33~49話 まとめ
まとめ第2弾です。
大学の食堂で一人でご飯を食べている白川を見つけて話しかける。こんなに早く見つかるとは、ラッキーだ。早速事情を話すと、意外とあっさり話を聞くことができた。
「なるほどね、それで私のところまで来たんだ」
「ああ。あいつについて知っていること全部教えてほしい」
「ふうん。超能力者の私より蔵介のことが気になるなんて......あなたたちって、そっち?」
冗談めかしながら軽快に笑う白川の姿は、超能力者ということを微塵も感じさせない。
俺と堂次郎は若干戸惑いながらも話を聞くために椅子に座る。白川は一口水を飲んで、早速話を始めてくれる。食堂なんかで、と思うかもしれないが、別に能力について話すわけではない。周りに人はたくさんいるが、特段聞かれても問題ない話をするつもりだ。
「一応前置きしておくと、今から話すことはたぶん私よりもあなたたちの方が詳しいと思うよ?」
「構わない、話してくれ」
そう促すのは堂次郎だ。やけにせっついて白川の口を動かそうとしている。
「えーっと。私はあなたたちも知っている事情で、幼いころにいろいろなところを転々と移動しているの」
これは白川が超能力者だからだろう。言葉を濁したということは白川も周りに配慮してくれるようだ。
「それでその時に耳にした噂。私は実際に見たことはないけれど、蔵介が暴れてたんだって」
「「......は?」」
俺も堂次郎も素っ頓狂な声を上げる。と、とにかく話を聞かなければよくわからない。堂次郎も隣で困惑している。
「暴れてたっていうのは、俺たちみたいなやつ相手か? それとも不良とか」
「前者だよ。あなたたちみたいな人を襲ってたんだって。理由は分からないけど」
「......やはり蔵介はそういう奴だったんだな」
若干怒りも交えて堂次郎がつぶやく。俺としてもどう受け止めたらいいのか......。
「あいつがそんなに度胸があるようには見えないがな」
ぽつりと呟く。白川も少し動揺しているようだ。
「えっと、二人はこの話聞いたことなかったの?」
「ああ、俺は聞いたことがないな」
「俺もだ」
「そうなんだ。転々と移動していた私ですら聞いたことがある話をあなたたちが聞いていないなんて変だね」
「......それもそうか」
確かに妙な話だ。別に蔵介と違って最近まで能力が分からなかったわけじゃない。小学生のときから俺の能力は発現していたんだ。
「まあ、俺は高校生の頃に気が付いたからな。白川がその話を聞いたのはいつぐらいだ?」
「中学生の頃の3年間。だから、高見君が知らないのは納得できるけど、塚波君は?」
「聞いたことがないな。その噂はどうやって聞いたんだ?」
「転校した先の学校で。『最近、暴れている人がいるから気を付けて』って。その子も一応あなたたちと同じだったよ」
その子も能力者であったということだろう。なるほど、それなら能力者は知っていて当然のことだったのかもしれない。俺は聞いたことがなかったが。たまたま白川が俺の近くに引っ越してこなかったからだろうか?
俺が考えていると、堂次郎が口を開く。
「幼いころの蔵介の性格ってどんな感じだったんだ? ほら、引っ越す前に一緒にいたことがあるんだろう?」
「んー、あなたたちから聞いたような性格ではないかな。昔から物腰柔らかで、優しくて、ちょっといじけやすいところもあったけど」
若干遠い目をしながら話す白川。なるほど、二重人格ではない方の、言ってしまえば普段の蔵介が白川の知っている蔵介なのだろう。
「最初に白川が転校したのはいつくらいだ?」
「小学校3年生の時かな。転校するときに蔵介が泣いてくれて。小学校に入ってすぐの時は私いじめられてたから、蔵介が泣いてくれたのはすごく嬉しかった」
蔵介から少し聞いた話も交じっている。確か、蔵介の方が白川より強い能力を持っているから、いじめている奴がいたらやっつけちゃうぞ、みたいなことを言って白川をいじめから守っていたらしい。
少し寂しそうに語る白川。一方で、堂次郎の表情は険しい。
「......ここまでの話をまとめると、白川が転校してから中学校を卒業するまでの間、蔵介は発現して暴れたという感じだな」
「そうは言ってもだな、堂次郎。あれで暴れたというのはおかしいだろう」
お互いに言葉足らずなので補足しておくと、蔵介が2重人格の能力を開花させて暴れたと堂次郎は言っているのだが、俺は2重人格の能力というだけで暴れることは難しいと意見している。
白川は話は終わったという表情で再び水を口にする。これ以上彼女の時間は邪魔するべきではないだろう。
「おい、堂次郎。考察はいろいろあとでやるぞ。ありがとな、白川」
「そうだな。白川、助かった」
「うん、気にしないで。......あ、そうだ。最後に一つだけ」
「「?」」
「別に本当に蔵介が悪い奴だったら何してもらっても構わないけど。もし濡れ衣であいつを困らせるなら」
白川が微笑みながらそこまで口にすると、地面が揺れる。当然俺たちも周りの学生もざわめく。慌てていないのはただ一人、白川だけだ。
それまで微笑んでいた白川は一気に顔を強張らせて断言する。
「あなたたちを絶対に許さない。殺す」
「......俺は、蔵介をどうこうしようとは思っていないさ」
背筋が凍るような思いというのはこれのことだろう。自分でも脂汗をかいているのが分かる。
少し弱気な発言を返した俺に対して、堂次郎は強気に言い返す。
「もちろん、濡れ衣ならどうしてもらっても構わないし、濡れ衣であいつをどうこうするつもりはない。ただ、あいつが悪いと決定したら何らかの対応はする」
「それは好きにしてよ。一応警告しただけだし。それじゃあね」
再び笑顔に戻る白川。用事が終わった俺と堂次郎が外に出ると、二人して表情がひきつる。
食堂の周りには少し広めの草場がある。その草場が、周りの道路と比べて30cmほど沈んでいたのだ。
「濡れ衣」
「ダメ、ゼッタイ」
そんな言葉が口から勝手に漏れた。
「ふあーあ」
僕は軽く伸びをしながらベッドの上で体を起こす。ふと思えば、雪音がこの学校からいなくなるのっていつだっけ? えーっと、1週間後にいなくなるって言ってたから......今日が6日目、かな。明日で雪音はいなくなっちゃうのか。寂しいと思う一方で、特に仲良くなったわけでもない。またお互いに自分の生活に戻るだけだ。
さて、切り替えていこう。まずは携帯電話の確認。防人という能力者を守るサークルに連絡が来ていないかを確認するのもそうだけど、学校からの情報が来ていないかも確認する必要がある。
えーっと。あれ、どっちからも連絡が来ている。まずは防人から確認しよう。アラームが鳴らなかったとはいえ能力者を守るための連絡であることは確実なのだから。
「どれどれ......ん? なんだこれ」
件名は『能力者の護衛』。内容は『今日一日だけやってくる能力者を護衛すること。時間及び対象は清木まで確認に来ること』......こんなの、清木教授たちで何とかしてほしいんだけど。
ちらりと時計を見ると授業が始まるまでには時間がある。早速清木教授に合い行こうかな。
「っと、学校からは......ん? なんだこれ」
件名は『古木春奈さんの来校に際して』。内容は、......う、うーん。まとめると、『アイドルが来るけど、学業が一番だからな。あと、節度良くアイドルを迎え入れろよ』とのこと。なんで学校にアイドルが来るのだろうか? 今日って何かあったっけ?
「......まあ、清木教授に合えば済む話か」
僕は服を着替え、身支度を整えてから部屋を出た。
「どうぞ、入って」
「失礼します」
早速理事長室に顔を出しに来た。向かい合わせに置かれているソファに、小さな机と小さな椅子、小さな本棚に見やすい時計。壁紙も白一色で、小さな窓が部屋の中を照らす日光を受け入れている。相変わらず簡素な部屋だなあ。まあ軽い書類仕事をするだけの部屋なのかもしれないし、来客に対応するためだけの部屋なのかもしれない。あんまり詳しく考える気はないけれど。
「なんか久しぶりだね、上木」
「あ、はい。どうも」
変にぺこぺこしてしまう相手は立花学長だ。学長が椅子に腰かけていて、その傍に清木教授がニコニコしながら立っている。
「あれ、今日は一人なんだね?」
早速清木教授が話を切り出してくる。う、また痛いところを突いてくるなあ......。
「ま、まあ、朝も早いですし。それより今日のメールについてなんですけど」
適当に流して話を変える。僕の得意な会話テクニックだ。自分が話したくない話を一瞬で置き去りにするこのテクニック。もちろん、このテクニックに気が付く人はいるけれど、『このテクニックを使ったということは、あんまり話したくないんだな』と気を遣ってくれてその話を広げない。ちなみに成功率は100%だ。
「まあメールは急ぎじゃないし。それで、何があったんだい?」
どうやら、成功率は100%じゃないらしい。少しは気を遣ってください。
「えーっと、まあ、あんまり話したくないんですけど」
「まあまあ、話してよ」
「いや、まあまあまあ」
「まあまあまあまあ」
「もういいでしょ二人とも」
あきれながら立花学長が話の本題に入ってくれる。
「今回呼んだのは、ある可能性を清治が思いついて、それを止めようと思ったからなの」
「ある可能性......?」
「それは詳しく話さない......というか、もし話して漏れてしまったら大変だから話せないんだけど」
「その判断でいいと思います」
素人の僕からしたら、その可能性というのが理解できないかもしれないし、特にそれを知ったからと言って何か得があるわけでもない。ここはリスクを避けてもらうのがいいだろう。
僕は頭の中で整理して続きを促す。
「えっと、それで僕は何をすればいいんですか?」
「今日大学にやってくるアイドルの護衛をしてもらいたいの」
「アイドル......ああ、学校のニュースで来てたあの人ですか。確か......古木さん、でしたっけ?」
「そうそう。古木さんね。彼女も能力者なんだ。で、その能力っていうのが『人の注目を集める』っていう能力なんだけど」
「アイドルとしてはこれ以上ないくらいに良い能力ですね」
「うん。注目する人の興味によって多少は変わるけどね。アイドルが大好き! っていう人ならもうほかのことが目に入らないくらい注目するだろうし、あんまり興味ないよ、っていう人は......まあ、そういう人でもかなり集中しちゃうかな。なんせ、能力だし」
「なるほど」
「それで、時間と場所なんだけどーーー」
ここから具体的な話をして、理事長室を後にする。
早速僕はスマートフォンを取り出して、ある人に連絡する。さて、出てくれるかな?
夕方。まだ空はオレンジ色に染まっておらず、むしろ青が目立つ。キャンパス内のグラウンドではいつも陸上部が走っているのだが、今日は違う。グラウンドの中央に即席のステージが出来上がっていた。
「これはまた凄いなあ」
「そうでござるねえ」
お互いにステージの裏で呟きあっているのは僕と朝倉君だ。僕一人では襲撃してくる能力者から古木さんを守れないのだけど、堂次郎はどうにも僕にいい感情を持っていないらしい。正はそれをなだめるために傍にいるので、代わりに朝倉君を呼んだ。
「それにしても、朝倉君はこの間の襲撃の時に来れなかったけど、何かあったの?」
「ああ、その時は習慣の稽古をしていたんでござるよ。毎朝木刀の素振りを行ってから学校に向かうのが小学生のころからの癖でござって」
「なるほどね」
これからもし堂次郎や正が防人を続けてくれるなら、朝倉君に午前中のSOSに対応してもらうのは控えようかな。
そんなことを考えていると、いよいよ本命が顔を見せる。
「やあ。私が古木春奈だよ。今日はよろしくね」
「どうも。今日一日あなたの護衛を務める上木蔵介と」
「朝倉幸助でござる」
「うん、よろしくね」
やってきたのは、肩に届く程度の黒髪をストレートに下ろしている小柄な可愛い女の子だ。アイドルと言われても誰も冗談だとは思わないだろう。実際にアイドルなんだけどね。まあ、僕は雪音の方が可愛いと思うけれど。
古木さんは僕たちに挨拶をしてからきょろきょろとあたりを見回している。? どうしたんだろうか。
「どうしました、古木さん」
「あの、白川さんっていないの?」
「白川......ああ、雪音のことですか」
そう答えると、古木さんがものすごい形相で睨みつけてきた。とてもアイドルとは思えない表情だ。
「なに、その呼び方。ちゃんと白川さんって呼びなよ」
「え、えっと」
僕がしどろもどろになっていると、朝倉君が助け舟を出してくれる。
「まあまあ。彼は白川殿の幼馴染なんでござるよ」
「そ、そう。幼馴染なんだよ」
「......ふうん。まあ、いいけど。別に付き合ってるとかではないんだね?」
「う、うん」
残念ながら。
そんな風に心の中で付け加えながら質問に答えていると、奥からスタッフさんがやってくる。
「古木さん、そろそろ」
「あ、もうそんな時間なんですね。すぐに向かいます」
「お願いします」
スタッフんさんが去っていくと、改めて古木さんが僕に指を突き付けてくる。
「いいかい。私が認めるのは白川さん一人だけだ」
「う、うん」
「私は彼女のことを心から愛している」
「......え、えっと。言い方が悪いかもしれないですけれど、同性愛ってことですか?」
「決まっているだろう。あんなに可愛くて、なおかつ強いなんて最高じゃないか」
「まあそれに関しては全く同意見なんですけど」
「君の意見は聞いていない。とにかく、彼女に手を出さないように。いいね?」
「は、はい」
「それじゃあ、護衛よろしく」
一方的に言葉を押し付けてステージへ向かっていく古木さん。怖い人だなあ。
「それじゃあ朝倉君には事前に行っておいてもらった通りお願いするね」
「御意。蔵介殿も大変でござるなあ」
「なんか大変だね」
「他人事じゃないでござるよ。それでは、行ってくるでござる」
からからと軽快に笑いながら歩き去っていく朝倉君。さて、僕も僕の仕事をしないと。
少し混乱しかけた気持ちを切り替えて、僕は古木さんが歩いて行ったのと同じ方向へ向かった。
『今のところ異常はない。朝倉の方も異常なし』
「わかりました」
僕は改めて額に巻いた鉢巻を絞めなおして、ステージ上で歌いながら踊っている古木さんを撮影しているカメラマンさんの傍で観客席全体を見回す。カメラマンさんがいる場所は観客席より少しだけ高い位置にいるので観客席全体を見回すのには悪くない環境だ。
軽快な音楽と古木さんの歌声をBGMに辺りを見回しても特に怪しい奴は見当たらない。それもそのはず、ここは大学のキャンパス内なのでやってくるのは大学生しかいない。さらに今は古木さんの能力で視線が古木さんに釘付けになっているはずなので怪しい奴を見分けることはかなり難しい。
そこに立花学長の能力が活躍する。僕が額に巻きつけている鉢巻と朝倉君が額に巻きつけている鉢巻には小型カメラが仕込まれていて、そのカメラを通して立花学長が僕たちが見ている光景を監視している。理由はもちろん、立花学長が『能力者の糸を見ることができる能力』を持っているからだ。なんと、この能力はカメラ越しの光景でもリアルタイムなら糸を確認できるらしい。まあカメラから映像まで多少の誤差はあるが、それは関係ないらしい。
というわけで僕はステージから見える観客席を、朝倉君はステージの周りを歩き回って怪しい人がいないか監視している。ちなみに清木教授曰く、この間に襲撃が起きたら正と堂次郎を無理やり動かすらしい。まあできるならお願いしたいところだけど、やってくれるかなあ。
『! 上木、朝倉の方で怪しい奴を発見!』
のんびりと考え事をしていると、耳に付けているイヤホンから立花学長の切羽詰まった声が聞こえてくる。いよいよ襲撃か!
