124話
相手の出方を伺っていると、ポールが僕に向かって何かを投げてくる。
「ウケトレ」
「へ? ーーーっと!」
ナイフを構えていないほうの手でなんとか受け取ったのは、先ほどまでポールが使っていたピストル。僕も懐に銃は隠しているけれど、その存在を最初から見せなくてよいのは助かる。
「ハイボク ヒサシブリ」
「ふむ、君に勝ったやつが過去にいるのか。まあ、もうどうでもいい」
膝をついたまま半透明になっていくポールにはもはや興味がないようだ、女性がこちらに向かって武器を構える。
僕はというと、先ほどまで構えていたナイフと受け取ったピストルを何とか構えながら、女性に向かって走り出していた。
「ほう」
女性は切れ長の目を少しだけ見開いて、驚いたような表情。ただ、構えている武器からはいつでも僕を攻撃できるだろう、接近を開始したからと言って僕が優位になったわけではない。
「とはいえ、先手必勝でしょ、こういうのは!」
そこまで距離が離れていたわけではない、すぐにナイフで攻撃できる位置まで近づくことが出来た。そしてナイフを構えている手で攻撃を仕掛けるーーー
「ーーーっふ!」
ーーのをすんでで止めて、もう片方の手に握っているピストルを構えて、引き金を引く。狙いは、おおざっぱに相手の脚部。ここまで近づけば外すことはなさそうだけれど、正確にどこかを打ち抜くのは難しいはずだ。
パン! という軽快な破裂音を鳴らすピストルの反動を受けながすために腕が少し上がる。この弾が当たってくれていればいいんだけど......。
「ふむ、駆け引きは苦手か?」
ダメだったみたいだ。黄色のペイント弾が地面に塗料をまき散らしている。これは僕の弾がとんでもない方向に飛んで行ってしまったわけではない、女性が躱したのだ。
「銃口が下の方を向きすぎ、ナイフで攻撃するフェイントの振りが甘い。これでよくあの二人を倒せたものだね」
言いながら女性も銃の引き金を引く。これ、まずいかも。
「ーーーほう、それが」
胸が灼けるような激痛が奔り、一瞬遅れて耳に残る発砲音。それらが、意識と一緒にスーッと消えていく。
「初めまして、いじめっ子だ」
さあ、確実になっている勝利を完全勝利にするために頭を回そうか。
言いながらピストルを構えて、女の顔に銃口を突き付ける。女は当然持っている盾で防ぐだろう。その視界がふさがれた状態を見逃すほど甘くはない。
引き金を引き、想像通り顔の前に構えられていた盾に塗料がぶちまけられるのを確認しながらも、女の腹めがけて、ナイフを突き出す。が、一歩届かない。もちろん俺が目測を見誤ったのではなく、女が一歩退いて回避したのだ。ッチ、流石に相手もそこまで甘くはないか。
ここで距離を取られるのも面倒だ、攻撃の隙も与えないような猛攻を仕掛ける。
振るうナイフ、隙を見て発砲するピストル。ただ、どれも一歩届かない。もどかしいったらありゃしないが、冷静に闘い続ける。俺にはそれが出来る。
(......どうにも、攻撃が一定だ。焦れてテンポが速くなったり、大ぶりの攻撃が来ない。こっちは弾くのに精いっぱいなのだが。まるでロボットと闘っているような感覚......)
攻撃の合間、ふと女の表情が目に入る。うぇ。
「何笑ってんだよ、気色わりぃ......」
「おお、気分を害さないでくれ。楽しくなってしまってね」
ッチ、なんでこいつこの状況で余裕があるんだよ。
俺に余裕がなくなったわけじゃない。このままいけば優位に闘えるはず、なのに。やり辛さを感じる。
よし、予定変更だ。
「行くぜ」
発砲音の後、カツン、とその場に響く音。俺がピストルの引き金を引くと同時に銃を手放した。ここまで来たら直接拳で攻撃をした方が早いと考えた、と考えてくれればうれしいのだが。
「がっかりだ」
数回の攻防。それはなんなくやり過ごされ、相手が距離を取り始める。
間合いを離されるわけにはいかない。俺は女に接近をしながら攻撃を試みる。
「ナイフ一本では私に触れることもできないよ」
その言葉通り、堅実な動きをしてくる女。おっしゃる通りだ、気にする武器が一つだけになって明らかに動きに無理がなくなってきた。
そして、女が持っている銃を利用しての攻撃を開始してくる。ただ、これは想定通り。次のターンはこれを避け続けることが求められる。そして狙うのはーーー
(弾切れ、なんて考えているんだろうか。それをするには詰めが甘いよ。だって君の戦闘能力は常軌を逸していることが分かっているのだから)
さて、避け続けるスタミナは問題ない。問題はこの女がそう簡単に乱射してくれるわけがない。
そういうわけで、あえて隙を見せる必要がある......いや、逆だ。猛攻を仕掛けて使わざるを得ない状況を作り出さないといけないか。今の段階で無理をする必要がない状況にいるのは相手なのだから。
そんな風に考えて一歩踏み出した瞬間、銃声がした。おいおい、マジかよーーー!
(なにか切り札を仕込んでいるんだろう? ここで無理やり使うか、負けるかの二択なら)
無理くり体を動かして、その場を転がる。地面に当たってはじけた塗料が背中に降りかかるのを感じながら、懐にしまってあったリボルバーを取り出す。
「! それが切り札か。でもーーー」
俺が銃を構えるよりも先に銃声が響く。このゲーム(というか能力)を何度も経験しているこいつなら外すことはないだろう。つまり、完全勝利はなくなった。
ーーーまあ、俺の勝ちに変わりはないが。
「私の勝ちーーー、!?」
俺はペイント弾を受け止めながら、リボルバーの引き金を引く。まずは小手試しに二発。
慌てて視界を防ぐように盾を構えた女の盾に、反撃されないようにある程度の間隔を保たせながら二発。そして、お留守になっている足に一発。
「っつぁ!」
そして態勢を崩した女の胸に向かって、一発。ちょうど六発でフィニッシュだ。
まあここまで順調にいったのは、完全に想定外な出来事が起きたために、対応が遅れたおかげだろう。
「なん、でーーー」
女がスーッと半透明になりながら、当然の疑問を口にする。
これの答えは単純だ。女が『盾を出現させる』能力を使ったように、俺も能力を使った、それだけだ。
この能力のルールに、『体力は現実世界のもの』というものがあった。俺の能力は『自分と、触れたものの硬度を変える能力』。銃弾を当てられようが、体に大きな損傷はない。痛いけど。
ただ、この能力は組織立って襲ってきている相手に教えたくない。能力者の闘いは能力を仮定するところから始まるのだから、今後の敵には大分アドバンテージを取られてしまう。
これを知られないで勝つことが出来れば完全勝利、なのだが。今回は能力を使ってしまったので、なんとなく推察できるようにさせてしまった。
「あー、まさかあんなアイテムがあったなんてな」
一応の抵抗ということで、そんなセリフを吐いておく。が、この女は何度もこの能力を味わってきたのだろう、本当に些細なブラフということになった。
「......なんにせよ、私が大得意なフィールドで負けた。この椎名冬華、また出直してこよう」
最後に名乗ったのは、せめてもの礼儀という奴だろうか。
思わずフッと笑ってから、ほぼ消えかけている女に言葉を返す。
「いや、いい感じにしようとしているけれど。もとはと言えば逆恨みだからな?」
「............」
そんな俺の追求から逃げるように、女は完全に姿を消したのだった。
簡単には騙されませんよ。