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能力者か無能力者か  作者: 紅茶(牛乳味)
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115話

 ザワザワと騒がしい昼下がりの食堂。

 ご飯時を過ぎれば普段はここもそこまで賑わっていないのだけれど。今日ばかり、というかしばらくは普段以上の盛況具合を見せるだろう。

 かくいう僕たちもこの喧騒の一部だ。

「おいおい、蔵介。お前これは......」

「なにさ。文句ある?」

「いや、ないが......堂次郎。お前は?」

「わりぃな、そこは俺は受けてねえ講義だ」

「......ッチ、仕方がねえ。ラーメンだ」

「ふふん、『全乗せ』、だよね?」

「............クソ! 『全乗せ』だ!」

「そうこなくちゃ」

「あー、蔵介殿。ここは......?」

「あ、そこはプリントのコピーだからね。ジュース2本だね」

「......くぅ、今月の飲酒代が」

「まるで僕が健康な体になるのを後押ししているみたいだね......。ま、まあそれはそれで僕に感謝してよ」

 今はお互いの持ち物を見せ合い、トレードしている時間。

 何を交換しているかって? 『情報』さ。期末考査に立ち向かうための、ね。

 少し話すと、大学のテストは1学期につき2回行われる。いわゆる、中間考査と期末考査ってやつだ。

 その考査は講義ごとに時期がずらされることもなく、まとめて実施される。具体的にいうと、1,2週間で10個前後のテストが行われる。まあ、受けている講義によって多少前後はするけれど。

 そんな一見厳しく見える考査だけれど、意外と何とかなる。それは、ノートやプリントの持ち込みが許されているからだ。これも講義によって変わるけれど。

 しかし! そのノートやプリントは、そもそも講義に出ていないと手に入れることが出来ない! 講義に出ても寝ていたりほかのことをしていたらノートは真っ白なんてこともあるだろう。

 僕は中間考査の時にそれを味わった。考査中に頭が真っ白になった。もはや、

「自分を呪った......!」

「いや、大げさだな」

「正、うるさい。モノローグ中だよ」

「知るか、んなもん」

 それ以来、真面目にノートを取るようになった。眠くても、新しいゲームの情報をスマホで確認したくなっても。ひたすら頑張った。

「そんな僕の情報を狙う、悪鬼ども......」

「言いすぎでござろう」

 こちらは僕のプリントをコピー機で増刷した悪鬼2号、朝倉君のセリフだ。

 ちなみに。堂次郎はとんでもないほど頭がいいらしく。

「ああ? ノートはあってもなくても大丈夫だろ。基本的に暗記系か公式を使う問題ばっかなんだからよ」

 なんて言っていた。怖い。

 まあ、こんな奴らにただでノートやらプリントを渡すわけにはいかない。というわけで、トレードだ。情報を提供したら、代わりに何かをおごってもらうというもの。一応言っておくけれど、流石にお金は取らないよ。

 さて、大体のトレードも終わった。正も朝倉君も素行は悪くないので、トレードする情報は少ない。いや、白昼堂々お酒を飲んでいるのはどうかと思うけれど。

 さあ、後はテストに向かうだけだ! 前回までとの違いを見せてあげようじゃないか!


「......はい、全員分の解答用紙を確認しました。考査を終了します、お疲れさまでした」

「うおおおおおお!」

 隣のクラスから、薄っすらと雄たけびが聞こえてくる。どうやら少し早く向こうの教室のテストが終わったようだ。

 そして僕の方はというと......ふふん、我ながら完璧だ! 時間管理も完璧、見直しも間に合っている!

「お、隣の教室は終わったようですね......っと、こちらも時間です。解答用紙を回してください」

 穏やかな年配の男性が「よっこらせ」と呟きながら立ち上がり、教壇の上で鳴り始めた時計のアラームを止める。

「......うん、とりあえず数の確認はしておきますので解散でいいですよ」

 終わったー! これで春季の考査は最後だ。気持ちのいい達成感とともに伸びをする。

 そんな僕の元へひょっこりやってきた堂次郎。学科がそもそも違うからね、別の講義の考査が終わったのでやってきたのだろう。

「蔵介、ちょうど終わったみたいだな。俺もたった今終わったところだ。どうだ、気晴らしに飯でもーーー」

「あー、隣の教室で受けてたんだっけ。行こう行こう、ちょっと待っててね片付けちゃうからーーー「蔵介、『解答用紙』がここにあっていいのか?」ーーーへ?」

 ドクン。嫌な汗が体中から噴き出す。僕の手はもはや震えが止まらない領域に「いいから早く教授に渡してこい、バカ!」

 一連の様子を見ていた正に言われて、はっと意識を取り戻す。間に合えーーー!

