1-32話まとめ
これは投稿済みの1話~32話までをそのまま纏めたものです。一々次話をロードするのが面倒かな、という気持ちと、純粋に短い話とかがあったのでうっとうしいのではと思いまとめました。
もちろん、1話1話自分の好きなように見たいという人や、あとがきも見たいなどという人(いないとは思いますが)がいたらこれを飛ばして1話から見てください。
「ねえ、私、すごいんだよ」
「いきなりどうしたの、雪音」
「ほら、私のランドセル。誰も触ってないのに浮いてるでしょ?」
「ほんとだ! 凄いね! ......あ、俺これ知ってる! アニメで見たよ!」
「それ、本当? 教えてよ蔵介」
「えっと......確か、『超能力』っていうらしいよ!」
「ふ、ふ、ふ」
春の空気を感じる『A大学』のキャンパス内を小走りで駆け抜けていく。まだ講義は始まっていないのだけれど、事前呼び出しを受けた。良く分からないが、その良く分からない部分を説明されるそうなので、今はどうでもいい。
とにかく僕は今浮かれている。長くつらい受験期を乗り越え、大学生になることができたのだからーー!
っと、ここかな? 出来立てらしく、真っ白で綺麗な10号館。うん、間違いなさそうだ。僕は事前呼び出しの紙を片手に10号館に入っていく。小走りの成果もあってか、遅刻ギリギリで間に合いそうだ。早速扉を開いて中に入ると、スーツ姿の巨漢が二人待ち構えていた。えっと?
「おい、貴様の名前は?」
一人が口を開く。受付みたいなものかな? 隠さずに話す。
「上木蔵介です。えっと、この紙に書いてあるのでここに来たんですけど」
「嘘は言っていないようだな。説明があるのはこの先の部屋だ。入り口に事前説明会会場とかいてある。参加者は貴様が最後だ。もう大学生なんだ、余裕をもって行動するように」
「すみません」
「行って来い」
軽い説教をされてから、二人の男の横を通り抜けて教えてもらった部屋に向かう。大学生なんだからと怒られた後だが、僕は落ち着かずそわそわしてしまう。これからどんな生活が待っているのだろうか。
教えてもらった部屋の前で深呼吸。まあ、自己紹介とかがあるわけではないだろうし、時間には間に合っている。僕が最後ということだが、そんなに悪い印象は与えないだろう。堂々と行こうか。
ドアノブをひねり、扉を押す。1人の男性が教壇に立ち、20名ほどの人間が座っていた。
「君が最後の人だな」
「あ、はい」
教壇に立っていた男性(恐らく教授だろう)に声を掛けられる。
「なるほど。それでは適当な席に座ってくれ、説明を始める」
言われた通り適当な席で腰を落ち着け、ドキドキしながらかばんを肩から下ろす。
「それでは、まず初めに入学おめでとう。私はこの『A大学』の理学部に所属している田中春斗だ。ここではこの学校についてと、きみたちのこれからの学生生活について説明させてもらう。まず初めにーー」
堅苦しい話に耳を傾けていると、落ち着かない気持ちが落ち着いてくる。ふう、さっきまで浮足立ちすぎていた。冷静にいかないと。
「--と。大体はこんなところだが、わたしばかり話しても仕方がないし退屈だろう。というわけで、君たちには自己紹介をしてもらおう。今年は......20人か。例年通りの人数だな。それでは、最後に入ってきた君から話してもらおう」
「あ、はい」
指名されて立ち上がる僕。まさか説明会で自己紹介があるとは。少し恥ずかしいが、自己紹介を始める。
「えーっと。上木蔵介です。実家はこの近くです。えーっと、ほかに何話せばいいですか?」
「とりあえず、実家の立地条件よりさきに趣味とか話すと思っていたのだが。そうだな、話す内容はこちらで指定しよう。名前、学部と学科、趣味か特技、過去にやっていたスポーツ、それと、自分の『能力』についてだ」
「へ?」
のうりょく?
「それでは、改めて頼む」
目をまん丸にしている僕に改めて自己紹介を促す田中先生......ああ、大学では教授だっけ。そんなことより。
「えーっと、改めて、上木蔵介です。工学部機械工学科に所属しています。趣味は音楽を聴くこと、ですかね。過去にはバスケットボールをやっていました。それと、えーっと、の、能力? は下唇をかんだまま喋れます」
「......? 実践してみてくれないか?」
「ふぐぐふぐふ」
「できてないじゃないか」
「すみません、今はこれ以外思いつきません」
「ん? ......もしかして、『能力者』ではない?」
「えっと、多分」
「「「......」」」
「え?」
次は田中教授と周りの人たちの目がまん丸になった。そして、田中教授が胸元からスマートフォンを取り出す。
「すまない、少々時間を貰う」
「はあ」
「もしもし......」
ぼそぼそと田中教授が話し始める。あまりいい予感はしないが。
その場で立ち尽くしていると、ポンと肩を叩かれる。ん? 振り返ると、受付の巨漢がいた。なんだろう、僕に何か問題が
「表に出ろ」
「......はい」
あったようだ。
二人の巨漢に挟まれて10号館を出て、1号館に連れて行かれる。1号館は主に教務関係の情報が集まる館だ。休講情報なんかもここで集まる......らしい。何分入学試験を含めてここに来るのは2回目だ。詳しくないのも当然だろう。
その1号館の奥へ進んでいくと、理事長室と無機質に書かれた部屋があった。僕の華々しいキャンパスライフが終わりを告げてしまうのか?
巨漢の片割れが真っ白な扉をノックすると中から「どうぞ」と返事が返って来る。
「失礼します」
巨漢に連れられて中に入れられる僕。そこは簡素な部屋だった。小さな本棚に、小さな机。机の前には向かい合うようにソファが置かれている。そのソファに腰を掛けている金色の髪の男性が立ち上がる。
「おや、早速暴れた能力者が?」
「いえ、その逆です」
「逆? 落ち着いた能力者?」
「違います。そもそも能力者ではないのです」
「ふむ。立ち話もなんだし、とりあえず座ってもらおうか。名前は?」
「上木蔵介です」
僕は男性の対面に座る。僕の背後には二人の巨漢が立っている。落ち着かないなあ。
僕の名前を聞いた男性が机の上に開かれているファイルに目を落とす。
「丁度俺も君たちの情報を見ていたんだよ。ああ、俺の名前は清木清治。この学校の学長みたいなものだと思ってもらえれば」
「みたいというか、そうなんでしょう?」
「んー、ちょっと違うんだ。まあ、俺の話はいいや。上木蔵介。君は間違いなく能力者だよ。保証する」
ファイルに目を通しながら話していた清木教授が顔を上げる。常に微笑んでいて、どこかつかみどころのない人だなあ。それはさておき、
「えっと、僕、能力なんてあると思ったこと無いですよ」
「うーん? 変だなあ、この歳で自覚なしか......?」
唸っている清木教授に声をかける巨漢のうちの一人。
「失礼ですが、清木さん。彼は本当に能力がないのでは? もう一度検査をやり直すのも一つの手かと」
「いや、ありえない。あの検査で能力者かどうかは必ず分かる」
「ですが現にーー」
「あと、お金がかかる」
それだけ言うと、巨漢は黙った。なんだなんだ、良く分からないな。
「まあ、一番考えられるのは、常に発動している能力だってことかな。......うーん、身体能力も普通、入学テストの順位も中間程度、性格テストもいたって普通。なんだこれ」
困った表情を見せる清木教授。人の情報をなんだこれ扱いはあんまりだ。それでも僕の処遇を待つしかない。
「......うん。とりあえず、君には能力者として能力者専用の寮に住んでもらうよ」
「へ、寮? 僕の実家ここから近いんですけど」
「まあ、親御さんに話は通しておくよ。別に休日は実家に戻ってもらっていいし。能力者は少し優遇する必要があるんだ。まあ、そういうのも後々話していくよ。説明会には今から戻ってもどうしようもないだろうし、先に部屋に案内しておくよ。そこの二人に案内してもらって」
「はあ」
「納得いかないのは分かるけど、君は間違いなく『能力者』だから。まあ、分かったらすぐに報告してよ。俺も気になる」
「分かりました」
僕は一礼して巨漢の二人に付いて行く。これからどうなってしまうのだろう。
どうもならなかった。部屋を紹介されて終わり。今日は解散ということになった。
部屋は広すぎず狭すぎず。キッチンも付いている良い部屋だ。正直僕は自分だけの部屋に憧れていたので、いつでも実家に戻れる一人暮らしは都合がよすぎる話だった。
さて。
「暇だ」
説明会は2時間近くある予定だったのが30分ほどで抜けてしまった。ここまで案内されるのに30分ほどだったとして、後1時間はやることがない。どうしたものか。
「あ、そういえば着替えとか持ってきてないや」
いきなり寮生活になるとは思っていなかったので、とりあえず家から最低限のものは運んでこなければ。
運び終えました。時間は、うん、説明会が終わったくらいか。えーっと、今日のこの後の予定は、ないのか。ここで解散になっている。いよいよやることがなくなった、持ってきたゲームでもやろうかな。そんなことを考えていると、部屋の扉がノックされる音。
「田中だ。上木、いるか?」
田中......説明会で話していた教授だったはず。僕は扉を開ける。そこには予想通り、見覚えのある説明会で話していたスーツ姿の男性がいた。
「どうも、上木です。どうしたんですか?」
「あー、少し話したいことがあってな。中で話しても?」
「大丈夫ですよ。荷物も運び終えたところなので」
「それでは失礼する」
田中教授を部屋に案内して、対面に座る僕。
「早速だが、君の能力は判明したか?」
「それが、駄目でした。一応清木教授からは判明したら報告とだけ言われまして」
「ふむ。......いや、実はな。説明会で話した内容をまとめた資料があるのだが」
少し言いにくそうに資料を渡してくる田中教授。なんだろう。
「実は、能力者というのは色々な組織から狙われるんだ」
「まあ、想像は付きますよ」
資料をめくりながら相槌する僕。漫画で見たような感じなら、きっと人間兵器として様々な組織が狙うだろう。
「で、あそこに集まった人間というのは嫌でも能力者ならではの嫌な経験というのをしてきたんだ」
それも想像は付く。攫われそうになったり、人にさけられたこともあったのだろう(漫画で見た)。
「そんな人間の中では、一般人を嫌っている者もいる」
「それもそうなんでしょうね。......あれ、よく考えたら、僕がそんな人たちと一緒に生活するって」
「少し、危険だ」
「ですよね?」
もちろん僕は能力者でも気にしないけど、相手は気にしてしまうだろう。むしろ今までのうっぷんを晴らそうと僕を能力でぼこぼこに......!
「これは大変だ! 田中教授、学内のAEDの位置が書かれた地図をください!」
「なんで心肺停止が前提なんだ。まあ、落ち着きなさい」
田中教授が僕に資料のあるページを開くように言う。そのページには、アンケートの結果が書かれていた。アンケートの題目は、『無能力者をどう思う?』
「とりあえず、無能力者て。僕ら能力者の間ではそんな風に呼ばれているんですか?」
「いや、能力が無いという意味であって無能という意味ではないぞ。とりあえず、目を通してくれ」
「はあ」
僕はアンケートの結果を見る。何とも思っていないが80パーセント、嫌いが15パーセント、好きが5パーセント。うーむ、この情報を僕はどう受け取ればいいんだ? ......あ、具体的な意見もあるぞ。
『好きと答えた人の理由......昔優しくしてもらったから。守るべき対象って、なんかいいよね』
前者はともかく、後者は知らんがな。いいよね、って語りかけられても。
『何とも思っていないと答えた人の理由......いや、理由もくそもなんとも思ってないんだって』
確かに。
『嫌いと応えた人の理由......八つ裂きにしたい。焼き殺したい。刺し殺したい。引き殺したい』
殺し方じゃなくて、理由を答えてほしい。
「ちなみに、アンケートの総数は新入生から4年生まで含めた80人だ。まあ、だいたいの人は何とも思っていないが、残りがやばい」
「ヤバいどころじゃないですよ。僕、今からでも出て行った方がいいんじゃ」
「それがそうもいかない。君は能力者なのだから」
「そんなこと言っても僕に能力なんか「だから、見つけてもらわなくてはいけない」
またもや押し問答が始まるかと思いきや、どうも解決策があるようだ。
「君が隠された能力を見つける。これが今君に一番必要なことだ」
「勉強より必要ですか?」
「当たり前だ」
「教育者としての自覚が欠如していますね」
「当たり前だ」
「当たり前ではないですよね」
まあ、なんやかんやで僕の目標は決まった。
「とりあえず、土下座の練習から」
「話聞いてたか?」
田中教授が部屋から出て行って。僕はいくつかの助言をもらった。
『とりあえず、君の能力は炎を出すとか、念力といった自分の意志で何らかの現象を起こすものではない可能性が高い。自分のポテンシャルを高める何かをしてみてくれ』
ざっくりしすぎて動けないや。ジッとしていても仕方がない。とりあえず、挨拶。能力を見つけるのも大切だけど、それ以上に普段の生活が大切だ。隣の部屋の人に挨拶に行こう。
部屋を出てすぐに隣の部屋の人に会いに行く。僕が無能力者だということは知れ渡っているはず。なので僕への対応で関わるべき人物かが分かる。若干緊張しながら扉をノックする。
「うーっす。って、お前誰だ?」
「どうも、隣の部屋へやって来た上木蔵介です。とりあえず、挨拶でもと思って」
「あー、無能力者か。消え失せろ」
中指を立てられる。Oh......結構ショック。
「分かった、出直すよ」
「死ね」
こういう時って言い過ぎたことを謝るんじゃないかな。いや、知らないけど。
というか、早速15パーセントを引き当ててしまった。幸先悪いな。でも、ここで挫けるわけには行かない。大学生デビューを決めなければ。
「顔見せんな」
「地獄に落ちろ」
「ふぁっきゅう」
......。男女問わずにこの対応。涙が出そうだ。これはもう大学生デビューは無理か。
「おい、そこの無能力者」
「ん?」
振り返ると、黒い髪をオールバックにした男がいた。目は吊り上がっていて気が強そうだ。言ってしまえば、不良?
「なに? 悪いけど、罵倒なら僕のメンタルが回復してから......」
「違う違う。ここじゃなんだ、俺の部屋に案内しよう」
「どうだ、調子は?」
「倒置法を使ってくるねえ。知ってると思うけど、最悪だよ」
僕は招かれた部屋で溜息を一つ。男は顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。
「どしたの、えっと、」
「塚波正だ」
「じゃあ、正で。あ、僕は上木蔵介ね。話を戻すと、難しい顔してたけど、何かあったの?」
「実はな、蔵介の嫌われている理由に心当たりがあってな」
「え、何々? 口臭? 体臭?」
「臭いに自信がないようで」
正は携帯電話を操作した後、僕に画面を見せてくる。そこにはLAINというSNSアプリの画面が表示されていた。そこで正が指さしたメッセージは、えーっと、何々......
「『全員、上木蔵介に冷たく当たること』......既に名前を知られているほどの知名度、大学デビューも夢じゃないなあ」
「ポジティブ過ぎる」
冗談はさておき。
「うーん、滅茶苦茶迷惑だなあと言いたいところだけど。正直、この発言をしている人......『工藤』って書いてあるけど、気持ちは分かる」
「ほう。どういうことだ」
「いや、この嫌い具合からしてよっぽど嫌な扱いを受けたんでしょう? 僕も人を嫌いになることは少ないけど、一度嫌いになったらどこまでも嫌うからね。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってやつで」
「なるほど、そういうことか。だが、彼が憎むのはともかく、ほかの人間が憎む理由が分からないだろう?」
「まあ、確かに」
この文言を受け取っても、僕なら無視するだろう。だが、みんな彼の言うとおりにしているようだ。
「この発言をした人って有名な人なの?」
「いや、普通の能力者だ。まあ、昔何かあったのだろうが」
「正は他の人が嫌っている理由が分かるの?」
「心当たりがある。ほら、こっちの会話を見てみろ」
どうやらこれはグループ会話というもので、大勢の人が参加していて、自由に発言できるシステムだ。他の人が、『別に気にしなくていいんじゃない?』と発言しているのに対し、工藤は『あいつは俺の部屋に挨拶に来て、いきなり暴言を吐いた』と発言している。
「僕、暴言なんか吐いてないけど」
「まあ、情報操作、ってやつだろうな」
「みたいだね」
ふーむ。ただ、ここで僕が正にグループに招待してもらって発言しても効果がないような気もするし、なにより正にも迷惑が掛かってしまう。
「うーん、わかった、ありがとう正」
「? グループに入らなくていいのか?」
「うん。とりあえず、一週間くらい過ごしてみる。ありがとね」
僕は正に手を振って部屋から出て行った。
あれから一週間。この間の能力者限定の説明会ではなく、大学自体の説明会が今日でちょうど終わる。あれから僕は愛想よく過ごしてきた。その成果もあってか、無能力者の友達が何人かできた。能力者たちも僕に悪い印象を持っていないように見える......が、決定的に何かが足りない。能力者と仲良くなるための何かが。
そんなことを考えながら能力者用の寮に戻る。すると、エントランスではなぜか皆が集まっていた。
「ごめん、正、なんでみんな集まってるの?」
「ああ、蔵介。いやなに、学長から能力者に報告があるとのことだ。お前も少し待っていろ」
「へえ。何があるんだろ」
「確か新しい能力者がやって来るらしい」
「高校でもないのに、しかも授業が始まってないのにわざわざ紹介するの?」
「俺も疑問に思っている。まあ、その辺も含めて学長が説明してくれるだろう......お、来たみたいだぞ」
やって来たのは清木教授と、女子生徒だ。
「やあ、皆さん。大学生活にワクワクしているところさらにワクワクするイベントということで新しい生徒の紹介をさせてもらうよ。まあ、元々この学校に入学する予定だったんだけどね。それじゃあ、自己紹介をお願い」
「はい」
一歩前に出てきたのは肩にかかる程度の長さの白い髪が特徴的な女性だ。目つきも緩く、どこかほわほわとした緩い雰囲気を持っている。
それとこの子、多分僕の知っている......
