姉に最推しされています
俺は姉さんが好きだった。
御曹司として産まれ、父に高度な教育を強制され、母に多大な期待を押し付けられ。息苦しい世界の中で俺を愛してくれたのは姉さんだけだった。
姉さんは俺の全部を肯定してくれた。俺が何をしても否定しなかった。テストを満点を取ったときも。リレーで一位になったときも。絵画で佳作を取ったときも。名門高校に入学したばかりの一学年で、更に倍率の高い生徒会に選ばれたときも。
姉さんは誰よりも真っ先に駆け付けてくれた。姉さんは誰よりも褒め称えてくれた。満面の笑みで「凄いね」と喜んでくれた。屈託ない笑みで「流石だね」とはしゃいでくれた。
無邪気な姉さんが好きだった。純粋な姉さんが好きだった。困ったときは誰よりも心配してくれた。努力したときは誰よりも認めてくれた。失敗しても責めなかった。成功すれば称賛してくれた。狭い子供の世界の中で、姉さんは俺の支えだった。
いつの頃だっただろう。違和感に気付いたのは。本当は最初からわかっていたのだろう。違和感しかなかったのだから。
肯定される度に恐ろしかった。否定されないことに怯えていた。
だって姉さんは、あの人は一度も俺のことなんか見ちゃいない。俺の言葉に一喜一憂するあの人は、俺を通して誰かを見ていた。俺じゃない誰かを俺に重ねていた。姉さんが必要としているのは俺じゃなかった。姉さんにとって俺は俺じゃなかった。
成長した俺を父が認めてくれた、母が賛してくれた。けれど姉さんは変わらなかった。姉さんだけは変わらなかった。あの人だけは一度も、俺自身を見てくれはしなかった。
▽▽▽
「ほんと仲良いよな、お前ら」
生徒会長の涼太が言った。歯に衣着せぬ彼が今は煩わしい。
「理想の姉弟って感じだよね」
副会長の大輝が言った。溌剌した口調が姉を思い出させて苛ついた。
「羨ましいな~、憧れます~」
書記長の湊が言った。間延びした声に腹が立つ。
「そんなんじゃねえよ」
そんなんじゃないんだ、本当に。姉さんが見ているのは俺じゃない。姉さんが求めているのは俺じゃない。
あの人は俺を通して何かを見ている。
姉さんは俺が「こうである」という認識を持っている。間違っていないけれど、正しくもない認識を。
ねえ、姉さん。俺、オムライス好きじゃないよ。
昔姉さんが俺のために作ってくれた料理がオムライスだった。焦げて張り付いた卵も、固くなった米も、味だって酷かったけれど。それでも嬉しかった。一人でいた俺を姉さんだけが構ってくれたから。俺のために作ってくれたことが、それだけで嬉しかった。
でも姉さんは違う。俺が「オムライスが好き」だって確信を持っていた。初めて作ってくれた時だって「夕くんはオムライスが好きだよね」って。
姉さんが見てるそいつはオムライスが好きだったんだな。そう思う度に俺は喉が絞まって、目の奥が熱くなる。あの日オムライスを作ってくれた姉さん。俺のために作ってくれたって嬉しかったのに。本当は俺じゃなくて、俺を通して見ているそいつの為だったんだろう。
頭が痛い。胸が痛い。どこも痛くて泣きたくて。泣きそうになるのを耐える口角が震える。引き攣るそれを無理矢理緩めて表情を取り繕う。
姉さん、俺は、あなたの「見ている人」になれていますか。あなたが望む、あなたが「重ねる人」を、俺はちゃんと出来ていますか。少し反抗すれば嬉しそうに笑う姉さん。それがあなたにとっての「俺」なんだよね。
姉さんが俺を見ていなくても、あなたは俺の支えだった。例え俺を見ていなくても、真っ先に駆け付けて褒めてくれた。例え俺じゃない俺だったとしても、姉さんは俺に優しかった。
周囲の期待で圧し潰れそうだった俺を救ってくれたのは、俺を見てくれないあなたでした。
好きだった。幸せだった。知らなければ。知らないままでいられたら。
知ってしまった。知りたくなかった。どこか世界が遠退いた気がした。
全てを肯定することが優しさなものか。何も否定しないことが認容なものか。
姉さん、俺は。愛がこんなに憎いものだと初めて知った。
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