第22話 あの日の誓いに賭けて/二回戦第一試合 刃堂ジンヤVS屍蝋アンナ
『これは一体どういうことなのでしょうかああ――――――っっっっ!!!!!!
屍蝋選手が倒れたかと思えば、起き上がると同時に、まるでランクが上がったかのような、これまでとは桁違いの力を振るい始めたァ!』
(『ランクが上がったかのような』、か……まあ実際似たようなもんだなァ)
興奮と共に困惑する実況の言葉を聞きつつ、ソウジもまた驚きつつも、事情を知らぬものよりは幾分落ち着いて眼前の状況について考える。
まず暗黙の了解として、《開幕》は衆目の前では使われない。
――なぜか?
それは、《開幕》自体を秘匿すべきというよりは、《英雄係数》について、大衆に説明のしようがないからだ。
この世界には生まれついて優先される人間がいる――それは、個人の考え方にもよるが、間違いなくそういう事実はあるだろう。
だが、その事実は、ある程度『曖昧』だからこそ、人々は救われている面もあるのだ。
才能。
この言葉は、酷く曖昧だ。時に優秀な者への嫉妬として使われることもある。
あいつは才能があるから。そうやって、自身の怠慢を棚に上げるために使われることもある。
しかし――それが曖昧なものではなく、厳然と存在してしまえばどうなるだろうか。
人間は生まれついて、世界から優遇される者と、そうでない者がいると、そうでない者が――持たざる者が知れば。
持たざる者は、その時どうなる?
誰しもが、刃堂ジンヤのように、それがどうしたと抗えるだろうか?
不可能なのだ、そんなことは。だから隠される、《英雄係数》などという残酷な真実は、公表されぬ方が大多数の人間は幸せで、知る者にとっても都合がいい。
《係数》の秘匿。このことで不都合が出ることはそう多くはない。
なぜなら、《係数》以前に、大抵の人間は『才能』の存在を『ランク』で痛感するからだ。
それを乗り越えてしまった特異な者――刃堂ジンヤは、さらなる壁を知ることになった訳だ。
(オロチ……テメェとんでもねえな……)
《開幕》の秘匿。
それを意識しなければならない場面はそう多くはない。
使わなければいけないような局面は、騎士の上位層ほんの一握り同士の戦いだ。
そんな戦いを大衆の前で行うことはまずない。
学生同士の戦いとなれば、そもそも使えること自体があり得ない。
しかし、事実として屍蝋アンナは至ってしまった。
(……ま、オレが同じ立場でも、同じ選択をするだろうけなァ)
自身の弟子である真紅園ゼキが使いたいと言えば、存分に使えと言っただろう。
細かい大人の理屈など知ったことではない。
雷轟ソウジは、本気で戦いたいという願いを否定するような真似は絶対にしない。
◇
鎖による拘束+影による身体能力強化+《武装解除》――一つ一つですら必殺になる技を複数重ね、勝負を決めにかかったアンナ。
絶体絶命。
以前使った、意図的に武装形態を解いた方法は使えない。
ならば――――、
「――――《肉体負荷超過》ォオオッッ!!!!」
リスク度外視で、肉体の限界を超える。
肉体強化をかけ、アンナへと突っ込んでいく。鎖から逃れようとすれば、動きを封じられるが、相手が近づいてくる以上、こちらも近づけば鎖が巻き付いている分動きは鈍るが、刀を振れないことはない。
だが、今のアンナに近づくということは、《武装解除》の刃へ近づくということ。
しかし、逃げ回っても活路は開けない。
鎖で刀を封じられた時点で逃げることは許されないし、そうでなくても影の射程はもはや広大なリング全てを覆う程だろう。
両者の距離が近づき、鎖がたわんだところで、ジンヤは刀を振った。未だ刀が届く間合いではない。にもかかわらず、そんな動きをしたのは、刀へ巻き付いていた鎖を、アンナへの飛ばすため。
《武装解除》を発動し、影を纏っている今、防ぐ手段は限られる。
大鎌の柄で、難なく鎖を払うアンナ。
構わない。これで止まるなどとは微塵も思っていなかった。
間合いに入る。先に攻撃を仕掛けるのは、リーチで勝るアンナ。
大鎌が振り下ろされた。
これを刀で防御してしまえば、武装が解かれてしまうはずだが――
「――――ッ!?」
アンナが目を見開く。
遅れて、実況が叫んだ。
『ジンヤ選手、血迷ったか!? なんと《武装解除》を、魂装者である刀で受けたあ!』
『いや、こいつは……』
ソウジは気づいたようだ。
ジンヤは大鎌の強烈な振り下ろしを刀で受けた。
大鎌と刀が触れ合う。
つまり、《武装解除》の発動条件を満たされたはずだが――――
武装は解かれず、放たれた斬撃が奇妙にも軌道が逸らされ、リングに鋭く突き刺さった。
「――――《雷崎流〝柳〟》」
――――なぜ、武装が解除されないのか?
