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002 リルル村/リーシャ

 俺は柔らかいベッドの中で瞳を閉じている。

 深呼吸する。甘酸っぱいマーマレードの香りが胸一杯に広がる。

 懐かしい香り。

 

 ここは田舎の小さな村、リルル村。


 俺の故郷だ。

 

 特産品はマーマレード。

 収穫の季節になると、いつも飽きるほどマーマレードジャムを食べる羽目になる。


 起き上がり、カレンダーを見る。

 王国歴300年10月1日と記されているのを見て、俺はリセットに成功したことを確信する。

 リセットポイントと同じ日付。同じ場所。


 俺はリルル村の小さな家で、母のエリカ・妹のリーシャと一緒に暮らしている。

 1周目の時点では、この頃の俺はまだ弱かった。

 スライムやゴブリンのような雑魚モンスターとも熱戦を繰り広げていた。

 HPが0になることはなかったが、HPが減少する度に家に戻り、ベッドで眠ってHPを回復しなければならなかった。


 念のため、俺は自分のステータスを確認した。


LV   99

HP   99999

攻撃力 999

防御力 999

素早さ 999


 よし、大丈夫だ。

 魔法リストや装備一式も確認したが、問題はない。

 今すぐにでも、ラスボスを倒して世界を救うことができる。


 だが、それでは面白くない。

 俺は結果よりも過程こそが重要だと思うタイプだ。


 確かに、ラスボスが存在している限り世界を救うことはできないので、いつかはラスボスを倒しに行かなければならない。だが、それは今ではない。

 まず、世界中の女を俺のものにする。ハーレムを作る。ラスボスを倒しに行くのはその後だ。


 俺は自分の力を試してみたくなった。手頃な目標を探す。


 えっと、確かこの辺りに……あった!

 

 俺はサンドバッグを発見した。HP99999で、HPを0にしても自動で回復する、ラスボス以上の撃破難易度を誇る敵だ。いや、サンドバッグは攻撃してこないから厳密に言えば敵ではないのだが、そんなことは今の俺にとってはどうでもいい。


 仮にサンドバッグが急に進化して俺に攻撃してきたとしても、俺はあらゆる攻撃を反射するからダメージを受けることはない。


 サンドバッグを殴って特訓していたのも、今では懐かしい思い出だ。

「エターナル・エターナル 即死付与」

 サンドバッグを倒した。

 サンドバッグの倒し方として、最も簡単なのは耐性貫通して即死させることだ。


「おはようございます、兄さん。今日は朝から騒がしいですね」

 鈴を鳴らすような透き通る声が聞こえてくる。


 俺の部屋の扉を開けて、リーシャが現れた。

 俺の瞳に映るリーシャの顔は、記憶よりほんの少しだけ幼く見えた。リセットして実際に幼くなっているのだから当たり前だ。思わず見惚れて、まじまじと顔を覗き込んでしまう。


 先端までよく手入れされた、艶やかなコバルトブルーの髪。細かく生え揃った睫毛。やや釣り目気味の大きな、紅玉のような瞳。きれいに磨かれた白い肌。少女の真面目な性格を反映して、元々美しい外見はさらに磨き上げられている。


 服装は、いわゆるブラックゴシックドレスと呼ばれる黒一色のドレスだが、身体の線を隠すふんわりしたドレスを纏っていても、主に豊満な胸はドレスを押し上げて自己主張しており、スタイルの良さを隠すことはできていない。

 風に乗って、柑橘系の香りが俺の鼻腔をくすぐる。リーシャの甘い香りだ。


「おはようリーシャ。うるさかったか?すまない、ちょっとサンドバッグを倒していただけだから、気にしないでくれ」

 リーシャは軽いめまいを感じたように頭を押さえ、首を傾げた。


「兄さん、サンドバッグは倒すものではありませんよ?」

 そう言われてみると、そういうものかもしれない。

 少なくとも、俺はサンドバッグを倒すために世界をリセットしたのではない。


「まあ、細かいことは気にするな。今日の朝食は何だ?」

「兄さんには好きなものを選ばせてあげます。選択肢は3つです。以下の3つから選んでください」

・マーマレード

・マーマレード

・マーマレード


 俺の前に表示されるメッセージウィンドゥ。もちろん、これはただのギャグだ。

「んー、どのマーマレードにしようかな?」

「私のおすすめは1番下のマーマレードですね。私が愛情を込めて兄さんのために作りました!」

 リーシャが笑顔でおすすめしてくれたので、特に反対する理由のない俺は素直に一番下のマーマレードを選択する。

「ちょっと特別な味付けにしてみたんです」

 そのセリフを聞いて嫌な予感がしたが、今更選択は取り消せない。

 そういえば、1周目の世界でも、俺はこの過ちを犯した気がした。

 もう一瞬早く思い出したかったよ……。


 リーシャ製特製ジャムを食べた俺は青い顔で倒れていた。

 教訓。リーシャが愛情を込めて作るジャムには気を付けろ。これは攻撃ではないので反射できない。HPを削ることもないし、状態異常でもないが死ぬほど苦しむ羽目になる。

「ごっ、ごめんなさいっ!私のせいで……」

 リーシャが薬瓶を持って駆け寄ってくる。薬瓶の中にはシロップが入っている。

 

 あれ、俺はこの光景を前もどこかで見たような気がする。

 デジャヴだといいなぁ。

 そんな俺の願いも虚しく、1周目と同じようにリーシャは俺の口にシロップを流し込む。


「ぐふっ」

 俺は致命的な精神的ダメージを受けダウンした。リーシャの作る薬は、効力は高いが恐ろしく不味いという文字通り致命的な欠点があった。いくらステータスをカンストさせても、シロップの不味さには勝てなかった。辛みと苦みの上に不自然な甘みを大量に添加した感覚を味わいながら、俺は数分前の愚かな判断を呪っていた。


 リーシャの夢は2つある。1つはお兄ちゃん(俺のことだ)と結婚すること。もう1つは、薬師になることだ。

 1つ目の方の夢は喜んで叶えてやろう。

 だが、もう1つのの夢の方は、諦めてくれないと俺の精神が耐えられそうにない。


 ラスボスとの戦闘よりも、ラブコメ展開の方が俺に深手を負わせることができるのだ。

 

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