「朝倉くーーー」
「やれやれ、こんなものでござるか」
ピッと木刀を軽く振るって腰に着けなおす朝倉君。足元には、襲撃をしようとしていたであろう男が倒れていた。
「え、えっと、怪我とかしてない?」
「無論、大丈夫でござるよ。まったくこの程度の腕前で襲撃とは」
やれやれと肩をすくめながら再び警備に戻る朝倉君。どうやら朝倉君は、僕が思っているよりずっと強いようだ。
『そっちに回収班を呼んだから倒れている奴のことは気にしなくて大丈夫。上木も持ち場に戻って』
「了解です」
僕も自分の持ち場へ戻ろう。朝倉君が襲撃を受けたのはステージがあるグラウンドから少し離れた校舎の陰で、あまり人目に付かない場所だ。
「......」
ふと、ステージに向かう足が止まる。なんでこの人はこんな人気のない場所にいたんだろう。
『上木?』
「あ、ああ、なんでもないですよ」
まあいいか、それを考えるのは僕の仕事じゃない。僕は改めてステージに向かった。
「今日は見に来てくれてありがとう!」
『ワアアアア!』
最後の古木さんの挨拶でライブが終わる。結局あれ以降特に襲撃が起きることもなく順調にライブは終わった。
古木さんがステージ裏へ行くと観客はすぐに解散する。こういうのを見るのも意外と楽しい。
『お疲れ様。こっちの目的も達成したし、上木と朝倉も解散してもらって構わない』
「はい、分かりました」
僕は頭に巻いていた鉢巻を外して、小型カメラを適当なスタッフさんに渡す。もちろん、こちらの事情を知っている人だ。
「さて、と。この後はどうしようかなー」
「お疲れ様でござる」
大きく伸びをしていると、朝倉君がやってくる。少し退屈そうな表情だ。
「お疲れ様。なんか体を動かしたい気分だね」
「そうでござるねえ。少し物足りないでござるな」
「うーん。あ、そうだ。朝倉君、ボーリングてやったことある?」
「やったことはないでござるが、見たことなら」
「どう? やってみない?」
「いいでござるね」
早速ボーリング場へ向かい、いざ入ろうとしたところで携帯電話が震える。この音は。
「ごめん、朝倉君」
「いいんでござるよ。ボーリングはまたの機会に」
そう、今鳴ったのは『防人』へのSOSの通知だ。早速確認すると文章ではなく電話が来ている。
「もしもし、上木です」
『上木。そっちに古木さんはいる?』
電話をかけてきたのは立花学長だ。後ろでは何人かの人たちが慌ただしく動いているのが聞こえる。
「いや、いないです」
『それじゃあ防人にお願い。古木さんを探し出して』
「了解しました」
そこからは念のために古木さんに付けておいたGPSが最後に確認された場所を教えてもらい、電話を切る。
「朝倉君、実はーー」
「ふむ、承知した。すぐに探すでござる」
「助かるよ」
空は完全にオレンジ色に染まり、だんだん暗い青が支配し始めてきている中、僕たちは駆け足で大学へ戻っていく。急がないと、取り返しがつかなくなる。
早速大学の門をくぐり、一旦大学内の状況を確認する。やはり古木さんのライブから宇時間もたっていないので、そこそこの数の人がキャンパス内を練り歩いている。ただ、その表情を見るに、古木さんが行方不明という情報は伝わっていないようだ。その情報が広まる前に探しださないと!
「上木殿、どうするでござる?」
「......そうだね、手分けをして探そう。朝倉君は防犯ブザーをもってる?」
「念のため。上木殿は?」
「ないから、僕のスマートフォンをGPSで確認できるようにしておこう。それで、1時間たったらもう一回ここに来て。もし手がかりがあったら共有、集まらなかったらGPSを頼りに合流しよう」
「承知。拙者は彼女のGPSが途切れたあたりを探索するでござる」
「お願い」
朝倉君が走り去っていく。朝倉君の和風な格好はかなり人目を引いている。そして、襲撃相手が朝倉君のことを知らないわけがない。要するに、朝倉君と一緒に行動していたら、僕たちが先に見つけない限り襲撃者は見つからない。こっちは襲撃者の容姿が一切分からないんだ、それはかなりまずい状況になるだろう。なので僕は朝倉君と別に動くことにした。
とりあえず、気になる場所がある。僕はライブ中に朝倉君が襲撃者を倒したところへ走っていく。あのあたり、何か怪しい予感がするんだよね。
早速件の校舎の陰にやってくる。うーん、特に異常はないかあ。とりあえず、この校舎を調べようかな。えーっと、ここは......8号館だったと思う。
8号館は主に機械関係ではない実習を行うことに使われる。例えば英会話の講義とか。まあ人の出入りは他の校舎に比べればかなり少ない方だ。
早速校舎の中に足を踏み入れる。話し声とかは特に聞こえないし、物音もないなあ。今日はこの時間はもう誰もいない日なんだろうか? ならなおさら誘拐、というか監禁にはうってつけの場所だと思うけれど。
勘が外れたかな、と少し肩を落としながら歩を進める。......うん、1階は特に異常がない。あとは2階だけだ。
「それにしても、誘拐かあ......」
もちろん怖い。ただあまりにも突発的に起きたことなのであまり現実感がないというか、少し出かけていたというくらいで帰ってきそうな、そんな気がしてしまう。
そんなぼんやりとした感情で2階へ足を進める。確か、8号館の2階は外国語の映画を見るために使われたりするので、シアターと呼ばれる結構広い教室が1つだけ存在する。もちろん窓があるので日の光が入ってきてしまうのでそれを防ぐために厚手の黒いカーテンがある。また、映画は当然スピーカー越しに流れるので、外に音が漏れないように防音設備がしっかりしている。......あれ? 監禁するには最高の場所じゃないか?
「いやいやまさかね」
誰にというわけでもなく言い訳をしながらシアターの扉に手をかける。防音仕様であるということと、嫌な予感も相まって扉が重たい。
「よっと」
シアターの中に足を踏み入れると......うわ、暗いなあ。そこそこの広さの空間が真っ暗というのがまず怖い。部屋の窓がある方へ眼を向けると、オレンジ色の光がカーテンの隙間からほんの少し漏れているのがまた怖い。なんか少し涼しいのが怖い。
「ん!」
「うわ!?」
と、視界の端で何かが動く。ただあまりにも暗いのでよく見えない。遮光カーテンをずらそうと考えたけれど、結構ぎちぎちに結んであって動かせそうにない。えーっと、電気電気......やばい、焦っているせいか見つからない。
仕方がない、スマートフォンのライトで照らしてみると、そこには顔を袋で隠されて横たわっている人がいた。......というかこれって、古木さんだよね。
「んー!」
どうやら何かを噛まされている様子だ。とりあえず、人を呼ぼうか? いや、まずは古木さんを解放しようか? というか、居場所は分かったんだ、すぐに誰かに連絡をーー
「んー! ん!」
「? え、えっと」
苦しそうだし、古木さんじゃない可能性もある。とりあえず解放しようか。
「ん!!」
首を横にふる拘束されている誰か。早くしろということだろうか? そう思って僕が頭にかぶされている袋に触れると、
「あ、あれ?」
突然目の前が真っ暗になった。
『なあ、蔵介。お前って普段何してるんだ? 俺たちまだバイトもできない年齢だけど、部活もしないで暇じゃないのか?』
『んー、別に何もしてないよ? もらってるお小遣いで漫画買ったり、ドラマみたりとかかなあ?』
『かなあ? って、なんで知らないんだよ』
『いや、気が付いたら夜中の路上にいることとかあってさ。特に怪我とかはないんだけどね』
『なんだそれ、夢遊病か?』
『なんだろうね。むしろ僕の目撃情報を知りたいくらいだよ』
『変な奴。まあ、誰かにお前の話を聞いたら教えてやるよ』
『そうだね、お願いするよ』
「....と..ねえ、......起きて!」
「んぁ?」
目を開くと、僕を揺すっている古木さんの顔が視界に入ってくる。天井には照明のほかにも様々な機械がぶら下げられている。......あれ、シアター室ってこんなに広かったっけ?
「ほら、寝ぼけてないで。君、私の護衛をしていてくれた上木君だよね?」
「は、はい」
とりあえず体を起こして辺りを見回してみると......な、なんだここ。まるでミュージシャンがライブするステージの上みたいだ。扇状に広がっている観客席に僕が横たわっていたステージの背後には大きなスクリーン。さ、最近のシアター室は大きいなあ......。
と、現実逃避はここまでにしよう。早速古木さんと話を始める。
「なんで私の体に触ったの?」
「いやらしいことが目的じゃないですよ? 苦しそうだったからとりあえず解放しようかな、と」
「触らないように首を振ったと思うんだけど」
「ああ、あれは早く解放してほしいのかな、と思って」
「あー、全部裏目に出ちゃったんだ」
「見たいですね」
お互いに顔を見合わせて笑いあう。笑い声が広い会場に寂しくこだまする中で、あることに気が付く。古木さん、目が笑ってない......。
こ、ここは小粋なジョークで機嫌を取ろう。
「えーっと、コントでもやりましょうか」
「どうぞ」
「え、止めないんですか?」
絶対滑るよ?
「いいから」
「そ、それじゃあ、コホン」
--1分後。
「ーーどうも、ありがとうございました」
シーンと僕のコントが終わってステージ上に静寂が戻ってくる。ちなみに古木さんは一切表情を変えなかった。
「つまんなかった」
「言われなくても分かってますよ......」
もうやりたくない。分かっていたけど、こんなに滑ったのは初めてだ。
僕がめそめそと半べそをかいていると、古木さんがため息をつきながら話を始めた。
「あのね。私たちは今能力を受けているんだ」
「? ま、まあそうでしょうけど」
僕もさすがにこれが一般人からの攻撃とは思っていない。能力者の仕業で間違いないだろう。ただ、問題は。
「でも、能力ってシアター室をライブ会場に変えることもできるんですね」
「......君、もしかしてこれが現実だと思う?」
「というと、夢ってことですか?」
「違うよ。まあ、実際にシアター室をライブ会場に変える能力があるのかもしれないけれど」
「?」
よくわからないので、余計な口出しはせず話を聞いていこう。
「まず私のように能力を持っているアイドルが注意させられるのはこういう『幻覚を生み出す』能力なんだ」
「ということは、これは幻覚なんですか?」
「まあ、そうだろうね」
僕は床を触って感じる冷たさを味わいながら改めて能力の凄さを認識する。まさか触っている感覚までも幻覚だとは思わなかった。
「というか、僕は古木さんに一瞬触れただけですよ? なんで幻覚が」
「その理由もちゃんと聞かされているよ。君は立花穂乃果という人を知っているかい?」
「知っているというか、うちの学校の学長ですよね?」
何度もあっている人だ。確か、人が能力を持っているかが分かるという能力の持ち主だったはずだ。
「あの人の能力は能力の有無から凄さまで何で判断しているか知っている?」
「確か、能力者だけが持っている糸ですよね?」
「そう。その糸って実は能力者の能力の正体そのものなんだ」
「......えーっと」
僕は唸る。『糸』が能力の正体?
「例えば、『炎を出す能力』があれば、それは糸そのものが『広がって発火する』という特性を持っているんだよ」
「............えっと。あーっと」
「まあいきなりこんなことを放されても困るだろうし、糸というのは普通じゃ見ることも触ることもできない。現実に起きた現象に対応するしかないからそんなに深く考えなくてもいいと思うよ」
とりあえず、本質は『糸』であるとして、能力に対する見方は今までと変わらなくて大丈夫ということで納得しよう。
「それで、なんでこの話を?」
「幻覚系の能力は脳に糸が絡みつくことで発現するんだけど、幻覚系の能力を解除されないようにするために防衛本能が」
「えーっと、要するにどういうことなんですか?」
小難しいことを話し出した古木さんの言葉を遮ると、古木さんはため息を吐きながらまとめてくれた。
「要するに、幻覚を受けている人に触れると、『糸』の一部が切り離されて触れた人も幻覚にかかるということだよ」
「......あれ、そういうことなら今は完全な幻覚状態じゃないということですか?」
「察しがいいね。その通りで、さっきまで私は完全な幻覚状態にあったんだ」
「今と何が違ったんですか?」
「ステージ上に私の好きな食べ物が山ほどあった」
少し肩を落としながら答える古木さん。シュンとしている姿が少し可愛い。
「ああ、そんな違いですか」
「そんな違いでも重要なものだよ。幻覚に嵌まっているというそもそものことに気が付かせないためには、やっぱりその人の好きなものやことで気を逸らすことが重要なんだよ」
「なるほど。ちなみになにが山ほどあったんですか?」
「豚骨醤油ラーメン豚盛り」
......その名前だと一杯でも相当な量だろう。古木さんは意外とたくさん食べるみたいだ。まあ歌うことって結構カロリーを使うらしいし、おかしい話ではないのかもしれない。
少し脱線してしまった。
「というか、どうして古木さんは僕が近づいてきて触ろうとしたのが分かったんですか?」
「よく耳を澄ませてご覧。幻覚とはいえ実際の私たちの体の感覚をなくすことはできない。今は喋っているから細かくは分からないと思うけれど、扉を開く音とか誰かが来た気配とかは分かるんだよ。それが分かると、細かい動きはできないけれど、首を振る程度の動きならできるんだ」
「というか、なんで僕と古木さんは話ができているんですかね」
「それはもう『糸』を介してとしか言えないだろうね。能力というのはそれほど分かっていないものなんだ」
なるほどなるほど。結構能力の本質とかもわかってきた。
「それにしても、よくこんなに詳しく知っていますね?」
「まあ能力者のアイドルや芸能人、有名人は聞かされる話だよ。幻覚系で動きを封じて好きなことをさせられるなんて言うのはね。私たちにとって一番怖い能力だよ」
まあ、本体を好きにされてしまうという話なら誰だって怖いだろう。もちろん僕だって怖い。早くなんとかしないと。
「それじゃあ、解除の方法も知っているんですか?」
「それは能力を操っている人次第かな。例えば漫画家に幻術をかけた人は『連載中の漫画の最新話をかくことで幻覚が解ける』っていう条件を付けたらしいよ」
「それだと、この幻術を解く方法は分からないってことですか?」
「そうだね。まあ、しらみつぶしにやっていくこともできるだろうけど」
「というと?」
「例えば、私はアイドルだから『歌うことが解除の条件』かなと思ってさっき歌ったんだ。でも解除はされなかったけどね」
「なるほど......あ、だからさっき僕につまらない芸をやらせたんですね」
「うん。とってもつまらない芸だったけど。もしかしたら『私が満足することが解除の条件』かもしれないから。まあ満足していないからこれはまだ不明だけど」
「む」
ここまで堂々とつまらないと言われては僕も退けない。
「いいですよ。とっておきのネタで満足させて見せます」
「へえ、まあ期待はしてないけど見せてよ」
ーーー1分後
「どうも、ありがとうございましたー!」
「すっごくつまんない。私の期待してないっていうのがここまで当たるなんて、預言者にでもなろうかな? というか、君、向いてないよ」
......涙って、自然に零れるものなんだね。
「あーあ、これじゃあ満足もできないし、こんな人が護衛で来るなんて」
ひどいこと言われているけれど、否定はできない。
どうしようもない、と、お互いにため息を吐きながらその場に座り込むと、突然幻覚の中に誰かが入ってくる。
「は、春奈さん!」
そこにいたのは意外にも(失礼だけど)好青年だった。短い青い髪の毛を立てていて、半そでのシャツから見える腕と、ひざ下までのショートパンツから見える足にしっかり筋肉がついていることから、スポーツをやっている人だとうかがえる。
「え、えっと。自己紹介してもらってもいい?」
そう尋ねるのは古木さんだ。僕には見せない少しおびえた表情を見せている。やはり自分を幻覚に連れ込んでいる人間が出てきて怖いというのもあるのだろう。ここは僕が間を取り持ったほうがいいだろう。
そんなこちらの感情は気にしていない様子で男が話し始める。
「失礼しました。俺は大学2年の『伊達純二』です。サッカーサークルに入っていて、見ての通り幻覚に相手を取り込むことができる能力の持ち主です」
ハキハキと自分のことを話す伊達君......いや、年上だから伊達さん、か。まあそんなことはどうでもいいや。
「とりあえず、目的を聞いてもいいですか?」
「俺は春奈さんと話したいんだが」
「いや、その、古木さんって男性になれてないんですよ。なので代わりに僕が聞いているわけです」
「......まあ、腑に落ちないけど春奈さんがそうしたいと言うなら」
あまりそこには深くは言及しないで、伊達さんが咳ばらいを一つしてから話し始める。
「俺の目的は、時、う、えーっと、春奈さんに男として認めてもらうことだ」
じ? 一瞬何故か苦しそうな表情をしたけれど、すぐに表情を戻したのであんまり言及はしないでおこうか。
「というと?」
「俺って爽やかだろう?」
「まあ、それはそうですね。古木さんは?」
「さ、爽やかだと思うよ」
性格面がまだ見えないけれど、外見だけでいえばかなりさっぱりしていて爽やかだ。
「春奈さん......!」
「感動しているところ悪いけれど、もう少し詳しく話してくださいよ」
「ッチ」
僕が水を差すと、古木さんに爽やかだと言ってもらえた時のきらきらとした表情を一変させてこちらを睨みつけてきた。人によって態度を変えすぎじゃないかなあ。
そんな態度をしながらも話は進めてくれるようだ、伊達さんが話を続ける。
「そういった俺の爽やかとか、力強さとかを春奈さんに認めてもらいたい」
「じゃあ認めちゃいましょうか、古木さん」
「うん。男前だよ、伊達純二くん」
「へ、へへ。ありがとうございますーーって、違う違う!」
さすがにこれで幻覚を解除してくれるほど甘くはないか。僕は心の中で舌打ちをしながら話の続きを促す。
「そ、そのためには男の誰かに勝って男前だと思われたい。そこで、お前!」
「は、はい?」
僕にビシっと指をさしてくる伊達さん。やけに張り切っているなあ。
「俺と勝負をしろ」
突然のご指名と宣言だけれど、これは予想ができた話だ。他の男より男らしいと認めてもらうためには、ほかの男と男らしさを競ってどちらがより男らしいかーーー......男男言いすぎてゲシュタルト崩壊しそうだ。まあ、予想できた展開だということで。
「えっと、具体的には?」
「男に必要な条件を競い合うゲームを3つ用意する。それをお互いに競い合うというわけだ。最終的にはどちらが男らしかったかを春奈さんに判断してもらう。いいですか?」
古木さんに確認を取る伊達さん。この感じからして自分が幻覚に連れ込んだのに古木さんに逆らうようなことはしない様子だ。
「いいけれど、男らしさっていうのはゲームの勝敗だけで決めるの?」
「いや、正直男らしければ勝敗はどうでもいいです」
古木さんの質問にとんでもない返答をする伊達さん。うーん。
「これ、ゲーム形式にする意味あったかなあ?」
「細かいことを気にするな、男らしくないぞ」
「あ、なるほど」
こういったゲーム外のところも見られているようだ。気を付けないと。
早速ゲームに入ろうとすると、古木さんが質問をする。
「えっと、結局私はどうやったら幻覚から解放してもらえるの?」
「あ、それはそうですね。これで伊達さんの方が男らしくなかったら解除しないってなったら」
「それは大丈夫だ。この幻覚は強力だが欠点もある。その欠点の一つが時間制限で、勝手に幻覚が解除されるんだ。具体的には、......まあ、2時間くらいかな」
「......痛っ」
『俺』の頭が一瞬痛む。なにか、なにか忘れていないか? 何かが変だぞ。
「? どうしたの?」
「......いや、なんでもないです」
心配そうに僕の顔を覗き込んでくる古木さん。とりあえず、『僕』は思考を一旦やめて、伊達さんとのゲームに集中するべきだろう。
「というか、僕に勝っても古木さんに何かを強要しないでくださいね?」
「......まあ、男らしいことが分かってもらえたらハグぐらいは......」
さっぱりした外見に対して、何を怖いこと言っているんだこの人は。これはちょっと頑張らないと。
僕がそんな決心をしていると、古木さんが尋ねてくる。
「えーっと、上木君は勝ったら何かしてほしい?」
「いや、いらないですよ。一応これが役割なんで」
というか、本心では雪音以外の人から何かしてもらおうとは思わない。......あれ、僕も結構危ない発想をしているんじゃ......。
「......ふーん」
古木さんは僕の返事を聞いてから顎に手を当てて考え事を始めた様子。どうしたんだろう。
「あの、何か気になることでも?」
「えっと、このゲームやるひつよ「それでは一つ目のゲーム!!」
古木さんのセリフを遮って叫ぶ伊達さん。古木さんの表情は不服そうだ。というか、女の子のムスッとした表情ってかわいいなあ。もう少し見ていたい気も
「それじゃあ、こっちにこい、上木とやら!」
「あ、はい」
僕が古木さんの表情に注目していると、伊達さんに呼ばれる。ステージ上に仁王立ちしている伊達さんの傍には四角い机が鎮座している。
「あれ、こんなのありましたっけ?」
「一応俺の幻覚内だからな、大体のものは持ってくることができる。さて、1つ目のゲームは腕相撲だ!」
元気よく宣言する伊達さん。まあ、男らしさの一番の要素はずばり、強さだろう。筋力があるとやっぱり頼りある男性、ずばり男らしい男性だと思われるだろう。
「とりあえず、意気込みをお互いに言おうか。上木は自信があるのか?」
「いや、正直自信はないですね」
一応高校生の頃にバスケットボール部に入ってはいたけれど、別に強豪校であったわけでもない。そして今は(というか昔からだけど)ゲーム好きのインドア学生だ。特に運動を心掛けているわけでもない。
対して伊達君は。
「俺は自信がある。サッカーは小学生のころから続けているしな」
「まあそうですよね」
サッカーは下半身が重要なのは間違いないだろうけれど、体がぶつかり合うところもテレビとかでよく見るので上半身も鍛えているのだろう。これは勝つのは難しい戦いだろう。
ただ、今回の目的は男らしさをアピールすることであって勝敗は関係ない。そこを意識して頑張ろう。
「それじゃあ、二人とも手の力を抜いてね」
僕と伊達さんが姿勢を低くして、肘を机についてお互いの手を握り合う。......こんな広いステージの真ん中で随分と小さい戦いだなあ。
「それにしても、二人ともやっぱり筋肉があるね」
「あ、ありがとうございます」
古木さんが僕と伊達さんの腕を見て褒めてくれる。なんだろう、女の人に褒められるのって凄く嬉しい。
僕がお礼を言った一方、伊達さんは難しい顔で一言。
「これくらい、当たり前だけどな」
! な、なるほど。自分の男らしさは別に特別なものではないと。これは男らしい。
「そっか。褒めたりしてごめんね」
「いや、すみません。正直すごく嬉しかったです」
古木さんが申し訳なさそうに謝ると、伊達君がすぐに本心をばらす。か、かっこわるい。
「それじゃあ、おしゃべりはこの辺にして......レディ、ゴー!」
「「ふぬぬぬぬ!」」
古木さんのかわいらしい掛け声と同時にお互いに力を一気に籠める。あれ、意外といい勝負ができているなあ......!
