004 リルル村/オリヴィア
「おはよう。今暇かしら?」
教会で一仕事終えて、自宅に帰ろうとしていた俺は、背後から聞こえてきた耳慣れた声に反応して足を止め振り向いた。すると、そこには予想通りオリヴィアが立っていた。
オリヴィアは俺の幼馴染で、家も隣同士だ。幼い頃から家族ぐるみで付き合ってきたので、今では友人というより妹のような家族同然の関係となっている。
絹のようにふんわりと柔らかな長い金髪が肩の辺りで揺れている。つぶらな蒼い瞳は、小動物のように絶えず動き回り、何かを探している様子だ。昔はオリヴィアの方が背が高かったが、今では見下ろすのは俺の方だ。オリヴィアは動きやすい恰好をすることを好んでいて、今日は薄緑色のワンピースを着て、お気に入りのサンダルを履いていた。
個人的には、オリヴィアはもっとお洒落することを覚えるべきだと思っている。その逆に、
「ああ。暇といえば暇だな。何か用か?」
「ウチの井戸のポンプの調子が悪いのよ。もしかしたら、ウィルなら何とかしてくれるかもって思って……」
自慢ではないが、俺はステータスはカンストしているし、色々な魔法も使える。しかし、その中には井戸のポンプを修理する能力は含まれていなかった。
「井戸の修理人を呼べばいいだろう?」
「うん、呼びに行ってはみたんだけど、いつも修理人がいた小屋には誰もいなかったの」
俺は、この世界から男を全て削除したことを思い出した。井戸の修理人の大半は男だろうから、テレポートして世界中を探しても美少女の修理人が見つかるかどうかは怪しい。
自分で修理してみた方が良さそうだ。
「あまり期待するなよ?」
「ええ、分かってるわ」
「ウィッシュ:井戸を修理しろ」
俺はウィッシュの魔法を唱えた。目に見えない精霊に願いを叶えさせる魔法で、ちょっとした願いであればすぐに叶うようになっている。戦闘では役に立たないが、日常生活で困ったことが起きた時に使える便利な魔法だ。
数十秒後。井戸のポンプの修理は終了した。
「マジか」
「ウィルはすごいわね!いつの間にウィッシュなんて上級魔法を使えるようになったの?」
そういえば、ウィッシュも一応上級魔法だった。
魔法は下級魔法・中級魔法・上級魔法に分かれている。一般人でも使えるのは下級魔法までで、中級魔法以上を使えれば魔術師を名乗る資格が生まれる。
ただ、この分類外の規格外魔法も存在する。例えば、俺が多用しているエターナル・エターナルは世界でただ1人、俺だけが使える魔法だし、テレポートを使えるのも俺の他は片手で数えられる程度の人数だけだ。
まあ、この話は割とどうでもいいので、聞き流してくれて構わない。俺はほぼ全種類の魔法を使うことができるので、わざわざ魔法の分類について気にすることはない。
「今日からだよ。今日の俺は昨日までの俺とは別人なんだ」
「へぇ。そうなの」
興味がなさそうに相槌を打つオリヴィアを見て、俺は苦笑した。
オリヴィアは今も昔も相変わらずマイペースだ。
それがオリヴィアのいいところでもあり、悪いところでもある。
「今の俺は強くてニューゲームしてる2周目なんだ」と言っても、信じてもらえそうにない。
そう考えると、自然と笑みがこぼれてきた。
2周目を始めてから、心の底から笑ったのはこれが初めてだった。