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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/下 ■■■■■■/■■■■■■
97/164

 第24話 今までずっと、これからはずっと/黒宮トキヤVS夜天セイバ


 ――――ずっと守ってもらうんだと……そう思っていた。


 ◇


 だけど――――。


 ◇


 

 黒宮エコは、妹だった。

 

 黒宮トキヤは、兄だった。


 何も特別なことはなかったのだ。

 トキヤは当たり前のように、エコを守る。

 エコは当たり前のように、トキヤに守られる。


 ずっとそういう在り方だった。


 だが、エコは想う。



 ――――――本当に、それでいいの?



 ◇




 漆黒と蒼銀の刃が激突する。

 即座にトキヤが相手を重ねた刃とは逆方向から伸びる刃を跳ね上げて次撃を放つ。

 二刀とは異なる両剣独自の攻め方だ。一刀よりも連撃には優れ、なおかつ常に両手で扱っている分、二刀よりも力を込められる。

 一見すると二刀と一刀のいいとこ取りに思えるが、無論そんなはずはない。仮にそうならこの形状を模倣しようとする魂装者アルムが現れるはずだが、そうはなっていないのは、あまりにもこの武器が扱いにくいからだ。

 少しでも操作を誤れば、刃は己に突き刺さる。常に自身へ刃が当たらないように注意を払わねばならない。

 その莫大なリスクを背負ってでも、トキヤはこの形状に拘る理由がある。

 それは精神的な拘りではなく、シンプルな実利ゆえだ。


 逆方向の刃を跳ね上げた斬撃。

 セイバは柄頭で迫る刃を叩き落とした。

 恐ろしく精緻な運剣。柄での防御ですら難しいはずだが、柄頭となると『点』を当てなければならない。突きを命中させるのが難しいように、その難度は高い。

 さらに柄頭という普段よりも使用頻度が低い部位を扱う動作となれば、その難度はさらに高くなるだろう。

 刃堂ジンヤさながらの剣技の冴え。

 セイバは勝ち上がった場合、ジンヤと剣戟を繰り広げなくてはならないのだ。

 それを考えれば、これくらいはやってのけて当然。


 柄頭で刃を弾いたことで、トキヤは僅かに仰け反っている。そしてこちらは、依然として刀を振り下ろせる状態。


 セイバは素早く振り下ろしを放つ。



 ――――入った、と思った。



 が、トキヤは咄嗟に右手を両剣の柄から離し、手の甲で刀を弾いてみせる。

 トキヤの右手は、両剣と同じく蒼銀のガントレットに覆われている。

 かぁん、と金属音が響いて、漆黒の刃が弾かれた。

 セイバの体が、左へ流れる。

 トキヤはその隙を逃さず、少々崩れた体勢からも強引に、左手一本で両剣を横薙ぎに振るった。


 今度はトキヤの方が、攻撃を加えたと確信した――だが。





「――欲張ったな」


 刹那――セイバが足を真上へ振り上げ、トキヤの顎を蹴り抜いた。





『直撃ィ──ッ! 開幕直後、高速の近接戦闘!! オープニングヒットをもぎ取ったのは、夜天セイバ選手ッッ!』


『さすがだな。二人とも優勝候補だけあるぜ、近接での練度が群を抜いてらァ』


 実況が叫び、第一試合に引き続き解説を務めるソウジも感心の滲んだ声を漏らした。


「痛ゥッ……効くじゃねえかクソ。足癖わりぃぞ」

「体勢が崩れたままもう一撃を狙ったのは判断ミスだな。あそこは後方に下がって立て直すのが正解だ」

「ご教授どーも、嫌味な野郎だ……」


 ぺっ、とトキヤが赤い塊を吐き出した。

 セイバの一撃で口の中を切ったのだろう。

 一発もらってしまったが、それでもトキヤの闘志は少しも萎えていない。

 そしてセイバもまた、先制をしたことによる慢心は一切見えない。


 口端を少し吊るトキヤ。一手誤れば敗北へと突き進むぎりぎりの緊張感。

 敵は強い。だからこそ、超える価値がある。強敵と戦えることへの感謝、勝負の緊張、様々な感情が入り混じった笑み。

 対してセイバの表情はどこまでも冷たい。戦い対するあらゆる感情は余分、必要なものは、勝利を導く思考のみ。機械仕掛けのように正確に、余分を削いだ顔。

 

