138話
『あれ、いったん止まった?』『アドリブかな?』『もっと楽しませてくれー!』
観客がどよめき始める。俺たちの戦いの異質さに気づいたというよりは、ちょっと不満そうな雰囲気だが。
「観客の期待には応えんとのぅ。ほれ!」
僕の背なかに向かって刀を抜いて突進してくる河内。それに対応してくれるのは朝倉だ。
「もう少し構ってほしいでござるよ」
チラリと後ろ目で見れば、朝倉に向かって振るわれる日本刀を木刀で側面から叩き、反撃に移り変わっているところだった。
「よそ見はいけませんよ」
一瞬目を離した俺に向かって間合いを詰めてくる塩見とかいう男。
「男の嫉妬は見苦しいぜ」
スッと素早く攻撃を躱し軽いジャブを返せば、上体を逸らして躱され。体勢を戻した男の横蹴りが飛んでくる。片腕でそれを防いでから脚を脇に抱えて、お返しに前蹴りを繰り出せば、上手く塩見の腹にクリーンヒットする。
「ぐ、やりますね......!」
片腕で男の体重を抱えきることはできないので、一旦手を離す。代わりに態勢を整えさせる前に攻撃をしようとしたとき。
「! 蔵介殿、後ろでござる!」
「あ? ーーーうぉあ!」
朝倉の声に反応して振り返れば、突進してくる河内の間合いに入っていた。
バービースクワットのように、その場に腕立て伏せのような形で屈む。俺の後頭部を凶器が通り抜けていく感覚がする。どうやらやり過ごせたようだ、そう考えた俺が立ち上がると同時に、
「油断じゃな」
「なーーー」
二度目の太刀が俺の眼前に迫っていた。
「『かまいたち』!」
それを払いのけてくれたのが、朝倉の攻撃。
「おとと、一筋縄ではいかんのう」
苦笑しながら刀を鞘に納める河内。
「何があった、朝倉」
俺は敵から目を逸らさずに朝倉に事情を聴く。というのは、朝倉と刀の重ねあいをして俺の方へ攻撃できる余裕があるとは思えない。予想できない動きで朝倉を翻弄したに違いない、そう考えたのだ。
「あの男、空中で動きを止めることが出来るようでござる」
「......なるほど、理解した」
能力者との闘いで大切なことは、まず聞いたことを全て受け入れること。そして、辻褄を合わせるのだ。
フルスピードのバイクほどのスピードで攻撃してくる。その推進力を上に使えるというのは不思議ではない。
そして、その推進力のオンオフを早くすれば空中にとどまることが出来るというわけか。
さらに言えば、俺の上を通り過ぎてからも足を対象から反対方向に向ければ、再度突進が可能。プールの折り返しで壁を蹴るように、空中で態勢を変えて逆方向に推進力を得たのだろう。
「おっけー、理解した。この劇とやらもさっさと終わらせるぞ!」
「承知」
お互いに態勢を立て直したところから、再度間合いを詰めあう。
「『かまいたち』」
二度、朝倉がその場で素早く木刀を振るう。それに合わせて河内と塩見の両方が身構える。二人同時に攻撃を仕掛けたと考えたようだ。
ただ、実際は違う。
「む!」
どちらの攻撃も塩見を狙ったものだ。河内も攻撃に備えていたので対応が遅れる。
朝倉が能力を使うと同時に走り出していた俺の間合いに簡単に入る塩見。体勢を崩したところなら簡単に倒せる。
「河内さん、こちらは大丈夫です!」
それだけ言うと、一歩後退した塩見が拳を握る。
「「ーーーっふ!」」
塩見の顔に向かって拳を二度繰り出す。一発は手で弾かれ、二発目は状態逸らしでやり過ごされる。その動きが見える頃にはカウンターを考え始める。
『おいおい、どっちが倒れるんだ?』『まったく終わりが分かりませんね......』
集中しきっている俺の耳を通り抜ける観客のどよめき。逸らした状態を戻しながらの大振りのパンチ。速度に対応しきれずに攻撃を受け止める結果になった。
「ってぇ......!」
クロスした腕で攻撃を止めてから、前蹴り。何とか足が当たるが、そこまでのダメージは与えられない。
鈍い痛みを感じながら出方を伺っていると、塩見の表情が少し曇る。
「........河内さん、長引きすぎです! 決めてください!」
塩見がステージの反対側にいる河内に投げかけたその言葉で一気に今の状況を理解する。が、それを言語化するよりも先に全身から嫌な汗が噴き出る。
「やれやれ、まだ楽しみたかったが仕方がないのう」
ーーー殺気。正体は分からずとも、全身のアラートが無理やり大音量で鳴り響く感覚。
朝倉は木刀を構えて河内の攻撃に備えている。その表情には少し余裕がある。おそらく一撃目をやり過ごして、先ほど俺がやられたような二度目の攻撃に備えているのだろう。
ただ、それじゃまずい。根拠があるとしたなら、相手が犯罪者であること。何をされるか分からないけれど、間違いなく朝倉を殺せる。そんな雰囲気を感じる。
「ーーー参る」
これは俺の勝手な判断。塩見に背を向けて、朝倉の前に一歩出て体を硬化させる。
「!? 蔵介ど「『居合、一薙ぎ(ひとなぎ)』」
ギン! とまさに目で追えないほどの速度で腹部に衝撃が加わる。朝倉を巻き込んでそのまま倒れる。
「! このーーー「待て、起きるな」
すぐに立ち上がろうとする朝倉を押さえつけながら、小声で話しかける。
「このままなら相手は立ち去るはず」
俺がそう朝倉に伝えてからほんの1秒後に、拍手と歓声が上がる。
『すごい迫力だった!』『いや、まったく仕掛けが分からないことだらけだ!』『また見たいです!』