しばらく硬直していると、徐々に僕が勝ち始める。これなら勝てる......!
「うおおおおお!」
僕は叫びながら伊達君の手の甲を机に押し付ける。や、やった、勝った!
「ま、マジかよ」
どうにも伊達さんは大きなショックを受けている様子だ。ただ、すぐに立ち上がって握手を求めてくる。
「......今回は俺の負けだ。また今度リベンジさせてくれ」
潔く自分に負けを認めつつ、成長してリベンジをしようという心意気。すごい、男らしい。男ながら惚れてしまいそうだ。
......ん? よく見ると、伊達さんの唇から血が流れている。この人、実際はめちゃくちゃ悔しそうだ。となるとこれは、古木さんに認めてもらうための演技か! 一瞬でも惚れかけた僕に謝ってほしい。
そういうことなら、僕も負けていられない。僕も男らしく返事をしないと。
「ええ。僕もあなたのリベンジマッチを楽しみにしています。そして、そのリベンジマッチも勝って見せますよ」
(なるほど、先ほどの闘いが圧倒的なものではなかった、自分も余裕がなかったことを認めつつ今以上に成長をしておこうという男らしさ、俺じゃなかったら食事に誘っていた)
「ああ、そうでなくちゃ困るな」
闘い自体を楽しんでいる男らしさで攻めてきた。これ以上強くなられたら困るというそぶりを一切見せずにさらなる高みへ行こうとするその男らしさ、僕じゃなかったらホテルにさそって
「なんなのさ、この馬鹿らしい闘いは。試合時間より感想の方が長いし」
僕たちがお互いに探りあっている様子を見て、古木さんがため息を吐いていた。
さて、お互いのアピールが終わったところで、2つ目のゲームだ。
「次に測る男らしさは、ずばり動じなさだ」
「なるほど」
これはまさに男らしさそのものだろう。例えば町で歩いているときに虫を踏んでしまったときに、動じて騒ぎ立てたら男らしくない。やはり堂々と踏んだ虫を軽く払うくらいの動じなさがあれば相当男らしいはずだ。
そんな風に次のお題について考えていると、ステージの上に側面に丸い穴が開いた箱が2つ現れる。これはバラエティでもよくある、側面から手を入れて中に入っているものに触って中に入っているものを当てるやつだ。なるほど、これなら確かに動じなさを測ることができるだろう。
「まあ見てわかる通り、この箱の側面から手を入れて、中に入れているものに触れるというゲームだ。別に中身を当てる当てないはあんまり関係ない。要は、男らしく動じなければいいわけだからな」
「えっと、質問してもいい?」
おずおずと手を上げるのは古木さんだ。古木さんは参加するわけではないのにどうしたのだろうか?
「あのさ、これって上木君がすごく不利じゃない?」
「? というと?」
「だって、中に入れるものは伊達君が幻術を利用して出すわけでしょ? だから、手を入れる前から伊達君は中身が分かっているよね?」
「......なるほど、確かにそうですね」
言われてみれば、結構僕が不利な戦いだ。これへの対策を伊達さんは何か考えてあるのだろうか?
「そうだな......じゃあ、対策として、上木が苦手なものを言ってそれを触るというのはどうだ? 加えて、一般の人が苦手そうなものを春奈さんに提案してもらって、それも当てる。分かっている恐怖に立ち向かうのと分からない恐怖に立ち向かう二つの男らしさを測ることができる」
「それでも伊達君の方が有利じゃない?」
「まあ、苦手と言いながら実は得意だったりされちゃうかもしれないので、僕はこれでいいですよ」
「じゃあ若干上木君が不利だけど、これ以上は文句はないかな」
「それじゃあ、早速始めようか。上木、お前の苦手なものは?」
「うーん......蛇は昔から苦手ですね......」
「オッケーだ。それともう一つの方へ入れるものを春奈さん、教えてもらっても?」
「それじゃあーーーで」
「わかりました。それじゃあ上木、早速箱の前に立て」
「は、はい」
言われた通り中が見えない箱の前に立つ。うわ、結構緊張するし、怖いなあ。というか、僕は今から蛇に触るのか......。
「どうした上木、汗なんか流して。男らしくないぞ?」
「う、うーん。分かってはいるんですけど、プレッシャーが」
ただ勝負に勝つためにもなんとか平静を保たないと。どうでもいいことでも考えて......蛇って表面が独特の触感をしているよなあ。するすると動き回るし、それでいて変に柔らかいし、毒とか持ってないよね? まあ、幻覚だから大丈夫だと思うけど......って駄目だダメだ、今は蛇のことを考えちゃダメだって!
「それじゃあ、早速始めてくれ」
「は、はい」
結局気を紛らわすこともできず、遂に箱の中に触る時が来た。こ、怖いけど頑張ろう。
恐る恐る箱の中に手を入れていく。......あれ、これじゃああんまり男らしくないか。僕は意を決して一気に手を突っ込む。
「う、うわあ......! うわ、うわわ!」
「なんだ、男らしくないぞ」
古木さんからの感想は聞こえてこないけれど、男らしくないと思われてしまっているだろう。でも、こんな反応をしてしまうのも許してほしい。うわ、ヌメッとしてる! というか、箱の中からシャーって威嚇してるよ!
「は、はい触ったよ! 次だね!」
「なんだ、この勝負はもらったも同然だな」
そうは言っても触れただけでも褒めてほしい。
心の中で文句を言いながら次の箱の前に立つ。これはこれで中身が分からない恐怖がある。まあ、蛇より怖いものなんて少ないだろう。
「それじゃあ早速......えい!」
僕が手を入れると、指の先に何かが触れる。うーん? なんかぷにぷにしてて、ジトッとしてて、生き物っぽいけどあんまり動かないなあ。
「これは......ナマコ、ですかね?」
「おお、正解だ。あんまり動じなかったな」
「水族館で触ったりしたこともあるのであんまり苦手ではないですからね」
「まあそういうものだよな」
「ええ......私はすごく苦手」
どうやら古木さんはナマコが駄目なようだ。少し変な人を見るような目で見つめられる。まあ苦手とかは人それぞれだよね。
さてと、これで僕の番は終わりだ。あんまり勝てなさそうな結果になってしまったけど、どうだろう。
「まあ見ておけ。よいしょっと......おーよしよし、可愛いなあ」
早速蛇が入っている箱に手を入れて撫でまわしている伊達さん。む、むう。一切動じていない。なんか悔しいから噛まれたりしてくれないかなあ。......っと、そういう考えは男らしくないよね。
一通り撫で終わってからナマコが入った箱の前に立つ伊達君。そこから手を入れようとして......なかなか入れない。
「どうしたんですか?」
「い、いや、今から入れる。入れるぞ、入れるぞ......」
僕に応えるというよりは、自分に言い聞かせるように呟く伊達さん。あれ、もしかして。
「ナマコが苦手なんですか?」
「そ、そんなわけないだろう。もう入れるぞ、やれ入れるぞ」
口ばかりでなかなか手を入れない伊達さん。えっと。
「伊達さん、何か別のやつにしてもいいですよ」
「いや、それは駄目だよ上木君。ここで変えたら一番男らしくないよ?」
「そういうものですかね」
ただこのまま時間を経過させるのは純粋に無駄だ。古木さんもそう思ったのだろう、手を少し入れては出している伊達さんに声をかける。
「この試合は上木君の方が男らしかったってことで終わり。いい?」
「そんな! 頑張りますからもう少しだけ時間を!」
「いや、時間かかりすぎだし、今から触っても上木君の勝ちで終わりだよ。ほら、時間の無駄だから次行こう?」
......結構厳しく言うなあ。僕だったら憧れている人にここまで言われたら立ち直れない。
「く、くそ。また負けた」
悔しがっている様子の伊達さん。いや、純粋にあなたが弱すぎると思います。まあ口には出さないけれど。
「......これ、意味あったのかなあ?」
誰に言うでもなく呟く。僕が蛇を触っただけのコーナーだった気がするなあ。
「......そ、それじゃあ最後のゲームだ」
伊達さんが肩を落としながら話し始める。こんな調子で大丈夫かなあ? 古木さんは若干あきれた小児伊達さんを見ている。
そんな僕と古木さんの視線を感じて、改めて伊達さんが元気よくゲームの内容を発表する。
「最後は、見た目の男らしさだ! 上木、上の服を全部脱げ!」
「え、ええ?」
あんまりに突然の提案に動揺を隠せない僕。とりあえず、説明を求めよう。
「純粋に、男らしさと言ったら筋肉だろう?」
「......確かに大きな要素ではありますよね」
体格がいい人は自信があるように見えるし、純粋に頼りたいと思える。確かに男らしさに直結するかもしれない。ただ、
「上裸になる必要あるかなあ? 肩幅とか腕の筋肉を見ればよくないですか?」
「あるだろう。腹筋とか胸筋も見せないと」
「そういうものですかね。それじゃああんまり自信ないですけど......っと」
脱ぎやすい服装でよかった。僕は上のシャツと下着を脱いで、古木さんに上裸を見せる。うわ、少し恥ずかしい......。
「ふ、ふーん。上木君って結構筋肉あるんだね」
「そうですかね? あんまり自分じゃわからないですけど」
「それに、結構傷跡があるね。最近怪我でもしたの?」
「いや、過去に怪我した記憶はないですね」
「......ちょ、ちょっと触ってみてもいい?」
「ま、まあ、触るくらいなら」
僕の姿を遠巻きから見ていた古木さんがツンツンと体をつつき始める。うわ、息もかかるし、少し長めの爪と細い指がなんか扇情的だ。女の人に見られるのって凄い緊張する......!
そんな風に体を見定められていると、いきなりドサっという音がする。
「「?」」
古木さんと一緒に音がした方を見ると、伊達さんが倒れていた。突然体調でも崩したのかな?
「ど、どうしたんですか、伊達さん」
肩を揺さぶりながら声をかけると、伊達さんが呟く。
「あ、あんなに春奈さんに触れるのは恥ずかしい......! 想像しただけでボーっとしてしまう!」
「いや、女々しすぎますよ! 次は伊達さんの番ですよ?」
「お、俺の番......俺の番......! うっ!」
最後に伊達さんがうめいたのを最後に、広大なステージが消えていく。そして、瞬きした次の瞬間、シアター室の天井が戻ってくる。え、えっと、これは......
「も、戻ってきたのかな?」
倒れていた体を起こしながら呟く。こ、こんな幕切れってあるの?