「初めまして。私の名前は白川雪音です。えっと、趣味は......あ! 蔵介!」
「やっぱり、雪音だ。元気してた?」
「うん!」
二人で何年振りかの会話を交わす。周りの男子生徒の殺気が沸き立つ。まずい、皆との距離が一気に広がってしまう。
「やっぱり蔵介も能力者なんだね! 良かった、無能力者じゃなくて」
「え、あ、うん、一応」
この会話が始まると周りの殺気が落ち着き始める。どうやら雪音は僕が能力者であることを重視しているようだ。
「何の能力? 昔言ってたもんね、わたしより強い能力だって!」
「あー、それは昔のことで......実は、雪音。僕、まだ自分の能力が分からないんだ」
言うのを躊躇っていてもしょうがない。僕は早めに打ち明けた。
「え? 嘘でしょ?」
「......ほんと」
すると先ほどまでの輝いた瞳が一気に濁る。僕を『他人』に書き換えたような眼だ。なんだろう、すごく心がざわつく。
「あっそ。それじゃあ、どうでもいいや。みんな、1週間っていう短い時間だけどよろしくお願いします」
「「「......」」」
雪音はそれだけ言うとどこかへ立ち去っていった。うーん、と......? 僕は立ったまま呆けてしまう。
「コホン。それじゃあ、俺が代わりに君たちに説明するよ」
そこで咳ばらいを一つして注目を集めてから清木教授が話し始める。
「彼女はね、最強の能力者、『超能力者』の一人なんだ。どのくらい強いかっていうと、彼女一人でここにいる人間、もちろん俺含めて、皆殺しにできる程度には強いよ」
その一言で周りがざわつく。清木教授は話しを続ける。
「別に君たちに彼女のご機嫌取りをしてほしいわけじゃない。ただ、友達になってあげてほしいんだ。彼女は他国から狙われながら、政府の命令をこなし、いつでも、勿論今でも命の危険にさらされ続けている。気の休まるところはない。そこで彼女を化け物呼ばわりしていた過去の人間とは違い、彼女と真摯に向き合える立場の君たちに、彼女の心のよりどころになってほしいのさ」
「だが、彼女は1週間程度よろしくと言っていたが?」
正が質問する。僕はボーっとしたまま話を聞き流していく。
「そう、そこが問題なんだ。彼女は自分より強い能力者こそが自分の心のよりどころだと信じている。俺は間違っていると思うけど。とりあえず、1週間ほど生活して自分より強い能力者がいなかったら違う大学に転校していくと宣言したんだ。もちろん、彼女だからこそできる芸当だけどね」
「......要するに、1週間以内に彼女をここで生活させるように動けと」
「まあ、そんな感じ。別に嫌だと思う人もいると思うから、善処程度でいいよ。それじゃあね」
清木教授はそれだけ言うとどこかへ去っていった。その場に取り残された人間も自分の部屋へと戻っていく。
「......蔵介、愚痴りに来るか?」
「......お言葉に甘えるよ」
僕はふらふらと千鳥足で正の部屋へ向かった。
「......いや、正直、覚えているよ。能力が使えるようになってから雪音がいじめられ始めたんだ。だから、雪音より僕の方が強い能力があるって。でもそれを使っちゃうと、みんなやっつけちゃうから、使わないだけ。だから雪音をいじめたら僕がその能力でいじめた奴をやっつけるって」
「ほう、いい話じゃないか」
「まあね。それで、いじめがなくなったころに本当は能力がないってことを打ち明けようと思っていたんだけど、その前に雪音が学校からいなくなっちゃったんだ」
「なるほどな。まあ、こればっかりは誰も悪くない、と俺は思うけどな」
正の簡素な部屋で僕は雪音との関係を打ち明ける。あーあ、こんなことになっちゃうなんて。
「ところで、どうする? 清木教授は雪音をこの学校にとどまらせたいようだが......」
「うーん、どうなんだろ。まずは雪音がこの学校にいることが雪音にとって良いことなのかが分からないから。多分、最強の能力者を抱えている学校は一目置かれるだろうから」
「そうだな。この学校にとっては利益しかないだろうが、本人にとっていいことかどうか判断できないと、何とも言えないな」
「そうそう。雪音を保護するのなんかどこの学校でもいえるからね。もっとこの学校にしかできないことがいいよね」
「たしかにな。ま、それを見つけるのは俺たちの役目じゃない」
「違いないね。どう? 僕の部屋でゲームでも」
「いいぞ。もう明日から授業だ、今日くらい遊んでも罰は当たらんだろ」
「立花学長」
「? 雪音。どうしたの?」
「あの、その、わたし、とんでもないことをしてしまったような気がするの」
「......どう、紅茶でも。ゆっくり話そう?」
「......頂く」
「それで、どうしたの?」
「じつはーーー」
「---なるほど」
「私の、信じていた人が、裏切ったの」
「私はそうは思わないけど。上木、だったっけ? いい人だと思う」
「どうして?」
「だって、嘘を吐いてまで雪音をいじめから守ってくれたんでしょ?」
「それは、そうだけど」
「少し臆病になりすぎなのかも。ゆっくり休める場所が早く見つかるといいね」
「私も早く見つけたいけど」
「......少し、上木と話してくる」
「え」
「なに?」
「......いや、なんでも、ない」
「それじゃあ、行ってくる」
「うおおおおお!」
「待て、蔵介!」
「待たないね!」
僕と正は今画面に向かってコントローラーを振っていた。2分割された画面にはそれぞれ一人称視点でグローブと相手キャラ、リングにゲーム上の観客が映っていた。
「くそ、気絶状態だ! レフェリー、早く相手を止めろ!」
「馬鹿め、レフェリーは既に賄賂で買収している!」
「クソ、助っ人キャラのジョンでお前の右ストレートを受け止める!」
「無駄さ! 喰らえ、ボブの右ストレ「二人とも、何しているの?」
「「へ?」」
僕と正が声に振り開けると、黒髪の女性が立っていた。
「どちらさまですか?」
僕が恐る恐る尋ねると、女性が返事をする。
「私は立花穂乃果。この学校の学長」
「「学長!?」」
僕と正の声が重なる。だが、その反応は想定済み......というか慣れているようだ。
「あなたちも清木を学長と思っていたでしょう? あれは私の秘書」
「秘書? 立場が逆じゃないですか?」
「全く同じ意見だ」
「私も秘書の方がいいし、彼が学長の方がいいと思うけど、色々あるの。ところで、あなた達の叫び声が扉の前までうっすらと聞こえていた。ゲームをするのは構わないけど、もう少し静かに」
「はあ」
「すんません」
僕と正はコントローラーから手を放し、ゲームの電源を切る。
「ところで、僕に何か用事ですか?」
僕の部屋の前までやって来たということは僕に何か用事があるのだろう。
「雪音のことで少し話があるの」
「雪音のことですか」
「そう」
「......長くなりそうだな、俺はいない方がいいか?」
「別にいても構わない。他人に聞かれて困るようなことは話さないから」
「そうか。まあ、正直気になるから残らせてもらおうか」
「それじゃあ、ちょっと僕お茶淹れてくるよ」
キッチンに向かい、三人分のお茶を持って戻る。
「とりあえず、塚波がどこまで把握しているか分かった。それ以上の雪音についての情報は上木も知らない?」
「そうですね、途中で転校しちゃいましたし」
「ふむ。まあ、雪音のことで話がある、とは言ったけど、別に雪音の過去を語ろうというわけじゃない。ただ、お願いがある」
「内容によりますけど」
「それもそう。雪音をこの学校にとどまることに協力してほしい」
「うーん。それについてさっき正と話し合ったんですよ」
「意外。ただのゲーム好きかと思ったけど」
「言いすぎだろう」
「冗談。それで、どういう結果?」
「とりあえず、雪音がこの学校にいることが良いことか分からないから、成り行きに任せようということでまとまりました」
「あるよ。雪音にとってこの学校に通うメリット」
「あるんですか」
「ほう」
僕も正も興味がわく。うーん、何かあったかな? 唸る僕と正に向かって立花学長が得意げに答える。
「それは、私の能力。私は目に映った人間が能力者かどうか判断できる」
「? それって」
「もし寮に通っていない人物で能力者がいたら、襲撃に来ているか分かる、ということじゃないか? ここは高校じゃなくて大学。一応守衛の方はいるが、一般人と学生の見分けも付きにくいし、誰でも簡単に出入りできる。そんな状況じゃ確かに白川も心休まらないだろうからな」
「そこで、立花学長の出番ってことか」
「そういうこと」
得意げな顔をしている学長。なるほど、そうなると雪音がこの学校、というか立花学長と一緒にいることは中々大きなメリットになりそうだ。
「まあ、それでも雪音はきっと心の奥底からは休まらない。現に、私の能力は彼女も知っているけれど、一週間でこの大学から移動しようとしていることが大きな証拠。私としても、彼女の傍にいたい」
「ふむ、難しい話だ。清木教授も言っていたが、白川は『超能力者』。そう簡単に彼女がここにいたくなるようなことを俺たちに考えろと言われてもな」
「確かにその通りだけど、そこをなんとか」
「うーん」
僕たちが唸っていると、部屋の扉がノックされる。誰だろう?
「はーい」
僕が返事をしながら応じると、そこには清木教授がいた。
「やあ、上木君。ごめん、ここに立花学長が来ていないかな?」
「来ていますよ。どうぞ入ってください」
「それじゃあお言葉に甘えて。お邪魔します」
それにしてもイケメンだし、高身長だし、常に笑顔で爽やかだし。人に嫌われることと真逆に位置する人だなあ。......いや、僕のことを自虐しているわけではなく。
「やあ、穂乃果!」
「げ、清治......」
爽やかに清木教授が挨拶すると先ほどまでのクールな顔を崩して苦虫を噛み潰したような顔をする立花学長。まさか、嫌っているとか?
「何しに来たの」
「穂乃果に頼み事」
「百万円用意してから三十回回ってワンと鳴いたら話だけ聞いてあげる」
......誰にも嫌われない人なんていないんだなあ。そんな悪態を吐かれてもニコニコとしている清木教授。本当につかみどころのない人だなあ。
「それで、頼み事って?」
「簡単なことだよ。ちょっと彼が『能力者』か見てほしくて」
「上木のこと? ここにいるんだから能力者に決まっている」
「それが、彼、能力があることを自覚できていないんだ。でも、検査の結果は能力者」
「なるほど。それじゃあ、さっと調べてあげる」
立花学長が僕の方をちらりと一瞥すると、口を開く。
「能力者。間違いない」
「え!?」
「今の一瞬で分かったのか!?」
「穂乃果はすごいでしょ?」
「清治がなんで偉そうにするの」
これは確かに雪音がこの学校に残る大きなメリットだろう。正も同じことを考えているようだ。
その能力に驚いている僕と正を置いて話を続ける二人。
「それで、『糸』はどんな感じ?」
「細いし、短い。大した能力じゃない」
「そっか。まあ、すごい能力だったら自覚しているだろうしね」
「うん。まあ、能力の内容までは分からないから「ちょ、ちょっと待ってください」
二人の会話をいったん止める僕。
「どうしたの?」
「僕の能力がどの程度のものかまで分かるんですか?」
「大体は」
「そうそう。だから、雪音ちゃんを襲ってくる能力者を僕たちが対処できるか、それとも雪音ちゃんに闘ってもらうか、雪音ちゃんを逃がすか判断しやすいんだ。ね、大きなメリットでしょう?」
「本当に、すごいですね」
「ああ、すごい」
僕も正も感心しっぱなしだ。
「まあでも、上木君の能力は完璧には分からないみたいだし、それだとこっちも少し困るから、ちょっと面白いイベントを開催しようと思ってね」
「「面白いイベント?」」
「清治、それってアレ?」
「うん、アレ。上木君にとっても、雪音ちゃんにとっても得なイベントだよ」
「話の先が見えないな。もったいぶらないで教えてくれ」
正が『アレ』に付いて催促すると、立花学長は嫌そうに、清木教授は満面の笑みで、声をそろえて教えてくれる。
「「能力者たちによるトーナメント」」
「なんだか、蔵介って変だよね」
「ねー。なんか、変な感じ」
「悪い奴じゃなさそうだけど」
「いい奴でもなさそうだよね」
「あ、そういえば昨日、ほかの中学との交流会で誰か探していたみたいだよ?」
「知り合いでも探してたんじゃない?」
「白川さん、これ食べる? 美味しいよ!」
「白川ちゃん、LAINのID交換しよう!」
翌日。大会が行われる体育館の観客席では雪音の周りに男女問わず人が集まっていた。それは仲良くなろうとしているのは間違いないけど、なんだか媚びているように見える。自分の味方になってもらって、権力を得ようとしているような。まあ、僕は頭がよくないから真意なんてわからないけど。
「それでは、一回戦目。上木君と工藤君は早速下に行ってくれるかな?」
準備が終わったらしい清木教授がやってきてそう告げる。そのあとに僕に耳打ちをしてくる。
「いいかい? 君は全力で戦うんだ。人間っていうのは、追い込まれた時に本当の姿が現れる。俺はこれを信じているから」
「はあ」
なんだかやる気になれない。まあ、やるだけやるけど。
下に降りると、工藤君が待っていた。
「やあ、お待たせ」
「......君が、上木か」
工藤君は眼鏡をかけた好青年という印象だ。しかし、僕を認識した途端、その爽やかな表情を崩した。
「悪いけれど、俺は君とは仲良くなれない」
「別に仲良くなるためのイベントじゃないでしょ、これは」
嘘です。みんな雪音にばかり仲良くしようとしているけれど、名目は『親睦会』だ。勿論、僕と正、清木教授と立花学長だけは『僕の能力を開花させるためのモノ』って知ってるけれど。まあそうは言っても、このイベントの優先順位は『僕ら』にとっては雪音より強い能力者を都合よく見つけることが第一。第二が僕の能力の見定めであることは確かだけど、当然皆との親睦を深めることも大きな目的だ。そして事情を知らない他の人にとってはお互いの能力を知り、褒め合い、高め合う、非常に素晴らしいイベント。まさに、『親睦会』なはずだ。僕は自ら窮地に立たなくてはいけないので、仲良くなるためのイベントじゃないと言ったけど。きっと工藤君は否定してくれるだろう。
「分かっているじゃないか」
君、本当に分かっている?
「ところで、優勝者には何が渡されるのか知っているかい?」
「図書券1万円分でしょ」
「そう。それと、白川さんと闘う権利」
「正直、滅茶苦茶ほしい」
「ほう、案外分かる人みたいだね」
「ということは、工藤君も?」
「ああ、勿論」
「それじゃあ、欲しいものは」
「奪い合おうか、上木」
奇妙だけど、僕と工藤君の間に『なにか』が生まれた気がした。
僕らの会話が終わったタイミングで、アリーナから立花学長がマイクで僕らに声をかける。
「それでは、両者、準備は良いですね?」
その『なにか』は友情と呼ぶにはあまりに曖昧な物だ。しかも、欲しいものをお互いに奪い合う。本能的で、知性を感じられない行動。
「「はい」」
それでも。その『なにか』は、奪い合おうとする『無能力者』の僕と『能力者』の工藤君を、繋いだ気がした。
「それではーー」
僕と工藤君がにらみ合う。体育館内も静まり返り、雪音にアプローチしていた人たちもこちらに注目しきっているのを横目で確認する。
「始め!!」
ーーー三十秒後。
「試合終了! 勝者、工藤海斗!」
「無能が能力者(俺)に刃向かわないでくれ」
親指を地面に向けて振り下ろす工藤君。地面に倒れている僕は一言。
「......図書券1万円分、欲しかった」
「あ、君が欲しかったのそっちか」
工藤君は素で呆れていた。
「お疲れ様、上木君」
「清木教授」
僕は少し痛む体をいたわりながら、清木教授と話し始める。
「どうだった?」
どうだった、というのは僕の能力に気が付けたかどうか、ということだろう。
「いや、全くですよ。というか、『あれ』じゃあ追い詰められることなんてないですよ」
『あれ』というのは、このトーナメントのルールのこと。戦いの場には教授が立ち会う。一人は、医療系の能力を持っている教授。といっても、アニメや漫画のように、直接的に治癒ができるわけではなく、医学の知識と適切な判断を助ける能力の両方を持っている教授が立ち会うのだ。さらに、選手が暴走したときに止めることができるような能力者も何人か見張っている。ようするに、追い込まれるような状況、『僕が危険な状態』にはならないと頭で理解してしまっているのだ。もちろん清木教授の案は悪くないものだと思うけれど、追い込まれるというシチュエーションでは決してない。
「まあ、そうだろうね。ただ、俺が今用意できるシチュエーションはこれくらいなんだよね」
「お気持ちは嬉しいんですけどね。というか、僕の能力が分かっても大した能力じゃないことは分かっているんですし、そこまで執着しなくてもいいんじゃないですか?」
「いやいや、意外といい能力かもしれないよ? っていう建前と、能力者じゃないのに能力者と一緒に生活することによる負担を考えた結果だよ。田中教授が君に話をしていると思うけれど、能力者というのは大抵、無能力者に傷つけられたことがあるのさ。俺だって例外じゃなく、ね」
そう話す清木教授の表情が一瞬曇る。ずうっとニコニコしている人だと思っていたけれど、しっかりと経験を積んできている人なんだな......いや、当たり前のことなんだけれど、実際にそれを意識させられると、言葉の重みが変わってくる。
そんなことを考えている僕の雰囲気が気遣うものに見えてしまったのだろうか、清木教授が声音を明るくして話す。
「まあ元々期待していなかったし、次の案を考えようか」
「結構自信満々な様子でしたけど」
「それじゃあ俺はこれで」
「これで、って最後まで見ていかないんですか?」
逃げようとしていたことには触れずに尋ねる。すると清木教授が苦笑いを返してくる。
「俺も最後まで見たいんだけどね。色々雑務があるから、決勝戦と、最後にある優勝者と雪音ちゃんの勝負だけ見るよ」
「そうですか。頑張ってください」
「それじゃあね。君も折角だから色々な人と親睦を深めるんだよ」
「善処します」
今度こそ歩き去っていく清木教授。さて、僕はどうしようかな......。
正直な話、僕はここにいる人間と仲良くなろうとはあまり思っていない。理由は二つ。一つは、すでに無能力者の友達がいるから。一応能力者の枠組みの中にいるものの無能力者の僕。能力者の友達は正がいれば十分で、無理をして作るものでもないだろう。
もう一つの理由は、能力者が僕と仲良くなろうとしていないから。正は僕に接してくれるが、ほかの能力者は他人からの情報(工藤君がLAINで流した嘘情報)を信じて僕に冷たく接した。ならば、僕から彼らに歩み寄る必要など微塵もない。むしろ僕から距離を置こうと思っているくらいだ。まあ、向こうから接してくるなら考えるけどさ。
などと一人でふてくされていると、声をかけてくる人間が。知り合いではないけど。
「よう、ふてくされてんなあ、無能力者」
「はあ......何の用事?」
挑発的に声をかけてきたのは身長が少し低い男子学生。髪の毛は金髪でショートカット、少し太っているが、それ以上に顔が整っている。
「まあまあ、これでも飲めよ」
「え? あ、ありがとう」
僕に自動販売機で買ったと思われる飲み物を投げてくる。この親睦会、時間がかかることが予想されているので、お菓子と飲み物が用意されている。お菓子はチョコレートからしょっぱいスナックまで用意されているけれど、飲み物がお茶だけなのだ。もちろんお茶もおいしいけれど、甘い飲み物もほしい。そう思っている人は多いみたいで、自分用の飲み物を手に持っている人がほとんどだ。
というわけで、彼が渡してくれた飲み物は意外と嬉しい。早速ふたを開けて一口頂く。中身はミルクティー。運動した後に、と思うかもしれないが、別に激しく動き回ったわけでもないし、こういう甘さがうれしい。
「どうだよ、能力者っていうのは」
「質問の意味は分からないけど、凄いなあとしか言えないよ」
「そんなもんか。ああ、紹介が遅れた。俺は『高見堂次郎』。工学部の情報学科に所属している」
「ふーん。話しかけてきたくらいだから知ってると思うけど、僕の名前は上木蔵介。工学部の機械工学科に所属してるよ。ところで、僕に何の用事?」
「いやなに、実はな。俺の将来の夢はゲームを作ることなんだよ」
「へえ。ってことは、プログラマー?」
「ちょっと違う。俺は一人でゲームのすべてを作りたいんだよ。プログラミングは勿論、音楽、シナリオ、デザイン......とにかく、ゲームを作るのに必要なものすべてだ」
「それは、大変そうだね」
「そう思われて当然だろうが、実は、シナリオ以外はすべてできる。実際に一個ゲームを作ったことがある」
「へえ! それはすごいなあ」
「だろう? そして、インターネット上に公開した。その評価がこれだ」
「見ていいの?」
「もちろん」
「それじゃあ遠慮なく......何々、平均評価が☆3、満点が☆5。まあ、こんなものじゃない? 一人で作ったならむしろ凄いや」
「その調子で感想のところも読んでくれ」
「どれどれ......『シナリオがありきたり』『ゲームシステムが奥深くて良いけど、シナリオがありきたり』『音楽もカッコいいしキャラクターデザインも可愛いけど、シナリオがありきたり』......これ、書いているの全部同じ人じゃない?」
「いや、何人か同じコメントをしていたとしても、全員が同じというわけではないはず。ほら、そう評価数が3桁を超えているだろう」
「本当だ。さすがにこれで全員同じなわけないか」
「その通り。そこで、俺の悩みが出てくる」
「そこでも何も、堂次郎が悩んでいるって情報が初出なんだけど」
「俺はシナリオがどうしても書けない。シナリオを上手く書くためにいろいろなアニメ、漫画、ライトノベル、小説、映画、ドラマを網羅した。俺が追いつけない話題はないといっても過言ではない」
「すごい熱意」
「そう。ここまでしても書けない! 俺は悔しい!」
「は、はあ」
「そんなところに! 蔵介、お前がいる!」
「え、ええ?」
「お前はアニメの主人公を体現しているようなシチュエーションにいることを理解しているか?」
「いや、してないけど」
「しろ!」
「そんな無茶苦茶な」
「そして、お前が感じていることを全て教えてくれ!」
「どういうことさ」
「俺は次にこんなシナリオを書こうとしている。いや、書いている。『虐げられている無能力者の僕が能力者たちに戦いを挑む』」
「いやいや、僕は能力者たちに戦いを挑むつもりはないよ!?」
「挑め!」
「いやだよ!」
というか、虐げられてもいない!
