98話
まずはお互いに間合いを詰める。そしてお互いの攻撃が届く距離まで近づいてあることに気が付く。目つきの悪い男の目が更に細くなっているのだ。こちらの一挙手一投足を絶対に見逃さないという意思が簡単にわかる。
「こっちの動き全部に反応する気かよ」
「あったりまえだろ。そうでもしねえとてめえに勝つのは現実的じゃねえしなあ」
「お褒めにあずかり光栄、だな!」
ここから交わすのは言葉ではなく拳だ。俺は握りこんでいる棒を振り上げ、早速攻撃を始める。
「そんな見え見えの攻撃、だれが喰らうか!」
振り下ろした棒が目の前を通り過ぎてから殴りかかってくる男。当然俺は攻撃が空ぶってしまい態勢を崩しているため、攻撃を避けることができないーーー
「って、思っただろ!」
「は?ーーーぐあ!」
僕はこちらに向かって攻撃を繰り出してきている男のあごに向かってアッパーカットを決める。
「な、なにが起きたんだ......!?」
僕の拳を受け止めたあごを抑えながらよろめく男。
「ふっふっふ。ネタバラシしてあげようか? お前じゃ絶対に勝てない存在になった僕のことを」
「頼む」
「あ、そこは素直なんだな」
まあ素直になる理由もわかるけど。ゴホンと咳ばらいを一つしてから話を始める。
「まず。お前の能力はとんでもなく強いのさ。いや、能力っていうより能力で引き出された『人間の限界の能力』......言っちゃえば、人間の『本能』ってやつ。それが強い」
「というと?」
「普段はセーブしている力とか、躊躇しちゃうみたいな感情とかが解放されたり。あとは直感、反射神経の向上、人によっては怪我の治りが早くなるでしょう」
「温泉の効能紹介みてえだな」
「そして、僕も一応本能を解放できます!」
「ほう」
「ただ、それはあくまで疑似的。それに特化した能力にはやっぱり勝てねえのさ。能力ってそういうもんだし」
「そんなもんか? 天然の本能でも人工の本能でも変わらないんじゃねえのか? それこそ、俺だって無理やり能力で本能を解放しているだけだしなあ」
「人工と天然って。まあ言い得て妙ってやつなのかもしれねえけど。というか、能力で本能を解放していることを人工って呼ぶなら、天然よりも人工のほうが強いぜ? だって『能力』だし」
「ふうん。で? お前が俺にどうやって対処したかを教えてほしいんだが」
「ふっふーん。聞いて驚け見て笑え」
「笑っていいのか?」
「ダメ。なんと、僕の能力を一歩応用させまして、『本能に理性をちょっと加えた状態』になることができたんだぜ!」
「......? それ、つええのか?」
「まあやっぱり信じてくれないよな。ってわけでまだダメージを引きずってるとこ悪いけど!」
僕は落ちていたコンクリートの棒を拾い上げて男に攻撃を仕掛けるために一気に近づく。
「簡単に喰らってたまるか!」
「いや、喰らうね!」
僕は能力を使って地面の硬度を変える。男は攻撃のために踏み込んだ先の地面が崩れてバランスを崩す。バランスを崩した男の頭に向かって棒を振りかぶってやれば男は素早く反応して頭を覆う。
そんな頭を覆っている男に向かって攻撃を繰り出す僕。このまま腕を折るつもりで攻撃してもいい。僕ならこいつの腕を折るくらいできないことじゃない。
ただ、そんな本能に従った動きはしない。僕は体重を全て乗せた前蹴りを男の腹に繰り出す。
「おぇ.....!」
呻きながらよろめく男。もちろん、僕の足の硬度は上げてある。簡単に起き上がれるようなダメージじゃねえだろう。
「これでわかったでしょ。今の僕に君は勝てないぜ」
僕も疑似的にとはいえ本能を解放できる。その時に一番感じるのは『躊躇』がなくなること。物を壊すことに、誰かを傷つけることに、自分が傷つくことに躊躇がなくなる。
それは言ってしまえば、『短直』な行動になりがちだ。読みやすいっていってもいいのかもしれねえ。今回戦っている男は筋力や反射神経なんかも解放されているから読みやすさよりも脅威が勝ってしまうが、その動きを理解したり、動きに慣れてしまえば、攻撃をよけることは難しくない。
そして、それは僕にも言えることだ。といっても、戦闘用の人格は本能を解放しているわけではない。戦闘で確実に有利になるための人格。敵に合わせて冷静にだって、本能をむき出しにだってする。
そしてその人格が選んだ答えがーーー
「本能を解放している状態に少し理性を足す。これで本能を解放している人間ならどうするかを理解しながら、それに対処する。今の状態を名付けるなら、そう......本能を解放した上木蔵介~理性を添えて~だね」
先ほど僕が男にアッパーを決めた攻防。あれも男の行動を読んでいた。
僕が攻撃するために棒を振り上げればそれに対応するように体が勝手に反応する。一歩引いて、僕が棒を振り切ったところで攻撃をしてくるだろう。そこにカウンターを仕掛けたわけだ。
