106話
『ーーーすけ、蔵介!』
「あっと」
ボーっとしかけていた意識を戻してくれたのは、雪音の声だ。慌ててモニターに向き合う。
「ごめんごめん、置いてけぼりにしちゃったね」
『ごめんじゃない。いい? 今清木さんが運転する車でそっちに行ってるから、危ないことは絶対しちゃダメ。そこから動かないでね?』
「あ、うん。それはいいんだけど......」
雪音に生返事をしながら思考を巡らせる。
結局、さっきのやつらは何が目的だったんだ? 『元々そいつは目的じゃない』っていう七瀬のセリフの『そいつ』は、僕のことだよね。
じゃあ本来の目的は? わざわざ良くわからない施設に、リーダーと思わしき七瀬が足を運ぶ。そんなわけがない。この施設には何かがある。なんだ、なんだ......?
考え込んでいると、ある男の顔が浮かぶ。そうだ、隼斗だ。超能力者が狙いなんだ!
「......ごめん、雪音。あいつのこと追いかける」
『ダメ、絶対ダメ! 清木さん、もっと急げない!?』
「ん、大丈夫。雪音がいなくてもなんとかするよ。それじゃ。高戸もまたね」
『ん、あ、ああ』
『ちょっと、蔵介! 蔵介!?』
僕はモニターに背を向けて、雪音の声が木霊する部屋を後にした。
さあ、あいつらの狙いがわかったのなら考え事をしている場合じゃないよね。
考え事をしている場合じゃないし......まーたこっちで闘わなくちゃいけないのかよ。
「っつ......」
ズキン、と痛む頭を抑えながら走り出す。さすがに辛くなってきやがった。
『二重人格』は俺が無理やり作り出しているもの。脳をずっと最適な状態に固定しているので、負担は大きい。
頭を手で抑えれば、ドクン、ドクンと血管がうごめいているのがわかる。ぐう、あんまりいい気分じゃねえな。
とりあえず、もう少しは大丈夫そうだ。さっさと隼斗の安否を確認しねえと。
考えながら足を動かし続ける。
「はあ、はあ」
だいぶ息も切れてきた。そういえば、いつから闘いっぱなしなんだ?
ここに来る前からを振り返ってみると......。えーっと、隼斗のことを紹介されたとき、『衝撃を与える』能力の女、『辺りの人間の興味をなくさせる(?)』能力を持つ男、『本能を解放させる』能力の男......。ここに連れてこられる前から大分闘っていたな、忘れていた。
「忘れていた......?」
自分で考えたことを改めて声に出して、首を傾げる。俺、別に『記憶をなくす』能力を使われたわけじゃないよな。なのに記憶がないっていうことは......
「自分で無理やり能力を使った、か」
こっちに来てから闘っている奴らはどいつも記憶をいじれる能力を持っていなかった。なら自分で記憶を抑え込んでいたっていうことになるんだろうけれど。
なんで俺はそんなことをしたんだ? 当然の疑問に対して答えを持っているはずの俺の脳みそは、何も返事をしない。じゃあ推理するしかねえか。
「......いや、分かるかよ」
思わず、自分の思考にツッコミを入れてしまう。
まるごと、それこそ『能力』という概念までを一時的に記憶から消していたんだ、思い出させてくれるわけねえよな。手掛かりになりそうな内容はすべて忘れちまっているだろうし。
ただ、無理やり推理するならば。無意識に押さえ込んでいる記憶なのだから、よほど重要なものなのだろう。もったいぶって考えちまっているな。要は、体に影響を及ぼすほどの記憶、つまりはトラウマである可能性が高い。
トラウマか。一体なんだろうか。消えている記憶から考えると『能力』に関連したことである可能性は高いだろう。
よっぽど強い能力(もしくは能力者)に出会ったか? いや、そもそも記憶を操る能力者に出会ったのかもしれねえ。
「っと」
考え事は終わりだ。隼斗が眠っている部屋の前までやってくることが出来た。
