第16話 それぞれの前夜④/電光セッカ 斎条サイカ レヒト・ヴェルナー
「い、いきますよー! セッカ先輩ーっ!」
「おゥ、こォいッ!!」
蒼天学園内の闘技場。
そこでは現在、水村勇二と電光石火が向かい合っていた。
蒼天学園の序列は1位セイハ、2位ルッジェーロ、3位セッカ、4位ミラン、5位ユウジとなっている。
ユウジはかつて《四天王》であった零堂ヒメナの代わりに四天王に所属しており、彼が一年、セッカが二年で、セッカとは先輩後輩の関係だ。
ユウジは同時操作限界数である30の水弾を周囲に浮かべている。あらゆる方向から、水弾がセッカを襲いかかる。
(――集中だ、一発たりとも見落とすな……ッ!!)
セッカは《雷属性》による肉体加速と思考加速を駆使し、水弾を躱していく。広範囲へ雷撃を放った方が、対処としては適切ではあるが、今は『速さ』により磨きをかけるための訓練が目的だ。
迎撃せず、全てを回避。
だが、そこで一発の水弾がセッカを掠めた。
(もっとだ、もっと集中しろ……)
セッカが脳裏に浮かべるのは、一回戦最後の試合。
輝竜ユウヒが冠絶した力を見せつけた戦いだ。
魔力を練り上げる速度、術式構築、加速、抜刀速度、試合開始の合図に対する反応速度――ユウヒはありとあらゆる『速さ』に必要な要素において別格の完成度を誇る。
まず開幕の初撃――それに対処できなければ話にならない。
そして、大抵の騎士は為す術無く切り捨てられるのみだろうが、自分は違う。
速さを極めた自分なら、ユウヒに対抗できるはずだ。
いいや、必ずしてみせる。
でなければ、彼らに追いつけない。
セッカが目指す果てはユウヒではない。
その先で待つ、セイハとゼキ。彼らのどちらかが必ず上がってくると信じて。
自身もまた、そこへ行けると信じて。
セッカは己の武器に、さらに磨きをかける。
◇
斎条災禍は、夏空の下で大の字になって空を見上げていた。
周囲の地面は荒れ果てている。
旋風や水流で削られ、業火により焼かれ、地面からは膨大な数の石柱が伸びている。
ひとしきり力を振るった後、遊び疲れた少女のように――いいや、それそのものである彼女は、体を投げ出して休んでいた。
目の前には、ホロウィンドウが表示されている。
流れているのは、ある映像――つい先日、自身が灼堂ルミアと戦った時のものだ。
殺そうと思った。殺すことに躊躇いはなかった。
だが最後の瞬間――殺意を忘れた。
それよりも、勝つために思考を回していた。
「なんだろう、この気持ち……?」
少女は知らない。
破壊衝動だけで生きてきた少女に、勝負への拘りなどなかったのだから。
自身でも理解できぬ、自身の心。
胸の内にこびりついたその感覚が不快で。
振り払うように、快楽に身を委ねるように、力を振るって、全てを忘れた。
◇
「申し訳ありませんでしたー……レヒト様ぁー……」
金髪にイナズマ形のメッシュを入れた派手な少年――ライトニングが、机に突っ伏して譫言のようにそう繰り返していた。
彼の横には、紫色の髪を三つ編みにした蠍の尻尾めいた髪に年齢にそぐわぬ色香を纏った女性――ルピアーネが。
現在彼らがいる場所は、宿泊しているホテル内にあるレストランだ。
ライトニングとルピアーネが隣り合って座り、その対面にはレヒトが。
レヒト、ルピアーネ、ライトニングの三人は、全員が藍零学園の代表選手。
藍零の序列は1位トキヤ、2位フユヒメ、3位レヒト、4位ルピアーネ、5位ライトニングとなっているが、レヒトは実力を隠した状態での3位だ。
この辺り事情は、彼らはある目的のために大会に潜入している身である以上、必要なことだった。
トキヤがレヒトと面識がなかったのもそのためで、レヒトは必要最低限しか藍零学園に顔を出してはいない。
こう言った動きは他の大会へ潜入している『裏』の者達も同じだろう。
例えば、あの罪桐ユウは、夜天セイバと同じ闇獄学園所属ではあったが、ユウを学園内で見た者などほとんどいない。
「いい加減にしなさいよぉ、ライト。……レヒト様の前でなんて態度なの?」
突っ伏したまま「申し訳ありませんでしたー……」と繰り返すライトニングを半眼で睨みつつ、ルピアーネは彼の頭を軽く小突いた。
「うるせー、オマエも負けただろ、雑魚ババア」
吐き捨てるライトニング。
ビキィ、とルピアーネの表情が一変。キレた。
「い・い・か・げ・ん・に・し・ろ・ク・ソ・ガ・キ」
ライトニングの髪を掴んで、一文字発するごとに机に彼の顔面を押し付ける。
「いでっ、いっでぇっ、ざけんなババ――、ああっ、ルピアーネ、わかった、わかったよ! オマエにもきっと需要はあるよ!」
「わかった人間の言葉かしらねぇ、それ……」
言った後、レヒトの視線に気づいたルピアーネは慌ててライトニングから手を離し、顔を赤らめた。
レヒト相手に見苦しいところを見られた……と思ったのだろう。