ほとんど力をかけずに棒を振り下ろす。そしてすぐに棒から手を放してアッパーカットを決める。男が反応できなかった理由は二つ。一つは僕が棒を振り切った瞬間、次の行動が見えなかったから。カウンターを素早く決めるために、間合いを本能で理解して、最小限の距離で棒を避けた。つまり、目の前を棒が通り過ぎて行ったことになるのだ。これでは物理的に僕が一瞬見えなくなってしまう。
もう一つは男の攻撃が途中だったから。棒が通り過ぎた瞬間、その反射神経を生かして攻撃を仕掛けてきた。それに対して僕が攻撃を繰り出す。もちろん反応できていた可能性はある。ただ、それを対処はできなかったというわけだ。
それにしてもうまくいきすぎている気がするけど。......まあ、まずは目の前の敵を片付けようか。
「......ッチ、てめえみてえなふざけたやつに負けられるかよ......」
「お、まだ闘志があるんだ。感心感心。まあそっちのほうが都合がいいけどな」
意識を吹き飛ばすためにも逃げられたりしたら面倒くせえ。ちゃっちゃと済ませるか。
「躱せねえ攻撃じゃねえんだ、ちゃんと動けよ、俺の体......!」
男がぶつぶつ呟きながら拳を構える。ふむ? 躱せない攻撃じゃない?
......なんだ? すっげえ違和感だ。ゆっくり考える時間が欲しいが、そうも言ってられねえ。さすがにそろそろ隼斗が危ない状態になっているだろうしな。
僕は棒を握りしめて男に接近する。すると、男は一気に近づいてきて、僕の腕を掴もうとする。なるほど、僕の片腕を奪って、拳が届く間合いのみでの殴り合いにもっていこうってわけか。俺の攻撃は全部反射神経だけで避けて、一方的に攻撃しようってわけだ。
「それがわかってて喰らうか......? ......!」
俺は男が伸ばしてきた手を弾こうとする。瞬間、頭がぐるんと回ったような感覚がした。
『躱せない攻撃じゃない』『ちゃんと動けよ、俺の体』......本能を解放しているなら最高のパフォーマンスのはず。ちゃんと動かないなんていうことはないはずだ。っていうことは、男は本能的に攻撃を喰らっていることになる。僕に『男に攻撃が通る』と誤解させるために。
そして、男の能力は『人間の能力を限界まで引き出させる』能力......それは、他人にも使える。
つまり
「僕に能力をーーー」
気づいても遅い。男が伸ばしてきた手を弾こうと動いている僕の手は止められない。
「喰らえ!」
そして男の手が僕の体に触れた瞬間ーーーーーー
「......?」
「ん? どうしたの、穂乃果」
「......なんか、悪寒。......あれ? 何も、見えない?」
「仕事が溜まってて疲れているのか、能力者か。どっちだい?」
「......多分、能力者。なんだけど、自信がない」
「? どういうことさ」
「よくわからないけど、能力を使うと」
「使うと?」
「視界、真っ白」
「ふう、蔵介がいるのはここかな?」
私がやってきたのは屋内運動設備がそろえられている棟。
「せっかく一緒にサークル見学しようと思ったのに」
私も、その、蔵介のおかげでこの大学に一緒に残ることになった。だったら、蔵介とできる限り一緒にいて仲良くしたい。
そんなわけで蔵介を探していたわけだけど、たまたま蔵介の友達の高見君を見つけた。高見君に蔵介のいる場所を聞いたら、新しくやってきた超能力者の、えーっと、隼斗君、だっけ。その子とサークル見学に行ったとのこと。
そして蔵介の行ったサークルに顔を出してみれば、人を探すためにここに向かったとのこと。全く、ずいぶんたらい回しにしてくれたものだ。
下駄箱に靴をしまって、使用名簿に名前を記入する。その中には、蔵介の名前もあった。よしよし、ようやく蔵介に会える。
「ふんふふん」
前髪をちょちょいと直しながら蔵介を探す。どこにいるかなあ。
「おいおい、ずいぶん長くねえか?」
「尋問とかしてんのかもな」
と、蔵介を探している途中で物騒なサークルを見つける。うげ、何ここ。出入り口にはヤンキーがいるし。立花学長に報告して何とかしてもらおうかな。
まあいいや。今は蔵介が大事だ。どこかな~。
「それにしても、ビンゴって言われてた男って何者なんだろうな?」
「さあ。隼斗ってやつのほうが生意気そうだったけどな。そいつを探していたやつのほうがビンゴだったっぽいぜ」
隼斗、って蔵介が探していた友達だよね。ってことは蔵介はここにいるんだ。
「あの、ごめんなさい。ちょっと人を探しているんですけど」
「ん? ずいぶん可愛い子じゃねえか」
「誰を探してるんだ?」
「あの、隼斗って人を探しに来た男の人を探しているんですけれど、何か知りませんか?」
「あー、あの子の彼女か何かか」
か、彼女......! なんか、いい響き!
