50~53話(第1部終わりまで)まとめ
まとめ第3弾です。
「えっと、確かこのあたりだったと思うけど......。もしかして、ここかな?」
僕はスマートフォンを片手にSOSがあった場所までやってきた。大学の隅に位置する石造りの小屋。なんでこんなところで転校手続きが行われていたのだろうか?
「まあ、行ってみればわかるか」
早速金属製の扉を押して中に入ろうとする......が、何かが扉の前に置かれているのか、ほんの少ししか扉を開けることができない。どうしようか。
「とはいえ、時間がない......!」
僕は力の限り扉を押す。ほんの少し扉が開いたということは、つっかえ棒のように完全に開けられなくなっているわけではないはず。
グーっと力をかけていると、扉の前に置かれているものが動く。そして、ほんの少し開いた扉の隙間から僕の目に入ってきたのは、......手だ。間違いなく、人の手。
誰かが扉の前で倒れている。もしかして、雪音ーーー?
「ーーー」
それを確認した瞬間、俺は『能力』を使った。扉を力の限り引っ張ると、メギャンという金属特有の響く低音と共に扉が引き裂かれながら外れる。これで問題なく小屋の中に入れる。
「大丈夫か?」
早速扉をふさいでいた人の頬を叩きながら声をかける。倒れていたのは雪音ではなく男だ。この人は、誰だろうか? 肩から血を流していて、大分重症に見える。流石に清木教授に報告しないといけないか。そう思いスマートフォンを手にもつと、部屋の隅から声をかけられる。
「......上木、そいつは警備員。大丈夫、こちらで回収する」
「え、立花学長?」
部屋の隅にいたのは、立花学長だ。壁にもたれかかって座り、どうにもつらそうな表情を見せている。
「どうしてそこに」
「雪音にここまで運んでもらったんだけど、扉に頭をぶつけられちゃって、ちょっと立てなくなっちゃったから、なんとか壁際まで......ってそれはどうでもいい」
脳震盪という奴だろうか。本人はどうでもいいとは言っているが、流石にそれはまずいのでは。そう思い肩を貸そうとする俺を手で制してくる立花学長。
「私より、早く雪音を助けに行って」
「でも、さすがに」
もちろん僕だって雪音をすぐに助けに行きたい。でもすぐにそうしないのは、敵がまだこの先にいるからだ。どうやら見た感じ、この小屋は地下への階段とつながっていて、出入り口は僕が今壊した扉しかない。要するに、敵を逃すことはないということだ。
(助けられない可能性を怖がって、言い訳するなよ。早く雪音を助けに行くぞ)
さらに言えば、今雪音は恐らく戦闘不能にされているのだろう。雪音、というか超能力者が戦闘不能にされるほどの敵がいる。ならば増援を待ってもいい。
(そうしている間に雪音は何をされているんだ? 能力さえあればいいと考えられているなら、腕や足を切り落とされているかもしれないんだぞ)
そんなこと言われても、僕一人で何とかできる相手なのだろうか? もう敵の予測はついている。そのうえ、敵は一人じゃなくて複数人ーー
複数人だったら、なんだ?
自分でいろいろと考えている間に、痛いほど強く拳が握られていた。そうだよ、だったらなんだよ。
敵が強いなら、そんな強い奴の前に雪音がいるんだ。
敵が複数人いるなら、敵に囲まれている状態で雪音がいるんだ。
僕は清木教授に電話をかけて、通話が繋がる前に立花学長にスマートフォンを預ける。
「ーーー分かりました。電話は立花学長に預けます。これで清木教授に連絡してください」
「気を付けて。......本来私はあなたを止めなくちゃいけないんだろうけど。でも、あなた以上に雪音を何とかしたい」
「分かっています。僕だって、僕なんかより雪音を優先してほしい」
「そう言ってくれると思った。雪音にあなたみたいな人がいてよかった。頑張ってね」
「はい」
そこから通話を始める立花学長。あとは、僕が何とかするんだ。まあ、何とかなるんだけどね。
立ち上がりながら早速能力を使う。ここから邪魔になってくるのは、先ほどのような僕の『理性』。合理的な判断、危機管理能力、臆病さ、警戒心、優先順位の選定......全部いらない。
今からやることはただ1つ。雪音を助ける。それだけだ。
歩き始めながら能力を使って、軽く体を『危機状態』にする。こうやって無理やりアドレナリンを出すのは慣れている。これで痛みを感じにくく、かつ身体パフォーマンスは最高に。
俺は階段を下りながら能力を使う。これでもう、誰にも負けない。俺は絶対に負けない。
なぜかかなり崩れている階段を下りて白いコンクリートが支配する空間へ身を投げる。まず目に入ったのは、2人の男と2人の女だ。どちらも見覚えがある。一人は、康太。『スプリット』という能力を使役する。もう一人は泰三。引き寄せる能力を使役する。そして残りの二人はどちらもまったく同じ容姿だ。これは『ゾンビ化』させる能力者の女で、もう片方が雪音なのだろう。なるほど、ゾンビ化させれば体格や能力を無視してゾンビにできる。超能力者をとらえるには賢いやり方だ。
「おっと、真打登場か。盗聴器が付いているのに気がついていたかい? 君が一人で来ることは分かっていたよ」
そんな声がどこからか聞こえてくる。これは昨日の夜俺を気絶させた奴だ。俺は肩をすくませながら余裕綽々で答える。現にこいつら相手ならかなりの余裕がある。
「まったく予想通りの面子だ。どいつから殺されたい?」
「状況が分かっていないのかい? ああ、自己紹介が遅れたよ。昨日は無様な姿をどうも。『超能力者』の水見琴葉だ」
「俺が余裕だと言っているのに、丁寧な自己紹介どうも」
一歩前へ出ると、視界に映っている三人が身構える。ただ、三人とも精神的な余裕があるようで、表情は柔らかい。
「さて、君も私たちの仲間に入れたいんだよ。昔暴れていた、上木蔵介君」
「意外と有名人なんだな」
声がコンクリートに反響して、どこに琴葉がいるのか分からない。声の高さから予想するに女だろうが、それくらいの情報しか得られない。
「君の能力はなんとなく予想しているよ。『二重人格』......じゃないよね。本当は、『刃物を作り出す能力』......だったり? まあなんにせよ、刃物はかかわってくるよね。今までの穏やかな君は演技ということで話はついている。人格の演技ならいくらでも誤魔化せるけど、能力はごまかせないんだから」
「その能力の予想の仕方は、俺が昔人を刺し殺したのを知っているということか」
「ご明察」
そう、俺が中学生のころに雪音が初めて攫われる現場を目撃したとき。誘拐犯に拘束された俺は能力を使って誘拐犯を刺し殺した。その後特に罪を問われなかったのは正当防衛と、能力者を一般人に教えないためだ。
「で、俺が殺人犯だって知ってるのに雪音をさらったということは......殺される覚悟はあるんだよな?」
俺はもう一度一歩前へ出る。もうおふざけは一切なしだ。余裕な態度を潜めて、怒りを......『殺意』を体から噴出させる。
そんな俺の様子を見て顔を引きつらせる三人。だが、超能力者の琴葉はどうにも余裕な態度だ。
「殺される覚悟はないよ。君を殺す覚悟ならあるけどね!」
足音は一切なかった。ただ、ヒュン! という風を切る音が耳に入った。その一瞬後に、俺の首に衝撃が来る。
「......あれ?」
「こんなもんか?」
が、特にダメージはない。俺は攻撃された方向に拳を振るう。まあ敵の姿が見えないので当たるとも思っていない。そんな予想通り拳は虚しく空を切った。
「ど、どういう?」
困惑した呟きが耳に入るが、それを無視して俺は視界に映っている奴らに向かって進む。
「まずはお前だ」
俺は一歩力強く踏み込んで、康太に向かって拳を振るう......寸前、横から引き寄せられてバランスを崩す。
「今だ!」
そんな泰三の声を引き金に、俺に向かってナイフが3本飛んでくる。一直線に飛んでくるもの、俺の両脇から攻撃するもの、といったところだろうか。俺はそれを無視して泰三を殴り飛ばす。
「ぐえ!」
当たったのは胸の辺り。バランスを崩した一発だが、泰三が倒れる。もちろん、ナイフの処理をしていなかったので俺に向かってナイフが飛んでくるが、やはりダメージはない。
「やあ!」
そんな俺の頬に何か衝撃が加わる。が、ダメージはない。
「......どういう、こと?」
俺のすぐそばで呟きが聞こえる。何とはなしに声がした方へ蹴りを繰り出してみるが、やはり空を切る。まあいいや。
俺は俺に当たってその場に転がったナイフを拾い上げる。......ん?
