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能力者か無能力者か  作者: 紅茶(牛乳味)
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102話

 威勢よく叫んだ俺が一番に駆け出した先は、小さな蛇が一匹だけいる道。こっちの道に走れば、

「ハッ、逃がすかよ! 『ウォールランス』!」

 栗谷が能力を使う。壁から生えてくる槍が、俺に向かって一直線に飛んでくる。その槍の持ち手の部分に一瞬手を伸ばす。それに触れたからといって槍は特に速度を失わない。壁に向かって飛んでいく。

 ただ、触れた場合と触れなかった場合で決定的に違うことが起きる。それを証明するようにカラン、と音が鳴る。

 俺が触れた槍は壁に戻ることなく、地面に落ちたのだ。

 この大学に入学したばかりの時、スプリットを使う能力者がいたのを覚えているだろうか。あいつの能力も分裂させる物体に触れた瞬間、能力が使えなくなった。栗谷のウォールランスも同じだ。俺に触れたことで『所有権』が栗谷のものではなくなったのだ。

 それに気が付いたのは、栗谷がいた部屋でやつが能力を使ったとき、俺が躱しきれなかった槍が俺の頬を掠めたときだ。槍がカランと音を立てた。そう、吸い込まれるはずの槍が音を立てた。『床に落ちた』のだ。

 その瞬間、『所有権』の話を思い出した。といってもスプリットを操っていた康太のことではない、もっと昔の話ーーーだが、今は語るところではない。

 落ちたコンクリート製の槍を両手で握り構えてこんで一番に向かう先は、目の前にいる小さな蛇だ。勇敢にこちらに舌を伸ばしているその体に向かって、槍を振り下ろす。

 が、簡単には捕えきれない。蛇の体に槍を突き立てるつもりで振るった槍は、蛇の体を掠ったのみだ。

「「シャーーー!!」」

 一応槍は小さな蛇に傷をつけた。そのせいか、一層俺を敵視して威嚇してくる2匹の蛇。

「クソ、なかなか......あ?」

 一瞬、視界の端に赤いものが見えた気がした。ただ、それが何かを確認する間もなく、

「ウォールランス!」

「チィッ!」

 俺に思考を止めさせるように壁から飛んでくる槍。スッと後方に飛んでそれを躱せば、

「キシャーー!」

 それを追いかけて巨大な黒蛇が下を伸ばしてくる。くそ、さすがにまずい!

 半分賭けに出て、そのまま床を転がる。その拍子に、何か柔らかいものをつぶした感覚が腕から伝わってきた。

「シャアー!」

 立ち上がって状況を確認すると、転がった時に蛇のしっぽをつぶしていたようだ、蛇がつぶされた痛みを訴えるように辺りを動き回る。

 そして、もう一つ異変が起きていた。なんと、黒蛇も暴れだしたのだ。仲間をやられて怒ったのか?

 ......いや、違う! 黒蛇の体から血が流れているのを見て自分の考えが違っていたことに気が付く。あの血は、さっき視界の端に見えたもの。そして、血が流れている場所は、小さな蛇と同じだ!

 つまり、蛇同士は体の状態を共有しているんだ。どちらか片方が傷つけば、もう片方も傷がつく。

 それさえわかっちまえば、もうチェックメイトだ。俺は小さな蛇に攻撃を仕掛ける。

「させるか! ウォールランス!」

 ひゅん、と風を切る音とともに飛んでくる槍。俺はそれを一瞥もせず、両手でつかむ。

「「なあ!?」」

 驚く声を聴きながら、勢いを利用して、小さな蛇に向かって槍を振り落とす。

「喰らえ!」

 俺が握ったコンクリート製の槍が蛇の体に触れるーーー

「『スネーク・ジャー』!」

 ーーー瞬間、すうっと蛇が目の前から消える。代わりに、ガチン! とコンクリート同士がぶつかり合う音があたりに響く。

 状況確認のために振り返ると、道をふさいでいた巨大な黒蛇もいない。

「栗谷君!」

 スっと懐から......あれは、笛か? 笛を取り出す酒口。栗谷を呼んでから、おもむろに笛に口をつける。そして笛から音を出し始めると、酒口の目の前に小さな壺がちょこんと現れる。