「ん!」
「うわっと!?」
突然隣から声が聞こえる。顔を向けると、頭に袋を被されて横たわっている人......というか、古木さんだ。
「えっと、もう触っても大丈夫ですか? 大丈夫なら頷いていただけると」
「(コクリ)」
僕の質問に頷きを返す古木さん。どうやら僕だけでなく古木さんも幻術から解放されたようだ。
頭にかぶさっている袋をどけると、口に猿轡をかまされている古木さんの顔が現れる。う、なんだろうこの犯罪臭......っていうか、実際に犯罪だよね。早く解かないと。
「......(ゾク)」
「ん!? んー!」
あ、やばい。なんか凄いぞくぞくする。これはとんでもない扉を開いてしまいそうだ。あんまり意識せずにさっさと解こう。
というわけで、少し僕から距離を取った古木さんの腕を縛っている紐と猿轡をささっと解く。軽く乱れていた身だしなみを整えた古木さんが咳ばらいを一つして話し始める。
「君のお陰で何とか幻術から解放されたよ。ありがとね」
「いや、僕は特に何もやっていないですけどね」
実際僕が特に何もせずに幻術が解放された。さらに言えば幻術をかけてきた伊達さんがあんな人だ、僕がいなくても古木さんだったら何とかなっていただろう。
そんな僕の謙遜(というか事実だけど)を聞きながらもそれを否定しながら話を続ける古木さん。
「まあまあ。実際に君がいなかったら伊達君に何かされていたかもしれないし」
「何かって、幻術の中で何かできるものですかね?」
「実際の体に何かされない限りは特に体に異変はないよ。でも、それを頭で理解していても何かされるのは絶対に嫌だよ」
「まあそれはそうですよね」
「そうそう。そういうわけで一応助けてもらったはずだから、何かご褒美をあげるよ」
「いやそういわれても、さっきも言いましたけど特に何か欲しいものはないので」
ここまで言ってくれる人に対して申し訳ないけど、本当に古木さんにしてほしいことはない。何か物をねだろうにもそこまでの仕事をした実感がないので罪悪感が残るのみだ。
そういうわけで改めてご褒美などはいらないことを告げると、古木さんが苦々しい表情をしながら携帯電話を取り出した。
「そこまで断られるのも悔しいけど、このままじゃ申し訳ないんだよ。というわけで、君の幼馴染に聞くことにするよ。......っと、あれ。飛行機モードになってたみたいだ」
「僕の幼馴染......?」
古木さんと関わりがある人が僕の幼馴染でいたかな? でも同じ小学校や中学校だった人が今はモデルをやっているなんてたまに聞くし、意外とそういう人がいるのかも。古木さんの独り言を聞きながらそんなことを考える。
少しドキドキしながら古木さんの通話が繋がるのを待つ。しばらくお互いに黙っていると、古木さんが話し出す。どうやら相手が通話に出たようだ。
「もしもし、白川さん?」
「......白川、って雪音じゃないですか!」
僕が思わず声を上げると古木さんが口の前で人差し指を立てる。それを見て僕は反射的に口をつぐむ。言いたいことはあるけれど一応通話中なんだ、黙っておかないと。
「んー、誰かっていうか上木君と一緒。うん、ちょっと今助けられて。そのお礼がしたいって彼に言ったら断られちゃったんだ。だから上木君の好きなものでもあげたくてさ。何か知らない?」
そんな会話をしているけれど、そもそも雪音も僕の好きなものなんか覚えていないだろう。仲良くしていたのは小学校低学年のころまでで、すぐに雪音は転校しちゃったし、最近再会してからも親しく話した覚えはない。最近話した思い出を強いて言うなら、僕が能力を判明させるときに倒れてしまったのを医務室まで運んでもらった時の会話くらいだ。
「うん。あ、へー。上木君ってすき焼きが好きなの?」
なんで知っているんだろう。どんな表情をしていればいいのか分からないじゃないか。というか、古木さんも面白そうにこちらをチラチラと見ないでほしい。
そんな風に少し居心地が悪い空間にそわそわしていると、古木さんがむすっとした表情で携帯電話を差し出してくる。えっと?
「白川さんが話したいって。いいかい? 彼女を困らせちゃだめだよ?」
「は、はい」
少々古木さんの剣幕に押されながら携帯電話を受け取る。そういえば、古木さんは雪音のことが(恋愛感情の意味で)好きなんだった。あんまり刺激するような発言はしないでおこう。
「えっと、もしもし?」
『あ、本当に蔵介だ。もしもーし、えへへ」
可愛すぎ。なんだこの人、可愛すぎ。
心の中で川柳を読みながら会話を交わす。
「なんで僕に代わったの?」
『ちょっと聞きたいことがあって。春奈さんから聞いたけど何があったの?』
「かいつまんで話すけど、防人として古木さんを護衛していて、それが終わって一旦古木さんから離れたら古木さんが誘拐されちゃって。その誘拐犯っていうのが幻覚系の能力の持ち主で、その幻覚の中で僕と古木さんがなんだかんだしたっていう感じかな」
『うん、春奈さんに聞いた通りだね』
少し満足気に答える雪音。嘘をつかれなかったのが嬉しかったのだろうか? よくわからないけど。
......あれ、そういえば伊達さんはどこに行ったんだろう?
『それで、その幻覚をかけた相手は捕まえたんでしょ? 今から穂乃果さん......立花学長に連絡するね』
一応被害者の古木さんと、僕の話を聞いてから連絡しようと思っていたんだろう。雪音がそんなことを言っているけれど......。
「いや、ちょっと待って。実は幻覚をかけた相手がいないんだ」
改めて薄暗いシアター室を見回しながら答える。会話を聞いていた古木さんが気を利かせてシアター室のライトのスイッチを探し出して明かりをつけてくれる。改めて明るくなったシアター室を見回しても、逆立てられた短い青毛の青年は見当たらない。
『......? どういうこと? それは絶対にありえないよ?』
「ありえない?」
思わずオウム返しする。どういうことだろうか。別に相手に幻覚をかけて逃げ回るのはおかしくない話だと思うけど。
僕がありえないという言葉の意味について考えていると、頭の血管がピンと張るような痛みと共に言葉が浮かんでくる。
(違うだろ? お前は頭の回転が遅いな)
そんな考えがぼやーっと浮かんでくる。おかしい。僕は何かに気が付いているんだ。ただ、何かが足りない......はず。
「いてて」
『いてて? 攻撃を受けているの?』
「あ、いや、なんでもないよ」
思わず口に出ていたみたいだ。というか、僕が気が付いているのではなくて、僕の能力の『二重人格』が気が付いているんだろう。できればすぐに僕に答えを教えてほしいんだけど。頭痛もやめてほしい。
そんな風に僕が頭の中で戦っていると、雪音が話し始めてくれる。
『あのね。幻覚系の能力ってすごく強いでしょう?』
これは間違いない。幻覚を受けてしまうと、幻覚を操る人の想像した通りの空間に引きずり込まれる。その間、現実の体は倒れてしまい、意識を集中させてようやく物音や気配に気が付く程度の状態になってしまう。もちろん、体を動かすことはできない。この状態で攻撃をされようものならひとたまりもない。
さらに。幻覚系の能力を受けている人に触れると、なんと触れた人間まで幻覚に引きずり込まれる。
幻覚から脱出する方法も、幻覚を操っている人の要求事項......簡単に言えば、歌を歌えとか絵を描けとかそういう要求をこなすか、時間制限が来るかしか存在しない。強すぎる。
そんな風に改めて幻覚系の能力の恐ろしさを認識していると、雪音が幻覚系の能力の、いわゆる弱点を教えてくれる。
『でも、それだけ強いからこその弱点もあるの。いくつかあるんだけど、まずは時間制限ね。これはその人その人によって違うかな。その時間制限が来たら、ある程度のクールタイムを挟まないと能力が使えないの。クールタイムの時間は.....まあ、大体1日くらいかな』
「へえ、クールタイムは初耳だなあ」
さっき幻覚系の能力の強さを確認したときも説明した時間制限は、伊達さんが話していた『俺の場合の幻覚は2時間程度しか続かない』というものだろう。クールタイムの話は初めて聞いたけれど、なるほど。正のセカンドインパクトや朝倉君のかまいたちなんかはクールタイムが存在しない。そう考えるとクールタイムという概念は結構な弱点になりそうだ。
『それで、もう一つの弱点が大事なんだけど、『幻覚の能力を使っている間は自分も動けなくなる』の』
「......それって」
『平たく言えば、さっきまでの蔵介と同じような感じになるの。もちろん幻覚にかかっている人とは違って、幻覚の内部に物を出現させたりもできるけど』
「じゃあ、伊達さんは」
『うん。他の人に連れ出されちゃったのかも』
「......」
(まだ気が付かないのか? まあ、お前には経験値がないもんな)
うるさいなあ、こいつ。こいつっていうか二重人格の方の僕。答えを教えてくれないなら黙っていてほしい。
そんな僕の考えに呼応してか、二重人格の僕が語り始める。
(いいか? 俺たちを狙っ......本当のもく...俺たちみたいな...違......実は..ある....)
『蔵介?』
「上木君、難しい顔してどうしたんだい?」
二人に呼びかけられて一気に思考が現実に戻る。なんだろう、もう答えは出ているはずだ。その答えにたどり着けないもどかしさ。教えてくれようとしていた二重人格の僕の思考は途切れ途切れだったからよくわからない。別にノイズが流れたとかそういう話ではない。そもそもそこの音が抜けるような感じ。思考の中の声だからというのもあるのだろうけど。
色々気になることはあるけれど、とりあえず『防人』のリーダーとしてやるべきことをやろう。まずは、
「雪音のお陰でいろいろ分かったよ。ありがとね」
『別に気にしなくていいよー』
「もしできるなら雪音は立花学長に古木さんを発見して保護していることを伝えてくれる?」
『そのくらいならオッケーだよ』
「本当にありがとう。もう明日には転校するのに迷惑かけてごめん」
『......そう、だね。別に迷惑だとは思ってないから安心して』
「それならよかった。明日できれば見送りさせてよ」
『うん。また昔みたいに泣いちゃだめだよ?』
「わ、分かってるよ」
『ん。......それじゃあね』
「うん、またね。......って、あ」
雪音が電話を切ってから気が付く。これ、古木さんとの通話だった。
恐る恐る古木さんの方を振り向くと、......あれ、あんまり怒っていない。怒っているというよりはあきれているような表情だ。
「どうやら、君にとっては白川さんと話すことが一番のご褒美だったみたいだね?」
「う。ま、まあその通りです」
僕は少し恥ずかしくなりながらも正直に答える。ただ、古木さんは通話が切られたことには怒っていないのだろうか? そのことを尋ねてみる。
「別に通話は私の好きな時にできるし、別にそれに関しては怒っていないよ」
「それなら良かったです」
さてと、重要な情報も得られたし雑談はこのあたりで一旦ストップ。この辺で気持ちを切り替えよう。
「まず、古木さんはこれからどうします?」
「どういうことだい?」
「このまま自宅に帰るか、ほかの人に護衛してもらうかっていう話です。古木さんが狙われることはもうないと思うので帰宅してもらっても大丈夫ですけれど」
「ああ、そういうこと。うーん、私としては帰宅したいところなんだけど、さっきみたいに襲われるのは初めてでちょっと怖かったんだよ」
それはそうだろう、というかそうじゃない方がおかしいくらいだ。いきなりさらわれて幻覚に閉じ込められて、なのにこんな風に普通に会話できているのがおかしいくらいだ。それだけ芯が通っている人だということは分かったけれど、これがトラウマになったりしないようにできる限りの手は尽くしたい。
「それじゃあ適当な能力者を護衛として付けますか? さすがに寝るまでは一緒にいたくないでしょうし、近くに待機してもらう感じで」
これは古木さんがアイドルだからここまでしてもらえる......とは思っていない。ただ、清木教授が考えていた『可能性』とやらを潰すために来てもらったのに、トラウマを植え付けてただ帰すというのはあまりにも酷だ。というわけで、僕が提案したことくらいは大学側も快く受けてくれるだろうという考えだ。
そんな考えのもと発言したのだけれど。
「うーん。今から誰とも知れぬ能力者に護衛されても困るんだ」
「それは......そうかもです」
確かに今からほかの能力者に護衛されると言われても信頼しきれないかもしれない。ただそうなると、
「それじゃあ僕以外の人に護衛させることができなくないですか?」
「君が護衛してくれればいいじゃないか」
なんと、古木さんが若干ムスッとしながら答える。え、えっと。
「それはちょっと出来ないんですよ。僕一応『防人』のリーダーとして」
「......ここまで二人きりになるのを男性に拒まれたのは初めてだ」
次はしょぼんと肩を落とす古木さん。う、うーん、そう言われても。
「実は僕夜にやることがあってずっとは守れないんですよね」
「何があるんだい?」
「それは、言えません」
「断ろうとしているだけじゃないか」
......あれ、僕夜に用事なんかあったっけ?
(いいから浮かんだとおりに応えろ)
「まあ、そういうわけで護衛は他の人にしてもらいますけれど、それじゃあ心細いと思うので、『防犯ブザー』を渡します」
「防犯ブザー?」
「簡単に言えば、『防人』のメンバー、言ってしまえば僕にSOSが届くボタンですね。雪音も持っているから、ペアルックってことでどうでしょう?」
「ちなみに何人くらいに渡しているんだい?」
「......20人くらいですかね」
「それはペアルックって言わないよ」
はあ、とため息交じりに応える古木さん。おっしゃる通りです。
「まあ、これ以上君を困らせたくないし、その防犯ブザーと護衛で我慢するよ」
「ありがとうございます。それじゃあ、清木教授に事情を話しに行きましょうか」
今まで古木さんと話した内容をメールで清木教授に伝えて、提案を承認してもらってから居場所を教えてもらう。そんなやり取りをしていて思い出す。そういえば、そろそろ朝倉君と合流する時間だ。
「すみません、まずは『防人』のメンバーと合流してから清木教授のところへ行きたいんですが」
「ん、大丈夫。好きにしてよ。君についていくだけだから」
それじゃあ、朝倉君と合流しようか。
周囲の視線を集めながら大学の門へとやってくると、和服姿の男性があたりをきょろきょろと見回している。もちろん、朝倉君だ。
「朝倉君」
「む、蔵介殿......っとそちらは古木殿では?」
「うん、さっき何とか保護したんだ」
早速朝倉君と情報交換、というか古木さんを保護したことを伝え、これから清木教授のところへ向かう旨も伝えた。
「それでは情報交換はいらないでござるかね」
「いや、少し聞きたいことがあるんだ。まあ歩きながら話そう」
空がオレンジ色から暗い青に染められていく時間。ちょうど授業が終わった時間でもあるだろうし、大学の門前ということもあって、この時間にしては人通りがそこそこある。さらに和服の朝倉君とアイドルの古木さんが一緒にいることもあって僕たちは今かなり人目を引いている。普段なら特に気にしないのだけれど、僕たちは能力者だ。できる限り人目を集めないように立ち回りたい。
というわけで早速移動を始める。もちろん、向かう先は清木教授がいる1号館だ。できる限り人目がない場所を通っていきたいけれど、まだそこまでキャンパス内の地理に詳しくないので、ここはまっすぐ向かうべきだろう。
「それで、聞きたいこととは?」
歩き始めてすぐに朝倉君が尋ねてくる。流石に歩いている人の会話を意識して聞くような人はいないと思うけれど、なにせアイドルが傍にいるんだ、聞き耳を立てている人がいてもおかしくない。少し濁して話そう。
「単刀直入に聞くけど、怪しい人はいなかった?」
「むう、それが見つからなかったんでござるよ」
「えっと、古木さんのGPSが途切れたのってどの辺りだったっけ?」
「やっぱり人目につかないような場所だったでござるよ。低木とベンチがあって、校舎からもそこそこ離れているのでゆっくり休む分には申し分ないでござるが、やっぱり古木殿のような人も現れてしまうんでござるな」
ふむ、人目につきにくい場所か。ちなみに僕の大学は環境学科があって、自然の研究が大学内で行われることもある。それもあって、結構自然豊かだ。自然との共存とか何とかで朝倉君の言うような低木とベンチがある休憩スポットも少なからず存在する。なので、その中からわざわざ人目につかないような場所を選んで休む人は少ないので、今回のような事件が起きてしまったのだろう。
「そういえば、なんで古木さんはそこに?」
「私も休もうと思ったんだけれど、ほかの場所で休んでるとすぐ声を掛けられちゃうからわざとそこを選んだのさ」
なるほど、道理だ。こう考えると、芸能人は休むのも一苦労だなあ。
「それにしても、今どきの大学生は凄いでござるな」
「今どきの、って朝倉君もじゃないか」
「おっと、これは一本取られてしまったでござるね。参った参った」
「それで、何が凄いの?」
「こう、髪の毛を青く染めている人がGPSが途切れた場所で寝ていたんでござるよ」
「青い」
「髪の毛」
思わず古木さんと顔を見合わせる。もしかして。
「その人、髪の毛を逆立ててなかった?」
「おお、逆立てていたでござるよ。それで、古木殿のことを見ていないか聞こうと思って体をゆすっても起きなかったでござるよ。頬も少し赤くなっていたでござるし、もしかしたら酔っていたのでござろうか? そう考えてそれ以降は特に話しかけてないでござるよ」
「間違いない」
「伊達君だね」
顔が赤かった......もしかして、古木さんと幻覚内で話していたからだろうか? 彼ほどの古木さんファンならおかしい話ではない。
それと、朝倉君の話の中で気になる点が一つ。
「朝倉君は、伊達......その人の体に触ったんだよね?」
「うむ」
「なんか、意識がなくなったりしなかった?」
「ふむ......? もう少し詳しく話してほしいのでござるが」
「上木君、それじゃあ話がこじれるだけだよ」
自分でも焦っているみたいだ。古木さんにも諭されて、少し頭が冷静になったところで、先ほどまで伊達さんの幻覚内にとらえられていたことや、幻覚の能力について他人に聞かれてもいいように誤魔化しながら話す。
「---ということなんだけど」
「ふむ。それでいうと、確かに拙者は変でござったな」
3人で頭をひねって何とか出した結論は、
「とりあえず、かけた本人には触れても問題ないってことだよね」
「そうでござろうな」
「うん、私もそう思う」
雪音が言っていた弱点に『幻術をかけた本人の意識もなくなる』というのがあった。もしも幻術をかけた本人に触れても幻覚にとらわれてしまうのなら、弱点とは呼べないかもしれない。もちろん、先に幻術の能力を持っていることが分かっていて、拳銃とかで触れずに攻撃できるとは思うから術者自体も幻覚にとらわれるというのは弱点かもしれないけれど、それだけだと弱点とはあまり呼べないだろう。まあ長々と語ったけれど、幻術をかけている最中の本人に触れても幻覚にはとらわれないということだ。
そんな風に結論付けると、タイミングよく1号館にたどり着く。ほとんど人の気配がない廊下を通って清木教授がいる場所へまっすぐ向かう。
「清木教授、いますか?」
『理事長室』とだけ書かれた扉をノックして声をかけると、「どうぞ」と返事が来る。
「失礼します」
返事を聞いて扉を押すと、いつも以上に上機嫌な清木教授が迎え入れてくれる。座っていた立花学長もわざわざ立ち上がって機嫌よく迎え入れてくれる。
「いやー! よくやってくれたよ!」
「は、はあ」
ここまで喜ばれると少し怖い。朝倉君と古木さんも少し戸惑っている様子だ。
そんな僕たちの様子を見て、清木教授が咳ばらいをする。
「こほん。『防人』の二人、本当にありがとう。それに、古木さんも申し訳なかった。こちらの都合で呼んでおいて誘拐まで許してしまったのは完全にこちらの落ち度だよ」
言いながら頭を下げる清木教授と立花学長。古木さんは少し慌てながらも強気に言い放つ。
「とりあえず、助けてもらえたので特に気にしていないです。これで助けてもらえなかったら許さなかったですけれど」
どうやら古木さんは少し怒っているようだ。それを清木教授も感じ取ったようで申し訳なさそうに話を続ける。
「これからは本当に気を付けるよ。それで、事前に言われていた『防犯ブザー』。とりあえずこれを持っていれば『防人』、というか上木君に連絡が行くから」
「僕に来ても助けられるかわかりませんけどね」
自信がないのでポツリと呟く。そんな僕の呟きをスルーして清木教授が話を進める。
「それじゃあ、外に護衛を呼んであるから、古木さんは安心して帰宅してもらって大丈夫だよ」
「わかりました、それでは。......またね、上木君」
「あ、はい」
別れの挨拶をされて思わずびっくりしてしまった。そこまで僕に気を許してくれていたんだなあ。なんだろう、すごく嬉しい。
古木さんが理事長室から出ていったところで清木教授が口を開く。
「さて、それじゃあ『防人』の二人には状況報告をお願いするよ」
「拙者は特に何もしていないでござるから、上木殿が話してくれると助かるでござる」
「ん、了解。えっと、連絡を受けて大学に戻ってきてからーーー」
古木さんを見つけるに至る経緯、見つけてから幻術に嵌まり、そこから抜け出して朝倉君と合流。朝倉君が幻術をかけた本人と接触したことまですべて話す。
「ふむ。穂乃果、どう思う?」
「......グレー」
「「??」」
朝倉君と一緒に首をかしげる。えっと、何の話だろうか?
