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能力者か無能力者か  作者: 紅茶(牛乳味)
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132話

 旅館内に戻ると、ざわざわと騒がしい状況だ。混み始めてきたのかな?

 騒がしさの中心にいるのは旅館の女将である花さん。囲んでいるのはお客さんのようだけれど......なにやら普通に混んでいるというわけではなさそうだ。

「変な怪物がーーー」「追いかけられている従業員も見たーーー」「あれはいったい何なのかーーー」

 断片的に聞こえてくる情報を取ると、どうやら僕が抱えている女が出現させた怪物について、花さんが問い詰められているようだ。

「むむ、穏やかではない状況のようでござるね」

「ね。聞こえてくる話的にはこの女の人が原因だけど、説明もしづらいし。かといって、何にもしないでいると旅館に迷惑がかかるし......」

 とりあえず、紫香楽の対処に費やしてしまった時間の分だけ、仕事を頑張らないと。

「っと、まずはこの女性を拘束しておかないと「あの、すんませんっす」

 うわ、びっくりした。突然話しかけられた。

 振り返ると、のっぺりとした背が高い男が僕を見下ろしていた。この人は、水鏡とかいう名前の人だ。

「上木さん。取引しませんか?」

「は、はぃ?」

 自分でも情けない声が出たことが分かる。言葉の意味が全く分からないことに加えて、恐らくとんでもなく強大な敵である人物から見下ろされている。正直、軽いパニックを起こしている。

「おっと、どちらさまでござろうか」

 そんな僕と水鏡の間にスッと割って入ってくれる朝倉君。やっぱり、年上の背中というのは頼りがいがあるものだね。僕も少し落ち着けたよ。

「とりあえず、内容は?」

 朝倉君に傍にいてもらいながら、少し強気に水鏡に問いかける。

「あー、大した話じゃないんすよ、マジで。ほら、お互い嫌な思いはしてくないっすよね?」

「内容は?」

 もう一度聞くと、肩をすくめる水鏡。

「殺気立たないでくださいよ。浅黄さん......その子をこちらに返してもらえません?」

 どうやら、怪物を呼び出した女性は、水鏡達含むβ大学の一員だったようだ。

 そういう話なら、この子を渡したくない。僕らで監視して、少しでも情報を集めたいところ。

 そう考えていたのだけれど。

「代わりに、この状況を何とか収めてあげますよ」

 中々に魅力的な提案が来た。これは悩ましいところだ......というか、実質一択だ。僕らではこの混乱している状況を何とかすることが出来ない。一方、この水鏡とやらには解決する手立てが思い浮かんでいるのだろう。

 元はと言えばβ大学が起こした騒動だが、それを解決するのにβ大学に有利な条件を呑み込ませる。これはマッチポンプというやつだ。

「蔵介殿、ここは慎重に」

「そうはいっても、僕にはどうしようもないよ」」

 朝倉君が小声で諫めてくるけれど、ここで朝倉君の実家が痛い目を見るのは決して望むところではない。僕は抱えていた女性を、水鏡に渡す。

「言っておくでござるが」

「分かってるっす。このまま逃げようなんて思わないっすよ。犬飼監督!」

「また私の出番か」

 ひょっこりと玄関口から顔を出した、有名映画監督。ズカズカと騒ぎの中心である花さんの元まで行ったかと思えば。

「あいつは一体どういうーーーえ、犬飼監督!?」「あんなのがいたらおちおち寝ていられなーーーえ、犬飼監督!?」「追いかけられていた従業員は大丈夫ーーーえ、犬飼監督!?」

 すごい、全員犬飼監督に意識が持っていかれてる。これもう幻覚系の能力でしょ。でも、これぐらい影響力がある人がいるからこそ、幻覚系の能力が際立つっていうものなのかな。

 結局、アレも映画撮影の演出の一つだということでその場を納得させていた。余談だけれど、この後犬飼監督のSNSで正式な謝罪文が掲載された。これをもって、能力という存在が一般に広まなくて済んだのだ。

 とりあえず、対応をしてもらえた僕はそれ以上追求することなく水鏡と犬飼監督を見送った。お互いに敵意はあるのだけれど、手出しをするほどのきっかけがないのだ。今ここで僕が飛びついたりしたら、旅館にも迷惑がかかっちゃうしね。

 さて、と。

「それじゃあ、頑張って仕事しますか」

 気合を入れなおして仕事を始めるのだった。


「ふぃー、疲れたよ......」

 部屋に戻って、作務衣を脱ぎながら部屋に備え付けの椅子にどっかりと腰かける。

「なんだか今日は随分とドタバタしてたよね......」

「俺もくたくただ......」

 後から入ってきた無能力者の友達二人も、ぐったりした顔で床に倒れ込む。このまま朝を迎えたいけれど、そうはいかない。ご飯を食べてお風呂に入らないと......って。

「あれ、冷蔵庫になんか入れてたっけ?」

「いや、何も買ってきてないな」

「確かにご飯とかお菓子とかカップ麺を買っておけば良かったね」

 ということは、誰かが買いに行かないといけないのか.......。よし。

「恨みっこなしだね」

 僕がスッと片手を出すと、二人も同じように手を出してくる。よーし、それじゃ。

「「「最初はグー、じゃんけんーーー」」」


 いやー、こんなところで大事な運を使わなくて良かったよ。

 心の中で強がりながら、夜道をのんびりと歩く。コンビニは近いし、せっかくなら雰囲気を楽しもう。

 コンビニにたどり着き、適当に食料を買い込んでから旅館へ戻る。その途中で、見知った顔を見つける。あれは、清木教授と立花学長に尾立さんだ。大人が3人集まって、ベンチに腰かけて話し込んでいる様子だ。夜とはいえ蒸し暑いのに、こんなところで何を話しているんだろうか.....。

「って、いけないいけない」

 明日は朝早くから仕事なんだ、ここでつかまって時間を消費するわけにはいかない。友達に食べ物を届けないとだしね。

 結局大人たちに見つかることがなく旅館へ戻った僕は、3人でご飯を食べてから温泉につかり、すぐに泥のように眠ったのだった。

嵐の前の静けさというには、うるさすぎるんですよね。

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