『《仮想展開》だな』
ソウジも信じられないとばかりに僅かに声を震わせて漏らした。
『屍蝋選手のあの技は、恐らく《魂》に干渉している。
でなければ、武装解除なんて現象は起きないはずだからなァ。
武装形態の武器には、魂装者の魂が入ってるんだが、《仮想展開》なら違う。
――――刃堂選手は、わざと武器から魂を抜いて、魂に干渉されないようにした』
《仮想展開》。
ジンヤ対ハヤテの終盤、ジンヤによって刀を弾き飛ばされ、無刀となったハヤテ。その時、ナギは武装形態を解き、さらに仮想展開の刃――つまり、自身の《魂》が入っていない、魔力の宿らない刀を、ハヤテへと託した。
その奇策自体は、ライカの機転で防がれたが、それでもあれは会場全員の度肝を抜いた。
黒宮トキヤには、時間停止の発動条件として、両剣の片方の刃を破壊しなければならないというものがある。
この時、そのまま破壊してしまえば、魂装者の肉体へダメージがフィードバックするが、《魂》を抜いておけば、その限りではない。
ジンヤは《武装解除》を目の当たりにした時、どういう理屈でその特異な技が可能になっているのかを考えた。
そして、先程ソウジが解説した通りのことに思い至る。
魂装者に干渉するということは、つまり《魂》に干渉していること。
騎士は魂装者を武装化させた時に、魂装者の魂と自身の魂を同調させる。この魂の繋がりを、アンナは斬り裂いてしまえるのだろう。
――ならば最初から、魂を繋いでおかなければいい。
一時的に同調を切り、ライカの魂を武器から抜いた《仮想展開》状態へ切り替えることにより、《武装解除》は攻略。
だが、別の疑問が生まれる。
《仮想展開》の際、武器に魂が込められてない以上、そこに魔力は宿らないのだ。
ジンヤは魂装者の分の魔力が消えた状態で、影により強化されたアンナの攻撃を防いだ。
――それを成したのが、《雷崎流〝柳〟》。
《柳》はその名の如く、柔らかくしなやかに相手の攻撃を受け、力の流れに逆らわず、流れを見極め攻撃を受け流す技。
――――「受けがなってない」
昨夜、ライカとの稽古で指摘されたことだ。
あの場面では、本来《柳》を使うべきだったのだが、ライカの打ち込みがあまりに鋭く、ジンヤはミスを犯した。
――だが、今度は出来た。
あの時の稽古が、ここで活きた。
仮想展開状態で大幅に魔力は減っていたが、それでも肉体強化と《柳》によって、どうにか強烈な斬撃を防げた。
さらに、力を削がずに軌道を変えたことで、大鎌はリングに深く突き刺さっている。
今のアンナならば、簡単に引き抜くだろう。
が――それでも、ほんの僅かな遅れにはなる。
横薙ぎの一閃を放つジンヤ。
今度はライカの魂を刀へ戻し、さらに肉体強化を使用した、《迅雷一閃》などの工夫を除く素の状態での攻撃内では最大威力の斬撃。
大鎌を引き抜くのが間に合わなかったアンナは、咄嗟に鎖を掴んで防御。
しかし鎖がたわんで、僅かに腹部を浅く裂いて、鮮血が散る。
「くッ、うゥゥ……ッッ!」
今の一刀、ジンヤは《仮想戦闘術式》を切って放った。
確実にダメージを与えるために。加減していては、絶対に敵わない、圧倒的格上の相手だから。
堪らず後方へ大きく飛び退くアンナ。
