第25話 〝夜天セイラ〟
――――ずっと守ってあげなくちゃと……そう思っていた。
◇
だけど――。
◇
星刃と星良。
セイバが弟で、セイラが姉。
だが、セイバとしては双子に上も下もないと思っていた。
先に生まれたといっても、ほんの誤差だろう。
ほとんど同時に生まれたのだから、対等な関係であるべきだ。
やたらと姉ぶりたがらセイラに対して、セイバはずっとそう思っていた。
セイバの一見冷たいようにも見える性格は、いつも過剰に構ってくるセイラの影響で形成されてしまったのかもしれない。
しかし、セイラの言い分としては順序が逆だ。
セイバは昔から、周囲にあまり興味を示さない子供だった。
姉として、それが心配で心配で堪らない。
セイバは誰かと仲良くなれるのだろうか? みんなの輪に入れるのだろうか? 将来大切な人を見つけられるのだろうか?
もしもずっと彼が一人だとしても、姉である自分だけは、一生彼を見放さないと決めていた。
セイラは、生まれながらにして『姉』だった。
セイバとはいつも一緒。
いつだって彼のことを気にかけていて、彼女の人生は弟を中心に回っている。
ずっとそれでいいと思っていた。
だけど――。
◇
セイバが変わり始めたのは、ある出会いがきっかけだ。
灼堂ルミア。
彼女に出会ってから、セイバの人生は彼女が中心になっていった。
嬉しいと、思った――はずだった。
いつも冷めていた弟が、ルミアのことになると熱くなる。喜ばしいことのはずだった。彼にもやっと大切な人が見つかったのだから。
それをずっと、姉である自分は心配していたのだから。
――――いいや、それは少し嘘だ。
◇
それから月日が過ぎていった。
相変わらずセイラは過剰にセイバの面倒をみたがって、少し鬱陶しがられてしまってもめげないで、そうやって何時も通りに過ごしていた。
セイバがルミアと共に過ごすようになって、少しだけ自分が除け者にされたような気がして寂しかったけど、それは表に出さないようにした。
だって、『姉』だから。
自分は彼を見守り、導くと決めていたから。だから下らない独占欲で彼に失望されるのが怖かった。
そして。
――――そうやって自分を騙し続けていた日々に、限界がきた。
《鮮血の遊宴》。
セイバの親友であったロウガが命を落とした事件。
あの事件の際、セイアはルミアがずっと隠していた衝動を知った。
殺人衝動――およそ許容できるはずもない異常。セイラは、それを知った時、セイバと思い切り意見が分かれた。
――――もう、彼女とは会わない方がいい。
姉として、家族として当たり前の意見だと思って、セイラはそう言っていた。
しかし、セイバは聞かなかった。セイラの言うことなら、なんでもいい加減に頷く彼が、絶対に首を縦に振らなかった。
その時、セイバとセイラは騎士と魂装者のパートナーを解消する――どころか、家族の縁を切るかどうかの大喧嘩にまで発展した。
『どうして……!? どうしてお姉ちゃんの言うことが聞けないの!? 人殺しなんだよ? なんでそんな子のことを、セイバが面倒見てあげなくちゃいけないの? 幸せになれないのは分かりきってるでしょ? それどころか、どれだけ危ない目に合うかもわからない……そんなの、絶対許せないわ……ッ!』
思い切り、抱えていた気持ちをぶちまけたことがあった。
『――――綺麗だって、思ったんだ』
同じくセイバも、本音をぶつけてくれた。
『あいつはおかしいよ、壊れてるよ、人を殺したいなんて変だ。俺は絶対、そんなこと許さない。人を傷つけるのは嫌だ。傷つけるのも傷つけられるのも嫌いだ……俺とあいつは、きっとどこまでも正反対だよ。俺はどこまでも普通で、あいつはどこまでも壊れてる……一緒になっちゃいけないのもわかるよ……それでも、……それでも、俺は、あいつのことを綺麗だって思ったんだ……どうあっても、俺はあいつが好きなんだよ……ッ!』
――弟が泣き叫ぶのを、初めて見た。
普段から冷静で、自分のことを多くは語らない彼が、本気で気持ちを話してくれた。
その時、セイラは気づいてしまった。
――同じなのだ。
セイラが弟に向ける気持ちと、セイバがルミアへ向ける気持ちは、とてもよく似ている。
セイラだって、仮にセイバが最悪の殺人鬼だったとしても、彼を愛することをやめることはできない。世界中を敵に回しても、彼の味方になってしまう。
勢い余って、『あんな子と付き合うのなら家族の縁を切る』だとか叫んだが、そんなのは嘘だ。
仮に弟が殺人鬼を愛していても、それでも自分は『姉』なのだ。だから、セイバの味方をやめることなんてできない。
そして、もう一つ気づいたこと。
自分についていた嘘。
灼堂ルミアを、許せなかった理由。
それは、ルミアの異常性だけではない。
ただ単純に、弟を取られて寂しかったから。
でも、もう嘘はやめだ。