「はあ、はあ」
だいぶ切れてしまっていた息を整える。くそ、大分しんどいぜ。
しかし、部屋の中の様子が分からないままここで息を整え続けているのは時間がもったいない。さっさと状況を確認するか。
「それじゃあ、邪魔するーーーぜ!」
バアン! と勢いよくドアを蹴開ける。するとそこにいたのは、七瀬と不愛想な銀髪の女だった。
「......」
「こうして追ってくるとは、随分と寂しがり屋のようだな」
こちらを見て少し驚いた表情をしている七瀬。
女はどこから取り出したのか、上品なティーポットからティーカップにお茶を注いでいるところだった。そのまま茶を注ぎながらこちらを睨んでくる。いや、マジでどこから取り出したんだよ。
そして七瀬は、女から渡されたであろうティーカップを傾けて紅茶を飲んでいる。......隼斗が寝ているベッドに腰かけながら。
「......」
ああ、寂しがり屋だから構ってくれよ。......その程度の軽口も出てこない。
七瀬の顔を見た瞬間、頭のふらつきが一気に強くなる。正直、立っているのでやっとだ。
もう流石にわかる。俺が定期的に記憶を飛ばしている原因は、七瀬だ。
ただ、原因はわかっても、理由はわからない。一先ず、隼斗を守るしかない。
「そこどけや、七瀬!」
「!」
ベッドに腰かけている七瀬に向かって一直線に走る。その道を邪魔してくるのは、銀髪の女だ。
「不敬だ」
「!」
スッと俺の眼前に現れた女が、俺の腹を打ち抜くような蹴りを飛ばしてくる。
「っぐあ!」
硬化されている腹が貫通したのではないかと錯覚するほどの威力だ! 純粋な力って感じじゃねえ、なんていうか、『鋭い』!
流石に七瀬へ向かう足も止まる。止まるどころか、少し後ろによろめく。
「っふ!」
「おっと!」
そのまま回し蹴りを仕掛けてくる女。慌てて地面に屈みこんでやり過ごす。そのまま地面に手を埋め込んで、いつも通りコンクリートバットを生み出す。
「女に手を出したくはないが......!」
そうもいっていられない。回し蹴りを振り切った無防備な女に向かって、バットを振るう。
「どいてろ!」
ビュン! 風を切る音が響く。間違いなくバットが命中する軌道。
「ーーーはあ!?」
女が、跳んだ。体勢を崩していたとはとても思えない高さ。2メートルくらいか、見とれてしまうほど綺麗に、一直線に高く跳ぶ。そのまま、くるりと空中で回転しながら、俺から距離を取った位置に着地するーーー
「なんてな!」
戦闘中に次の一手も考えずに敵の行動を見送るほど間抜けな人格じゃねえんだよ! 俺は能力を使って、女が着地する位置までの地面の硬度を変える。
「っ」
ずっと不愛想のまま固定されていた女の表情が変わる。着地時にぐらりと崩れる地面。予想できない崩壊に流石に対応できていない女。
一方、女が対応しきれないことがわかっていた俺は、すでにバットを振りかぶって近づいている。
「今度こそ、だ!」
「っく!」
室内ということもあり、連続して逃げるスペースが見つからなかったためだろうか。今度は先ほどのように飛び上がって避けることをしない女。代わりに、俺の腹めがけて拳を握りこむ。その判断の速さは中々だが、流石に俺の方が速い!
「喰ら「何やってんの、さ!」
ーーーーーーあ。これ、やっべえな。
『緑、もう起こしたな?』
『流石にこの状況ではふざけないわよ。すでに起こしているわ』
『そうか。あとは純粋に寝ているだけだな』
『ええ。もう間もなく起きるでしょう』
『ああ。ーーーこの最悪な状況でな』
能力者は別に無敵じゃないんですよね。
※投稿遅れ申し訳ございません。
もうあとのルートは決まっているので、執筆するだけなのですが、如何せん時間が取れなくて......。
来年の3月には第3部が完結すると思いますので、お付き合いください。