「これ、プラスチック製か」
ぺちぺちと刃の側面を手の上で躍らせながら呟く。もしかして、金属探知機か何かが配備されていて、それの対策でプラスチック製のナイフにしたということだろうか。丁寧に金属のナイフに見えるように色が塗られている。ということは、雪音に向かってこれを投げて当たってしまったときに、万が一雪音に怪我をさせても命までは取らないように設計されているということだろうか。で、金属製に見せかけているということは、雪音に脅威だと思ってもらいたい、つまりナイフに意識を向けたいということか。
さらに言えば、今俺に向かってナイフを投げたのも、効果がないということは分かっているが、注意をナイフに向けて、琴葉に俺を攻撃させることが目的、ということか。
「なるほど」
よく考えられているなあ。俺は勝手に納得しながらナイフを構えて倒れている泰三に近づく。
「な、なにを」
ナイフがプラスチック製だと分かっているからか、泰三には余裕がある。立ち上がって俺と対峙する。
「こ、来いよ!」
何とか虚勢を張っている様子だ。まあ琴葉や康太がいて数的有利があるからな。
「行くぞ」
俺は一切躊躇せずにナイフを振るう。避けるのがギリギリという泰三の肩にナイフの刃が当たる。すると、
「......え、......え?」
ナイフが泰三の肩に食い込む。そこから鎖骨までナイフが突き進む。
事態をほとんど理解できていない様子だった泰三。真ん丸に丸めた目から、徐々に自分の体に気が付いたのか、ポロポロと涙がこぼれ始める。
「う、うわあああああ!」
と同時に絶叫。だが、言ったはずだ。
「殺される覚悟はあるんだよな」
「あ、ああああ! ああああああああ!」
俺は一旦ナイフを泰三の体から引き抜いて、再びナイフを振るう......寸前、俺の利き腕が何者かにつかまれる。というか、『透明化』の超能力を持つ琴葉だろう。
「仁美! こいつを無力化するんだ!」
「--ふ!」
俺は短く息を吐きながらもう片方の肘で、俺の利き腕をつかんでいる見えない何かを攻撃する。
ゴキリ、と鈍い感触が肘から伝わってくる。
「ぐ、ああああああああ!」
耳元で叫ぶ琴葉。俺は続いて拳を振るうが、当たらない。攻撃を食らって怯んでいても簡単にいく相手ではないということか。
ちらりとゾンビ化させる能力の持ち主......恐らく今呼ばれた仁美という名前だろう。その仁美に目を向ける。こちらを襲ってくるかと思いきや、予想以上に早く琴葉を対処されて動けていない様子だ。俺が拘束されるまではこちらを襲ってくることはないだろう。
俺は改めて肩から血を流しながら地面を転がっている泰三に向かってナイフを構える。すると、後ろから誰かが飛び蹴りを仕掛けてくる。
「やめろ!」
「うおっ!」
当然意識していなかった方から攻撃を繰り出されて、避けることもできずに背中で受け止める。が、特にダメージはない。それどころか、一切体勢を崩さない。
「な、なんでだよ!」
焦ったような康太の声。俺は一旦攻撃目標を康太に変更する。
「なあ、お前と泰三が最初に俺たちを襲った理由って、2つあるよな」
俺は語りながら、後ずさりする康太に向かって歩を進める。
「1つは、飯野がスパイであるということを認識させないことだ。敵は『外部から能力者を襲いに来る』っていう概念を俺たちの頭に刷り込ませること、だよな?」
「だったら、なんだっていうんだよ!」
ナイフや人間の打撃ではびくともしないと考えたらしい康太は、階段が砕けた際にできたであろう石をいくつかこちらに向かって投げてくる。そしてそれを、
「スプリット!」
一気に分裂させて全方位から俺に向かって攻撃する。が、どれも無駄だ。俺に当たる石はどれも破砕音を立てながら砕けていく。もちろん、俺には傷一つついていない。
「そん、な」
俺は戦意を失いつつある康太に握っていたナイフを投げる。それを慌てて避ける康太に一息で近づいて、『能力を使った』拳を振るう。
「吹っ飛べ!」
ゴキャ! という砕ける感触が拳に伝わる。俺の拳は康太の鼻に正面から命中した。
「ぶッーーー」
そんな口の中の唾を吐き出すような音と一緒に康太が吹き飛んだ。そのまま白いコンクリートの上に大の字に仰向けで倒れて、ピクピクと痙攣することしかできなくなる。
そんな康太に背を向けて俺は大分息を落ち着けた泰三に向かって歩き出す。
「もう1つは、襲う対象の能力者は誰でもいいという概念を刷り込ませるため。正はともかく、無能力者と調べがついている俺ですら襲ってきた。ほとんど無能力者な俺を狙ったというのが肝だな。相手には戦力がなくて誰でもいいから欲しがっているという必死さ、余裕のなさも勝手に刷り込ませられるんだから」
俺はぶつぶつと話しながら泰三に拳が届く範囲に入る。
「や、やるのか!?」
「ここまで来てやらないわけないだろ」
若干あきれたように呟きながら、俺は足を踏み込む。が、その攻撃はうまくいかない。
「い、今だ!」
「うわっと」
グン、と今までよりも強く体が引き寄せられる。攻撃するときの踏ん張りが崩されるだけでなく、そのまま泰三に向かって倒れこむような強さだ。
そして、そんな俺を見逃すはずもない。泰三が倒れこむ俺の顔に膝蹴りを当ててくる。
「グっ!」
さすがに今のはぐらッと来た。だが、逆にこの倒れこむ推進力を利用して......!