距離を取った後、無限の魔力によって強化された膂力で鎖をたぐって、大鎌を強引に手元へ手繰り寄せた。
無限の魔力、と言っても結局はアンナの『出力』には限界がある以上、一度に出せる膂力にも限界がある。
しかし、限界は存在していても、そんなものは簡単に超えられると確信があった。
《主人公》は止まらない、《主人公》に不可能はない。限界を超越し続け、強くなり続ける、ジンヤへの愛がある限り。
それが屍蝋アンナの物語。
世界に愛され、世界に保証された、絶対の力。
「じんやぁ……じんやぁ……ああ、じぃんやぁぁ……♡」
切り裂かれた傷から滴る血を見つめ、頬を赤らめ、恍惚の極みに達する。
思い出すのは、前回の戦いの最後の瞬間。
――落下していく。景色が高速で流れていく。風に煽られ、奇妙な浮遊感に包まれる。
ビルから落ちていくという異常、その中でもアンナの意識はただひたすらに彼を、彼だけを掴んでいる、彼だけに囚われている。
あの時、ジンヤは《仮想戦闘術式》でトドメを刺した。
傷つけないように、優しく意識を奪ってくれた。
勿論、それは後に控えた罪桐ユウ戦を見据えた判断ではあるだろう。アンナにダメージを与えずに倒し、正気に戻して、罪桐ユウとの戦いを迎えねばならない状況ではあった。
――――だが、それが成せたのは何故だ?
答えは明快。
屍蝋アンナが、弱いから。
傷つける必要すらない程に、弱かった。
「でも、今は違う……斬らないと勝てないって、じんやが思ってくれたあ……♡」
血が付着した指先で、唇を撫でて紅を引く。
この血は特別、この傷は特別、愛しい男が、必死になって愛してくれた、どうしようもなく愛しいもの。
狂愛の血化粧を施して、少女は妖艶に笑う。
「まだだよ、まだ、アンナはこんなものじゃないんだからぁッ!」
刹那、漆黒の輝線が幾重に閃いたかと思えば、アンナの周囲が影により斬り裂かれた。
リングを影でくり抜いて、巨大な石柱を作り出したのだ。
影で形作った手が、石柱を掴んでジンヤへと投げつける。
「――――なッ、……」
流石のジンヤも瞠目した。
やはりこれまでとやることのスケールが違う。
巨大な岩塊。ジンヤの体よりもなお大きいだろう。
斬り裂くことは可能だが、斬り裂いたところで、あの大きさでは確実に自身の体に直撃する。
迎撃のしようがない。
防御したところで、ダメージは免れないだろう。
ならば、全て回避するしかない。
次々とリングを切り抜いて、岩塊を生み出して投げつけてくるのを、ジンヤは全て見切って避け続けた。
攻撃の性質としては厄介だが、しかし軌道は単純。
避け続けるのも難しくはなかった。
これではジンヤは仕留められない。あの屍蝋アンナが、無意味な攻撃をするだろうか?
岩塊を放ち続けていれば、リングが岩塊で満たされ、やがてジンヤの逃げ場所がなくなる?
いいや、そうなればただ、岩塊を盾にして、投げつけられる岩塊を防げばいいだけの話。
ならば、どうして。
「――……そうか……」
「もぉ、気づくの早い…………さっすがだねえ♡ でも……ッ!」
周囲の岩塊、そこで出来る大量の影。
アンナが、影で掴んだ岩塊を、別の岩塊で出来ている影の中へ放り込んだ。
――すると、なにが起きるか?