「上木には朝話したよね。清治がある可能性を見つけたって。それについて」
「あんまり詳しくは話せないんだ、ごめんね」
そういえば、朝そんなようなことを立花学長から言われた気がする。それはどういう可能性なんだろうか?
古木さんを助けたんだ、それくらい聞いても罰は当たらないだろう。そう考えて口を開く。
「それじゃあ、話すことは話したので、僕はこれで」
......あれ?
「ふむ。拙者もレポートがある故、このあたりで失礼してもよろしいでござるか?」
「うん。二人ともありがとね」
「また何かあったら頼む」
清木教授と立花学長に見送られながら理事長室を後にする。
「それでは、先ほども言ったでござるが、レポートがあるので一足先に寮に戻るでござる」
「あ、うん。時間使わせてごめんね」
「いや、レポートはそこまで切羽詰まっていないので大丈夫でござるよ。それではまた明日」
朝倉君の背中を見送って、考え事を始める。これはもしかしなくても僕の能力が原因だろう。2重人格の方の僕は何かをしようとしている。『夜に用事がある』のと......清木教授との会話を終わらせたことから、自室に戻りたがっている、つまり一人になりたがっているのだろうか?
「とりあえず、部屋に戻ろうかな」
ぽつりと呟いて寮へと足を向ける。うーん、2重人格の僕は何がしたいんだろうか。
「ふー」
息を吐きながら寮の自分の部屋へ戻ってくる。窓から見える外の景色はもう暗い青に支配されている。月明かりが目立つほどの時間ではないけれど、もう夜が始まったんだ、と思わせる時間だ。
「さて、と」
僕はカバンを床に下ろして椅子に座る。とりあえず、一人きりになることができた。ここからに二重人格の僕は何をするのだろうか。
「......」
しばらくその場で身構えていたけれど、特に何も起きない。うーん、まだ完全な夜じゃないから動かない、とかかな?
それならばと考えて、スマートフォンを取り出す。今はギリギリ夕方だと判断しているようだし、適当に暇をつぶそう。とりあえず、音楽でもかけようかな。
「えーっと、このあたりのホテルホテルっと、......ん?」
ほ、ホテル? 僕はなんでそんなものを探しているんだ? いや、今更驚くまでもないか。何か調べたいことがあるなら勝手に調べてもらおう。
しばらく忙しなく動いている指を見ていると、少し悔しくなってくる。2重人格の僕が気が付いていることを気が付けていないというのは、なんというか、2重人格の方が優秀だと見せつけられている気がするからだ。
「はあ」
ため息を一つこぼしてから気合を入れなおす。こんな考えじゃだめだ。どうせならじっくり敵の考えを推理しよう。
そう思った瞬間、意識がなくなる。
ーーいや、なくなったっていうか入れ替わったんだけどな。
「俺の方が優秀なのは当たり前だ。優秀な部分を『2重人格』に設定しているわけだからな」
誰に言うでもなく呟く。そう、普段の俺が気に病む必要はない。俺がそういう風に『能力』を使っているだけなのだから。
(その割には、雪音と通話しているときに煽ってきたよね)
そんな考えが頭に浮かぶ。しっかり言い返してくる元気はあるようで安心した。
「さて、行くか」
俺は自分の部屋を後にした。
「お、蔵介」
「......正。なんか久しぶりだね」
「なんだ今の間は」
寮から出ていこうとするとちょうど自動販売機で飲み物を買っていた正と鉢合わせてしまう。しょうがない、俺は一旦引っ込もうか。
ーーあ、あれ。ここは、寮の自動販売機前? なんで僕はこんなところに、っていうかなんで正と話しているんだ?
「? どうした蔵介」
「う、うーん。なんか奇怪なことが......ま、いっか」
「よくわからんが」
どうせ二重人格の僕が勝手に動いているんだろう。そんなことより僕も喉が渇いた。自動販売機に小銭を入れて適当な飲み物を買う。
「ところで、堂次郎の様子は?」
人通りはそこそこ。今は夕食の時間だから食堂にたくさんの人が集まっていて、たまに飲み物を買いに来る人もいる。邪魔にならないように自動販売機から数歩離れて立ったまま正と話を始める。
「ん、相変わらずお前、っていうかお前の能力の方を疑っている」
「うーん。できれば早く誤解が解けてほしいんだけれど」
「あいつもお前が憎くて疑っているわけじゃないみたいだがな」
「というと?」
「なんか、辻褄がだいたい合うんだとさ」
「それは、僕がスパイだとしたらってこと?」
「ああ」
「まあでも僕はスパイじゃないからその合わせた辻褄は無駄だけどね」
「手厳しいな」
苦笑いしながら正が話を続ける。
「ほら、この1週間お前への襲撃が連続していただろう?」
「まあそうだね」
雪音がいなくなると言ってからの一週間を改めて振り返ってみる。雪音が来た翌日、つまり1日目はトーナメントが行われた。2日目、1度目の襲撃だ。スプリットを使う能力者と、引き寄せを使う能力者と闘った。3日目、2度目の襲撃。食堂でゾンビ化させる能力者と闘った。4日目、アルバイト関係とレポート。5日目、3度目の襲撃。ここでは神様が何だとか言っていた鞭を操る能力者と闘った。6日目、つまり今日だけど、幻覚を使う能力者と闘った(?)。
こうして振り返ってみると、3度も襲撃を受けていることになる。今日は古木さんを狙っての襲撃だったのでカウントしなかったとしても、一週間でこの回数は異常だ。
「こうして考えると、確かに襲撃される回数は多いね。堂次郎が疑う理由も分かるよ」
「なんで上から目線なんだ」
「だって。僕スパイじゃないもん」
「男のくせに唇を尖らせるな。可愛くない」
とりあえず、僕が多く襲撃されていることは改めて理解した。さらに、堂次郎が疑う理由も。
「それで疑う理由だが、もう理解したんだろ?」
「『防人』について敵に教えている可能性があるってことでしょ?」
「お、ご名答だ。俺はすぐには気が付かなかったが」
要するに、敵に『防人』という能力者を守る秘密のサークルの存在を作ったことを教えたとしたら、という話だ。『防人』に入ってくるメンバーの能力とそもそもの戦闘能力を測るためには実際に戦うのが一番だ。そこで、僕が防人に能力者を勧誘して、入ってくれたメンバーと闘わせることで『防人』の脅威の度合いが簡単に測れるだろう。
ただ、この考えには欠点がある。
「でも、その考えだと僕が1度目の襲撃で正を襲わなかった理由が説明できないよね」
「ああ。それ以外にも襲ってきた能力者を清木教授に引き渡しているだろう? つまり清木教授もスパイじゃなきゃおかしいんだが」
「清木教授自体が『防人』を発足したからその可能性は低い、って感じ?」
「ああ、そんな感じだ。頭の回転が速いな」
「ふふん。もっと褒めてよ」
「この間の英語のクラス分けテストでは俺の方が上のクラスだったな」
「ここは褒めてほしかったよ」
そもそも僕が敵じゃないなんていうことは僕自身が分かっていることだ。だけど、逆に言えば僕以外は確実にスパイじゃないと言い切れない。だから堂次郎は自分の考えに多少の矛盾を感じながらもこれ以上自分の能力を敵に漏らさせないように『防人』を休んでいるのだろう。それに追随して正も休止したことは、堂次郎にとって思わぬラッキーだったというわけだ。
そんな風に話をまとめると、ふと頭に引っかかったことが口に出る。
「というかさ、よく敵もそれだけ襲撃を重ねるよね」
「うん? ......ああ、そういうことか。戦力面的な話のことだろう?」
「そうそう」
そもそも『防人』が発足された理由は能力者が攫われたりすることを防ぐこと。言い換えれば、敵にこちらの能力者を渡さないことだ。
何が言いたいのかというと、こちらの能力者を襲ってくるということは敵の組織にいる能力者が少ないからこちらの能力者を奪って戦力を増やしたいということだろう。でも、2日目に襲撃が失敗しているのに翌日に襲撃を行っているのがおかしい。
「敵も意外と能力者に余裕があるよね」
「そうだな。もしかしたら襲撃用と自衛用みたいにグループ分けされていたりしてな」
「まるで戦争だね」
「だな」
二人で笑いあう。......あれ、意外とこれって核心を突いているんじゃないか?
正もそう思っているようで、だんだん笑いに力がなくなってくる。僕もだんだん笑いから苦笑いへと変化していく。
「まあ、深く考えてもしょうがないよな。正直、俺たちは一般学生なのにここまで考えさせられていたら溜まったものじゃない」
「それは言えてるかも」
「こういう時は飯を食って寝る。これに尽きる。というわけで一緒に食堂に行かないか?」
大分話し込んでいる間に食堂にいた人は大分少なくなってきている。正はお腹が空いているようだし、僕もお腹が空いているんだけれど。
「ごめん。ちょっと今から用事があるんだ」
「こんな夜からか?」
「大した用事じゃないんだけどね。すぐに帰ってくると思う」
「そうか。それじゃあ先に食ってくるぞ」
「うん。それじゃあね」
話している間に飲み終わっていた飲み物をごみ箱に捨てて正と別れる。結構話しちゃったなあ。
......あれ。敵がもし襲撃用と自衛用みたいにグループ分けできているとしたら、なおさら僕みたいな無能力者に近い能力者を襲ったのって謎じゃないかな。だって、戦力の『数』は足りているんだから。
そう考えると、もしかして、敵の考えって
--っと、意外と頭の回転が速いな。まあ気が付かれても問題じゃないんだが、それよりも先にやることがあるんでな。ちょっと体を借りるぜ......っていうのもおかしいか。俺の体でもあるんだからな。
「行くか」
改めて俺は寮の外へと足を向けた。
『蔵介、この間言ってた話』
『うん? 何の話だっけ?』
『ほら、気が付いたら夜中の路上にたまにいることがあるって言ってたろ?』
『ああ、あの話ね。なんかあったの?』
『それがさ、お前のことを見たやつがいるんだってよ。それも深夜に』
『ほんとに? 僕は何してたの?』
『聞いて驚くなよ。お前が火を噴いている男に襲い掛かってたんだってさ』
『......? えっと?』
『いや、そうなるのも分かるが本当に何も覚えていないのか? とんでもないことが起きているぞ』
『う、うーん。それ、本当に僕? また別の事件の匂いがするけど』
『それが、ほら。今どきはスマートフォンがあるからすぐに証拠を撮れるんだよ。そして、これがその証拠だ』
『うわ、本当に僕じゃないか。というか、地面もボコボコだし、壁もなんかえぐられてない? これ、CGじゃないの?』
『いや、実は』
『いやー、僕はフリー素材じゃないんだけどなあ。悪い気はしないなあ。もしかして、映画監督がスターを探してたりしてるのかなあ。あ、僕を見た人ってハリウッド関係者?』
『自己評価の高さと前向きな思考は認めるが、これは俺と同じ部活の友達だ。クラスは違うがな。それで話を戻すが、お前が写真を撮られた場所って『緑濃高校』の近辺で、今朝登校した生徒がその場所を見たんだってさ。あんまり人目に付かないところだから見た生徒は少ないがな』
『ってことは、今もそこは』
『ああ、地面がデコボコだし、壁は抉られたようになくなっている。周りには灰があったりしたらしいぞ』
『うーん、灰ってことは僕が襲い掛かってる相手の能力の炎が原因でしょ。で、ほかの二つは別の能力っぽいから僕が数人相手に闘っているのかなあ』
『かなあ、ってお前のことだぞ。それに『能力』って。アニメじゃないんだからありえないだろう』
『わかってるよ、ちょっとふざけちゃった。ただその写真はたまたま僕っぽい人ってだけだと思うなあ。だってもし写真が本物なら僕は変な能力を使う奴らと闘っているわけでしょ? しかも数人と。そんなの何の特技もない僕じゃ無理だもん。むしろ元々地面がデコボコだったりした場所で写真を撮ってCGを使ったっていう方が信憑性があるよ。事件現場を目撃した情報があるっていうのは、元々人目に付かない場所だし、そんなにじっくり見ていなかったのがたまたま目に留まっただけだったのかも』
『まあ言われてみればな。そっちの方がしっくりくるな』
『でしょ? で、僕に似ている人が深夜に徘徊しているっていう偶然は考えられない。つまり......』
『つまり?』
『この写真は加工されていて、誰かが役者の顔に僕の顔を当てはめたんだよ。僕がイケメンだから!』
『......』
『な、なにさ』
『お前って、ほんとに気楽な奴だよな』
『ほ、本気では言ってないよ?』
『お前の顔で本気で言っていたら噴飯物だ』
『うるさい』
ガタンガタン、ガタンガタンと一定のリズムを刻む電車に揺られる。窓の外は月明かりに照らされていて、電車の中では乗客でいっぱいとまで言わないもののそこそこの人数が乗っている。A大学の隣の駅までは5分ほどかかるので、その間に隣駅についてからの行動を軽くまとめる。
まず一番可能性が高いのは、隣駅に一番近いホテルだ。そこで俺が見たことあるやつが現れてくれればいいんだが......。まあ、絶対に現れるんだがな。人がいる中でつぶやくわけにもいかないので心の中でぽそりと呟く。
そんなことを考えている間に隣駅に着いた。電車を降りていく人の波に乗ってそのまま改札を抜ける。目的ははっきりしている。それを証明するように迷いない足取りでここから一番近いホテルへ向かう。
駅前のロータリーを抜けて、人通りが多い大通りから逸れた道を少し歩く。一気に人通りが少なくなった道を歩いていると、少し先に見たことがある人物を見つけた。
「ビンゴだ」
思わず口の端を持ち上げてしまう。俺は青い髪を逆立てている男に近づく。
「おい」
俺が声をかけながら駆け寄ると、振り向いた男の顔が引きつる。
「お前、なんでここに」
「っらあ!」
迷いない拳が伊達の頬にぶつける。顎を狙ったのだがとっさによけられた。多少は戦闘の心得があるらしい。幻術の使い手なので見くびってしまっていたがここからは本気でやらないといけなさそうだ。
口の中が切れたらしい伊達が口の端から血を流しながら話し始める。
「それがお前の能力か」
「ん、まあな」
「おかしいと思ったんだよ。幻術の中での体は現実の体を丁寧に再現する。運動をしていないと言っていたお前の体が筋肉質なのはおかしいと思っていたんだが......って、うお!」
「ッチ、あんまり動くなよ」
もう一度振りかぶった拳はよけられた。だが、すぐに繰り出した横蹴りは伊達の腹部にヒットした。
「ッグ!」
「お前、時間稼ごうとしてただろう? だって、クールタイムの関係で幻覚の能力が使えないんだもんな」
言いながら攻撃を繰り出す手を止めない。攻撃をするときに足は踏み込みすぎない。ボクシングのように軽いフットワークで、攻撃をするときだけ一気に踏み込む。力に頼った踏み込みではなく、スピードに任せた踏み込みを心掛けて、伊達からの反撃をなんなくやり過ごしながらも隙を見逃さずに攻撃を繰り返す。
そんな風に余裕を持った戦闘をしているから伊達の一瞬の行動を観察できる余裕がある。胸元に手を入れて何かを操作した。これはスプリットの能力を持っている康太がやった行動と同じだ。恐らく、あそこに通信機か何かが入っているのだろう。俺たちが持っている防犯ブザーのように。今逃げずに戦っているのは救援が来ることを確信しているからだろう。
そういった理由であまり長引かせたくないのだが、能力を観察されている可能性もある。奥の手は取っておかなければいけない。まあ、この調子なら問題なく伊達を捕獲できるだろう。
そうして追い詰めていると、伊達が一気にバランスを崩す。思わず俺でも大ぶりの攻撃をしてしまうようなバランスの崩し方。先ほどまでのステップを変えて、一気に力強く踏み込んで拳を繰り出してーー考える。
伊達はとっさに顎への攻撃を避けられる程度に体術ができている。そんな奴が時間稼ぎの最中にこんなミスをするか? もしかして、通信機で呼んだ奴が来たという知らせがあいつにだけ分かるように来たんじゃないか? 襲ってきている奴が思わず隙を見せるようなバランスの崩し方がマニュアルとして敵の組織にあったとしたら? そして今それを実践しているとしたら?
