100話
早速隼斗を探すために足を動かす僕。さっきまで通っていた道だけれど、脱出ではなく隼斗の救出が目的。なんとなく帰り道は覚えているけれど、今回はあえてそちらとは違う道に行く必要がある。というか、完璧に道を覚えているわけでもないし、すべての場所をしらみつぶしに探すことができるわけでもない。
ただ、それでも僕がこうして隼斗を探していることは意味があるはず。なぜなら、敵は隼斗だけではなく僕も捕えようとしているから。そんな獲物がわざわざ自分の陣地をうろうろしているのだ、応援が来る前になんとしてでも捕まえたいところだろう。まあもちろん逃げ回らせていただいちゃうんだけどね。
早速適当な部屋のドアノブに手をかけて、扉を開く。さっき出口まで通った感じ、僕が捕まっていたここが最奥部のようだった。さすがに捕えている人間を出入り口近辺に置くようなことはしないだろう、隼斗はこの辺りの部屋にいる可能性が高いはず、っていうかここにいてほしい。
少しだけ扉を開けてから、隙間から見える範囲で室内を覗く。室内は......意外と、というか何もない。見える範囲だけだけれども、壁と天井の照明しか見えない。
ある程度室内の状況が把握できたところで、半開きの扉を蹴っ飛ばして一気に開く。相手は能力者、どんな物理法則を無視した罠があるか分かったものではない。だったらせめて、相手を驚かせて能力の発動を遅らせてやろうという考えだ。
そんな考えで室内に飛び込むように入ったのだけれど......
「はや 、!......と......?」
相手を驚かせようとした僕が、逆に驚いて固まってしまう。それは部屋の中にベッドしかなかったことでもなく、隼斗がいなかったことでもない。
「ふふふ、ようやく来たか」
「...」
「外れだな、ここには超能力者はいないぜ」
「......」
「おっと、外れと言ったのは超能力者がいなかったからだけじゃないぜ?」
「.........」
「超能力者を超える能力者、そう、俺、『栗谷純也』がいるからな!」
「............」
「おいおい、驚きすぎて声も出ないようだな。あ、まさかファンか? ファンだろ? よーしよし、何か書くものをくれればサインを「な、なんで......」
僕は手を震わせながら勝手に自己紹介している栗谷を指さす。
「なんで、裸なの......?」
「む、失礼な。ちゃんとボクサーパンツを履いているだろ?」
「いや、もう裸でしょ。いや、一番大事なところは隠しているから裸ではないのか......?」
栗谷を指さしたまま首だけを傾ける僕。そんな呆気にとられている僕に身体を見せつけるように、両腕を上げて脇を見せながらポーズを決めてくる栗谷。いや、見せつけるようにっていうか見せてきてるね。
最初にこの部屋に入った時もそうだ。部屋に入って一番最初に目に入ったのは唯一の住人である栗谷。その栗谷が上腕二頭筋をみせつけるポーズ、サイドチェストを僕に見せつけていたのだ。
いや、確かにいい身体をしているのは認めよう。しっかりと筋肉がついているし、男性にしては少し長いサラサラの金髪も、青い目を縁取る穏やかそうな目元も、ぱっと見180cm程度の高い身長も。全部が整っている。
ただ、それを全て台無しにするような......うん.......。こうして栗谷の特徴を掴んでいる間にも髪をかき上げながら壁に手をついてこっちに視線を流してくる。いや、服がまともなら色っぽいんだろうけどね......。
「天は二物を与えず、か......」
「なにか言ったか?」
「いや、なにも言ってないよ。それじゃあね」
うん、これ以上ここにいるのは色々な意味で危ない。さっさと隼斗を探しに行かないと。
「じゃあ、そういうわけで」
踵を返してさっさと部屋を出ようとする僕。すると男がポーズを変えず、そのままこちらに向かって指を弾く。
「おっと、逃がすと思うなよ? 『ウォールランス』!」
「はえ? ーーーうわっと!?」
バキンという音がした後、何かが風を切りながら飛んでくる。とっさに身をかがめてやり過ごす。
な、なんだなんだ、何が起こったんだ? そう考えて何かが通り過ぎて行った方向に顔を向ける。すると、円柱状の棒が壁に吸い込まれていくのが一瞬見えた。めり込んだわけではない、どこかから飛んできた棒? がヒビ一つ入れずに壁に飲み込まれた。
当然だけれども、これは間違いなく能力だ! そしてこの部屋に隼斗はいない。だったら戦う必要なんかないわけで!