奇妙な光景だった。
足元から、岩塊が飛び出し、空中へ飛び上がる。
重力が逆転したような不可思議。だがこれは、上から下へ投げた岩塊が、別空間へ繋がれ、下から上へと飛び出しただけ。
影空間を通り抜けても、岩塊を投擲した際の勢いはそのままなのだ。
これにより、さらに厄介なことが起きることが予想できた。
足元から飛び上がる岩塊に目を奪われてる隙に、再び別の影から、別の岩塊が放たれる。
今度はジンヤの真横の岩塊にできている影から、岩塊が飛び出してくる。
「く、そッ……! どうにかなりそうだな……ッ!」
ここから先、ジンヤはこのリング上に生まれ続ける全ての影に気を払わなければいけない。
リングすら自在に作り変える力。
本来、影による恩恵をほぼ受けられない障害物のないリングが、一気に影によって支配された。
ただでさえ一瞬たりとも気を抜けない相手だったというのに。要求される集中力が、跳ね上がった。
とにかく位置が悪かった。アンナが大量の岩塊を置いた地点は、言わば彼女のテリトリー。
幸いリングは広い。
未だ岩塊が置いてない範囲は残っている。
ジンヤが入場してきた東ゲート側の一角はほぼ潰されたが、逆に西ゲート側には岩塊がない。
その代わり、アンナによってリングが破壊されており、足場がかなり不安定だ。
それでも『影』がある場所よりは遥かにマシだ。
アンナは予測する。
ジンヤは恐らく、岩塊がない西ゲート側の、それもリングが破壊されてない地点へ逃げ込むだろう。そこまで条件を絞れば、逃げ場所は限られる。
どこまで逃げようが同じことだ。
また岩塊を起き続け、リングを影で埋め尽くす。そうすれば、この広大なリングは全てがこちらの攻撃範囲と化す。
ジンヤが岩塊が林立する範囲から抜け出し、駆け出そうとした時だった。
「――――待ってたよ、それ」
アンナは人体程の巨大な岩塊ではなく、サッカーボール程のサイズの塊を、見当違いの方向へ投げた。
ジンヤには当たらない。
しかし、その塊が作る影から――――影の拳が飛び出して、ジンヤを殴りつけた。
「し、ま――……ッ!」
直撃。
ジンヤの体が、蹴飛ばした小石のような勢いで吹き飛んでいった。
激しく転がり、ようやく動きを止めるジンヤの体。
狙っていた。
こうして岩塊を置き続けると、そこへ影が複数できることにジンヤは気づく。そうなれば、影がない場所へ逃げるだろう。
逃げるタイミング、コースが容易に予測できるところへ、さらにこれまで見せていない手段で攻撃を加える。
これを躱せる道理はないだろう。
決まっただろうか。
倒れたジンヤの注意深く見守る。
油断はしない。こちらの方がどれだけ能力で勝っていても、それでもなお楽に勝てる相手にはならないのが刃堂ジンヤ。
そして――刃堂ジンヤは、立ち上がった。
「……やっぱり♡」
よろめきつつ、どうにか立ち上がるジンヤ。
攻撃が当たった瞬間に、吹き飛ばされる方向へ自ら跳んで勢いを殺し、さらに激しく転がることで衝撃を分散させたが、それでも完全にダメージを消すことはできなかった。
「け、は……っ!」
息が荒い。
リミッター解除を何度も使わされ、さらに攻撃も食らっている。
ダメージは大きい。
スタミナも残りはそう多くない。
相手は依然、衰える気配はない。
(どうすればいい……ッ!)
どうすれば、どうすればこの状況を覆せる?
わかっていた。
オロチからこの脅威は伝えられていた。伝えておくのが、アンナにとってはフェアなのだろう。
だが、ジンヤは『甘い』と考える。勝ちに拘るなら、黙っていればよかったのだ。
不意打ちでこの力を叩き込めば、より確実だ。それでもこちらは構わない。
『正体不明の力』という恐怖により、メンタル面でアドバンテージが取れたのに。
無論、今のジンヤにそれを言う資格はない。
アンナからの『お情け』を受け取った上でこの体たらく。
相手が自分の予想を超えた力を持っていることなど、これまで何度もあった。
龍上ミヅキも、風狩ハヤテも、罪桐ユウも――こちらの予測通りだった相手などいない。
それは以前の屍蝋アンナも同じ。
しかし――『いつもどおり』と吼えるには、どうにもこの相手は強すぎる。
◇
――――じんやは、ハヤテより、よわい?
