29話
9号館。他の館は結構頻繁に整備されていたり、毎日用務員の方が掃除をしてくださっているけれど、ここはそういった管理の手が届いていない。強いて言うならば、利用しているサークルが手入れしているかどうかというところだ。
早速9号館の中に入る。足を踏み入れたのは初めてだけど、建物は吹き抜けのコの字になっていて、3階まで階段が繋がっている。他にエレベータなどの階をあがる手段はなさそうだ。その3階から男の声が聞こえてくる。
「神よ、懺悔します。これからあの男たちを殺すことを」
「おい、なんか聞こえるぞ」
「ね。内容から考えるにイタい人みたいだけれど」
「電波系か? キャラが立ってるな」
「もうシナリオのことは置いておきなよ。......君が飯野君の財布を盗った人?」
一瞬違う人だったら、と考えて尋ねるか躊躇したけれど、別にこれは能力とか関係ない。違う人だったら謝ればいいし。そもそも、無能力者だとしたら殺すなんて言う単語をわざわざ言うことはないと思うし。
3階からひょこっと顔を出したのは、長い黒髪の......男、だよね。声から判断するに。体格とかはよく見えないけれど、まあそんなに大柄なわけではない。
「ああ、神よ。あれが今から供物になる人間です」
「神は僕たちを常に見てるの?」
「ええ。神はすべてに等しいのです」
......やばい、ちょっと乗ったら面倒くさいことに。
「おい、こいつと喋るのめんどくさいぞ」
「だね。というか財布盗んだことを懺悔しなよ」
「神よ、懺悔します。これから私の力を使うことを」
「なんでこいつ頑なに財布泥棒を謝らないんだ?」
「なんか変に意識しちゃって退くに退けないんでしょ」
「......か、神よ。私に力を」
苦しそうにつぶやいた男の声が戦闘の始まりになった。
「やれやれ、さっさと財布を奪い返しに「正、危ない!」
僕は急いで正を突き飛ばし、そのまま前に転がる。
「いって......何が起きた、蔵介」
「わかんないけど、今危なかったよ」
何が起きたかは分からない。実際先ほどまで正がいた場所は物が落ちてきたり床が抜けたりといった異変がない。
「本当に何かあったのか?」
「ああ、あったみたいだ」
僕の行動を支持してくれたのは先ほど正がいた場所を何やら調べている堂次郎だ。
「堂次郎、何があった?」
「恐らくだが、今レーザーのようなものが空から降ってきたみたいだ。証拠と言っては何だが、さっきまで正がいた場所の温度が高い」
「レーザーの範囲は?」
「1円玉より小さいくらいの範囲だなーーっと!」
堂次郎が見た目からは想像できない速さでその場から飛びのく。ただ、見た感じではレーザーが襲ってきたことは分からない。
「神は私に等しく人間を裁く能力を授けてくれた」
「人を裁く権利までは与えてないと思うけれどね」
「......先ほどから、貴様、何のつもりで私に口答えしている?」
3階から見下ろしているというのに、少し寒気を感じるほど鋭い視線を飛ばしてくる。ただ、その程度では怯まない。
「なんのつもりも何もないよ。僕は飯野君から盗んだ財布を返してほしいだけ」
「ふん。なら奪って見せろ。いいか、神というのは存在する。それが見守っている方が勝利するのだ」
「はいはい。--それじゃあ作戦でも」
適当にあしらってから作戦を合立てようとすると、正が階段に向かって走り出した。
「気に食わねえ! 人様からものを奪っておいて神だなんだ言ってるのが最高に腹立つ!」
「あ、待って!」
まだ相手のレーザーの威力も何もわかっていないんだ。ここで彼に近づくのは無謀だ。
止めに行くために走り出そうとすると、堂次郎が僕の肩を抑えて静止してくる。
「流石に危ないよ堂次郎」
「いや、とりあえず正とあいつの闘いを見るしかない。相手のレーザーの威力、予備動作、レーザーが出る瞬間の周りの変化を観察しよう。流石に正が接近してきたのにこちらを攻撃するとは思えないからな」
「......了解」
確かに、言うとおりだ。ここで正を止めて、どうなる? レーザーにおびえながらゆっくりと近づいていくよりは、ああいう特攻してくれる人を活かすべきだろう。
「まあ、できれば俺が行った方がよかったんだがな」
少し申し訳なさそうに呟く堂次郎。確かに堂次郎の能力、五感の強化があれば避けられるのかもしれない。......あれ?
「そういえば、さっき避けられたのはなんで?」
「一瞬甲高い音が耳に響いてな。そっちも最初に正を突き飛ばしたな。なんでだ?」
「なんとなく。直感」
「なんだそりゃ」
「本当に直感なんだよね。しいて言うなら、何か視界の端で光った気がするような......」
「ふむ。お互い使った感覚器が違うから何とも言えないな」
まあ、とりあえず正と彼の闘いを見届けよう。
さて、どうなる?