「どうしたどうした、蔵介」
さすがに声が大きくなってしまった。離れたところにいた正がやって来る。近くにいる人も何事かと僕たちの方を向いている。
「お前はなんだ!?」
「な、なんだこの熱意の塊みたいなやつは」
「えっと、彼は高見堂次郎っていって、ゲームを作っていて、シナリオがうまく書けないことを悩んでいて「待て待て、情報量が多すぎる」
『えー、続きまして、高見堂次郎さんと朝倉幸助さんは下に来てください」
「ッチ、呼ばれちまった。とにかく、考えておいてくれよ、蔵介」
「どの話を?」
「全部だ」
「欲張りだなあ」
堂次郎が下に行ったのを確認してから、あいつの能力が気になるので闘っている場所が見える場所に移動する。あとは試合が始まるのは待つだけというところで正に堂次郎についての情報を教える。
「ーーーっていう奴なんだ」
「なるほどな。能力者じゃなくても成功しそうな奴だな」
「まあ、成功するかどうかは知らないけど、熱意はあるよね」
決して憎むことができない奴だ。そんな堂次郎の能力はなんだろうか?
『それでは試合を始め「ちょっと待ってくれ」
ナレーションを遮ったのは堂次郎。当然、その場にいる全員の視線が彼に集まる。
「この試合、俺が相手から5分間、一撃も喰らわなかったら俺の勝ちにしてくれないか?」
『それは......』
立花学長の困ったような声。それはそうだ、今まで通りのルールでやらなければ負けた人にとって理不尽だろう。
「俺の能力は攻撃するようなものではない。だけど、『学習型』のような能力でもない。それはそちらも把握していることだと思う。だけど、攻撃はできない。これでは少々理不尽ではないだろうか?」
ここで、少し解説をしようと思う。まずは『学習型』について。学習型の能力とは瞬間記憶能力、純粋な計算能力、語学能力の向上など。難しい言葉を使っているが、適当な桁数の数をちらっと見ただけで完全に記憶することが出来たり、数十桁の掛け算を瞬時に行えたり、生まれた時からバイリンガルだったり......このように僕たちが『学習』をしなければ手に入れられない能力のことだ。もちろん、そこそこでは能力とは認められない。無能力者の中でもトップレベルに才能があって、その人が努力をしてなお届くかどうかといったほど高い能力であるときに『能力者』として認められる。
もちろん、こういう人たちはこのトーナメントには参加していない。特に別枠でトーナメント表が作られているわけではないし、何かを貰っているわけでもない。強いて言うなら、親睦会をトーナメントに呼び出されて邪魔されないといった程度の恩恵だ。
ただ、堂次郎の能力は分からないが、学習型の人間が能力者であるにも関わらずイベントに参加できないというのはあまりに不憫。そういうわけで、学習型に近い能力でありながらトーナメントに参加したのだろう。その意志を『学習型なら不戦敗』とするのはあまりに理不尽だろう。
学長もそう思ったようで、少し間を開けてから
『対戦相手が許可するなら』
とだけ返答した。それに対して対戦相手の男は。
「構わないでござるよ~」
と赤い顔で返事をしている。もしかして、対戦相手の朝倉、酔っているんだろうか? 顔は真っ赤で、足元はふらふらとしている。というか、彼が手に持っている缶ってお酒ではないだろうか? さすがにラベルの文字までは読めないけど。
『......では、双方問題がないということで。もし今後も申し出がある生徒がいたら遠慮せずに言ってください。それでは、改めまして試合開始!』
「始まったようでござるねえ。それでは、行くでごわす!」
なんだ、あの古風なキャラは。服装も甚兵衛だし、履物は草履だし、腰には木刀がぶら下がっているし。ここまで来たらひょうたんからお酒を飲んでいてほしいなあ。残念ながらひょうたんは持ち合わせていないようだけど。
さて、そんな僕個人の感情は置いておいて。朝倉は酔っているとは思えない速度で堂次郎との間合いを詰める。速い。確かに速いけれど、言ってしまえば僕の目で追える。これが朝倉の能力というわけではなさそうだけど......。
一方堂次郎は表情を緩めて次の一手を待っている。と言っても次の一手が出てくるまで1,2秒だろう。それでも確かに堂次郎が朝倉の攻撃を待っているのが分かる。体を軽く揺らして、攻撃に当たらないという勝利条件なのに後方に動こうとしない。
朝倉も同様に表情が緩んでいた。だが、一瞬で表情が一気に引き締まる。いつの間にか構えられていた木刀の一振り目。腰を落として、足はしっかりと踏み込まれている。木刀の切っ先が床に触れるか触れないかといったギリギリの位置から堂次郎の腰から肩にかけて木刀を振るった。
堂次郎は木刀の軌道を完全に見切ることができたようだ、上体を反らし、得意げな顔を浮かべ、......そして、表情をこわばらせた。素早く屈み、足払いを仕掛ける。攻撃を受けるとは思っていなかったのか二振り目の途中だった朝倉は直に足払いを受ける。
「おっとっと......」
尻もちをつきながら苦笑いをする朝倉。
「グガ!?」
一方、堂次郎の大分後ろにいた能力者が驚きながら倒れる。学生ではなく暴走を止めるためにいた人だが......。頭から血を流して倒れた。
「なんだなんだ?」「大丈夫か?」「ああ、問題ない」「そうは言っても血が出ている」
『すみません、一旦試合を止めてください』
会場がざわつく。自分たちが能力者であるということが、この不思議な現象を真実にして、恐怖に変えている。もちろん、僕も少し怖い。
『皆さん、原因は分かっています。これは、朝倉さんの能力ですので。けが人を出したのは完全にこちらの落ち度です。朝倉さんと高見さんはもう少しお待ちください』
一方的にアナウンスされる。なるほど、これは朝倉の能力なんだ。僕は一切分からなかったけれど、堂次郎は明らかに何かに気づいて、それを避ける動きをしていた。5分間攻撃を避け続けるというのも勝算あっての話だと改めて認識させられる。
「攻撃を避けることがそなたの勝利条件では?」
「俺から攻撃しないなんて言ったか?」
「ふむう。では、こちらも体術を使ってよろしいでござるか?」
「もちろん。俺にとってはそっちのほうが嬉しい」
「まあ、拙者は体術はあまり鍛えていないでござるが」
「まあ、やりたいようにやればいいさ」
『お待たせしました。スタッフの皆さんも気を抜かずに。それでは、試合再開です』
立花学長のアナウンスで再開される試合。朝倉は後方に下がって刀を振るう。素振りだろうか? そんな僕の考えに対して、その素振りの軌道を避けるように堂次郎が体を動かす。これは、もしかしてだけど。
「ねえ正、朝倉の能力って」
「ああ。多分、あいつの振った木刀から同じ軌道でかまいたちみたいなものが出るんだろうな。どうして高見が気づいたかは分からないが」
確かに、今意識をしてみれば何となく朝倉が木刀を振った後に空間がゆがんで見える気がする。だけど、それは意識をしないと分からないほどのゆがみ。気がつけと言うのはかなり難しい話だ。
そう考えている間にも試合は動き続ける。とにかく木刀を振るう速度が速い朝倉。それに対して体術で刀を振るうのを邪魔しようとする堂次郎が刀と能力によるかまいたちを躱しながら朝倉に接近していく。朝倉はそれに対して距離を取って刀を振るう。だが、どうしても二刀目が振るえない。それもそのはず、二刀目を振るって当てられなければ一気に接近されてしまい、また体術で邪魔される間合いに入られてしまう。さらに言えば、獲物を扱っているが故の弱点である獲物を失うこと、木刀を奪われる可能性だってある。そう考えると、確実に一振りして距離を取るという戦い方は間違いではないはずだ。
攻撃を当てなければいけない朝倉が距離をとり、攻撃を避けなければいけない堂次郎が距離を詰めるという面白い構造になっている。
「おいおい、面白い戦いだな」「高見ってあの体形で結構動けるんだな」「朝倉も酔っているように見えたのに動けてるぜ」「俺なんか酒飲んだらすぐ寝ちまうぜ」「全くだ。それでいながらあの刀の振りの速さはすごいな」
周りの学生も二人の試合を楽しそうに眺めている。先ほどまでの試合はどうやらすぐに終わってしまったようで、この試合のように楽しい試合はなかったようだ。もちろん僕の試合も含めて。ちらりと雪音の方を見ると、雪音も少し興味があるようで二人の試合を眺めていた。
そんな面白い試合は、試合が始まってちょうど3分経ったところで決着がついてしまう。
「グはあ!」
「ようやく、やったでござるね......」
『そこまで! 勝者、朝倉幸助!』
堂次郎が能力によるかまいたちを喰らって倒れる。そこに立花学長が試合が終わったことを宣言する。
分かりやすくするためにかまいたちとは言ったが、別にどこかが切れたわけではない。どちらかというとなにかで殴られた感じだ。
そんなことより。倒れこんだ堂次郎は痛みというよりスタミナ切れに苦しまされているようだ。一方、朝倉はあまり息が切れていないようで。額を流れている汗を腕で拭っていた。
「はあ、はあ」
「いやあ、やるでござるねえ」
何やら朝倉が堂次郎に話しかけている。堂次郎は答えているのだろうか?
「さすがに焦ったでござるよ」
「はあ、はあ」
「どうして拙者の能力に気が付いたでござるか?」
「はあ、はあ、は、オエッ」
「もしよければそなたの能力を教えてほしいのでござるが」
「はあ、は、ゲホッゲホ」
「......申し訳ない、拙者、そなたに酸素を吸わせるところを邪魔しているようでござるな。あとでゆっくり話すでごわす」
「オエエッ! ゲホ! ......スウウウウウウウ!」
堂次郎の酸素を吸う音、ここまで聞こえてくる。
「いやあ、疲れた」
「お疲れ」
今度は僕が堂次郎に飲み物を渡す。さっきの疲れ具合から言って、紅茶を渡したら駄目だろうということでスポーツドリンクを渡す。
「おお、サンキュ」
早速蓋を開けて一気に口に含む堂次郎。ゴキュゴキュと一気に500mlを飲み干した。
「いやー、インドアには辛い戦いだったぜ」
「それはそうだろうね」
3分間動きっぱなしなうえ、攻撃を喰らった時点で敗北という緊張感。僕だってどちらかと言えばインドア派、3分持つかと言われたら自信をもってYESと答えられない。
そんな話を二人でしていると、堂次郎が色々な人から話しかけられる。
「お前が高見か」「さっきの試合、面白かったぜ!」「どんな能力なんだよ!」
僕はお邪魔かな。無能力者は一旦退こうかな。
えっと、次は正の試合だ。あいつはどんな能力を持っているんだろうなあ。
堂次郎から少し離れた場所に移動している途中、催してしまった。始まるまでまだ時間ありそうだし、トイレに行っても正の試合は見られるだろう。
トイレに向かうと、中から何やら話し声が聞こえてくる。
「......はあ、才能って奴だよなあ」「だな。なんていうか、不公平だぜ」
トイレに行くと、そんな声が聞こえてくる。ここにいるということは、能力者のはずだ。そんな彼らでも不公平という言葉を使うんだなあ。
まあ、僕が顔を見せても特に問題ないだろう。もし無能力者が気に入らないって奴だったら、なにもされなくても顔を見せようとは思わない。今回は違ったけど。
「お、上木だ」
「どした?」
まったくとまではいわないけど、顔や体格がほとんど似ている男二人が同時に振り向いてきた。双子かな?
「どした? って、トイレに決まっているじゃないか」
「そりゃそうか」
「それにしても、お前も大変だよな」
「大変?」
「ああ、無能力者なのに能力者との共同生活を強いられて。さらに能力者に目を点けられてさ」
「俺たちはお前を嫌っていないが、どうしても嫌いって奴はいるもんだな」
「まあ、あんまり無理すんなよ、上木」
「あ、うん。ありがと」
笑いながら出ていく二人。なんだろう、意外と良い人が多いなあ。いや、意外とか言ったら失礼だけど。
二人が出て行ってから用を足し終わり手を洗っていると、違和感を感じる。
「......? なんか、暑いなあ」
来ているシャツの胸元を軽くつまんで空気を入れる。だけど全然暑さが和らがない。むしろ、どんどん暑くなっていっているような......?
「二谷兄弟。お前たちにはここで倒れてもらう」
「不意打ちを外したくせに随分と偉そうな口を利くな」
「二体一が卑怯とは言わせないぜ、不意打ち野郎」
首をかしげながらトイレから出ようとすると、何やら不穏な雰囲気。僕は慌ててトイレ内に戻り、様子を窺う。どうやら、先ほどトイレにいた二人、二谷君たちと誰かが闘うようだ。
「まったく......工藤、いきなり攻撃してくるなよ」
「なんか俺たちに用事か? だったら普通に話しかけてほしいんだが」
「そうだね、俺の邪魔になりそうだからさ」
「邪魔って言われてもな」
「お前が何を企んでいても構わないんだが?」
「いや、絶対に俺の邪魔をしてくる。だからここで倒させてもらおうか」
一気に気温が上がったのが分かる。サウナにいるように熱い。こんな力、工藤君にはなかったのに。
「ったく、お前、馬鹿じゃねえのか?」
「俺たちを倒しても、白川と闘えるってわけじゃないぜ?」
「関係ない。俺は絶対に、白川さんを殺す」
......は? 『殺す』、だって? なんで、雪音を殺すって話になるんだ?
