101話
「「お」」
「......なんだてめえ? SOSが出た場所に来てみれば、明らかに事情を知ってそうな顔してるじゃねえか?」
「防犯ブザーを押したのは俺だけど、お前は......チンピラ?」
「いや、防人のメンツは知っているだろ?」
「冗談さ。ほかのメンバーは?」
「あー......それより、お前の情報を教えろ。敵か味方かわからねえ奴に情報売るほど俺も頭は悪くねえからな」
「柳瀬博仁。同じ大学内の同じ寮で生活しているぜ。まあ寝泊まりにしか利用してないから顔は知らないかもしれないが」
「なるほどな。蔵介が配っていた防犯ブザーを持っているから嘘ってわけでもなさそうだ。能力は?」
「......『ワープホール』だ。触れた二か所を繋ぐ穴を作ることができる」
「ほう。試してもらっても?」
「構わないが。ほれ」
「おお、これか。なるほどなるほど、嘘を吐いているわけではないと」
「信じてもらえたなら良かったよ。今度はこっちの質問に答えてほしいんだが、他のメンバーは?」
「まだ来てないな。一先ず俺一人で救出しに来た。状況を教えろ」
「上木が超能力者を助けるためにこの地下を駆け回っている。一先ずそれだけしかわからない」
「ほう。そいじゃま、助太刀してくるか」
「一人でいいのか?」
「ああ。何とかなるだろ。ほかのメンツもこっちに向かっているらしいし。柳瀬は適当にその辺で加勢が来ないか見張っていてくれ」
「はいはい。なんで上木もお前も、一人で何とかしようとするのやら......。手柄でも欲しいのか?」
「賊じゃねえんだし、そんなんじゃねえよ。ただ、他の人間が来るまで待っていられねえだけだ」
「要は子供ってことか」
「ぶっ飛ばすぞ」
「冗談だ。気を付けてこい」
「あいよ。じゃあな」
「......行っちまった。まったく、上木も塚波も。これだから高戸さんのお眼鏡にかなっちまったんだろうな。可哀そうに」
「はあ、はあ、はあ」
適当な通路の陰で屈んで息を整える俺。まったく、人生なんてどれだけ時間が過ぎても新しい出来事に出会うものなんだな。痛感したぜ。
「......ふう」
バクバクとうるさかった心臓も(二つの意味で)ようやく落ち着いてきた。さて、状況と情報を整理しよう。
まず一番大切な目標は隼斗を探し出すこと。この施設内の敵を倒すことではない。
そして、隼斗を見つけるという目標を達成することに対しての課題は3つ。
1つ目はもちろんというべきか、隼斗の居場所が全く分からないこと。これがわからないことにはどうしようもない。
まあ全ての部屋をしらみつぶしに探していく手段はあるので厳密にいえばどうしようもないということはないのだが、それでも運任せになってしまうのは事実。
もう1つ、この施設の構造が把握しきれていないこと。さすがに一度出口まで走っただけで地形を把握しきるのは難しい。というか、通っていない道もあるわけだしな。
さらに言ってしまえば、出口まで走ったからこそわかるのだが、この施設は相当広い。ざっと頭の中で現在地を確認する必要はあるだろう。
出口までに分かれ道を通った回数はさすがに(というか当然)覚えていないが、扉を通った回数は覚えている。たしか4回だ。そのうちの1回は、この施設への出入り口がある階段がある部屋を繋いでいた。つまり、部屋が入り組んでいて探索しなくちゃいけないエリアは4か所。入口に近いほうから浅部、中部、深部、最深部と名付けるか。この4つのエリアから隼斗を探し出さなければいけない。しかもある条件付きで。
その条件というのが3つ目の課題だ。もったいぶる必要もないだろう、それはこの施設にいる能力者だ。