「先手は取られたが……こんくらいでいい気になんなよ?」

「そう見えるか?」

「……っるせえな……見えねえよ! 次は上げてくぜ――《クロノ・アクセラレート》」


 両剣を右へと回転させる。

 時計の針を進めるという意味を持つモーション。

 トキヤの術式が発動する。

 概念属性《時間》による、加速術式。トキヤの肉体時間が倍速となる。


「…………さて、ついてこれっかァ?」


 踏み込んだ刹那――トキヤの体が霞んだ。


『出たぁ――ッ! 黒宮選手の自身を倍速にするという驚愕の技! 時を操るという希少かつ強力な力を前に、夜天選手どうでるッ!?』




(……セイラ、いけるな?)

(もっちろん! それから、セイラじゃなくて、『お姉ちゃん』ね?)

(こいつに勝ったらいくらでも呼んでやる)

(ほんとぉー!? お姉ちゃんテンション上がっちゃう~)




 セイバは思考会話で自身の魂装者アルムであり双子の姉である夜天セイラと言葉を交わす。


「――――《魂装転換コンヴェルシオン・アルム》」


 加速したトキヤに対し、セイバが取った手段。

 まず武装変換により、二振り目の刀を出現させる。同時、その刀をトキヤへ向けて投擲。



 突然の投擲、スピード優先で一直線に猛進していたトキヤにこれを躱すのは至難だが――



(《思考加速ブレインアクセル》――――ッッ!!)




 ジンヤが《疑似思考加速ブレインアクセル・エミュレート》としてこれまで何度も使用してきた技の本家。

 肉体のみの加速からさらに範囲を絞り、思考のみを加速させる術式。


 引き伸ばされた時間の中で、トキヤは投擲された刀を正確に見切り、弾き飛ばす。

 両剣によって刀を弾き、後はさらに踏み込みセイバを斬るのみ――そう思った瞬間だった。


(あ……? なんだ?)


 体が重く感じる、自分が急激に遅くなったような、セイバがいきなり速くなったような、そんな違和感。

 いいや、違和感などではない、事実としてこちらの速度が減じている。

 なぜ、という疑問がトキヤの頭の中を埋め尽くした時だった。

 トキヤが動揺した隙に肉薄を終えていたセイバの刃が放たれている。


「――チッ、」


 堪らず防御。瞬間、重ねた刃から黒い靄が纏わりついてくる。

 その正体は、セイバが持つ『無効化魔力』。これに触れれば、魔力はその力を発揮できなくなる。

 先程加速が解かれてしまったのは、投擲してきた刀の方にも無効化魔力が仕込んであったからだろう。咄嗟のことで防御してしまったが、あれには触れてはいけなかった。


 


「加速は封じたぞ、お前が持ってる剣技だけで俺を倒してみせろ」

「上等ッ、やってやるよッ!」

 

 トキヤは黒い靄が触れた刃とは逆側の振って、横薙ぎに一閃。

 刀を立てて防がれる――が、これでいい。


「……、……?」


 一瞬怪訝な顔をするセイバを見て、トキヤは笑みを漏らすのを堪えた。


 後方を跳躍。防御に気を取られ、一瞬魔力制御が遅れたのだろう、黒い靄はこちらへ追いつけていない。

 この状態なら、術式は発動する。素早く両剣を右回転させ、加速。

 無効化魔力に触れてしまえば解除されるが、全て躱せばいいだけのこと。


 加速した状態で、間合いを幻惑するような緩急をつけたステップを小刻みに入れる。

 通常時でさえ相手の攻撃タイミングをズラすことができるそれは、加速を組み合わせることでさらに凶悪になる。

 ――だというのに、


「――ッ!」


 息を呑むトキヤ。

 セイバは正確にトキヤの動きを見極め、捉えた斬撃を繰り出してきた。さすがは《天眼》系統の剣士であるのランザから教えを受けているだけはある、動きを観察し、見切る技量が特に高い。

