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能力者か無能力者か  作者: 紅茶(牛乳味)
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121話

「うわ、これ美味しい」

「ああ、何杯でも食べられそうだ」

 バックヤードで休憩中の僕と正。コンビニでも行ってこようかとしたところ、「折角ですし、賄いでもどうでしょうか」と、女将である花さんに声をかけてもらった。もちろん二つ返事で賄いをお願いした僕と正の元へやってきたのは、立派な刺身の定食だった。

「これはもう、賄いのレベルを大きく超えてるよね」

「女将さんは、切り落としばかりで申し訳ないみたいなことを言っていたが。そんなのは気にならんな」

 パクパクとご飯を食べながら正とする話はもちろん、先ほど闘っていた相手の話ーーー

「ちょうど来週くらいに新作出るらしいよ」

「お、マジか。面白そうな新要素はあったか?」

「ボクシングゲームなのに、魔法が使えるようになったらしいよ」

「それは......絶対面白いヤツだな」

「だよね。正のことも呪ってあげるよ」

「ゲームの話だよな?」

 ではなく、来週発売予定のゲームの話。変な奴らに絡まれた話なんかしても面白くないもんね。

 美味しいご飯を食べながら二人で談笑していると、休憩スペースに朝倉君がやってくる。

「お二人とも、お疲れ様でござる」

「あれ、朝倉君。道場は大丈夫なの?」

 僕たちはこの旅館でアルバイトをしているけれど、朝倉君は参加していない。というのも、朝倉君には自分の道場があるから。そこで生徒、というか弟子になるのかな? まあともかく、剣術を教えているらしい。今回の旅館のお手伝いと道場の練習が重なってしまったので、僕たちが呼ばれたというわけだ。

「今は道場も休憩時間でござるよ。今日は案内しか出来てないでござるから、様子を見に来たんでごわす」

 こういった面倒見の良さから、朝倉君は歳が僕や正の一つ上であることを思い出させる。門下生たちも朝倉君のことを慕っていることだろう。

「なるほど。まあ、見ての通り順調だよ」

 心配させないようにというわけでもないけれど。とりあえず問題なく仕事ができていることを伝える。嘘は吐いてないしね。

「普段、スーパーで仕事をしているのに近い内容もあるしな。戸惑いも少ないぞ」

「......ならいいんでござるが。蔵介殿。変な輩に襲われたらしいでござるな」

「は? そうなのか、蔵介?」

「えーっと。襲われたというか、攻撃されたというか、意表を突かれたというか」

「全部同じような意味でござろう。やはり堂次郎殿が話していた通りだったようでござるね」

「マジかよおい。蔵介、相手はどんな奴だった?」

 うぅ、楽しいリゾートバイト中なのに、なんで変な奴らのことを思い出して情報共有しなくちゃいけないんだ。

 そう考えながらも、正や朝倉君が自衛できるように情報を教えていく。そして、二人同時に考え出す。

「うーむ、目的が分からないと対策も何もないでござるね」

「そもそも相手はその二人だけなのか? 組織立って襲われたら一溜まりもないぜ」

 まあ二人の話している内容は全く持ってその通りなのだけれど。

「まあまあ二人とも。今考えてもどうしようもないでしょ」

 僕がこの話をしたくない理由はこれだ。三人寄れば文殊の知恵とはいうものの、今は全てが予想で終わってしまう。そんな不毛な時間を過ごすくらいなら、忘れた方がいいと考えているのだ。もちろん、まったくの無意味であるとは思っていないけれど。

「ふむ、まあそうなんでござるけどね」

「その言い分もわかるが......」

 どうにも二人は歯切れが悪い。ただ、この話はもう強制的に終わらせる必要があるようだ。

「ふー、疲れたなあ」

「お疲れーっす......って、朝倉さん。どうしてここに」

 無能力者の友達、直紀と信之が来たからだ。さすがに無能力者の前で能力者の話をするわけにもいかない。

「仕事をお願いした身として、働いてくれている皆の様子を見に来たんでござるよ」

「あ、そうだったんですね。おかげさまで楽しくやらせてもらってます」

「二人ともお疲れ。賄いのご飯、美味しいよ」

「あ、俺も声かけられた。一息ついたら貰ってくるわ」

「では、全員に声掛けできたので、拙者はこれにて。......正殿、あとでもう少し」

「ん、道場頑張ってな」

 正となにやら話してから去っていく朝倉君。内容は気になるところだけれど、まあ二人が特別仲良くなっても特段問題はない。

「............いや、雪音とだったら問題あるとかじゃなくてね?」

「何を言っているんだお前は」

「ほんとにどうしたの?」

「気色悪いぜ」

「みんなして言い過ぎだよ。ほら、休憩時間終わっちゃうよ」

「っと、それはまずいね。信之」

「ああ、そろそろ貰ってこようか」

 にぎやかに過ぎていく休憩時間。それもあっという間に過ぎ去っていき、午後の仕事へと移っていくのだった。




「清治、君はまだ来ないのかい?」

『ごめんね、仕事が少し長引いちゃって......。俺が行くまでの間、バカンスを楽しんでよ』

「ふむ、君の中では仕事をバカンスと呼ぶのかい?」

『まあまあ、また別で休みを取ってよ。本業はしばらくお休みでしょ?』

「そうなのだがね。まあいいか、こっちはこっちで妻と一緒に観光を楽しむよ」

『そうしてよ。......あ、そうだ。君がこれから泊まる旅館だけど』

「? なんだい?」

『上木蔵介もいるから! 面倒見てあげ『ちょっと清治、いつまでサボって』おっと。それじゃ!』

「......上木、って。おい、清治? ......切れた。まったく、勝手な奴だ」

「んー? 灯軌、電話おわったー?」

「ああ、待たせたね。行こうか、萌音(もね)

