第14話 それぞれの前夜②/真紅園ゼキ 蒼天院セイハ
「オォォォ……ラァッッ!」
「どォぉぉ……ラァッッ!」
二つの拳が、同時に相手を捉え――二人の男は、同時に倒れた。
「はぁ……っはぁー…………やるじゃねェか、ゼキ」
「なに言ってんスか、師匠。思いっきり魔力抑えて互角じゃ、全然誇れないッスよ」
炎赫館学園の闘技場で拳を交えていたのは、真紅園ゼキとそして――
ゼキの師であり、日本最高戦力《護国天竜八部衆》が一人、第四席《阿修羅金剛杵》――雷轟ソウジだ。
「ハッ! 抜かすじゃねえか、ガチで俺に勝つ気かァ?」
「いつもそのつもりだって言ってるッスよね? そうじゃねえと、アイツには届かねえッスから……」
「あーいいねェ、若ェなァ……。俺にもあったぜ、そういう時期」
「師匠にもいたんスか? 倒してェヤツ」
「いたよ。ずぅ――っとそいつのことどォすりゃ倒せるか考えてた。ムカつく野郎でよォ、俺のことなんざどォでもいいってツラで、いつも女のケツ追い回してるクソ野郎ォだ」
「師匠だって、シンラさんがいるじゃないスか」
「バッッカテメェ! 委員長は関係ねえだろ今ァッ!」
ガバッ! と勢いよく焦りながら起き上がるソウジ。それを見て悪戯に成功した子供のようにゼキは笑った。
ソウジは強い。
頼りになって、憧れの師だ。だが、彼を長年連れ添っている恋人である神樹シンラのことでからかうと面白い。
「ソウジくんー、いい加減『委員長』はやめてって言ってるよねー?」
武装解除して現れたシンラが、倒れ込んでいるソウジの顔を覗き込んで睨みつける。
ぷくーっと頬を膨らませて凄んでみせるが、年齢のと明らかにそぐわない幼い外見の彼女ではどうにも迫力に欠ける。というか、かなり可愛らしい。
「んだよォ委員長……俺にとっちゃ永遠の委員長なんだよ……」
「いつまで高校時代の呼び方なの? 結婚しても妻のことを委員長って呼ぶつもり?」
「結婚だァ!?」
「結婚!? 誰がそんなことを!?」
「委員長だろ!」
「委員長じゃないんだってばもう!」
面白すぎるなーとゼキは師匠とその恋人のやり取りを眺めていた。
◇
ゼキはソウジの次に、また別の相手とスパーリングを行う。
その相手は……。
「いいんですか? 私なんかで」
零堂ヒメナ。
「いやいや、なんかじゃねーだろ全然。大会出場者じゃねえか、三十二人しかいねー国内最強の学生騎士だぞ」
「ですが、一回戦で負けた弱っちい騎士です……」
「…………(イラッ)」
眉根を寄せたゼキは、両手を伸ばすと、ヒメナのすべすべでぷにぷにの柔らかいほっぺたを左右から摘んだ。
「…………ひゃひふるんへふは(なにするんですか)」
何時も通りのクールな表情で、どこか間の抜けた声を出すヒメナを見て可愛いな……と思いつつ、ゼキは彼女を睨みつける。
「――――龍上キララの前で、同じこと言えるか?」
「……っ、それは……」
「龍上キララに、『あなたが倒した騎士は弱っちい騎士でした』って言えるのか?」
「…………そんなことは、口が裂けても」
それを聞いたゼキは、ヒメナの口に左右の指を突っ込んで、びよーんと彼女の口を横へ引き伸ばす。
「…………ひゃふふふんへへほ(なにするんですか)」
「いや……口が裂けてもって言うから、裂いた」
ヒメナの並びのいい白い歯や、血色のいい口内、舌が見え、指に唾液が付着して、ゼキはなんだかイケナイことをしている気分になってきた。
真面目な話をしているのだ……と雑念の払いつつ、ゼキはヒメナへ語りかける。
「上ばっか見上げんのもいいけどよ、それで自分を下げる必要はねえよ。ちゃんと今自分が掴んでるもんの価値も認めようぜ」
そう言ってぎゅっと握った拳をヒメナの胸にこつんとぶつける。
