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能力者か無能力者か  作者: 紅茶(牛乳味)
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103話

「なるほど、戦闘訓練が目当てで蔵介が狙われてるってわけか」

 俺は倒した男の胸元を掴み、無理やり体を起こさせながら事情を把握する。

「こうなると、俺がお前らに協力しちまったことになるのか?」

「......さあな。ただ、塚波正。お前じゃ戦闘訓練にならんな」

 長い黒髪で目元が隠れている男が、前髪の隙間から俺を睨みながらそう吐き捨てる。なんだ、ぼろ負けしたからって言いわけか? 俺の思考をそのまま言葉にして伝える。

「は、言い訳にしか聞こえねえな」

「俺たちは目標として、上木蔵介と戦闘訓練を行うつもりだった。それは、能力者としては上木に勝たなくちゃいけないからだ」

 ほお。そんな簡単に勝てるやつじゃないと思うが。こいつがそう言うなら何か理由があるのだろう。

「というのは?」

「上木蔵介の能力は『二重人格』だ。物理法則を無視した現象を起こす能力ではない」

 ん? 確か蔵介の能力は『触れたものと自分の硬度を変える能力』だったはずだが。

 まあ何か相手に情報を与える理由もない。勘違いしているならそのまま勘違いしてもらおうか。

「そして、二重人格ということをこちらが知っているのだから、ただの一般人と変わらない。戦闘系の能力者としては勝たなくてはいけない、そういう理由だ」

「なるほど、理屈は理解した。それで、なんで俺が戦闘訓練にならないんだ?」

「自分が一番理解しているんじゃないか?」

 ふむ? 特に心当たりはないが......。分からないなら素直に聞くとするか。

 男の顔を一発殴ってから、優しく尋ねてみる。

「さっきまで俺と闘っていたから分かるだろう? 俺の能力は、『衝撃を加えたものに、もう一度同じ衝撃を加える』というもの。もしこれ以上勿体ぶるなら、もう一度顔面に衝撃がいくぜ?」

「話さないとは言っていないだろう! このせっかちが!」

 鼻血を出しながら慌てて口を開く男。まったく、初めからそうやってさっさと話せばいいのにな。

「だってお前、能力を二つ持っているだろう!?」

「......さて、なんのことやら」

 俺は男の服から手を放して、放り投げる。なんだ、そのことを言っていたのか。

 男は俺と闘う元気もない様子だが、咳き込みながらも俺に文句を言い捨ててくる。

「『痛みを感じない』なんて能力があるやつ、戦闘訓練としては「『セカンドインパクト』」ーーーぐあ!」

 男が顔を殴られたように体をのけ反らせ、そして動かなくなる。

「まったく、能力を二つ持っているなんて」

 とんでもない話だぜ。

「やせ我慢だ。ただの、な」

 俺はさらに下の階へ足を向けた。




「さて、何とか最深部は突破だ」

 部屋ではなく、区画を区切るための大きな扉を開きながら足を進める。まったく、疲れたなあ。それになんだか頭も痛いし。

 ふう、とため息を吐き、頭を押さえながらも足を進める。さすがに時間がかかりすぎた、隼斗の様子が気になる。

 ちなみに、最深部の部屋はあらかた見終えた。そこそこの数の部屋はあったけれど、軽く見回るだけならそんなに時間はかからない。

 とはいえ。栗谷、酒口のコンビと闘っている時間や、そもそも僕がここにやってきた時間とかも考えると、大分時間はかかってしまっている。そろそろ隼斗を見つけたい。

「とはいえ、まだ深部か......」

 深部、というのは僕が名付けた名称。この施設は大きな扉で4つの区画に区切られている。それぞれ最深部、深部、中部、浅部と勝手に名付けた。僕がさっきまでいたのは最深部で、ようやく深部の探索に移れるのだ。

