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能力者か無能力者か  作者: 紅茶(牛乳味)
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112話

「『マインドロック』は、『心』に鍵を掛ける」

 蔵介が俺の目の前に現れるほんの少し前。目の前のやけに圧のある男、七瀬が俺に説明する。

 ここは、どこかの公園か? ゆっくりとあたりを見回せば、自分が少し高い丘の上にいることが分かった。

 辺りは木で囲まれており、囲まれているこの場は花で満たされている。もちろん、花を傷つけないように小さな柵が設けられているが、それは気にならない程度の低さだ。

「それは、思考を固定させることに等しい、らしいぞ。俺は喰らったことがないので分からないが」

 ふっ、と目の前の男が笑う。俺の足元には、こいつの側近の一人がいるにも関わらず、だ。

「............」

「一進様、申し訳ございません......」

 銀髪が特徴的な女が、苦しそうというよりは悔しそうに呟く。それに対して七瀬が首を振る。

「謝る必要はない。これは試験だからな、負けてしまう可能性もある」

「......はい......」

 まったく納得がいっていない様子の女だが、それ以上口を出すことはない。改めて、七瀬が話を続ける。

「『思考を固定』といきなり言われても分からないだろう。......簡単に言うなら、そうだな。九条、お前の明日の朝飯は何にする予定だ?」

 少し茶化した雰囲気で話す七瀬。俺は答える言葉を持ち合わせていない。

「パンか? スープだけか? パンは食パンか、菓子パンか。スープはトマトスープか、コーンスープか......色々な選択があるように見えるだろう?」

「.......」

「ただ、実際は違う。そもそも和食という考えが抜けている。いや、抜けているというよりは、そんな想像に至ることが出来ない。探そうともしない。そんな感覚らしい」

 朝ご飯を考えるのに、建物の間取りを考えないだろう? そう言いながら微笑んでいた表情を戻す七瀬。

「ここまでが、お前の状況を説明するための話だ。そして、ここからが本題だ」

 スッ、と無駄のない動きで立ち上がる七瀬。そして、指を鳴らせば俺の足元にいた女が消える。

「さて、九条隼人。お前の試験は合格、俺たちの仲間になることを許可してやる」

 ピクリ、と自分の眉が持ち上がったのが分かる。こちらに向けて手を差し伸べてくる七瀬に怒りを覚える。

 なぜ俺が、お前の仲間になりたいと願わなければいけないんだ。その感情をそのまま行動に起こそうとするが、

「............」

「体が動かない、か。俺の能力だ。『七瀬一進へ攻撃する方法』にも鍵を掛けた。これは俺の安全を守るため。まあこうやって断られることもわかっていたからな」

 卑怯者が、それで勧誘のつもりか。

「......信頼関係の構築もできないのか」

 能力を使われながらも絞りだした言葉。別に喋ることに制限を掛けられていない。それどころか、七瀬に能力に使われてから意識を失って以来、特に行動に制限を掛けられていない。それこそ、たった今七瀬に攻撃ができないと気が付いたくらいだ。

 それでも口を開かなかったのは、余計な情報を与えないため。俺が話す言葉が相手にとって都合の良いものにされていたら。『幻覚系』の能力者に能力を使われたらどうするか。俺みたいな特別な能力者や芸能人など社会に影響を与える人間が最初に教わることの一つだ。

「思わず口を開いたか。その褒美でもないが話してやろう。俺たちが目指すのは、『能力者』の公表と地位向上だ」

 腕を組んで話す七瀬。その言葉には重みがある。

「俺たちが無能力者に気を遣う必要はない。強い存在はそれなりの態度が許されていいはずだ。それすらもできず、逆に媚びをうらなくてはいけない場面も珍しくない。そんな現状をぶっ壊す。その目的のために集まっている。俺とメンバーの間に大きな信頼はない。ゴールが一緒だから、利用しあっているだけだ」