「ッラああ!」
俺は泰三の顔面をつかんで、後頭部を地面にたたきつける。ゴチン! という鈍い音と赤い血を後頭部から出しながら泰三も仰向けで動かなくなった。
「っふう。こいつらが最初に俺たちを襲った2つ目の理由で、清木教授たちは俺たちに人員を割く必要がある。だから、お前らの本当の目的も達成しやすくなる......はずだったんだが、予想していなかったことが起きた。だよな、仁美?」
「......なんのこと?」
とぼけた返事をする仁美。ゾンビに変えた雪音をこちらに攻撃させて来るかと思いきや、自分の傍らに待機させて一切動かさない。なんというか、変だなあ。
違和感を感じながらも俺は話を続ける。
「『防人』の誕生が飯野から伝えられたんだろう? 障害になる人員を割くどころか、障害が増えてしまった。だから、お前が俺たちを襲いに来たんだ」
俺は言いながらじりじりと仁美との間合いを計る。康太や泰三とは違って、たった一度首の後ろに触れられただけで俺は無力化されてしまう。
「ふう」
俺は息を吐きながら上着の一部を破く。上着は紙のように簡単に破くことができた。もちろん、俺の能力だ。
「仁美が俺を襲いに来た時点で『防人』に入っていたのは俺だけ。加えて、俺はあくまで『学生』。俺がほかの生徒を守る前に攫われたりしたら流石に防人という組織を解体せざるを得ない。だから俺がほかの能力者をメンバーに誘う前に俺を襲いたかった。これが康太の襲撃の翌日に俺を襲いに来た理由だ。康太が退けられたばかりだというのに襲撃が連続した理由、だな」
「.......」
仁美は肯定も否定もせずにこちらの出方を伺っている。そろそろ動きだすか。急いでいるわけではないが、あまり戦闘を長引かせたくないというのが本音だ。
お互いの手が決して届かない距離から間合いを詰めていく。俺が仁美に向かって拳を振り上げると、ゾンビ化した雪音が立ちはだかる。姿は仁美だが、雪音を攻撃することは俺にはできない。俺は一旦拳を下ろして一歩下がる。
「.......(クスリ)」
仁美が微笑む。どうやら、無敵の武器を手に入れたと考えているようだ。先ほどまでのおびえた態度から一転して、雪音を俺にけしかけてくる。
「くっ」
俺は唸りながら少し下がる。それを追って雪音が攻撃を仕掛けてくる。
「雪音に殴られるなら本望なんだが......!」
俺は雪音の懐に入り、襟元をつかんで柔道よろしく地面にたたきつける。もちろん、ある程度手加減はしたが、手加減しすぎるとそもそも投げられない。
心を痛めながらもこの隙を逃さずに仁美に接近して、まずは一発殴り飛ばす。
「うぐっ......!」
「さあ、雪音を元に戻せ」
無駄だとは思うが、一応雪音を元に戻すよう命じる。そんな俺に口の中から血を流しながらも、余裕を見せる仁美。
「......やだ。あいつはあなたに対して良い盾になる」
「そっか」
まあそう簡単に戻してもらえると思っていない。俺は先ほど破いた上着の一部で、仁美の両手の親指同士を巻き付けて能力を使う。これでこいつはこれ以上ゾンビ化させられないはずだ。
「さて。俺は今からお前を殺す」
「......は?」
きょとんとする仁美。言葉を理解できていないようだ。
早速まずは一発、顔面を思いきり殴り飛ばす。
「......え、え?」
鼻の骨が折れたのだろう、鼻から血を流し、目からは涙をポロポロと零しながら静かに状況を理解していく仁美。その場に倒れこむ仁美を、俺は無理やり胸元をつかんで立たせる。
「能力の『糸』っていうのはそいつの意識があるうちは機能するけど、意識がなくなると糸もなくなるんだってさ。お前が雪音を元に戻そうがどうしようが関係ない。お前が死んだら雪音は元に戻る」
俺は淡々と説明しながら、次はお腹に拳を叩き込む。
「げぇっ! お、おぇ! や、やめて......」
「いや、だからお前を殺すんだって」
俺は能力を使っているから特に良心が痛んだり罪悪感があったりしない。というか、それ以上に怒っている。
「雪音を攫おうとしたんだろ? 雪音を危険な目に遭わせようとしたんだろ? なんでのうのうと許してもらえると思ったんだ?」
言いながらさらに怒りが湧き上がってきて、仁美を殴る拳に力が入ってくる。
「も、もどじだ......。もう、戻したから......」
ちらりと後ろに目を向けると、先ほどまで仁美の姿だった雪音が元通りの姿で横たわっている。だけど、関係ない。
「いや、戻さなくてもよかったんだぜ? 結果は同じだから」
「も、ゆるし、いやだ......あ」
能力を解除しても殺されるまでこの暴力が終わらないと理解した瞬間に、仁美の全身から力が抜ける。どうやら、気を失ったようだ。
「......ッチ、許してやるか」
俺はその場に仁美を放り投げる。あと少しやることがあるからな。
「さて、あとは琴葉、お前と......もう一人、いるんだよな?」
「そうだね、鞭の能力を持っている男がいるよ」
返事をしてくる琴葉。声に余裕はないものの、焦りなどもない。
それと、鞭使いがいるなどと言っているが、
「いや、いるのはそいつじゃないだろ」
鞭の能力。神様を進行していると思わしき男のことだ。こいつは解散させられなかった防人の時間帯による人員についての調査を行った。雪音の転校手続きがあるのは朝。そのことの調べはついていたのだろう。だからあの時もスパイの飯野を利用して朝の時間帯に襲撃してきたのだ。
っとまあ、それはどうでもよくて。
「まあ、誰がいるかはわかっているんだが。お前を殺せばそれも分かる」
「......私の能力を完全に見抜いているようだね」
「古木さんを襲撃してくれたおかげでな」
そう、琴葉の能力は『インビジブル』という透明化。一応超能力に分類されているようだが、能力の内容は『本人の』透明化ではない。本人と、もう一人の人間程度のものを透明化できるというものだ。
「古木さんという目立つ存在を呼んだのは清木教授の案。清木教授はお前らの本当の目的が『雪音を奪う』という可能性を考えたからだ。だから、古木さんという『護衛するべき対象』を増やしても雪音の警備は手薄にならない、つまり襲撃してきても雪音を奪うことはできないということをお前らに教えたかったんだな」
いいながら俺は適当に辺りをぶらぶらと歩き回る。相手が見えない限りこちらから攻撃することはできない。相手からの攻撃を待っている状態だ。
「ただ、お前らはそれを逆手に取ったわけだ。古木さんの護衛の人数は雪音に比べてどうしても少なくなってしまう。さらに古木さんの護衛には俺たち防人が含まれている。防人の俺たちは学生だ、長い時間拘束はしないでおこうという清木教授たちの気遣いもあるだろう、古木さんがA大学から離れる前に俺たちは古木さんの護衛から外される。そこが古木さんを襲うタイミングだ。そして、古木さんが実際に誘拐される、と」
俺の声が空しくコンクリートに反射していく。できる限り一度歩いた場所は歩かないように気を付けながら話を続ける。
「護衛もあっていつも以上にたくさんの人に囲まれていた古木さんは気疲れしたんだろう、人目に付かない大学の休憩所に足を運んだ。そんな古木さんを尾行していた伊達の能力で古木さんを幻覚内に取り込んだ。そして古木さんのスマートフォンのインターネット機能を切る。こんなの飛行機モードにするだけだからセキュリティ解除は必要ない」
俺はジグザグに歩きながら部屋の壁際まで歩いていく。
「後は古木さんのライブ中に下見をしておいた人目に付かない場所、シアター室へと運ぶ。とりあえず、古木さんの捜索で雪音の護衛が少なくなったところを襲う間だけでも見つからないような場所だ。ただ、ここでおかしいのは意識を失くした古木さんをどうやってシアター室へ運んだのかっていうところだ。幻覚に取り込まれた人に触れると触れた人も幻覚に取り込まれる。それは超能力者でも同じだ。だから、古木さんは休憩所の時点では麻酔銃か何かで眠らされただけ。そしてシアター室まで運んで改めて伊達の能力で幻覚に取り込んだ。念には念をかけて、周りの音や気配に気づかれないように袋をかぶせて。で、伊達は幻覚をかけている本人だから、触れても問題なし、と」
壁際まで歩ききり、壁に背を預けて、ただっぴろい空間全体が視界に入るように顔を上げる。
「最後に。ここでおかしいのは運んでいる間の琴葉は怪しまれないのかということだ。普通の人をおぶっているだけなら目立つくらいで済むかもしれないが、抱えているのはアイドルの古木さんだ。流石に人目についてしまう。だから、お前の能力は『自分と、人一人くらいのサイズのものを透明化できる能力』なんだ。そう考えれば、眠った古木さんを透明化させてシアター室まで運ぶ。この間は伊達も透明化せずに一緒についていくだけでいい。そして幻覚の能力を使った伊達を抱えて、休憩所のところで寝かせておけばいい。この間手は不自然に見えるかもしれないが、それだけで済む。流石に歩いている人の手をそこまで気に留めるやつもいないしな。で、早速雪音を襲おうと思ったら、あまり護衛が減っていなくてやむなく帰還したということだ。これは防人がお前らの予想以上に早く古木さんを見つけて保護したからだ」
あの時清木教授がすごく喜んでいたのも、雪音の護衛を古木さんに回す前に俺たちが古木さんを保護できたから。つまり、雪音を危険に晒さずに古木さんを奪還できたのが嬉しかったというわけだ。
俺は拳を構えて琴葉の動きを待つ。もしくは、もう片方のやつが動くか......? なんにせよ、い亜mは待つしかない。やれることはやった。
全神経を視界の中の情報に集中させる。すると、視界の端で地面がほんの少し崩れる。
「っ!?」
「そこだ!」
俺は一気に地面が崩れた場所へ駆けだす。当然、琴葉は避けようと足を動かすが、動かした先の地面が次々に崩れていく。
「何が起きて......!」
「っらあ!」
俺は気合を込めた一発を空中に向かって繰り出す。すると、確かな手ごたえが返ってきた。
「ぐあ!」
「このまま......!」
俺は横蹴りを繰り出し、琴葉の体勢を崩させる。ここしかない!