「…………」
じとっ……と半眼でゼキを睨むヒメナ。
「ど、どしたよ……?」
「いえ……ありがとうございます。そうですよね……ダメですね、私……、ゼキさんと違って、悔しいっていうのに慣れてなくて、負けるってことに慣れてなくて……」
「いいや。簡単に慣れるようなもんじゃねーし、つーか慣れる必要もねえ……。負ける度にみっともねーとこ見せるのはしょうがねえ。オレだって負けたら絶対みっともねえこと言うからさ……そん時は頼むわ、ぶん殴るなりしてくれ」
「……はい」
頷いて、ぽむっとヒメナは軽くゼキの頬に拳を減り込ませた。
「……なんで?」
「いや、さっき胸触りましたよね?」
「違うじゃん! そういうのじゃなかったじゃん!」
確かに『上ばっか見上げんのもいいけどよ、それで自分を下げる必要はねえよ。ちゃんと今自分が掴んでるもんの価値も認めようぜ』の辺りで、ゼキはヒメナの胸に拳をぶつけていた。
「いえ……デリカシーがなさすぎるので……。あとそれから……」
「それから……?」
「――――ゼキさんが負ける訳ないじゃないですか。だから、負ける時に殴る必要がないので、今殴っておきました」
「……ハッ、言うねー、惚れる」
「……惚れてなかったんです?」
「さらに惚れる」
ニィッ、と歯を見せる少年のような笑みを浮かべて、ゼキはくしゃくしゃとヒメナの頭を撫で回す。
「……その撫で方、子供扱いっぽくていやです」
ゼキとヒメナはかなり身長差があるので、確かにそういう構図に見えてしまう。
ヒメナは口では『いや』と言いつつも、頬を赤らめそっぽを向いて、どこかまんざらでもなさそうなのだった。
「…………お兄様? いい加減始めたらどうですの?」
痺れを切らして口を挟んだのは、ゼキの妹であり魂装者の真紅園クレナ。
「もぉーっ!! ダメですよークレナ様! 今ヒメナ様とゼキ様はとってもなんだかいい感じだったんですから!! 見守るのがメイドの務めですよ!!」
そこへヒメナの魂装者であるメイド服小学生のヒイラギがぴょんぴょん跳ねながら抗議する。小学五年生とは思えぬ胸部が激しく揺れ、ゼキは『信じられぬ』という顔で硬直してしまう。
ヒメナが強めにゼキを殴り、クレナは自身の胸も見つめて項垂れた。ヒメナもゼキを殴った後に項垂れた。
「……私はメイドじゃありませんわ……」
「でもでもーっ!!」
二人の言い合いを見ていたゼキは、
「……さて、ガキどもがああ言ってるし、いい加減やるか」
「ちょっとお兄様!? 聞き捨てなりませんわよ、今のは!」
「うるせーうるせー、《魂装解放》」
「……んもぅっ! あとで覚えておくことですわ!」
強引に武装化しようとするゼキに、クレナは抵抗せず受け入れて武装形態へ。
クレナとしても、文句はあるが兄の邪魔だけは絶対にするつもりがないのだ。
同じく武装化を終えたヒメナと向かい合うゼキ。
「なあ、ヒメナ。オレは別にお前のことが好きだからスパーリングパートナーに選んだわけじゃないぜ? お前のことは好きだが」
「……ッ。……なっ、なら、なぜですかっ!」
「簡単だ。オレがセイハの野郎をぶっ飛ばすためには、お前とやるのが一番いいからだ」
ヒメナの戦闘スタイル。
龍上キララを散々苦しめた彼女の戦い方は、かつてゼキと戦った時とは大きく変わっていた。
鉄球によるパワーで押し切るシンプルなスタイルから、鉄球に加え、ガントレットとグリーブによる格闘も選択できるように、かなりバリエーションを増やした。
それは、ゼキとセイハの戦闘スタイルを同時に取り入れ完成したもの。
ゼキの殴り合いに特化したスタイル。
そしてセイハの打・投・極全てにおいてハイレベルな隙のなさ、さらに魔術を組み合わせることにも長ける高い完成度を誇るスタイル。
