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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/下 ■■■■■■/■■■■■■
82/164

 第9話 殺意と殺意







「「――――殺す」」







灼堂ルミアと斎条サイカ――二人の殺意が同時に溢れた瞬間、戦いの幕が開ける。


 最初に仕掛けたのはサイカの方だった。

 概念属性《四大元素》。地水火風を操るという応用範囲が広い能力。

 先手を取ることに長けた能力も、サイカが持つ膨大な技のバリエーションには含まれている。




「吹っ飛んじゃえ」




 サイカが放ったのは風。

 地水火風の中で、風は最も速さと範囲に優れる。

 ただ風の魔力を放つというだけのシンプルな攻撃。サイカの強大な出力で行えば、それだけで並の騎士が放つ必殺の一撃と同等になり得る。

 翠竜寺ランザが見せた嵐の刃には劣るものの、まともに食らえばリング外に吹き飛ばされる威力を伴った強烈な風が荒ぶ。

 



「……相変わらず、雑」




 一閃――断割。

 サイカの放った風を、ルミアは光を纏った刃で斬って捨てた。

 レヒトの《切断》とは違う、純粋な剣技の鋭さと、強力な《光》の魔力を刀に纏わせる技術が組み合わさった、修練の果てに至る一閃。

 

 サイカのランクはA、ルミアのランクはB。

 サイカの能力が持つ特異性を差し引いたとしても、才能の差は歴然。

 であれば当然、相応の修練でそれを埋めるのみ。

 特別なことではない。

 龍上キララも、零堂ヒメナ、刃堂ジンヤも――分相応な夢を抱いた騎士ならば誰だってやっている、当たり前のことだ。

 灼堂ルミアもまた、才能の壁に挑む挑戦者の一人だ。



 セイバと戦いたい。

 思い切り彼と剣を交えたい。彼のお陰で、今自分はここにいる。

 そのためには――邪魔な相手が多すぎる。

 目の前にいるサイカだけではない。

 先程の試合で圧倒的な力を見せつけたレヒト・ヴェルナー、そして注目のルーキーである龍上ミヅキや輝竜ユウヒ。他にも勝ち上がって見せた龍上キララや、爛漫院オウカ。

 誰が相手になるかはわからない。

 だが、セイバと戦うには決勝に上るしかない。


 ――――全員、殺す。誰が相手だろうが、必ず殺す。


 無論、ルミアの殺意は表面上のものだけだ。サイカはさておき、実際に相手を殺す気はない。そんなことをすれば、セイバが許さないことは痛い程わかっている。

 だが、自分の中で暴れる殺意を押さえつけるつもりもない。戦いになれば、この衝動は便利だ。恐怖も緊張も不安もなにもかも、全て殺意で塗りつぶせばいい。


「あなたの殺意って、その程度?」 


「ふぅーん……? なら、次はこれでどう!?」


 ルミアの挑発に僅かに目を細めつつ、サイカは次なる攻撃を放つ。

 以前二人の距離は開いている。この距離ならば、有利なのはサイカであることに変わりはない。


 サイカが握っていた緑色の剣を放り投げると、吹き荒れる風がそれを拐って、再びサイカを中心として旋回を始める。さながら太陽の周囲を公転する惑星のように。

 戦いが始まった当初、柄頭を下に地面と垂直だった剣は、今は切っ先を外側に向け、地面と平行の状態で回転している。 恐らくは、あの剣自体でも攻撃を仕掛けてくるのだろう。

 

 サイカは黄色の剣を掴み取り、それをリングへと突き立てた。

 瞬間、地面へ一気に魔力が注ぎ込まれ、あちこちに魔法陣が出現、そこから先端の尖った岩の杭が伸びた。

 剣山めいた様相が出来上がるが、ルミアは即座に魔法陣がない地点へ移動しており、岩の杭を躱していた。

 ただ風の放つだけよりもずっと技の発動が遅い。

 術式構築、座標指定、術式発動、そして岩の杭が伸びる速度、どれも先刻の風よりも遅れている以上、攻撃を食らってやる道理は皆無。

 

「あくびが出そう」

「――そのまま寝て死ねっ」


 サイカは再び握った黄色の剣に魔力を注ぐ。すると林立した岩杭が弾けて、リング上を埋め尽くすように岩が四散した。


「――――所詮、ガキの浅知恵だね」

 

 ルミアは自身の周囲にあった岩杭は刀で斬り刻み、遠方より飛来する岩塊は全て光の魔力を硬質化させて生み出した壁により防ぎ切った。

 ――読めていた。

 わざわざ速度に優れる《風》の後に、《地》による岩杭の攻撃をする理由。低速の岩杭をただ放って当たるはずがない。であればそれは、次の攻撃への布石であることは明白。

 