「うおおおおおお!」
俺は能力を使って拳の『硬度』を上げる。金属に負けないほどの硬さの拳でとにかく、とにかく殴り続ける。
どこに命中しているかも分からない。ただ、がむしゃらに拳を当て続ける。そしてついに、
「う......あ......」
何もない場所から背が高く、短い黒髪の女が現れ、その場に倒れた。腕や破けた服の辺り、お腹や顔に至るまで怪我をしている。あざがあったり、内出血を起こしていたり、血を流していたり。泰三をナイフで刺そうとした俺を止めた時に食らった腕への攻撃のせいで、腕が使えなくなってしまったのだろう。なのでほとんど抵抗できずに攻撃を食らい続けたのだろう。それにしても、ようやく気絶してくれた。
「......ふう。これで、他の大学からの刺客は終わった、よね」
僕は能力を解除していく。先ほどまでは血の硬度を変えて、脳に届く血の量を減らしていた。これによって強制的に体が危険状態に陥ってアドレナリンが出るようになる。また、記憶や感情というのは脳にある。そこに流れる血の硬度を変えて、強制的に記憶を封印する。これが僕の『二重人格』の仕組みだ。実際は記憶を司る脳の海馬のどこを止めて......などとは考えていない。指を動かすときにどの筋肉を動かしているかを考えていないのと一緒だ。ただ感覚的に記憶がある場所の血を制御して記憶を混同させていたのだ。だから昔の記憶を思い出すとき、二重人格が出るときに血が一気に流れ込むので頭が痛くなっていたのだ。
僕の能力は、『自分と、触れたものの硬度を変える能力』だ。
「俺がいるのに、気を抜いていいのかい?」
そんな風に、今の自分に理解させるように能力を頭の中で確認していると、聞いたことがある男の声が聞こえる。最初にスパイである飯野君が目を付けた、やけに僕と雪音を敵視する男。挨拶に行った僕が罵倒したという嘘の発言を飯野君の『発言したこと、書いたことを本当だと思い込ませる能力』で本当にしてもらった男。僕が無能力者の友達とご飯を食べているときに琴葉の所属する大学からスカウトを受けていた男だ。
「君だから気を抜くんだよ。僕がなんで敵が計画していたことを話していたと思う? あれは無意味なことじゃなくて、相手の襲撃の考えを聞いて君が改心してくれることを期待したからだよ、工藤君」
そこには僕をトーナメントで負かした、眼鏡をかけた黒髪の男......工藤君がいた。
「......俺は君を、いやA大学を裏切って白川さんを危険に晒したんだよ? さっきみたいに殺す気で俺を襲わなくていいのかい?」
少しふらつく頭を押さえながらそんな工藤君の言葉を聞く。まったくもってその通り、というか
「前提条件として僕は工藤君を許していないよ。雪音を危険に晒した奴ということで今すぐにでも殺してやりたい」
「じゃあなぜ」
「いや、僕は『防人』だから。この大学の生徒は守らなくちゃいけないんだよ」
若干食い気味に答える。工藤君は驚いた表情で尋ねてくる。
「......盗聴器の情報だと、防人は昨日の夜に抜けたんじゃないのか?」
「ああ、あれは分かってた、っていうか予想できてたから、盗聴器のことを配慮しながら答えてたよ。清木教授とは打合せしてないけど、僕が今雪音をこうして助けられたってことは清木教授もなんとなく気づいてたのかも」
そんな風に余裕綽々で答えていると、工藤君の僕を見る目が少し変わった。
「すごいよ、本当にすごい。ここ一週間の推理といい、そこまで頭が回るなんて」
「褒められても何も出ないよ。さ、清木教授のところに行って今後の待遇を決めてもらおう」
特に僕は危害を加えられていないけど、防犯ブザーを敵組織に渡して、別の場所にもSOSがあるように見せかけて戦力を分散させる。これは今教授たちに対応してもらっているところだけど、こういう遠回しな邪魔ならやられている。さらに、こちらの機密情報なんかを敵に伝えているかもしれない。その辺りを想像するのには今持っている情報だけだと足りないのでちょっと分からないけど。
まあとにかく、後始末は清木教授にということで。
「君ほど頭がいいなら俺の悩みに答えが出るかも......」
「そんなのカウンセリングの先生にでも聞いてよ。心理学の先生、美人らしいよ」
「それはそれで気になる情報だけど、今は君に答えてもらいたい」
茶化すくらいの余裕がお互いにある。僕に余裕があるのはともかく、先ほどまでの攻防を見た工藤君に余裕があるのが妙だ。一応あれも牽制のつもりだったんだけど。
そうなると、僕の能力は工藤君にバレている可能性が高い。加えて弱点も。そう考えると、僕一人でも勝てるとは思うけど、念のために援軍があった方がいい。なら時間稼ぎが必要かな。
「とりあえず、聞くだけ聞くよ。何?」
「君は、どうして白川さんにそこまで固執するんだい?」
む。ちょっと予想していなかった質問だ。だけど、答えに悩む質問ではない。
「固執っていうかまあ、友達だしね。それに色々な奴に狙われていて大変そうだし」
とりあえず正直に答える。固執とまではいかないけど、他の友達と比べて雪音に思い入れがあるのは、雪音が何回も危ない目に遭っているところを見ているからだと思う。
「ふむ。それじゃあもう一つ質問。白川さんが生まれつき病弱で能力者じゃなかったら、ここまで彼女に固執していたかい?」
「う、うーん」
こちらは答えるのに困ってしまう質問だ。なんでいきなりそんなことを、と言いたい気持ちを抑えて、とりあえず質問に答える。
「多分、ここまで固執はしてなかったかなあ。もちろん、友達だから困ったときに助けるくらいはしただろうけど、病弱ならそこまで一緒に遊べていないだろうから友達になれたかも分かんないし」
先ほどと同じように思ったことを素直に答える。工藤君の表情は真剣な顔つきに固定されている。
「最後の質問。もし病弱な人と凄い力を持っている人。どちらかと友達になれるならどっちとなる? ああ、人柄とか外見は全く同じだとして」
「それはまあ、力を持っている人かなあ」
これも正直に答える。なんとなく、彼の悩みが見えてきた。本当になんとなくだけど。
「理由は?」
「いざって時に助けてくれそうだし」
「......ふう。やっぱり君もそんなものか」
ため息を吐きながらそんな風に呟く工藤君。そんなものとはなんだ。
「俺は小学生のころ骨を折っちゃってね。ああ、能力とか関係なくだよ。ちょっと交通事故に遭っちゃったんだ」
いきなり語りだす工藤君。時間稼ぎの意味も含めて、黙って話を聞く。
「入院した病室で一人の男の子と友達になったんだ。翼っていう名前だ。想像がつくと思うけど、その子は病弱だった」
ふむ。さっきから『病弱』という言葉に固執している気がしたのはこれか。そんなことを考えながら話の続きを促す。
「通っている小学校は同じ。身長が少し低かったかな。初めの頃は病弱って言ってもたまに病院に来ればいいっていうぐらいだった。そんな翼がね、いじめられ始めたんだよ。病弱で体が細いから女みたいだなんて言われてね」
むう。小学生特有のよくわからないいじめ方だ。聞いていて気分がいいものではないなあ。
「そんな風に虐めてくる奴らだったけど、ある日転校性がやってきて少し環境が変わった。体が大きい男の子が転校してきたんだ。そいつは転校してからケンカは一切しなかったけど、腕っぷしが強いっていう噂が流れて、たちまちみんながそいつを慕うようになったんだ」
少し寂しそうに話す工藤君。眼鏡越しの瞳を細めて、ゆっくりと話す。
「そんな体が大きい彼が転校してきたんだけど、翼へのいじめは終わらなかった。もちろん俺だって止めてたよ。でも多勢に無勢でいつも俺たちは怪我をしていた。そんなある日、いつも通り僕と翼が殴られているところに噂の転校性が通りかかった。俺は言ったよ。『腕っぷしが強いなら助けてくれ』ってね。でも、転校生は俺たちを見捨てて離れていったんだ」
「......」
「結局いじめられたことによるストレスやけがのせいか、他の要因のせいか分からないけど翼の体調は悪化。めったに学校に来なくなって、原因が今通っている小学校と判断したんだろう、翼は転校していった。俺は思ったよ。力があるやつは手を差し伸べてくれない癖に頼られるし、特に何もない奴は転校生を慕う一方、翼みたいなやつをいじめる。こいつらが俺から友達を奪ったんだ......!」
途中からなんとなく言いたいことは分かった。初めはゆっくり話していた工藤君が最終的に声を荒げる。それに関しては同情する。同情するけど......