「おう、酒口!」

 笛を吹いている酒口をかばうように栗谷が俺の前で拳を構える。なるほど、状況から察するに、酒口が笛を吹き終わると蛇が現れるようだ。さらに、蛇を消そうと思うと一度にすべて消してしまう、と。

「なら、さっさとぶっ倒してやるよ!」

 能力者が能力を使えなくなる条件は単純。意識を失わせることだ。さっさと栗谷と酒口を気絶させてやればこの状況は打破できる。

 俺は槍を構えながら栗谷へ接近する。すると、栗谷はそれを躱しながら壁に手をつく。そして、

「『ウォールランス』!」

 槍を壁から発射させる。出てくる場所がわかっていれば何とか避けられる、わからないなら避けるのは難しい。そんな速度で発射される槍。俺はそれを躱して、壁についている栗谷の腕に向かって槍の穂先を突き出す。

 慌てて壁から手を離した栗谷に向かって、槍を構えなおして改めて攻撃を仕掛ける。その際に俺はあることを確認する。『手が壁についていない』ということを。

 これも先ほどから薄々気が付いていたこと。栗谷の能力が発動するとき、栗谷は壁に触れているのだ。つまり、『ウォールランス』とは言っているが、触れている物体から槍を飛ばす能力であることが推察できる。

 半分賭け、半分確信の狙い。それが確信に変わったのは、先ほど蛇と闘っているときに、見向きむせず槍を利用できたから。あれは俺の思わない方向から槍が飛んできたときに対処するため。そうじゃないなら、利用できると考えたから。

 そしてもう一つは、今の状況を確認したからだ。態勢を崩した栗谷を見たからではない。栗谷の表情が余裕のあるニヤケ顔になったから確信に変わった。

「やっぱりてめえ......!」

 栗谷のニヤケ面に答えるように、俺もふっと口角を持ち上げる。そして、槍を前に放り投げながら、それを追うように前に転がる。

「なっ......!」

 ぐるりと視界が一転。その一瞬で目に入ったのは、先ほどまで俺がいた場所を槍が下から上に突き上げていく瞬間。

 そう、やつが触れているのは『壁』だけじゃない。栗谷の能力は『壁から槍を出す』能力じゃない。

 『触れている物体から槍を発射する』能力だ。そして、栗谷が常に触れているのはーーー

 驚く栗谷の横を転がり、勢いそのままに立ち上がって、笛を吹いている酒口に向かって拳をぶつける。

「ぶっ倒れろ!」

 酒口の頬に拳をぶつける。抵抗もできず、そのまま後ろに飛んで、仰向けに倒れた酒口の傍に立つ。そして、そのまま手に握りこんでいる笛を奪い取り、遠くへ投げる。

 これで、まずは一人目だ。念には念を入れるか。そう考えて倒れこんでいる酒口に攻撃をしようと足を振り上げると、

「降参だ! 事情を話す!」

 両手を挙げて敵意はないことをアピールしてくる栗谷。また変な事情があるのか......。

「あー、わかったわかった。お前らはリタイアってことでいいんだな?」

 スッと酒口の上から離れて顔だけ栗谷に振り向く。そんな俺の様子に戸惑った様子を見せるのが栗谷だ。

「随分聞き分けがいいな、お前」

「もう慣れっこなんだよ、事情がある中で闘わされているのは」

 防人が発足された理由と言い、栞奈御庭番と闘ったときと言い、そして隼斗のことをお坊ちゃまと呼んでいた連中と言い。どいつもこいつも正体を隠して闘うのが好きみたいだ。

「それで、どういう事情だ?」

 なんとなく手持無沙汰なので、屈んでから倒れている酒口の顔をペチペチ叩きながら話に耳を傾ける。

「ああ、俺たちは『サーカス』っていう団体で、言ってしまうと能力者たちを守るための集団だ」

「守る?」

 一向にリアクションをしない酒口から顔を背けて、栗谷に向き直る。

「ああ。ただ、発足したてで戦力が足りなくてな。今は人集めと、メンバーの交流を深めているところだ」

「ほお。それが俺となんの関係があるんだ?」

「いや、リーダーの高戸さんが『何か目標があったほうがいいだろう。というわけで、適任を呼んだからよろしく』と言っていたな」

「つまり、戦闘訓練のために連れてこられた、と?」

「まあそういうことになるな」

「勝手すぎるぜ......」

 まあ自分で言うのもなんだが、良い戦闘訓練になるのか。

 能力は『二重人格』だから物理的法則を無視したものは出てこない。環境に物理的変化を及ば差ないという意味で一般人だから、能力者としては勝たなくちゃいけない相手。ただ、戦闘に特化しいているから、訓練相手としては最適。

