36話
「朝倉くーーー」
「やれやれ、こんなものでござるか」
ピッと木刀を軽く振るって腰に着けなおす朝倉君。足元には、襲撃をしようとしていたであろう男が倒れていた。
「え、えっと、怪我とかしてない?」
「無論、大丈夫でござるよ。まったくこの程度の腕前で襲撃とは」
やれやれと肩をすくめながら再び警備に戻る朝倉君。どうやら朝倉君は、僕が思っているよりずっと強いようだ。
『そっちに回収班を呼んだから倒れている奴のことは気にしなくて大丈夫。上木も持ち場に戻って』
「了解です」
僕も自分の持ち場へ戻ろう。朝倉君が襲撃を受けたのはステージがあるグラウンドから少し離れた校舎の陰で、あまり人目に付かない場所だ。
「......」
ふと、ステージに向かう足が止まる。なんでこの人はこんな人気のない場所にいたんだろう。
『上木?』
「あ、ああ、なんでもないですよ」
まあいいか、それを考えるのは僕の仕事じゃない。僕は改めてステージに向かった。
「今日は見に来てくれてありがとう!」
『ワアアアア!』
最後の古木さんの挨拶でライブが終わる。結局あれ以降特に襲撃が起きることもなく順調にライブは終わった。
古木さんがステージ裏へ行くと観客はすぐに解散する。こういうのを見るのも意外と楽しい。
『お疲れ様。こっちの目的も達成したし、上木と朝倉も解散してもらって構わない』
「はい、分かりました」
僕は頭に巻いていた鉢巻を外して、小型カメラを適当なスタッフさんに渡す。もちろん、こちらの事情を知っている人だ。
「さて、と。この後はどうしようかなー」
「お疲れ様でござる」
大きく伸びをしていると、朝倉君がやってくる。少し退屈そうな表情だ。
「お疲れ様。なんか体を動かしたい気分だね」
「そうでござるねえ。少し物足りないでござるな」
「うーん。あ、そうだ。朝倉君、ボーリングてやったことある?」
「やったことはないでござるが、見たことなら」
「どう? やってみない?」
「いいでござるね」
早速ボーリング場へ向かい、いざ入ろうとしたところで携帯電話が震える。この音は。
「ごめん、朝倉君」
「いいんでござるよ。ボーリングはまたの機会に」
そう、今鳴ったのは『防人』へのSOSの通知だ。早速確認すると文章ではなく電話が来ている。
「もしもし、上木です」
『上木。そっちに古木さんはいる?』
電話をかけてきたのは立花学長だ。後ろでは何人かの人たちが慌ただしく動いているのが聞こえる。
「いや、いないです」
『それじゃあ防人にお願い。古木さんを探し出して』
「了解しました」
そこからは念のために古木さんに付けておいたGPSが最後に確認された場所を教えてもらい、電話を切る。
「朝倉君、実はーー」
「ふむ、承知した。すぐに探すでござる」
「助かるよ」
空は完全にオレンジ色に染まり、だんだん暗い青が支配し始めてきている中、僕たちは駆け足で大学へ戻っていく。急がないと、取り返しがつかなくなる。
早速大学の門をくぐり、一旦大学内の状況を確認する。やはり古木さんのライブから宇時間もたっていないので、そこそこの数の人がキャンパス内を練り歩いている。ただ、その表情を見るに、古木さんが行方不明という情報は伝わっていないようだ。その情報が広まる前に探しださないと!
「上木殿、どうするでござる?」
「......そうだね、手分けをして探そう。朝倉君は防犯ブザーをもってる?」
「念のため。上木殿は?」
「ないから、僕のスマートフォンをGPSで確認できるようにしておこう。それで、1時間たったらもう一回ここに来て。もし手がかりがあったら共有、集まらなかったらGPSを頼りに合流しよう」
「承知。拙者は彼女のGPSが途切れたあたりを探索するでござる」
「お願い」
朝倉君が走り去っていく。朝倉君の和風な格好はかなり人目を引いている。そして、襲撃相手が朝倉君のことを知らないわけがない。要するに、朝倉君と一緒に行動していたら、僕たちが先に見つけない限り襲撃者は見つからない。こっちは襲撃者の容姿が一切分からないんだ、それはかなりまずい状況になるだろう。なので僕は朝倉君と別に動くことにした。
とりあえず、気になる場所がある。僕はライブ中に朝倉君が襲撃者を倒したところへ走っていく。あのあたり、何か怪しい予感がするんだよね。
早速件の校舎の陰にやってくる。うーん、特に異常はないかあ。とりあえず、この校舎を調べようかな。えーっと、ここは......8号館だったと思う。
8号館は主に機械関係ではない実習を行うことに使われる。例えば英会話の講義とか。まあ人の出入りは他の校舎に比べればかなり少ない方だ。
早速校舎の中に足を踏み入れる。話し声とかは特に聞こえないし、物音もないなあ。今日はこの時間はもう誰もいない日なんだろうか? ならなおさら誘拐、というか監禁にはうってつけの場所だと思うけれど。
勘が外れたかな、と少し肩を落としながら歩を進める。......うん、1階は特に異常がない。あとは2階だけだ。
「それにしても、誘拐かあ......」
もちろん怖い。ただあまりにも突発的に起きたことなのであまり現実感がないというか、少し出かけていたというくらいで帰ってきそうな、そんな気がしてしまう。
そんなぼんやりとした感情で2階へ足を進める。確か、8号館の2階は外国語の映画を見るために使われたりするので、シアターと呼ばれる結構広い教室が1つだけ存在する。もちろん窓があるので日の光が入ってきてしまうのでそれを防ぐために厚手の黒いカーテンがある。また、映画は当然スピーカー越しに流れるので、外に音が漏れないように防音設備がしっかりしている。......あれ? 監禁するには最高の場所じゃないか?
「いやいやまさかね」
誰にというわけでもなく言い訳をしながらシアターの扉に手をかける。防音仕様であるということと、嫌な予感も相まって扉が重たい。
「よっと」
シアターの中に足を踏み入れると......うわ、暗いなあ。そこそこの広さの空間が真っ暗というのがまず怖い。部屋の窓がある方へ眼を向けると、オレンジ色の光がカーテンの隙間からほんの少し漏れているのがまた怖い。なんか少し涼しいのが怖い。
「ん!」
「うわ!?」
と、視界の端で何かが動く。ただあまりにも暗いのでよく見えない。遮光カーテンをずらそうと勘型けれど、結構ぎちぎちに結んであって動かせそうにない。えーっと、電気電気......やばい、焦っているせいか見つからない。
仕方がない、スマートフォンのライトで照らしてみると、そこには顔を袋で隠されて横たわっている人がいた。......というかこれって、古木さんだよね。
「んー!」
どうやら何かを噛まされている様子だ。とりあえず、人を呼ぼうか? いや、まずは古木さんを解放しようか? というか、居場所は分かったんだ、すぐに誰かに連絡をーー
「んー! ん!」
「? え、えっと」
苦しそうだし、古木さんじゃない可能性もある。とりあえず解放しようか。
「ん!!」
首を横にふる拘束されている誰か。早くしろということだろうか? そう思って僕が頭にかぶされている袋に触れると、
「あ、あれ?」
突然目の前が真っ暗になった。
能力者の怖いところは、一目見て危険性が分からないということも含まれると思う。