「まずい!」
思わずそんな言葉が口から出た瞬間、顎に強烈な一撃を食らってしまう。
クソ、こんなところで......! そんなことを考える間もなく、意識が暗闇に飲まれた。
「な、なんだ今のは」
俺は物陰から覗いていた攻防戦の終始を見届けてから呟く。なんだ今のはというのはもう、なんというか、全部だ。
先ほど食堂の前で話をして蔵介と別れた後に俺はこっそりと蔵介の後をつけてきた。なぜかと言われれば当然、蔵介の本性を探るためだ。勘と言えば勘だが、なんというか、最初に蔵介に声をかけた時に蔵介の目つきがいつもと違った気がした。加えて謎の沈黙に『なんか奇怪なことが』などと言っていた。これで蔵介の第2人格が何かをしようとしていることが推理できた。
話を戻すが、先ほどの攻防戦。まずは蔵介の身体能力が異常だ。もちろん、相手との暴力行為を平然とこなす精神力もそうだが、戦闘中の足さばき、無駄のない攻撃の仕方、さらに戦闘中のスタミナ。どれをとっても常人のものではない。明らかに戦闘慣れしている。認めたくはなかったが、蔵介が暴れたという話はもう疑いようがない事実であるようだ。
ただ、少し疑問がある。先ほどまで蔵介と闘っていた青髪の男。あいつを見つけた時に蔵介が『ビンゴだ』などと言っていた。つまり他の誰かではなく、あいつを探していたということだ。無差別に人を襲おうとしているわけではなかったらしい。
そういう諸々の事情を蔵介から聞き出したいのだが、青髪の男の能力が分からない。先ほどまで順調に戦っていた蔵介から意識を奪うような能力者だ、簡単にはいかないだろう。
とりあえず地面に転がっていた石を力の限り踏みつけてポケットに忍ばせる。これが使われなくて済むように祈るが。
続いてスマートフォンを取り出して耳に当てて、わざと大きな声で警察に電話をかけているふりをする。青髪の青年は何かつぶやきながら蔵介の体を持ち上げている。まずい、早くしなければ蔵介がどこかに運ばれてしまう。
「もしもし! あの、男が一人誘拐されそうなんですけど! はい、近くに容疑者らしき男もいます!」
「!」
青髪の男がこちらを見る。ただ、蔵介から手を放すつもりはないようだ。しょうがない、こうなれば力づくだ!
「場所はB駅のすぐ近くのホテルです! 早く来てください!」
それだけ伝えてスマートフォンをしまい、青髪の男に駆け寄る。男はさすがに蔵介を抱えながら闘うのは難しいと考えたのか蔵介を地面に放る。......ん? 俺の目的としてはあれを回収すればいいんじゃないか?
「そうと決まれば!」
俺は青髪の顔に向かって拳を振り上げる。青髪が顔の前で腕をクロスさせたのを確認して俺は蔵介を抱え上げる。
「あ!」
青髪がそれに気が付いたところでもう遅い......かと思いきや、意外とこいつ重たいな! ちょっと逃げ切れる自信がなくなってきた。
「我慢しろよ!」
俺は蔵介を前に投げて、すぐにポケットに入れておいた石を青髪に向かって投げる。そしてお決まりの、
「セカンドインパクト!」
「う、うお!」
ちょうど手のひらに収まる程度の石が青髪の顔にヒットする。急加速する石に、夜ということもあっての周辺の暗さ。避けるのは難しいだろう。顔に当たったのはたまたまだが。
なんにせよ、これで逃げる時間は大分稼ぐことができた。俺はもう振り返らずに放り投げた蔵介に向かって走り出すーーー瞬間、全身の毛が逆立つ。この、感覚、は......
能力? 違う、そんなものじゃない。これは純粋な、暴力の感覚だ。
「---!!!」
俺はその場で顔を防ぐように腕を顔の前にかざす。視線を腕に飛ばしても、何も見えない。だが、存在を証明するような、腕の骨にまで響く重たい一撃。歯を食いしばってそれを受け止めて、すぐに攻撃に転じる。
「ッッ!! おら”あ”あああああ!!!」
「うあッ!」
感覚。俺は昔のように咆えながら、感覚だけを頼りに何もない場所に拳を振るう。すると、拳に帰ってくる確かな感触と何者かのリアクション。恐らく拳が当たった場所は肩だ。だが、1発ぶち当てればそれで充分!
俺は蔵介に駆け寄りながら能力を発動する。
「セカンドインパクト!!」
「---!!」
大分後ろから聞こえるうめくような声を聞きながら俺は大通りへと全力で走る。もう誰かが追ってくる気配はしない。
『痛え......。上木といい、あの男といい、なんなんだ一体。.......って、大丈夫ですか、琴葉さん』
『多少肩が痛むが、大丈夫だ。それにしてもあんな有名な男二人と闘えるなんて、光栄だったのかもしれないな』
『有名? 有名なんですか、あの二人』
『おや、伊達は知らないのか。どちらも有名だよ。それにしても、康太が言っていた『塚波正が持っている能力は2つ』というのはこれのことだったのか』
『? ちょっとよく意味が。というか、康太はA大学にとらわれていますよね? なんであいつの報告が聞けるんですか? ......って、それを聞くのは野暮でしたか』
『まあその通りだな。とりあえず一旦ホテルに戻って報告だ。立てるか?』
『大丈夫です』
『もしもし、白川のママさん?』
『あら、蔵介君。どうしたの?』
『えっと、雪音なんだけど、すごい人気者だよ。みんなで一緒に下校してた』
『そう。なら、良かったわ。蔵介君も遅くならないうちに帰ってきなさい』
『えー? 雪音と遊んじゃダメなの?』
『そうねえ。できればおばさんも遊んでほしいんだけど、ダメなのよ。我慢してくれる?』
『......うーん。分かった、我慢するよ』
『ありがとね、蔵介君』
『もしもし雪音のお父さんですか?』
『おう、蔵介君か。いつもありがとうな。もう中学生で部活も忙しいだろう?』
『いえ、大丈夫ですよ。結構暇な部活ですし。それで雪音なんですけど、この学校でも元気にやってました。今は一人で下校しているところでーー『おい、あれが噂の白川雪音だ! 捕まえろ!』』
『蔵介君? 今の声は?』
『ーーー駄目だ、このままじゃ雪音が。雪音が危ない!!』
『蔵介君! とりあえず一旦その場から離れるんだ! 蔵介君!!』
『あなた、声を荒げてどうしたの?』
『まずい、蔵介君が......!』
『へへへ、しっかり眠らせたおかげで問題なく運べたぜ。これで俺たちは大金持ちだな! ......それで、こいつはどうする?』
『んー! んー!』
『それだけ血を流しておきながら元気だな......友人か何かだろうか? ......ん、この校章、随分遠くの中学校だな』
『もしかして、以前の中学校で恋でもしてたのか? はははは! 残念だったな、小僧! この子は今から人を殺す機械に代わるんだよ!』
『ん!?』
『ふん、短い恋だったな少年』
『......』
『なんだあ、黙っちまった』
『ショックで黙ったんだろう。この年だ、放心もするだろう。まあ関係なくこいつも殺すが』
『......誰を、殺すって?』
『『!!!』』
『許さねえ。なんで雪音がお前らみたいなカスに危ない目にあわされなくちゃいけないんだよ......! ふざけんじゃねえよ! そんなに殺してほしけりゃ殺してやる!!』
『お前、どうやって、縄で縛られてた、血も流してるのに』
『落ち着いて麻酔銃を打て!』
『お前らみたいなゴミども死んじまえ! 死ね! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね!! う”お”あ”あああああああああああ!!!!』
『目撃者によりますと、女子中学生1名と男子中学生が1名誘拐されたようです。今は二人とも解放されていて、二人が捕らわれていた倉庫には二人の男性が死亡していました。どちらも何か鋭いもので斬りつけられたような傷があり、警察は誰かが助けに来たが誘拐犯を殺してしまい自分も罪に問われることを危惧して逃げたという方向で捜査を進めているようです』
『蔵介君! 良かった、意識が戻ったのね!』
『あ、えっと、どちら様ですか?』
『え、......く、蔵介君? 私たちよ? 雪音のお母さんとお父さん』
『ゆき、ね? それって僕の友達ですか?』
『...........か、上木さん。私たち、どうお詫びすれば』
『本当に申し訳ございませんでした! 私たちの満足のために蔵介君を危険に晒してしまい......!』
『ああ、いえ。我々としては命が助かったのなら言うことはないですから。そもそも勝手にこいつが無茶をしただけで』
『それに、この病室に運ばれるまでにも、意識が戻るまでにも何度も謝っていただきましたし、頭を上げてください』
『し、しかし!』
『蔵介君は記憶喪失に......!』
『えっと、お父さん、お母さん、『大丈夫』?』
『......そうねえ。今は事情を話した方がいいわよねえ』
『ああ。蔵介、『大丈夫』だ』
『---どうも、雪音のお父さんお母さん。ご心配おかけしました。雪音の小学校のころからの友達、上木蔵介です』
『おい、お前』
『へ? ぼ、僕ですか?』
『とぼけてんじゃねえぞ。お前、『白川雪音』のこと知っているだろう?』
『ゆ、雪音は僕の小学校の頃の友達ですけど』
『......お前、なぜか白川がどこにいるか分かるらしいな? ちょっと捕まってもらうぜ』
『や、やめてください! 誰か!』
『こんな人通りのないところ誰も来ねえよ。おら、縄で縛るから腕を出せ!』
『グハッ! わ、分かりました! 分かりましたから殴らないで!』
『よおし、分かればいいんだよ。......っと、これで完璧だ。おら、着いてこい』
『......』
『おい、返事を......し、......ろ......』
『こんなもんで俺を縛ろうとしやがって』
『な、なんで縄がちぎれて......ま、まさか、お前、最近暴れている......』
『雪音に手ェ出そうとしてんじゃねえぞ』
『ひっ......つ、強がってんじゃねえぞ!!』
『殺してやる』
『ねえ、雪音ちゃんしってる?』
『んー? どうしたの?』
『なんかね、このあたりで暴れている人がいるんだって! ほら、今日のニュースもそれで持ちっきりだよ!』
『ん、知ってる。なんか私の転校した高校の周辺ばっかりこうなるんだよね』
『えー? もしかして、雪音ちゃんがなんかやってる?』
『あはは、それなら夜道も気を付けなくて済むね』
『んふふー、言ってみただけ。あ、そうだ。今日帰りに映画見に行かない? 今なら雪音ちゃんを守る騎士も付いちゃうよ!』
『いいね。見に行こっか』
「~~♪」
「......う、ん?」
聞こえてくる心地よい歌声で目が覚める。目を開けると薄暗い空間の中でクリーム色の天井が目に入ってくる。ここは、カラオケ店、かな?
体を起こして辺りを見回すと、僕の推理が当たっていたことを裏付けるようにマイクや機材、大きいスクリーンと歌っている正の姿が目に映る。っていうか......
