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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/下 ■■■■■■/■■■■■■
86/164

 第13話 それぞれの前夜①/黒宮トキヤ 夜天セイバ





 8月7日。

 Dブロックの試合が行われた日の翌日。


 これで一回戦全十六試合が終了。

 二回戦では、勝ち上がった十六人による八試合が行われる。

 本日は休息日。

 明日からは、いよいよ二回戦の試合が始まる。




 藍零学園、闘技場。

 冷気で満たされた空間だった。あちこちに氷柱が屹立――もしくはリングを砕いて突き刺さっている。

 さながら氷剣の森。ここまでの使い手となれば限られる。

 リングに立っている、雪白フユヒメ。

 鮮やかな青色の髪を真っ白いリボンで結んだポニーテール。テール部の毛先は大腿のあたりまで伸びている。

 強気そうな青色の瞳は、目の前の男を睨みつけていた。

 無造作に跳ねる黒髪。フユヒメと同じく、強気そうな赤色の瞳。

 銀色のガントレットに覆われた右手。

 その右手が握る、銀色の両剣が、フユヒメの首筋へ突きつけられている。

 剣を握る少年の名は黒宮トキヤ。

 フユヒメとは幼馴染であり――そして、大会で再戦を誓ったライバルでもあった。




「――はい、オレの勝ち」

「……まあ、今回は認めてあげるわ。アンタが明日試合じゃなかったら絶対認めないけど」

「あー? 別にオレは何回受けてやるけど~~~????」

「うっっっさいわねバカッ、アンタ明日試合でしょうがバカッ! バカなこと言ってないでちゃんと休みなさいよバカ!」

「3回もバカって言う!?」

「4回よッ!」


 二人はここで模擬戦をしていた。勝者はトキヤ。

 明日が試合だというのに、調整のために軽く流す程度ではなく、かなり本気の戦いだったことを、リングに突き立つ氷柱の数が物語っている。



「バカバカうるさいんだよ、立板に水」

「またすぐそうやって人が気にしていることを……」

「はぁ? オレは今突然『立板に水』と言っただけなんだが? 気にしてる? どこを気にしてるんだ? 立板のような胸か? 滑らかに水が流れていくか?」

「結局言ってるじゃないッ、死になさい、短小!」

「アァ!? 短小だあ!? わっかんねえだろ最近見てないんだからァ!? 確かめるかあ!?」

「なっ、なあっ……!? バカじゃないの!? 見ないわよ!」

「いいのかぁ!? ほんとに見なくて!?」

「いいわよッ!」

「本当にいいんだなあ!? あとで見せてって言ってももう遅いぞ!?」

「本当に死ね!」

 

 頬を赤らめたフユヒメがトキヤの股間目掛け脚を振り上げるも、トキヤは左膝でブロック。

 危ない所だった。

 さすが氷のように冷徹な攻撃だ、とトキヤは肝などを冷やした。


「はぁ……疲れた。戦うより疲れるまであるわー」

 

 言ってトキヤはこちらに背中を向けて、その場に座り込んでしまう。

 その背中を睨みつつ、フユヒメも同じくその場に座る――ただし、トキヤには背を向けて。

 そこで、彼の方から、フユヒメの背中に自身の背中を預け、さらに後頭部をこつんとぶつけてくる。


「……あのさ」

「……なによ」


 声音が変わる。

 先程までの幼稚な、しかし嫌いではないやり取りの時とは異なる、改まった真面目な調子。


「……良かった。いつも通りで。いやそうじゃねえのかもしれないけどさ……」

「落ち込んでると思った?」


 雪白フユヒメ対赫世アグニ。フユヒメは、あの戦いで負けた。

 それ以降、彼女は会場に足を運んでいなかった。

 仕方のないことだと思った。むしろ当然、負けたというのに少しも落ち込まずに何時も通りだとすれば、そちらの方が余程おかしい。


「正直な。ちょっとビビってた」

「……心外。ムカつく。ナメんなバカ。落ち込んだわよ。悔しいわよ……。情けないわ。アンタともう一度、あの場所で戦うためにやってきたのに、私はアイツに手も足も出なかった。本当に、悔しかったわ……。でも、それでアンタに心配をかける方が、ずっと悔しいし、ずっと情けないじゃない」