「それは、ご苦労なことだ」

 適当な相槌だけ。そう意識しながらこいつと話す選択を取る。気のせいでなければ、遠くで何かが折れる音がした。誰かが闘っている音がした。

 あいつが、来てくれる。それならば、リスクを取ってでも時間を稼いでやる。

 そんな俺の意図に気が付いたかは分からない。ただ、七瀬はそのままのスピードで話す。

「考える時間は必要だろう。だから、時間をやる」

 そう言って懐から出したのは、小さな端末。それを操作すれば、俺の目の前に画面が現れる。

「......これは」

「住所だ。俺たちの拠点のな」

 俺が確認したと同時に、画面が消える。

「一度見たものをすぐにある程度覚えられるらしいな。ならこれで十分だろう。優秀な奴は手間が省けて助かる」

 そう言い残して、手を挙げて指をすり合わせる七瀬。先ほど女を消したように、自分も消えるのだろう。

「自分から拠点を教えるなんて、余裕だな」

「それは気にするな。もしも俺の能力が破られたら、記憶の混濁が起きるらしいからな。その時には、お前でも忘れてしまっている、はずだ」

「洗脳じゃないんだろ? 能力を受けたまま、お前の本拠地を教える可能性も」

「まあありえなくはない。ただ、能力を受けたまま仲間に本拠地を教えることはないだろうな。俺がかけた能力の効果もあるが......お前が常に考えていることは、俺たちの目標と一致する」

 最後にふ、ともう一度口角を上げて、七瀬が言葉を残す。

「強ければ強いほど、自由に生るべきだと考える。それを妄想で終わらせる必要はない。自由に生きていいんだ。お前は怖がっているだけだ」

 何に。その答えは胸の中にすでにある。

 俺は怖がっている。自分より弱い存在に。

 『無能力者』に。

 自分の真っ黒な手を見つめて、グー、パーと手の形を変える。

「それと、上木蔵介、あの『化け物』には気をつけろ」

 その言葉とパチン、という軽快な音でふと七瀬の存在を思い出し、顔を上げれば、すでにその姿はなかった。

「............」

 俺が才能に価値はない、そう思ったのはいつからだろうか。

 さらに高く顔を上げて、目を閉じる。

 そうして物思いに耽ろうとすれば、『邪魔』をしてくるやつがいる。

「はあ、はあ、ようやく見つけたよ......」

 声の持ち主を知っている。どんな時でも他人のことを考えて、毎日を楽しく過ごしている人間。

 振り返ると、やけにボロボロだ。俺のために何かと闘って、勝利してやってきたのだろう。

 こいつに助けを求めていたはずなのに、嫌な怒りがこみあげてくる。

「さ、帰ろ......って、隼斗......?」

 グジュグジュ、そんな表現が正しいのだろうか。やけに生々しく体が作り替わる感覚がある。

「まさか、能力が暴走してるとか? もう少しの間抑えていられる? いや、抑えてて! すぐに助けを呼ぶから!」

 そう言って踵を返そうとする上木に、声をかける。

「上木」

「ん? あ、意識はあるんだーーー「わりぃ」

 体を軽くひねり、『一瞬で上木の前に移動してから』、拳を顎に叩き込む。

「っがぁ!」

 短く叫んだかと思えば、体を地面に預けて倒れこむ上木。

 そのまま、ピクリとも動かなくなる。それから一瞬遅れて、上木の頭から血が流れだす。

「はあ、はあ、はあ......」

 大した運動量ではないのに、汗と動機が止まらない。呼吸も落ち着かない。

 やけに周りの景色に目が行く。遊歩道を歩いた終わりは、色とりどりの花が咲き乱れるどこまでも美しい風景。視界を遮っている木々はやけに遠く感じ、ただただ綺麗な花に集中させる不思議な場所。