「この歌声、正!?」
「お、目が覚めたか。とりあえず歌い切らせてくれ」
僕に声をかけてくる正の声は普段の正の声だ。ただ、歌うのを再開した途端に心地よい美声が部屋に響き始める。ほ、本当に正の歌声だったんだ。歌を歌うことが趣味とは言っていたけど、ここまでとは。スクリーンに映っている歌手は女性なのに、しっかりと音程に合わせて歌うことができている。な、なんだこいつ。
思わず聞き惚れてしまっていると、曲が終わる。点数は98点。これに何が足りなかったか教えてほしい。
「さて、歌い終わったところで。お前に聞きたいことがある」
正が詰め寄ってくる。僕は少し考えてから応える。
「......ん。もう全部話すよ。ただ飲み物を取ってきてもいい?」
「ああ、俺も取りに行こう」
これは逃げ出すことを警戒されているようだ。ただ、僕はもう逃げるつもりはない。知っていることはすべて話すつもりだ。
飲み物を取ってくるときに時間を確認。時間はまだ日付が回っていないくらい。随分長い時間僕は倒れていたようだ。
さて、改めて部屋に戻ってきて口を開く。
「えーっと......まずは、何から聞きたい?」
「そうだな......じゃあ、お前の能力から」
「あ、それは駄目」
「なに?」
正が目つきを鋭くする。しかし、凄まれても、まだこれを答えるわけにはいかない。
と、いうわけで。
「それが説明できない理由も含めて話を始めるね」
「......まあ、話してくれ」
なんとか納得してくれた様子の正が話を促してくる。
「えっと、僕の能力を答えられないって言ったけど、僕の過去とかは隠さずに話すよ。まず、僕の第2人格なんだけど、これは『第2人格』じゃないんだ」
「......? なら、今のお前は」
「ん、僕は僕。本物っていうか普段の僕、正が知っている僕だよ。ただ、人を襲うのに邪魔なものってあるじゃない? 逆に、人を襲うときに必要なものもあるじゃない? それをうまくコントロールしてるんだよ。無意識に」
「............?」
「分かんないよね。まあ、これは理解できていなくても大丈夫な話。話を続けるね」
僕は一旦飲み物を口に含んでから話を再開する。
「昔雪音と仲が良かったのは話したよね?」
「ああ。その後白川が転校したこともな」
「その後雪音に会っていない。大学に入って再会。これも正しい」
「ふむ?」
僕の含みのある言い方に正は怪訝そうな表情をする。
「なんで改めてそんなことを」
「ここからが正とかみんなが知りたがっていたこと。実は、僕は雪音がどこに転校したかとか知っていたんだ」
「......??」
「手段は雪音の親から聞いたんだ。雪音の親と雪音は『絶縁』したことになっているけれど、雪音の親には雪音がどこにいるか報告が来るんだってさ」
「????」
さすがに正が混乱しすぎているようだ。ここらで質疑応答といこう。
「何が分からない?」
「.....お前の能力は、記憶を操れるのか?」
「んー......まあ自分のだけはって感じかなあ。他のことは一切答えられないけどね」
「理由は?」
「後でわかるよ」
「あと、白川と親は絶縁状態ということだが」
「まあ、理由はこっち側の人なら知っているでしょ。雪音の居場所を聞いてくる輩がいる。それだけ」
「それで『絶縁』か」
正の表情が一気に重くなる。先ほどまでは僕を警戒していたような表情だったが、今は聞いてはいけない話を聞いているような気分なのだろう、非常に表情が苦々しい。
「あと聞きたいことは?」
「話の続きになるだろうが、お前はどうして雪音の居場所を教えられていたんだ?」
「ん、話の続きだね」
僕はまた飲み物を口に含んで話を再開する。
「実は、僕から聞いたわけじゃないんだよ。ただ、雪音の親から言われたんだ。『雪音は特別な人間に生まれてしまった。浮いていないか、いじめられていないか、変な場所へ誘拐されていたりしないか確認してほしい』ってね」
「なんで白川の親ご本人がやらなかったんだ?」
「それは表向きは『絶縁』状態だからだよ。雪音の親が見に行ったら雪音も無視はできないだろうし、何度も雪音に近づいたら絶縁状態じゃないって気づかれて雪音の親まで被害に遭っちゃうからね」
「......そうか。続きを頼む」
正は飲み物を飲みながら話を聞いている。僕はとりあえず話を続ける。
「ただ、僕が何度も雪音に会いに行っていると、さすがに怪しまれちゃうわけ。雪音を狙う奴らが僕を狙ってきたのさ。まったく、男同士なのに勘弁してほしいよ」
「もしかして、お前の『暴れていた』、って」
「ん、考えてる通りだよ。僕を狙ってきたやつ、もしくは雪音を狙っている奴をボコボコにしてやっていたんだ」
「......はあああーーー」
「な、なにさ」
正が大きく息を吐いた。どことなく、安心しているような表情だ。
「予想以上にしょうもなくてよかったと思ったんだ」
「失礼な」
いつもの言い合いをしながらも僕にはわかっている。きっと正は僕が悪者じゃなかったことに安心したのだろう。まあ、その気持ちには感謝しておこう。
「さて、ここからは......えっと、何を話そう。僕の過去『悲しみの能力者~雪音を守りたい~』はこれで終わりなんだよね」
「汚いサブタイトルをつけるな。それじゃあさっきの青髪を襲った理由を聞こうか」
「お、いいところ付いてくるねえ。えーっと、あいつの名前は伊達純二っていうんだけど、実はーーーっていう経緯があったんだ」
ここで僕は伊達について話す。さん付けする必要はない。あいつは雪音を傷つけることに加担していたことが発覚したのだから。
「ふむ......? それだと、お前はなんでやられたんだ?」
「そう、そこが味噌と醤油、砂糖に塩、酢なんだよ」
「料理のさしすせそを完成させるな。それで、どういうことなんだ?」
「きっと、もう一人の能力者がいたんだろうけど、もう能力の目星はついてるよ。というか、正も目星はついてるでしょ?」
「まあ、なんとなくは」
「あ、それとさっきから正に僕の能力を話さない理由もそいつが理由なんだ」
「というと?」
「僕たちが考えている通りの能力者だとしたら今も情報を聞かれているかもしれないし、そもそもそいつから僕を抱えて逃げ切ること難しいだろうし」
「そいつから逃げきれた理由が知りたい、と」
「そんな感じ。その辺話してもらってもいい?」
「構わないが」
ここで僕は正がどうやって僕を抱えながら逃げ出したのか聞く。正の能力を駆使して逃げ出して、すぐに一番人目に付かなさそうなカラオケ店に入ってきた、と。場所はこのあたりのカラオケ店なら暗記しているようだ。趣味ってこんなに詳しくなれるものなんだなあ。
「ここは意外と穴場だぞ。人が少ないからいつだって予約なしで入れるし、機種も豊富。店員もいい感じで落ち着いていて、マイクもいつだって清潔。たばこの匂いとかも残っていないし、トイレも洋式。さらに「いや、もういいよ......」
どれだけ語れるのだろうと少し様子を見ていたけれど、予想以上に語られてしまった。時間がかかりそうだしこの辺で一旦ストップしてもらおう。というか、随分楽しそうに語るなあ。
「それで、俺に能力を話さない理由っていうのは?」
「簡単な話だよ。正が敵のスパイで、僕から情報を聞き出そうとしている可能性があるから。それなら敵が見逃した理由もちゃんとつながっているんだ」
「むう。スパイ扱いは気分が良くないな」
「さっきまで僕をスパイ扱いしていたくせに」
「俺はしていないぞ」
コホンと咳払いをしてからグラスに少しだけ残った飲み物を飲み干してまとめに入る。
「とりあえず、僕は今まで雪音を守るために色々な場所で暴れていたんだ。で、この能力で記憶を制御していたんだけど、今は全部解放している。戦闘の時とか必要な時は記憶に制御をかけるんだ。だから今まで記憶がおかしくなっていた。例えば、雪音のことは覚えていたし雪音が能力でいじめられていたことも知っていた。でも『能力』という存在は知らなかった。こういう矛盾に気が付かないように制御されていたんだよ」
「ふーむ。なるほどな」
僕の過去を改めて話し終えると、正は僕を怪しむことをやめてくれた。僕も嘘はついていないけれど、嘘をついていると思われなくてよかった、というのがとりあえずの感想だ。
「それでこれからどうするんだ?」
とりあえず一息ついたところで正が尋ねてくる。時間は日付が変わって少し時間が経ったくらい。今から何かをするというのには遅すぎる時間だ。
だけど、どうしてもやらなくてはいけないことがある。
「えっと、今から清木教授に電話するから、正はちょっと部屋の外にいてくれない?」
「? 今からか? というか、なんで俺が外に出る必要が?」
「ほんの少しだからさ。正がスパイかもしれないっていうのもあるし」
「むう。あんまり気分はよくないな。お前の気持ちが少しわかった」
文句を言いながらも部屋の外に出てくれる正。なんだかんだ気遣いができる男で助かる。
「さて、と」
僕はスマートフォンを取り出して電子電話帳から清木教授の番号を見つけて電話をかける。一応補足しておくと、普通の人はこの時間に電話をかけても無視されるか怒られるかだ。そもそも、清木教授の電話番号を知っているというのもおかしい。これらは僕が『防人』のリーダーだからというのが理由で許されている。もちろん、それでもこの時間に他愛のない電話を掛けたら怒られるというのも補足しておく。
プルルル、とワンコールで清木教授に電話がつながる。
『はいもしもし。どうしたの?』
「夜遅くにすみません。上木です」
『ん、分かってるよ。緊急事態?』
「いや、緊急事態ではないんですけど、明日......今日の朝までにやっておいてほしいことがあって」
『内容によるね。なに?』
「実はーーー」
僕は頭の中でまとまっているここ一週間のおかしかった出来事を簡潔に伝える。加えて、敵が何を考えているのかを推測してそれも伝える。
『---ふむ。大体、俺の考えと一緒だね。穂乃果、やっぱり明日は対策しておいたプランにしよう』
「ほ、穂乃果......って、もしかして、立花学長ですか?」
聞き間違いだろうか、今までの真剣な思考が一瞬で切り替わってしまう。
『え、うん』
当然のように肯定してくる清木教授。そりゃあ、立花学長の秘書のような立ち位置の清木教授だ。立花学長と一緒にいてもおかしいところは何もない。ないけれど、
「......あ、あの、結構夜遅いと思うんですけれど」
おかしくはないんだけれど、この時間に男女でこの時間に同じ部屋でいるというのがどうにも引っかかってしまう。
『へ? それが何か?』
しかし、どうにもそれをおかしいことと思っていないようで、気の抜けた返事をしてくる清木教授。大人ってそういうものなんだろうか。
というか、今は大事な話をしている。なのにそういう変なことを考えてはいけないだろう。まったく。
「能力で封印しようかな......」
『? 能力?』
「ああいや、なにも」
どうやら呟いてしまっていたようだ。まだ清木教授には話すときじゃないだろう。僕の能力を話すときには準備が必要なのだから。
僕は咳ばらいを一つしてから話の続きを始める。
「それで、清木教授たちには明日は一切動かないでほしいんですよ」
『駄目だ。こればっかりは上木君の意見でも通せない』
やはりこの意見は通らない。ただ、こちらとしても退くことはできない。
「でも清木教授、言わせてもらいますけど、敵は能力者です。なんの被害もなしに勝つことは難しいですよ」
『だから、俺たちが動く。君は防人としてよく働いてくれているけれども、あくまでA大学の生徒の中の一人。こちらが被害に遭う分にはいいけれども、君を危険に晒すわけにはいかない。君の考えもふくめると、どうやら敵の目的は学生の能力者みたいだし』
このまま押し切られてしまうわけにはいかない。僕は少し声を荒げながらも清木教授を説得する。
「僕たち防人なら被害を出さずに何とかできます。僕が言った通り、清木教授は動かないでください。他の生徒たちにも同じように伝えますから」
『そこまで言われても駄目だよ。それと防人に命令。『明日1日は勝手な行動を一切許さない』......いいね?』
「なら僕は防人をやめます」
僕の一言は怒鳴るように言ったわけではない。でもなぜか、今の一言はカラオケボックスの中で強く反響した。
『......わかったよ。上木蔵介、君を『防人』から外す。他のメンバーには明日伝えるから、勝手に行動して』
呆れたような声色で若干投げやり気味に僕に防人からの解雇を告げる清木教授。ただ、これは僕が望んだとおりのことだ。
「はい」
僕は返事をしてすぐに電話を切る。......これでうまくいく。
「......話は終わったようだな」
僕がスマートフォンを耳から離したのを見計らって正が個室に入ってくる。ドアは曇りガラスだけど、携帯電話をしまう所作くらいは見えるみたいだ。呼びに行く手間が省けてよかった。
「それで、どういう風にまとまったんだ......って、俺が聞くわけにはいかないか」
「まあそうだね。でも大丈夫、とりあえず一通り終わったら話すよ」
僕はスマートフォンを操作しながら返事をする。外の音も一切入ってこない静寂の空間に耐えられなかったのか正が話始める。
「あー......、結局今までの襲撃は何だったんだろうな」
「実を言うと、理由はもう分かってるけどね。それを今清木教授に話していたわけだし」
「なんだと?」
驚いた様子の正。ただ、一瞬後には熱を冷まして椅子の背もたれに体重を預ける。、
「でもまあ、話すわけにはいかない、だろう?」
「ん、そうだね」
さて、とりあえずやるべきことは終わった。僕は椅子の上に横になる。ちょっと堅めの冷たいソファ。これだと明日は体が凝っていそうだ。明日は動き回るのに、なんでこんなことに......って自業自得かな。
「それじゃあ、僕は寝るね」
「そうか。俺は歌っていたいんだが、構わないか?」
まだ歌うつもりなんだ。僕の意識が戻るまでずっと歌っていたようだし、そんなに歌って喉はつぶれないのだろうか?
「構わないよ。......あ、それと。正はできれば先に大学に戻ってくれない?」
僕は忘れかけていた頼みごとを思い出して正に頼む。一応、正に断られても大丈夫だけど、念のために正にも協力してほしいことだ。
デンモクを弄っていた正が首をかしげながら尋ねてくる。
「? 先に、ってどのくらいだ?」
「始発の電車で。僕は7時くらいに大学に着くようにするから」
「何か意味があるか? それ」
当然の疑問。というか、ちょっと端折って説明しちゃっていた。何をしてほしいか言わないと。
「意味っていうか、ちょっと朝倉君を手伝ってほしいんだよね」
「? 何か頼んでおいたのか?」
「うん。まあ詳しくは朝倉君に会って聞いてよ」
これ以上詳しく話さないスタンスの僕を見て正はあきれながらも、
「はあ、分かった。早めにここを出て朝倉を手伝えばいいんだな?」
「よろしくね」
これでやり残したことはもうない、と思う。というか、もうこれ以上やれることがない。理由はある可能性が考えられるから。その可能性というのは、盗聴器のことだ。
僕が気絶してから正が僕を助けるまでに多少時間があったはずだ。その際に僕に盗聴器を仕込まれている可能性が考えられる。正直言って僕はもうほとんど正を疑っていないのだけれど、僕に盗聴器が仕込まれている可能性があるのなら話は変わってくる。僕は正がスパイであることを疑う。そうすれば盗聴器について触れずに重要な情報を共有しない理由付けができる。さらにダメ押しに、清木教授に大事な話をすることによって本当に盗聴器に気が付いていないようなふりもした。まあ、清木教授に頼んだことは僕が本当にしてほしいことだったんだけど。これでもしも僕に盗聴器が付けられていたとしても、こちらにとって不利益になることはない。むしろこんなことに気が付かなかったやつなんて油断してくれるかも。......我ながら、完璧な作戦だ。
「へ、へへ。えへへ」
「な、なんだなんだ気味が悪い」
思わず笑ってしまっていた。僕は咳ばらいを一つしてから目を閉じる。もちろん、僕が対策しているのは『仮定』の盗聴器だ。そもそもつけられていなかったら無駄な努力だと言えるだろう。
でも、やれることはやっておきたい......いや、やれることはやっておかなくちゃいけない。それくらいの相手が敵なのだから。
『ねー、雪音ちゃんって好きな人とかいないの?』
『いきなりだね。なんで?』
『この間恋愛映画見たときに思ったの。雪音ちゃんって誰かを好きになるのかなって』
『んー、......特に、好きな人はいないかな。そっちは?』
『私はバスケ部の部長さん! かっこいいよね!』
『確かに。余裕があってすごくかっこいいよね』
『あ、倍率増やしちゃったかな?』
『安心して、好きにはなっていないから』
『それはそれでちょっと不満......』
『なにそれ』
『......雪音ちゃんのその笑顔、男の人なら放っておかないと思うけどなあ』
『な、なにそれ』
『その照れたような笑顔も。目線ちょうだーい!』
『怒るよ』
『ごめんごめん』
ーーーちょっと前の記憶。高校時代に友達とそんな話をしたのを覚えている。私に好きな人はいない。それは今も変わらず。勘違いされているかもしれないけれど、蔵介も友人という目で見ている。特に恋愛感情は持っていない。
「恋愛、か」
次の大学では私より強い能力者がいるかな? いてくれるといいな。もしもその人が男の人なら恋愛対象になるんだろうか? 全然想像もつかない。
「......はあ」
口から漏れるため息。勉強道具が広げられている机から目を背けて、スマートフォンを弄って音楽を流す。勉強は常にしておかないと困ってしまう。先生によって教え方が、学校によって教える範囲が少し違うから、今いる学校での勉強に手は抜けない。そのせいで特待生になれるほどの成績になってしまった。まあ、超能力者だから元々学費が多少免除されているけれど。
ふと空気を入れ替えたくなって窓を開ける。涼しい夜の風は部屋の空気を入れ替えてくれるけれど、私の心の中までは換気してくれない。なーんて詩人ぶっちゃったりもする。
明日はいよいよ転校。大学生活始まって最初の学校は『ハズレ』だ。......ハズレ、のはずなんだけど。
「なんで」
そんな言葉が口から漏れる。なんで少し、残念なんだろう。
この大学には清木さんに立花学長という少し前から知っている人がいるからだろうか? 蔵介という幼馴染がいるからだろうか? でも、私より強い人がいないとそこには留まりたくないというのは私の意思のはずだ。いくら知っている人がいるからって、自分の信念を曲げてまで一緒にいようとするのは今までの努力をすべて否定する行為だ。決してそんなことをしちゃいけない。
いけないのに。
「......ふう」
部屋に入ってくる風がふわりと髪を持ち上げる。なんだか、難しい話になってきちゃったな。
簡単な話のはずだった。『私を守ってくれる人を探す』。これだけ。決して間違ってはいなかった。自信を持って言える。
でも、時間が経つにつれてその考えが私を縛っていった......のだろうか? 自分でも分からない。でも、そうなんだと思う。
居心地がいい空間を見つけても、そこに私を守ってくれる人がいなかったらそこから離れる。そんなことを繰り返すたびに、時間が過ぎていくたびに、引き返しづらくなってくる。
「......贅沢だなあ、私」