「言いたいことは分かったよ。君が雪音や、入学したての僕を嫌っていた理由もよく分かった。でもね、言わせてもらうと雪音は能力を持っていたせいでいじめられていたよ? 能力があるって判明してからね」
「だから力があるという理由だけで嫌うな、と?」
「うん」
僕は素直にうなずく。工藤君は顔を強張らせて口を開く。
「それは無理な話だよ。正直、俺は白川さんがいじめられていたと聞いて気分がいいくらいだ」
「ひねくれてるなあ。......あのね、工藤君。そもそも僕は雪音が能力者になる前から友達だったんだよ」
「......」
「さらに言えばね、僕が雪音にここまで入れ込んでいるのは雪音の『超能力』が理由じゃない。超能力が原因で『雪音が危険な目に遭う』。これが僕が入れ込んでいる理由だよ」
「......ということは、なんだい。君は人を力で判断しないということか?」
「まあ、そうだね。少なくとも能力だけでは判断しないかな」
若干戸惑っている様子の工藤君。というか、僕みたいな人珍しくないと思うけどね。
「それじゃあ、何が理由で白川さんと友達になったんだい?」
「えー......そんなの覚えてないよ。でも、話しやすかったっていうのはあるかな。雪音はいつも微笑んでいた気がするから、そういう雰囲気もすごく居心地が良かったし。ああ、もちろん今でもふわふわとした穏やかな雰囲気を持っていてすごく居心地がいいよ? 外見も相当可愛いよね。肩にかかるくらいのさらっとした白い髪に緩い目つき。なんていうか、天使? あとは「いや、もういいもういい」
工藤君が呆れた表情で僕を止めてくる。うーん、もっと雪音の魅力を語りたいんだけど......
「まあ、まとめるとね」
「ふむ」
「いろいろな奴らに狙われて可哀想だから『守ってあげたい』。ずっと関係を持っていたいから『友達』。それだけだよ。君だって、翼君と友達になる時に『こいつは力を持っている』とか考えてなかったでしょ?」
「それは、そうだけど......」
工藤君の悩みというのが何かは結局聞いていない。ただ、その悩みが原因でA大学を裏切ったり雪音を傷つける行為をしているとしたら、それは間違っている。
「......俺は、悩んでいる。というか、目を背けているんだ。」
工藤君がぽつぽつと胸の内を吐露し始める。
「無能力者でも、超能力者に媚びずに対等に接している人がいる」
決して大きくない声量なのに確かにコンクリートに反響する工藤君の声。気のせいか、気温が高くなってきたような気がする。
「能力者でも、他の人間に手を差し伸べる人がいる。そんな人がいるってことに」
そこまで語って、ふーっと息を吐く工藤君。
「どちらも君のことだよ、上木蔵介君」
そんな僕を褒めるような言動とは裏腹に、なぜか眉を吊り上げてこちらを睨んでくる工藤君。
「ただ、君を認めるわけにはいかない」
「いや、別に認めてもらわなくていいけど」
「君を認めるということは、俺の今までを否定するということになるんだ」
「? ちょっとよくわからないんだけど......」
今までの自分を否定することになるってどういうこと? 僕はきょとんとしながら尋ねる。
「俺は翼が引っ越して以来友達を作ったことがない。人をいじめるような奴と一緒にいたくないから。人に手を差し伸べられない奴が許せないから。だけど、君と出会ってから、世の中そんなやつばかりじゃないのかもしれないと思っている」
「いや、実際にそんな奴ばっかりじゃないよ。いい人多いよ?」
僕の茶化しにも反応せずに話を続ける。
「でもね、それを認めてしまうと、今までの自分が間違っていたってことになる。無駄に過ごしていたということになってしまう。今までの努力が、無駄になってしまうんだ」
矢継ぎ早に語る工藤君。う、うーん......。
「いや、でももしその生き方を貫いちゃうと、ずっと正しい生き方ができなくなっちゃうよ? 工藤君の過去が無駄じゃなかったとは言わないし、無駄だったとも言わない。でも、もし間違っていたことを認めないなら、これから自分がしてみたい生き方は絶対にできない」
確かに、今までの生き方を変えるというのは決して簡単ではない決断かもしれない。でも、これは絶対だ。
というか、
「過去の自分と今の自分だったら僕は今の自分に従うね。今の自分は過去の自分の集大成。過去に経験した良いこと、悪いこと全部に適応させたのが今の自分だもん。誰と比べても絶対に正しいとは言えないけれど、過去の自分と比べたら今の自分がやりたいことをやるのが正しいと思うよ」
僕の考えを聞いて工藤君は僕を睨んでいる表情を地面に向ける。何かを考えているようだ。
しん、となんの音もしない空間が続く。僕が黙って工藤君を見つめていると、静寂を切り裂く音が入ってくる。
「おーい、上木君! 大丈夫かい?」
「あ、清木教授」
静寂を破ったのは清木教授だ。正や朝倉君、堂次郎もいる。どうやら援軍が来たようだ。
「さ、工藤君。いこう」
「......上木君。君が認めさせてくれないか? こんな俺を」
瞬間、ゴウ! と音が鳴る。あたりに視線を飛ばすと、雪音の周りにだけ高い炎の柱ができている。
「これはなんのつもり? 工藤君」
自分でも声が冷たいのが分かる。ただ、そんな僕の声には一切動じない表情の工藤君がいる。
「黙らせてくれないか。こんな風に超能力者を、白川さんを危険な目に遭わせる俺を」
「......清木教授、襲撃してきた能力者を外に連れ出してください」
「おい蔵介。俺たちもこいつを倒すの手伝うぞ」
正がそんな申し出をしてくれる。でも、助太刀はいらない。
「大丈夫。絶対に勝つから」
「いや、お前が負けたら白川が危ないだろ」
「うむ。元々蔵介殿についてはあまり心配していないでござる」
「いや、僕のことも心配してよ」
冷静な堂次郎と朝倉君のツッコミ。もっと僕を大切にしてほしい。
はあ、と僕はため息を吐きながら口を開く。
「とりあえず、大丈夫だよ。というか、同じ学校の生徒に手を出すなんてこと防人はしちゃいけないでしょ。清木教授たちだって手は出しにくいだろうし。そこで防人を脱退した僕の出番ってことだよ」
「......わかった、君に任せるよ」
「いいんすか? 清木教授」
「うん。工藤君の処遇についてはあとで決めるよ」