でも、うそを吐くのはよくないよね。
「あの、友達です」
「ははは、そんな顔真っ赤にして否定すんなって。別にひがんだりしねえからさ」
うぅ、なんか恥ずかしい。早く蔵介と合流してサークル見学に行こう。
「ただ、彼氏は残念だったな。今頃兄貴......いや、男にぼこぼこにされてるだろうぜ」
「......え?」
ほわほわと茹っていた頭が一気に冷やされる。蔵介が、傷つけられてる......?
「運が悪かったよな、あいつも」
「違いねえ。そんなわけで、わりいな。また医務室にでも行ってもらえれば「どいて」
「「......あ?」」
私が反抗してきたのが気に食わないのだろう。凄んでくる男たち。でも、あなたたちにかまっている暇はない。
「おいおい、嬢ちゃん。だれに歯向かおうとしているか「サイコキネシス」
頑なに道を開けない男たちに向かって、軽く能力を使う。すると、目の前の扉に向かって二人の男が吹き飛ぶ。
「な、なにが」
「ぐえ」
二人の男が倒れたところで、扉に手をかける。......あ、あれ。開かない。
うーん、あんまり目立ちたくないけど、言ってる場合じゃないよね
「サイコキネシス」
今度はもう少し強めに能力を扉に向かってぶつける。扉がガゴン! と音を立てながらゆっくりと倒れる。
「おじゃましま......す」
そして室内に入った途端。まるでと時が止まったような感覚。ビインと張りつめられた空気を感じて、体中の鳥肌が立つ。
ーーー私、この感覚をどこかでーーー
「ーーーは! 蔵介!」
記憶を巡らせようとしている脳を無理やり止めて、目の前のことを対処させるよう命令する。
なんとも不可解な状況だ。蔵介と、隼斗君と思わしき人は地面にうずくまっており、唯一動くことができるであろう大柄な男は、
「くそ、動けねえ......!」
その場で何やらもがいている。足元に注目してみると......男の足が、埋まっている?
「よくわかんないけど、あなたが元凶ってことで......サイコキネシス!」
「ぐおあ!」
男のあごに向かって能力をふるう。すると、男は驚くほどあっさりとその場に倒れた。それと同時に、うずくまっていた蔵介と隼斗くんがピクリとも動かなくなる。い、意識を失ったのかな?
「とりあえず、立花学長と清木さんに報告しなくちゃ」
ポケットからスマートフォンを取り出して、かけなれた番号に電話を掛ける。っと、ここが見られないように、さっき倒した扉を出入り口にあてがっておこう。
『もしもし、どうしたの雪音』
ワンコールもしないうちに立花学長が電話に出てくれる。
「もしもし。えっと、蔵介と隼斗くん? が能力者に襲われていたみたいで」
『......なんとなく事情は把握してたけど......それで?』
「えっと、蔵介と隼斗君が倒れてる。急いで助けに来てほしいんだけど」
『ん。清治』
『おっけー』
相変わらずツーカーで意思を伝えられるみたい。うらやましい限りだ。
『場所は言わなくてもいい。それで、上木が闘っていたのはどんな奴?』
「えっと、大きい体格の男の人でーーー」
詳細を伝えようと、扉から目を離して男がいた場所に目を向けると
「げ」
「だ、だれ!?」
白髪の男が意識を失っている男を抱え上げようとしていた。どこから入ってきたの!?
「こいつは無理だ。じゃあね」
こいつは、って......あれ、蔵介と隼斗君もいない!
「どこに連れて行ったの!!」
能力を使って白髪の男をとらえようとする。すると、
「ほいっと」
「!?」
男が目の前から消える。いや、消えるというよりは地面に吸い込まれたような......。
慌てて男が吸い込まれた場所に行くけれど、何もない。しゃがんで地面に触れても、とくに変な感触はない。
というか。......え、えっと。蔵介は、まさか。
『--ね。雪音!』
「あ、立花学長......」
手で持っていたスマートフォンからうっすらと聞こえてくる立花学長の声で、通話中だったことを思い出す。なぜか焦る気持ちはなく、ゆっくりと耳元に携帯電話を当てる。
『何があったの!?』
「あ、あのね」
呆然とした後に、事態に重さを頭が徐々に理解して、頭をぼーっとさせる。
それでも、伝えないわけにはいかない。
男が一人倒れているだけの部屋に、
「隼斗君と蔵介が......連れてかれちゃった」
私の声が、やけに響いた。
嵐が去った後の静けさが、やけに怖い。
※
あけましておめでとうございます。
新年早々体調を崩して投稿が遅れました。大変申し訳ございません。
詳細は活動報告をご確認いただければと思います。
本年も張り切って執筆していきますので、何卒宜しくお願いいたします。