「さすがに人手が欲しいなあ」

 柳瀬君が防犯ブザーを押してくれたけれど......まあここが僕の通うA大学からどのくらい離れているのかも分からないし、正直望み薄かな。

 とはいえ、悲観ばかりする状況でもない。なにせ、僕は隼斗が捕まっている施設を探索できるのだから。確実にこの施設のどこかにいるという状況は十分な希望だ。

「いざとなったら清木教授が何とかしてくれるだろうし。僕は愚直にやることをやろう」

 ふんす、と鼻から息を吐きながら気合を入れなおす。早速深部に入って一番初めの扉に手をかける。

「おじゃましまーーーええええええ!?」

 もはや半分やけくそ。敵が出てきたらぶっ飛ばしてそいつから情報を聞き出そうという考えだったのだけれど......。

「隼斗!?」

 まさかまさかの。扉を開けた先では隼斗が捕まっていた。

「えええええ、え、えええええ!?」

 驚きながらも、部屋の観察を済ませる。

 まず隼斗を捕まえている鉄格子について。部屋の隅をL字に床から天井まで伸びるように、円柱型の金属が何本も突き立てられている。

 そして当の本人である隼斗は、その鉄格子の中ですうすうと寝息を立てている。最悪殺されてしまっていることも考えていたけれど、そんなことはなく、こちらに聞こえるような呼吸音が聞こえてくる。とりあえず一安心。

 他に何か突飛すべきものがあるとするなら......まああの二つだ。監視カメラとモニター。

 言ってしまえば、それだけ。ほかの部屋と同じようにベッドはあるけれど、それは鉄格子の中。捕えた人が使うためのものなのかも。そう考えると、この部屋自体が元々誰かを閉じ込めておくためのものだったのかもしれない。......いや、むしろこの施設自体が誰かを閉じ込めておくためのものだった、とかかなあ。

 一瞬あごに手を当てて考えるけれど、どれも推察の域を出ない。考えるだけ無駄だね。

 ある程度警戒はしながらも、鉄格子の中で眠っている隼人に声をかけるべく近づく。

「おーい、隼斗」

 隼斗の前にしゃがみこんで、鉄格子の隙間から眠っている茶髪の男に声をかける。無理やりねじ込めば手を入れられるほどの隙間。でも、手をねじ込んでもしょうがない。隼斗を起こすなら声だけで十分だろうしね。

「すう......すう......」

 それにしても、随分深い眠りのようだ。整った顔を一切乱さず、そして身じろき一つせずにぐっすりと眠っている。そんなに良い寝心地なのだろうか、そのベッドは。僕も適当な部屋のベッドで横になっておけばよかった。

 そんな呑気なことを考えながらも隼斗に声をかけ続ける。

「おーい」

「すう、すう」

「はやとー」

「すう、すう」

「おーい!」

「すう、すう」

「はやとのばーか!」

「すう、すう」

 ダメだ、いくら叫んでも起きない。これは音以外で起こす手段を考えないと。

 えーっと、何か物でもあればいいんだけれど。そう考えて立ち上がり部屋の中を見回し始めたところ、

『ごきげんよう、上木くん』

「わ、びっくりした」

 モニターの電源が入り、ニヤニヤと笑っている初老の男性が映る。さっきはちょっとモニターから距離があったため気が付かなかった細かい特徴に目が入る。

 ちらちらと白髪が目立つ黒い髪を上げておでこを見せている。おでこ、目元、首元からは皺が見えていて、それがどうにも人間の老けを感じさせる。

 着ている服は、スーツ。白いワイシャツに赤を基調としたネクタイ、真っ黒なジャケット。ただ、ジャケットもネクタイも着古している雰囲気があり、きっちりしているという印象はない。

 ところどころマイナスな印象を語ってしまったが、決して侮れる相手ではない。なんというか、迫力があるのだ。

『まったく、技術の進歩には困らされる。さすがに皺の数まで数えられると恥ずかしいな』

 観察をしていると、モニター越しにふっと微笑みかけてくる高戸。う、なんていうか、こういう仕草に嫌味がないのが嫌味だ。

「それで、なんの用事さ」

 相手のペースに乗せられてはいけない。そんな考えの元、なんとか主導権を握ろうと口を開く。

『なに、助言をしに来ただけさ。そこで眠っている九条君だが、しばらくは目を覚まさないぞ』

「......そんな言葉に騙されるとでも?」

 そう簡単に僕に情報をくれるとは考えられない。こうしてモニターに集中させておいて、後ろから僕を攻撃するつもりかもしれない。

 廊下に顔を出して、少し様子をうかがいながら、高戸の返事を待つ。

『やれやれ、警戒心が強いな。こっちの目的は聞いたんだろう?』

「んー、なんか戦闘訓練をやらせてるんだって? しかも何も知らない僕相手に」

 二重人格の僕が闘って得た情報のようだ。どんな風な戦いだったか、どんなふうに勝ったかはわからないけれど、そういう断片的な情報は制御しなかったようだ。能力というのはよくわからないものだ。

