111話
「おらあ!」
「っぶねえ!」
間一髪、敵の攻撃をよけながら、男の腹に拳をぶち込む。
「ふん!」
「ーーー効かねえ、ぜ!」
ただ、その攻撃は男がまとっているオーラを薄くする程度で終わり。全力で殴るとその後の動きがどうしても遅れるから全力ではない。それにしても、結構力を入れたんだが......。
自分でも眉間にしわが寄っているのが分かる。そんな俺へのお返しと言わんばかりに、オーラをまとった腕をぶん回してくる男。
その攻撃を屈んでやり過ごし、
「『セカンドインパクト』!」
拳を振り上げて、能力を使う。瞬間、男の腹のあたりのオーラが薄くなる。
特に意識したわけではなく、オーラが薄れたところを狙って拳を叩き込むーーー
「ッ!」
「クソ!」
のを邪魔してくるのが男の脚だ。俺の拳が触れたのとほぼ同時に男の脚が俺の腹を蹴飛ばす。
「ぅえ......」
腹からこみ上げてくる気持ち悪さに耐えながら、ほぼ反射的に能力を使う。あんな微妙な当たりだと、普通ならともかくこの男にダメージを当たることはできないだろう。いったんリセットだ。
「『セカンドインパクト』」
拳を構えながら能力を使うと、目の前の光景に違和感が現れる。
「......!」
男が少しよろめいたのだ。そこで、一気に気が付き始める。
『木をひしゃげられる男の攻撃を喰らってダメージがない』『そのタイミングは』『殴るとオーラが薄くなる』『オーラに濃い薄いの概念がある』『能力を使ったタイミングと、攻撃をした直後』『もし使っていなかったら』
ーーー要するに、『勝算』が確実なものになった。
「それじゃあ、終わらせるぜ」
そんな風に結論づけた俺は、両手で組んだ手のひらを男に見せるように腕をグーッと前に伸ばす。まあ軽いストレッチだ。
「......」
先ほどまでの楽しそうな表情を引っ込めて、鋭い目つきで睨んでくる男。
ただ、そんな表情をしたところで俺を一ミリとて動揺させることはできない。むしろ、ぶちのめしたい気持ちが強くなるだけだ。そんな思いを表情に出す。
口元の口角は少しだけ上げて、自分の余裕を伝える。眉間の皺は深くなり、目は自分でもわかるほど細まり、自分の怒りを伝える。
「なんでだ?」
「ああ? 文脈がねえな」
男が腕を組みながら問いかけてくる。それに対して悪態を返す俺。
「なぜ上木を助ける?」
「はあ? 俺は蔵介を助けに来たわけじゃねえよ」
「なに?」
蔵介が喧嘩をしているだけなら、わざわざ助けねえ。というか、助けるという表現が微妙だ。蔵介ならこいつにも勝っちまうだろうし、直接危ないところを助けているわけでもない。
「事情は全く知らねえけど」
脳裏に浮かぶのは、地下施設で蔵介と合流した時のこと。
圧倒的に不利な状況でも闘おうとする鋭い目つき。七瀬とやらが能力を使ったときの怒りの表情と叫び。苦しそうな表情で頭から血を垂れ流す蔵介の姿。
こんなの、ただの喧嘩じゃない。また『何か』を助けようとしている。そのために、ああまで苦しむことも顧みないやつなんだ。長くはない付き合いながら、そう気づいた。
なら、あいつと同じ部隊、『防人』の俺にできることは。
「『何か』を助けるのを、『手伝い』に来たんだよ」
「鬼神、お前の方が文脈がねえぜ」
「まあ、ゆっくり考えとけよ。病院のベッドでな!」
タッ、と軽快に駆け出した俺を迎え撃つようにファイティングポーズをとる男。
そして、俺が拳を振るうのに合わせて男が拳を振るってくる。
ーーーここからは、俺が推察したこいつの能力。
すでに分かっている情報は、『オーラをまとっている』ことと、『馬鹿力』と『攻撃を無効化』するということ。つまり『衝撃を吸収し、自分には馬鹿力を付与するオーラを操れる』能力だと考えられる。というか、実際にそうなんだろう。
じゃあなんで、あいつに殴られた俺が致命傷を受けていない? それは、俺が攻撃した直後だから。
じゃあなんで、攻撃した直後なら、あいつの攻撃が致命傷にならない? それは、オーラは攻撃と守りの両方に使えないから。
じゃあなんで、守りにオーラを使ったはずの初めの攻撃はあんなに強かった? それは、霧散したオーラが戻ってきて、男の腕に纏わりついたから。
ここで俺が致命傷を受けなかった理由は二つ。
一つは、オーラが『薄かった』から。霧散したオーラが戻り切らなかったから、威力が低くなった。