言いながら倒れている襲撃者たちを回収していく清木教授と正たち。その間僕と工藤君は無言でにらみ合う。
一通りの回収が終わり、清木教授たちが地下室から出ていく。それと同時に工藤君が口を開く。
「安心してよ。白川さんが熱さで死んでしまうことがないようにはしているから」
「もし雪音が熱さで死ぬことになっていたら、僕は一瞬で君を殺していたよ」
メラメラと燃える炎はまるで、僕と工藤君の闘志を表しているようだ。地下室を照らしている白い蛍光灯よりも強く、強く僕たちを照らしている。
「君を全力で殺しに行く。だから、君も全力で殺してよ。『こんな考えを捨てられない』俺を」
工藤君は過去の自分に決別を付けたいようだ。ただ、そんな彼の思惑はどうでもいい。そんな彼の決心はどうでもいい。
俺は能力を使って戦闘態勢に入る。
「こんな回りくどいことしなくても殺してやるよ、工藤」
静かに呟く。気づけば握られている拳に血が集まっていくような感覚が気持ちいい。
「お前がなにを考えていようが、何をしようが関係ねえけどよ」
この口調は、相手に威圧を与えるために作られたもの。どうせ分泌されるアドレナリンを無理やり出しているのは、絶対に最高のコンディションでいるためのもの。
「雪音に手ぇだしてんじゃねえよ!」
この『二重人格』は、雪音を守るためのものだ。
「っふ!」
まずは一気に近づいた俺の鋭い横蹴り。工藤は一歩引いて俺に手のひらを向けてくる。それを確認した俺はその場で四股を踏むように体勢を低くして身構える。
ゴウ! と激しい炎が俺に向かって襲い掛かってくる。俺は限界まで低くかがんで、かがんで、
「な!?」
「っらあ!」
俺は地面の硬度と足、靴の硬度を一気に上げて、工藤の腹に飛びつくように攻撃を仕掛ける。
「甘い!」
「おっとと!」
次は地面から天井まで一本の炎が生えてくる。俺は硬度を上げた足のつま先を、硬度を柔らかくした地面に突き刺す。そのまま地面に手をついて態勢を立て直そうとするが、そこを見逃してくれるほど甘い相手ではない。
「喰らえ!」
俺の手の周りの空気が、一気に温度を上げる。そこから真っ白な明かりが生まれて、炎が生まれる。
「あっつ!」
俺は大きく体を逸らして、そのまま後ろに転がる。そこを追撃しようとしてくるはずの工藤の攻撃は来ない。
転がっている推進力を利用して立ち上がり、改めて工藤に対峙する。工藤は鼻血を出しながらこちらを睨んでいる。
「痛かっただろ? ダイヤモンド並みに硬いコンクリートを食らった感想はどうだ?」
一瞬炎に炙られた手を振りながら余裕たっぷりに尋ねる。工藤はこちらを睨んだまま答える。
「ふん、この程度か、という感じだよ」
俺が倒れて手をついていた地面の硬度を下げて、ある程度のコンクリートを手のひらに握りこみ、体をのけ反らせるときにそれの硬度を上げて工藤の頭に向かって投げたのだ。距離はそんなに離れていない、当てるのは簡単だった。
「ところで、君も無敵ではないんだね」
「というと?」
スタミナは特に問題ない。別に今の攻防を100回やっても俺は同じことができる自信がある。だから、聞き返したのはただの気まぐれだ。
「炎に当たりたがらない。いくら硬度を上げても熱とかには弱いんだね」
「当たり前だろ」
俺はケラケラと笑いながら答える。工藤は鼻血を垂らしながらも真面目な表情を一切崩さない。
「ってことは、神経は通っているわけだ。で、さらに言えば他人の硬度は変えられない。考えてみれば当たり前か。そしたら触れるだけで人を殺せちゃうもんね」
「まあそうだな。で?」
「つまり、俺の打撃は効果があるんだね」
工藤がスッと拳を構える。えっと、
「俺の体、めちゃくちゃ硬いぞ?」
「でも神経があるならそこを狙うしかない」
「いや、炎で攻撃すればいいだろ」
「もちろんそれも使うよ」
工藤が言い終わる前に俺の足元が光り輝く。俺は素早く体を動かす。後ろではなく、前に向かって走り出す。
「さっきの話聞いて......!」
「殺してやるよ!」
恐らく、工藤は接近戦に関して何か秘策を持っている。ただ、秘策は秘策だ。ある程度は遠距離戦を仕掛けたかったのだろう。そうしてスタミナがなくなった俺が接近すれば、(どのくらいの接近戦の強さかは分からないが)俺より接近戦が苦手な工藤でもなんとかなると思った、というところだろう。
「クっ、当たらない......!」
俺はジグザグに走りながら工藤へ詰め寄る。途中地面から炎が生えるが、それが俺の進路を邪魔することはない。工藤がこちらに向けている手のひらが右に左にと動き回るが、どうにも俺をとらえきれていないようだ。
そして、俺の拳が届く範囲まで近づいた瞬間。工藤が自分の周りを炎が包む。おう、意外と知能的。
「まあそれでも攻撃できるけど、な!」
俺はつま先を地面に埋め込んで、そのまま蹴り上げる。砕けたコンクリートが炎の中へ飛んでいく。が、特に反応はない。
「だめ押しだ......!」
俺は素早く身をかがめて地面を手でえぐる。そして手に取ったコンクリートの硬度を上げて、炎の中に叩き込む。
「死ね!」
炎の燃え盛る音が邪魔してぶつかったかどうかが音で確認できない。ただ、工藤は絶対にまだ戦える状態だ。
「まだまだやれる、って感じだな」
炎が最初は工藤を包み込む程度のものだったのが、逆に俺が包み込まれている。まだ闘志は十分にあるということだろう。
俺は瞬間移動ができたりする能力者じゃないし、服の硬度を上げても炎は燃え移る。ただ、一瞬炎に飛び込むくらいなら問題はない。服に燃え移らない程度、さっと潜り抜ければいい......はずだ。
「......んあ?」
なんというか、違和感。だがそれに思考を費やしている時間はない。俺は工藤がいた方向へと飛び込み、
「「--!!」」
いくつか擦り傷が目立つ工藤と俺の視線が交錯する。俺は体が訴える熱を感じながらも拳を握りこみ攻撃を仕掛ける。工藤は俺が来るのを待っていたようで、俺よりも先に攻撃を繰り出してくる。
先ほど工藤が言った通り俺は神経も遮断できるが、していない。その理由は単純で、どのくらいの力を相手が持っているか測るためだ。まったく痛くない攻撃を食らい続けて突然気絶するという展開は避けたい。