自分は『姉』だから。弟に愛する人ができたくらいで、自分の愛は変わらない。そんな生半可なものではないのだ、姉の愛は。優劣のつけようなどないが、並の恋人同士の愛などよりもずっと強いのだから。
弟が人生を賭して愛する者を見つけられたのなら、それは祝福すべきことなのだ。
◇
そうやって、セイバとセイラは、ぶつかり合って、様々な壁を乗り越えて、強くなってきた。
そんな彼らを、さらなる運命が翻弄する。
――セイラには、昔からずっと見ている夢があった。
その夢の中で、セイバとセイラは姉弟ではない。
姉弟ではないけれど、他人同士だった二人が、少しずつ姉弟のようになっていく、そんな夢。
別の世界での可能性のような、少しだけ配役が違う物語。
そこでセイバは、いつも藻掻いていた。
なにか絶望的な戦いに身を投じて、苦しんでいた。
そんなセイバを優しく包み込み、癒やしているセイラ。
夢の正体はわからない。
だが、セイラはいつもその夢のような在り方でいようと思っていた。
どんな世界だろうが、どんな可能性だろうが、セイバを守る存在で在りたいのは同じだからだ。
――そして、その夢の正体が判明する。
《並行世界》。
《主人公》。
別の世界での可能性。
セイラは、別の可能性においてはセイバの実姉ではなく、他人であり、しかしそこでもまたセイバの姉のような立場で、セイバを守り導いていたのだ。
その事実は、複雑なものであった。簡単には飲み込むことができない。
別の世界でもセイバと関係していることは素直に嬉しい。
だが――そうなれば、今の自分の気持ちは、どこまでが自分のものなのだろうか?
セイラは生まれてからずっと、セイバを守りたいという気持ちを抱えていた。
それはつまり、生まれた時から別の世界の可能性に引きずられていたということだろうか?
もしそうなら、この世界のセイラは、なに一つ自分で選んだ気持ちが存在しないということになってしまうのではないだろうか。
――――怖かった。
自身の存在が、足元から崩れていくような感覚。
その気持ちをセイバへ吐露した時、彼はセイラを抱きしめてこう言った。
『……関係ない。姉さんは、なにがあっても俺の姉さんだから。並行世界だとか、そんなのどうでもいい。生まれてからずっと俺の横で姉ぶってたのは、姉さん以外にいないんだから。俺の姉さんは、今この世界にいる夜天セイラただ一人だ』
姉さんと――そう、呼んでくれた。
いつもはずっと、『双子に上も下もないだろ』と言うばかりだったのに。
それだけで、自分の人生全てを肯定された気になれた。
それだけで、全ての不安が消え去った。
セイバがそう言ってくれるなら、それでいい。
◇
――――そして今。
セイバとセイラ、二人の気持ちは一つだ。
譲れない理由がある。
セイバはルミアのために。
そしてセイラは、弟のその気持ちを応援すると決めている。
だから――。
「――――《開幕》――――」
「――――《天之尾羽張・黄泉伊邪那美》――――」
魂と想いが重なり、二人は新たな物語を紡ぐ。
そこに込められているのは物語は――『異常』の否定と肯定。
異常の否定――つまりは、異能の無効化という形で発現する、異能殺しの魔力。
そして、異常を受け入れる者であるという矜持――つまり、灼堂ルミアの殺意を全て受け止めるという覚悟。
長大な漆黒の野太刀を構えるセイバ。無効化だけでは限界がある。それがわかっているが、しかしセイバの能力は他の能力に比べて成長する余地が少ないのだ。
素の能力が強力かつ完成されているので、《開幕》で伸ばす余地が残されていない。
そこでセイバは、『無効化能力』ではなく、魂装者の操作を強化することにした。
その一端が、先刻トキヤの右腕を仮想欠損させた高速換装斬撃。
そして――。
セイバが野太刀から左手を離す。
するとそこに、新たに黒い刀が出現した。
即座、セイバは刀を投擲。そこには漆黒の魔力が込められている。
触れれば魔力を食われる。それを理解しているトキヤは、刀を躱すが――既に野太刀を振り上げたセイバが迫っている。
高速換装だけではない。高速の追加武装創造。
《開幕》での能力強化に魂装者操作を組み込んでいる以上、セイバの魂装者を操る能力は圧倒的だ。
トキヤは素早く両剣を右回転させ加速、後方へ飛び退いてセイバから距離を取る。
彼もまた《開幕》を使っているのだ、やられっぱなしではいられない。
「《残留斬撃》――《起動》」
刹那、不可視の斬撃がセイバを襲った。
《残留斬撃》。
指定した空間の時間を巻き戻し、過去その空間で起きた自身の斬撃が纏っていた魔力を再生する。
それにより、突然なにもない空間から、過去の斬撃軌道をなぞった魔力が襲いかかってくる。
極狭い範囲ではあるが、空間の時間を巻き戻すという荒業。
魔力の外部干渉ができないというトキヤの通常時の制約は、《開幕》により超越している。
不可視かつ時間差――これを躱すのは不可能。
