11話
さて、そんな僕個人の感情は置いておいて。朝倉は酔っているとは思えない速度で堂次郎との間合いを詰める。速い。確かに速いけれど、言ってしまえば僕の目で追える。これが朝倉の能力というわけではなさそうだけど......。
一方堂次郎は表情を緩めて次の一手を待っている。と言っても次の一手が出てくるまで1,2秒だろう。それでも確かに堂次郎が朝倉の攻撃を待っているのが分かる。体を軽く揺らして、攻撃に当たらないという勝利条件なのに後方に動こうとしない。
朝倉も同様に表情が緩んでいた。だが、一瞬で表情が一気に引き締まる。いつの間にか構えられていた木刀の一振り目。腰を落として、足はしっかりと踏み込まれている。木刀の切っ先が床に触れるか触れないかといったギリギリの位置から堂次郎の腰から肩にかけて木刀を振るった。
堂次郎は木刀の軌道を完全に見切ることができたようだ、上体を反らし、得意げな顔を浮かべ、......そして、表情をこわばらせた。素早く屈み、足払いを仕掛ける。攻撃を受けるとは思っていなかったのか二振り目の途中だった朝倉は直に足払いを受ける。
「おっとっと......」
尻もちをつきながら苦笑いをする朝倉。
「グガ!?」
一方、堂次郎の大分後ろにいた能力者が驚きながら倒れる。学生ではなく暴走を止めるためにいた人だが......。頭から血を流して倒れた。
「なんだなんだ?」「大丈夫か?」「ああ、問題ない」「そうは言っても血が出ている」
『すみません、一旦試合を止めてください』
会場がざわつく。自分たちが能力者であるということが、この不思議な現象を真実にして、恐怖に変えている。もちろん僕も少し怖い。
『皆さん、原因は分かっています。これは、朝倉さんの能力ですので。けが人を出したのは完全にこちらの落ち度です。朝倉さんと高見さんはもう少しお待ちください』
一方的にアナウンスされる。なるほど、これは朝倉の能力なんだ。僕は一切分からなかったけれど、堂次郎は明らかに何かに気づいて、それを避ける動きをしていた。5分間攻撃を避け続けるというのも勝算あっての話だと改めて認識させられる。
「攻撃を避けることがそなたの勝利条件では?」
「俺から攻撃しないなんて言ったか?」
「ふむう。では、こちらも体術を使ってよろしいでござるか?」
「もちろん。俺にとってはそっちのほうが嬉しい」
「まあ、拙者は体術はあまり鍛えていないでござるが」
「まあ、やりたいようにやればいいさ」
『お待たせしました。スタッフの皆さんも気を抜かずに。それでは、試合再開です』
立花学長のアナウンスで再開される試合。朝倉は後方に下がって刀を振るう。素振りだろうか? そんな僕の考えに対して、その素振りの軌道を避けるように堂次郎が体を動かす。これは、もしかしてだけど。
「ねえ正、朝倉の能力って」
「ああ。多分、あいつの振った木刀から同じ軌道でかまいたちみたいなものが出るんだろうな。どうして高見が気づいたかは分からないが」
確かに、今意識をしてみれば何となく朝倉が木刀を振った後に空間がゆがんで見える気がする。だけど、それは意識をしないと分からないほどのゆがみ。気がつけと言うのはかなり難しい話だ。
そう考えている間にも試合は動き続ける。とにかく木刀を振るう速度が速い朝倉。それに対して体術で刀を振るうのを邪魔しようとする堂次郎が刀と能力によるかまいたちを躱しながら朝倉に接近していく。朝倉はそれに対して距離を取って刀を振るう。だが、どうしても二刀目が振るえない。それもそのはず、二刀目を振るって当てられなければ一気に接近されてしまい、また体術で邪魔される間合いに入られてしまう。さらに言えば、獲物を扱っているが故の弱点である獲物を失うこと、木刀を奪われる可能性だってある。そう考えると、確実に一振りして距離を取るという戦い方は間違いではないはずだ。
攻撃を当てなければいけない朝倉が距離をとり、攻撃を避けなければいけない堂次郎が距離を詰めるという面白い構造になっている。
「おいおい、面白い戦いだな」「高見ってあの体形で結構動けるんだな」「朝倉も酔っているように見えたのに動けてるぜ」「俺なんか酒飲んだらすぐ寝ちまうぜ」「全くだ。それでいながらあの刀の振りの速さはすごいな」
周りの学生も二人の試合を楽しそうに眺めている。先ほどまでの試合はどうやらすぐに終わってしまったようで、この試合のように楽しい試合はなかったようだ。もちろん僕の試合も含めて。ちらりと雪音の方を見ると、雪音も少し興味があるようで二人の試合を眺めていた。
そんな面白い試合は、試合が始まってちょうど3分経ったところで決着がついてしまう。
「グはあ!」
「ようやく、やったでござるね......」
『そこまで! 勝者、朝倉幸助!』
堂次郎が能力によるかまいたちを喰らって倒れる。そこに立花学長が試合が終わったことを宣言する。
分かりやすくするためにかまいたちとは言ったが、別にどこかが切れたわけではない。どちらかというとなにかで殴られた感じだ。
そんなことより。倒れこんだ堂次郎は痛みというよりスタミナ切れに苦しまされているようだ。一方朝倉はあまり息が切れていないようで、額を流れている汗を腕で拭っていた。
「はあ、はあ」
「いやあ、やるでござるねえ」
何やら朝倉が堂次郎に話しかけている。堂次郎は答えているのだろうか?
「さすがに焦ったでござるよ」
「はあ、はあ」
「どうして拙者の能力に気が付いたでござるか?」
「はあ、はあ、は、オエッ」
「もしよければそなたの能力を教えてほしいのでござるが」
「はあ、は、ゲホッゲホ」
「......申し訳ない、拙者、そなたに酸素を吸わせるところを邪魔しているようでござるな。あとでゆっくり話すでごわす」
「オエエッ! ゲホ! ......スウウウウウウウ!」
堂次郎の酸素を吸う音、ここまで聞こえてくる。
もう堂次郎が主人公でいいんじゃないかな。