先ほどの栗谷とかいうやつの能力、『ウォールランス』とか言っていたっけか。壁から槍を飛ばすことができるからこその名前かと思ったが、まさか壁も操ることが出来るとはな。そういう二重の意味を含めて名前を付けたのだとしたら相当なキレ者だな。......まあ、あの性格だ、深いことは考えていなさそうだが。
もちろん、栗谷以外の能力者がいる可能性は高い。色々な能力者と闘ったり逃げ回ったりしながら隼斗を探す必要がある。
はあ、考えるほどハードル高いぜ。まあ一先ず現在の状況は整理出来た。運任せにはなってしまうが、隼斗を探すのを再開しよう。そう決めて立ち上がり、早速歩き始める。
「それにしても、広いな」
頭の中で構造を整理すればするほど、この施設が広いことを理解する。一度通った程度では到底覚えられそうもない。ああ、そういえば隼斗は地形とか覚えるのが得意って言ってたか。今はそれがうらやましいぜ。
そんなことを考えながら適当な扉に手をかけて、そのまま部屋の中に向かって扉を押す。......ダメだ、外れか。やはりこの部屋にもベッドしか置いていない。まったく、何が起きているんだか。
ちなみに、なぜ栗谷がいた部屋の時と同じように扉を蹴り開けなかったかと言えば、理由は簡単。どこぞにいる敵に俺の位置を知られたくないからだ。この最深部にいる能力者が栗谷の一人だけとは限らないからな。
「おーい、栗谷くーん」
「!」
噂をすればなんとやら。部屋から出ようと改めてドアノブに手をかけた瞬間、廊下から声が聞こえてくる。俺はできる限り音をたてないように扉を閉めて、部屋の中にとどまる。
「おー、酒口。何してんだあ?」
「いや、こっちのセリフ。服着なよ」
まったくもってその通り。もって言ってやってくれ、酒口とやら。
「それにしても、なんだって高戸さんはあいつを重要視しているんだ?」
「ああ、上木蔵介のことね。そうだねえ、確かに超能力者の九条よりも重要視しているような......」
「な。あいつ、俺のこと見て叫びながら逃げ出したくらいだぜ?」
「......ちなみに、その時上木はなんて叫んだの?」
「『変態だ』、だってよ」
「うん、上木が正しいよ」
ありがとう、酒口。敵だとは思うが、できる限り優しく接してやろう。
「そんな話はどうでもいい。お前、蛇はどうなっている?」
「ああ、今最深部で上木を探し回っているよ」
前言撤回。酒口とかいうやつ、蛇を扱う能力のようだ。蛇は俺の苦手なものランキング堂々の一位。今は能力で恐怖心を縛っているが、それでも嫌なものは嫌だ。
「一先ず、さっさと上木を見つけちゃわないと」
「わかってはいるが、これだけの広さだしな。お前の能力があっても時間はかかるだろう」
「ね。ほかの階層の人たちを呼ぶわけにもいかないし」
二人は話しながら移動しているようで、だんだんと俺がいる部屋に近づいてきている。くそ、さすがに能力者二人と闘うのは得策じゃない。なんとか鉢合わせせずにやり過ごしたいところだが......。
「というか、見つからねえもんだな」
「ね。高戸さんは戦闘用の人格って言ってたから好戦的かと思えばそうでもないし」
「まったく、期待外れだぜ」
「まあ戦闘用っていう意味では期待はずれかもね。ただ、なんか暗殺者みたいな怖さがあるんだよねえ」
好き勝手言ってくれるぜ。まあ言われたところで特に何も感じないし、元の人格でもこんな安い挑発には乗らないだろう。今は二重人格しか能力がないんだし、無理はしない。
「......?」
思わず首をかしげる。『今は』、ってなんだ?