特に周囲に氷の足場を形成し、それを利用した変幻自在の動きから相手に組み付いて、関節技により相手を破壊するという技は驚異だ。
龍上キララはそれで腕を折られている。
去年のゼキも、セイハの打撃以外での投げ技、関節技には散々苦しめられた。
だからこそ、セイハの技を高い精度で自身のスタイルに取り入れたヒメナと戦うことこそ、セイハの対策になるのだ。
「そうですか……なら当然、手を抜く訳にはいかないですね」
ヒメナの胸に、様々なものがこみ上げた。
今のヒメナのスタイルは、ゼキを倒すために作り上げたものだ。ゼキを倒すために、ゼキのスタイルを研究し、ゼキを倒すために、ゼキを倒したセイハのスタイルを模倣した。
だが結局、龍上キララに負けた。
ゼキには到底届いていない。
悔しい。自分には価値がないと、そう思いかけた。それでも、ゼキはどこまでも自分の価値を認めてくれる。
だったらいつまでもウジウジと落ち込んではいられない。
悔しさを知った。
敗北を知った。
涙を知った。
心を知った。
『優勝しましょう! 来年こそ、ゼキ様をやっつけて、龍上キララ様もやっつけて、優勝するんです!』
そうだ。
ヒイラギと約束したのだ。
だからこそ、今はゼキに強くなってもらわねば困る。
今は彼を頂点へ届けることだけ考えよう。
どうせ彼が目標であることは変わらないのだ。
ならば一番良い場所で待っていてもらわねば困る。
「――いきますよ、試合が近いんですから、簡単に折られないでくださいね?」
「ハッ、やってみろやッ!」
落ち込んでいたヒメナの表情が一変、まるでゼキの如き闘志を剥き出しにした笑みを見せる。
これまでのヒメナならあり得ないような好戦的な顔。
それを見たゼキもまた、嬉しそうに笑う。
霊体化していたクレナが背後で『バトル馬鹿二人ですわ……』と呆れて笑う。
ヒイラギは『ヒメナ様が楽しそうでわたしも嬉しいですーっ!!』と満面の笑みだ。
そして、ゼキとヒメナが拳をぶつけ合い――。
◇
蒼天学園内の闘技場にて。
そこでは、一つの戦いの決着がつこうとしていた。
「――――《絶刻》ッ!」
「……少し、甘すぎるんじゃないかな」
セイハが時間停止という規格外の術式、《絶刻》を発動しようとした瞬間。
強大な力が彼の右腕を押し潰し、地面に減り込ませた。
激烈な痛みで、意識が掠れる。
それにより、精緻な術式構築が要求される《絶刻》が、発動途中で霧散してしまう。
蒼天院セイハと戦い、彼を圧倒している相手は――。
「その技は決して無敵じゃない。いいや、どんな技だろうが、一見どれだけ無敵であろうと、大抵はそれに程遠いものだよ」
彼の名は、天導セイガ――《護国天竜八部衆》が一人、第一席《虚空創星》。
国内最強の学生騎士の相手は、正真正銘この国で一番強い男だった。
《ガーディアンズ》内でも、《八部衆》にだけ許された特別な制服。
純白の軍服に、八部衆のみに許された装飾が施されている。
漆黒の髪を後ろで結んだ、年齢のわりには若々しく整った顔立ちの男が、セイハを見下している。
天導セイガは普段は穏やかだが、訓練の際の彼はどこまでも苛烈だ。
「発動すれば勝てると言っても、発動させなければいいだけの話。ましてや発動条件が厳しい以上、苦し紛れに使う技ではないだろう、それは。雪白フユヒメは、その辺り理解していたようだが?」
赫世アグニ対雪白フユヒメの試合のことを言っているのだろう。
セイガの言う通りだった。
徹底的に彼に叩きのめされ、考えの浅い手段を選んでしまったのはこちらの不覚だ。
「さあ、立とうか。もう一度だ。
誰かを守りたいのだろう? 私の座を継ぎたいのだろう?