いつかの遠い過去。
叢雲の屋敷で、オロチ、ジンヤ、ハヤテ、アンナの四人で暮らしていた時代。
稽古でハヤテに負けて、一人悔しがっているところへやって来たアンナが、ジンヤに聞いた。
「……うん、そうだね。僕はまだ、ハヤテより弱いよ……」
「そっかあ……」
残念そうな顔をするアンナ。そんな顔をされても困る。ハヤテは能力で劣っている上に、強みである剣技でも並ばれているのだ。勝てる道理は、今のところない。
「じんや、ハヤテに勝ちたい?」
「……うん」
「ハヤテに勝つ方法、ずっと考えてる? ハヤテのこと、ずっと考えてる?」
「うん? まあ、うん……そうだね」
「いいなあ……」
「……???」
その頃ジンヤは、アンナが何を望んでいるのかまだよくわかっていなかった。
「……ねえ、じんや」
「なにかな」
「アンナもね、一緒に稽古したいよ。でもね、アンナ……ハヤテじゃなくて、じんやに教わりたいな。だから、じんや、ハヤテより強くなって? ハヤテより強くなって、アンナに稽古をつけて? ね?」
「うう、そんなこと言われても……急には強くなれないよ」
「だめ、なって」
有無を言わさぬ鋭い語調と眼光であった。
「……いつかは、なるよ。必ずね。僕だって、どうしてもハヤテには勝ちたいさ」
「かてるよ、絶対」
「……そう?」
「うん、だってじんやは――――」
◇
「…………ッ」
なぜだか、昔のことを思い出した。
(まずいな、意識が途切れ欠けてる、限界が近いぞ……)
気を抜けば、倒れそうだ。
こんな状態で、彼女に――圧倒的な力に覚醒した屍蝋アンナに、勝てるのだろうか。
不安がよぎった、瞬間だった。
「ジンヤァアアアアアア!!!! テメェ、ふざけんじゃねえぞッッッ!!!」
一陣の風が、ジンヤの頬を撫でた。
翡翠色の髪の少年が、凄まじい形相でジンヤを睨んで、叫んでいる。
「なにふらついてんだテメェはッッ!!!!
テメェは! テメェだけは! アンナちゃんに負けちゃならねえだろうが!
兄弟子が妹弟子に負けんじゃねえ!
才能がどうとか知ったこっちゃねえよッ!
守るんだろうが! 誓ったんだろうがッ!
男が、一度守ると誓った女を守れねえのは、クソだろうがよォォォッッッ!!!」
親友だった。
風狩ハヤテだった。
――――ああ……いつだって、キミは僕を助けてくれる。
「ああ、そうだよ、そうだった……」
ハヤテには話してある。
あの狂愛譚の結末を。
ハヤテは自身の技がアンナを倒す決め手になったことを喜んでいた。
ジンヤのアンナを守るという誓いだって、応援してくれている。
風狩ハヤテは友を大切にする以前に。
女を守るという男の誇りをなによりも大切にしている。
その通りだ。
彼の言う通りなのだ。
――――「いいかよく聞け、クソ野郎ッ! 僕は、どんなことをしてもッ! なにがあってもッ! 必ずアンナちゃんを守るッ! 仮令、この世界の全てを敵に回してもだッ!」
あの時――絶望へ向かって宣言した。
屍蝋アンナの運命は、どうあっても絶望が付き纏う。
この先も、アンナは確実に運命に翻弄され続ける。
かつての戦いなんて生温い絶望が、いつか必ずアンナを襲う。
ここで負けていたら、そのやがて来るいつかで、絶対にアンナを守れない。
こちらは既に、世界の全てを敵に回す覚悟を決めているのだ。
たかが《主人公》一人如きに、遅れを取っている暇はない。
「守るんだ、誓ったんだ……」
――――だから。
◇
「……いつかは、なるよ。必ずね。僕だって、どうしてもハヤテには勝ちたいさ」
「かてるよ、絶対」
「……そう?」
「うん、だってじんやは――――」
◇
だってじんやは――――
「…………やっぱり。いつだって、じんやはアンナの王子様だから……絶対アンナを助けてくれる。必ずアンナの願った通り、アンナのために、強くなってくれるんだね」
信じていた。
屍蝋アンナは、刃堂ジンヤがどこまでも強くなることを信じていた。
なにがあっても守るために。
屍蝋アンナを脅かす全ての敵を斬り伏せ、どんな困難からも救い出すために、彼はどこまでも強くなる。
――――だが、ここに一つの矛盾がある。
この自分を守るために無限に強くなるであろう男を。
どうしても倒したいという狂愛もまた――無限。
「譲れないのは、同じだね……だったら!」
「ああ、互いに譲れない想いがあるなら……!」
――――あとはもう、全ては刃で語る領域。
「《絶対負けない、アンナ達の/わたくし達の狂愛のためにッ!》」
「《必ず勝つ、僕達/私達の誓約のためにッ!》」
アンナとエイナが。