「……さすが。オレの出る幕はねーか」

「ううん……。ごめん、そんなことない……」


 背中越しに、彼女の声が震えたのがわかった。


 だからトキヤは、そっと彼女の手を握った。

 トキヤの左手とフユヒメの右手、指と指とが絡み合う繋がり方。


「勝つよ、オレ。結局は、それしかないんだ。勝って言うよ。表彰台の一番上でさ、お前がいたから勝てたって、お前とやってきたから勝てたって言うから」


「…………もう、バカね。私のことなんか気にしなくていいのに」


 今度の「バカ」には、どこか愛おしさを含んだ響きがあった。


 ぎゅっと握られた手から温もりが、彼の想いが伝わってくる気がした。

 今の繋がりが、背中越しでよかったと思った。でなければ、彼に見せたくないものを見せてしまうから。

 そう言えば、座り込んだ時に背中を向けてきたのはトキヤが先だったか。そこまでわかってやっていたのだとしたら、随分とこちらのことを考えてくれたものだ。

 ありがたい反面、なんだかムカつく。

 なのでこつん、とフユヒメか後頭部を彼にぶつけた。


「いて……」

「おかえし」

「んだよ……」







 ――――『おまえなんか、オレが絶対に倒してやるからなっ!』


 出会いは最悪だった。




 いいや、出会い『も』だろうか。


 出会った時から喧嘩ばかり。

 生まれついての勝者、大天才である神童、雪白フユヒメ様に正面から歯向かってくる度胸ある子供など、黒宮トキヤくらいのものだった。

 

 最初は鬱陶しかった――弱いくせに、いちいちこちらに突っかかってくる。

 次第に、不思議に思った――こいつはどうして、そこまで頑張れるのだろうか。

 彼の戦う理由を知った――妹であるエコ、彼女を守るためなら、トキヤはどこまでも強くなる。

 いつしか、こちらにとっても彼は戦う理由になっていた――必死に追いすがってくるトキヤを見る度に、自分はずっと彼に相応しい背中を見せていたいと思うようになっていた。


 そして今――。


 ――――『オレはさ……お前も守れるくらい、強くなりたいよ』


 生意気だと思った。

 だが、彼は自分よりも強くなってしまった。

 かつては誰もが、彼を笑った。

 無理だ、あり得ない、身の程を知れ……散々浴びせられた言葉を、彼は物ともしなかった。

 頑張っている人間を笑う誰かの言葉で、彼は止まらない。そんなもの気にも留めない。

 そのくせ、雪白フユヒメの些細な言葉にはいちいち本気で怒り出すのだ。


「ね、トキヤ」

「……んだよ」

「……………………………………………………ありがと」

「……。……いらねーよ、礼なんか」

「なによ、勿体無いわね、このアタシが珍しく殊勝になってあげたってのに」

「すげえ、『殊勝』と『なってあげた』を並べられるのはお前くらいじゃねえか?」

「茶化さないでよ」

「先に茶化したのお前だからな? ……あと、お前だってオレの心配なんかいらねーんだろ? だからこれでおあいこじゃねえか」

「……ま、そうね。それでいいわ。あの赫世アグニってやつ、《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》なんでしょう? ちょうどいいわ。いつか私がアイツの野望を叩き壊してあげるの。その時は手伝いなさいよ?」

「おう、任せろ。たっぷり仕返ししてやろうぜ。この先アイツが勝ち上がってきたら、先に仕返ししとくけどな」

「その前にセイバくんに勝ちなさいよ?」

「だな。先ばっか見て目の前を疎かにはしねーさ……アイツはそれで勝てる程甘くねえからな」


 そんな風に、少しずつ湿っぽいやり取りから、いつもの軽口と皮肉と笑顔で満ちたやり取りに変わっていく。


 雪白フユヒメは、黒宮トキヤのことが大嫌いだ。


 ガサツで、デリカシーがなく、いつもこちらに突っかかってきて鬱陶しいことこの上なく、シスコンで、馬鹿で、胸のデカい女にばかり現を抜かし、そしてこちらの人生で一番気にしている、全てが完璧の雪白フユヒメ唯一のコンプレックス、神が成したバランス調整であるところの、ほんの少しだけ控えめな胸を躊躇いなく馬鹿にしてくる。


 こんなバカのことは大嫌いだが――――それでも、彼が幼馴染でよかった。

 彼とライバルでよかった。

 彼とここまで歩んできてよかった。

 そしてこれからも、彼と歩んでいきたい。


「トキヤ」

「あん?」

「優勝しなさいよ」

「おう、任せとけ」



 雪白フユヒメは――――黒宮トキヤが大嫌いで、大好きなのだ。



 ◇



 場面は移って、闇獄学園内にある闘技場。


 二人の騎士が、同時に一人の騎士へ斬りかかった。


「翠竜寺流・攻勢/一式――〝おろし〟」


 二刀を上段から振り下ろしたのは、風狩ハヤテ。

 