「暗殺者か、そういう意味では意外と俺たちのすぐ近くにいたりしてな」
「うわ、急に振り返ったりしないでよ。こっちがびっくりするじゃん」
と、外の二人の会話で意識が内から引きずり出される。というか、追い出されたような。まあ、どうでもいいか。
「それこそ、この部屋にいたりなあ!」
バン! と勢いよく俺のいる部屋の扉が開けられる。それには一切動じず、部屋の陰で息を殺しながら拳を握りこむ。
「もう、ふざけてないでちゃんと探すよ! 本当に時間がないんだから!」
酒口と呼ばれていた男が少し声を荒げて栗谷を注意する。さすがに栗谷もふざけすぎたとおもったのか、
「少し悪ふざけが過ぎたな、すまんすまん」
などと言いながら、開いた扉をそのままに廊下を歩き始めた。二人分の足音が遠ざかっていく。そして十分足音が離れたところで音をたてないようにゆっくりと扉の陰から体を出す。
「ふー」
先ほどまで止めていた呼吸を再開する。今までこの施設の部屋を見てきたが、どこもベッドくらいしか置いていない。俺が隠れていた部屋も例外ではない。そこで俺が隠れる場所として選んだのは、扉の陰。この施設は開き戸で、廊下から部屋の中に扉を押す構造になっている。つまり、扉を開けたときその扉が視界を遮断してくれるのだ。
もちろん扉の裏まで確認される可能性はあった。なので、拳を握りこんでいたのだ。もしみられることがあったら顔面を殴り飛ばして、一対一の状況を作ろうと考えていた。なのでベッドの下には隠れなかったのだ。
「はあ......はあ......ふう」
少し荒くなった息を整えながら廊下を歩き始める。さすがに能力で体の反射を抑え続けると脳への負担が大きい。体がというよりは脳が痺れるような感覚だ、ゆっくり脳を休ませよう。
「それにしても」
思わず呟く。酒口と栗谷の会話で気になるところがあった。何が気になったかと言えば、酒口の発言だ。
『ふざけていないでちゃんと探すよ!』、と言っていた。ただ、ちゃんと探すということなら栗谷の行動が正しいはず。現に俺は栗谷が開けた部屋の中にいたのだから。
にも関わらず、廊下の捜索だけに絞った。栗谷も反論していなかったしな......。
「栗谷と酒口は廊下だけ確認すればいい......?」
現時点の情報だけ考えると、こうなる。ただ理由はわからない。部屋の中に見えない監視カメラでもあったのか? いや、あんな何もない部屋に、しかも俺が隠れていたのにそれも報告できないようなカメラを仕掛けていたとは考えにくいだろう。
つまりは、
「能力だな」
これ以上は考えても無駄だ。おそらく第三者か誰かの能力が発動しているからだろう。能力は物理法則を超えた現象を引き起こす。考えるだけ無駄というやつだ。
適当に結論付けて、隼斗の捜索を再開する。扉を開き、何もない部屋をいくつか確認する。
うーむ、見つからないものだな。ただ、ありがたいことにどの部屋も部屋の中に物がほとんどない。そのおかげで、部屋の中を確認するのに時間がかからないのが唯一の救いだ。
「まあ、手ごたえが一切ないっていうのもあるんだが」
ぼやくようにつぶやく。そう文句を言いながらも足を止めるわけにはいかない。どんどん確認していかなければ。
そう考えてまた別の部屋の扉に手をかける。そして部屋の中を確認するが......うん、相変わらず何もない。次の部屋を探そうーーー
「?」
軽く部屋の中を確認して廊下に戻ろうとする俺の耳に何かの音が聞こえる。何かが擦れるような音、か?