暑さで流れていた汗が一気に引いていく。
「大体、君たちだって思うだろう? 俺たちと白川さん。あんなに大切にされて、色々な人に頼られて......。才能って奴のせいで不公平だとは思わないかい?」
「それは勿論思うさ。だけど、だからって殺そうとは思わない」
「殺そうとは思わない。それは当たり前の考えだろ。その分きっと白川は大変な思いをしているんだからな」
「ふん、話が通じないようだね。なら、白川さんと闘って殺すためにも君たちにはここで戦闘不能になってもらう」
......なんで、雪音がそんな目に遭わなくちゃいけないんだ。普通の女の子なのに、超能力を持っているってだけで、みんなに疎まれて......。
僕はなんだかイライラして、やるせなくて、トイレの壁を殴った。もちろん、何か起きるわけではないけど。拳に伝わる痛みに顔をしかめていると、聞き覚えのある声が。
「ごめん、トイレ使っても大丈夫?」
この声は、雪音だ。
「......ちょうどいい、白川さん。ここで俺と闘ってくれないかい?」
「いやだ」
一瞬の躊躇もせずに即答する雪音。ここで闘うとか言い出さなくてよかったけれど、雪音断ったことが当然ながら工藤君にとって面白くないのだろう、雰囲気はあまりよくない。
「理由を聞かせてもらっても?」
「だって、あなた達は私と闘いたくてトーナメントを行っているんでしょ? 申し訳ないけど、ここで優勝者にしか与えられない特権を与えるつもりはないんだ」
「随分、自分の実力を過大評価しているんだね。自分に価値があると思ってるんだ?」
「うん。だって、主催者が私と闘うことを優勝賞品にするくらいだからね」
「ふん、自惚れすぎていると足元を「なにより、監視してくれるスタッフさんがいないここでやったら、殺しちゃうかもしれないもん」
思わず、背筋が凍った。盗み聞きしている僕からみんなの表情は見えないけれど、 雪音の声色からして、雪音は微笑んでいる。でも、それ以外の三人はきっと笑ってなんかいない。
5秒ほど、遠くのみんなの喧騒が聞こえてくるくらいの沈黙。それから、雪音が口を開いた。
「それで、トイレ、使ってもいい?」
「......どうぞ。トイレの所有権は俺たちにはないからね」
「それはそうだね。それじゃあね」
しばらくしてから、二谷君たちが口を開いた。
「あー、悪いが、俺たちは行くぜ」
「工藤、不公平と思うお前の気持ちは分かるけどよ、あんまりピリピリすんなよ」
「ちょっと待て「待たねーよ。じゃあな」
二谷君たちは去っていったのだろう。僕も少し待ってからトイレから出ていくと、そこにはもう工藤君たちはいなかった。
「ねえ、あんた。無能力者の上木でしょ?」
工藤君たちは。そこには一人の女性がいた。紫色の髪を腰までストレートに伸ばしている美女。身長が高く、ウエストも細く、顔はモデル顔負けといってもいいくらい整っている。可愛いというよりはとにかく美しいという感想だ。
僕は少しドキドキしながら返事をする。
「そうだけど、何か用事?」
「いや、大したことじゃないのよ。ただ、あんた、白川と知り合いみたいじゃない」
「ああ......まあ、そうだけど」
僕は一気にテンションが落ちる。はあ、僕に興味があるというわけじゃないのか。
そんな僕とは対極的に笑顔になって寄ってくる女性。えっと、
「とりあえず、名前、聞いても大丈夫?」
「ああ、忘れてたわ。高原涼子。率直に言うわ、あいつの弱点を教えなさい!」
「ええ......」
とりあえず、興奮しすぎているようだ、僕はどうどうとなだめながら理由を尋ねる。
「だって、悔しいじゃない!」
「悔しい?」
「ええ。あなたは無能力者だから分からないだろうけれど、自分の能力を知ってから私は選ばれた存在だと思って生きてきた。そんな私の何倍も凄い奴がいるなんて、聞いていないわよ!」
「聞いていないって言われても」
「そんなあいつを私がけちょんけちょんに出来れば、みんな私を崇めるでしょう?」
「いや、崇めはしないと思うけど。ただまあ、見直しはするかもしれないね」
「でしょう? だから、あいつの弱点で知っていること全部教えなさいよ」
「うーん、そう言われても。僕が雪音と再会したのはつい昨日だし、再会する前に話した記憶があるのも僕が小学生のころ。正直、弱点と言われても」
「そう言わずに。教えないなら、ここで殺すわよ」
「そんな無茶苦茶な。......あ、そうだ。じゃあ、高原さんがなにか得意なことを教えてよ。それが雪音に勝ってるかどうか判断するから」
保証はしないけれど。僕は心の中で一言付け足す。
僕の言葉に「確かに」と頷いて考えだす。
「そうね、容姿になら自信があるわ」
「確かに女優さんくらい美人だと思うけれど、雪音は可愛いからなあ」
「......あんた、美人と可愛い人だったらどっちが好き?」
「可愛い人」
「じゃああんたの主観じゃない!」
「いて!」
思いっきりビンタされた。ひどい。
「主観が入らないようなのがいいわね」
「そう思います」
「なんで敬語なのよ。あ、それじゃあ勉強とかはどう? 私こう見えて特待生なのよ」
「へえ、そう見えて」
「......」
「痛い! 叩かないで!」
「まあ、特待生って言ってもトップとかじゃなくて、学費が少し安くなる特待生。入学試験の結果が良い人ならもらえる称号よ」
「それでも凄いなあ。僕はそんな通知なかったし」
「でしょうね」
「頭よさそうには見えないかあ」
「当たり前でしょう。それで、どうなのよ、白川には勝っていそう?」
「うーん、学力辺りは何とも言えないなあ。さっきも言ったけれど、僕が雪音と再会したのは昨日だし、小学校の頃の成績なんて覚えていないし、覚えていたとしても、あんまり頼りにならないんじゃない?」
「それもそうね。はあ、あんた使えないわねえ」
「ひどい」
「それじゃあ、なにか白川の苦手なものってないの? 怖いものでもいいけど」
「うーーん。......ないなあ」
「あいつ完璧すぎじゃない!?」
「いや、欠点を言えって言われても言えないし。正直、完璧だよね」
「きぃぃ! 腹立たしいやつね!」
「可愛いし、超能力者だし。なんか雰囲気が穏やかだし。側にいるだけでいい香りがしそうだし」
「聞いてないことベラベラ喋るんじゃないわよ! なによ、あんたが白川にべた惚れなだけじゃない!」
「否定はしない」
「あんたも腹立つ! 相談相手間違えたわ!」
「何の話?」
「ちょっと聞いてよ、こいつ白川にべた惚れーーって白川じゃない!」
「あ、雪音だ」
気づくと、側に雪音がいた。そういえば、トイレに行くって言ってたっけ。そりゃトイレから出てきたところで自分の話をされていたら何を話しているか聞きたくなるよね。
「それで、何の話をしてたの?」
「ああ、この高原さんが雪音を「ちょっと待ちなさいよ!」
高原さんが慌てて僕の口をふさぐ。な、なんだ?
雪音に背を向けてこそこそと二人で話す。
「ちょっと、ここで白川の弱点を知ろうとしてましたなんていうつもり?」
「そうだけど」
「そんなこと言ったら警戒されちゃうでしょ!」
「確かに」
「いいから黙って私の言葉に同意していなさい」
「了解」
改めて二人で雪音に向き合う。
「実は、上木があんたに惚れて「ちょっと待ったああ!」
今度は僕が高原さんの口をふさぐ。また雪音に背を向けて小声で話す。
「絶対気まずくなるじゃん!」
「別にいいじゃない。もしかしたら相思相愛かもしれないじゃない」
「僕雪音に嫌われてるから! 少しは気を遣ってよ!」
「うるさいわねえ。男らしく堂々と降られなさいよ」
「振られるって分かってるじゃないか!」
「......二人とも、仲がいいんだね」
「「そんなことない!」」
同時に雪音に振り返って否定する。雪音は苦笑いをしていた。
「とりあえず、雪音の悪口とかは言ってないから!」
「ええ、それは間違いないわね」
「ならいいけど。二人も試合見ようよ」
「そうするわ」
......あ、そういえば正の試合見るの忘れてた!
「二人ともごめん、ちょっと先に戻るね」
「はいはーい」
「別にあんたと一緒に見るつもりはなかったけどね」
「一言余計だよ」
僕は小走りで試合が見える場所まで移動する。さて、試合はーー
『そこまで! 勝者、塚波正!』
終わってしまったようだ。肩を落としながら試合会場を見ると、正がこちらに向かってくるのが見えた。対戦相手の人は倒れたまま教授たちに治療されている。
『それでは、少しの休憩の後、準決勝戦を行います』
もう準決勝戦か。いや、元々能力者は20人しかいない。その中でも学習型の能力者が何人かいるだろうから、実際に闘う人はもっと少ない。1回戦の後すぐに準決勝戦というのも納得できる。
「おう、蔵介。俺の戦い見てたか?」
そんなことを考えていると正が戻ってきた。結構汗をかいているなあ。動き回る必要がある能力なのかな?
「いや、ごめん。ちょっとトイレに行ったら見逃しちゃったよ」
「マジか。次はちゃんと見ろよ?」
「分かってるよ」
「いやあ、面白かったでござるよ! 正殿!」
僕たち、というか正に声をかけてきたのは、朝倉だ。特徴的なしゃべり方だから振り向かなくても分かるなあ。
「面白かった? そんな面白い能力だったの?」
「さあ、ほかの奴から見た俺の評価なんて良く分からん」
「謙遜しなくていいでござるよ」
「謙遜なんかしていないんだが。......それにしても、朝倉は、その、酔っているのか?」
正直、僕も気になっていた。大学生ならお酒は飲むと思うけれど、こんな教授だらけのところで飲むのは流石に......。
「あー、酔っているでござるよ! お酒もさっきまで飲んでいたでござるし!」
「「......」」
二人でポカーンと口を開けてしまう。なんだろう、その、僕たちの想像以上に......
そんな僕たちの本気で頭のおかしい奴を見るような眼と雰囲気にたじろいて、慌てて弁解する朝倉くん。
「ち、違うでござるよ! 拙者、すでに成人済みでござる!」
「ああ、浪人生か」
「なるほどね、それなら納得だよ」
「浪人とは少し違うのでござるけどね」
「ってことは」
「留年か?」
「それも違うでござるよ。拙者、こう見えてとても頭がいいんでござるよ?」
「自分で言ったら世話ないな」
「まあ、そうかもしれないでござるねえ」
「それじゃあ、なんで朝倉くんは僕たちと同じ代の学生なの?」
「それが、分からないんでござるよ」
「分からない? どういうことさ?」
「自分が能力者であることは幼いころから知っていたでござるけど、その時から剣道を始めていたんでござるよ」
「まあ、あの腕前なら納得だ」
「だね。一朝一夕のモノでは絶対ないよね」
「嬉しいでござるねえ。まあそれで、能力者の色々な組織にスカウトされたでござるけど、剣道がやりたいから全部断っていたんでござる。だけどある日、......そうでござるね、ちょうど半年前位でござろうか。このA大学から連絡が来たんでござるよ」
「スカウトってこと?」
「逆でござるよ」
「「逆?」」
「『朝倉幸助の命が何者かから狙われているので、保護する』って、書かれた手紙を受け取ったんでござるよ」
「うーん......?」
「なあ......?」
「? 二人とも、どうしたでござるか?」
「ああ、ごめん、話を続けて」
「ふむ、二人の様子が気になるでござるが。まあ、さすがに拙者も命まで狙われていて、それを保護してくれる組織があるのなら頼るでござるよ。家族と一緒に住んでいたので、家族の身まで危険にさらすわけには行かないでござるし。さらに言えば、学費も補助されるみたいでござるし。さらに学問を学べるなんて、素晴らしい条件でござるよ。......ああ、大分自己紹介が遅れたでござるね。拙者、『朝倉幸助』でござる。所属は理工学部、電気工学科でござるよ」
「あ、文系科目じゃないんだ」
「本さえ読めれば文系なんてどうでもいいでござる。理系でも英語は学でござるし」
「おっと、危ない発言」
注)あくまで個人の感想です。
さて、注釈もしたところで。少し気になるところがある。
「この学校って、命を狙われている能力者をかくまうことができる何かがあるのかな?」
「白川の時はそれを見つけてくれって頼まれたのにな」
「うーん、気になるなあ」
「? 二人が何の話をしているのかわからないでござるが......」
「ああ、実はね『それでは、準決勝戦を行います! 朝倉幸助と二谷将は集まって下さい!』
僕の声と重なってアナウンスが会場に流れる。試合を見たい気分でもあるけれど。
「ごめん、ちょっと僕は清木教授のところに行ってくるね」
「そうでござるか。何かあるようでござるし、気にしなくていいでござるよ」
「そう言ってもらえると助かるよ。正も来る?」
「いいや、俺は準決勝があるからな。すぐに呼ばれるかもしれないからいけないな」
「それもそうだね。じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
僕は会場を後にして1号館へと向かった。
「......おや。君、ちょっといいかい?」
「はい?」
振り向くと、白髪のおじいさんがいた。身長はあまり高くないけれど背筋をしっかりと伸ばしているので妙な迫力というか、威厳というか、ピッと整えられた雰囲気を感じる。知り合いでもないし、なんだろうか。キャンパスが広いから道に迷ったとかかな? 特に急いでもいないし、相手することにした。
「君が上木蔵介君、でいいのかな?」
「え、あ、まあ、はい」
当然、戸惑う。知り合いではない人に自分の名前を知られているのだ。何を聞かれるんだろうか。正直、キャンパス内を案内するのも自信がないんだけど......。
「えっと、僕に何の用事ですか?」
とりあえず、黙っていてもしょうがない。僕から話を進めてさっさと清木教授に会いに行こう。......というか、さっきから僕の体を下から上までなめまわすように見てくるなあ。あんまりいい気分じゃない。
「ふむ、そうだな。ちょっと失礼するよ」
「へ?」
何やら頷くと、おじいさんは僕の額に人差し指を当ててくる。な、なんだ?
「少し動かないで」
「は、はあ」
さんさんと太陽が日光を降り注ぎ、少し涼しい風が吹きつける中、僕はおじいさんに人差し指で額を突かれています。自分でも何を言っているか分からないけれど、今はジッとしているしかない。
「......ぅ」
少し、変な気分だ。汗がじっとりと首元を濡らして、吹き付ける風が冷やしてくれる。
吐き気がするとかではない。頭痛がするとかではない。お腹の中をぐるぐるとかき混ぜられているような感覚、いや、かき混ぜられているというよりは勝手に混ざっていくような......
「......あ、ちょっと、これ以上は」
僕はすごく嫌な感じがして一歩下がろうとするが、おじいさんが許可してくれない。
「駄目だ、もう少し我慢しろ」
命令調で言われて思わず言うとおりにしてしまうが、これ以上は駄目だ。
「す、ずみません、ご、れいじょ、は、あ、あ、ああ、は、うぐ、おえ、」
何か言葉にしようとするが、出てこない。吐き気とか、痛みとかはない。ただ、変な気分なんだ。変な気分なんだ。
そして、頭の中に何かが溶け出す感覚。それを感じた瞬間、俺の意識が切り替わった。
「おい、いつまで触ってんだ......」
「! ほう、君の能力は......」
俺は額に突き付けられている手を跳ねのける。気分が悪い。
「---あ、あえ? 俺、あれ、僕?」
な、なんだなんだ? なんか、一瞬意識が飛んだぞ? 白昼夢って奴か?
「な、何するんですか!」
僕は意識を飛ばした原因であろうおじいさんから離れる。その拍子に、つまずいて転んでしまう。恥ずかしさを感じながらも起き上がろうとするが、どうにも力が入らない。うまく立てない。
「いや、すまない。少し人を呼んでくるから。あとでゆっくり事情を話すよ」
「は、はあ?」
本当に、良く分からない。僕はただ、清木教授に会いに行こうとしただけなのに。
ボーッとその場に腰を付いていると、誰かがやって来る。
「もう、何やってるの、蔵介」
「あ、雪音」
おじいさんが連れてきたのは雪音だった。普通医務室の先生とか呼んでくるものではないだろうか?
「すまないが、医務室に運んでくれるかな?」
「はーい。暴れないでね、蔵介」
「え? う、うわ!」
体を支えていた腕から突然重みが消えて思わず手をじたばたさせてしまう。雪音が僕をお姫様抱っこしている、ように見えるのだけれど、実際は少しだけ雪音の体から離れている。
雪音は少し呆れた表情で歩き始める。
「それじゃあ、連れて行きますね」
「お願いするよ。私は清木教授に報告してくる」
おじいさんが清木教授がいるであろう1号館に歩いていく。ああ、僕も清木教授に用事があったのに。
運んでもらいながら黙っているととても恥ずかしいのでとにかく話しかける。
「雪音は今までどこにいたの?」
「んー、色々なところ。北は北海道、南は沖縄まで日本中を行脚しました」
少し得意げな表情で語る雪音。胸を反らした拍子に甘い香りが漂って顔を真っ赤にしてしまう。それを誤魔化すようにたたみかけるように質問する。
「それってなんで? 雪音は強い能力者だって分かるけれど、そんなに日本中が雪音にしてもらいことなんてあるかな」
「えっとね、私は別に誰かを殺すために日本中を移動していたわけじゃないの。もちろん、誰かを暗殺してくれなんて言われたこともあったけど」
「それじゃあなんで?」
「私はね、他の組織から逃げてたの。でも次は私の意志で、私のことを守ってくれる人を探しに日本中、いや世界中を回ろうかなって」
「......そっか」
もう僕としては止める理由はない。この後の決勝戦で雪音がこの学校に価値を見出せなかったらほかの学校へ行ってしまうのだろう。まあ、このトーナメントが終わってから雪音がいなくなってしまうまで6日ほど猶予はあるけれど。それでも、雪音の件に関して僕が関与するつもりはもうない。
そのあとは適当な雑談をして、医務室まで運んでもらい、ベッドに横にしてもらう。
「ありがとね、雪音。怪我だけしないように決勝戦頑張って」
「はいはーい。それじゃあ、行ってくる」
医務室から出ていく雪音の背中は、僕が今まで知っていた雪音の背中と比べて、大きく変わっていた。
翌日。あれから僕は仮眠を取ってから、体の不調がないことを医務室の先生に伝えて寮に戻った。仮眠から目が覚めた時の時刻は夜だったので、清木教授に会いに行くこともできず、さらに言えばトーナメントがどうなったのかもわからずに終わってしまった。
今日は休日。来週から講義が始まるので、教科書を購入しに行ったり、教室の確認をしたりと少し慌ただしい午前中を抜けて。お昼ご飯を食べながら一緒に行動していた無能力者の友達と話をしていると、一人でご飯を食べている雪音の姿を見つける。目があったので軽く会釈をして視線を逸らすと、何となく目に留まった人がいる。工藤君だ。雪音の方をチラチラと気にしながら昼食を取っている。雪音を気にしている工藤君を僕が気にするという変な構図に当然疑問を提示する無能力者の友達。
「さっきから誰を気にしてるの?」
「ん、可愛い女の子がいるなって思って」
「おいおい、どこだよ」
「教えない。自分で見つけてよ」
そんな感じで友達と和気あいあいとしながら、ちらと工藤君の方へ視線を飛ばすとスーツ姿の男二人に声を掛けられている。スーツ姿の男二人だが、能力者のための説明会にいた男達とは違う。大分細身で、片方は眼鏡をかけていて、まるで営業に来るような人のイメージがある。スカウトか何かだろうか?
