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能力者か無能力者か  作者: 紅茶(牛乳味)
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107話


 ゴキャン? メギャン? バキャン? 表現は色々あるだろうが、とにかく、やけに乾いた音だった。

 それでいて、重い。

「ーーーあ、が......ぁ」

 殴られた俺の頭が砕けた。

 それがはっきりと分かる音が脳に響いた。

 ドサリ、と倒れこむ体。ドクドクと流れ出る血が、俺がまだ生きていることを教えてくれる。だが、どれだけ命をつなぎとめられるか.......。

「あれ、こんなもんかあ」

「おい、お前単体の力ではないぞ」

「はいはい、一進は厳しいなあ」

「調子に乗らないようにするためのお気遣い。しっかり心に刻め、七緒ななお

「一進以上に厳しいのが、黒羽くろはなんだよねえ」

 やいやいと盛り上がっている七瀬一味。その話に口を挟む余裕はない。

 服の一部を切り離し、頭全体にキツく巻き付ける。最低限にも達していない、本当に簡単な止血処理だ。

「あれ、まだ生きてる」

 まずい、まだ動けることに気づかれた。素早く体を起こそうとするーーーが、頭がふらつき、姿勢を崩してしまう。なんとか、片膝をついていつでも動けるようにしておく。

 そんな俺の様子を一瞥して、七瀬が口を開く。

「......おい、七緒。ちゃんと殺せ」

「ん、一進がそんなこと言うの珍しいね。あんまり無駄な殺生は好きじゃないって感じだったのに」

「無駄じゃないからだ」

「そうだ、口答えするな」

「もう、今は黒羽は関係ないでしょ。そもそも、殺すことに反対している訳じゃないからね」

 俺の方へ向かってくる七緒と呼ばれた男。

 やるしかねえぞ......でも、どうする? まだ能力の全容を知らないのに勝てんのか?

 久しぶりに近づいてくる『敗北』の二文字。ただ、それを意識している余裕はない。

 俺は地面に手のひらを押し付け硬度を変える。コンクリートを触れただけで崩れるほどに脆く変化させて、そのまま地面から武器を作りだしーーー

「『デーモンハンド』」

「うぐっ!?」

 ピタリ、とその場の全員が固まる。むくり、とダルそうな顔で体を起こした超能力者が、一瞬で場を収めた。

 突如として現れた真っ黒な手が七緒の足を掴み動きを止める。

「......あー。蔵介? 状況は?」

「拉致されて、ヤバいやつ来て、......ホトトギス」

「できないなら川柳を詠むな」

 はあ、とため息を吐きながらベッドから降り、ゆっくりと立ち上がる隼斗。七瀬はそれでも依然として、ベッドに腰かけたままティーカップを傾けている。随分余裕なようだ。

 ただ、余裕なのは隼斗も同じだ。油断しているわけではなく、七緒の動作をとめながら七瀬を警戒しているのがわかる。

 全員が出方をうかがっている状況。その状況を動かしたのはその場にいた誰でもない、突然の乱入者。

「うっらあああ!」

「「「!?」」」

 ドアを蹴破って入ってきたのは、オールバックの黒髪が特徴の俺の友達......

