135話
昨日能力者から変なアンケートを受けて。その後夜は特に襲撃がなく、雪音と一緒にご飯を食べてから分かれて。もちろん翌日も業務があるので、早めに就寝した。
その翌日。今日は午前から夕飯の準備までの仕事ということで、早速働き始めている。
仕事も単純作業に近くなり、他のことを考える余裕もできてきた。
そんなこんなで考え事をしながら備品を運んでいると、ちょうど受付にいた花さんに呼び止められる。
「上木さん、お客様がいらっしゃっています」
「? ぼ、僕宛ですか?」
えぇ、と頷く花さん。人違いとかの可能性もありそうだけれど、実際に会ってみないと間違えているかどうか分からないよね。
「お客様は待機スペースでお待ちです。備品はこちらで運んでおきますので、そちらへ伺ってください」
「あ、はい。分かりました」
備品を邪魔にならないところへ一旦置いてから、待合席に向かう。うーん、唯一思い当たる人はいるんだけれど、わざわざ直接話に来るとは思えないし......。
「やあ、上木。こっちだ」
考えながら待合席に着くと、早速声を掛けられる。高身長で体格もよく、スーツ姿が似合っているビジネスショートの男性。尾立さんがこちらに手を振っていた。
「どうも、何をしに来たんですか?」
一応僕は働いている身。一緒に座って話を聞くとなると周りから怪しまれるだろう。尾立さんもそれを理解していて、長話をする気はなさそうだ。
「なに、進捗報告だ。ビジネスマンの基本だな」
「小松菜でしたっけ?」
「......? .......ああ、ホウレンソウのことだ。分かり辛いボケをしないでくれたまえ」
「そ、そう。ボケたんですよ」
「まったく、清治は甘やかしすぎている気もするな......。とりあえず、さっさと報告させてもらおう」
尾立さんがメモ帳を手にして話し出そうとする前に問いかける。
「あの、こちらの方は?」
僕と尾立さんの話を遮ることなく、ニコニコと話を聞いている女の子がいた。
ピンク色の長い髪の毛に、まん丸な瞳。口角が常に持ち上がっている、白いワンピース姿の可愛い女の子だ。
「えっと、尾立さんのお子さんですか?」
「はぁ、レディの前で失礼な言動だな、上木」
それってどういう意味です? そう聞く前に、女の子が口を開く。
「いいよ、灯軌さん。初めまして上木くん。尾立萌音だよ」
「尾立......って、尾立さんの奥さんですか?」
「うん、そうだよ」
屈託なく笑う女性の左手に注目すると、確かに薬指にアクセサリーが着けられていた。
......ふぅ。
「尾立さん。仕事が忙しいのはわかります。ストレスも溜まっているでしょう。ですが、子供好きをここまで拗らせてしまっているなら、清木教授に相談してもよかったんじゃ「どこまでも失礼だな、君は」
もう埒が明かないと思ったのか、尾立さんが話し出す。
「まず、予定から送れなくβ大学を無力化できそうだ。約束通り、明後日の夜は安全になるだろう」
「お、嬉しい報せですね」
「君たちの方も大分目立ってくれたようだな。敵もかかりきりになってくれていたようだ」
「何もしてない......っていうわけでもないか。もっと褒めてください」
「調子には乗らないこと。さて、話はこんなものかな。あとは、今日襲ってくる敵に注意してくれと言ったところだ」
「? なんで今日だけ......」
「これ以上は話せない。ほら、受け取りたまえ」
ピっとメモ帳の紙を一枚切り取った尾立さんが、それを僕に渡してくる。えっと?
「いいかい、この後のお昼休憩で必ず中身を見ること。君は忘れっぽいようだから」
「? よくわからないですけれど、分かりました」
「......ふむ。まあよくやってくれているのは事実だ。最後まで気を抜かないように」
それだけ言うと、席から立ちあがってエントランスへ向かいだす尾立さん。
「それじゃあ、また」
「じゃあね、上木くん」
「あ、はい。また」
お辞儀をして、旅館を後にする尾立さんを見送る。うーん、なんだったのだろうか......。
頭に? を抱えた僕が仕事に戻ろうとすると、ちょうどお昼休憩の時間になった。渡されたメモのことも気になるし、このまま休憩に入らせてもらおう。
僕はそのままの脚でバックヤードに向かった。
『こちらの鎮圧が順調なのは間違いない。ただ、厄介な話がある』
今日は賄いの昼食ではなく、コンビニのパン。お昼休憩になると同時にすぐに買いに行ったものだ。
パンをほおばりながら渡されたメモ帳を読み始めると、早速不穏な一言が書いてあった。
『俺の存在はβ大学にバレてしまっている。まあ一度顔を合わせているからこれは問題ない。問題なのは、A大学の君と俺がつながっていることがバレてしまう可能性があるということ』
僕と尾立さんが繋がっている。つまり、『防人』というA大学の能力者集団もβ大学に牙をむいていることに気づかれてしまうということだ。いや別に、ほっといてくれれば牙を剥いたりしないんだけれどね。
そして牙を剥いている『防人』を消そうと動く可能性があると。.....いや、違う。A大学の人を襲いに来ているのだから、雪音や高原さん、強いては無能力者の二人も襲われてしまう可能性があるのか。
『これを確認するためにβ大学の手練れが君たちを襲いに行く。犯罪者を連れてね』
「ゴホ!」
思わず、頬張っていたパンを噴き出してしまう。は、犯罪者ぁ!?
『これの対抗策で大量の能力者を備えてしまうと、繋がっていることがバレてしまい、A大学の面々に危害が加わってしまう』
な、なんかまずい状況じゃない? 手練れを用意されたのなら、僕らも相応の人数で立ち向かうしかないんだけれど、それをするとほかの人たちに危害が加わってしまう。
『なので、今夜は君ともう一人で抑えられるように頑張ってくれたまえ。本当に危なさそうなら、電話をかけてくれ。私が対処しよう。健闘を祈る』
んー、どうしたものかな。一応襲われたら追い返すことが出来ると思うけれど、犯罪者となれば話は別だ。
今までの敵の目的もなんとなく分かっているのだけれど、今回の目的は『上木蔵介の始末』に切り替わっている可能性がある。
「............ん、こいつって......」
メモ帳を眺めていると、襲ってくるであろう犯罪者の名前が書かれていた。簡単に検索してみると、『刃物による殺害』と書かれている。
刃物相手の能力者の対抗馬......。最適な人がいるね。
「よし」
僕は飲み物を一口飲んでから、朝倉君に電話を掛ける。大人の無茶ぶりにも対応して見せよう。
いくつかの思考が交差しあう......そして巻き込まれる蔵介。