 だが、これでいいのだ。

 トキヤは一つ、罠を張っていた。

 先程の交錯、加速を封じられた後に、トキヤが一度セイバへ攻撃を加え、その後セイバが怪訝な表情をするという一幕があった。

 あの攻撃、明らかに次に繋がらない不自然な一撃だった。

 あれは――ただ当てるだけでよかったのだ。


 布石は既に打たれている。






 トキヤは両剣を『左』へ回転させた。右回転が加速。左回転は減速。


「《遅延起動ディレイブート》――《クロノ・ディセラレート》」






 トキヤ対ランスロット、攻撃が通じぬランスロットを減速させ、リングアウトで倒すという策を見せた。

 あの時と同じだ。

 次に繋がらない不自然な一撃は、『減速』の術式をそれとわからぬように仕込んでおくため。

 一度の攻撃のみなので、『停止』へ追い込める程の仕掛けは打てていない。

 だが、たった一瞬――ほんの僅かな減速、それだけで充分。

 騎士の近接戦闘は高速のやり取りが繰り広げられる世界、そこでの一瞬の遅れは確実に致命へ繋がる。


 ここまでセイバにやらっぱなしだった。

 だが、この一手で一気に逆転――どころか勝負を決める。


 『減速』を発動させると同時、セイバへ斬りかかるが――、






「――――読めていたぞ・・・・・・





 刹那、セイバがほんの僅かに笑みを浮かべた。

 戦いを楽しむ笑みではない。

 仕掛けた罠へ獲物が掛かった狩猟者の笑みだ。

 それでいて、油断はなく、ただ冷徹に罠に掛かった獲物を仕留めるために、微量の笑みすら消して、狩猟者は動く。


 直後、からん――……と澄んだ金属音が響いた。

 床に何かがぶつかった音。その何かとは、トキヤの両剣だった。

 トキヤの手から両剣が落ちていた。

 一閃――斬られている。

 セイバは既に斬撃のモーションを終えており、トキヤは右腕を斬られていた。

 仮想欠損によって使用不能になった右腕。



『な、な、なにが起きたあ――っっっ!?!?

 トキヤ選手が、ランスロット選手を倒した際に見せた「減速」の力を発動し、勝負を決めにかかると思いきや! 

 直後、トキヤ選手が斬られている――――っっっっ!?』




(なにを、された……ッ!?)




 トキヤは咄嗟に落ちた両剣を蹴り上げ左手で掴み、怯えた獣の如き勢いで後方へ跳んだ。


(なんでオレがやられてる……? 《減速ディセラレイト》が発動しなかった……? んなわけねえ、確かに仕込みは出来てたし、そこに気づいていない以上、無効化を使うタイミングなんてなかったはずなのに……、)



 そこまで考えて、トキヤは気づいた。

 『気づいていない』と、そう考えていたが。



(ま、さか……)


「理解が追いついたか?」

「…………さっきの顔、演技・・か」


 トキヤの不自然な一撃の際、セイバは怪訝な表情を浮かべた。

 あれはトキヤの攻撃意図が理解できてない故の表情――ではなかった。いいや、正確にいえば当初はそうだった。だがあの顔を浮かべた直後、セイバはトキヤの意図を看破した。

 が、そこで表情を変えずに、そのまま理解できていないと錯覚させるため、意図が読めたことは一切顔に出さなかったのだ。

 そして騙しきった。

 『減速』が仕掛けられたこと読めていないと、トキヤに思い込ませた。


 そしてトキヤが『減速』を発動させた瞬間、無効化を発動。減速術式を潰す。仕掛けられた場所、そして仕掛けられたという事実がわかってさえいれば、トキヤがいつそれを使うかは読める。