 サイカの能力は強い。圧倒的と言ってもいい。

 地水火風どれかの基本属性のみしか持たない者――いや、騎士と魂装者アルムで別属性を持ち、二属性を操るタイプですら、四属性を操る能力は喉から手が出るほど欲するだろう。

 しかし――あの少女は希少かつ強力な《四大元素》を十全に活かせていない。

 才能にかまけて、努力を怠っている。

 そんな相手に、負けてやるつもりはない。


(とは言え、近づかないと話にならないな……)


 依然こちらは攻撃をしかけられていない。攻撃を防ぎ続けるのが可能だとしても、スタミナ勝負でなら確実に相手が上。魔力量の埋めがたい差は、あまりにも厳然と横たわっている。

 

 向こうから近づいてくる素振りがない以上、剣技に自信はないのだろう。

 近づきさえすれば勝てる。

 では、どうすれば接近できるのか――ルミアが思考している最中だった。


「……ムカつく、ムカつくムカつく…………さっさと壊れろザコッ!」


 あっさりと攻撃を防がれた続けたことで、サイカの怒りは増していた。

 

 彼女は左手に黄色の剣を握ったまま、緑色の剣を右手で掴み取る。

 地と風、二属性同時使用。

 黄の魔法陣と重なるように、緑の魔法陣が展開される。

 それにより、何が起きるか。

 黄の魔法陣から岩杭が射出されると同時、緑の魔法陣から烈風が吹いて、岩杭を加速させた。


 地面に魔法陣を展開し、岩杭を林立させた時とは比べ物にならない攻撃速度。

 そして、ただ風を放った時とも違う。

 同時に複数迫る高速岩杭――この攻撃は、一度の斬撃では防ぎきれない。

 

「それなら……っ!」


 前方へ光を硬質化させ作り出した壁を展開するも――

 ――激烈な勢いの岩杭は、光壁を容易く砕き割った。


「……くっ!」

「あは。もっろぉーい」




 出力差。

 そもそも《光》は防御に特化しているというわけでもなく、光壁に《絶蒼》のような高い防御力はない。

 しかしそれ以上に、サイカの出力は高すぎる。

 事前に公開されているデータ上での互いのステータスは、



 灼堂ルミア


 ランク B

 攻撃 A

 防御 D

 敏捷 A

 出力 B

 射程 C

 精密 B





 斎条サイカ


 ランク A

 攻撃 A

 防御 B

 敏捷 B

 出力 A

 射程 A

 精密 D




 ルミアの攻撃と敏捷は大したものだが、やはり防御、出力が根本的にサイカと戦う上では心許ない。

 対してサイカは、精密の練度が低いものの、その才能は大会出場選手の中でもずば抜けている。


 能力の特性ではなく、魔力保有量、出力という点で見れば、ここまでの才能を持っているのはサイカを除けば赫世アグニくらいのものだろう。 


 

 咄嗟に身を捻り、どうに躱すも、攻撃は止まない。次々と岩杭を射出していくサイカ。

 ルミアはみっともなく転がりながらも、必死に避けていく。

 

 迎撃、防御は不可能。

 なんとか回避を続けているが、避け続けられる保証はない。

 


 ルミアが弱い訳ではない。

 サイカは、あまりにも強すぎる。


 回避を続ける中で、何度も岩杭が体を掠めた。

 ルミアの体は傷だらけになっている。

 

「…………それでも……ッ!」


 血が滴り、リング上に赤い斑点を描いていく。

 力の差はやはり歴然。

 分かり切っていたことだ。

 もはや勝てるかどうか以前の問題。殺されてしまうかどうか。棄権して当たり前の戦い。

 セイバだって、止めようとしてくれていた。


「…………それでもッ!」


 ――――それでも彼女には、退けない理由がある。




 ◇





 小さい頃から、ずっと自分がどこかおかしいことに気づいていた。

 命は大事にしましょう。

 友達を傷つけないようにしましょう。

 周りが当たり前にできるそれが、周囲の子供が、先生が、容易く口にするそれが、ルミアには理解できなかった。

 勿論、乱暴な者はいる。他者を傷つけて平気な顔をしている人間など、大勢いた。

 だが、彼らだって、命を平然と奪える訳ではなかったし、過ちを犯したその後で、すぐに当たり前とされる道徳の価値に気づいていた。

 気づいたフリをしているのか、本当に心の底から大切だと思い直したのか。

 ルミアにはその区別もついてしまう。

 『優しさを持っているフリ』をしている人間はいる。それでも、本当に壊れている者と比べれば、彼らもまだまともだ。

 そういった心の動きのみに対し、ルミアは特別敏感なのだ。


 ルミアの人生において、他者を平然と傷つけ、心の底からなんとも思わないことができている人間は、仮面の男――いや、罪桐ユウと、そして。

 ――斎条サイカ。

 この二人と、自分だけだ。

 

