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能力者か無能力者か  作者: 紅茶(牛乳味)
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117話

「おー、観光地って感じだ!」

 夏休みに入って一週間ほど経って。朝倉君が紹介してくれたリゾートバイト先へとやってきた。

 僕らの通っている大学も決して都会とは言えないけれど、そこから数時間ほどバスに揺られると見えてくるのが、視界いっぱいに映る青い水平線だ。

 真っ青な空が照らす光をキラキラと反射する海が、白い砂浜に向かって体を寄せては返す......。うーん、海に来たって感じだ!

「朝から元気だね、蔵介......」

「全くだ......」

 大きなあくびをしながら降りてくる直紀と信之。僕も普段は朝から元気いっぱいってわけじゃないけど、流石にこんなきれいな景色を見たらテンションが上がる。

 それは二人も同じだったようで、少し高い丘に位置しているバス停から見下ろすことができる目の前の景色に見惚れているようだ。

「これは......」

「綺麗だなぁ......」

 先ほどまでの気怠そうな表情を引っ込めて見惚れる二人。そんな僕らの耳元へ声がかけられる。

「次、上木さーん。荷物を取りに来てくださーい」

「おっと」

 ここで三人そろってハッとする。おっとっと、のんびりし過ぎると集合時間に間に合わなくなっちゃう。

 ......とはいえ、これも青春の一ページ、ってやつだよね。

「すみませーん、写真撮ってもらっていいですか?」

「ういーっす」

 僕は適当な人に声をかけて、3人が映った写真を撮ってもらってから荷物を受け取って歩き始める。

「いやー、朝倉さんの実家ってすごいところにあるんだね」

「ああ。夜行バスの辛さも大分引っ込んだな」

 普段とは違う環境で寝た上に、数日分の着替えやらなにやらが入った重い荷物を運びながらも、二人の表情は笑顔だ。かくいう僕ももちろん、大分体が軽くなった気がする。

 バス停からバイト先までは15分ほど。その間も観光地ならではのお土産屋さんなどが並び、浮足立った感情が留まるところを知らない。いやー、夏休みって感じだね!

 そんな風に観光地の雰囲気を三人で楽しみながらたどり着いたのは、朝倉君の実家である旅館。

 古き良き木造建築という感じで、立派な石造りの灯篭と紺色の入母屋屋根が迎え入れてくれる。

 なんというか、年季を感じる建物なのに、手の行き届いた外観や使用されている木材の色が明るめの茶色であることが影響しているのだろうか、廃れている等のマイナス印象は全く生まれない。

「これはまた......」

「すごいところに来ちまったな......」

 パッと見た感じ5階建てだろうか、ポカーンと口を開けたまま3人そろって外観を眺めてしまう。

「おー、蔵介殿たち。待っていたでござるよ」

 旅館の玄関まで続いている石畳の上をカン、コンと下駄が鳴らす小気味よい音を立てながら、甚兵衛姿の朝倉君がやってくる。大学内で見る姿とは違い、紺色の甚兵衛が、少し長めの黒髪が旅館の雰囲気と相まって、随分と凛々しく見える。

「やあ、朝倉君。しばらくお世話になるね」

「「お世話になります」」

「こちらこそでござるよ。他の皆はすでに揃っているでござるよ。案内するでごわす」

 挨拶もそこそこに朝倉君に先導されて、旅館へと足を運ぶ。

 玄関で靴を脱いでから建物に入ると、外観通り広いロビーが迎え入れてくれる。一方を向けば、椅子と机が設置されている待機スペースが見える。お、待機スペースにモニターが置いてあるのは珍しいなあ。音量はオフになっていて、ニュースが流れている。

 もう一方を向けば温泉への案内と物販コーナー(今はまだ営業時間外だけど)が見える。正面には受付と階段、エレベーターが用意されている。さらに全体的に大きめの窓を取り入れているので、自然な光が室内を照らしているのがどことなく心地いい。うーん、まさに旅館って感じの雰囲気で浮足立っちゃうなあ。

 当たり前だけれどすでにお客さんが利用しているようで、ロビーの椅子に座りながら話している姿や、自動販売機を利用している姿が見られる。まだ早朝ということで人の数は多くないものの、シーンと静まり返っていない。

 そんな環境の中4人で受付に向かう。受付ではお年を召している和服姿の女性が穏やかな笑顔で迎え入れてくれる。

「本日は『朝倉旅館』へようこそおいでくださいました。1週間、よろしくお願いいたします」

「「「よろしくお願いします」」」

「それでは初めに、ご利用いただくお部屋をご案内いたします。幸助、ご案内してらっしゃい」

「了解でござる。さあ、お三方、部屋にご案内するでーーー「おー、あんたらが幸助のお友達かあ!」

 挨拶を終えていざ部屋に向かうところで、声を掛けられる。パッと声のした方へ振り向くと、やけにガタイのいいおじいさんが手を上げていた。やはり浴衣姿で、健康的に焼けた肌と白髪が特徴的だ。片手には杖を持っており、僕らの方へ向けていた手を腰に当ててゆっくりと歩いてくる。