ぽつりと呟く。今更考えを変えるわけにはいかない。『今までの努力と時間、居心地が良かった場所を捨てたんだ、それらを無駄にするつもりか!』。過去の自分が心の中で叫んでいる。他の誰にも言われたことがない正論だ。『悲しい正論』。それが四六時中心の内から私を責め立ててくる。居心地の空間にいても、私が私を責め立ててくる。
「......」
つーっと、自分の頬を涙が伝っているのが分かる。でも、ぬぐう気になれない。なんだか、今は泣きたい気分だ。
私、何がしたいんだろう。
しばらくの間、綺麗に輝く月を見つめながら涙を流した。
「はあ、はあ、はあ」
僕は息を切らしながらキャンパス内を走っている。灰色の空からサラサラと落ちてくる小粒の雨を体に浴びながら目指しているのは、能力者専用の寮だ。
時刻は朝の7時。始発よりも少し遅れて学校へ戻る理由は、襲撃する人がこの時間から来ていたら先に倒すため。雪音の転校手続きが朝早くから行われるのなら、わざわざ大学内にとどまっているよりも雪音の転校手続きが始まってから襲撃した方がリスクは少ないと考えている可能性がある。これもやっぱり僕が考えすぎている可能性だけど、潰せるなら潰しておきたい可能性だ。
そうは言っても、こうして遅れている間にほかの能力者が危険な目に合わせられるかもしれないと考えるだろう。それに関してはもう対策がしてある。カラオケボックスの中でスマートフォンを弄っていたのは、朝倉君に連絡しておいて、寮の外へ誰にも出ないように連絡するため。朝倉君は毎朝木刀の素振りをしているらしいので、彼に言っておけばとりあえず誰かが寮の外へ出ることはないだろう。......おそらく、あの二人を除いて。
「はあ、はあ、はあ......つ、着いた......!」
大分時間がかかってしまったが、ようやく寮にたどり着いた。今からみんなに連絡をしておかなくては。
軽く息を整えてから寮に入って、待機してもらっている食堂の扉を押す。中ではみんながご飯を食べながら待っていた。
「お、上木だ」「おい、これはどういうことだよ!」「そうだそうだ! 午前中にバイトがあるんだぞ!」「俺なんか彼女とデートがあるんだぜ!」「お前彼女いたのかよ?」「ちょっと話でもしねえか? おい」
「み、みんなごめん。今からちゃんと説明するね。.......っと、その前に。朝倉君」
「なんでござるか?」
僕はあることが確認したくて、食堂の隅にいた朝倉君に声をかけた。
「とりあえず、みんなを集めてくれてありがとね」
「礼には及ばぬ。正殿にも手伝ってもらった故。して、拙者に何か話が?」
「うん。えっと、寮の中でここに集まっていない人はいる?」
「それなら、白川殿がいないでござるね。転校手続きがあるんでござろうな。あとは」
「ん、もう一人は分かってるから大丈夫。それじゃあみんなにささっと説明しちゃうね」
そう、僕が予想していた寮に集まっていないある二人のうち一人は雪音のことだ。雪音が行う転校手続きは、出来る限り人目につかない場所で行われるらしい。理由としては単純に、雪音の転校先を誰にも知られないようにするためだ。超能力者が転校するとなったら、超能力者目的で学校に先回りされたり......まあ、いろいろ悪い要素が考えられるので秘密裏に行われるのだ。
そしてもう一人は分かっているけれど、みんなへの説明が先だろう。
「おい蔵介、そろそろ説明しろ」
話を頭の中でまとめている僕に急かして話をさせようとするのは、この間から僕を敵視している堂次郎のセリフだ。今日も僕を鋭い目つきで威圧してくる。この様子を見るに、どうにも僕への誤解は解けていないようだ。
「ごめん、少し確認したいことがあってね。それじゃあみんなを集めた理由を説明するね。えっとーー」
僕が詳しく説明しようとした瞬間、ポケットの携帯電話が音を立てながら震える。この音、は。
痛いくらいに跳ね回る心臓を抑えながら僕は携帯電話に表示されている文字を確認する。そこにはたった三文字が表示されていた。
『SOS』
「く、蔵介殿?」
自分でもひどい顔をしているのが分かる。僕は今、怒っている。ただそれだけではなく、焦燥感や緊張感も持っていて、それらの感情が綯い交ぜになって表情になっているのだ。
僕は強く唇を噛みながら頭の中でザっと発言をまとめて顔を上げる。みんなは先ほどまでの賑やかさと打って変わって、不安そうにこちらを見つめてきている。
「......いま朝倉君にはここに誰がいるのかを確認してもらっていた。なんで無理やりみんなを集めたかって言うと、ある事態が起きることが考えられたから。その事態っていうのが今通知が来た『SOS』。これは雪音からのSOSなんだ。雪音っていうのは白川雪音のことで、超能力者ね。その雪音が今SOSを出してる。それくらいの事態が起きているから、みんなは安全が確認できるまでここから出ないでほしい。そう思ってみんなを無理やり集めたんだ」
かなり大雑把な説明。でも、みんなは僕の行動を認めてくれたようだ。緊張しつつも納得したような面持ちでこちらを見つめてきている。
「蔵介はどうするんだ?」
そう尋ねてくるのは正だ。こちらは緊張というより、少し心配そうに僕を見つめている。
「僕はもちろん、雪音を助けに行く。これ以上質問がないなら助けに行くね」
「ちょ、ちょっと待って!」
すぐにでも飛び出しそうな僕を誰かが止める。立ち上がって話を始めるのは、飯野君だ。
「なに? 手短にお願いね」
「君は防人でしょ? 白川さんがSOSを出すほどの事態なんだから、白川さんは教授に任せて俺たちを守ってよ。っていうか、君が行ってもしょうがないよね?」
その発言に周りのみんなも『確かに』と納得した表情を見せる。えっと、どう説明しようかな。
「まずね、敵の正体を僕は知っているから僕が行くのが一番良い。あと、雪音ほどの能力者が襲われている事態なんだから、教授たちは僕たち一般能力者を守った方がいい。これは雪音を見捨てろっていうことじゃなくて、守るべき人間の数の問題だよ。僕がいること前提だけどね」
「君がいなかったらどうなっていたの? SOSを出している方にも助けに行って、俺たちの護衛もする。それが教授たちがやることじゃないの?」
みんなの様子を見るに、飯野君の意見を支持する人が多い。一部の人は『それはそうだよな。防人が超能力者をひいきしているみたいだぜ』などと言っている。僕はみんなの安全を優先したという話なのに、どこかおかしいとは思わないのだろうか? って、思わないか。話しているのは『飯野君』なんだし。
でもまあ、確かに飯野君の意見は筋が通っている。それが本人も分かっているからか、得意気に話を続ける。
「この事態を君が知っていたとしたら、もう教授たちには伝えてあるんだろう?」
「うん。昨日の夜にね」
「だったら教授たちも対策をしているはず。僕たちは大人しくここで「でもね、飯野君。君がいるからその作戦が使えなかったんだ」
「「「......?」」」
飯野君も含めた、みんなの目が点になる。えーっと、説明すると長くなっちゃうから手短に。
「君、今襲撃してきている組織のスパイでしょ?」
「そ、そんなわけないじゃないか! どういうことか説明してーー「ここに上木君はいるかい!?」
そんな飯野君の発言を遮ってやってきたのは清木教授と数人の大人だ。息を切らしている様子から走ってここまでやってきたようだ。実はこれは予想通り。
僕が防人を抜けると言って襲撃者のところへ行こうとするのを、電話では好きにしろと言っていたけれど、なんだかんだで止めに来ると思っていた。一応責任者だしね。
そして、この人が来るまでの繋ぎでわざと飯野君の質問に答えていた。SOSが出た時点で飛び出すこともできたのに、わざわざみんなに説明をしていた。これらは清木教授が来るまでの時間稼ぎだ。
「はい、ここにいます」
「よかった。いいかい、君は今から勝手な行動をしちゃだめだよ」
僕が返事をするとやはり教授として、生徒の安全を守る発言をする。すごく教授として頼りになるんだけど、今は他にやってほしいことがある。
「その前に、清木教授。ちょっと飯野君のスマートフォンの電話、メール、SNS全部を調べてください。能力を使って吐かせてでも」
「......どういうことだい?」
唐突な僕の要求に対して当然の返事。周りの大人も困惑している。
「彼はスパイの可能性があります。あるというか、間違いなく」
「上木、勝手な発言は控えろ。あとお前はこれから動くな」
そう僕を止めてくるのはスーツ姿の巨漢のうちの一人だ。でも、あなたにもやってもらうことがあるんです。
「えっと、数人の大人がいますね。半分はここにいる能力者を守ってください。もう半分は、次にくる『SOS』のところへ行ってください」
「上木、今からお前を動けなくしてもいいんだぞ」
殺気立つ巨漢。周りの大人も怪訝そうにこちらを見ている。自分でも信頼が得られないような発言の仕方をしているのは分かっている。でも、時間がない。時間がないんだ......!
「えっと、説明している時間がなくて......えっと、えっと」
テンパってしまう。何から説明をするべきかわからない。焦るな、ここで話すべきは......!
「清木教授、飯野の能力を教えてくれないか?」
そういって立ち上がったのは堂次郎だ。突然の質問に僕も含めて全員がキョトンとする。どういうことだろう? ............あ、そういうことか!
「飯野君の能力はたしか、『不安や緊張を感じない』っていう能力だよ。だよね?」
答えながらも確認のために飯野君に確認を取る清木教授。飯野君も黙って頷いた。
そんな清木教授にさらに質問を重ねる
「それはどうやって確認したんだ?」
「どうって、別に......何をしたわけでもないよ。能力者のテストで能力があることは分かっていたからそういう能力なんだね、で終わり」
これは特におかしい話ではないだろう。僕だって能力があるか分からないときに能力者専用の寮へ入れられているのだから、能力者のテストというのが優先されるのはそういうものなのだろう。
ただ、以上のやり取りでおかしいのは、飯野君の能力が僕たちの考えているものと違うということだ。そして、その矛盾もすでに理解できている。いるけれど、もうこれ以上は本当に時間を潰せない。
「堂次郎、もう理由は分かっているんだよね? 任せてもいい?」
「ああ。......悪かったな、今まで疑っていて」
バツが悪そうに謝ってくる堂次郎。正直気分が良い話ではなかったけれど、堂次郎の考えも理解できるし、何よりこうして謝ってくれた上に助けてくれている。僕はもう一切怒っていない。
「気にしてないよ。そういえば今度新しいゲーム機がでるよね」
「遠回しにねだってくるな。早くいけ」
「ん」
軽いやり取りをしてから僕は一つ頷いて、雨脚が強まった外へと駆け出していく。大人たちは戸惑いながらも止めなかった。
ーーーすこし前。大学の隅の方にある汚れた石造りの小屋。小屋の外壁には『火気厳禁』とだけ書かれている。はたから見ればこれはただの燃料置き場だろう。でも実はこの小屋には広い地下室がある。何に使われていたかは分からないけれど、せっかくだからということで私の転校手続きをここで行うことにした、らしい。地下室へ続く階段の前に設置して、そこの傍に護衛の能力者を一人立たせている。
「それじゃあ最終確認だけど、本当に転校する?」
木の机に向かい合わせで座っている立花学長が少し寂しそうに尋ねてくる。この人の傍にいれば、ある程度の危機からは免れることができる。『ある程度の危機』から、は。
「うん。今までそうしてきたし」
地下室の割に綺麗な白を主張しているコンクリート製の壁に私の返事が静かに反響する。
今までそうしてきた。だから、『今までで』一番いい環境であるここを捨てて、『考えうる中で』一番いい環境を探す。他の人から見たらなんて立派な向上心だろう。私から見たら、どこまで自分を縛っているのだろう。
ごちゃ混ぜになって、吐き出すこともできない感情を心の中で集めていく。そんな感情を持ちながらも歩みを止めるわけにはいかない。
「分かった、それじゃあ手続きを始める」
私の意思を感じ取ってか、立花学長が説明を始めてくれる。
「聞き飽きていると思うけど説明させてもらうね。この転校は雪音が超能力者であるという理由でのもので、国からも認められている。他の人はめったにできない芸当でーー」
今まで通り聞き飽きた説明を受けながら手続きを済ませていく。しばらく時間が経ったころ、ドサリと階段の方で重たいものが地面に落ちたような音がする。
「......! 糸!」
「--ふっ!」
立花学長の切羽詰まったような声。それを聞いた瞬間私は階段に向けて能力を使っていた。例えるなら電柱のように太くて硬く、長いものを鞭のようにしならせて振るわれたような、大きな衝撃が階段にぶつかる。もちろん、私の能力だ。
パラパラと砕けたコンクリートがあたりに飛び散る。何かに当たったような感覚はない。私は立花学長をかばうように立ち上がる。
「これ、まずい」
私の背に隠れている立花学長が呟く。どういうことだろう。
「なにがまずいの?」
「雪音、防犯ブザーは持っている?」
私の質問には答えずに質問を重ねてくる立花学長。持っているけれど......
「これって蔵介に連絡が行くんでしょ?」
念のためにいつも持ち歩いている小さな機械をポケットから取り出して立花学長に見せる。
「蔵介をよんで何とかなる?」
「いいから押して」
一切反論を感じさせないような声色。でも、そんな簡単に押してしまっていいのだろうか? 立花学長がこれを押せと言っているということは、この状況に助けが欲しいということ、つまり私では何とかできなさそうな敵がいるということだ。そんな敵と蔵介を戦わせるというのはどうも気が引ける。
そんな風になかなか防犯ブザーを押さない私を見て焦れったくなったのか、私から奪うように防犯ブザーを取り上げて迷いなくスイッチを押す立花学長。
「く、蔵介が危ない目に遭っちゃうよ?」
少し戸惑っているのが自分でも分かる。蔵介が危ない目に遭うというのが自分の今置かれている状況よりも怖いと思っているのだろうか?
そんな不安を抱えている私に立花学長が言う。
「大丈夫。これはきっと上木が望んていることだって......清治が言ってたから」
どういうことだろう。その質問を投げかける前に立花学長が声を張り上げる。
「糸が来た!」
「--やぁ!」
私は声を上げながらやはり階段に向かって能力をぶつける。先ほどと同じように感じられない手応え。ただ、今回はそれに加えて私の体に異変が起きる。
「体が......!」
グッとどこかに向かって引き寄せられる。お腹の辺りからグイっと引っ張られるような感覚。当然お腹を見ても何かが巻き付いているわけではない。
「これ、もしかしてあいつの能力......ってことは、やっぱり」
ちらりと立花学長の表情を見るとかなり青ざめている。この能力を知っているのだろう。そして、青ざめているということはかなり危険な状況ということ。......これは、まずいみたい。
私は引っ張られる場所に向かって大きく能力を使う。
「『サイコキネシス』!!」
目の前が歪むほど大きな衝撃。階段から部屋への入口付近の天井、壁、床をえぐり取っていく。階段はもう元の形を成していない。そんなことは気にせずとにかく引き寄せられている方向へ力を行使する。ただしこれは牽制だ。とにかく超能力を印象付けるための牽制。
天井をえぐり、壁をえぐり、階段を壊し......そうしていると、引き寄せられる力がなくなった。視界は粉々になったコンクリートの砂埃で見えづらくなっている。今しかない。
「え? 雪音!?」
「先に逃げて!」
私は超能力を使って立花学長を持ち上げて、出口に向かって運び始める。この視界の悪さだ、何かが飛んで来たら敵はよけることに専念するだろう。その考えがあったのか、体を引っ張る能力がなくなった。
大体の感覚で小屋の外まで立花学長を運ぶ。感覚というのはここに入るまでにどのような道をたどったのかを思い出してできる限り早く外へ運び出す......目を閉じたままやるイライラ棒とでもいえばわかりやすいだろうか? まあ距離もそんなになかったし運ぶのは難しくない。
問題はこれから立花学長が青ざめるほどの敵を相手にしなくちゃいけないっていうことなんだけど......。
「やれる、はず」
私は誰に言うでもなく呟く。やらなくちゃ。だって私は、『超能力者』なんだから。
そんな風に全神経を入り口に集中させていると、何かが飛んでくる。当然能力で弾く、が、弾かれた何かが視界の端で妙な動きを見せる。
「!」
ピッと私の顔を通り抜ける何か。カラン、カランと力なく床に落ちたそれらに視線を飛ばす。私に向けて飛ばされていたものは、ナイフだった。それが、2つ。
「......」
どっと汗が噴き出すのが自分でも分かった。もちろんナイフが飛んできたこと、つまりは命が狙われているということに汗が噴き出したのもあるけれど、それだけじゃない。
先ほど視界の端で動いたのは間違いなくナイフだろう。ただ、飛んできたナイフは1本だった。それが分裂して私を襲ってきた。これはもう間違いなく『能力』だ。
ただ、私はこのナイフに襲われる前に何かに引き寄せられていた。これも『能力』。人間は必ず1つしか能力を持てない。つまり、能力者が2人いる。これを理解した瞬間に冷や汗が噴き出したのだ。
でも、やられっぱなしでいるわけにはいかない。敵の姿が今見えないのは出入り口が小さいから。階段の上の方にいればこちらから敵の姿は見えない。ただ、逆に言えばここを守っていれば敵がこちらに接触することはない。時間を稼ぐことはできる。
そうと決まれば。私は出入り口から飛んでくるナイフにだけ集中して能力を使う。飛んでくるナイフは階段の上から飛んできて分裂する。これで出入り口から私に向かって飛んでくるナイフが完成する。さっきはこれを弾いたことで分裂してきてしまった。なので、次は能力で『つかむ』。空中でぴたりと一切動かなくなったナイフ。それをゆっくりと地面に下ろしても、特に分裂はしない。これなら問題なく対処できそうだ。
その後も何本も飛んでくるナイフ。そのすべてが無意味に地面に転がる。一本ずつではなく数本まとめてこちらに投げられても問題ない。まとめて能力でつかむことだって難しくはない。もう飛んでくるナイフは脅威じゃない。
そうして対処法を見つけたところで、先ほどまでなかった体を引っ張る力が再びお腹に掛かってくる。正直、踏ん張ればその場で止まっていることはできる。できるけれど、ナイフの能力の対処法が分かった。体を引っ張る能力も、言ってしまえばそこまでだろう。
「なら!」
私はあえて体を引っ張る方向へ足を進める。今まで出入り口の小ささで見えなかった階段の上の方、まだ私の能力を受けていない場所がだんだん見えてくる。誰か人がいた瞬間に全員倒す。
ドクン、ドクンと心臓がうるさい。大丈夫、私の方が早く攻撃できる。今も飛んできているナイフを止めることができている。大丈夫。
視界は狭まり、呼吸は浅くなってしまう。頭がボーっとするような熱を感じながら、歩みを進める。普通に歩くより速度が大きいはずなのに、やけにゆっくりに感じられる。
......足元が見えた。やっぱり予想通り二人......じゃない。『三人目』がいる! 早く最高火力を叩き込まないと!
「ーーーサイコキ「隙だらけ」
私の声に被せるような呟きは、私の背後から聞こえた。
「ふぇ?」
そんな間抜けな自分の呟きが自分の耳に届く前に、意識が落ちた。
これって字数を稼いでいることになってしまうんでしょうか......? あんまりまとめをしないのでわかりません。