すっと部屋の中に戻り、耳を澄ませる。シュル、シュル......確かにそんな音が聞こえてくる。廊下からではなく、部屋の中から聞こえてくる音の発生源を探す。壁、天井を見回すが、特に何もない。
となると、後はあそこだけか。俺は屈んで、部屋の中にある唯一の家具のベッドの下をのぞき込む。そこで初めて気が付いた。なるほど、ベッドの下の壁には丸い穴が空いている。さすがに地下にある施設の部屋が密室だったら空気の循環ができない。そこでこの穴が機能するというわけだ。
穴の大きさは拳よりも一回り大きい程度。四角く切り取られるように空いている。そして、俺が探していた音の発生源もそこのようだ。
「!」
穴の中から音もなく現れた存在に、思わず体が跳ねる。ベッドから距離を取って、思わずその存在に拳を構える。
俺を追いかけるように姿を現したのは、蛇だ。ベッドの下からゆっくりと表れて、茶色の鱗を見せびらかすようにとぐろを巻く。そして、俺に向かって口を開き、長い舌を見せつけながらシュルルと威嚇してくる。先ほど聞こえてきたのはこの音か。
いや、そんなことよりも気にしなければいけないことがある。それは、なぜここで蛇が姿を現したのかということ。そして、先ほど盗み聞きした会話によれば、酒口とかいうやつは蛇を操る能力があるらしい。
「なるほどな」
どんどん話が見えてくる。酒口と栗谷がなぜ廊下しか確認しなくてよいか。それは、部屋の中はこの蛇が見回っているから問題ないというわけだ。
ただ、同時に弱点も見えた。それは使役できる蛇の数。先ほどからいくつか部屋を回ったが、他の部屋では蛇の存在は確認できなかった。さすがに何匹かは使役できているだろうが、この施設すべての部屋を常に監視しておける数は使役できないようだ。
酒口の能力についての考察ができたところで、さっさと部屋から抜け出す。この蛇に部屋の中の捜索を任せていたということは、酒口に俺の居場所は伝わってしまっているだろう。この場所からいったん抜け出して隼斗を探さないと。
そう考えて廊下に飛び出すと、蛇が俺についてくる。俺の全速力のダッシュにはついてこれないだろうが、軽いランニング程度なら問題なくついてこれそうな速度。
引き離すことはできるが、スタミナを使い切るわけにはいかない。何とか曲がり角を利用して振り切らないとだな。
そう考えて部屋から飛び出した勢いのまま曲がり角を曲がる。このままのスピードを維持してなんとか振り切って見せる。
早速一つ目のT字路を曲がると......足が止まる。と同時に、「ヒュ」と肺から空気が無理やり押し出される音が出る。
「ーーーーーー!」
思わず思考を放棄してしまうような巨大な存在が、こちらに向かって口を大きく開けた。それで意識が戻ってくる。慌てて振り返り別の道を進もうとすると、
「ようやく見つけたぜぇ、上木よお!」
「うん、僕の蛇が頑張ってくれたみたい。よーしよし」
最悪だ。別の道からはパンツ一枚履いた変態と、茶髪のショートカットと四角い眼鏡が特徴的な小柄な男がやってくる。栗谷と、おそらくだが酒口だろう。
そして俺が進もうとしていた道には、
「シャー!」
通路の半分を埋め尽くす巨大な黒蛇がいた。
そして、戻ってくる道には小さな茶色い蛇が一匹、俺を威嚇してきている。
絶体絶命。まさにそんな状況だろう。
「かくれんぼは終わりだな、上木ぃ?」
「......ああ、そうだな」
軽くあたりを見回して状況を確認。この状況を打破する算段を頭の中で整える。
「絶体絶命、上木君、君が投降するのなら傷めつけはしないよ?」
こちらの意思を確認してくる酒口。奇遇にも俺が先ほど思い浮かべた『絶体絶命』という言葉を使ってくれる。
「まあ、そうだな。絶体絶命だ」
酒口の言葉に口で同意する。それと同時に、隼斗の顔が思い浮かぶ。
「でしょ? 僕たちも闘いたくないし、投降してくれると助かるんだけどーーー「そう、絶体絶命。俺以外なら、な」
隼斗の顔が頭に思い浮かんだ。それだけで、不思議と体に力が入る。
スッと拳を作りだし、ファイティングポーズをとる。
隼斗とは決して長い付き合いではない。でも、『生まれ持ったもの』だけで、しかもその人の『才能』だけで。
「『超能力者』ってだけで痛い思いをしなくちゃいけないなんてーーー」
隼斗の顔だけではない。雪音の笑顔も自然と浮かび上がってくる。
平穏に暮らしたい人間が、勝手に価値を見定められて、そいつの好き勝手に使うために危険にさらしてくるなんて。
「俺はぜってえ認めねえ!!」
蔵介の行動の源はそこだ。