134話
えーっと、と言いながら紙をめくる女性。どうやら聞くことがメモしてあるようだ。
その間に僕は周囲を軽く確認する。
日は落ちていて、濃い青色の空。少し暑いくらいの気温に、景観を壊さないためか、遠慮がちに光っている街灯とキラキラ光っている月が辺りを照らしている。人通りは多くないけれど、少なくもない。道路では車が走っているし、海沿いの歩行者用の道路には親子や学生といった多種多様な人が歩いている。一応観光地だしね。
「それでは改めまして。お金と愛情。どっちの方が大切ですか?」
そんな感じで周囲の状況を確認していると、アンケートが始まった。というか、いきなり深い質問だ。
「えー、難しいなあ.....」
「まあアンケートなので、深く考えすぎないでくださいね」
むむ......まあ、なんとなく愛情の方が嬉しいよね。もちろんお金も大事だけれど、一般的に愛情はお金では手に入らないものではあるからね。
「どちらかと言えば、愛情ですかね」
そう答えた瞬間、僕の体が雪音に引き寄せられる。? どうしたんだろうか。
「どしたの雪音、体調でもーーー「よしよし。蔵介はえらいよ」
気が付いたら、雪音の胸元で頭を抱きかかえられ、さらに頭を撫でられ始めた。
「........................」
誇張ではなく、数秒間思考が止まった。えっと、僕は何をされているんだ......?
『ままー。あれ見てー』『あら、仲良しさんね』『私もあれやってあげよっか?』『い、いや。恥ずかしいからまた今度』
そんな会話が聞こえてくる。恥ずかしさが出てきてしまい、慌てて雪音から離れようとする......前に、雪音がパッと僕の頭から手を離す。
「ご、ごめんね。身体が勝手に......」
「いやいや。い、嫌だったとかではないから......」
な、なんかむず痒い雰囲気になっちゃったよ。何を話したらいいんだ......。
「いやー、二人とも仲良しなんですねぇ」
「......つ、次の質問は?」
ニコニコしながらこちらの様子を見ている月見さん。とりあえず続きを聞こう。
「そうでした。えーっと、次の質問は......異性に贈り物をするなら、大量のお花か高級なアクセサリーか」
また異性関係だ。く、雪音がチラチラとこちらを横目で見てくるのがズルい。照れちゃう。
「そうだなぁ、大量のお花かな。インパクトありそうだし」
そう答えた瞬間、ぶわぁという表現がしっくりくるほど大量の花が僕らの頭上に現れる。
「うわっぷ」
一瞬僕らの頭上が隠れるほどの花弁が舞い落ちてくる。そして僕の顔に降りかかってくると、顔にくっつく。......ん、でも匂いとかはしないな。ということは幻覚系の能力だろうか?
『うぉ、すごいな』『マジックショーでもやってるのかな?』
むむ、周りの人にも見えている。当然と言えば当然なのだけれど、こうなってくると僕だけに作用しているわけではないということになり、幻覚系の能力である線は薄くなってくる。
「わぁ、綺麗だね。蔵介」
「......うん、綺麗」
色々と考察している僕の横で、降りかかる花弁を受け止めながら雪音が微笑む。思わず見とれてしまうほどに綺麗なのはあなたですよ、雪音さん。
「よーし、いい調子。えーっと、次は......現実にいたら怖い生き物はドラゴンか鬼か、どっちです?」
いや、この流れなら絶対に出現しちゃうでしょ。
「......答えないっていうのは?」
「ダメです」
断られてしまった。く、このために最初は平和そうな質問にしたのか。
「うーん、どちらかと言えば鬼ですかね」
ドラゴンなら空に飛ばれちゃうから大勢の人の目についちゃうというのもある。あとそれ以上に怖さよりもかっこよさが勝っちゃうんだよね。男の子だし。
そして僕の予想通り、答えた瞬間に鬼が現れる。
「......いや、大きすぎるなあ......」
真っ赤な体に二つの角、そして金棒を持った怪物が現れる。いわゆる鬼という外見なのだけれど、大きさがすごい。道路沿いの海から上半身を出して、こちらに向かって金棒を振り上げている。今にも襲い掛かってくる様子だ。
『うわ! なんだアレ!?』『お、鬼だ!』『すごーい、プロジェクトマッピング?』
焦るような声と、呑気な声が入り混じる。まずい、大分無能力者の眼についてしまったぞ。これで攻撃までされたらどうなるかーーー。
「大丈夫だよ、蔵介。攻撃はさせないから」
異様に落ち着いている雪音の声。鬼を改めてみると、微動だにしない。どうやら、雪音の超能力『サイコキネシス』で鬼の動きを止めているようだ。
一切動かない鬼を見て、周りの人たちも落ち着きを取り戻していく。それこそ、プロジェクトマッピングだとでも勘違いしてくれたようだ。
「それじゃあ、折り返しの4問目ですね。生き物を傷つけるのは何でしょうか? ナイフとか、言葉とかいろいろありますよね」
一方、月見さんも動揺なく問い続ける。これは想定内ということだろうか、それともどうでもいいと思っているのか......。
なんにせよ、時間をかけるわけにはいかないね。さっさと答えよう。
「武器ですかね。人間だけならまだしも、生き物っていう話なら」
「なるほど、興味深いですね」
「本当に思ってます?」
表情を一切動かさずに棒読みで言う月見さんにツッコミを入れる僕。......ん? 何かが足元に転がっている。これは、日本刀か。でも、刃渡りが想像よりも短い。脇差っていうやつなのかな?
