桜の季節
『こんなになってしもたわ』
病床で、深く被ったニット帽を脱ぎながら祐二は苦笑いをした。
痩せこけて髪も眉毛もない祐二を見た俺は、一瞬言葉を失った。
祐二と俺は大学時代の同級生。
入学式の翌日、教科書の販売があることを忘れて現金を持って来なかった祐二に、金を貸したのが最初の出会い。
それからというもの、学校なんかそっちのけでナンパ・コンパ・麻雀・バンド・スノボ etc…
昔からの親友のように、何をするにも一緒だった。
『人の命って呆気ないもんやな』
祐二がポツリと呟く。
祐二が肺ガンに侵されていて、余命三ヶ月であるコトを祐二の母親から聞かされてた俺は、祐二に悟られまいと精一杯の皮肉を言った。
「アホか! オマエは殺したって死なへんわ!」
『そやな… 柄やないな』
「おう! 気合い入れてちゃちゃっと治せ!」
『オマエも死の淵から這い上がってきたもんな』
「そやで♪ オマエも病気ごときに負けんな」
俺は自分の闘病中に、こうやって祐二に励まされ前向きになれたコトを思い出しながら、余命幾ばくもない友の前で必死に涙を堪え普段どおりに明るく振る舞った。
『あぁ… でもオマエに頼みがあるねん』
「なんやねん? 俺に出来るコトやったら何でもやったるで」
『幸い俺は独身やし、もしものコトがあっても悲しませるのは親くらいや』
「…………」
『だけどな、もし俺が死んでも辛気臭い別れは嫌やねん。 昔のように皆でワイワイ飲んで騒ぎながら送り出して欲しいんや』
祐二は自分が肺ガンであるコトは知っているが、余命の宣告は受けていない。
でもなんとなく自身の体調の悪化で死期を悟っていたのだろう。
「しょーもないコト言うな! 病気を乗り越えて無事に退院したら、同窓会がてら宴会したるわ」
『解った(笑) おもいっきり飲んでやるから覚悟しとけよ!』
「任せとけ♪ 新地でもどこでも連れていったる」
それからというもの、出張のついでだと嘘をつきながら、毎週のように四国から大阪まで見舞いに行っては、学生時代の思い出話に花を咲かせた。
『また一緒にバンドしたいなぁ』
「祐二、オマエまだギター弾けるんか? 俺の歌は昔よりレベルアップしてるけど、オマエのギターは当時から怪しかったからな(笑)」
『アホか! 俺のクラプトンばりのギターセンスが理解できんのか?』
アハハハハ
これが祐二と交わした最後の会話だった。
俺は最後まで馬鹿な友達だったよな…
病気のコトは最初から知ってた
でも半年もよく頑張ったな
嘘ついててごめんな…
お通夜の会場は、生前に祐二が望んでたように数多くの友人を集め、まるでその輪の中に祐二もいるような錯覚するくらいの同窓会となった。
友人も皆、理解している。
空元気で無理に明るくして、泣いちゃいけない空気を作っていた。
「祐二… これでいいか?」
朝方、宴会が終わる頃…
寝ている祐二の前に、線香代わりのマルボロに火を着け、ビールで最後の乾杯をした。
一人で満足そうな顔して寝やがって…
そう言いながら、それまで堪えていた涙が溢れ出してきた。
葬儀が終わり外に出ると、桜が綺麗に咲いていた。
祐二…
これ、オマエが咲かせたのか?
ったく
毎年、桜を見る度に思い出せってか?
最後まで図々しい奴だな。
あれから10年か…
今年もまた、お前と花見したいから、マルボロと缶ビールを持って行くよ。