125話
パチっと目が覚める。想像以上の夕焼けのまぶしさに、開いたばかりの眼が反射的に細まる。
そんな細めた目でも掴む状況はーーー異質だった。
「朝倉君! ーーーって、うぉっと!」
なぜか僕が過去に闘った鞭使いの男と闘っている朝倉君の姿に、思わず立ち上がると、僕の肩からズルっと何かが崩れ落ちる。慌てて支えると、それは先ほどまで闘っていた女性だった。そうだった、この人によって無理やり幻覚の中に閉じ込められたんだった。
僕は片手で女性の肩を支えながら、勝負の行方を見守る。もちろん朝倉君に加勢したいのだけれど、そうもいかない状況。
なぜなら、僕らを囲う大量の観客がいるから。スマートフォンを向けている人も少なくない。もしかして、能力が撮影されてる......?
能力は知る人ぞ知るもの。縁がない人は、能力を一切見ることなく人生を終える。もちろん、そんな人も少なくない。
それが全世界に拡散されてしまったら......正直、どうなるか分からない。最悪、能力者を巡った戦争なんか起きても不思議じゃない。
冷汗を搔きながら、頭を回す。そうしている間にも、鞭使いの男が見えない攻撃を朝倉君に喰らわす。ただでさえ傷が目立っていた朝倉君の様相に、さらに傷が追加される。これ以上は朝倉君がまずい、もうどうにも言ってられない......!
「『シュート・アウト』」
女性をベンチに横たえて駆け出そうとする僕の横を、何かが通過する。
それが何かを認識するよりも先に、目の前で鞭使いの男が仰向けに倒れる。
「っぐあ!」
弾丸、だろうか。鞭使いの男の肩から血が噴き出す。新手の敵かと考えた僕があたりをキョロキョロと見回す。すると、新しい乱入者が現れる。
「カーット!」
なんと、黄色いメガホンを携えた見たことがある人と、付き添いと思われる男性が大きいカメラを片手にのっそりと現れる。
「あーあ。止めるの遅いっすよ、犬飼監督」
犬飼監督と呼ばれた男性。見たことがあるとは言いつつ、この人と知り合いなわけではない。
身長は160cmほどでかなり細身の身体に、唇が見えないほど蓄えた白いひげが特徴的。金髪と白髪が入り混じる髪の毛を、後頭部で一つにまとめている。簡単に言えばポニーテールだ。年齢は60代後半で有名な芸術大学を卒業している。趣味は小説の速読で、特にSFやらファンタジーを好んで読んでいる。......っと、別に僕はこの人のストーカーとかそういう話でもない。
まあ監督っていう呼ばれ方をしていることからわかるように、犬飼さんはかなり有名な映画監督なのだ。この人が関わった作品は全て、社会現象を起こすほどのインパクトを残している。生きるレジェンドとか呼ばれてたり。
そんな有名映画監督の登場に、僕たちを囲っている観客はどよめき始める。
『お、おい。犬飼監督じゃん』
『うお、本物か』
『ってことは、さっきまでのは撮影かあ』
『エキストラとして抜擢されたらどうしような』
『無い可能性の話しても仕方がないよね』
『......というかそれで言ったら、撮影中だった人たちも見たことない人だ』
色々な意見が飛び交う観客のどよめきを意にも介さず、いかにも不機嫌という表情をしながらこちらに歩いてくる。
「全然ダメ! どっちもダメダメ!」
そんな怒鳴り声にポカーンとしたまま硬直しているのは、観客と犬飼監督の付き添い以外の人物。 え、ええと。
「台本通りの筋書きはいいよ? それはそれとして、アドリブとか『遊び』が足りない! リアリティだけじゃダメなのよ!」
「犬飼監督、そこまでで......」
「まったく、オーディションにもちゃんと時間を使っているんだから......。まあいいや、ちょっと評価書いてくる。あとは任せたよ、さっくん」
「今だから言いますけど、助手にニックネームつけて呼ぶの、正直痛いですよ」
「それ、本当に今だから言うことか?」
言いながら去っていく犬飼監督。それとは対照的に、こちらへダルそうな表情、足取りでやってくる男。
身長は180cmほどと大分高いし、ショートカットの茶髪も、整った顔立ちもうらやましい限り。でも、そんなプラスの要素が全て台無しになるほど、すべての動作がダルそう。夏バテかな?
......あれ、というか僕はこの人をどこかで見たぞ? えっと......。あ、思い出した! 今朝僕らがここにやってきたときに、写真を撮ってくれた人だ。
「み、水鏡」
鞭使いの男が、少し怯えたように男の様子を伺う。一方、水鏡と呼ばれた男は、特に気にしていない様子で話し続ける。
「んー、皆さんお疲れさまでした。各々言いたいことはあるけれど、一旦宿に戻っていいですよー......よっと」
そのまま、僕の横で眠っている女性を抱えて去ろうとする水鏡。思わず声をかける。
「えっと、あの」
「んー? 何か?」
こちらに振り向いた目つき。思わずひゅ、と息を呑んでしまう。カラーコンタクトか生まれつきかは分からないけれど、真っ赤な虹彩とそこに黒を少し混ぜたような濃い赤の瞳孔。それがとんでもない敵意に感じられたのだ。
思わず言葉を吞み込んだ僕の肩を叩く人がいた。
「やあ、上木。水鏡君のいう通り、一旦宿に戻ろうか」
振り返るとただでさえ暑いこの場所で、フォーマルな格好をした背の高い男性がいた。この人は、大学内で清木教授と話していた......
「水鏡君、そちらは頼んだよ。それじゃあ、上木君、朝倉君、行こうか」
こちらが何かしゃべりだす前に、その場から連れ出される僕と朝倉君。集まっていたギャラリーも興味をなくした様子で散っていくのだった。
後片付けが雑だけど、片付いたようです。