 大きな出来事とこの風景がきっかけになったのか。立ったままなのに、地面がどこにあるか分からなくなり、意識がすうっと遠のいていく。

 俺はーーー




『隼斗坊ちゃん、また成績最優秀ですって』

『まあ、本当ですか。九条家の跡取りにふさわしい方ですわね』

『ええ。私たち侍女もそんな方のお世話ができて、鼻が高いというものです』

『特に身近にいるあの3人は影響があるのかしら?』

『さあ。どちらにせよ、仕事を続けましょう』

 そんな話を耳に挟みながら、広い庭にポツンとおかれた植木鉢に水やりをする。

「なあ、これになんの意味があるんだよ!」

 水やりはするが、別に好きでやっているわけではない。これは『罰ゲーム』なのだ。

「あら、お花の世話一つもできないのかしら?」

 俺が文句を言えば、背が高く長い金髪と鋭い目つきが特徴的な女が、口元を持ち上げて煽ってくる。

「そんなわけねえだろ! 俺はすごいんだぞ!」

 成績は学校の中で一番優秀。体を動かすのも大得意。芸術系の授業も全部できる。

「まあまあ九条坊ちゃん。そう怒らないで」

 そう言って俺をなだめてくるのが、少し老けた顔に見えてしまう男。ただ、きっちりと整えた髪と髭が老け顔をポジティブな印象に変える。

「これが落ち着いていられるか!」

 そう言ってじょうろを振り回そうとする俺の腕をガッチリと掴むのは、高い身長ととにかく筋肉質な体、あとはオールバックにされた黒髪が特徴の男だ。

「ガハハ! 元気でいいじゃねえか、九条坊ちゃん! 負け犬ほど遠吠えが響くなあ!」

「負け犬っていうな!」

 そう、俺はこの大男とのゲームに負けてしまった。簡単なトランプゲームだが、負けは負け。

 負けた方は相手のいうことを一つ聞く。それの結果がこの水やりだ。

「くそ、イカサマされていたに違いない......!」

「んなわけないだろ。まあそこそこうまかったが、まだまだだったな」

 与えられた罰ゲームは、『花を咲かせる』こと。こんなことをやらせる意味は分からないが、逃げるわけにはいかない。

「それじゃあ、頑張れよ!」

「長い目で頑張ろうか」

「ええ。花が咲くのを楽しみにしてるわ」

 そう言って手を振りながら去っていく3人。俺は花壇だけを見つめて、半泣きになりながら水やりを終え、自室に戻る。

 このまま逃げ出すのも格好悪い。そんな思いで始めた花の世話は、つまらなくも楽しくもない、日課になっていた。

 そして2か月ほど経ったころ。ある日の学校帰りに日課の水やりをしようと植木鉢に向かう。

 そこでは、ピンク、青、黄色のパンジーが同時に咲いていた。

「......」

 決して、爛漫と咲いているわけではない。3つ合わせても子供の手のひらに収まるほどの大きさ。

 でも、思わず呟いてしまう。

「綺麗だ......」

 小さな花に顔を近づけて、視界を3つの花で埋め尽くす。気づけば、黄昏色に染まりかけていた空が、しっかりとオレンジ色に染まっていた。

「あら、ここにいたのね......って、花が咲いたのね。やるじゃない」

 俺を探しに来たようだ、金髪の女、『凛音(りおん)』が声をかけてくる。

「随分可愛らしい花ね。見とれてたの?」

 無駄のない所作で俺が放り出したじょうろを拾い上げる。それを一瞥してから、目の前の花に意識を戻す。

「......多分」

「多分、て。綺麗だと思って長い時間見つめてたんでしょう?」

 言葉にされれば、その通りだ。でも、子供心ながら、疑問に思うことがあった。

「もっときれいな花が周りに咲いている」

 顔を見上げて辺りを見渡せば、手元の花よりももっと大きく綺麗な花がすぐに見つかる。

 でも、

「それを見た時より、綺麗だと思ったんだ。なんでだと思う?」

「......さあ、なんでかしら」

 明らかに答えを知っている声色。それでも教えてくれないのには、理由があるのだろう。

