119話
「ちょっと、あんたらの知り合い? ......っていうか、散らかりすぎじゃない? 仕事くらい真面目にやりなさいよ」
呆れたようにため息を吐く高原さん。一瞬の沈黙に「な、なによ」とたじろいている。瞬間、その場の全員が動き出す。
「堂次郎!」
「蒼!」
「わかってら!」
「気は進まねえが!」
同時に高原さんに向かって駆け出す俺たち。チィ、流石に間に合わねえ!
「ちょ、ちょっと! 私がいくら美人だからって!」
「ノンキすぎだろ!」
堂次郎はツッコミながらも高原さんの方へ一直線に走りながら、ポケットに突っ込んでいたボールペンを赤髪の男に向かって投げる。
それは赤髪の男の後頭部に命中し、体勢を崩させることに成功した。
「ナイスだ堂次郎! 今のうちに逃げてくれ、高原さん!」
「は、はあ? こいつらあんたらの知り合いじゃないの?」
「そんなわけ......!」
「おっと、通さないぜ」
俺の目の前に立ちはだかってくるのが黒髪で高身長の男。ッチ、よりにもよってこいつかよ!
こいつはなぜか俺の動きを読み切っており、赤髪の男に助言していた。相手に教えるということが出来るほど読み切られている相手、闘い辛いったらありゃしない。
まあ、泣き言は言ってられねえ。とりあえず高原さんは大丈夫そうだからな。
「ッチ、わりい鏡、しくじった!」
チラリと横目で見れば、堂次郎が高原さんと赤髪の男の間に立ちはだかっているのが確認できた。これで一安心だ。
「構わねえよ、目的は達成できそうだ」
ただ、どうにも奇妙な状況だ。目的は達成できそう、ということはちゃんと計画を練って俺を襲ってきたということ。
しかし、何が目的なのか分からない。お金とか物目当てではないことは想像に難くない。一人になった時ではなく、わざわざ俺と闘う理由は......?
「---ッフ!」
「あっぶね!」
考える時間も与えないってか。距離を一気に詰めてきて、素早く拳を突き出してくる男。顔を反らして何とか攻撃を躱し、反撃の拳を顔にぶつけようとすると、
「させるか」
「うぁ!?」
俺が躱した手をそのまま頭に押し付けてくる。攻撃の手を止めてその手を弾こうと攻撃していなかった手を動かすと、
「おっと」
「ッチ!」
俺の頭から手を放してひらりと躱す。そして放した手を俺の目に置いて視界を防いでくる。
視界は純粋に情報の塊。情報が取れない状況は一瞬でも長引かせたくねえ。そう考えて目を防いでいる手を弾いて顔を移動させれば、
「ーーーぐぁ!」
移動させた先に拳が待っていやがった。何とか顔を背けるが、直撃は直撃。しっかりとダメージを受けてしまう。
よろけた拍子にバランスを崩す。慌ててバランスを取ろうと片足を大きく上げれば
「ーーー!」
ガっと勢いよく足を押さえつけられる。ッチ、攻撃するつもりもねえのに隙を見せちまった!
危ない橋だが、もう片方の足を地面から離して、俺の肩足を掴んでいる男の手首を蹴り上げる。
「ッチ、これか......」
プラプラと手を振りながらぼそっと呟く男。足が解放された俺は、そのまま地面に倒れる。
「蔵介!」
「お前はジッとしてな!」
「ーーーッ、くそ!」
こちらの様子を伺っていたのだろう、堂次郎の焦った声が聞こえたかと思えば、ドン! と重い音が響く。遅れて、コロコロと何かが転がる音。おそらく赤髪の男の能力によって壁にたたきつけられたようだ。
ただそれに反応する余裕はない。なんとか立ち上がったものの、構えられていない俺に向かって攻撃を畳みかけてくる。くそ、流石に能力を使わないとまずい!
「このまま再起不能にーーー「いい加減にしなさい!」
体を硬化させて衝撃に備えているところ、高原さんが叫ぶ。それと同時に男の振り上げていた拳が空中に制止する。
「な!?」
「鏡!」
敵の二人が驚いた声が聞こえてくる。腕が動かせないことに戸惑っている黒髪の男。自分の腕と俺を交互に睨み、動くほうの手で何とか動かそうとしている。高原さんが作ってくれたこのチャンス、逃せねえ。
衝撃に耐えていた体を一気に切り替えて、拳を構える。動かない手に集中していた男が、ハッとした表情で俺の拳を頬で受け止める。
「ーーーっぐあ!」
体重を乗せた一撃。男が大きくよろめき、地面に腰を着く。
「っしゃ!」
ようやく与えた一撃。防戦一方だった戦況が好転したことに、思わずガッツポーズを決める。反撃だ、ぶっ飛ばしてやる。
好転した状況に気分を高揚させながらも、焦らない。今の一撃も鼻に直撃させるつもりだったのが、顔を反らされた。動かない自分の手に集中、俺の方は見ていなかったにも関わらずだ。
ここでやるべきは、いったん情報と状況の整理だ。黒髪の男に攻撃を畳みかけることではない。どうせ赤髪の男に邪魔されるしな。ふぅ、と逸る気持ちを落ち着けながら推理を始める。
まず、男の能力には『数秒手を握った相手の』という接頭語が付くだろう。肝心の能力は......予知、かな?
『数秒握った相手の』と考える理由は、たった今高原さんの能力を予期できていなかったからだ。もし自分の腕が動かなくなることを事前に察知できていたら、赤髪の男を使って何かしらのフォローを頼むはず。
『予知』と考える理由は、相手の体が勝手に動いているわけではないこと。攻撃するときも、なんとなく俺の動きを読んでいるように見えるから。
ここでさらにもう一段階深読みしたい。『どの程度の時間』予知がされているかは正直言って分からない。そこまで長くはねえはずだけどな。
ただーーー。
「今の攻撃が完全に避けられなかったのは。反撃の拳を躱すのではなく俺の頭を押さえつけることを選んだのは。バランスを崩した俺を攻撃するんじゃなくて、脚を抑えてきたのは。近接戦を仕掛けること前提の能力なのに前髪が長いのは......」
『どうやって』予知しているかはなんとなくわかった。ただ、それを防ぐ方法はどうする。
立ち上がった黒髪の男が改めて拳を構える。俺も改めて拳を構えながら頭を回すーーー
「......ん」
そんな俺の脚に、何かがぶつかる。チラリと視線を落とすと、詰め替え用のシャンプー容器。さっき堂次郎が壁に吹き飛ばされたときに転がってきたのだろう。
「ーーーよし」
少しだけ口角が上がり、握っている拳に力が入る。なんとかできそうだぜ。
しっかりと考えることが大切なんですね。