12話
「いやあ、疲れた」
「お疲れ」
今度は僕が堂次郎に飲み物を渡す。さっきの疲れ具合から言って、紅茶を渡したら駄目だろうということでスポーツドリンクを渡す。
「おお、サンキュ」
早速蓋を開けて一気に口に含む堂次郎。ゴキュゴキュと一気に500mlを飲み干した。
「いやー、インドアには辛い戦いだったぜ」
「それはそうだろうね」
3分間動きっぱなしなうえ、攻撃を喰らった時点で敗北という緊張感。僕だってどちらかと言えばインドア派、3分持つかと言われたら自信をもってYESと答えられない。
そんな話を二人でしていると、堂次郎が色々な人から話しかけられる。
「お前が高見か」「さっきの試合、面白かったぜ!」「どんな能力なんだよ!」
僕はお邪魔かな。無能力者は一旦退こうかな。
えっと、次は正の試合だ。あいつはどんな能力を持っているんだろうなあ。
堂次郎から少し離れた場所に移動している途中、催してしまった。始まるまでまだ時間ありそうだし、トイレに行っても正の試合は見られるだろう。
トイレに向かうと、中から何やら話し声が聞こえてくる。
「......はあ、才能って奴だよなあ」「だな。なんていうか、不公平だぜ」
トイレに行くと、そんな声が聞こえてくる。ここにいるということは、能力者のはずだ。そんな彼らでも不公平という言葉を使うんだなあ。
まあ、僕が顔を見せても特に問題ないだろう。もし無能力者が気に入らないって奴だったら、なにもされなくても顔を見せようとは思わない。今回は違ったけど。
「お、上木だ」
「どした?」
まったくとまではいわないけど、顔や体格がほとんど似ている男二人が同時に振り向いてきた。双子かな?
「どした? って、トイレに決まっているじゃないか」
「そりゃそうか」
「それにしても、お前も大変だよな」
「大変?」
「ああ、無能力者なのに能力者との共同生活を強いられて。さらに能力者に目を点けられてさ」
「俺たちはお前を嫌っていないが、どうしても嫌いって奴はいるもんだな」
「まあ、あんまり無理すんなよ、上木」
「あ、うん。ありがと」
笑いながら出ていく二人。なんだろう、意外と良い人が多いなあ。いや、意外とか言ったら失礼だけど。
二人が出て行ってから用を足し終わり手を洗っていると、違和感を感じる。
「......? なんか、暑いなあ」
来ているシャツの胸元を軽くつまんで空気を入れる。だけど全然暑さが和らがない。むしろ、どんどん暑くなっていっているような......?
「二谷兄弟。お前たちにはここで倒れてもらう」
「不意打ちを外したくせに随分と偉そうな口を利くな」
「二体一が卑怯とは言わせないぜ、不意打ち野郎」
首をかしげながらトイレから出ようとすると、何やら不穏な雰囲気。僕は慌ててトイレ内に戻り、様子を窺う。どうやら、先ほどトイレにいた二人、二谷君たちと誰かが闘うようだ。
「まったく......工藤、いきなり攻撃してくるなよ」
「なんか俺たちに用事か? だったら普通に話しかけてほしいんだが」
「そうだね、俺の邪魔になりそうだからさ」
「邪魔って言われてもな」
「お前が何を企んでいても構わないんだが?」
「いや、絶対に俺の邪魔をしてくる。だからここで倒させてもらおうか」
一気に気温が上がったのが分かる。サウナにいるように熱い。こんな力、工藤君にはなかったのに。
「ったく、お前、馬鹿じゃねえのか?」
「俺たちを倒しても、白川と闘えるってわけじゃないぜ?」
「関係ない。俺は絶対に、白川さんを殺す」
......は? 『殺す』、だって? なんで、雪音を殺すって話になるんだ?
暑さで流れていた汗が一気に引いていく。
「大体、君たちだって思うだろう? 俺たちと白川さん。あんなに大切にされて、色々な人に頼られて......。才能って奴のせいで不公平だとは思わないかい?」
「それは勿論思うさ。だけど、だからって殺そうとは思わない」
「殺そうとは思わない。それは当たり前の考えだろ。その分きっと白川は大変な思いをしているんだからな」
「ふん、話が通じないようだね。なら、白川さんと闘って殺すためにも君たちにはここで戦闘不能になってもらう」
......なんで、雪音がそんな目に遭わなくちゃいけないんだ。普通の女の子なのに、超能力を持っているってだけで、みんなに疎まれて......。
僕はなんだかイライラして、やるせなくて、トイレの壁を殴った。もちろん、何か起きるわけではないけど。拳に伝わる痛みに顔をしかめていると、聞き覚えのある声が。
「ごめん、トイレ使っても大丈夫?」
この声は、雪音だ。
「......ちょうどいい、白川さん。ここで俺と闘ってくれないかい?」
「いやだ」
一瞬の躊躇もせずに即答する雪音。ここで闘うとか言い出さなくてよかったけれど、雪音断ったことが当然ながら工藤君にとって面白くないのだろう、雰囲気はあまりよくない。
「理由を聞かせてもらっても?」
「だって、あなた達は私と闘いたくてトーナメントを行っているんでしょ? 申し訳ないけど、ここで優勝者にしか与えられない特権を与えるつもりはないんだ」
「随分、自分の実力を過大評価しているんだね。自分に価値があると思ってるんだ?」
「うん。だって、主催者が私と闘うことを優勝賞品にするくらいだからね」
「ふん、自惚れすぎていると足元を「なにより、監視してくれるスタッフさんがいないここでやったら、殺しちゃうかもしれないもん」
思わず、背筋が凍った。盗み聞きしている僕からみんなの表情は見えないけれど、 雪音の声色からして、雪音は微笑んでいる。でも、それ以外の三人はきっと笑ってなんかいない。
5秒ほど、遠くのみんなの喧騒が聞こえてくるくらいの沈黙。それから、雪音が口を開いた。
「それで、トイレ、使ってもいい?」
「......どうぞ。トイレの所有権は俺たちにはないからね」
「それはそうだね。それじゃあね」
しばらくしてから、二谷君たちが口を開いた。
「あー、悪いが、俺たちは行くぜ」
「工藤、不公平と思うお前の気持ちは分かるけどよ、あんまりピリピリすんなよ」
「ちょっと待て「待たねーよ。じゃあな」
二谷君たちは去っていったのだろう。僕も少し待ってからトイレから出ていくと、そこにはもう工藤君たちはいなかった。
「ねえ、あんた。無能力者の上木でしょ?」
工藤君の私怨がひどい。