 そして、それを使う時、トキヤは必ず油断する。

 これはもはや練度の問題ではなく、ただ当たり前の人としての習性。

 トキヤに落ち度はない。




「お前が致命的なミスを犯した訳じゃない、ただ読み合いじゃ俺が上だっただけだ」




 トキヤは『減速』によって勝負を決めようとしていた。

 勝負を決めに行く以上、彼は攻勢にでなければならない。

 それは勝利のために必要なこと。

 そして、セイバは確実にトキヤが攻勢に出るタイミングで、避けられない一撃を叩き込んだ。


 セイバの武装が、長大な野太刀になっている。


 先刻も見せた高速の武装換装。

 一刀からの二刀ではなく、握っていた刀を変化させ、リーチを一瞬で伸ばしたのだ。

 

 これまでも高速の武装換装を扱う選手はいた。

 だが、攻撃のモーションに合わせて武器を変化させるというような扱いまでしたのは、セイバが初めてだろう。

 高速換装は、ただそれだけでも魂装者アルムの高い練度が求められる。

 そして、攻撃動作中に高速換装を行うとなれば、ただでさえ高いそれの何度はさらに桁違いに跳ね上がる。

 騎士と魂装者アルムの呼吸を完全に合わせ、極限の集中を持ってやっと成し遂げられる技だろう。


《どう? お姉ちゃんさすがでしょ?》

「……ああ、生まれた時から一緒なだけあるな、俺達」


 セイバにしては珍しい、柔らかい笑みだった。

 夜天セイラ。

 双子の姉。生まれた時から、二人はずっと一緒だ。並の騎士と魂装者アルムとは比べ物にならない時間、共に過ごし、互いを理解した二人の絶技。

 セイバの読みと騙しの技術、セイラの魂装者アルムとしての凄まじい練度。



 ――――負けるのか。


 トキヤの脳裏に敗北の二文字が過る。


 右腕を失った。

 両腕健在の状態でさえ、セイバには押されていたのだ。

 こうなってしまえば、もはや確実に近接の戦闘では勝ち目がない。しかし、トキヤには遠距離戦闘の手段がない。

 トキヤは、ジンヤと同じように外部へ魔力を干渉させることができないのだ。

 ジンヤのように、魔力神経自体に問題がある訳ではないのだが、《時》の魔力は扱いが難しく、自身の肉体以外へ干渉させる場合、両剣を直接触れさせる必要があった。


 トキヤの特性をよく知る者なら、こう思うだろう。

 この試合はもう決まった。

 近接戦闘しか出来ないトキヤの右腕が封じられたのだ。ここからトキヤが勝つのは、万に一つもあり得ない。


 ――その時、トキヤは見た。


 観客席最前列にいる彼女を。

 最愛の幼馴染にして、永遠の宿敵である少女――雪白フユヒメを。

 信じている顔だった。

 この絶望的な状況で、今もなおトキヤの勝利を信じている。勝利への疑念が皆無ではないだろう。フユヒメだってわかっている。彼女は誰よりもトキヤを知っているのだ、だからこそ、今の状況がどれだけ詰んでいるかもわかっている。

 祈るように、苦しそうな顔で、それでも目を逸らさずに、勝利を願って戦いを見守っている。


《――――お兄ちゃん……》


 魂装者アルムである妹のエコが口を開いた。


「……どうした、エコ。不安そうな声出して、そんなに心配か?」

《ううん、全然? お兄ちゃんは……私達は勝つよ。だから、やろう?》

「……仕方ねえな、やるか……」



 トキヤは自身の魂装者アルムである蒼銀の両剣――《凍刻の蒼刃フリーレン・ツァイト》をリングへ突き立てた。




《――ねえ、お兄ちゃん……私ね、ずっと思ってたことがあるの》




 ◇


 ――――ずっと守ってもらうんだと……そう思っていた。

 

 黒宮エコは、昔から兄のことが大好きだった。

 兄のトキヤは、ずっとエコを守ってくれる、大切にしてくれる。

 その可愛がり方は少しばかりおかしい。度を超えていると思うこともある。

 けれど、仕方のないことなのだ。

 そこには少々普通の兄妹とは異なる事情がある。


 ――エコは魂装者アルムとして特異な力を持っている。

 彼女もまたトキヤと同じく《時》を操る力を持っているのだ。

 それゆえ、その力を狙う者は多い。


 トキヤの両親もまた、騎士と魂装者アルムであり、彼らはそんな者達からエコを守ってくれていた。

 