まあ、僕が気にすることでもないか。僕はそれ以上雪音の方も工藤君の方も見ずに友達との時間に集中した。
さて、友達と別れた後の午後。僕は自分の部屋にひとまず教科書などの重い教材たちを置きに来た。軽く自分の部屋で整理しながら次にやることを決める。昨日はなんだかんだあって清木教授に聞こうとしていたことが何も聞けていない。気になることだらけだし、来週からは忙しくなってしまうだろう、聞くタイミングは今しかない。
そんなことを考えていると、ポケットに入れている携帯電話が鳴る。確認すると、正からの着信だ。早速電話に出る。
「もしもし」
『おお、蔵介。昨日どこ行ってたんだ? っていうメールを飛ばしたんだが、返事がなかったのが気になってな』
「ああ、ごめん。確認し忘れてた。実はーーー」
『ふむ。それで、今から清木のところに行こうというわけか』
「うん。一緒に行く?」
『ああ。気になるし俺も付いて行かせてもらおう。すぐにお前の部屋に行く』
「オッケー。待ってるよ」
通話を切って1分ほどで正が来る。軽く挨拶をして、お互いに何の授業を取るのかなど話しながら清木教授がいるであろう1号館に向かう。
一号館に向かうまでに少し広い道を歩く。新入生は午前中で用事が終わってしまい、上級生は講義中である時間帯なので、4,5人しか人がいない。そこを涼しい春の風に吹かれながら正と歩いていると、突然声を掛けられる。
「あの、今あそこの寮から出てきましたよね?」
「? はあ」
「そうだが」
声をかけてきたのは、少し背が低い男だ。細身で、短い青髪、目つきが鋭い。
僕たちが肯定の返事をすると、胸元に手を入れて何かを操作する男。決して好意的な雰囲気ではない。
「ってことは、能力者?」
「そうだが」
先ほどまでと台詞は一緒だが、威圧するように声色を変えて一歩前にでる正。能力者か聞いてきたということは勿論、こちら側の事情を知っている奴ということ。そして、彼が敵意を出しているということは戦闘をする気だということ。
「俺の名前は、康太。能力は『触れたものを分裂させる』というもの。スプリットって名前を付けている」
「正々堂々としているな。じゃあ、俺の名前は正。能力は秘密だ。お前以外の正々堂々としていない卑怯な奴らに能力を伝えてほしくないからな」
「構わないよ。それじゃあ、行くよ」
まずは青髪の攻撃。取り出したのは、野球ボールだ。これに能力を乗せて攻撃してくるのだろう。そして、先ほどの台詞から、野球ボールを分裂させることで攻撃することは分かっている。
「そら!」
早速野球ボールを投げる。ボールは迷いなく僕の方へ向かってくる。隙だらけになった康太へ正が走り出したのを視界の端でとらえながらボールの当たらない場所へ避ける僕。もちろんある程度の速さはあるけれど、避けるのは難しくない程度の球速だ。
このまま正の攻撃を受けるのかと思わせるほどに無防備に見える康太が何かを宣言する。
「スプリット!」
「! 正、危ない!」
康太の宣言によって、ボールが小さくなったと思うと、もう一つボールが現れた。ボールは迷いなく正の後頭部に向かって飛んでいく。
「は、ーーうお!」
僕の注意に気が付いて、間一髪のところで避ける正。ちょうど顔の前を通過するボール。これで事なきを得たかと思ったその時。
「スプリット」
「グハッ!」
正の頬に、さらに小さくなった野球ボールが命中した。鼻や目に当たらなかったのは正の反射神経でぎりぎり顔を背けたからだろう。
「驚いただろう。何も分裂できるのは1回だけとは言っていないからな」
口から血を垂らしながら倒れた正に得意げに言う康太。これが康太の能力......まずい、どう考えても僕は足手まといになってしまう。
ただ、闘いに参加しない僕だからこそできることがあるはずだ。例えば、相手の弱点を探ったり。というわけで、考えよう。
まず、スプリットされたボールは小さくなるだけで、特にスピードが変わったり、進む方向を変えたりしていない。そして、分裂できる回数は今のところ2回。そうじゃないなら、正の顔にボールを当てた時点でさらに攻撃を加えていくこともできたのだから。まあ、それ以上小さくなったら威力がなくなるとか、こうやって考えられた時のためのブラフである可能性は歩けれど。
そうやって考えている間に正は立ち上がって攻撃を始めている。大げさなほど腕を大きく振るって襲い掛かる正。康太はどうしても正に集中せざるを得なくなったようで、こちらに目を向けない。もしかして、正は僕に考えさせる時間を与えるために大げさに拳を振り上げているのかもしれない。
そして、そんな正の考えを見破ったのか、康太が僕の方へボールを投げる。いきなりの行動に避けることが出来ず、手で受け止めてしまう。......ん? これはスプリットさせない? というかそもそも、スプリットできる条件って......?
そうだ、考えてみれば、わざわざボールを投げてスプリットさせなくても、僕たちを4分割すればいいんじゃないのか? でも、それを考えれば、康太が自分の体を2体にして攻撃するというのもあるのか。それをしないということは、『生き物』がスプリットできない可能性がある。
そして、今仮説として存在しているスプリットできない条件って。
僕はそれを試すために康太にある程度近づいてボールを投げる。正の攻撃を避けなくちゃいけない相手に対して、この距離なら外さない。康太は僕(というか、ボール)に気が付くと慌てて体を反らしてボールを躱した。ボールはスプリットされずに校舎の壁にぶつかって地面を転がった。......やっぱり、スプリットするには、言ってしまえば『所有権』が必要がなんだろう。ただ、誰がお金を出して買ったかとか、どういう契約をして、なんていう複雑なものでは恐らくない。多分、最後に触れたのは誰か、というのがスプリットできるかどうかの『所有権』なんだ。
「おらあ!」
「グフう!」
正が康太の顔に拳をぶつける。康太が吹き飛ばされたところで、息を切らしている正に今までの推測を話す。
「なるほど、それなら何とかできそうだ。要するに、こいつの投げるもの全てに触ればいいんだろ?」
「まあ、そんな感じ。そしたら所有権はこっちのものになってスプリットはできないはず。まあ、投げた瞬間にスプリットしたり、所有権がしっかりと握らなくちゃ発生しなかったりしたらあんまり意味が無いけど」
「いいや、十分だ。ここからは俺が「ふふふ、凄いよ。よく俺の能力を見破ったね」
ふらついているのであろう頭を押さえながらゆっくりと康太が立ち上がる。不敵に笑うその表情からはまだ何かを隠している様子だ。
「でも、おかしいと思わないか? 俺が持っているのが野球ボールって。意外と大きくて持ち運ぶのには難しいと思わないかい? スプリットしやすいとはいえ」
「スプリットのしやすさは本人にしかわからなくない?」
「うるさい、無能力者」
「なんで俺が無能力者って知っているのさ!」
まあ、よく考えれば(理由は知らないけれど)能力者を襲っている相手だし、襲う相手の事情位知っていて当然かもしれない。
「無駄話はそこまでだ。誰の差し金か言えば見逃してやる。言わないなら殺す」
「殺す? どうやら、君の能力も大したこと無さそうだ。俺が推測するに、正、と呼ばれている君の能力は、『痛みを感じない』とかじゃないか? どう見たって立ち上がるまでの時間がどう考えたって早い。それに、さっき戦闘していても、攻撃を喰らってひるむ時間があまりにもないものだから、そう考えたんだが?」
僕は考えるのに夢中だったせいで良く分からないけれど、正はそんなそぶりを見せていたのか。
「だとしたら、なんだ?」
特に答えずに話の続きを促す正。肯定ということだろうか。
「だから、君たちじゃ俺は殺せないってことだ。そして、俺は君たちを殺せる」
そう言って懐から取り出したのは、触れることが難しくて、痛みを感じないとか関係なくて、小さく、持ち運ぶことに適している......銀色に光るナイフだった。
「正、これはまずい! いったん逃げよう!」
「いや、必要ない。もう勝ってるからなーーおい、康太。本当に降伏しないんだな?」
「しつこいな。ーーおっと、更に悪いニュースだ。応援が来たぞ」
顎を動かして僕たちの後ろを示す。ちらりと横目で正のほうを見ると、正はブラフの可能性を考えているようで康太から目を逸らさないので、代わりに僕が後ろを振り返る。
「おう、君たちが能力者か」
現れたのは金色の髪を肩まで伸ばした男。細身で、耳には大量のピアス。服装も立ち姿もどことなく浮ついている。
「片方は無能力者だ。それにしても遅いぞ、泰三。まあ、もう少し遅くても大丈夫だったが。ーーさて、お前らこそ降伏するか?」
「いいや、やっぱり降伏するのはお前らだ。あいつを頼んだぞ、蔵介!」
「そんな無茶な!?」
正が走り出したのは康太のほうだ。つまり、応援としてやってきた男(泰三と呼ばれていた人)は僕がやらないといけないみたいだ。
「来いよ、無能力者」
「わかってるなら見逃してほしいんだけどね」
とりあえず、泰三と対峙。泰三はそわそわとした様子で視線をいろいろな場所へ飛ばしている。この浮ついた余裕のある雰囲気は、どうにも強敵な予感だ。
「来ないなら、こっちから行くぜ。くらえ!」
「うわっと!?」
泰三が掛け声を発すると、僕の体が勝手に泰三の方へ引き寄せられる。これが泰三の能力か!
足が勝手に動くというよりは、おなかのあたりからグイっと体を引っ張られる感じだ。これは、流れに逆らわないで足を動かすのが吉だろう。そう考えた僕は引っ張る力に抵抗しないで、むしろそれを推進力にして泰三に接近し、頬めがけて拳をぶつける。
「うわあ!」
情けない声を出しながらかがんで僕のこぶしをやり過ごす泰三。こぶしを振り切って無防備な僕に攻撃せずに両手で頭を覆っている。
「何やってんだ、泰三!」
こちらは正とぎりぎりの戦いをしている康太の声。康太が投げたナイフは正の腕の届く範囲に入ったところで、正の腕によって無理やり軌道を変えられていた。とはいえ、正も無敵ではない、腕や足、頬にも切り傷が目立つ。
「やっぱり僕には無理だ!」
「うるさい、いいからやれ!」
「それじゃあ、康太、せめて協力しようぜ!」
「ったく、しょうがない!」
康太はナイフを数本、こちらに向かって投げてくる。一本は早速分裂して正の背後へ向かう。これがもう一回分裂したら正を刺せるというわけか。
ただ、警告をしている暇はない。とりあえずナイフの軌道から避けようと体を横にずらすと、康太が投げた残りのナイフは素早く2回分裂してやっぱり僕の方へ向かってきた。当然それをよけようとするが、
「うわ!」
ナイフが、加速した。慌てて避けるが、何本かが僕の体を掠っていく。体に奔る鋭い痛みに顔を歪めながら考える。これは当然、康太のナイフを泰三が引き寄せて加速させたのだろう。
それからは不定期にナイフが飛んできて、所有権を奪おうと腕を振るえば、ナイフが加速してどうしてもタイミングがずれる。調子づいたのか泰三まで攻撃に参加している。わざわざ近づいてくるので何発か蹴りを腹に入れるけど、確かに泰三に意識が集中しちゃってナイフを避けるのが難しい。これは意外と厄介なコンビかもしれない。
「正、早くなんとかして!」
「なんだ、しょうがないな」
言うが早いか、正は弾いて落ちているナイフを広い上げるとナイフの柄尻を力強く叩いた。
「それじゃあ、『セカンドインパクト』」
「グハア!?」
そういうと、突然康太の体が吹き飛ぶ。そして地面に倒れたところで、こちらで戦っている泰三に向かってナイフを投げた。元々かなりはやいスピードだが、
「『セカンドインパクト』」
正がそう呟くと、ナイフが加速する。ナイフは狙ったのだろうか、泰三の太ももに命中した。
「いてええ!」
「蔵介、そっちを頼む」
「オッケー」
言葉の意図を理解して、僕は泰三の腕をがっちり掴んだ。そして倒れている康太の腕を拘束して正がやってくる。
「とりあえず、こいつらを清木に渡すか」
「そうだね」
「その前にっと」
それぞれの腹に蹴りを入れる正。二人は苦しそうに悶えている。
「それじゃあ、行くぞ」
「うん」
そのあと、康太と泰三は清木教授の近くにいつもいる二人の巨漢に引き渡して話が終わった。一体何だったんだろうか。
「まあ、清木教授に聞けばわかるか」
「だな」
僕たちは改めて清木教授のもとへ向かった。
「すみません、上木蔵介と塚波正です。話があるのですが」
理事長室の扉をノックすると、すぐに返事がやってくる。
「どうぞ、入って」
「「失礼します」」
清木教授はある程度見知っているつもりだけれど、やっぱり理事長室って緊張するなあ。扉を開けると、書類と睨めっこしていたらしい清木教授が微笑みながら歓迎してくれる。うれしいけれど、忙しそうだしあまり長引かないようにしないとなあ。
清木教授の対面のソファに腰掛けるよう促されて腰を落ち着ける。それでは、早速だけれど、話を切り出そう。
「まず、トーナメントの結果はどうなったんですか?」
「あれ、塚波君から聞いていないの?」
「いや、優勝した人は聞きましたよ」
優勝したのは意外にも工藤君。正曰く、あまりの熱意にみんなが手を抜いて戦ったのだとか。あからさまな人だと、試合が始まると同時に降参したり。まあ、そういうわけで優勝した人は知っているのだけれど、
「僕が聞きたいのは、雪音がどうなったのか、です」
「ああ、雪音ちゃんね。彼女は転校することにしたみたい。まあ、あと5,6日はいるらしいけれど」
「そうですか」
そういえば、今日お昼ご飯を食べているのも一人で食べていた。あれは、もう転校することを決めて友人を作らなかったということだろうか。
まあ真意はわからないけれど、これ以上雪音について聞くことはなくなった。ただ、一応気になっていたので聞いておいた。
さて、どんどん質問しよう。
「昨日変なおじいさんに変なことをされたんですけれど、あれは何をしていたんですか?」
「ああ、あの人ね。俺の親戚の清木天馬さんだよ。あの人も能力を持っていて、それが秘められた能力を開放する......とはちょっと違うんだけれど」
「つまり、蔵介の能力が判明したということか?」
「まあ、そんな感じ」
おお、ついに僕にも漫画のような能力ができたのか!
清木教授が手元にある大量の紙の中から一枚を取り上げて読み上げる。
「えっと、上木蔵介。君の能力は『二重人格を抑える能力』みたいだよ」
「......にじゅうじんかく?」
「蔵介、知能レベルが下がっているぞ」
思わず清木教授に言われた僕の能力をオウム返ししてしまう。もっといい能力かと思っていたのに......。
肩を落としていると、二人からフォローが入る。
「まあ、常時発動している能力ということは分かっていたからね。しかも糸は短いし、大した能力じゃないことは分かっていたよ」
「今大したことないって言いました?」
「そうだな。まあ、もう一つの人格が危険すぎるから現れた大したことない能力なのかもしれないしな」
「今大したことないって言った?」
訂正。二人から入ったのはフォローじゃなくて追撃だ。
そんなこんなで気を落としながら質問を続ける。あと聞きたいことは二つ。朝倉君の話で疑問に思った、この学校が能力者を狙う人や組織から能力者を守ることができる何かを持っているのか。それと、先ほど襲ってきた人物は何なのか。この二つだ。
「えっと。実は朝倉幸助とーーーという話をしたのですが、この学校に能力者を守る何かがあるんですか?」
「ああ、それは君たち自身だよ」
僕たち自身が、能力者を守っている?
「? どういうことですか?」
「簡単な話、なんで組織は能力者を求めるかっていう話で」
「それはもちろん、能力者にしてもらいたいことがあるからですよね?」
「うん。で、その『してもらいたいこと』って大体が人を殺したりすることなんだよ。でも逆に言えば、人を殺したりすることができる人が多ければ多いほど、組織が無理やり拉致とかをすることは難しい。だから君たち自身が能力者に守られていると同時に、君たち自身が能力者を守っているんだよ」
「なるほど」
「まあ、朝倉君はそういう戦闘系の能力だから好条件で勧誘したけれど、あんまり弱い能力だと勧誘とかはしないかな。弱い能力者なんてかなり少ないけど」
これで朝倉君を好条件で大学に入れたことも分かった。それでは、最後の一つ。
「実は、先ほどーーー」
「......なんだって?」
明らかに、清木教授の声色が変わった。思わず背筋が凍るような思いだ。正もピンと背筋を伸ばしたのが横目で分かる。
「君たちには迷惑をかけてしまったね。彼らはきっと組織の人間だ。やっぱり能力者を守るには君たちのような能力者だね。今からどこの組織のものか聞いてくる。それと、知っている情報はすべて吐き出してもらわないと」
清木教授の顔から微笑みが消えている。これ以上僕たちが清木教授の邪魔をすることは許されなさそうな雰囲気だ。
「それじゃあ、僕たちはこのあたりで失礼します」
「そうだな。これ以上は邪魔してしまう。
「気を遣わせてしまって悪いね。本当にありがとう。また何かあったら頼むね」
「「はい」」
僕たちは理事長室を後にした。
その日の夜。寝付けなくて起きてしまった。飲み物でも買いに行こうか。寮に備え付けられている自動販売機に向かうと、すでに一人飲み物を買っている人がいた。工藤君だ。随分顔色が悪いみたいだけれど......。
まあ、関係ないや。彼が何を考えているかとかは僕の生活に関係ない。僕も飲み物を買おうと自動販売機に近づくと、工藤君が口を開いた。
「君、能力があったそうだね?」
「......まあね」
少しの間答えるか悩んだけれど、素直に口を開いた。工藤君が知っているということは、僕の能力が見つかったことはみんな知っているのかもしれない。
「おめでとう」
「嫌味にしか聞こえないよ」
お金を入れて適当な飲み物を買う。工藤君に顔を向けず自分の部屋に戻ろうとする。特に工藤君も止めることはしなかった。
「......俺は、間違っていない」
そんなつぶやきが耳に届いた。
翌日。早速大学で初めての講義を受けて、疲れ切った体で寮に戻る。大学は高校と違って一回の講義の時間が長いなあ。
さて、このボロボロの体で何をしようか。入りたいサークルもないし......。
いろいろ考えていると、部屋の扉をノックする音。誰だろうか。
「はーい」
返事をしながら扉を開くと、そこには清木教授がいた。なんの用事だろう。
「どうしたんですか?」
「いや、少し頼みたいことがあってね。上がっても大丈夫?」
「はい、大丈夫ですよ」
清木教授を部屋に上げてお茶を淹れる。お互いに机の対面に座ってお茶を一口飲むと、早速清木教授が口を開く。
「実は昨日君たちを襲ったやつらの正体が分かってね」
「っずいぶん簡単に口を割りましたね」
少し驚きながら返事をする。
「まあ俺の手にかかれば簡単だよ。それでそいつらはある組織......いや、大学の学生で、雪音ちゃんじゃなくて君たち能力者を狙っていたみたいなんだ」
「? 僕たち、ですか?」
「うん。昨日話したと思うけれど、能力者が多ければ多いほど能力者を守っているって話をしたでしょう? でも、少なければ少ないほどこの大学は守られない。さらに、能力者が多くても能力者一人一人を管理しきることはできない。だから、一人ひとり無力化、まあ殺したり攫ったりして弱まったところを一気に襲おうという考えみたいだよ。まあ俺の推測も入っているけれど」
「なるほど」
合理的で有効な作戦かもしれない。その作戦の最初のターゲットが僕たちだったようだ。まあ、正一人だったら勝てなかったかもしれないし、僕一人だったら当然勝てなかった。もしかして今狙われている僕たちはかなり危険な状態かもしれない。
「そこで、君には秘密のサークル『防人』を発足してほしい」
「へ?」
「主にサークルの活動は能力者たちの保護。能力者にはGPSの付いた発信器を渡しておく。何かあったらとりあえずこれのボタンを押せば防人に情報が伝わってすぐに助けに行くことができるというわけ」
「いや、待ってくださいよ!」
僕は慌てて清木教授の発言を遮る。清木教授は僕の反応を予想していたようだ。
「そう言うと思って。もしこのサークルのリーダーになってくれたなら学費の免除をするよ。もちろん、メンバーも4人までならある程度の免除を」
「いや、そういう話じゃないです!」
「? どういう話だい?」
清木教授はキョトンとしながら聞いてくる。この人はお金で何でも解決させるタイプの人種なのだろうか?