ジンヤとライカが。
同時に声を揃えて、勝利を吼える。
ライカだって、アンナを守りたい気持ちは同じなのだ。
ライカもまた、アンナのことを自身の家族のように思っているのだから。
どれだけ殺されそうになっても、憎まれても、普段から険悪そうにしていても、ライカはどうしようもなく、アンナのことを気に入っているのだから。
「いい加減、これで終わりにしよっかあッ!」
叫んだアンナが、膨大な量の影槍を放った。
これまでとは比べ物にならない数だ。もはや漆黒の豪雨。
ジンヤは、自身が立つ地点を埋め尽くす影槍に対して――――、
「ハヤテ」
《ナギちゃん》
「《借りるよ》」
「――――《翠竜寺流・守勢/零式〝凪の構え〟》」
直後、ジンヤは漆黒の雨はすり抜けた。
《凪の構え》を完全に使いこなした訳ではない。
あの技は、微細な気流の変化を読まなければいけない以上、《風》を扱えないジンヤには絶対に不可能だ。
だが、そこは《疑似思考加速》で補った。
極限まで集中した状態で、なおかつ《天眼》の観察眼を再現したのだ。
こればかりは、ただの技術。
ジンヤは自身の弱さをわかっている。己の足りなさをわかっている。
だからこそ、出来る範囲の努力は全てする。
《天眼》、《神速》、《全知》、そういった既存の剣士が考える区別は、彼にとっては関係がない。
どんな技術だろうが、全て吸収しようとする。
だからこそ、師匠や親友が使う技術など、当然ジンヤもまた身につけようとしていたのだ。
ハヤテに比べればまだまだ未完成の技だが、それでもこの場の窮地を切り抜けることは出来た。
「全部避けられちゃうなら……っ!」
さらに影を広げ、全方位からジンヤを狙う。躱す隙など作らない。絶対に避けるのならば、避ける余地なく攻撃すればいいだけのこと。
ジンヤには出来ない方法で、擬似的な《凪の構え》を攻略しにかかるアンナ。
だが――それならば。
「――――《迅雷/翠竜嵐閃》ッ!」
躱せないなら、斬り伏せればいい。
襲い来る影槍を、二刀による高速連撃で全て斬り裂いて突き進む。
「これで、終わりだああああああ――――――ッッッ!!」
影の雨を切り払い、アンナのもとへ辿り着いて、決着の一閃を放つも――、
「まだ、まだ終わらないッ、アンナは、負けない――――ッッ!!」
影を再び自身へ纏わせ、強烈な斬撃でジンヤを迎え撃つ。
ジンヤが後方へ押し戻される。
単純な力比べでは、アンナが圧倒的に上。
体勢が崩れているジンヤ。
対してアンナは、影による強制肉体操作によって、素早く切り返すことが出来る。
――――――勝った、と。
そう思った、瞬間だった。
「……あ、れ……?」
影が、解けた。
アンナを覆っていた膨大な影が消え去り、彼女の足元には、最初からあった自分の影面積分のものだけが残っていた。
――――――時間切れ。
《開幕》は、そう長くは保たない。
ましてや屍蝋アンナは、実戦での初の使用だ。持続時間への意識が甘かった。
アンナは《開幕》中は『ジンヤへの愛に応じた魔力』を使い続けることができるが、それは持続時間を伸ばすための魔力ではなく、攻撃を強化するためのもの。
これで終わり。
ここまでだ。
今のジンヤは満身創痍ではあるが、それでも通常状態のアンナでは、ジンヤには勝てないだろう。
――――いやだ。
「いやだ……いやだ……、そんなの、認めない……ッ!」
負けたくない、もう絶対に負けないと誓ったから。
自分のため。ジンヤへの愛のため。こんな愚かな自分を、誰よりも信じてくれるエイナのため。
負けられない、負けられないのだ、絶対に。
「《慈悲無く魂引き裂く死神の狂刃》ァァアアア――――――ッッッ!!」
魔力を振り絞り、自身が持つ最強の技を発動――――疾走し、ジンヤへ斬りかかる。
この技を防ぐには、《仮想展開》により魂を抜けばいい。だがそうすれば、魂装者の分の魔力を使えなくなる。
魔力を使えなくなった状態のジンヤでは、アンナに力比べでは勝てない。
そこをクリアするために、《雷咲流〝柳〟》や《肉体負荷超過》があるが、それは一度見ている。
《柳》を使うなら、それを読んだ上で力の入れ方を変えればいい。
《肉体負荷超過》はそう何度も使える技ではない。
強引に使い続ける我慢比べになれば、こちらが絶対的に有利。
ジンヤは考える。
アンナは《慈悲無く魂引き裂く死神の狂刃》を使ってきた。
それにより、確実に正面から攻めてくると予測した。
先刻と同じ手段はもう使えないだろう。
こちらのスタミナ切れ。
それが決め手で、敗北するだろうか――――?