この国で一番になろうと言うんだ。
であれば、この国で一番血反吐を吐くのはキミであるべきだろう?」
セイガの能力である重力操作により、強引に体を持ち上げられた。
だが、セイハはそれに抗うように、自身を引き上げる力を振りほどいで、自らの力でしっかりとリングを踏みしめる。
「――――ええ、もう一本お願いします」
「それでこそ。鍛えがいのある弟子を持てて嬉しいよ」
そして再び、《学生最強》であるセイハは、ひたすら本物の《最強》に圧倒され続けた。
◇
「……お疲れ様です、セイハ様」
冷たい声が響いた。
鮮やかな蒼銀の長髪。所作の一つ一つが洗練され、どこか機械のような印象を受ける。
身を包んでいるのはメイド服。
零堂ヒイラギのように、服に着られている訳ではない。その服に見合う所作、そこから滲む一流の雰囲気を纏う女性だった。
――――彼女の名は、零堂ツバキ。
ヒイラギの姉にして、セイハの魂装者だ。
ツバキが差し出したタオルを受け取り、セイハは汗を拭っていく。
スパーリングに付き合ってくれたセイガの姿は既にない。残されたのは、激しい戦闘が伺えるリングに、息を切らしたセイハ、それを見守るツバキのみ。
ツバキの表情は微動だにしない。声音も常に冷淡なまま。
感情を封じられていたヒメナでさえ、表情は変わらないものの、『変わる兆候』のようなものがあった。
ツバキには、それすらない。
彼女の首元には、どこか異様に映るものが嵌められていた。
青色の首輪。
それは《魔導具》の一つで、《感情を封じる》というものだ。
これはかつてセイハがヒメナに施していた感情凍結術式と構造自体は同じものだ。
異なるのは、この『封印』はヒメナに施されたものよりもずっと強力であること。
そして、ツバキはこれを自らの意志で選んで施していること。
――セイハの両親が殺された時、ツバキはセイハへの忠誠を誓った。
これは償い。
ツバキは一生、セイハのために尽くす。
ツバキは今後一生、セイハのために尽くすこと以外をするつもりがない。
そして、そこに感情は必要ないと、彼女は自身の判断で、己の心を捨てた。
なぜそこまでするのか?
一つは、彼女が《零堂》だから。
零堂は、蒼天院に尽くし続けていた一族だ。
その歴史は長い。《零堂》に生まれたということは、蒼天院に尽くすということを意味している。ツバキは物心ついた時から、そう教え込まれ、そこに疑問を差し挟むような反骨心は抱いていなかった。
だが、それよりも強い理由がある。
セイハが蒼天院であることも、ツバキが零堂であることも凌駕する、強い理由が。
――――セイハの両親を殺したのは、ツバキの母親なのだ。
確定ではない。
だが、ツバキは確信している。
ツバキの母親――つまり、ヒイラギの母親でもある女性は、セイハの両親が殺害された事件の後に、その姿を消した。
あの事件は、あまりにも多くの謎を残している。
殺害に使われた凶器すら不明だ。
――そして、ツバキには、事件の際の記憶がない。
恐らくは、母親になんらかの細工をされた。そこの詳細も不明だ。
それ故に、様々な憶測が飛び交った。
状況から見て、犯人はツバキの母。凶器は――魂装者であるツバキ、という見方が大半だった。
ツバキはその日から、周囲の全てが敵になった。
人殺しの道具。呪われた魂装者。誰からも罵倒を浴びせられ、呪詛を吐かれ、偏見の目で見られて、疎まれ、忌避され、恐れられた。
――――蒼天院セイハだけが、そうではなかった。
セイハは信じてくれた。
真相はどうでもいい。仮にツバキが、セイハの両親を殺した時に使用された凶器であろうが関係ないと、彼は言い切ってくれた。
その時、ツバキはきっと一生分の感情を使い果たした。
一生分の涙を流したと思う。
そして――――自身の人生は、セイハのために使うと決めた。
それからだ。
