそめそと半べそをかいていると、古木さんがため息をつきながら話を始めた。
「あのね。私たちは今能力を受けているんだ」
「? ま、まあそうでしょうけど」
僕もさすがにこれが一般人からの攻撃とは思っていない。能力者の仕業で間違いないだろう。ただ、問題は。
「でも、能力ってシアター室をライブ会場に変えることもできるんですね」
「......君、もしかしてこれが現実だと思う?」
「というと、夢ってことですか?」
「違うよ。まあ、実際にシアター室をライブ会場に変える能力があるのかもしれないけれど」
「?」
よくわからないので、余計な口出しはせず話を聞いていこう。
「まず私のように能力を持っているアイドルが注意させられるのはこういう『幻覚を生み出す』能力なんだ」
「ということは、これは幻覚なんですか?」
「まあ、そうだろうね」
僕は床を触って感じる冷たさを味わいながら改めて能力の凄さを認識する。まさか触っている感覚までも幻覚だとは思わなかった。
「というか、僕は古木さんに一瞬触れただけですよ? なんで幻覚が」
「その理由もちゃんと聞かされているよ。君は立花穂乃果という人を知っているかい?」
「知っているというか、うちの学校の学長ですよね?」
何度もあっている人だ。確か、人が能力を持っているかが分かるという能力の持ち主だったはずだ。
「あの人の能力は能力の有無から凄さまで何で判断しているか知っている?」
「確か、能力者だけが持っている糸ですよね?」
「そう。その糸って実は能力者の能力の正体そのものなんだ」
「......えーっと」
僕は唸る。『糸』が能力の正体?
「例えば、『炎を出す能力』があれば、それは糸そのものが『広がって発火する』という特性を持っているんだよ」
「............えっと。あーっと」
「まあいきなりこんなことを放されても困るだろうし、糸というのは普通じゃ見ることも触ることもできない。現実に起きた現象に対応するしかないからそんなに深く考えなくてもいいと思うよ」
とりあえず、本質は『糸』であるとして、能力に対する見方は今までと変わらなくて大丈夫ということで納得しよう。
「それで、なんでこの話を?」
「幻覚系の能力は脳に糸が絡みつくことで発現するんだけど、幻覚系の能力を解除されないようにするために防衛本能が」
「えーっと、要するにどういうことなんですか?」
小難しいことを話し出した古木さんの言葉を遮ると、古木さんはため息を吐きながらまとめてくれた。
「要するに、幻覚を受けている人に触れると、『糸』の一部が切り離されて触れた人も幻覚にかかるということだよ」
「......あれ、そういうことなら今は完全な幻覚状態じゃないということですか?」
「察しがいいね。その通りで、さっきまで私は完全な幻覚状態にあったんだ」
「今と何が違ったんですか?」
「ステージ上に私の好きな食べ物が山ほどあった」
少し肩を落としながら答える古木さん。シュンとしている姿が少し可愛い。
「ああ、そんな違いですか」
「そんな違いでも重要なものだよ。幻覚に嵌まっているというそもそものことに気が付かせないためには、やっぱりその人の好きなものやことで気を逸らすことが重要なんだよ」
「なるほど。ちなみになにが山ほどあったんですか?」
「豚骨醤油ラーメン豚盛り」
......その名前だと一杯でも相当な量だろう。古木さんは意外とたくさん食べるみたいだ。まあ歌うことって結構カロリーを使うらしいし、おかしい話ではないのかもしれない。
少し脱線してしまった。
「というか、どうして古木さんは僕が近づいてきて触ろうとしたのが分かったんですか?」
「よく耳を澄ませてご覧。幻覚とはいえ実際の私たちの体の感覚をなくすことはできない。今は喋っているから細かくは分からないと思うけれど、扉を開く音とか誰かが来た気配とかは分かるんだよ。それが分かると、細かい動きはできないけれど、首を振る程度の動きならできるんだ」
「というか、なんで僕と古木さんは話ができているんですかね」
「それはもう『糸』を介してとしか言えないだろうね。能力というのはそれほど分かっていないものなんだ」
なるほどなるほど。結構能力の本質とかもわかってきた。
「それにしても、よくこんなに詳しく知っていますね?」
「まあ能力者のアイドルや芸能人、有名人は聞かされる話だよ。幻覚系で動きを封じて好きなことをさせられるなんて言うのはね。私たちにとって一番怖い能力だよ」
まあ、本体を好きにされてしまうという話なら誰だって怖いだろう。もちろん僕だって怖い。早くなんとかしないと。
「それじゃあ、解除の方法も知っているんですか?」
「それは能力を操っている人次第かな。例えば漫画家に幻術をかけた人は『連載中の漫画の最新話をかくことで幻覚が解ける』っていう条件を付けたらしいよ」
「それだと、この幻術を解く方法は分からないってことですか?」
「そうだね。まあ、しらみつぶしにやっていくこともできるだろうけど」
「というと?」
「例えば、私はアイドルだから『歌うことが解除の条件』かなと思ってさっき歌ったんだ。でも解除はされなかったけどね」
「なるほど......あ、だからさっき僕につまらない芸をやらせたんですね」
「うん。とってもつまらない芸だったけど。もしかしたら『私が満足することが解除の条件』かもしれないから。まあ満足していないからこれはまだ不明だけど」
「む」
ここまで堂々とつまらないと言われては僕も退けない。
「いいですよ。とっておきのネタで満足させて見せます」
「へえ、まあ期待はしてないけど見せてよ」
ーーー1分後
「どうも、ありがとうございましたー!」
「すっごくつまんない。私の期待してないっていうのがここまで当たるなんて、預言者にでもなろうかな? というか、君、向いてないよ」
......涙って、自然に零れるものなんだね。
「あーあ、これじゃあ満足もできないし、こんな人が護衛で来るなんて」
ひどいこと言われているけれど、否定はできない。
どうしようもない、と、お互いにため息を吐きながらその場に座り込むと、突然幻覚の中に誰かが入ってくる。
人を笑わせるのって難しい。