 なら、それ以上は聞かない。もう少し考えてみる。

「ええ、そうしなさい。ほら、考え事なら部屋でも出来るでしょう」

 頷いて、植木鉢の前を後にする。

 胸の中にある、今まで味わったどんな気持ちよりも温かく高揚する感情と向き合いながら。




「てめえが九条か?」

 俺はドスを効かせた声で目の前の悪魔に声をかける。

「............」

 やけに長い沈黙。それでも俺の存在は認識したようだ。目鼻がなく、何本かの赤い筋が通っている真っ黒な顔をこちらに向けてくる。

「............ああ」

 ようやく帰ってきた返事。顔のどこかが動いたわけではない。ただ、九条がどこかから出した声だということはわかる。

 そして、こいつがなぜか蔵介を倒したということも。

「「......」」

 お互いの短いにらみ合い。その一瞬後には、拳が交じり合う。

「「......ぐ!」」

 ほぼ同時に漏れるうめき声。目の前の男が俺の目の前に瞬間移動してきた。それと同時に拳を振るいあう。俺の拳は腹に、九条の拳は俺の顔に命中した。

「ッぷ」

 口の中が切れたようだ、俺は血が混じったつばを吐き出して、再度拳を構える。

「......!」

 九条が手をこちらに向ける。その瞬間、俺の首が掴まれる。

「ぐぁ......! あっつ!」

 とてもじゃないが振りほどけないほど強い力で掴まれた首が悲鳴を上げる。

「セカンドインパクト!」

 能力を使った後すぐ、力が緩んだ九条の手首に両手をかけて、すぐに取り外す。っくそ、やけに熱い手だな!

 それを地面に叩きつけようと振りかぶると同時に、手首が消える。どうやら元の場所に戻ったようだ。

 再び拳が交じりあおうとする。その瞬間、場を制圧するような声が聞こえる。

「そこまでだよ、九条君」

 そこに現れたのは、長身と金髪が特徴な男、清木教授だ。微笑みを絶やさない表情も、今日ばかりは顔を見せない。

 その後ろからは、3人の大人が顔を出す。

「おいおい、こいつぁ......」

「......成功、と言っていいのかな?」

「そんなわけないでしょ。さあ、元に戻すわよ」

 そのさらに後ろからは超能力者が現れる。

「あ、塚波くんだ。蔵介は、......大丈夫、だよね?」

 白川が、無表情のまま首を傾ける。今回ばかりは敵ではなくてよかった、そう思わずにはいられない。

 そして、九条の後ろからは高戸さんが現れる。

「この公園中に能力者を配備させてもらった。さて、これでおとなしくなってくれるかな?」

 取り囲む大人と能力者。超能力者といえど圧倒的に不利な状況でも、九条は能力を解かなかった。いや、解けないのかもしれない。

 それでも意識を飛ばさせれば能力はなくなるはずーーー

「どいつもこいつも......! イライラさせやがる......!」

 ブワっ、と離れた俺の位置にまで熱気が届いてくる。

 そして何を思ったか、咲いている花の一つに手を伸ばす。



『大樹、これやるよ』

『あー、なんだこりゃ! 随分綺麗に咲いてんなあ!』

『だろ? 俺の手にかかればこんなもんだ』

『流石だなーーー』

 ある日気が付いた。なんであの花があんなにきれいに見えたのか

『浩二、あげる』

『んー? おお、咲いたんだねえ。綺麗だ』

『ああ。綺麗だよな』

『そうだね。ーーー』

 それは、俺が手をかけたから。愛着が湧いたから。冷たい言い方だが、付加価値が付いたから。

『......凛音』

『ん? なにかしら、九条坊ちゃん』

『.........あー、ほら』

『あら、綺麗な花。あのままさらにお世話したのね』

『まあな。意外と向いてたみたいだ』

『それは何よりね。うん、綺麗ーーー』

 そして何よりもーーー

『『『ありがとう』』』

 あの三人の笑顔が、花よりもきれいに見えたから。




 そんな綺麗なものが、自分を苛立たせていたから。

 