「翠竜寺流・攻勢/二式――〝吹花擘柳すいかはくりゅう〟」


 長大なリーチを持つ野太刀を下方から跳ね上げるのは、翠竜寺ランザ。


 かつて宿敵同士であった二人が息の合った連携を見せ、一人の騎士を追い詰める。

 彼らを同時に相手にしている騎士の名は、夜天セイバ。

 罪桐ユウが引き起こした一件の際に、セイバはハヤテと戦っている。

 そして、以前からセイバはランザと友人であり、彼から剣を学んでいた。


 現在、セイバもまたハヤテと同じく二刀であった。

 まず左手の刀で、ハヤテの振り下ろしに対処する。ハヤテが左手に握る刀を横へ弾き飛ばし、右手の刀へぶつけて、二刀をまとめて防いだ。

 同時、下方より迫るランザによる斬り上げを、右の刀で防ぐ。

 別方向からの斬撃を同時に、かつ正確に読み切り応じる。並大抵の技量では成しえない芸当だ。

 一瞬も気を抜けない。

 二人をまとめて相手にしているのだ。要求される集中力、処理能力は倍以上。

 

 セイバはハヤテの斬撃を弾くと同時、彼と逆方向へ移動。ランザとは鍔迫り合いつつ、彼をハヤテとの間に挟んだ。

 これでハヤテはこちらを攻めづらくなる。

 そしてセイバは大きく一歩踏み込み、ランザを押し飛ばす。ランザの体勢が崩れることはなかったが、これで距離が開いた。

 そこでセイバは突然、右手に持っていた刀をパッと離した。


 

 なぜ――?

 ランザとハヤテは、同時に疑問に思った。

 その答えは、先にランザが理解した。

 セイバは制服のポケットに右手を突っ込むと、そこから何かを取り出してランザの顔面へ投げつけた。

 

「なっ――だが……ッ!」


 瞠目するランザ。

 投げつけたモノの正体は、リングを刀により削り出した小さなコンクリート片が数粒。

 投げつけられたランザが先に、遅れて背後のハヤテも理解する。

 ハヤテがセイバと戦った時も、目を狙った砂による攻撃を受けている。

 

 だがこの程度、風で防げばいいだけのこと――とAランク騎士のランザは即座に魔力を練る。

 しかし、それをセイバの能力が許さない。

 いつの間にか、セイバの魔力がランザに纏わりついて、魔力を練ることを封じられていた。


 セイバがこういった魔力に頼らない小細工を多用するのは、彼の戦いが常に魔力を否定するところから始まるからだ。


 そして、彼は一般的な正々堂々とした勝負になど興味がない。

 己の技量を競うことは素晴らしいだろう。だが、そういった誇り高き戦いになんの価値がある? 誇りで殺し合いに勝てるのだろうか? 誇りで大切な人間を守れるのか?

 勝利。どんな手段を用いようが、卑怯と罵られようが、ただ勝利を。

 それがセイバの在り方。

 元来凡人だった彼が、戦いに狂った猛者達の巣へ踏み入れた時に身に着けた戦い方。

 彼は戦闘を楽しまない。

 戦闘狂などという人種には忌避しかない。

 大切なのは――最愛を守ること。


 風を封じられたランザが堪らず投げつけられた石塊から視界を守るために腕を上げた。

 それにより、ランザの視界は一時的に自身の腕により塞がれ、さらに腕を上げたことにより腹部ががら空きだった。


「ごっ、はぁ……」


 すかさずそこへセイバが踏み込み肘を叩き込んでいた。

 仰け反るランザにさらに前蹴りを浴びせ後方へ押し込み、背後のハヤテへぶつけることを狙うセイバ。

 が、既にハヤテは動き出し、ランザの体を避けて、横合いから斬撃を放っていた。

 刀を受け止め、二刀と二刀で拮抗するハヤテとセイバ。

 