今更取り繕っても遅いぞババアー、とライトニングは内心で馬鹿にしておく。何度も机にぶつけられた額が痛い。
「勘違いしているようなので言っておくが……二人共、よく戦ってくれた。敗北は敗北だ。しかし、オレにはお前達が無様な敗北をしたようには見えなかった」
穏やかな声でそう告げるレヒト。
じわ、と二人の目頭が熱くなった。
「ですが、本来ならば、私達に敗北など許されるはずが……」
「構わんさ。この街にはこの街の流儀がある。思うに、この街を作った者は敗北と死を切り離すことにより得られるモノに目をつけたのかもしれんな」
「この街を……?」
ルピアーネは首を傾げる。
時折あることだ。レヒトの深謀遠慮は昔からで、彼には自分には見えてないモノが見えており、自分が及ばぬ遥か先のことを考えている。
「簡単な話だ。《仮想戦闘術式》に、学生を競わせるための大会……この街の形をデザインした者は、この仕組みによって得られる強さ、経験を重視したのだろう。そして、オレはそれを好ましく思っている」
敗北しても、死ぬことがない。
それは、ルピアーネがかつて生きた世界ではあり得ないことだった。
今のこの世界とはまるで別の、凄惨な争いで満ちた世界。
そこで生きた記憶と比べれば、この街での戦いは大きく性質が異なる。
「命を賭したものではない……だからこそ得られた経験が、お前達にもあっただろう?」
ルピアーネも、ライトニングも、その言葉に心当たりがあった。
ルピアーネは思い出す。
あの少女の歌を。
倒した相手に、自分の歌を聴かせる。まったくもって意味がわからない。
それはこの街だとか、自分の記憶の中にある別世界の常識だとか、それらを通り越して、ただあのアイドルの少女がどうかしているとしか思えない。
しかしそれも、この街の戦いでなければ成立していないだろう。
出会い方が違えば、彼女の歌になど興味を持たなかった。
彼女の歌に、救われることもなかったのだ。
「……そうですね。私は救われたのかもしれません。この街と、この街で輝こうとする彼女に……」
らしくないことを言っていると思った。だが、そもそも『らしくない』ことを言い出したのはレヒトなのだ。
まさか彼がこんな、ある意味『温い』と取れる考えに肯定的だとは。
要するに、『表』の者の戦いも好ましい、ということだろう。自分達『裏』の人間にとって、それは命取りにすらなる考えだ。
「オレ自身が好ましいと思っていること……そして、オレの大切な部下に救いを与えてくれたこと……充分だとは思わないか――次の試合、オレが剣を握る理由としては」
静かに、薄い笑みを口元に湛えているものの、直前の言葉には怒気が滲んでいた。
次のレヒトの相手――斎条サイカ。
彼女はこの街の在り方を否定する者。
命ではなく誇りを賭した戦いを踏みにじり、命を壊すために力を振るう災厄の少女。
そしてレヒトは気づいている。
サイカを裏から操っている存在に。
(貴様の狙いは読めるぞ、キル。だがな、己の不運を呪えよ――オレと当たった時点で、貴様の手駒は両断の運命からは逃れられん)
レヒトは、サイカの裏に潜むキルの存在に気づき、さらに彼女の狙いまで読んでいた。
享楽的な彼女のことだ、大会を掻き乱して楽しもうという腹づもりだろう。
――無論、それだけであるはずがないが。
彼女はこちらと同じく、大会の『先』まで見ているはずだ。
そして、『先』を見ているというのなら、赫世アグニも同様だ。
アグニの狙いもいくつか不明瞭な部分がありつつも、おおよそは読めている。
彼の狙いはアーダルベルト。本来、この街の大会になど興味を示しそうにもない彼が今こうして大会に出ているのも、彼の目的に繋がる部分があるからだろう。
自らの意志で強敵との戦いを求めたか、それともアーダルベルト側からのなんらかの指示があるのか――そこまではわからないが、『大会で優勝すること』ではなく、『大会での戦いで得られるもの』が目的のはずだ。
不明瞭な部分、というのはアグニの大会前の行動。
彼の部下、空噛レイガが出場候補者を襲っていたことだ。
アグニやレイガが、純粋な実力での出場に不安を持つとは考えにくい。
不自然なのだ、わざわざリスクを負ってまで不要なことをしているように見える。
であれば、レイガの個人的欲求を満たすためか?
それとも他に何か狙いがあったのか。
そこまではわからない。
が、わからない部分があろうと、彼の目的が見えていれば、予測はしやすい。
現状、アグニ側はこちらの障害にはならないが、大会が終わった後の『その先の戦い』では彼らともぶつかる可能性がある。
ここでアグニの手の内を見ることができるのなら、それも収穫の一つとなるだろう。
レヒト、キル、アグニ――『その先』を見据える者達は、水面下で静かに策謀を巡らせている。