『まあ、そうだな。そんな戦闘訓練をする君にいつまでもこの部屋にいてもらっては困る』

「そんなの僕の勝手でしょ。......ん、戦闘訓練相手の僕がいつまでもここにいるっていうのは......もしかして、能力で隼斗を眠らせてるんだ」

 そう、僕は隼斗が起きたら隼斗の能力を使って鉄格子を何とかしてもらい、そのまま二人で脱出しようと考えていた。そして、その間に僕がうろうろしていたら、隼斗を別の部屋に連れていかれるかもしれない。だから隼斗が起きるまではこの部屋にいようと思っていたのだけれど。

『ご明察。そう、九条君は能力で眠っている』

「はあ、そうなると本当に戦闘訓練をしてあげなくちゃいけないのか」

 僕は自分の境遇を何とかすることを諦めてため息を吐く。

『いやあ、諦めてくれて助かったよ』

「バイト代とか出してくれるんだろうね?」

『こちらもカツカツな経営なのでね。お金以外で払うぞ』

「カツカツだから気が狂って人攫いした可能性も?」

『ない。失礼だな』

「正気で人を攫うほうが失礼だよ」

『誰にだ?』

「親にじゃない?」

『大分傷つけられたのでこの辺りでお別れだ。では』

「あ」

 プツンとモニターの電源が切れる。意外と精神攻撃には弱いのかもしれない。

「ほんとに寝てるんだね、隼斗ー」

 鉄格子の前にしゃがみこみ、すうすうと眠っている隼人に声をかける。当然、寝息しか返ってこない。

「まったく、今の状況も知らないで......」

 能力で眠っているならこれ以上何かしても無駄だろう。一先ず更新された目標は、

「隼斗を眠らせている能力者を、ぶっ飛ばす」

 僕はぐっと握りこぶしに力を入れて、隼斗が眠っている部屋を後にした。


 


「それにしても、適任かあ」

 先ほど自分で放った言葉を改めて口にする。高戸はどうやら僕を倒すことを目標とするように仕向けているようだけれど、納得する部分もあればちょっと引っかかるところもあったり。

 というのは、『戦闘訓練の対象が僕なんかでいいのか』ということ。

 決して自分を卑下しているわけではない。卑下するどころか、二重人格の能力だけで能力者を返り討ちにしているのはとんでもないことだと褒めてほしいくらい。

 ただ、あくまで僕の能力は『二重人格』。物理法則を無視した現象を起こす、所謂アニメや漫画で見るような能力ではない。つまり、訳もわからず地面に倒れているなんていうことは絶対にあり得ないのだ。

 『能力者との戦闘訓練』というのは『想像力の訓練』にほぼ等しい。相手が何をしてくるか、それを常に考え続け、敵の能力を確定させてからようやく戦闘が始まる。断じて、物理法則を起こせない能力者を倒すことが戦闘訓練に直結しないのだ。

「それでも無理やり考えるなら、筋力とかスタミナの基礎トレーニングとかかなあ」

 そうは言ってもせめて物理法則を無視した能力者で訓練してほしいんだけど。能力者としては最低でも倒さなくちゃいけない相手って言葉は大げさでもなんでもなく、本当に言葉通りの意味だからね。逆に能力を利用されるなんてーーー

「............ああ、そういうことか!」

 思わず立ち止まって、人差し指と親指を弾く。自分のつぶやきで僕が戦闘訓練に選ばれた理由に気づいた。要するに、自分の能力を利用されないための訓練なんだ!

 なるほどなるほど、言われてみれば考えるところはあった。それこそ栗谷の作ったコンクリートの槍は僕の強力な武器になったし、酒口の蛇はダメージを共有していることが分かった。そういう能力の弱点を

利用されないための立ち回りを訓練するんだね。

「ふうむ。これは希望がある話だ」

 言ってしまえば、僕の敵は自覚するほどの弱点があるということなのだから。倒すことは全然難しいことじゃない。

 そうと決まれば、さっさと敵を探しちゃおう。誰だろうと倒しちゃうぞ!

「ーーーいて」

 少し前向きになった足で角を曲がると、何かにぶつかる。入り組んだ施設だなあ、まったく。

 それにしても、何にぶつかったのやら。そう考えて顔を上げるとーーー

「オマエ、カミキ、ダナ?」

 僕よりも二回りほど大きい、真っ黒な毛並みの狼男が立っていた。

わあお、早速能力者だ。

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