「……さすがだな、風狩」

「まあ、《天眼》の基本は観察なんで。それにセイバ先輩がなんでもアリなのは前に戦って身にしみてるッスからね……」

「……それだけか?」

「それから……先輩が倒したいヤツ、オレも倒したいんで」

「なるほどな」


 セイバが目を細め、ハヤテが獰猛な笑みを浮かべる。


 セイバの倒したい相手。

 このハヤテとランザを同時に相手取るという一見無茶な戦いは、ある相手を想定している。

 それは黒宮トキヤであり――そして、刃堂ジンヤだ。

 セイバがこれから戦うことになる相手。

 トキヤの両剣による激しい連撃。そして恐らく今大会で剣戟においてはトップクラスである刃堂ジンヤ。

 この二人との近接戦闘を想定するなら、相応の準備が必要だった。

 

 セイバとランザは同じ三年。以前より面識があり、剣技の師が必要なセイバが、ランザから剣を学んでいた。

 そして、ハヤテとランザはかつての宿敵だが、現在は予定ではあるが、ほとんど義理の兄弟だ。

 そういう繋がりで、セイバはハヤテとランザにスパーリングパートナーを頼んでいたのだ。


「一度仕切り直すか。次は黒宮に寄せた想定でのパターンをやっておきたい」


 言って、セイバが剣を引いた。


「んじゃ、少し休憩入れてからいきますか。あ、そうだ先輩……まあ、選択肢の一つとしてはいいと思うんスけど、たぶんジンヤに卑怯系の小細工は通用しないっすよ?」

「……そうか? 俺とは違って、真っ当なタイプに見えたが」

「いやいや全然……アイツ、めちゃくちゃ勝ちに拘りますからね、勝つためならなんでもやりますよ……。っていうか、自分が持たざる者って自覚ある分、そういうの躊躇いないッスからね」

「……なんだ、俺と同じだな」

「同じスか……?」

「ああ」


 頷くセイバ。ハヤテからすれば、それはすんなりと受け入れられることではないのだろう。

 セイバは能力に恵まれた側で、ジンヤはそうではない。そう思っているはずだ。

 だが、セイバからすれば、本当に恵まれているのは、斎条サイカやレヒト・ヴェルナー、それに赫世アグニも該当するか。彼らのような、学生の枠外と言える騎士達の才能に比べれば、セイバなど欠陥品も同然。

 

 大前提として、セイバの能力は剣戟最強でなければ成り立たないのだ。

 能力を封じたところで、能力なしでの近接戦闘に勝たなければならない。

 そして、今現在、セイバが刃堂ジンヤに剣戟で勝る保証はない。

 ――が、当然その部分に関する対策も考えてある。

 その辺りも、現在こうしてハヤテとランザに協力してもらい行っているスパーリングが重要になってくる。

 二人には感謝することしきりだ。


「しかし……いいのか? 今更だが、刃堂とは親友だったな。敵に塩を送っても構わないのか?」

「いいんスよ――あいつ変態だから、むしろ喜びますよ。『ありがとう、ハヤテ!! 僕の敵を強くしてくれるってことは、それを乗り越えることで僕はもっと強くなれる、つまり僕を強くしてくれるってことだよ!』みたいな、めちゃくちゃなこと言いますよ」

「なるほど、そいつは変態だな」


 セイバには理解できない考えだった。

 

「――そろそろ続きにしないか?」


 そこで先刻のセイバから受けた肘鉄のダメージから回復したランザが提案する。


「おう……ランザ、次の連携なんだけどさ……、」


 ハヤテとランザが相談を始める。

 それをセイバは少しばかり微笑ましく眺める。

 ランザから、彼らの過去の確執は聞いている。今はもうそれについては乗り越えたようだ。


「親友、か……」


 セイバにも、かつてロウガという親友がいた。

 ロウガは殺された。彼はもう、この世界にいない。


「――俺にはもうないものだが、嫌いではないな」


 ハヤテ達には聞こえない程の小さな声で、そう零した。


 ルミアやサイカが誰かの命を奪うことを、その身を賭して防いでくれた親友。彼の想いは、今のこの胸で生きている。

 ルミアを守る。そして、サイカを止める。そのために、己は強く在らねばならない。

 その在り方を貫けるという確信を得るために。

 そして、ルミアのために、『持たざる者』である自分でも、サイカに勝てると証明するために。

 負けられない。

 黒宮トキヤにも、刃堂ジンヤにも、絶対に。



 夜天セイバは戦闘が嫌いだ。

 戦いなどせずに穏やかに過ごすことをなにより尊く思っている。

 それでも、彼には負けられない理由がある。

 戦いが嫌いで本来は温厚な――しかしそれを冷酷さで覆い隠す少年は、静かに闘志を燃やしていた。






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