表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/下 ■■■■■■/■■■■■■
93/164

 第20話 それぞれの前夜⑧/屍蝋アンナ






『夜分に申し訳ありません。今から少しお話があるのですか、よろしいでしょうか?』





 アンナの魂装者アルムである花隠エイナからのメッセージ。  

 

 彼女に指定された通り、ホテルのロビーへ向かうと、そこにはエイナとアンナの姿があった。

 エイナもいる以上、アンナがいてもおかしくはないと思っていたので、そこに驚きはない。

 だが、別の部分でジンヤは驚くことになった。


「それで、話っていうのは……?」

 

 アンナ達二人と、テーブルを挟んで対面に座る。

 ジンヤが驚いたのは、いつものように『じんや♡』と飛びかかってくることがないどころか目も合わさずに俯いている。

 様子がおかしい。

 いや、自分に飛び付いてこないのはおかしい、というのはかなり自惚れているというか、ライカに話せば怒られてしまいそうだが、しかし事実として、アンナの様子はいつもとは異なっていた。


「それはわたくしの方からお話させていただきます」


 ジンヤがアンナへ向ける疑問の視線に気づいたのか、それを遮るようにエイナが声を発した。

 漆黒の艶めく髪。少し長く目元を覆ってしまう前髪、その隙間から、エイナの強い意志が秘められた瞳が覗いていた。

 

「ジンヤ様、ライカ様……お二人に、わたくし達は一度敗北しています」


 罪桐ユウによる一連の事件。

 あの時、屍蝋アンナは刃堂ジンヤに敗北している。



「なので、結果の分かりきった次の試合……はっきりと申し上げて、不要・・であるのもわかります」


「そんなわけない……っ!」


 エイナの言葉に、ジンヤは堪らず声を上げた。

 不要、と言い切った。

 その言葉には同意できない。


「確かに前回は僕達が勝ちました。でも、一度勝ったからといって、次も確実に勝てるかどうかなんてわかりません」

 

 勝敗は様々な要素が重なり合って決まるものだ。

 その日の調子やメンタル、天候、地形、どこまでその勝負に対して準備が出来ているか――要素によっては、運が絡むものもある。だから、同じ組み合わせの対戦だろうが、次の結果が前回と同一とは限らない。

 ましてや、明日の試合は前回とは異なり、屋外ではなくリング上の戦い。

 前回よりも、アンナが有利になるはずだ。

 だというのに、最初から勝負を捨てるようなエイナの物言いは許しがたかった。


「エイナさん……今の発言、どういうつもりですか?」

「……気に障ったのなら申し訳ありません。やはりジンヤ様はお優しい……いえ、どこまでも勝負に真摯なのですね」

「そうですね……。別にあなたやアンナちゃんに気を使って言ってるわけじゃありません。ただの事実として、僕にとっては依然――屍蝋アンナは、強敵です」

「そう、ですか……そう言って、くださるのですね……」


 ジンヤの言葉を耳にした直後。

 エイナが握りしめ、膝下へ置いていた拳へ、大粒の雫がいくつも落ちた。


「わたくしは、あなた様に……明日、全力で戦っていただけるよう、お願いしに来たのです」

「そんな……どうして?」




 そんなことを頼まずとも、最初からそのつもりだった。

 そうでなければ、勝てない相手なのだから当然だ。




「ジンヤ様は勝負はわからないと言ってくれますが、わたくし達は……そうは思っていませんでした。前回の戦いで勝敗を分けることになった――それは、ジンヤ様が思う以上、わたくし達にとっては大きいものだったのです」


「……差?」

 

 考える。

 差とは、何を示すのか。

 そう大きな差があったようには思えない。ギリギリの勝負だった。負けると思った――それどころか、アンナが持つ《武装解除》という恐ろしい技によって、ライカが傷つけられるのではと肝を冷やした瞬間すらあった。

 

「単純な技量もそうですが――それよりもなにより……わたくし達は、騎士と魂装者アルムの在り方で、お二人に負けていました」

「……、」


 そう言われてしまっては、すぐに言葉を返せない。

 なぜなら、二人の心がどうあるかなど、ジンヤがすぐに見通すことはできないからだ。

 他人の心など見えるはずがない。

 個人の心ですら見えないのだから、アンナとエイナ――二人の関係がどうなっているのかなど、当人達ですらないジンヤには、なおさらわからない。


「わたくしは……ただ、アンナ様が幸せになってくれればそれでいいと、アンナ様に黙って尽くすことだけが正しいのだと、盲信していました。しかしお二人はそうではありません。互いが互いを支え合って、救い合って、励まし合って、そうやって共に歩んでいる……そのように見えるのです」


 ようやくエイナの言いたいことが見えてきた。

 そうだ。そうだった――あの戦いにおいて、エイナはただの一言も、アンナに口を挟んでいない。

 正直に言って、それどころではなかった。

 アンナと向き合うのに精一杯で、その裏に隠されていた少女の悲哀には気づけなかった。

 花隠エイナは、あの時の自らの在り方が正しかったとは、微塵も思っていないようだ。

 

 


「…………それで?」

「……え?」

「それで……それがどうしたの?」


 どこか突き放すような口調で、ジンヤは言う。


「かつての在り方は間違っていた。……なら今は? 今もそうなのかな?」

「……いえ、違います。もうわたくしは、あのようなことは……アンナ様を一人で戦わせるようなことは、しません」

「ならそれでいいんじゃないかな。僕としては、嬉しい事実だよ……かつての強敵が、さらに強くなってくれるんだから」


 にっ、と子供のように屈託なく笑う。

 心の底から、楽しみだと伝わってくるような、そんな笑みだった。


「ジンヤ様……」

「じんや……」


 その笑みを見て、曇っていた二人の表情に僅かに変化が見られた。

 戸惑い、驚き――そして、救われたような、安心したような僅かな笑み。


「結局、なにが言いたかったのかな……、『前回負けちゃったから今回もそっちが勝つと思いますが、こちらも前回より強くなってるので全力で戦ってください』……ってこと?」