「まったく、都合がいい存在だな、俺も」

「確かに都合のいい男だな」

「......否定されないのもモヤッとするな。それで、戦闘訓練だけか?」

「いんや、もう一つだ」

「ほう、聞いてもいいか?」

「当然」

 こほんと咳払いする栗谷。このほんの少しの間でも、こいつが半裸な理由がわからず首を傾げちまうな。

「なんと、数年前に姿を消していた有名人が2人、最近姿を現したからだ」

「数年前に消えた有名人、ってテレビとかで出ている芸能人ではないよな」

「もちろん。その真逆、表の人間には絶対に知られていない人間だ」

 言い終わると同時に、指を二本立てる栗谷。そして、人差し指を曲げながら言う。

「一人は、上木蔵介。お前だ」

「............本当に、有名人なんだな、俺」

 まったく実感がわかない。だったらかわいい女の子が話しかけてきたりすればいいのに。

「......(ブル)」

「どした?」

「いや、なんでも」

 少し前に出会った『柳』とかいう美少女に声をかけられたんだったな。あまりにも頭のねじが飛んでいたから思い出さないようにしていたようだ。それにしても、思い出すと同時に身震いするほどとは。

「そしてもう一人は、『七瀬一進ななせいっしん』」

「............うーむ、聞いたことないと思うが......」

「思うが?」

「なんか、......ああいや、名前を聞いても誰の姿も浮かんでこないから、多分知らないか覚えてないんだ。ただ、体に違和感があるんだよな。その名前を聞いた瞬間、体中が警告を出しているような......」

「ーーー! ............ふーむ、有名人なのは間違いないからな、どっかで闘っていたのかもしれん」

 一瞬、栗谷の目がまん丸になって、大きく瞼が開く。ただそれも一瞬で、すぐに元の様子に戻った。

 詮索することもないか。俺は話の続きを促す。

「はあ。それで、そいつが現れたことと俺がここにいることの何が関係あるんだ?」

「よくわからんが、高戸さんがお前のことを知りたいってよ。まあ突然消えて突然現れた有名人だからな、顔を見たくなったのかもしれん」

「理由が気持ち悪いな。男同士で何を考えてるのやら」

 言いながら、栗谷に背を向けて歩き出す。

「あ。あーっと......」

「なんだよ。話は終わったろ?」

「......まあ、終わったが」

「ん。じゃあな」

 手を振ってから、改めて出口に向かって歩き出す。理由がわかったのだから立ち止まる理由はない。

 戦闘訓練だかなんだか知らんが、さっさと帰ろう。




「......行っちまった。話したほうがよかったか......?」

「............ん。あれ、僕」

「お、起きたか酒口」

「もう、最悪」

「ああ、負けちまったな。まあ改めて訓練でも」

「なんで起きて一番に視界に入るのが男の裸なんだよ」

「それは眼福だろう」

「はあ、まあいいや。それで、上木君にはどこまで話したの?」

「サーカスについてと、上木が呼ばれた理由だな」

「ふうん。じゃあ七瀬が来るってことも?」

「いや、それは話していない」

「なんでさ。別に話してもいいと思うけど」」

「......高戸さんは、上木と闘って経験値を稼げって言ってたけどよ」

「? 急になんの話?」

「あいつで訓練していいのかって思ったんだよな」

「いや、高戸さんがいいって言ってるならいいでしょ」

「......まあ、そうかもな」

「栗谷君らしくないね。何が言いたいのさ」

「あーっと。なんていうか。あそこでもしも七瀬が来るって話をしたらさ」

「話をしたら?」




「ーーー俺、死んでたかも。そう思っちまった」


何やら因縁がありそうな......?

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