『――トキヤ、お前はお兄ちゃんなんだから、エコを守ってやらないとダメだぞ?』


『あったりまえだろ、父さんに言われねーでも死んでも守るよ』



 死んでも守る――トキヤは当たり前のように、そう口にした。


 父親とは、そんなやり取りをよく繰り返した。


 ――――あの時もだ。


 父が死ぬ直前、あの時も――。



 ◇



『……父さん! おい、なんでだよ! ふざけんなよッ! 開けろ、開けろよッ!』


 父の仕事場でもあった研究所。

 ロックされたゲートを何度も何度も叩きながら、トキヤは叫び続けた。


 この向こうには、騎士である父とその魂装者アルムである母――そして、エコの力を狙った襲撃者がいる。

 父はトキヤとエコを逃がすために、命を賭して戦うつもりだ。



『さっさと行け、トキヤ。親は子供も守るものだ。……そして、兄は妹を守るものだと、何度も教えてるだろ? 俺の教えを破る気か? それでも俺の息子か?』



 その言葉に宿る覚悟。

 そして、これまでずっと父が口にしてきた教え。

 それを考えれば、もうトキヤには何も言うことができなかった。

 涙を飲んで、駆け出した。



『おにいちゃん……? おとうさんとおかあさん、置いてっちゃうの……?』


 不安そうな声で聞いてくるエコの疑問には、答えられなかった。



 ――死んでも守る。

 トキヤはそう誓っていた。

 それなのに、その力はなかった。今のトキヤが戦っても、ただ無駄に死ぬだけだ。

 ただ死ぬだけで、何も守れない。


 そして、両親はそれを――『死んでも守る』を、やり遂げた。


 父と母が死んで、トキヤとエコは、守られた。


 ◇


 エコが生まれた時のことを、よく覚えている。

 トキヤの最初の記憶は、生まれたばかりのエコの小さな小さな手が、自身の指を握った瞬間だった。

 その時、トキヤは誓った。

 子供ながらに、固く誓ったのだ。

 自身は兄になった。

 だから彼女を――妹であるエコを、あらゆる困難から守りきろうと。


 ◇



 エコの最初の記憶は、トキヤに守られたこと時のこと。

 勢いよく吠える犬に怯えたエコの前に、立ち塞がる兄の背中の頼もしさが焼き付いている。

 兄はずっと、自分を守ってくれる。

 そのこと自体は嬉しいし、兄のことは大好きだ。


 ――――だけど。


 ――それでいいの?



 ◇


 エコの中に疑問が浮かんだのは、兄がある出会いをきっかけに変わっていったからだ。

 

 雪白フユヒメ。

 兄の目的。

 兄の憧憬。

 兄と共に歩む者。

 

 両親の死後、一度は雪白家に引き取られた黒宮兄弟。そして、エコはフユヒメの魂装者アルムになる予定だったのだ。

 規格外の力を持つフユヒメに、さらに時を操るエコの力が加われば。周囲の大人達はそう考えたのだろう。

 しかし、トキヤはそれに反発した。

 エコを守るのは自分だと。その役目は、誰にも渡さないと、そう吼えて、フユヒメに何度も挑んでいった。

 そうやって、周囲を捻じ伏せて納得させ、エコの魂装者アルムの座を勝ち取り、フユヒメと二人でエコを守るという、今の形を手に入れたのだ。


 兄には何度も守られた。

 その度に、エコの中である一つの疑念が大きくなっていく。





 ――――本当に、これでいいの?


 守られるだけで、いいの?


 ただ守られてるだけで、いいの?


 



 ――――――いいわけ、ないよ……ッ!