「じゃあね!」
180度振り返って、ドアノブに手をかける。すると、後ろから声が聞こえる。
「逃がさないって言ったぜ!」
「ーーーあーーー」
僕のちょうど目の高さの位置。手のひら程の大きさのひし形を縁取るように、コンクリートにうっすらと影ができる。それが何かを頭が少しでも、少しでも早く理解するために、僕の意識を吹き飛ばした。
そして、
「ーーーうおっと!」
俺の出番ってわけだ。意識が切り替わるのと同時に、ひし形の中心が壁から顔を出す。それを認識した瞬間、体を大きく横に動かす。反応はできたが、体は間に合わない。俺の頬を掠めるながら目の前をコンクリートでできた槍が飛んでいく。一瞬見えた全貌を見ると、なるほど、『ウォールランス』という名前に納得がいく。あの大きさは矢ではなく槍だ。
ただ、横目で全体を確認したのも一瞬。遠くで聞こえるカランという乾いた音を聞きながら扉を引いて廊下に飛び出す。さあ、他の部屋もしらみつぶしに探す必要があるんだ、余計な時間は使えない。
「いで!」
先ほど来た道とは反対側の道へ行こうと走り出すと、壁にぶつかる。ただ誤解しないでほしい。栗谷と対応していた数分で先ほど来た道の構造を忘れたわけではない。いや、忘れるほどの衝撃というか、絵面はあったが。
とにかく、さすがに壁に向かって直進したわけじゃない。本来あるべき場所に壁があった......いや、できたのか?
「何回も言わせんなって......」
バッと部屋のほうを振り返ると、栗谷が徐々に迫ってくる。裸の男が、髪をかき上げながら、野性的な眼光で、舌なめずりをしながら......。
「ぜってえ逃がさねえからよ」
ーーー初めてだ。『こっちの人格』になって今まで一度も感じたことがない感覚。全身の鳥肌が立って、足が震えそうになる。もし能力がなかったら、俺は泣き出していたかもしれない。
反射だ。闘うのに必要のない情報に関しては特に制御をしていない。だから鳥肌なんかは立ってもいいし、声を上げることも抑えなくていい。
そう、これは反射的な行動ーーー
「変態だああああああああ!!!!」
俺は叫びながら、壁ができていないほうの道へ向かって走り出したのだった。
能力を使っても感じる恐怖......末恐ろしいですね。
※皆様のおかげで『能力者か無能力者か』が100話まで執筆できました。
自分の好きだけを詰め込んだ作品なので当然ですが、読み返していて面白いです。(同時につたないところは数えきれないほどありますが。)
こんなにも好きな作品をこんなにも長く執筆させていただいているのは、間違いなく誰かに見てもらえているからです。自分の作品を楽しんでもらえるというのは、自分の好きを楽しんでもらえるのと一緒だと考えています。
自分のただの空想が誰かに楽しんでもらえるというのは、......言葉にできないですが、嬉しいですね。
無名でただの空想好きで、もはや仮にをつけるべきなほどの小説家ですが、それでも一応、本当に一応小説家なので文字に起こすのならば。自分の空想が楽しんでもらえるのは、認めてもらえるから嬉しいのです。
『空想』。『頭の中でだけ完結している、あり得ないこと』を文字に起こしている。それが私です。
これって、他人から見たら無駄な時間だと思いませんか。
本人からしたらどれだけ楽しいことでも、他人からしたら意味がないこと。そして、その事実を知らないほど私も馬鹿ではありません。無意味なことをしている、という事実は着実に空想のモチベーションを奪っていきます。
でも、しかしです! これを『意味がある』ことに変える方法があるんですよ! それが、『誰かに楽しんでもらうこと』。
たった一人でいいんです。自分以外の誰かが、空想を楽しんでくれる。それだけで人の気持ちを良い方向に動かすという『意味』が生まれるんです。自分の『楽しい』『好き』を共有できるんです。
これって、執筆者からすればすごく幸せなことです。自分のやってきたことは意味があるって認めてもらえるんですから。
これが100話までこの作品を続けてこられた理由で、今後も執筆していこう、他の作品にもどんどん挑戦しようというモチベーションになるのです。
............残念ながら、仕事が忙しくて執筆時間は減る一方なのですが............。
ここまで作者の独り言に、そして私の『空想』に付き合ってくださりありがとうございます。
私が社会人になってから1年が経ちました。言い訳でしかありませんが、仕事が忙しく投稿感覚があいてしまっています。大変申し訳ございません。
ただ、今後もモチベーションと時間がある限り執筆していきますので、ぜひ楽しんでいただければと思います。
長くなってしまいましたが、紅茶(牛乳味)からのお礼のコメントでした。
読んでくださっている方、改めて本当にありがとうございます。これからも何卒よろしくお願いいたします。
......これからは小説家じゃなくて、空想家を名乗ろうかな......。