「まさかこれで鬼を倒せだなんていう話じゃーーー「目が開いているはずなのに何も見えない」
月見さんの声が響く。それだけで、辺りが暗くなる。
「っ、雪音!」
一番に、傍にいた雪音を腕で抱える。そして、意識を切り替えて感覚を研ぎ澄ます。辺りからは混乱する人々の声が聞こえてくる。この
「今あなたが欲しいものは何ですか?」
「明かりだ!」
即答する俺。脇差を鞘から抜き出して、頭の中にあるドラマやアニメの中から見よう見まねで構える。鬼の方は雪音が何とかしてくれる。俺はそんな雪音を襲ってくる奴を倒す。
そんな考えの俺の視界が、突然浮かびあがってきた大量のランタンによって戻ってくる。暗闇に慣れようとしていた開いていた瞳が思わず細くなる。
「......あぁ?」
急いで目を左右に動かし状況を確認する、が人が近づいているわけでもなければ、誰かが武器を構えているわけではない。何も脅威は迫ってきていない。唯一変化した状況と言えば、空に大量に浮かび上がっている、炎をともしているランタンだ。
「続けますね。迫力があるものと言えば何ですか?」
一瞬視界が暗くなったかと思えば、時間が飛んだような感覚。おそらく、僕のもう一つの人格が飛び出たのだろう。ただ、特に状況は変わらずにもとに戻った。
「ーーーえ、えーっと。花火とか?」
とりあえず質問に答えると、月見さんが眉を顰める。
「......適当に答えているわけじゃないですよね?」
「適当ではないけれど、深く考えずに回答しました」
「それを適当っていうんじゃないですか?」
「確かに。まあ最初に深く考えずって言ってたからいいでしょ」
回答したけれど、花火は現れない。何か条件でもあるのだろうか。
「では、最後になります。もしも平和な生活に"戻れる"か、もっと強い力が手に入るか。選べるとしたらどちらですか?」
「っ」
思わず、言葉に詰まる。さっきふと考えていたことだ。月見さんも"戻れる"という表現をしたことから、能力者としての悩みがあるのかもしれない。
「力、かな。僕だけが平和でも意味がないし」
「......はい、お疲れ様です。では最後に、その脇差をあの鬼に向かって投げてもらってもいいですか?」
「? よくわからないけれど」
この隙に雪音に何かされないように左腕で雪音を抱えながら体を少し捻り、鞘から抜いた脇差を鬼に向かって投げる。もちろん力いっぱいというわけではなく、鬼に何とか届く程度の勢いで飛んでいく脇差。
それが偶々、鬼の喉に当たったかと思えば。
ドオン! とお腹が震える大きな音と、まばゆい光が鬼から発せられる。雪音を抱えながら、おなかの振動が収まるのを待つ。
『綺麗......』
耳鳴りが収まった中、通行人のそんな声が聞こえてくる。その声につられて先ほどまで鬼がいた場所を見ると、ランタンの光に負けないほど大きな光が海に反射して、辺りを色とりどりに鮮やかに彩っている。
これだけ近くで花火がさく裂したのに、一切熱は感じない。鼓膜が破れるということもない。やっぱりこれは能力で生み出されたものなのだろう。
光が落ち着いてきたと思えば、車が一台僕らの傍に止まる。そして、後部座席の扉が開いたかと思えば、月見さんが紙とペンを懐に閉まって走り出す。
「アンケートは終了です。ご協力ありがとうございました、上木さん」
終了。その言葉が引き金となったのか、辺りに散らばっていた花弁やランタン、脇差の鞘がフッと消える。
「あ、ちょっと!」
月見さんが車に飛び込むのと同時に、車が急発進する。そして、あっという間に追いつけない速度でその場を離れていった。
「な、なんだったのさ......」
呆然と車を見送っていると、懐で雪音がもぞもぞと動く。あ、抱えっぱなしだった。
「ごめん雪音、大丈夫?」
雪音を懐から解放する。そんな僕と眼も合わせずに、雪音は旅館に向かって歩き出した。
「だ、だいじょぶ。それより、旅館にもどろっか」
「......ほんとに大丈夫? どこか怪我とか「いいから。ほら、戻ろ?」
ここでようやく向けてくれた雪音の笑顔は、暑さのせいか少し赤くなっていた。
「あー、車の運転って苦手なんすよね」
「......」
「無視っすか。うまくいきました?」
「うまくいったっていうか、何とかなったっていうか。っていうか、私にまで無理させなくてもいいよね。旅館にいるって言ってたのに上木君いなかったし、そもそもこんな勧誘方法良くないし。あれで上木君がアンケートに答えてくれなかったら、なにもできなかったんだよ。ていうか、勧誘なんてしなくてよくない? さらに白川さんとのいちゃいちゃも見せつけられて、誰が悪いのこれ、ねえ「あー、俺が悪かったっす」
「謝罪なんて聞きたくない」
「手厳しいっすね......。まあ、上手くいってそうでよかったっす」
「もう、黙っててよ。......それより、私たちを探りまわっている人は何とかなりそうなの?」
「............」
「無視しないでよ!」
「黙っててって言ったじゃないっすか!」
「臨機応変に対応してよ!」
「もう、疲れるな......事故りたくなかったら静かにしててください」
「わかったよ。それで、どうなの?」
「正直、すぐには何とかできないっす」
「それもそっか。守護神のエースみたいな人なんだっけ「でもーーー」
「ーーーこっちの準備が整えば、殺してやるっすよ」
能力者に襲われた......んですかね? 雪音といちゃついてただけのような。