「はあ、大馬鹿だな」

「全く持って同意だ。あそこでしょうもない茶番をする度胸は認めるが」

 解答用紙を集計中の教授に、教室中に響く声で頭を下げながらテスト用紙をわたす。

 教授は笑いながら受け取ってくれた。いい人って、実在するんだね。


「さて、夏休みだな」

 ところ変わって、大学内のカフェテリアにて。唐突に正が呟く。

「そうだねえ、夏休みだ」

 注文したクレープを食べながら、生返事する。考査が終わった達成感と疲労で頭がまわらないや。

「堂次郎はどうするんだ?」

 僕が生返事したので、話を聞く気がないと思われたようだ。呆れたように代わりに堂次郎に話を振る正。話を聞く気がないわけじゃないよ? ちょっと疲れているだけで。

「んー? まあ引きこもってゲーム制作と......うん、それぐらいだな」

「はあ、インドアも極まるとこうなるんだな......」

「もちろん、遊びに誘われたら断らないぜ」

「そういう話でもないんだがな」

 呟きながら、正が飲み物を口に含む。そう言いながらも、正も何も思いついていないようだ。

 その証拠に、

「そういう正は夏休み何をするの?」

「俺は、......あー、カラオケ巡りだ」

「いつもと変わんないじゃん」

「うるさい」

 聞き返せば、何も返ってこない。まったく、人のことばっかりつついて。

「一先ず、今日くらいはゆっくりしようよ。明日からまた考えれば「ここに来るのも久しぶりだ」

 そんな風にまったりしているカフェに目立つ男が入ってきた。

 目立つ理由は単純で、スーツを着ているから。鋭い目つきを印象付けるような、赤く縁どられたのスクエアタイプの眼鏡をかけており、身長は180cmほど。おでこが見えるように黒い前髪を上げて、東部の分け目に合わせてきっちりと短めの髪を分けて整えている。ビジネスショートっていうやつだろうか。

「やけに目を引く人が来たね」

「ああ。それに、清木教授もいるみたいだ」

 ん、と正が顎で示す先には、確かに。

 男性の後ろからひょっこりと。金髪と整った顔つき、穏やかな微笑みが特徴の清木教授が入ってきた。

「結構久しぶりだよね、灯軌くん」

「本業があるからな。中々顔を見せられなくて申し訳ないな」

 そう言って、一見険しい表情を緩める男。おお、理想のビジネスマンって感じだ。

「次は奥さんも連れてきていいんだからね。俺も久しぶりに話したいや」

「君には立花がいるだろう?」

「浮気とかじゃないよ!」

「わかっている」

 軽いユーモアを交えながら落ち着いた口調で話す男性。というか、清木教授。それだと立花学長のことを『特別』と認識しているってバレちゃいますよ......?

「って、別に隠してはいないのか」

「な。一瞬ドキっとしちまったぜ」

「あ、堂次郎もそう思った?」

「なんのことだ?」

 堂次郎も同じことを思ったようだけれど、正は特段気が付いているわけではなさそうだ。

「まあ、正には分からない話だよ」

「おいおい、仲間外れか?」

「恋愛系の話だ。鈍感な奴には縁がねえよ」

「お前らは縁があるのか?」

「正......!」

「言っていいことと悪いことがあるだろ......!」

 僕と堂次郎が瞳を潤わせながら正に詰め寄る。

「落ち着けって、純粋に疑問だから聞いただけーーーむぐ」

「塚波ぃ......。純粋な心でも人は傷つけられるんだぜ......?」

「そーだそーだ!」

 店内の注目を自分たちが集めている。そんな事実にも気が付かずに二人がかりで正を責め立てていると。

「......はあ、随分騒がしい客がいたものだな? 清治」

「悪いね。いつも注意はしているんだけど」

「まったく、そう言いながらも甘やかしているんじゃないか? ーーー『シュート・アウト』」

「あいて!」

「いてえ!」

 コツン、とおでこに何かが当たる。これは......ガムシロップが入っていた容器?

「こりゃあ......クリープが入ってた容器か?」

 堂次郎の方を見れば、僕と同じくおでこを手で抑えながら手のひらにあるクリープの空き容器を眺めている。

「上木君、ちょっと騒ぎすぎかな」

 そんな僕らの元へやってきたのは、清木教授だ。ただし。

「......あの、騒いですみませんでした」

「あ、ああ。すまなかった」

 明らかに怒っている。いつもはあまり怒らない様子だけれど、今日ばっかりは少し事情が違うようだ。

「謝罪はいらないよ。だけど、ちょっと痛い目に遭ってもらわないと。学、始」

 笑顔のままカフェテリアの入り口に声をかける。すると、スキンヘッドの巨漢が二人やってくる。

「お呼びでしょうか......ああ、上木か」

「まったく。尾立さんがいらしているときに限って騒ぎを......」

「上木君と高見君、連れて行って」

「「はい」」

 僕と堂次郎はしゅんとした表情で連れていかれ、巨漢からしごきを受けて。

 夏休み前の浮ついた気分が嘘だったかのように、ぐったりと重たい体を引きずりながら寮に戻ったのだった。

忘れてはいけません。彼らは大学生です。

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