「正!?」

「んお? ああ、蔵介......って、頭どうした!?」

「いや、正常だけど」

「いやいや、その状態が正常って言うなら、両方の意味で異常だろ」

 そんな『僕』と正のやりとりを見ている七瀬陣はどうにもざわついている。七瀬も立ち上がり、僕と正を交互に見やる。

「.......ふうん。こいつがあの『鬼神』?」

「そのようだな。一進様が注視している能力者の一人だ」

 ひそひそと話している声はよく聞こえてこないが、僕は相当安心している。ここにきて隼斗と正という強力な戦力増強。これは一気に形勢逆転だ。

「......まあ、長居する必要はない。七緒、『やれ』」

「はいはーい」

七緒が軽く屈んだ。体を捻って、力任せというよりは勢い任せに、七緒の足を掴んでいる足に拳をぶつける。

「ーーー『クラッシュ』」

「ーーー!」

 僕たちの耳にその音は聞こえてきていない。ただ、隼斗の体には確実に響いただろう。『デーモンハンド』が砕かれ、血が噴き出す音を。

「ってえ......!」

 思わず能力を解除して、元通りの体に戻す隼斗。しかめっ面で血が噴き出した手を睨みつけている。この一瞬の攻防で完全に流れを七瀬側に持っていかれた。

「正、僕らも......!」

「ああ、分かってらあ!」

 当然、加勢しなくちゃ。そう考えて立ち上がった瞬間、

「ーーーうお、っとと」

 思わず体がよろけてしまう。く、まだ頭のふらつきが治ってない。立ち上がってすぐに壁に寄りかかってしまう。

「バカ、蔵介! 何やって」

「『揃った』なーーー」

 震える足に無理やり力を入れて。壁に手を当てて、ふらつく頭を上げる。そこで、目にした光景は。


『ようやく追い詰めたぞ。白川雪音』

『蔵介! ねえ、蔵介! ......ねえ、ねえってば。......起きてよお、くら、すけ.......』

『......ふん、そこの少年には大分手こずったが......計画通りに進められた』

『......ゆき、ね......に、げ、て.......』

『.......バカ。バカバカ。蔵介のバカ。私一人じゃ意味ないんだよ......』

『覚悟は決まったようだ。ああ、そうだな.......お前らは先に行け。援軍など溜まったものではないからな』

『............ねえ、蔵介。自分勝手なこと言ってごめんね』

『では、行くぞ。こちらを向け』

『ーーーーーー』


「『『ブレイン・ロック』』」

「や”めろお”おおおあああああ!」

 ふらつきながらも、何もできない僕は叫ぶ。今のは、なんだろうか。無理やり首を掴まれて、七瀬と目を合わせられた隼斗の姿が、重なったのだろうか。

 そんなことはどうでもいい。今は七瀬を止めないと。いや、七瀬どころか周りの敵ごとまとめてすべてをーーー

「ーーー止めて、や、る......」

 瞬間、脚から力が抜けて、地面が迫ってくる。

 ああ、違う。僕が倒れているんだ。僕から地面に近づいているんだ。

 ああ、こんなはずじゃなかったんだ。今度こそ誰にも負けたくなかったんだ。勝てなくていいから、もう奪われないために。

 ああ、また。

「守れ...なか、ったんだ......」

 体温が低くなっていく感覚とともに、意識が途切れた。


「おいおい、これマジで死んじまうぜ......おい、蔵介! 一先ず起きろ!」

 ドクドクと蔵介の頭に結び付けられた服に血が染み込んでいく。意識を失うことで能力が解除されちまったみてえだな、マジでやべえぞ。

 こっちが満身創痍な一方で敵は誰一人倒れてねえ。さらに言えば、俺も戦いの後遺症が出たのか、一瞬違和感を感じだ。状況も体調も悪い。これは......絶体絶命だな。

「おお、成功したんだね、一進」

「流石でございます」

「たまたまだ。たまたま全てが揃った」

 一進と呼ばれている男が、隼斗を抱えて部屋から立ち去ろうとしている。

「あれ、一進。息の根止めておいた方がいい?」

「......いいや、勝手に死んでくれれば運が良い程度の感覚でいろ。今は早く脱出するぞ」

「お言葉ですが、必ずこの『化物』と『鬼神』は我々の障害になります。今のうちに息の根を「ダメだ。高馬こうまが戻ってきていない。足止めしてくれているのだろう、そちらが心配だ」

「ああ、真っ先に仲間の心配を......! なんてお優しい!」

「全く、相変わらず黒羽は一進のいうことならなんでも聞くんだから」

「何か言ったか、七緒?」

「何にも言ってないよ。ま、俺も高馬のフォローに行くのは賛成だよ。どうせ片方は死ぬだろうし」

 ちらりと倒れている蔵介に目を落とす七緒と呼ばれた男。すぐにでも蔵介を安全な場所に連れていきたいが......そうも言ってられねえ。どうすりゃいいんだ......!