僕は咳ばらいを一つして答える。
「あのですね。僕はこの大学がどうなろうが正直知ったことではないです。もちろん志望校ではあったし、卒業まで面倒を見てもらいたいですけれど。ただ、そのサークル活動で背負うものはこの大学の命運なんかじゃなくて能力者たちの命ですよね? それは無能力者に等しい僕には荷が重いと言っているんです」
「それだよ。俺は君のその責任感に惹かれたんだ。というわけで、よろしくね」
(まあ、君の場合は責任感と言うよりか自己肯定感の低さなんだけどね。まあ、サークル活動を通して成長してくれるだろう)
......なんだか、納得できない。僕は別に責任感があるわけではないぞ。言ってしまえば逃げ癖があるだけだ。
まあ、愚痴っても仕方がない。こうなってしまった限り、僕がやるべきことは仲間を集めることだ。そうじゃないと誰かが助けを求めた時に助けるどころか共倒れしてしまう。
「それじゃあ、話はこれで終わりだよ。あ、そういえばこの話は雪音ちゃんも知っているから。彼女は入る気はないって」
「元々誘うつもりもないですけどね」
雪音は今まで散々誰かを守ってきたから、これ以上彼女の手間を増やすのは僕としても避けたい。
「それじゃあ、これがさっき言ったGPS付きの発信器ね。防犯ブザーって名前にしよう」
「持ちたがる人減りそうですね」
たくさんの防犯ブザーが入った袋を僕に渡して、清木教授が部屋を出て行った。さて、早速何人か勧誘しようかな。とりあえず、知っている人に声をかけよう。
部屋の外に出て適当な人を探し始めると、見覚えのある女の子の後ろ姿が目に留まった。あれは雪音かな。
「雪音」
「うん? あ、蔵介。どうしたの?」
「はい、これ」
僕は防犯ブザーを雪音に渡す。雪音はキョトンとした表情で防犯ブザーを受け取った。
「ええっと。これは?」
「え? 清木教授から聞いたんでしょ? 防犯ブザーだよ」
「名前は初めて聞いたけど。これ、GPS付きの発信器でしょ?」
「うん。まあ、雪音にはいらないかもしれないけど、心配だから。どんな要件でも承るよ」
「浮気性だね」
「雪音にしか言わないよ」
「そのセリフがまさに」
「......ま、まあ。本当に要らないんだったら部屋にでも置いておいてよ。それじゃあね」
「............あ、ありがとね、蔵介」
少し歩いた辺りで雪音からお礼を言われる。僕は振り返らずに手を振った。自分でもわかるほど顔がニヤついているだろうから。
雪音から分かれて数分。知っている顔の人があんまりいないなあ。もう少しこちらから話しかけておくべきだっただろうか? そんな風に自分の過去の行いを反省していると、またもや見知った人が目に入る。あれは。
「おーい、堂次郎」
「ん? おお、蔵介か。どした?」
やっぱり。小太りで金髪のイケメンなんて堂次郎くらいしかいないだろうからね。
「実はねーーー。」
「なるほど。なかなか面白いことになってるな。そういう展開もあるのか......」
堂次郎は僕の話を聞きながらメモ帳にペンを走らせている。まあ、しっかり話は聞いてくれているみたいだし、気にせず話を続ける。
「というわけで、是非サークルに入ってほしいんだよ」
「ふむ。もちろんオーケーだ。ただ、代わりと言っちゃなんだが、少し相談してもいいか?」
「なに? サークルに入れば多少の学費の免除があるらしいけど」
「それはありがたいが、それとは別だ。少し場所を変えようか」
「? まあ構わないよ」
よくわからない。頭に?を浮かべながら堂次郎についていき、大学内のカフェで腰を落ち着ける。早速話を聞いてみよう。
「それで、相談って?」
「実はな。また新しい作品が完成したんだ。ただ、何か足りない」
「何か? それを知りたいとか?」
「いいや。ほら、前に話しただろう。俺の悩み」
「ああ。シナリオがあんまり上手に書けないんだっけ?」
「そうだ。そしてやっぱりうまくシナリオが書けない」
「うーん、そう言われても僕もシナリオを書いたことなんてないしなあ。力になれるかどうか」
「いいや、ここはお前の意見を聞かせてもらおう。これが今回のシナリオだ」
そう言って僕にA4用紙を渡してくる堂次郎。
「僕はよくわからないけれど、シナリオってA4用紙一枚で済むようなものなの?」
「う」
痛いところを突かれたようで、表情を一層険しくする堂次郎。というか、A4用紙も半分くらいまでしか書いてないし。
「......ま、まあ、今回のゲームは短編だし、な」
僕に向かってというより、自分に言い聞かせるように呟く堂次郎。本当にシナリオを書くことが苦手なようだ。
とりあえずざっとシナリオを読んでみると、......確かに、これは面白くない。まとめると、内容は王道ファンタジー。魔王を倒すために勇者が冒険をして、魔王を倒す。それだけの内容だ。それ以外に物珍しいイベントは起きないし、言ってしまえばほかのゲームで見たようなイベントばかりだ。
「ど、どうだ?」
「これは少し......いや、かなりひどいなあ」
「やっぱりそうか......」
目に見えて肩を落とす堂次郎。というか、このシナリオで星が3つもらえるって、相当グラフィックや音楽、ゲーム性が面白いのだろう。
まあ、防人という危険なサークルに入ってもらうんだ、少しくらいアドバイスをしないと。まあ、僕のアドバイスが役に立つかはわからないけれど。
「基本コンセプトはこれでいいと思うんだけど、シナリオとして面白くするなら、少し捻ってみない?」
「というと?」
「えっと、シナリオのここで仲間が現れるでしょ? 実はこれが魔王でした、みたいな」
「詳しく聞かせてくれ」
「結局、オチが分かっていると面白くないからさ。予想外なことが一つでもあればやっぱり気になっちゃうものなんだよ」
素人意見だけど。
そんな感じで僕がアドバイスをしていると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「二人とも、何を話しているんでござるか?」
まあ、聞き覚えのある声というより聞き覚えのある話し方だ。
「朝倉か。いや、実は俺の悩みを相談していてーーーという話なんだ」
「ほう。まあ、拙者は本を読むことはあってもゲームはしないでござるから、あんまり助けにはなれないでござるね」
苦笑しながら席に腰を落ち着ける朝倉くん。
「ところで、拙者も悩みがあって」
「どうしたの?」
「実は、ぱふぇというものを食べてみたいんでござるが、何分、注文するのが恥ずかしくて」
「ああ、それなら一緒に買いに行く?」
「本当にござるか?」
「まあ、そのくらいなら」
「うう、ありがたきお言葉」
「大げさだなあ。堂次郎、ちょっと席を外してもいい?」
「......構わないが、もう少し席についてろ。今は危険だ」
堂次郎が声を潜める。どうしたのだろうか。
「堂次郎、なにが「防人としての初任務というところか。見ろ、あそこの女だ」
堂次郎が顎をしゃくった方向には両目を黒い前髪で隠した小柄な女性がいた。女性が近くに座っている人の首筋に触れると、触れられた人は一瞬体を跳ねさせてから、机に突っ伏してしまう。ほかにも机に突っ伏した人が3,4人いる。これは異常だ。
ただ、不幸中の幸いといったところか、今は講義の時間。僕のように今日の分の講義が終わっている人はそもそも寮や自宅に帰ったりと大学を離れている。なので人はほとんどいない。僕らと敵を除いてちょうど5人というところだろうか。受付のおばちゃんも厨房に引っ込んでいる。まあ要するに、僕らが能力を使っても問題ないということだ。相手はこれを計算していたのかもしれないけれど。
さて、ちょうど5人が机に突っ伏したわけだけど、それ以上何をするのかわからない。人質のつもりだろうか?
とりあえず、敵から何か情報を得ないとこちらは一切動けない。まずは話しかけてみようか。
「君は能力者みたいだね?」
「......(コクリ)」
一切口を開かずに頷きで肯定を示してくる。外見通りおとなしい人みたいだ。やっていることは当てはまらないみたいだけど。
「君は僕たちを襲いに来たということでいいのかな?」
「(コクリ)」
「その人たちは人質のつもり?」
「......」
特に動きを見せない相手。肯定や否定を答えるのに悩んでいるというよりは黙ってみていろ、という意思を感じる。ただ、黙ってみているくらいならば少しでも動いた方がいいだろう。
僕はすぐに相手を拘束しようと走り出す。ここで考えられる相手の能力は、首の後ろを触ると眠らせるというものだろう。もし体のどこでも触ればいいのだとしたら、肩や背中に触れるだろうから。そして、もしそうだとしたら、相手に首の後ろを触らせないで拘束するのは難しくない。
「! 蔵介!」
「危ないでござる!」
その声が届く前に僕の足を何かが掴む。予想していなかった衝撃に対応できずに転ぶ。
「いてて......」
な、なんだ? 敵はあの女の人しかいないのに、だれが僕の邪魔を?
転んだ衝撃でぶつけた頭を押さえながら何かに掴まれている足を見ると、そこには今拘束しようとしていた女がいた。
「え、え!?」
足元と先ほどまでと変わらずに立っている女の人を見比べる。な、なんだこれ!?
戸惑っているうちにさらにもう一人、女の人が現れる。そいつはカフェにおいてある木製の机を軽々と持ち上げて僕に向かって投げようとしている。
「うわ、うわわわ!」
何とか動こうとするけれど、僕の足をつかんでいる手の力が強すぎて動けない。まずいまずい!
とにかく振りほどこうと暴れているうちに敵が机を投げてきた。これは打撲程度じゃすまなそうな攻撃だ。
「蔵介殿!」
どうしようもなく頭を腕で守っていると、朝倉君の声が聞こえてくる。遅れて、メキメキという音を立てながらドン! という音。恐る恐る現状を確認すると、机が少し離れた位置に倒れていた。朝倉君はすでに敵を拘束しようと動き始めている。朝倉君の能力で飛んでくる机の方向を変えてくれたのだろう。ありがたい!
「ありがとね!」
「礼には及ばぬ」
さて、僕の方は......とりあえず、振り払うためだ!
「ごめんなさい!」
謝りながら女の人の顔を蹴飛ばす。罪悪感を感じながらも、足をつかむ力が弱まった瞬間を見逃さない、手を振りほどいて距離を取る。
「堂次郎、状況は?」
少し離れた位置で観察している堂次郎に話を聞く。
「そうだな。まず、あいつの能力は言ってしまえばゾンビのようにする能力だろうな」
「ゾンビ?」
「といっても、殺したわけじゃないはずだ。平たく言えば、『相手を自分とまったく同じような姿形に変えて、筋力を強化する能力』だろうな」
なるほど、今までの状況をみるにその考えは妥当だろう。ただ、問題が二つ。
「これって、元に戻るのかな?」
「とりあえず、あいつを拘束して何とか元に戻させるしかないな」
「そうだよね。あと、......まあ、ゾンビでいっか。ゾンビを攻撃したら元の人にも影響がいくのかな?」
「可能性はある」
はっきりした回答がお互いに答えられない。他人に影響を与える能力というのはとてもやりづらい。防人の役目は能力者を守ることだけれど、だからと言って無能力者を見過ごすわけにはいかない。
「朝倉君! 敵以外に能力を使うのは控えて!」
「ええ? そのようなことを言われても」
困惑している朝倉君にゾンビの攻撃が飛んでくる。朝倉君は慌てた様子を見せながらも素早く躱す。流石、僕たちインドアとは違う。
さて、逆転の一手を考えたいところだけどここで重要なのはゾンビに攻撃をしてはいけないこと。理由は当然、攻撃を加えたことでゾンビ化された人たちが元に戻ったときにどういう影響が出るかわからないから。なので、僕たちは本体だけを攻撃してやり過ごさなくてはいけない。一見難しいように感じるけれど、それはほとんど一般人の僕を基準にしてしまうから。能力者がいればそこまで難しくはないはず。
「それじゃあ、堂次郎......あ、あれ?」
早速作戦を堂次郎に伝えようとすると、堂次郎がいなくなっていた。増援を呼びに行ったとかだろうか? なんにせよ、ここで味方が一人減るのはまずい。
「蔵介殿、どうするでござるか?」
戻ってきた朝倉君が尋ねてくる。うーん、どうしようか。
「ごめん、少しだけ時間を稼いでもらえる? その時にやってほしいことがあるんだけど、ーーーーな感じでお願いできる?」
「いいんでござるか? それだと拙者の能力がバレてしまうでござるが」
「大丈夫。できそう?」
「ふむ、出来るでござるよ。それでは行ってくるでござる」
すっと動き出しの重さを感じさせない動作で敵へ向かっていく朝倉君。やっぱり鍛えている人は違うなあ。
さて、少し考えよう。僕たちの目標は本体の無力化。できれば気絶までさせたいけれど......素人の僕たちには厳しいだろう。なので今回の目標は、本体の拘束だ。これを達成するためにはゾンビの行動を知ることが大切だ。あのゾンビは本体が操っているのか、それとも何かの行動原理をもって動いているのか。後者は難しく言ったけど、要するに『人を襲う』とかそういった単純な理由で動いているのかということ。
結論から言うと僕は後者だと思っている。理由としては、今攻撃を仕掛けに行った朝倉君にゾンビが集中しているからということと、先ほど堂次郎と話し合っていた時も僕たちを襲いに来なかったという2点に加えて、5体のゾンビを操ることは難しいだろうからということも理由だ。
そして、いま朝倉君にやってもらっていることは。
「ふっ!」
朝倉君が短く息を吐きながら木刀を振るう。すると明らかに木刀が届かない場所に存在していたプラスチック製の軽い椅子が飛んでいく。先ほどまで朝倉君は確実に一撃で仕留めようとしていたので、この能力を使わなかったらしい。でも、今後のために使ってもらったのだ。
「......へえ」
ここにきて初めて口を開いた敵の呟き。そこには多少の驚きはあるものの、恐怖を感じさせることはない。能力者というのはそういうものなのだろうか? まあ僕も能力者なんだけど。
そして、この能力を見せたことでゾンビたちに少しの変化が起きる。先ほどまでいたゾンビすべてが朝倉君を狙っていたのだけれど、一体だけその輪から外れて本体の傍に寄り添っている。そして、二人がぐるぐると立ち位置を変えている。なるほど、どちらが本体かわからない状態にするためか。
......よし、作戦はできた。早く決着をつけないと、朝倉君も厳しいだろう。
「朝倉君、作戦ができた!」
「本当にござるか!」
朝倉君が一気にこちらへ駆けてくる。それを追ってゾンビがやってくる。詳しく説明する時間を与えるつもりはないようだ。やっぱりそれを含めて考えると......
「朝倉君、僕が敵の本体に突っ込むから、威力が軽いかまいたちを本体に向かって振るって!」
「......御意!」
一瞬の逡巡があった後、朝倉君が頷いてくれる。よし、行こう!
僕は駆けだしながら考える。僕の先ほどまでの考えは半分当たっていて半分外れていると考えていいだろう。恐らく、本体はゾンビたちに簡単な指示を出している。『自分の傍にいろ』とか『私を攻撃してくるやつを襲え』みたいに。
そしてゾンビたち自身に自我がないのなら、思考するのは本体一人だけ。それなら全然勝機を作れる。
「ーーー?」
走りながら、一瞬感じる違和感。その一瞬で思考が始まる。
僕がここまで考える時間があったということは、彼女にもーー
「っ! あさくーー」
一旦作戦を中断するために名前を呼ぼうとして、視界の端の端で捉えられた情報が口を無理やり動かした。
「ーー朝倉君、今だ!」
「!」
僕は振り返らずに本体を拘束しに行く。すると、二人の女の内一人が片方をかばうように体を動かして、体をのけ反らせる。恐らく、朝倉君のかまいたちをゾンビが代わりに食らったのだろう。少しの間だけど隙ができた。このために朝倉君に能力を見せびらかしてもらったのだ。最初にプラスチック製とはいえ椅子が吹き飛ぶほどの攻撃を出せるとなれば、それを防ぐためにゾンビにわざと当たらせるのは当然なのだから。
こうしてできた隙を見逃すわけがない。僕が敵にとびかかると、足首に衝撃が。
「痛い!」
わざと大げさに転ぶ。そう、僕があれだけ考える時間があったのだから、敵も考えるだろう。そして、僕たちに気が付かれないように伏兵を置いておくことはそう難しくない。それに気が付いたので作戦を変えようと思ったのだけれど、僕の視界の端に現れたあいつが作戦を実行させた。
「きゃ!」
「ようし、捕まえたぞ、蔵介!」
先ほどまでいなかった男、堂次郎が敵の拘束に成功していた。
「よくやったぞ、蔵介」
「堂次郎こそね」
僕はゾンビに足首をつかまれながらも返事をする。少し離れたところでは朝倉君がゾンビ集団に囲まれていた。一見負けている状況に見えるけれど、堂次郎が本体を拘束している。僕らの勝ちだ。
早速堂次郎が女に命令する。
「さあ、ゾンビ化した奴らをもとに戻せ」
「......それはできない」
「「え?」」
僕も堂次郎も素っ頓狂な声を上げる。も、もう元に戻せないの?