もう一つは、俺の能力『セカンドインパクト』が攻撃の瞬間に男にダメージを与えていたから。俺は吹き飛ばされて転げまわり、男の様子が分からなかった。ただ、その間に俺の攻撃を喰らって悶えていたはずだ。いや、悶えるとまではいかなくても、よろけさせる程度の効果だったかもしれない。それでも、やつが百%の攻撃をすることを防ぐのに俺の能力が一役買ったはずだ。
ただ、これらは全部仮説だ。それを真実だと証明したのが、男の行動と反応。
俺の能力でオーラが薄まった場所にもう一度攻撃を加えたら、男は一たまりもなかっただろう。さらにそれに気が付いた俺は反射的に能力を使ってダメージを与えてくる。そして、自分の能力の弱点がばれてしまう。そう考えたのだろう。
なら、俺の攻撃を邪魔するのが先決だ。そう考えて脚を突き出したが、少し遅かった。俺の攻撃が到達した。
一撃目はオーラで消され。そして『セカンドインパクト』の方は消すことが出来なかった。そして、威力は決して大きくなかっただろうが、反応してしまったのだ。
そして、俺は決定的な弱点に気づいた。オーラはある一定上の攻撃までしか防げない。他にも攻撃と防御は同時にできるのかとか、攻防の切り替え時間とかあるかもしれんが、そんなのはどうでもいい。
防げる力に限界がある。それだけでいい。それだけで、俺の『勝算』が輝く。
「終わりだ」
スピードと体重を乗せた拳。男の腹に向かって突き出す。
「なめんじゃねえ!」
男も負けじと拳を振るうが、それは走っている俺の拳と比較すると大分遅い。
こいつにとってはそれでいいのだろう。俺の攻撃を受け止めて、自分の攻撃を喰らわせる。そのままオーラを纏っていない拳で攻撃を続けて、俺が能力を使ったら、自分の拳にオーラを纏わせて、フィニッシュ。そんなプランだとわかる。
ただ、俺の『勝算』の前にはそれは無駄だ。
この一撃で終わらせてやる。
拳が男の腹に触れる感触。『それと同時に』能力を使う。
ーーー吹き飛ばしてやる。
「『デュアルインパクト』!」
俺の思いがそのまま具現化されたような衝撃が拳から伝わってくる。思わず、自分の拳が後ろに弾け飛んでしまうほどの威力。
「!? ーーーぐあああ!」
まったく予想していなかった威力だったのだろう。体格からは想像できないような吹き飛び方をする男。
倒れこんだ男に近づいて、あごを蹴り飛ばす。それだけで、悶えていた男が動かなくなる。それを見て、一息吐く。
ひっさしぶりに使ったな、この能力。手をグーパーと握ったり開いたりしながらそんなことを考える。
『デュアルインパクト』。『セカンドインパクト』の応用だ。攻撃をぶつけた瞬間に『セカンドインパクト』を使う。それによって、攻撃が『重なる』。言ってしまえば、倍の威力の攻撃を繰り出すことが出来る。波を想像するといいかもしれねえな、振幅が二倍になる感じだ。
この『デュアルインパクト』が俺の『勝算』だ。オーラがもう少し攻撃を防げたりするものだったら
......まあ、何とかなってただろ。
さて、こっちの用事は終わった。一足先か遅れているか分からんが、奥へと向かってみるか。
「あっちは何にもないといいんだが」
そんな呟きは、何もないでいてほしいという願望なのだろう。なんとなく的中しそうな嫌な予感を思考の端に追いやりながら、脚を動かし始めた。
「............」
ここは、どこだ。何が起きたんだ。
答えてくれる奴はいない。ただ、なんとなく状況はわかる。俺の能力に目を付けたやつに攫われて、意識を吹き飛ばされて。
そしてーーー人を傷つけた。
ふと、ボコボコと溶岩のように脈打つ真っ黒な手の甲に目を向ける。そして、自分の胸の前にもっていき、くるりと返して、手のひらを見つめる。............手が震えて見えるのは、気のせいだろうか。
なんでこんなことに。そう思わずにはいられない。
そして、『なんで』を考えれば、自分の『才能』がひょっこりと顔を出す。なんでもできて、『超能力者』に認定されるほどの才能が。
..................なあ。才能って、そこまで欲しがるものか?
別にこれがあるからって、得したことなんか一度もないぜ。
だから、教えてほしい。
才能の値段を。
ちなみに才能を持っている俺目線で才能に値段をつけるなら。
「0円」
......いや
「借金だな。借金手形」
なぜなら、俺を普通に染めようとしてくれていた人間が。
ーーー上木蔵介が、俺の足元で横たわっているのだから。
正の強さと、未知数な隼斗。