「それでは行くぞ」

「はい、参りましょう」

「はいはーい......あ、そうだ。ぽいっと」

 倒れている蔵介に向かって何かを投げてくる七緒。俺は反射的にそれを空中で掴む。

「わあお、爆弾だったらとか考えないのかな?」

「うっせえ。さっさと行けよ」

「言われなくても。......あ、それ。君はどうでもいいけど上木君には渡しておいてね。彼、すっごく欲しがるよ」

「ああ?」

 投げられたのは、丸められた紙だ。中身は気になるところだが、今の状況じゃ確認もできねえ。

「それじゃあ今度こそ、またね」

「あ、おい......」

 思わず手が伸びるが、声をかけて何になる? 「待て」と言っても仕方がない。ただ、見送ることしかできねえ。

 俺は行き場をなくした手で拳を作り、地面を殴る。ちくしょう、完全に負けた!

「......ふう」

 まだまだ怒りは収まらないが、今は苛立っている場合じゃねえな。俺は相変わらず血を流している蔵介を抱えて、誰もいなくなった部屋を後にした。

「う、ぐぅ、......はあ、はあ......」

「......ッチ」

 今までに見たことがないほど辛そうな表情を見せる蔵介。まったく、誰かを助けようとして自分が瀕死になっていたんじゃしょうがねえだろ。

 必死に足を動かしていると、すぐ近くから複数人の足音がする。まさか、あいつらが戻ってきたのか?

「ちょっと我慢しとけ」

 俺は蔵介を床に寝転がらせて、息を整えながら拳を握る。迫ってくる足音は急いでいるのか、大分速い速度で近づいてくる。

 まだ気づかれていないだろう。足音は一切スピードを落とさずに俺のいる通路までやってくる。

 曲がり角で握りこんだ拳にさらに力を入れながら、タイミングを合わせるのに集中する。

 ......タッ....タッ..タッ、タッ! 足音はもう相当近い。慌てずにタイミングを合わせて......今だ!

「おらあ!」

「邪魔!」

「ぐぉあ!」

 飛び出した瞬間、通路の壁にめり込む。何も考える間もなく、本当に気が付いたら壁にめり込んでいた。な、なんて能力者だ、強すぎる。

「ーーーって、塚波くん!? ごめんね、敵だと思っちゃった」

「ああ、白川か。よかったよかった」

 俺の顔を一瞥して、俺が返事をしきる前に通路で横になっている蔵介に駆け寄る。

「蔵介、蔵介ぇ!」

 倒れている蔵介の頭をぎゅっと抱きかかえる白川。気持ちはわかるが、今はそうしていても事態は良い方向に動かない。

 白川の能力から解放された俺は、うずくまっている白川の肩を叩く。

「気持ちは痛えほどわかるが、そうしていても事態は好転しねえ。......運べるか?」

 一瞬考えて、運べるかを白川に確認する。俺が運ぶよりも、白川の超能力で運んでもらった方が安定して運べるし、全力で出口に向かえる。

「......うん、運べる」

 赤く腫れ始めた目元をぐい、と袖でぬぐい、能力を使う白川。そして、出口に向かって再び駆け出す。

「もうすぐ近くまで、柳瀬、っていう能力者が来てくれてる。すぐに脱出できるはずだよ」

「そうか、今の状況だとなによりの朗報だな」

 柳瀬。触れた二か所を繋ぐワープホールを作る能力者。あいつがすぐ近くまできているのなら脱出は容易い。

 それを俺に説明するというよりは、自分に説明するように話す。心配そうに蔵介を見つめながらも、脚を止めない。

 そして、ちょうど深部から中部へと移る大きな扉をくぐった瞬間、

「いたいた! 『ワープホール』!」

 細身で高い身長、目元まで隠れている長い白の前髪が特徴の柳瀬がワープホールを作る。その先に見える光景は、少し薄暗い建物の陰。さらに注目してみてみると、赤い光が建物の壁を照らしている。救急車も来ているようだ。