 プツ、と。やけにあっさりと、それは手折れた。




「...........う、ぅん......」

 目を覚ますと、綺麗な星が見える夜空が目に入る。

 それと同時に、炙られているかと錯覚するような熱気が伝わってくる。

「いてて......」

 体を起こせば、もう先ほどまでの光景とは違う。

 ちょこんとその場に胡坐をかくと、まさに一触即発な現場の真っただ中にいることが分かった。

 僕が闘ってきた能力者たちに、清木教授と高戸。正に雪音。あとは、色々な能力者がいるのだろうか、人の気配がする。

「......ふうん」

「蔵介、起きたか!」

 少し慌てた様子で正が僕の方へ振り向く。

「うん。起きた」

「......やけに冷静というか。大丈夫か、お前?」

「何が」

「ああ、いや。なんでもない」

 少し棘を出しながら聞き返せば、バツが悪そうに顔を背ける正。まあ、自分でも少し怒っているのが分かるけれど。

 ちらり、と隼斗(?)に目を向ける。真っ黒な体に、赤い線が何本も。『デーモンハンド』が全身に作用しているという状態だろう。

 ............うーん。よし。

「帰ろう。正、この後暇?」

「はあ?」

「帰りにご飯でもどう? 僕イタリアン食べたい」

「俺はどっちかというと中華の気分だが......」

「じゃあ間を取って和食だね」

「絶対間じゃないだろ......って、そんなこと言ってる場合か!」

 立ち上がって、真っ黒な状態の隼斗に背を向けて歩き始める。

「お、おい。マジで帰るのかよ?」

「いいや? ご飯食べに行くんだよ」

 そう言って歩き続けると、清木教授が目の前に立ちはだかる。

「ごめん上木君、もう少し手伝ってくれないかな?」

「嫌です」

 清木教授は能力で止めようとしているわけでもない。普通にお願いされたのだけれど、すぐに断る。

「ど、どうしちゃったの、蔵介? ......っていうか、傷だらけ。大丈夫?」

 雪音がててて、と小走りで駆け寄ってくる。そのまま、上目遣いで僕の容態を心配してくれる。

 ......

「こういうテクニックってどこで覚えてくるの?」

「? てくにっく?」

 きょとんと目をまん丸にする雪音。ぐぅ、可愛い。こういうテクニックのことだよ!