 生まれた時から、守られ続けていた。

 守られるだけは、もう嫌だった。

 守られるだけの弱い存在ではいたくない。

 弱いままなら、失い続けるだけだ。

 あの日のように――両親を失った日のように、いつか兄も失うのだ。

 そんなことは、絶対に許せない。


 ただ守られてるだけじゃ、一生雪白フユヒメには追いつけない。

 兄の憧憬である少女は、兄と共に歩んでいる。

 守られてるだけじゃ、共に歩めない。


 黒宮エコは、兄と共に歩みたいのだ。

 守られてるだけは、もう嫌なのだ。


 兄に背負わせすぎていた。

 全部を兄に押し付けていた。

 そんなのはもう、嫌だった。

 

 だから――。


 ◇


 ――ねえ、お兄ちゃん……私ね、ずっと思ってたことがあるの。


《お兄ちゃん…………今までずっと、私が生まれた時から、ずっとずっと、私を守ってくれて、助けてくれて、ありがとう……》


「こんな時になに言ってんだ、んなこと当たり前だろうが……」


《こんな時だからだよ――今度は、これからはずっと……私も、お兄ちゃんを守るから……!》


「……お前、ずっとそんなこと……」


 目を見開くトキヤ。


 ずっと守ってやらないといけないと思っていた。

 後ろにくっついてくるだけだと思っていた。

 それでよかったのだ。トキヤにとって、それは当たり前のことで、そこに疑問を差し挟む余地はなかったのに。

 兄の知らぬ間に、妹は兄が思うよりもずっとずっと大きく成長していた。

 

「……ああ、でも、オレがお前も守るのは変わんねえよ……だから、これからは二人で一緒にだな」


《うん、行こう、戦おう……二人で!》



 ならば。

 

 ここからは、自分だけの戦いではない。

 ただ守るだけの戦いではない。



 ――――ここから先は、オレ達/私達の、物語。



 こんなところで、負けられない。

 夜天セイバと夜天セイラ。

 双子の姉弟、完全に呼吸を合わせた絶技を成した二人の絆は途轍もないものだろう。

 だがそれでも――いや、だからこそ負けられない。


 よく似た在り方だからこそ、自分達は、この相手には負けたくない。






「――――《開幕ライトアウト》――――」






 唱えられる起句。 

 トキヤとエコの魂が繋がる。

 二人の物語が始まる。




「――――《紅蓮繚乱・凍刻紅刃サンディクス・ホロロギウム》――――」




 直後、トキヤを中心に魔力が炸裂し、彼の周囲が一変した。





「《凍刻領域、展開コキュートス・ブート》――《紅蓮の刻剣サンディクス・ホロロギウム着装アームド》」

 



 蒼銀の両剣――その外装が砕け散って、内部から紅蓮の両剣が出現した。


 《紅蓮の刻剣サンディクス・ホロロギウム》。


 《開幕ライトアウト》時のみ使用できる、トキヤの奥の手。エコの新たなる形態。








「――さあ、こっから本番だぜ」









「ああ、それも読んでる・・・・










 

 トキヤの《開幕ライトアウト》に対し、セイバは一切の動揺を見せず、それどころか。














「――――《開幕ライトアウト》――――」






 その起句は、セイバから紡がれた。






「――――《天之尾羽張あまのおはばり黄泉伊邪那美よみいざなみ》――――」





 セイバが纏う漆黒の魔力。

 夜を閉じ込めたような黒の刃が、より深い黒を纏う。










「ここからが本番と言ったな。ああ、その通りだ。

 ここからは、俺の本番だ・・・・

 ――お前は何も出来ずに俺に負けるぞ、トキヤ」



「ハッ、抜かせよ、オレは負けねえ、負けられねえッ!

 ――――主人公は、オレだ」



 こんなところでは負けられない。

 雪白フユヒメに託された想いがある。

 黒宮エコを守り切るという誓いがある。

 

 黒宮トキヤの時代は終わった。

 そんなことはもう言わせない。


 この大会の主役は誰か?

 ――真紅園ゼキか? 違う。

 ――蒼天院セイハか? 違う。

 ――夜天セイバか? 違う。


 ――――黒宮トキヤだ。



 そして――譲れぬ理由があるのは、セイバも同じ。



 灼堂ルミアを守ると誓った。

 斎条サイカを倒すと誓った。

 譲るつもりは、毛頭ない。


 譲れぬ物語を持った《主人公》と《主人公》のぶつかり合い。

 物語と物語の潰し合い。

 その真価が、これより幕開ける戦いにて描かれる。




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