「ありがとう、柳瀬君」

「礼はいいから急げ」

「うん」

 ワープホールを三人で抜けると、待機していた担架に蔵介が固定され、素早く応急処置されていく。

「あ、あの。私も同乗していいですか?」

 少し離れたところで、処置をしていない救急隊員に声をかけている白川。

 許可をもらえたらしく、白川が救急車の後部に運ばれた蔵介と一緒に乗り込んでいく。とりあえず、俺の出番はもう終わったみたいだ。

 サイレンとともに去っていく蔵介と白川を見送りながら、ふうと一息つく。まだ完全に安心はできないが、これ以上は難しいというほどの対応だろう。

 さらに、

「一先ず安心かな。ありがとね、塚波くん」

 清木教授だ。おそらく、白川とともにここへやってきたのだろう。そして、用意されていた救急車はこの人が手配したのだろう。つまり、救急隊員も能力者である可能性が高い。ならば、清木教授の言う通り一先ず安心だろう。

「うっす。まあ、俺は特に何もできていないんで」

 これは自虐でもなんでもない事実だ。あの場にいて、本当に何もできなかった。

「そんなことないよ。いてくれたおかげで、上木くんが一命をとりとめている。それは間違いないから」

 俺が強く握りこんでいる拳に気が付いたのだろう、上木教授が慰めの言葉をかけてくる。

「......それもそうですね、なんて言えるほど単純な人間じゃないっすよ」

 あんなに苦しんでいる蔵介を見て、『駆け付けただけで十分』なんていうセリフはなんの慰めにもならねえ。

 そんな風に若干不貞腐れている俺に、清木教授が言葉を続ける。

「でも、出来ることはなにもなかったでしょ?」 

「............そっすね」

 いくら考え込んでも、肯定の言葉を返すしかない。俺の能力は移動系の能力じゃない。蔵介がどれだけ危ない状況だったか知ることが出来るわけでもない。そう、何もできなかった。

「まあそんなものだよ。だから、出来ることがあるときにちゃんとできるようにしておこう」

 深いようで、浅いようで、当然のようで、意外とできないことのようで。言ってしまえば『達観』しているコメント。

 ただ、それ以上の言葉はいらない。そう考えている俺の意思をくみ取ってか、話を少し変える清木教授。

「さて、一応俺は上木君がいる病院へ行くけど」

「ああ、ついていきます。顔だけでも見ておきたい」

「顔だけどころか、起きていると思うよ。そういう人たちに頼んでいるから」

「おお、それは」

 何よりも明るいニュースだ。俺は思わず顔を綻ばせながら、清木教授の提案に頷く。

「よし、これで3人だね。情報共有は車の中でしよう。乗って乗って」

「......3人?」

 俺と清木教授と.......ああ、立花学長か? 

 勝手に納得しながら車の後部座席の扉を開き、どっかりと座り込む。そこで、『3人目』に声を掛けられる。

「初めまして、塚波正くん」

「はあ、ども。えっと」

 助手席にいたのは、細身でやけに迫力のある初老の男。ただ、よく見てみれば着古しているスーツに身を包んでいる男が俺ににこやかに声をかけてきているのだ。

「高戸だ。ぜひ覚えてくれ」

「お、自己紹介も終わったみたいだね。それじゃあ、病院へレッツゴー」

 奇妙な3人を乗せた車が、エンジン音とともに動き出した。

事態は収束したように見えて、まだ火は消えていないですね。


※新年のあいさつが遅くなってしまい申し訳ございません。

あけましておめでとうございます。

本年も張り切って執筆してまいりますので、よろしくお願いします。

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