セイハは悪を憎み、平和を求める。冷酷に、機械のように、そのための努力を積み重ねてきた。
ツバキは何も憎まない、何も感じない。ただセイハのために。機械のように、ではなく――セイハのために動く機械そのものと化した。
二人はそうやって進んできた。
二人には、誰にも負けられない理由がある。
これが《頂点》の二人。
血塗られた過去を持つ彼らだからこそ、そんな残酷を、理不尽を、悪による凶行から、人々を守るために――彼らは誰にも負けられない。
「……ヒメナの件、キミはどう考える?」
珍しく、セイハがツバキへ事務的なものではない言葉を投げかけた。
「……どう、と言いますと?」
常に冷淡なツバキの声音に、珍しく変化があった。
疑問。セイハの意図が、理解できない。
「それについてだ。思うところはないのかと、少し気になってな」
「……何も。ヒメナ様が自身の幸福を得るのは喜ばしく思いますが、それは私とは一切関係のないことです。私は幸福という概念自体に興味がありませんが――恐らくは、今の状況は『幸福』なので」
「……そうだったのか?」
「……ええ、勿論です」
セイハからタオルを受け取るツバキ。いつもの通りの無表情。
「今の私は自身の願いを持ちません。しかし、自身を捨てる前に感じていたことから、もしも私が『心』を封じていなければ――と想定することは可能ですので。想定によれば、私はセイハ様と共に在れるだけで、最上の『幸福』を感じます」
「……ふふっ、そうか」
「……何かおかしかったでしょうか……?」
珍しく笑顔を見せる主に、ツバキは首を傾げた。
ツバキは心を封じる以前から、他人の感情の機微に疎かった。だからきっと、どうあってもこれを理解することは難しかっただろう。
セイハは不安だった。
ツバキの道を縛り付けてしまっているのではないか。
あの時――――、周り全てから『凶器』として扱われている彼女を救うには、ああするしかなかったと、自身の手で、ツバキを守るしかないと思った。
だが、ツバキはあまりにも自身に厳しすぎる。
ともすれば、セイハよりもずっとストイックな在り方だ。
だから彼女にとって最良の道はなんなのか、ずっと悩んでいた。
だというのに、彼女は今を肯定してくれている。
未だ不安はある。
心を封じる。そんなことが正しいのか。少なくとも、ヒメナにとっては決して正しくはなかった。それを、あの男が――真紅園ゼキが教えてくれた。
では、ツバキは?
わからない。ずっとこの在り方でやってきて、勝ち進んできた。
「ヒメナを羨ましいとは?」
「いえ、まったく。私に感情は不要です。私はただ、セイハ様のために尽くせれば、それで」
やはり無表情に、冷淡に告げるツバキ。
ツバキは己を許していない。
自身が罪深い存在だと考えている。人殺しの娘。人殺しに使われた道具。だからこそ、己の喜びを許さない。
そして、セイハに尽くすと誓い、己を『道具』と定義した以上、感情は余分とも考えている。
セイハはどうすればいいのだろうか。
自分はどうしたいのだろうか。
なぜ、こんなことで悩むのだろうか。
(……まさか、な……)
ふと、疑問が過る。
自分はもしかして、ツバキに笑って欲しいのではないだろうか。
「…………あてられたか、あの男に」
真紅園ゼキ――セイハとは正反対の、感情だけで生きているような男。
零堂ヒメナの心を溶かして救った男。
彼と同じようにするつもりはない。
こちらには、こちらの在り方がある。
「……俺もまだまだ未熟だな」
学生の頂点に立ったところで、上にはまだまだ強力な騎士が大勢いる。
悩みは尽きない。迷いは尽きない。
だが、予感があった。
再び彼と戦うことが出来る。
あの宿命の男と戦えば、何かを掴める。
宿命の時は近い。
真紅園ゼキと蒼天院セイハ。
まるで出会った時からそうあることが決まっていたように――二人は再び、剣祭の舞台で激突する。