 ざっくりとエイナの言い分をまとめようとするジンヤ。


「え、ええ……まあ。そもそも、わたくし達はあれだけ迷惑をかけたのです。その上に一度敗北している。ならば、わたくし達は次の試合、棄権しない方がおかしいくらいだと考えます。それに、次の試合でジンヤ様が余力を残して勝ち進めば、その先で有利になりますし……」


「――いらないな、そんな心配」





 アンナとの戦い――あの時ジンヤは、こう言った。


『…………アンナちゃん。ここが剣祭の二回戦だ。観客もいない、喝采もない。でも、僕らにそんなの必要ないよね――――さあ、僕らのためだけの戦いを、始めよう』




 彼女達の言い分もわかる。

 ジンヤは一連の事件の中で、ただ二回戦を戦うだけよりも、ずっと厳しい戦いを強いられた。

 《ガーディアンズ》に追われ、ゼキやセイハといった強者と戦い、一度は剣祭を続けることすら危ぶまれ、輝竜ユウヒと戦い、罪桐ユウと戦った。

 そこに屍蝋アンナの責任がないとは言えないだろう。

 それに、アンナが棄権する、もしくはジンヤに勝ちを譲るような戦い方をする場合、ジンヤは余力を残し、さらに他の騎士に手の内を晒さずに、有利に先に進むことができる。

 ジンヤに多大な負担をかけた責任を感じているアンナ達は、それが当然だと、そうしてこそやっとジンヤにとって公平だと考えているのだろう。




 ――――しかし、ジンヤの考えは違う。


 そんな気遣い・・・・・・はクソ食らえだ・・・・・・・




「アンナちゃんに棄権してもらえば、有利に進めるかもしれない――でもそれよりもずっと、僕はさらに強くなったアンナちゃんと戦いたい」

「…………ッ!」

「それにさ……僕に本気で戦って欲しいってお願いするなら、そんなに暗い顔で頼むよりもずっといい方法があると思うんだ」

「……方法って?」


 アンナが首を傾げると、ジンヤは再びにやりと不敵に笑って言い放つ。


「『前と同じだと思うなよ、勝てるものなら勝ってみろ』――――これだけで充分さ。これだけで、僕はどうしようもなく燃えるよ」


 じわ……と、アンナとエイナの目元に涙が溢れた。


 ジンヤを苦しめた罪悪感。周りの人間にだって、たくさん迷惑をかけた。勝手な振る舞いだった。そして、それでもなおジンヤと剣祭の舞台でも戦おうというのは、あまりにも傲慢、望みすぎている、そんなことは許されない。


 ――それでも、それでも戦いたいという気持ちは抑えられない。

 そうしなくてはいけない理由が、二人にはある。

 戦いたいという気持ちと、重くのしかかる罪悪感。

 二つの気持ちに挟まれた二人の心は軋んでいた。


 だが、その心を――――ジンヤの真っ直ぐな想いが救っていく。





 二人は顔を見合わせ、頷いた後に声を揃えて――、



「「――――前と同じだと思うなよッ! 勝てるものなら勝ってみろッ!」」



 そう、新たに挑戦を叩きつけた。





「――――ああ、望むところだ」






 こうして、戦いの前夜に新たに闘志をぶつけ合あった後、互いに明日に備え部屋に戻ろうという時。





「ねえ、アンナちゃん」


 ライカがアンナの背へ声をかける。


「……なんですか?」

「あれ、もう言わないの? 勝負に勝ったら……ってやつ」


 アンナは繰り返し、ジンヤに勝利したらライカは身を引くように繰り返していた。

 なのに今回は、そのことを一度も口にしなかった。


「ああ、それですか……もういいんですよ」

「えっ!? やっとジンくんのこと諦めてくれたの!?」

「はぁっ!? そんなわけないじゃないですかっ、ぶちころしますよ!?」

「……なにをぅっ!?」


 むきーっと互いに掴みかかりそうになるのを、ジンヤとエイナが「どうどう」とお互いのパートナーを掴んで抑える。


「……じゃあ、どうして?」

「だって、じんやって強い人が好きじゃないですか? なら、そんな約束なくったって、アンナが勝てばいいだけの話ですよね? アンナが勝って、アンナが最強になれば、じんやはもうアンナのことしか考えられなくなっちゃいますよね?」

「…………なるほどね、それは確かにその通り。……よかった。らしくなってきたじゃない」


 一見メチャクチャな理屈をあっさりと理解してしまう辺り、ジンヤも、そしてライカとアンナも、かなりおかしな思考をしているのかもしれない。少なくとも、エイナからはそう思えた。


「……そーやって余裕ぶってるといいです。では、また明日」

「――うん、また明日」


 ライカとアンナは、僅かに睨み合った後、互いに背を向け踵を返した。


 夜か更けていき、やがて朝日は昇り――ついにやってきた、二回戦の幕が開ける当日。


 二回戦、第一試合――――刃堂ジンヤ対屍蝋アンナ。


 一度はジンヤが勝っている。

 アンナ達が考えたように、本来は今このタイミングでの再戦など必要ないのかもしれない。


 それでも、ジンヤは望んだ。

 

 ――そしてこの戦い、当然前回のようにはいかない。


 単純にそうであるとは言い切れないが、通常は勝ち上がっていくごとに敵も強くなっていく。


 故に次の試合。


 ――――刃堂ジンヤにとって、ここまでで最大の試練となって、屍蝋アンナは立ち塞がる。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