能力から察するに工藤のパンチなら何発かもらっても問題ないはずだ。そう考えた俺は工藤のパンチを躱さずに拳をぶつける。
まず攻撃を食らったのは予想通り俺だ。しかし工藤のパンチの威力は決して強くない。これなら接近戦は問題ないな。そう考えた俺の拳が、止まる。俺の服が燃え始めたのだ。
「なあ!?」
......そうか、接近戦をけん制する意味のあの言葉。『俺の打撃は効果があるんだね』という言葉は、接近してきて避けられない距離に来た俺を『燃やす』ための言葉だったわけだ。
俺は素早く飛びのいて、服を破いて上裸になる。そして燃えている服を一つ結びで結んで、能力を使う。
「俺の攻撃も悪くないだろう?」
そんな風に余裕ぶっている工藤に一気に接近する。工藤は俺に向かって手のひらを構える。俺は先ほどのようにジグザグ走らず、一直線に走る。
「俺の勝ちだね」
工藤が得意げに炎を手のひらから繰り出す。当然俺は炎を直で食らう。真っ赤になる視界の中、俺は力の限り手に持っている結ばれた服を振るう。
服越しに伝わってくる感覚はない。が、手ごたえはある。服の結び目になっている部分が工藤の脇腹に当たったようだ、炎はなくなって、血を吐きながら倒れる工藤の姿が確認できた。
「あ”ぁ......」
力なく倒れる工藤。服の結び目の硬度を上げていたので、ハンマーで攻撃を受けたような。ダメージがあるのだろう。
俺は倒れる工藤の頭めがけて服で作られたハンマーを振りかぶる。そして、一切の躊躇なく振り下ろす。
「うぁ!」
工藤が頭を大きくのけ反らせる。服のハンマーは工藤の頭ではなく地面を粉砕した。間一髪でよけられてしまったようだ。
俺は次は避けられないようにするために青ざめた工藤に馬乗りになる。
「や、やめろ! やめてくれ!」
工藤が炎を吐き出し、拳で殴りと俺に攻撃をしてくる。先ほどまでの余裕とは打って変わって、恐怖を全面に押し出した表情でがむしゃらに攻撃してくる。が、それは一切の効果がない。いや、実際には効果があるのかもしれないが、今は痛みを感じない。
俺は先ほど痛覚を感じないように神経を弄った。理由は簡単で、この試合の負けというのが雪音の死につながると感じたからだ。
さっきまでは俺が勝たなくても、最悪俺が倒れて気絶すれば工藤は満足すると思っていた。それは楽観的な考えだったのだろうが、もう戻る場所のない工藤にとっては俺や雪音の生死は意味がなく、自分の考えを示したい。その程度のものだったと思っていたんだ。
でも、工藤は能力を使って確実に俺を死に追い込んでいる。俺が気絶をした場合、倒れた俺を工藤は殺してくるだろう。......雪音を、殺すだろう。
心のどこかでは、工藤は改心すると思っていたのだけれど、もうそんな考えは必要ない。
俺は、こいつを殺さなければいけないんだ。
「うわあああああ!」
工藤が涙を流しながら叫ぶ。俺は洋服のハンマーを振りかぶりーーー
「サイコキネシス!」
そんな声が聞こえてきた。瞬間、俺の体が固まって、
「蔵介は寝てて!」
ぐわんと脳が揺れる感覚と同時に意識が落ちた。
「ん......んぁ......」
「あ、起きた。起きたよ立花学長」
「ん。おはよう、上木」
僕が目を覚ますと、少し雲を残した青い空と雪音、立花学長の顔が視界に入ってくる。......あれ、後頭部に何かの感触。......ん? 僕何かを枕にしてる? というか、このアングルは......
「うわあ!」
「な、なに? どうしたの?」
僕はその場から跳ねるように起き上がって雪音から距離を取る。視界には驚いた表情で正座している雪音とこれまたびっくりしている立花学長、あとは崩れている建物と倒れている工藤君が目に入った。え、えっと?
あまりに多い情報量に頭がパンクしている僕だけど、一つだけ理解した。
「もしかして、僕雪音に膝枕されてました?」
「うん。雪音がしたいって」
「ま、まあそうだね。ちょっと照れくさいけど」
顔を少し赤くして困ったように微笑む雪音。か、可愛い。可愛いし、もう一回膝枕してほしい。というか、いくら驚いていたとはいえ、なんで僕は離れちゃったんだ!
「それじゃあ騒動のまとめを話そうーーーって、上木、唇から血出てるよ?」
「......僕は、馬鹿だ......」
「事情はよく分からないけど、それは間違っていないと思う」
なんてひどいことを言うんだ。まあとりあえず、この話は一旦置いておこうか。あとで回収するつもりだけど。
さて僕の気持ちも落ち着いたところで話始めようとすると、清木教授がひょっこり顔を出す。正や堂次郎に朝倉君、いつもの巨漢は連れていない。
「やあやあ。この様子だと終わったみたいだね」
「みたいです」
「なんで当事者の君が覚えていないのさ」
「いや、分かんないですよ。なんか昨日の夜くらいから記憶がないんですよね。......あれ、正とは話をしたような......」
「「「え?」」」
キョトンとした表情の皆さん。皆さん驚いているかもしれませんけど、いきなり昼の時間帯に雪音に膝枕されていた僕の方が驚いていますよ。
「え、えっと。上木君、今日は何曜日?」
「え? えーっと、昨日の夜が木曜日でしたから......金曜日、ですかね?」
「上木の能力は何?」
「『2重人格』ですよね?」
「蔵介、好きな女性のタイプは?」
「いつもニコニコしてる元気な子......ってこれは関係あるの?」
そんな僕のツッコミも空しく、3人は集まって何やら話し始める。
「これ、どういうこと?」
「ちょっとよくわからないなあ。小屋の扉の破壊された状況、地下に入ったときの地面の抉れ具合や、回収したナイフの材質に対した硬度、さらに仁美とかいう女の子の親指同士に巻き付けられていた布の硬度。能力は2重人格なんかで片付けられるものじゃないよ」
「とぼけてるのかな?」
「まあさすがにそれはないんじゃないかな」
「でもありえなくはない」
「メリットが分からないんだよね」
......え、えっと。当の本人が置いてきぼりなこの状況。どうしたらいいんだろう。
とりあえず話し合いが終わるのを待っていると、体がヒリヒリとした痛みを訴えてくる。なんというか、上半身全体が痛いなあ......って、なんで僕は上裸なのさ!? というか、この状態で膝枕されてたの!? なんか、すっごい恥ずかしい!