「さあ、こいつらを仕留めて」
「おい、ゾンビを動かすな! 首を絞めるぞ!?」
「構わない」
「......ッチ! くそ、分からねえ!」
堂次郎が何やらうめいている。何が分からないのだろうか? 気になるところだけれど、そんな疑問を解決する前に今はこの状況を何とかしないと!
本体の傍にいたゾンビが堂次郎に手を伸ばす。ここまでか......!
「あー、お腹すいた。あれ、なにこの状況?」
「清木さん、少し離れてください」
「上木、これは?」
そんな緊張した空間にすっと入ってきたのは清木教授と二人の巨漢だ。巨漢のうちの一人が僕に尋ねてくる。だけど、清木教授はすでに状況を理解したようだ。
「早速防人が活躍したみたいだね。波川君たち、ちょっと手伝ってくれる?」
「もちろんです。おい、学」
「もうやっているぞ始」
「ならいい」
なにやら状況が一気に動き始める。堂次郎に手を伸ばしていたゾンビが突然膝をついた。
その場で戦っていた人たち、もちろん僕を含めて何が起きたのか理解できない。
「ありがとね、上木君。あとはちょっとこっちで何とかするよ」
「上木、俺にこいつの能力を教えろ」
学、と呼ばれた方の巨漢に聞かれる。こんな足首をつかまれた状況で、とは思ったけれど、いつの間にかゾンビが掴んでいたはずの足首が自由になっている。ほ、本当になんだろう。
とりあえず立ち上がって、包み隠さず能力を話す。学さんは頷いて清木教授のもとへ戻っていく。
「蔵介殿、なにが?」
「俺にも説明してくれよ」
朝倉君と堂次郎が寄ってくる。女は堂次郎から巨漢に身を拘束されて、清木教授の前で座らされている。
「そんなこと言われても、僕にもさっぱり......それより、堂次郎こそ何をしていたのさ」
「ああ。俺の能力は五感を一気に強化するんだ。だから、あいつの視線を避けて気づかれないように接近していた。できれば一人で処理しようとしていただが、その機会が生まれなくてな」
「なるほどね。さっき言ってた『分からない』っていうのは?」
「五感を強化したら体温の上昇とか鼓動の速さとかで嘘をついているか分かると思ったんだが、あれが嘘をついているから鼓動を早くしたのか、首を絞められることに体温を上昇させたのかが分からなくてーー「いやああああああああああああ!!!!」
「「「!?」」」
三人で身を竦ませる。な、なんだ今の絶叫は?
「さて、ゾンビを元に戻そうか?」
「......う、うぅ」
「それじゃあ、もう少し強く」
「待って、まってまってまってまってまってーーいやああああああああああああああああああ!!!!」
あんなに大人しかった女の人が、聞いたことがないくらいに叫んでいる。
「戻す! 戻しますから! それやめて!!! あああああああああああ!!」
「戻したらやめるよ」
「この状況じゃ戻せない! 一瞬、一瞬でいいからああああああ!」
「しょうがないなあ」
女の子の絶叫が一瞬やんだと思えば、周りにいたゾンビが姿を変える。女の子とまったく同じだった姿からもとの姿へ戻っていく。というか、こうしてみると身長や性別まで変えてゾンビ化されるのか......
。改めて恐ろしい能力だ。
元に戻った人たちのなかには意識を失くした人と意識がある人の両方がいる。意識がある人は当然戸惑っている。
「とりあえずこの場は我々が何とかしよう。上木、ご苦労だった」
「え、だ、大丈夫なんですか?」
「ああ。早くいけ」
波川と呼ばれていた巨漢に言われた通りカフェから離れる。これが防人の役目なのか。正直、結構危ない使命だ。
僕と堂次郎と朝倉君は言われた通りカフェから出ていき、寮へ戻る。道中、朝倉君が尋ねてくる。
「そういえば、『防人』ってなんのことでござるか?」
「ああ、それは僕たち能力者が別の組織に狙われているから、その組織から能力者を守るために発足されたサークルのことだよ。よかったら入らない? さすがに僕と堂次郎だけじゃ厳しくて」
「それは是非に入りたいでござる。拙者としても実戦での経験を学びたいでござるから」
朝倉君からの快い返事。これはすごく助かる。これで防人の戦力が一気に強くなった。
「ありがとね」
「礼には及ばぬでござる」
「......ところで、お前ら。何か忘れていないか?」
「「?」」
突然堂次郎が聞いてくる。忘れていること?
「ほら、朝倉がパフェを食べたいって」
「「あ」」
完全に忘れていた。僕と朝倉君で顔を見合わせる。
「......ファミレスでも行こうか」
僕たちは寮からファミレスへと目的地を変えたのだった。
「それで、ここか? 蔵介」
「うん。一応インターネット上にもあるみたいだけれど、ほら、僕たちは少し特別だから」
「まあ妥当だな。それじゃあ早速入るか」
カフェでの襲撃を乗り越えた翌日。授業が終わってから正と一緒に1号館にやってきている。前も少し説明したと思うけれど、僕の大学の1号館には講義の休講情報が表示されたりと教務関係の情報が集まる。ただそれだけではなく、学生証を忘れたときに仮発行してもらえたり学生の進路相談室があったりと、健全で安全な学生生活を支えることが行われる場所でもあるのだ。まあ休講情報の確認はみんな携帯電話でなんとかするしね。
そして、今日ここに来た理由は学生生活を支えてもらおうとここにやってきた。まあもったいぶるような話でもないのでさっさと話すけれど、僕たちはアルバイトを探しにここへやってきた。
一応どこの大学でも学生生活を優先してくれるアルバイト先をいろいろな手段で紹介しているようだけれど、僕たちは能力者ということもあってちょっと事情が違う。能力者の存在を知ったうえで受け入れてくれるという希少なアルバイト先を見つけなくてはいけない。あまり大っぴらに言えないけれど、能力者であることを隠してなんの事情も知らない職場で働いている人もいるみたいだけれど、僕は防人のリーダーということもあってそういった行動が許されないと勝手に考えている。......なるほど、僕には多少の責任感はあるみたいだ。
さて、僕たちがやってきたのは学生生活関係の窓口。窓口の奥では何人かが座ってパソコンで何やら作業している。ただ余裕がないとか急いでいるという状況には見えない。とりあえず忙しい時期がひと段落したからだろうか? まあそのあたりは全く分からないけれど。
「どのようなご用件ですか?」
「えっと、アルバイトの紹介をしてもらいたくて。清木教授からここに行けと言われたので」
「? 少々お待ちください」
受付の人が明らかに困惑した様子で窓口の奥へと消えていく。それもそうだ、アルバイトの紹介をしてほしいならそこらに張ってある学生アルバイトの求人を見ればいいのだし、気が付かなかった様子なら案内すればいい。ただ、『清木』という名前を出したということは何やら特別な事情があるわけだ。でも特別な事情といってもアルバイトの紹介だけなのに......とまあ、こんな感じでこんがらがっているのだろう。
「蔵介、この様子だと」
「うん。能力者を知らない人みたいだね」
一応大学の中でも能力者を知っている人と知らない人がいるようだ。いやまあ、当たり前だけど。
待つこと数分、小さな部屋に案内された。僕の実家は2階建ての一軒家だけれど、僕が使っていた子供部屋と同じくらいの広さだ。そこから机と椅子、適当な書類を除いて全てどかして壁を真っ白にした感じ。といっても、子供部屋の広さなんて人によって違いがあるだろうから何とも言えないけれど。
「おう、来たか」
「はい。上木蔵介です」
「塚本正だ」
「あいよ。俺は真中だ。とりあえず座れや」
随分言葉使いが荒い人だ。ただ外見は普通だ。僕たちと同じくらいの身長、座高にショートカットの黒髪、目つきは吊り上がっているわけでも垂れているわけでもない。少し鼻が高く感じるのと赤縁の四角い眼鏡のレンズ越しに見える瞳の色が真っ青なことくらいが特徴だ。まああくまで外見だけでの特徴だけれど。
僕たちが椅子に腰を落ち着けるのとほぼ同時に口を開く真中さん。
「ええっと、希望の職種とかはあるか?」
普通の面接のように話を始める真中さん。ちなみに僕はこの方アルバイトをやったことはないし、正も働いたことはないらしい。
「そうですね、僕は飲食店とかで働いてみたいです。賄いとか食べたいですし」
「俺はカラオケとかがいいな。社割でお得にカラオケに行けるなら嬉しい」
「なんだ、どっちも仕事内容より報酬派か。ちょっと待ってろ」
苦笑しながら真中さんがすらすらと紙に何かを書き、机の上に置いてあったノートパソコンを弄り始める。
「正はカラオケ好きだったんだね」
「気分が良くなるからな。そっちは飲食か」
「うん。実はアルバイトしようと思ったのも昨日ファミレスに行ったときに見かけたチラシがきっかけだったんだよね。お金も欲しいけど、おいしいご飯も食べたいし」
「飽きないといいがな」
「それはまあ、期間限定メニューとかあるし。それに仕事がある日は必ず食べるってわけでもないしね」
「っと、お二人さん。楽しそうに話しているが残念ながらどっちの仕事もだめだ」
「「え?」」
だ、だめ? どういうことだろう。
「だって、お前さんたち『防人』だろう? だからわざわざここまで来たようだしな」
そう、能力者とはいえアルバイトがしたいからとわざわざ1号館に来なくていいように寮に求人の張り紙が張ってある。そこからアルバイト先を選んでいるところに清木教授が現れて、『申し訳ないけれど、防人ならアルバイトをするにしても制限があるんだ。ちょっと1号館に行ってきてほしい』と言われたのだ。なのでこうして真中さんのところまで来たわけだけれど、本当に制限があるとは思ってなかった。
「ど、どうしてですか?」
「そうだな。防人は今防犯ブザーを配っているだろう?」
防犯ブザー。今僕たち能力者は別の組織から狙われているので、その組織から能力者を守るために防人というサークルが発足されたのだけれど、さすがに防人も誰がどこで襲われているかまでは分からない。そこでGPS付きの発信器である防犯ブザーが役に立つ。黒い長方形の真ん中にあるボタンを押せば襲われている能力者の場所が防人のメンバーのスマートフォンにアラーム音を出しながら表示されるのだ。ちなみにマナーモードにしていてもこのアラームは鳴る。
「はい、配ってますよ。もう寮にいる人全員が持っているはずです」
一応任意で防犯ブザーを受け取れるのだけれど、自分が狙われていると考えれば持った方がいいと考えたのか、ほとんどの人が受け取ってくれた。寮の人数分用意されていた防犯ブザーはあっという間になくなった。
「それが問題なんだよ。飲食店はキッチンにいようとウエイトレス、まあ配膳とかホールと呼ばれる仕事の人たちもスマートフォンを持ちながら仕事をすることを許可してくれない」
「ま、まあ確かに」
スマートフォンは雑菌だらけらしいし、アルバイトテロなんていうのもあった。確かに厳しいかもしれない。
「そうなると、カラオケは大丈夫じゃないか?」
「ところがそうでもない。もちろん食事を運んだりするからというのもあるが、カラオケ内の個室内に食事を運んだ時などは音楽の音に邪魔されてアラーム音が聞こえない可能性がある」
「ぐ、まあ、一理ある」
アラーム音がどれほどの長さで鳴るのかもどれほどの大きさで鳴るのかも分からないけれど、人によってはかなり大きな音で歌っている人もいる。アラーム音がかき消される可能性もあるのだろう。
「まあ、そもそも前提としてお前らは呼び出されたらすぐに駆け付ける必要があるわけだ。もちろんこの曜日は誰が担当するとかで対処できるのかもしれないが、そいつらが体調を崩したり、複数人が同時に襲われたりしたら誰かがフォローに行かないといけない」
「「う」」
な、なるほど。言葉遣いは荒いけれど、しっかりと考えてくれているようだ。
「となると、いつ抜け出されてもいいように人手に余裕があるところがいいな。まあこればっかりは職種は関係ないが。そして重要な常にスマートフォンを持っていても平気な場所......ふむ、スーパーマーケットはどうだ?」
「ま、まあ」
「それで」
「決まりだな。ほら、このグッドマーケットにこの曜日に面接に行ってこい。それじゃあ今日はここまでだ」
「「ありがとうございました......」」
まあ、防人ならしょうがないよね。学費の免除までしてもらっているわけだから。
僕たちは肩を落としながら1号館を後にした。
「ふう、ようやく終わった」
『おう、こっちも終わったぜ』
『ちょっと大変だったね』
「だね。まあ、何はともあれ終わってよかったよ」
アルバイトの面接の話を真中さんとした日の夜、僕は無能力者の友達と通話をしながら一緒にレポートを書いていた。これがレポートか、量も質も求められてかなり大変な作業だ。
さて、一段落ついて友達と雑談をしていると、ふと友達が変なことを言い出した。
『そういえばさ、この学校て結構ほかの大学の人が出入りしているんだって』
『ああ、そういえば俺もそんな話を聞いたことがあるな』
「へえ。その話は初耳だなあ。でも大学なんてほかの大学の生徒が来るものじゃない?」
『それがほかの大学に比べて多いんだとよ』
もしかして、ほかの大学の能力者が頻繁に出入りしているのだろうか。そうだとしたら防人として見過ごせないけれど、何分噂話だ。それに、僕たちを狙っている人たちが無能力者に情報が洩れるように動くとも考えられないしね。
『しかも、ほかの大学の人たちが集まってるサークルがあるとか』
「そんなことできるの?」
『一応インカレサークルといってほかの大学と合同でやるサークルもあるからできなくはないんだろうが......まあ、他大学の生徒だけでサークルを作ることはできないんじゃないか』
「ふうん。変わったこともあるんだね」
まあ、そこまで気にしなくてもいいのかもしれない。そのあと少し適当な話をしてから通話を切って一日を終える。
翌日。今日は午前中の講義がなくて余裕がある。さて、どうしようか。
少し暇を持て余していると、ブルルという倍部音とともにスマートフォンのアラームが鳴る。これはもしや。
少し緊張しながらスマートフォンを確認すると、画面に『SOS』と大きく表示されている。すぐにでも助けに行きたいところだけれど、ここで戦力にならない能力者の僕だけが助けに行っても邪魔にしかならないだろう。とりあえず『防人』のメンバーに助けを求めよう。
というわけで、能力者からSOSが来ていることを連絡すると、メンバーたちにもSOSが来ていたようだ。とりあえず、堂次郎と正からはすぐに返信が来た。朝倉君からは返信が来ないので、用事があるか寝ていると判断して、現地集合ですぐにSOSが出ている現場に向かった。
SOSがあった現場は、講義が行われる4号館だ。こんなところで襲われることはないと思うけれど......。
スマートフォン片手に小走りで現場に向かうと、既に堂次郎と正は現場に到着していた。戦闘は行われていないけれど、誰かと話をしている。相手は小柄で目が吊り上がっている黒髪の男だ。どこかで見たことがあるような気がするのは、同学年の能力者で、トーナメントなどで見ているからだろう。
「ごめん、お待たせ」
「おう、SOSを出したのは飯野みたいだ」
「話すのは初めてだよね。1年の飯野隆だよ、よろしく」
「上木蔵介だよ。こちらこそよろしく。それで、SOSの要件は?」
「実は今、こんなものを渡されたらしい」
正が紙切れを僕に渡してくる。そこには簡潔に、『君の財布を預かった。返してほしければ12時までに9号館に来い』と書いてあった。ちなみに9号館はサークルで使う備品が置いてある部屋、言ってしまえば部室が集まった館だ。
「これ、普通に犯罪だよね」
「ああ。ちょっとまずいよな」
ここで堂次郎が口を開く。
「無能力者の守衛の方に頼むっていう発想には至らなかったのか? さすがに無能力者相手に能力を使って目立つようなことは避けると思うんだが」
「もちろんあったけれど、それ以上に無能力者の方が被害にあう可能性もあるからね。しかも銃弾とかナイフとか凶器を使ってくれればいいけれど、もし能力が凶器を残さないものだったら、完全犯罪が成立しちゃう」
なるほど、道理だ。それでどうしたらいいのか分からなくなって僕たちに連絡をするというのはおかしくない判断だろう。
「どうする、蔵介。行くか?」
「行くに決まっているだろう。なあ、蔵介」
「うーん」
正は乗り気みたいだけれど、堂次郎の質問にすぐ答えられない。現在時刻は10時。話し合う時間的余裕はある。
「相手は何が目的だろう。お金を取ることだったらわざわざこんなこと言うかな?」
「言わないだろうな。だから、能力者を狙っていると考えるべきだ」
「そうだね。能力者が一人になるところを狙いたいけれど、なかなかうまくはいかないから強硬手段に出たみたいだね」
「まあゆっくり待てばいいと思うが、襲おうとしている場所に何回も通いたくはないからな。......そういえば、俺たちのサークルは結構大々的に防犯ブザーを配ったな。ということは、俺たちのサークルが知られていて、邪魔だから俺たちから襲おうとしているのかもしれない」
「それを言うなら戦力を財布泥棒に集中させて油断しているほかの能力者を襲うつもりかも」
「そこまでの戦力がすでに来ているならな。現実的に考えて、俺たちの戦力から削ろうということだろう」
「......よくわからないが、財布泥棒というだけで許せねえ。すぐに行くぞ、蔵介」
「あ、正」
正が足を9号館に進める。結構正義感が強いんだなあ。
「まあ今の話から正を一人にするわけにはいかないな」
「だね。とりあえず清木教授に連絡をしておいて、立花学長には少し学園を見回ってもらうよ」
清木教授に連絡を入れるとすぐに返信が返ってくる。優秀な人だなあ。
さて、これで心置きなく財布泥棒に集中できる。
「とっちめてやる」
「......財布泥棒か。こういう小さいことから始まる物語もありか......?」
「申し訳ないけれど、頼んだよ。俺は役に立てない能力だから参加できないけど」
「大丈夫。何とかしてくるね」
こうして、『防人』として初めて受けたSOSの舞台は、9号館へと移っていく。
9号館。他の館は結構頻繁に整備されていたり、毎日用務員の方が掃除をしてくださっているけれど、ここはそういった管理の手が届いていない。強いて言うならば、利用しているサークルが手入れしているかどうかというところだ。
早速9号館の中に入る。足を踏み入れたのは初めてだけど、建物は吹き抜けのコの字になっていて、3階まで階段が繋がっている。他にエレベータなどの階をあがる手段はなさそうだ。その3階から男の声が聞こえてくる。
「神よ、懺悔します。これからあの男たちを殺すことを」
「おい、なんか聞こえるぞ」
「ね。内容から考えるにイタい人みたいだけれど」
「電波系か? キャラが立ってるな」
「もうシナリオのことは置いておきなよ。......君が飯野君の財布を盗った人?」
一瞬違う人だったら、と考えて尋ねるか躊躇したけれど、別にこれは能力とか関係ない。違う人だったら謝ればいいし。そもそも、無能力者だとしたら殺すなんて言う単語をわざわざ言うことはないと思うし。
3階からひょこっと顔を出したのは、長い黒髪の......男、だよね。声から判断するに。体格とかはよく見えないけれど、まあそんなに大柄なわけではない。
「ああ、神よ。あれが今から供物になる人間です」
「神は僕たちを常に見てるの?」
「ええ。神はすべてに等しいのです」
......やばい、ちょっと乗ったら面倒くさいことに。
「おい、こいつと喋るのめんどくさいぞ」
「だね。というか財布盗んだことを懺悔しなよ」
「神よ、懺悔します。これから私の力を使うことを」
「なんでこいつ頑なに財布泥棒を謝らないんだ?」
「なんか変に意識しちゃって退くに退けないんでしょ」
「......か、神よ。私に力を」
苦しそうにつぶやいた男の声が戦闘の始まりになった。
「やれやれ、さっさと財布を奪い返しに「正、危ない!」
僕は急いで正を突き飛ばし、そのまま前に転がる。
「いって......何が起きた、蔵介」
「わかんないけど、今危なかったよ」
何が起きたかは分からない。実際先ほどまで正がいた場所は物が落ちてきたり床が抜けたりといった異変がない。
「本当に何かあったのか?」
「ああ、あったみたいだ」
僕の行動を支持してくれたのは先ほど正がいた場所を何やら調べている堂次郎だ。
「堂次郎、何があった?」
「恐らくだが、今レーザーのようなものが空から降ってきたみたいだ。証拠と言っては何だが、さっきまで正がいた場所の温度が高い」
「レーザーの範囲は?」
「1円玉より小さいくらいの範囲だなーーっと!」
堂次郎が見た目からは想像できない速さでその場から飛びのく。ただ、見た感じではレーザーが襲ってきたことは分からない。
「神は私に等しく人間を裁く能力を授けてくれた」
「人を裁く権利までは与えてないと思うけれどね」
「......先ほどから、貴様、何のつもりで私に口答えしている?」
3階から見下ろしているというのに、少し寒気を感じるほど鋭い視線を飛ばしてくる。ただ、その程度では怯まない。
「なんのつもりも何もないよ。僕は飯野君から盗んだ財布を返してほしいだけ」
「ふん。なら奪って見せろ。いいか、神というのは存在する。それが見守っている方が勝利するのだ」
「はいはい。--それじゃあ作戦でも」
適当にあしらってから作戦を合立てようとすると、正が階段に向かって走り出した。
「気に食わねえ! 人様からものを奪っておいて神だなんだ言ってるのが最高に腹立つ!」
「あ、待って!」
まだ相手のレーザーの威力も何もわかっていないんだ。ここで彼に近づくのは無謀だ。
止めに行くために走り出そうとすると、堂次郎が僕の肩を抑えて静止してくる。
「流石に危ないよ堂次郎」
「いや、とりあえず正とあいつの闘いを見るしかない。相手のレーザーの威力、予備動作、レーザーが出る瞬間の周りの変化を観察しよう。流石に正が接近してきたのにこちらを攻撃するとは思えないからな」
「......了解」
確かに、言うとおりだ。ここで正を止めて、どうなる? レーザーにおびえながらゆっくりと近づいていくよりは、ああいう特攻してくれる人を活かすべきだろう。
「まあ、できれば俺が行った方がよかったんだがな」
少し申し訳なさそうに呟く堂次郎。確かに堂次郎の能力、五感の強化があれば避けられるのかもしれない。......あれ?