「うん。楽しみ」

(......願わくば、面倒ごとに巻き込まれないことを。俺ではなく、萌音がね)




「うーん! 疲れたー!」

 グーッと伸びをして、部屋に備えてある椅子にどっかりと体を預ける。

「一日働くっていうのは大変だねぇ」

「な、相当疲れちまった」

 夜行バスに数時間揺られてから、一気に数時間働きっぱなし。その場にいる直紀と信之、もちろん僕もぐったりとしている。

 バイトが終わった時間は、夕方......というには少し早いような時間。今日は朝早くから働き始めたので、終わりも少し早い。これが少し僕らを悩ませていた。

「おなかすいたなあ。でもご飯を食べるには微妙な時間だねえ」

「温泉に行ってもいいが、それにもまだ早いような気がするな」

 とまあこんな感じで、何をするにも動きづらい時間なのだ。さらに長距離の移動と仕事の疲れが大きいため、観光をするという案は却下。

「まあ無理して何かする必要もないよね。ゲームでもする?」

 観光地にいるからと言って焦ったり無理する必要はない。観光地でのバイトは始まったばかりなのだから、ここで動き回って体調を崩すのも良くないしね。

「悪くないね。それじゃあちょっと飲み物でも買ってくるよ」

「俺もついてくぜ。蔵介、なんでもいいな?」

「うん。ありがと」

 そういうわけで、信之と直紀は飲み物を買いに行ってくれた。その間に、備え付けのテレビにゲーム機を接続して、ゲームをする準備を整える。

 そうしてセッティングが終わり二人を待っていると、朝倉君が入ってきた。

「お疲れ様でござる、蔵介殿」

「あれ、朝倉君。どしたの?」

 相変わらず和服が似合う人だなあ......って、僕も作務衣を着たままだったね。

 その場で着替え始めた僕に、朝倉君が提案してくる。

「夕食の時間まで、ちょっと外に出ようでござる」

「えー......大分疲れているんだけどなあ」

「まあまあそう言わず。話したいことがあるんでござるよ」

 うーん、本当に乗り気じゃないんだけれど、なんとなくついていった方がいい気もする。

「......まあ、出先でゲームばかりもよくないか」

「お、ということは」

「いいよ、行こうか」

 さっき無理する必要はないと考えていたばかりだけれど、まあ頼まれたら仕方がない。

「かたじけないでござる」

「ただいまーって、あれ」

「朝倉さんじゃないっすか」

 飲み物をもって部屋に戻ってきた二人に声をかけてから、旅館の外に出るのだった。


「おー、綺麗」

 移動してくるまでに少し時間がかかり、オレンジ色に染まった空。そこから降ってくる光を余すことなく反射する海が、ザァ.....と波を寄せては返す。遠くの海水浴場を見れば泳いでいる人も見えるけれど、大分少ない。砂浜にいる人もだいぶ減ってきている。

 そして今僕がいる場所はというと。砂浜沿いから少しだけ海に突き出た崖。といっても、歩道も整備されているし、崖からは落ちないように柵が立てられている。その崖の端には少しの人だかり。実は有名な撮影スポットだったりするらしいそこには、真っ白なヒスイの石とそれを筒状に包むような灰色の岩。

 ヒスイの石は僕の腰の位置くらいまで高さがあり、海にあるにしては大分大きい。さらにほぼ直方体と言えるほどに綺麗に整えられているのだ。そしてそれを包む岩は、僕の背より少し高いくらいの直径の筒状になっている。なんていうか、穴をあけた円柱の岩に、ヒスイの石が鎮座しているような形になっているのだ。

 まあそんな不思議な自然物が結構有名なフォトスポットとなっているらしく、この時間帯でもそこそこの人がいる。

 そんなフォトスポットの傍にあるベンチに腰かけて、朝倉君と話す。

「それで、話したい事って何?」

「ああ、大した話ではないんでござるがーーー」

「すまない、隣失礼するぞ」

 と、朝倉君の話を遮って僕たちが座っているベンチに腰かけてくる女性。おっと、ちょっとお邪魔かな。

 チラリと横目で見ると......うわ、美人さんだ。

 ポニーテールにしている黒髪は腰にまで届くほど長く。切れ長の目でなんとなく厳しそうな印象を受けつつも、得意げに上がっている口角が雰囲気を柔らかくする。

 そして、ノースリーブの白いシャツにジーパンというこれまた動きやすそうな服装。でもボーイッシュっていう感じじゃなく、大人な女性の雰囲気を醸し出し続けている。ベンチに腰かけてから組んだ足もすらりと長くーーーって、こんなにジロジロ眺めるのも良くないよね。

「どうぞどうぞ。それで、朝倉君ーー」

 3人は簡単に座れ、無理すれば4人座れる。そんな白いベンチの上で、少しだけ朝倉君の方へと詰めると、突然手を握られる。

「へ?」

 間抜けな声を出しながら振りむく一瞬で、辺りの景色が切り替わる。綺麗なオレンジ色の空間はどこへやら、無機質なコンクリートの壁がそびえたつ空間へと案内されたのだった。

 ど、どういうことさ、これ。

蔵介は大分疲れているんですけどねぇ......。

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