005 王都リィス/ユーフェミア/リルル村/リーシャ2
家の郵便箱を覗くと、一通の電報が届いていた。
宛名と差出人名だけが記された、奇妙な通知。これは昔決めておいた合図だった。
ユーフェミア。姓は無く、ただのユーフェミア。彼女は王族であり、彼女が送る電報は全て検閲されている。だから、本当に話したい事は、直接会って話すしかない。ユーフェミアは密かに通信機を持てるような立場ではないし、公の通信機は当然のように傍受されている。王族にプライバシーという概念はない。
正直に言うと、俺の家に電報を送るだけでも十分奇異なのだ。何か只ならぬ出来事が起きたに違いない。
「テレポート」
俺は王都のユーフェミアの部屋の中へとワープした。ユーフェミアの部屋は一応ワープ防止措置が講じられているが、俺を阻むことができるほど強力なものではない。そして、部屋の入り口には門番が立っているが、部屋の中に入ることは例外事態を除き認められていない。だから、いきなりユーフェミアの部屋にワープするのが、無謀のように見えるかもしれないが一番安全なのだ。
しかし、部屋の中にはユーフェミアは不在だった。その代わりに、バスルームから水の流れる音と、聞き慣れた鼻歌が聞こえた。どうやら、現在ユーフェミアは入浴中のようだ。不在時に立ち入ってしまうよりはましな結果だが、風呂から上がってくるまで暇なことに変わりはない。
「トランス・イリュージョン」
俺は周囲に仮装映像を展開し、俺の姿と声をユーフェミアに偽装する。これで、外から門番が覗いてきたとしても誤魔化すことが可能だ。
しかし、何をしたものか。そういえば、今日はまともな朝食をまだ食べていなかった。
俺は部屋の中で適当な食料を探す。その結果、ユーフェミアが非常食として保存している乾燥ピザが発見された。乾燥ピザとは、乾燥させて水分を抜き長期保存を可能にしたピザで、作るのは簡単だが、美味しく食べるためには高レベルで水魔法と火魔法を制御できることが求められる。
もちろん、俺はその条件を満たしていた。
乾燥ピザは、ピザ生地を薄く延ばした上にチーズとピザソースを敷き、その上にサラミやウィンナー、そしてハムやベーコンをトッピングしたシンプルなもの。
乾燥ピザを食べて、満足した俺は一旦家に帰ることにした。ユーフェミアの風呂は長く、時には数時間に渡ることもある。こんなところで待つより、家でのんびりしていたいと考えるのが人情だ。
「テレポート」
そういうわけで、俺はまたリルル村に帰ってきた。
しかし、冷静に考えると、俺は乾燥ピザを食べるためだけに王都にテレポートして、帰ってきたことになるのか。まあいい。乾燥ピザを食べたことで、俺が一度ユーフェミアの部屋に来たことは伝わるはずだ。他者の手に渡ると面倒なことになるので書き置きは残していないが、メッセージとしては十分なはずだ。
「ただいま」
「おかえりなさい、兄さん。朝食を用意しましたから、食べてくださいね」
リーシャの微笑みの圧力に勝てず、俺はもう一度朝食を食べる羽目になった。
リーシャが作った朝食は、マーマレードジャムを塗ったトースト。
ジャム単独で食べるよりは、トーストで中和されていくらかましになっていたが、「美味くはないが食べられる」の域を出るものではない。トーストの味や香りを良くするためにジャムを塗るのではなく、大量に生産され、大量に消費しなければならないマーマレードジャムを少しでも減らすためにトーストをわざわざ不味くするという、この手段と目的が入れ替わったような状態が物悲しい。
「お味はいかがですか?」
「まあまあだね。乾燥ピザと比べなければ最高だよ」
「ピザ?」
?マークを浮かべるリーシャを放置して、俺は朝食を食べ終えた。
リーシャとユーフェミアは仲が良いとは言えないので、ここで乾燥ピザの話題を出したのは失敗だった。
最強になっても、俺は人間関係の問題では昔同様に苦しんでいる。敵であれば即死させればいいが、敵でもない人間を攻撃するのは躊躇われる。それに、リーシャにせよユーフェミアにせよ、俺に好意を抱いてくれていることには変わりないのだが、好意の表し方が違うことで2人は揉めている。
隙あらば、ユーフェミアは俺に王国をプレゼントしようとする。
俺はいつも、「王国も富も名誉も権力もいらない」と言っているのだが、ユーフェミアは俺が遠慮しているだけと思い込んでいる。ユーフェミアの周りには、王国とそれに付随する諸々に価値を見出す人々ばかりが集まっていることを考えれば、ユーフェミアが俺の発言を信じないのも無理はない。
俺は面倒事が嫌いだ。だから俺は最強になった。
しかし、俺は美少女が好きで、1人の美少女よりも美少女ハーレムが好きだ。そして、美少女ハーレムを作るためには、山のような面倒事を乗り越えなければならない。
リセット前の俺は失敗してしまった。最強にはなったが、大事なものが何かを忘れてしまっていた。
今度こそは、皆を幸せにしよう。
俺は改めてそう誓った。