......っていうか、なんか体が痛いと思ったら全身真っ赤だ。さらにヒリヒリとした痛み。もしかして、やけどかな? ってことは、そこで寝ている工藤君も関係ありそうだ。
「えっと、とりあえず今回の騒動をまとめてもらっていいですか?」
こうして意識しちゃうとやけどした部分は結構痛いので早く医務室に行って処置してもらいたい。あと上裸って結構恥ずかしいのでなんでもいいから服を着たい。
そんな風に僕が要約を求めると、清木教授が一歩前へ出て話始めてくれる。
「まずは『防人』に。君たちのお陰で雪音ちゃんは無事だった。本当にありがとう」
「は、はあ。でも解決したのは他のみんなと2重人格の僕ですよね? お礼は今度そっちに会った時に改めてお願いします」
ストレートな感謝に面食らいながらそんなことを言う。本心としては、2重人格だろうが雪音を守ることができて誇らしいという気持ちもあるけど、今はそれを口に出すべきじゃないだろう。
そんな風にひねくれた返答をする僕に若干困ったような表情を見せる清木教授。それでも特に何も言わず話を進めてくれる。やっぱり大人だなあ。
「それじゃあお礼はまた後日ね。で、今回の襲撃を行った組織が分かったんだ」
「もうですか」
「うん。あ、だからと言ってすぐに潰しに行けとかは言わないよ。まだ全然準備が整っていないし」
「準備が整ったら潰しに行くんですか?」
とんでもないことを言っていらっしゃる。そんな風に狼狽する僕を見て笑う清木教授。
「大丈夫。半分冗談だから」
「半分って」
「そりゃあ、雪音ちゃんが危険な目に遭ったんだから多少はやり返さないと」
「なるほど」
納得した。これは準備が出来次第潰しに行くべきだろう。
「......穂乃果も危ない目に遭ったみたいだしね」
一瞬、何かを呟いた清木教授の顔から表情が消えた。ゾクリと背筋が凍るような思いだ。よっぽど雪音を大事に思ってくれているようでありがたい。
それも一瞬ですぐに表情を戻して話の続きを始める清木教授。
「さて、ちょっと脱線したね。これからは今まで通りの防人に戻ってくれればオッケー」
「いや、今まで通りっていうのが分からないですけどね」
この1週間で襲撃された回数は非常に多かった。まあどれもこれも雪音を狙っていて焦っていたからだということなんだろうけど、それにしても多かった。
「まあそれもそうだよね。でもこれからは襲撃の数は結構減るはずだし大丈夫。なにせこっちは襲撃を退けて雪音ちゃんを守り通したんだから。それでも襲撃してくるようならよっぽどの大人数で襲撃してくるはず。そうなったら防人の出番じゃなくて僕たちの出番さ」
確かにこれからも襲撃が来るとしたらそれはかなり大きな戦力になる。それと闘うというのはもはや戦争だ。そうなったら少人数で動いている『防人』というグループは役に立てないだろう。というか、そもそも防人っていうグループが雪音の襲撃に合わせて作られたもので、これからは適当に活動していくことになるのだろう。
そんな風に考えていると、コホンと咳ばらいを一つして清木学長が話をまとめてくれる。
「要するに、君はこれから適当に大学生活を満喫しつつ、たまにやってくる敵からみんなを守ってくれればいいんだよ。雪音ちゃんと一緒にね」
「一緒って......雪音、転校しないの?」
僕が尋ねると、雪音は少し恥ずかしそうにうなずいた。
「うん。折角立花学長と清木さんがいるんだし。......あ、あと、その、く、蔵介も」
「なら良かったよ」
最後の方はもごもごとしていてはっきり聞き取れなかったけれど、残ってくれるというのなら大歓迎だ。
......そっか。とりあえず、終わったのか。
「ふうぅぅ」
僕は息を吐きながら仰向けに転がる。そんな僕を見て周りの3人が笑い出す。
「記憶がない間も2重人格の方の君はずうっと考え事をしたり、体を動かしていたわけだから。流石に疲れも出てくるよね」
「ん。改めてお疲れ様、上木」
「いえいえそんな」
僕は上体を起こして、労ってくれる清木教授と立花学長に向き合う。すると、清木教授が倒れている工藤君を担ぎあげて僕に背を向ける。
「とりあえず、医務室に移動するまでの服が必要だよね。急いで持ってくるよ」
「ん。私も付いていく。雪音、ちょっと上木のこと見てて?」
「あ、うん。分かった」
え、えっと。突然二人きりにされてしまい困惑する僕。着替えは急いで持ってきてくれるということだけど、突然二人きりにされると緊張してしまう。
さらさらと聞こえてくる風に揺れる木の葉の音。雪音との距離はそこまで近いわけではないけれど、あまり離れてもいない。そんな距離にいた雪音が僕の傍に正座する。
「ね、ねえ、蔵介。何かしてほしいことない?」
「してほしいこと......」
そんなことを言われてしまうと、さっき中断してしまった膝枕を意識して、雪音の太ももに目が行ってしまう。そんな僕の視線を敏感に感じ取ったのか、雪音は恥ずかしそうに自分の足をポンポンと叩く。
「私の足でよければ、膝枕するよ?」
なんとありがたい申し出。でも、
「それは僕の権利じゃないよ。もう片方の僕が出てきたときにでもーーー」
「(ムカ)」
雪音の眉が動いたかと思うと、僕の体が勝手に持ち上げられて、膝枕の体勢を取らせる。
「あのね、蔵介」
気恥ずかしさや、別に僕が雪音を助けたわけではないという後ろめたさから僕が離れようとする前に、雪音が優しく僕の頭をつかむ。いや、体はすごく痛いぐらいに押さえつけられているんだけど。
「確かに2重人格の蔵介に助けてもらった。でもね。決して『戦闘』の面でだけ助けてもらったわけじゃないの。あなたは言葉で『私の心』も助けてくれたんだよ?」
「......どういうこと?」
僕は体から力を抜いて抵抗をやめる。すると雪音も能力で僕を押さえつけるのをやめて、代わりに僕の頭をなで始めた。こ、これ結構恥ずかしい。
そんな恥ずかしさから逃れるように雪音の話に集中する。
「んー、なんていうのかな......。今の蔵介はただの一般人。そんな一般人が超能力者の私を助けようと必死になってくれたのが嬉しいの。さらに、実際に助けてくれたっていうのも嬉しいの」
「だから、必死になってたのは僕じゃないよ。凄い方の僕が必死になってたんだよ」
「じゃあ今の蔵介は私を助けてくれないの?」
「......いや、出来る限り助けようとすると思うけど」
「ふふふ。それが嬉しいの」
こんな口だけのセリフに心底嬉しそうにするから雪音はずるい。今の僕が本当に雪音を助けるために必死になれる加なんて、それこそ僕にもわからないのに。
「うーん......それに、雪音の心を助けたって言うのもよく分からないや」
「それじゃあ、質問」
雪音は頭をなでながら、穏やかな声で尋ねてくる。
「蔵介は、今の自分の考えと過去の自分の考え。どっちに従う?」
質問の意図は分からないけど、答えはすぐに出てくる。
「過去の自分と今の自分だったら僕は今の自分に従うね。今の自分は過去の自分の集大成。過去に経験した良いこと、悪いこと全部に適応させたのが今の自分だもん。誰と比べても絶対に正しいとは言えないけれど、過去の自分と比べたら今の自分がやりたいことをやるのが正しいと思うよ」
「......ふふ。うふふふふ」
僕の答えを聞いた雪音が一層嬉しそうに僕の頭をなで始める。
「な、なにさ」
「んー? やっぱり蔵介は蔵介だよ。2重人格でも、今のままでも」
......質問の答えになっていない。僕はお手上げ、という意思を示すように目を閉じる。すると、後頭部に伝わる硬いような柔らかいような足の感触が伝わってくる。服を着ていない上半身が触れている地面から伝わる濡れた土の不快さを感じる。雲の隙間から出てきた日光の暖かさが気持ちいい。
女の子に膝枕をしてもらうなんて緊張しっぱなしになっちゃうかと思ったけど、なんか、安心しちゃうなあ。
「ねえ、雪音」
「んー?」
「なんか、すっごい眠いんだけど」
「寝てもいいよ?」
「...それじゃあ、..お言葉....に...甘え、......て......」
なんか、すごく居心地がいいや。
これなら、ゆっくり眠れそう。
「雪音。上木は寝ちゃった?」
「うん。しばらくこのままにしておいてあげて」
「分かった。......ねえ。なんでこの大学に残ることにしたの?」
「んー? えっとねー......今の自分は過去の自分の集大成で、今の自分がやりたいことをやるのが正しいって聞いたから」
「誰から?」
「2重人格の蔵介と、今の蔵介から」
「......ん? 2重人格の蔵介ってどういうこと?」
「あれ、立花学長は知ってるでしょ? 仁美って女の子の能力」
「ゾンビ化させる奴だっけ。正直、ゾンビ化ではないと思うけど」
「そうそう。そのゾンビにされている間どうなるんだっけ?」
「ゾンビ化の間は意識がある人とない人がいたはず......って、雪音は」
「そう、意識があったの。で、解除された後すぐに動けるかも個人差があるでしょ? 私はすぐには動けなかったの」
「そういうこと。だから工藤を気絶させた後にあんな表情をしてたんだ」
「ん? あんな表情って?」
「凄く顔を真っ赤にして、泣きそうな顔をしながらニヤけてた。安中をしてる人見たことないけど、上木から大層褒められたんでしょ? さらに悩みも解決してもらったとか」
「......の、ノーコメントで」
なぜかまとめるのを忘れていたのを思い出したので、また忘れる前に。