「......見抜かれた、かのぅ?」
「ええ。まったく、どこまでも侮れない相手です」
ぼそぼそと河内と塩見が話し合ったと思えば、塩見が裏からマイクを取り出して観衆に語り始める。それに合わせて俺と朝倉も立ち上がる。
『えー、ご鑑賞いただきましてありがとうございました。改めて私を含めた劇員の皆さまに拍手をお願いします』
割れんばかりの拍手。それに合わせて河内がステージから降りていく。
「みんな、たった今大広間から外に出て行った男は相手にするな。下手したら殺される」
俺は胸元のスマートフォンに声をかける。戦闘中もつけっぱなしだったものだ。
『彼は助っ人として来てくださった方です。そして、この二人はこの旅館のスタッフの方です。今回、快くやられ役を演じてくださいました』
「どもっす」
適当に頭を下げて、朝倉と一緒にステージから降りる。
『それでは長くなってしまいましたが、本日の演目は終了です。最後までお食事をお楽しみください』
その言葉を背に、大広間を後にする。そんな僕らのもとに駆け寄ってくるのは、この旅館のスタッフさんだ。
「ちょっと、大丈夫だった?」
「うす。ちょっとアドリブで頼まれて」
「......まあ、なにもなくてよかったよ。幸助君も、久しぶりだね」
「どうもでござる。ただ、蔵介殿も拙者も疲れたので、少し早めに二人で休んでよいだろうか?」
「もちろん。あとは片付けだけだからね。大野君と矢野君に頼むよ」
一応だが、大野と矢野は俺の無能力者の友達だ。この二人と入れ違いで休めるのはありがたい。能力についても話が出来るしな。
「それでは、お先に失礼します」
「うん、お疲れ様」
俺と朝倉は大広間を後に、自室へ戻った。
「ーーークソ! やられた!」
部屋に戻って開口一番、俺はベッドに向かって拳を叩き込んだ。あぁ、イライラする!
もう面倒だ、説明は元の俺にやってもらうとしよう。
「蔵介殿、説明してほしいでござる」
「ーーーなに、単純な話だよ。彼らは欲しかった情報を得ることもできたし勧誘活動もできた。さらに、相手を追撃することもできない。つまり、僕らは敗北したのさ」
「それだけでは分からんだろ」
そう言いながら部屋に入ってきたのは正だ。作務衣ではなく、部屋着に着替えている。どうやら先に仕事を終えており、僕らの様子を通話状態にしているアプリから聞いていたようだ。
「順を追って説明してくれ、何がどうなったんだ?」
音声だけではよく分からなかった。そう言う正に説明を始める。
「まず河内と呼ばれていた男の能力は『バイクのトップスピードと同じくらいの推進力を得る』なんだけれど、ここで大事なのが『得る』なんだよ」
「つまり、他のスピードがあったら」
「その分加算される、ということでござるか」
「そう。今までもそこそこのスピードで攻撃してきていたけれど、それに慣れたころにもっと速いスピードで止めを刺す。確実に『殺す』ための戦闘方法だったんだ」
「......蔵介、おまえは良く対応できたな?」
「対応できたかと言えば怪しいけれど、そういう人たちといっぱい闘ってきたからね。僕の能力もそういう人たちと相性がいいし」
「それで、もう一人の能力は......?」
「その場を『劇場』にする能力だろうね。対象にする条件は分からないけれど。ただ、重要なのが二つ。『時間制限がある』ことと、『勝敗が決定するまでの劇である』ということ」
「そんなもん、『降参』って勝手に言えばいいんじゃねえのか?」
「それで決着つくかなあ。ある程度の説得力がある決着が必要だと思うけど......まあ、そんな感じ。それでこの二人の能力と闘ってたわけだけど」
「負けた、でござるね」
「ふむ。負けたって言ってたけど、それは『劇で』って意味じゃねえよな?」
「違うよ。ぶっ飛ばすよ」
「八つ当たりはやめるでござる。して、『負けた』というのは?」
「僕の能力がバレたことと、敵の能力者どちらも捕まえられなかったということかな」
「そんなの、あの場でとっ捕まえちまえば」
「そんな山賊みたいな発想しないでよ。いい? あの場の人間は『劇』って思ってるんだよ? なのに能力者を捕まえだしたら」
「無能力者に能力者の存在がバレてしまうからできない、と」
「さらに言えば、明らかにおかしい現象が何度も起きているので、隠れている能力者がいたら『能力』という存在に気が付くと」
「そそ。そして仕切っていた塩見とただのバイトの僕ら。どっちに能力について確かめるかと言ったら」
「ツアーの案内人という肩書がある塩見ってわけか」
「社会的地位の差が出たね」
「重く受け止めすぎでござるよ」
「そして河内とかいう犯罪者を捕まえようとすれば」
「ただじゃすまなかっただろうね。それこそ殺されちゃっていたりしたかも」
「......ま、まあこういう時はご飯でござる」
「腹減ってんだろ? 近くに旨そうな飯屋があったぜ?」
「はぁ、慰めてくれてありがとね」
「俺は慰めとかじゃなくて、純粋にその飯屋が気になっていただけだがな」
「そういうのは思っていても言わないほうがいいよ」
まあ正と朝倉君の言うとおりだ。いったんここは気分転換でもするとしよう。
作務衣から動きやすい私服に着替えた僕ら(朝倉君は甚兵衛のままだけど)は、正が案内してくれたご飯屋さんに向かうのだった。
均衡が、相手へと傾き始めたと言えます。