「そういえば、さっき避けられたのはなんで?」
「一瞬甲高い音が耳に響いてな。そっちも最初に正を突き飛ばしたな。なんでだ?」
「なんとなく。直感」
「なんだそりゃ」
「本当に直感なんだよね。しいて言うなら、何か視界の端で光った気がするような......」
「ふむ。お互い使った感覚器が違うから何とも言えないな」
まあ、とりあえず正と彼の闘いを見届けよう。
「愚かな」
そんな声が聞こえたと思ったら、正が階段を駆け上がっている途中でレーザーが正の右足あたりに命中した。
「ぐっ!」
叫びながらよろけ、なんとか手すりにつかまって事なきを得る正。そこを狙ってレーザーが飛んでくると思いきや、そこにはレーザーが飛んでこない。
「堂次郎」
「ああ、連射性能はあまり高くないようだな」
これならいけるかもしれない。
「堂次郎、もう少し観察をお願い。僕は正に加勢してくる」
「おいおい、まだ連射性能の低さが分かっただけだぞ」
「大丈夫。行ってくるね」
先ほどは吹き抜けのコの字といったけれど、階段は1階から3階まで一直線につながっている。階段はかなり急で幅もそんなに広くない。二人通るのは余裕があるけれど、三人が並ぶには無理があるほどの広さ。レーザーを当てるのは難しくないだろう。
「正、大丈夫?」
「ああ、なんとかな。何か分かったか?」
「とりあえず連射性能は高くないってことかな。一旦2階の陰に隠れよう」
「わかった」
さすがに無謀な行動をしてしまったことを反省したのか、素直に言うことを聞いてくれる正。とりあえず、攻撃をやり過ごさないと。
「逃がさない」
ちょうど2階に足を踏み入れたところで、男がいる辺りが一瞬チカっとまぶしくなった、気がした。これが攻撃の合図だろうか?
「正、そっちに逃げて!」
「お、おう!」
お互いに弾けるように2階の床を転がる。特に床を転がっている衝撃以外はないので、レーザーは回避できたと考えていいだろう。
すぐに立ち上がって、適当な物陰で男の視界から隠れる。
「そうやって隠れているままでいいのか?」
こちらを煽るように声を出してくる男。まったく、上から分かりにくい能力で攻撃しているだけのくせに、好き放題言ってくれるなあ。
少し正の方を気にすると正が攻撃を受けたであろう脛の様子が見える。血がにじんでいて、少しただれているような気も、
「っつ」
突然、頭の後ろが痛くなる。攻撃されたわけではなさそうだけれど。な、なんだろう。なにか、なにか。
......ああ、そうか。僕は知っているじゃないか。これと似たような攻撃は、中学2年生くらいの時だっけか? 忘れてた、忘れてた。
「正、こいつの攻撃は『鞭』だ!」
「!」
「は、はあ?」
動揺しているな、あの男。だが、おかしいところはいくらでもあったんだよ。
能力者の堂次郎はともかく特に身体能力が高くない僕が、直感程度でレーザーを感知してさらに避けることができるか? 堂次郎が言っていた甲高い音は風を切る音に違いない。それじゃあ僕が言っていた視界の端で輝いたもの、先ほどチカっと光ったものは何か。それは、男がわざと攻撃のタイミングで何かを光らせた......もしくは鞭が熱を持った瞬間だ。これは堂次郎が、正が避けた地面に熱が残っていたという話、さらに正の脛に残っているただれたような傷から考えると後者だろう。
そして、この男は知っていることと知らないことがある。知っていることは、鞭を操るために振りかぶったり、要は予備動作を使わなくても鞭を動かせる。そして、お前が知らないことは。
---俺が、同じような能力者と戦ったことがある、ってことだ。
(こいつ、なんで私の能力を知っている?)
財布泥棒の男の能力は分かった。ただ、問題は鞭であるがための攻撃方法。先ほどまでは頭上から叩くように、それこそ頭上から降ってくるレーザーのような攻撃をしていたが、次からはそうもいかないだろう。そういう攻撃をしていたということは、頭上からしか攻撃が来ないと思っているところを不意打ちしようと考えていたということなのだから。
「おい蔵介、もう少し詳しい説明を」
「堂次郎! その辺に石が落ちてたら数個正に渡してくれ!」
「お、おう」
鞭が届く範囲は決して狭くない。ならばこちらも攻撃が届く範囲を伸ばそうと考えるのは当然だろう。そして、男としては当然、それを阻止したいと考えるだろう。
「させない!」
「うわっと!?」
堂次郎がその辺りに落ちている石を拾おうとすると、鞭が飛んでいく。この隙を見逃すわけにはいかない。
「っ! クソ!」
階段を駆け上がって、男の前に堂々と立つ。さあ、勝負はここからだ。
「......ふん。どうやら、事前の情報とは違い、お前は手ごわいようだ」
事前の情報、ということはこいつはただの財布泥棒ではないということだろう。そういった情報を手に入れるためにも、捕まえなくては。
足に力を入れて、相手の動きに集中する。じりじりとお互いがお互いを探るように慎重に動く。そして、男の手元が光った瞬間に一気に動き出す。
「「--!」」
俺には堂次郎のように五感を強化する能力があるわけではない。なので、視認できない速さで襲ってくる鞭を避けるためには直感が必要だ。今までの攻撃方法は『頭上から攻撃してくる』ということを頭に植え付けるためのものだろう。だったら、次の攻撃は横振りの攻撃になるはずだ。
男がまるで本物の鞭を振るうように腕を横に振るう。そこから繰り出される鞭の動きはやはり目で追えるものではない。だから、俺はすでに体を腕立て伏せのように地面に預けていた。
俺の頭を何かが通り過ぎる感覚と、甲高い風を切る音。よし、これで体を起こしてすぐに攻撃に向かえばーーー
今、何かおかしいことが起きていなかったか? わざわざ鞭を振るった? 振らなくても攻撃できるのに?
(どうやら、お前が相手した奴は、こんなことをしなかったようだな)
「! まずーー「喰らえ!」
直感に頼って、地面に着いた手と足の力すべてを使い体を横にはじけさせる。だが、間に合わない。
「ぐあ!」
背中に衝撃。俺が飛ぶ方向から斜めに鞭を振るったようだ。くそ、堅実に攻撃してくる。
背中に生暖かいものが流れている感覚を味わいながら体を起こす。当然のようにそこに襲い掛かってくる鞭。これはさすがにーー
「!」
鞭を振っている途中で男が体をのけ反らせる。一瞬遅れて、男の前を石が通過する。これはありがたい。
石を投げたのは、どうやら堂次郎のようだ。堂次郎と正も隙を逃さずに3階へやってくる。これで3対1、負ける道理はない。
「大丈夫か、蔵介」
「ああ、助かったぜ正」
「......とりあえず、あいつをどうするかだが」
「どうするもこうするも、堂次郎と正の二人がいれば何とかなる。そこに俺がいるんだ、負けるわけがない」
「すごい自信だな」
「まあな。正、とりあえずお前は後方から石で援護してくれ」
「いや、石を投げるのは俺がやろう。正、お前は能力を使え」
「OKだ。さっと終わらせるか」
もちろん、この会話の最中男から目を離すようなことはしていない。こいつはどうやら、自分で鞭を振るった時だけ、もう一度攻撃するまでの待機時間をなくすことができるらしい。なるほど厄介だ、が。ならそもそも鞭を振らせなければいい。
「行くぞ!」
俺は一気に近づく。さあ、どう出る?
「ふっ!」
短い呼吸。男は横なぎに鞭を振る。高さはちょうど俺の胸の辺り。俺は素早くかがんで、スピードを殺さずに接近する。
「甘い!」
もう一度素早く鞭を振るう男。だが、2度目の攻撃はなかった。
「正!」
堂次郎の能力、五感の強化。自分の感覚が強化され、スピードは多少遅くても高い命中率の遠距離攻撃を繰り出せる。そして、
「おう! セカンドインパクト!」
正の能力、セカンドインパクト。これは事前に自分が加えた衝撃をもう一度加えることができるというもの。堂次郎に渡した石には事前に正が衝撃を咥えている。命中率が高い石に、速度が加わった。
突然飛んできた石が、とんでもない速度と精度で男の鞭が握られている手に命中した。この隙を逃すわけにはいかない。体重を乗せたパンチをーー
「くそ!」
男の手元が光る。それを確認した俺は慌ててスピードを殺し、後ろに飛ぶ。一瞬遅れて目の前を頭上から何かが通り過ぎた。なるほど、苦し紛れの攻撃ではあるが確かな攻撃だ。
だが、その攻撃方法ではある程度のクールタイムが生まれてしまう。それを逃すほど俺は馬鹿じゃない。
「今度こそ!」
「く、くそ! 神よ!」
「おらあ!」
一気に接近して、男の頬を殴り飛ばす。ふう、何とかなったな。
「やったみたいだな! おら、財布返せ泥棒!」
「......」
男は黙って黒い長財布を差し出してくる。飯野君には申し訳ないが、一応財布の中から学生証を探して本人のものか確認する。......どうやら、本人の財布のようだ。
「正、これは飯野君の財布みたいだよ」
「そうか。おい、お前は誰に頼まれてここに来たんだ?」
「......ふん、簡単に口を割るような奴が神に認められるとでも?」
「まあそれはそうだ。蔵介、清木教授のところへ連れていくぞ」
「オッケー。まあ三人もいたら抵抗しないでしょ」
「......その前に、蔵介。少し話したいんだが」
ここで、ずっと黙っていた堂次郎が声をかけてくる。どうしたんだろう?
「お前、変だぞ。さっきと違いすぎないか?」
「さっき? 別に、普通に一緒に戦って、一緒にこの人を捕まえたじゃないか」
「......正、どう思う?」
「いやまあ、確かに少し変だった気はするが......」
な、なんだろう。堂次郎の僕を見る目が少し険しい。何かを疑われているのかな?
僕が少し戸惑っていると、正がフォローをしてくれる。
「ただ、堂次郎。俺たちはさっきの様子が変だった蔵介に助けられているんだ。その時に蔵介が俺たちを襲ったのならともかく、そこまで目の敵にする必要があるか?」
「確かに考えすぎなのかもしれないが、俺たちの敵がはっきりしていないんだ。考えすぎて損することはないだろう」
「俺たちの敵は他の大学にいるんじゃないのか?」
「......おかしいんだよ。どう考えてもな。......おい、蔵介。お前は過去に何度能力者と戦った?」
「そ、そんなの分からない」
「分からないわけがないだろ!」
堂次郎が僕の胸倉をつかんでくる。え、え、え!?
さすがに正も黙っていられないようで、堂次郎の肩をつかむ。
「そこまでにしておけ、堂次郎!」
正の声が9号館に響く。コンクリートでできている校舎が正の声を反響させる。黙ったまま僕の胸元から手を放して舌打ちをしながら僕を睨んでくる堂次郎。
「......俺は少し防人を休む。確かに頭が熱くなってる。ただ、頭が冷えても蔵介が信じられなかったら俺は防人を抜ける」
今度は敵意ではなく、僕を防人のリーダーとして認識し、許可を得ようとするように力強く見つめてくる。
「......僕は元々お願いして入ってもらった。堂次郎の意思でやめてもらっても構わないよ」
「そうか」
確認することはした、という雰囲気を出しながら僕から顔をそむける堂次郎。一体、何があったのだろうか?
「......あ! おい、蔵介、堂次郎! 男が!」
「「!」」
このごたごたを見逃さず、男がいなくなっていた。くそ、やられた!
でも、財布は取り返せているし、なにより堂次郎としても僕から早く離れたいだろう。
「僕は清木教授に報告してくる。先に財布を返しに行ってもらっていい?」
「ああ、オッケーだ」
正が財布を受け取って堂次郎と一緒に4号館へと向かっていく。
「ふう」
二人の姿が見えなくなってから、僕は一息つく。堂次郎はどうしちゃったんだろうか。僕が何かおかしいことをしたのだろうか?
「......変、かあ」
何度も言われたセリフを自分で口にする。その言葉は誰にも届かず空へと消えていった。
「おい、堂次郎。流石に熱くなりすぎじゃないか?」
「......確かに熱くなっていたが、少し引っかかるんだ。今他大学が俺たち能力者を狙っているっていう状況だろ?」
「ああ、そうみたいだな」
「少しだけ話したが、相手が俺たちを襲うペースが速すぎると思ってな。蔵介は今日を除いて2回ほど能力者と闘っている。ほんの数日でこれだけの襲撃があるのもおかしいし、返り討ちに遭っているのにわざわざ襲ってくるのも分からない。さらに言えば、これだけのペースで襲ってきているということはそれだけ能力者がいるということでもあるだろう。それならわざわざ能力者を取り入れようとするメリットもないはずだ」
「......まあ、相手が急いでいる気がするし、急いでいたとしてその理由が分からないというのも分かった。ただ、なんで蔵介を疑っているんだ?」
「あいつが怪しいんじゃなくて、あいつの2重人格が怪しい。今日襲ってきた男が変だという話はしただろう?」
「ああ、あまり理解できなかったがな」
「財布が目当てならわざわざ待っているなんて言わなくていいわけだ。だが、飯野に書置きを残して、防人を呼ばせた可能性がある。さらに、蔵介は今日遅れてきた」
「まとめてくれ」
「要するに、『防人のメンバーがどの時間帯でもSOSにいつでも集合できるか』を確認したんだろう。実際に、朝倉は寝ているか知らんが来なかった」
「それだって毎回ではないだろう? それにこれからはどの曜日のどの時間帯なら対応できないか聞けばいいだけだ。堂次郎、それはいくら何でもこじつけだぞ」
「こじつけでもしないと敵の実態が分からないんだ。まあ、俺も完ぺきに蔵介が怪しいとは思っていない。だが、不安要素は消しておかなくてはいけない」
「じゃあ、早い話蔵介の過去を知っている奴に会いにいかないか?」
「......ふむ。そうなると、蔵介の過去を知っている奴というのは」
「白川だ。どうだ?」
「行ってみるか」
まとめた理由をまえがきで、ロードのうっとうしさとか短い話という風に書きました。それももちろん考えていますが、一番はアクセス数を稼いでいるのでは? と気が気ではなかったからまとめました。