いいや、否。
それ以外にも、防ぐ手段はある。
そもそも、前回はどう防いでいただろうか?
答えは簡単。
ジンヤは刀を収めた――――そう、ただ素手で防げばいいだけのこと。
身を沈め、大鎌を振り下ろされる前に腕を制して、技を潰す。
――――勝った。
ジンヤがそう確信した、刹那。
アンナの姿が――――消えた。
――――なにが起きたのか?
観客の大半が、一瞬思考に空白を生む。
まだ仕込んでいた。
屍蝋アンナは、ここまでやる。
《慈悲無く魂引き裂く死神の狂刃》を使うことにより、『正面からくる』という予測を植え付け、その上で彼女は、影の中へ飛び込んだ。
現在、ジンヤは太陽を背負っていた。二人の間にあったジンヤの影へ飛び込み、そして彼女が出てくるのは――。
以前なら、二人分の影しかない以上、出てくる場所は限られた。
――――だが、今は違う。
《開幕》は終わっていても、あの時にリングを削り出した岩塊は消え去りはしないのだから。
ジンヤの背後にあった岩塊。
そこから出現したアンナが、背後からジンヤを襲う。
刹那――金属音。
「……………………どう、して…………?」
驚愕の声を発したのは、アンナの方だった。
ジンヤは振り向いて、大鎌を防いでいた。現在の彼は、素手で大鎌を防ごうとしていたために、納刀状態。
素手のはずだ。
なのに、『金属音』。
では、なにが大鎌を防いだのか?
彼の手には――――棒手裏剣が。
戦いの最初に、ジンヤが投擲したものだ。
あっさりと、アンナに防がれていたものだった。
なんの意味もないと思っていた攻撃が、どうしてここに来て。
「別に全て読み切っていたわけじゃない……ただ、これでも《武装解除》は防げると思っていただけだよ」
ジンヤは落ちていた棒手裏剣を、磁力により手元へ引き寄せ回収。それを大鎌に正確に合わせて、武装解除を防いだ。これは魂装者でない以上、武装解除の影響など一切受けない。
影による移動も、影空間の出口が岩塊により増えていることも、理解していた。
ここまでやっても、敵わない。
読み切っていた。
出し抜けなかった。
《開幕》を使ってもなお、刃堂ジンヤには敵わない。
刃堂ジンヤの強さは、《ご都合主義》すら凌駕する。
アンナが覚醒した力を、ジンヤはただ、これまでの積み重ねだけで凌駕した。
そして、今――
刃堂ジンヤは、納刀状態。
――――――もはやこの意味がわからぬ者はいないだろう。
「アンナちゃん――――強かったよ、本当に。キミの想い、しっかり届いた」
柄に手をかける。
「それでも、僕は負けられない――――キミを守ると、誓ったから」
――――《迅雷一閃》――――
そして。
屍蝋アンナは、どうしようもない悔しさと、満足感に包まれながら、愛しい一閃により、意識を奪われた。