「じいちゃん、休んでなくていいんでござるか?」

 少し心配そうに声をかける朝倉君をはつらつとした笑顔で跳ね返すおじいさん。

「馬鹿幸助おめえ、突然来てくれたお客さんに挨拶しねえほど儂ゃ落ちぶれちゃいねえよ。いや、悪いなお三方。支配人の朝倉猛(あさくらたけるだ。そしてそっちが女将の」

「申し遅れました、朝倉花あさくらはなです」

「ってこった。すでに来てくれた子たちも含めて、来てくれてすごく助かるぜ」

「いえいえこちらこそ」

「こんないいところで働かせてもらえるなんて、ちょっと浮足立ってるっす」

 直紀と信之がそれぞれリアクションを見せる。もちろん僕も同じ気持ちだ。

 そんな僕らの様子を見て嬉しそうに微笑む猛さん。そして、僕たちを呼んだ事情を話し始める。

「すでにバイトの子は集めていたんだがよ、まだそこまで忙しい時期じゃねえから普段の面子でなんとかしようと思っていたんだが......ちょっと儂が腰をやっちまってよ」

 頬をポリポリと掻きながら申し訳なさそうに話す猛さん。

「一週間くらいで治るようだが、その間儂の手が動かせないとなるとかなりしんどくてな......そんなときに限って結構な数のお客様がいるもんで困ってたってわけだ」

 支配人にとってはうれしい悲鳴だけどな.! なんて笑いながら話していた猛さんが、受付に備えてある時計を見て、おっと、と呟く。

「長旅でお疲れのところ邪魔しちゃって悪かったな。この後は適当に業務を覚えてもらうから、いったん部屋に行って準備してくれや。それじゃ、幸助。あとは任せたぞ」

「承知でごわす」

「相変わらず古風な奴だ!」

 ガハハ、と笑いながらロビーに何か所かある従業員専用の扉へと姿を消す猛さん。なんというか、豪快な人だったな......。

「さて、改めてお部屋に案内するでござる。その後は早速仕事をしてもらうでござるい」

「「「はーい」」」

 さて、準備をしたらお仕事開始だ。頑張るぞ!


「ここか? 上木蔵介が向かった旅館っていうのは」

「聡さんが言うにはここらしいぞ。さて、どうやって見つけるかーーー」

「いらっしゃいませ、ようこそお越しくださいました」

「「ーーーあ」」

「あ?」

 受付へ必要なものを運んでいるところに、旅館に入ってきたお客さんへ会釈をしたところ、ポカンとされた。なんだろうか?

「ーーーああ、いや。なんでも」

「お、お世話様です」

「? ど、どうも......?」

 そのままそそくさとロビーの待合席へと移動する二人組の男性。ちょっと気になるけれど、今は仕事だ。

「それにしても、和服って意外と動きやすいんだなぁ......」

 今僕は、和服を身にまといながら旅館を行き来している。もちろん遊んでいるわけではなく仕事だ。

 まずは旅館全体の地図を頭に入れてほしい、そんな意向より、荷物の補充や掃除などに勤しんでいる。というか、一週間これの繰り返しになりそうなのだけれど。

 そして旅館のイメージを崩すわけにはいかないので、紺色の作務衣を身にまとっている。これが意外と動きやすくて助かる。

 受付に荷物を届けたら、そのまままだ開店していない物販コーナーへと足を向ける。そこで商品の補充や並べなおしなど、普段のバイトと同じ作業。この辺りは慣れたものだ。

「蔵介、この後客室の掃除があったろ? あれ、後回しにしていいってよ」

 いそいそと売店コーナーの準備をしていると、そこにひょっこりと顔を出してきたのが正だ。僕たちとは別ルートでこの旅館に着いていたので受付時点では会えなかったけど、業務説明の時点では顔を合わせた。そのままみんなで一緒に働いているとことなのだけれど。

「ん、了解。なんかあったの?」

「あー、お客様のチェックインが早まったようでな。温泉掃除の人が代わりに行ったようだ」

「なるほどね。じゃあ」

「ああ、ここの整理が終わったら温泉掃除に向かってくれ」

「おっけー」

 それだけ言葉を交わすと、正が去っていく。

 さてさて、ここの準備もある程度できた。やってきた本職の方に軽く確認をしてもらい、問題ないと許可を得たので、温泉浴場へ足を向ける。

 温泉浴場はいくつかあって、時間によって入れる温泉が変わる。そして、入れなくなっている温泉浴場を掃除しようというわけだ。

 時間をかけるわけにもいかないし、ササッと終わらせよう。そう考えて小走りで温泉浴場へ向かう。

「......行ったな」

「ああ、俺たちも」

 少し感じる嫌な雰囲気を、気のせいだとごまかしながら。

普段とは勝手の違う職場で、何がおこるのでしょうか?

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