――そのはずだった。
「《闇夜天鎧》。――言っただろ、何もさせないと」
セイバの体を、黒い靄が覆っていく。
無効化魔力で編まれた、漆黒の鎧。
トキヤの不可視時間差斬撃が当たった部分の鎧は綻んでいたが、セイバ自身にはダメージは通っていない。
魔力が当たった分の無効化魔力は削れる。
それでも、これでセイバへの魔力攻撃は一度は確実に防がれることがわかった。
セイバもまた《開幕》により操れる無効化魔力の量が上がっている。
高速武装換装、高速武装創造による攻撃力の増加。
無効化魔力で編まれた鎧による鉄壁の防御力。
トキヤは再度痛感した。
――――夜天セイバは、強い。
よもや《開幕》を使ってもなお優位に立てないとは。
いいや、相手も同じことが出来るのだ。ならばお互いが強化されたところで、強化前の差が埋まる保証はないだろう。
それでも――彼だどれだけ強くても、トキヤは退く訳にはいかなかった。
そして、まだ諦めるには早すぎる。
互いに強化された状態ではあるが、この状態で試していないことがいくつも残っている。
ただ強化されただけではない、外部干渉の制限を超えたことで、トキヤが使える技は格段に増えているのだ。
(まずはあの鎧を剥がないとな……)
トキヤの切り札の一つ――《クロノ・デストラクト》。
《アクセラレート》でも《ディセラレイト》でもない、時間停止。
通常時でも、トキヤは魂装者を破壊することにより時間を停止させることができるが、当然《開幕》時には停止範囲、停止時間、停止対称の幅、どれも強化されている。
ただし、魂装者を破壊しなければならない条件は同じ。
切り札ではあるが使い所が難しい。
そして、この技は強力ではあるが、セイバ相手では通じにくい。
なぜなら今のセイバは常に無効化魔力に覆われている。恐らくあの状態では停止は通じないだろう。
だが、無効化魔力は通常魔力を吸収すればその分消費されていくことはわかっている。
つまり、あの鎧を削いでいくことは可能、鎧を剥ぎ取り、そこへ攻撃を叩き込む。
停止を使うにしても、まずは鎧の無力化が先決。
(……いや、違うな)
鎧を剥ぎ取る方向でばかり考えていたが、攻略方法をそこに絞る必要はない。
勝利への道筋は一つではないのだから。
トキヤはリングへ剣を突き立て、床をくり抜いた。
両剣を一瞬手放す。岩塊を手にして、そのままセイバへ投げつける。不慣れな左手での投擲だが、軌道はセイバを捉えている。
同時、両剣を拾い上げると、左右へ一度ずつ回転させ、セイバへと駆け出す。
自身へ『加速』を。
投擲した岩塊を『減速』させる。
投擲した岩塊を抜き去って、セイバへ肉薄。
左手一本でセイバと切り結ぶ。
が、当然片手で勝てるはずもない。一度斬りつけ、即座に横へステップ――この動作と並行して、自身の体で隠していた岩塊の『減速』を解除、そして『加速』。
自身の肉体で岩塊を隠すのは、近接戦闘において相手の攻撃の陰に自身の攻撃軌道を隠したり、自身の衣服等に攻撃の軌道を潜ませる技術――空手における『簾』の応用。
「――ッ、」
セイバが目を見開く。
ここまでの戦いで、初めてセイバを出し抜いた。
魔力無効化の鎧では、岩塊の『加速』を打ち消したところで、岩塊自体を止められない。
岩塊が宿した運動量は、魔力による肉体強化を用いてトキヤが投擲を行ったことで生まれている。
投擲の方法自体に魔力を使っていても、岩塊の勢い自体は『ただの強大な膂力で投げられた』ものと差異がないのだ。
魔力無効化を破る方法はシンプル――強力な物理攻撃だ。
「ごッ、はぁ……ッッッ!」
セイバの腹部へ巨大な岩塊が直撃した。
直前、セイバは鎧を消失させ、通常の魔力防御に切り替えた。それでも、肉体強化して投擲した岩塊だ、半端な魔力防御の上からでもダメージは通る。
現在セイバは、生身に思い切り強烈な打撃を浴びたのと同等のダメージを受けているだろう。
つまりは、クリーンヒット。
『セイバ選手、倒れたぁ――――ッッッ!!
ここまでトキヤ選手は防戦一方だったが、ここで一気に逆転かぁ――ッッ!?』
「逆転? ちげえな」
倒れゆくセイバへ向かって斬りかかるトキヤ。
現在、セイバの体を覆っている魔力はない。
無効化魔力も通常魔力も張られていない。ダメージを受けた直後で完全に無防備。
逆転ではない――ここで終わり。
「……強かったぜ、セイバ……今まででやった相手で、一番強かった」
去年戦った真紅園ゼキよりも、強かった。
だが、今年の真紅園ゼキは《開幕》を習得しているはずだ。
つまり、恐らくは今のセイバよりも、さらに強いはず。
だから止まれない。ここでは負けられない。
――――主役の座は、返してもらう。
黒宮トキヤは、もう誰にも負けない。
刃堂ジンヤにも、真紅園ゼキにも、誰にも――――。
そして、両剣が振り下ろされ――――――――。