「ま、まあ。身体は大丈夫。それより、ご飯でも食べに行こうかなって。あ、雪音もどう?」

「う、うん。別にいいけど、九条君はいいの?」

 恐る恐るという様子で聞いてくる雪音。僕が怒っているということに気が付いているようだ。さすが幼馴染。って、雪音とは十年くらい直接話していなかったんだけれどね。

「あー、もういいよ。あとは大人に任せる」

「おいおい、蔵介。助けに行かないと九条は......」

 さっき僕が言っていた『寂しい』という奴だろう。でも、そんなのどうでもいい。

「知らない。僕は手を掴むことはできるけど、体に手は届かないもん」

「「??」」

 なんで怒っている時ってわざわざ伝わりにくい表現をしちゃうんだろうか。

 分からないならいいよ。それだけ言葉を残してその場を後にしようとすると、僕の目の前に隼斗が瞬間移動してくる。

「わ。びっくりした」

「......闘って、俺を助けるんじゃないのか?」

「どの口が言ってるのさ!?」

 目の前に突然現れるよりもびっくりしちゃったよ。僕はさらにいきり立ちながら隼斗に詰め寄る。

「あのねえ! 僕は聖人じゃないんだよ!? 分かってる!?」

 突然感情を爆発させた僕にたじろく隼斗。

「君に寂しい思いをさせたくない。大人が関わる前に助けて、少しでも対等な人間がいるって伝えようと思ったのに......!」

 苛立ちを言葉にする僕を止める人はいない。痛いほどに拳を握りこんで、言葉を続ける。

「間に合わなかった方がマシだなんて考えちゃったよ! まさか君に気絶させられるなんて! あー、もう!」

 そのまま拳を振り回す。

「もう無理! 無理だよ! 限界! もう頑張らない! 今日はおいしいもの食べて、ゲームして、課題はやらないで寝るんだ!」

「いや、課題はやってくれないと」

 清木教授が教職者の立場からだろうか、ぼそっと呟く。それが聞こえていながらも無視して駄々をこねる僕に隼斗が声をかけてくる。

「いいよな、才能がない奴は」

「なにそれ、皮肉?」

 思わず眉が吊り上がる。喧嘩売られてる?

「努力をすればするほど、手に入った時に光るだろう。俺は簡単にすべてが手にはいる」

「はあ?」

「才能なんかいらない。価値をつけるとしたらーーー「いやいやいや! 才能なんかあればあるだけいいでしょ!」

 なんてことを言うんだ、こいつは!

「あのね、努力はもちろん大事だよ。でも、なんで努力が大事なのか考えてみればわかるでしょ。自分の望むものを手に入れるため。その過程が少ないなら少ないだけ幸せでしょ!」

「でも、そのものの価値は「なんで人が望むものが一つしかないと思ってるのさ。いくつもあるでしょ。それに、形あるものだけとは限らないし。何より、『努力した』っていう付加価値がないと意味がないものなんてないでしょ」

 まったく、こんな簡単なことも分からないなんて。持ってる人の悩みってやつはうらやましい限りだよ。

「......」

「もう、用事が終わったならどいてよ。完全にイタリアンの気分になってるんだ。パエリアが食べたいな」

「おい、パエリアはスペイン料理だぞ」

「うるさい! なんでもいいでしょ!」

「理不尽だな.....」

 やれやれ、と肩をすくめる正。言いつつも正は僕についてくることにしたようだ、一緒に帰ろうと歩みをそろえてくる。

「安くてうまい店がいいな」

「ほら、あそこにしようよ。あの安いお店......なんだっけ」

「ああ、あそこか。大学の近くの」

「そそ。ピザ食べようよ」

「肉が食いてえけどな」

「まあ好きなの頼もうよ。.....っていうわけで、清木教授。あとは任せました」

「え、あ、うん」

 戸惑っている清木教授に声をかけてから、さらに歩む速度を上げる。

(......俺が望んでいる光景は、あれなんだ。対等に話せる人間......)

 はあ、もう疲れたよ。

(どうすれば、あそこに自分が入れる? どうすれば......)

 完全に解決できなかったのは残念だけれど、もう大丈夫でしょ。

(ああ、俺は何も努力なんてしてこなかったんだな。......なら、今からでも)

 ふ、っと僕の頭上が暗くなる。

「うわっと」

 最低限の動きでその場から一歩離れる僕。先ほどまで僕がいた地面は隼斗の攻撃によってえぐれていた。

「怖いから逃げているだけじゃないのか? 『化け物』」

(間違っているかもしれないが。それでも、動く)

「やっぱり、喧嘩売ってるんだ」

 ちょうど、怒りの発散場所を探していたところだ。俺は拳を構える。

「正、手出しはいらないよ」

「ちょっと韻踏んでるな」

「しょうもな」

 そんな言葉をかけあいながらも、正は少し離れた場所へ移動する。

「うらやましいだけだろ? 自称『才能人』」

「自惚れんな」

 さあ。

「ぶっ飛ばしてやるよ、勘違い野郎」

 喧嘩だ。

雨が降りましたね。


※投稿遅れ申し訳ないです。

時間がかかった理由は、現実の忙しさよりも内容をどうするかで悩んでいました。

なんとか終わらせる踏ん切りがつきましたので、がつがつ進めます。

後2話で3部は終わる予定です。

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