 


 ずっと隠していた。

 ユウやサイカといった、本物の怪物達。

 彼らとルミアにほんの僅かな違いがあるとすれば、それは。

 まとも呼ばれる、普通と呼ばれる、一般的と呼ばれる――正しく、優しい、心を持った者達と決定的に違ってしまうことを恐れる気持ちを持っていたことだろう。

 

 ――では、なぜルミアにそんな気持ちがあったのか。

 

 それは、ルミアとセイバの出会いにまで遡る。


 幼少期、おとなしい少女だったルミアは、その心に巨大な虚無を抱えていた。周りの言うことがまるで理解できない。周りが正しいと思うことを、まったく正しいと思えない。

 しかし、ただそれだけで、得体の知れない不快感を抱えたまま、ルミアは平凡な日々を過ごしていた。

 ある時、ルミアはいじめの標的にされたことがあった。

 彼女をからかってくる男子を、ルミアは殺そうと思った。

 たくさん潰した蟻のように。

 ばらばらにした蜘蛛のように。

 羽をもいで捨てた蝶のように。

 こいつも、殺してやろうと思った。

 それを躊躇するという機能が、ルミアには備わっていなかった。

 お弁当を食べるために持ってきていたフォークで、その男子の顔面をめった刺しにして、眼球にフォークを突き立てる様を、ルミアは容易く想像ができた。

 ポケットにそっとフォークを忍ばせて、その時を待った。

 そしていつものように、その男子がルミアを馬鹿にして。それに対して、ルミアはなんでもないように、彼を殺す――かに思えたが、その時だった。


「……やめろよ、情けない」


 男子を注意する、別の男子が現れた。

 それが、セイバだった。

 セイバは特別強くもなければ、格好良くもなかった。

 いじめっ子はセイバを叩きのめして、セイバは為す術もなくやられて、顔に大きな痣を作った。


「……なんで。よわっちいのに」

「助けてやったのにそれかよ……薄情な」

「はくじょう?」

「……情が薄いっていうか……冷たいっていうか……」

「つめたい?」


 ルミアはそう言って、少年の頬に自らの手を当てる。


「……きみの手は温かいけどさ。そうじゃなくて、心の話」

「こころ……」


 心。

 知らない。

 そんなものは知らなかった。


「その、あなたのこころは、温かい?」

「……さあ。どうだろうな。ただ……気に食わなかっただけだよ。俺は別に正義の味方だとかヒーローだとか、そういうのに憧れてるわけじゃない。フツーが一番だよ」

「ふーん……フツー……」


 それも知らない。

 フツーなんて、知らない。


 知らない、知らない、わからない――でも、一つわかった。


「……私、あなたのこと、好きかも」

「……はあ!?」


 いじめっ子から助けてもらったから――――ではない。

 

 あんなやつ、簡単に殺せた。

 だが、なんとなくわかる。あのまま殺していたら、きっと自分は外れてしまっていた。

 今だって、『みんなと同じ』ではないけれど。

 きっと人を殺せば、二度と戻れなくなる。殺人を躊躇うことはなかったが、それを成せばどうなってしまうか、なんとなく想像はついた。

 どうでもよかったのだ。

 殺した後にどうなるかよりも、殺した瞬間どう思うかが気になった。

 殺人によるデメリット――捕まるだとか怒られるだとか、嫌われるだとか、親が悲しむだとか、そういったことよりも、殺人衝動を満たす方が大切だったというだけ。

 でも、戻れなくなるのを躊躇う気持ちも少しはあった。


 ――だが、彼のおかげで。


「あなた、名前は?」

「……夜天セイバだ」

「私はルミア。灼堂ルミア」


 セイバのおかげで、ルミアは決定的に戻れなくなるところへ進まなくて済んだ。

 同時に、セイバがいるから、そこへ進むことを躊躇うようになった。

 


 ある時、彼に聞いてみたことがある。

 おかしな質問だと思われてしまうかもしれない。

 でも、どうしても聞きたかった。




「ねえ、セイバ……人を殺すのっていけないこと?」

「……当たり前だろ」

「なんで?」

「なんでって、そりゃ……」


 彼もまた、当たり前のことを言うのだろうか。

 少しだけ気になってしまう。


「……お前がいなくなると、少し寂しい」


 自分がされて嫌なことを人にしちゃいけないとか、友達には優しくしましょうとか、法律がどうとか、神様がどうとか……そういった、ルミアが理解できないことを言い出さなかった。

 それだけは、ルミアにも理解できた。


「……少しだけー?」

「…………うるさい」


 やっぱりこの少年のことが好きだと、ルミアは思った。

 

 最初は、繋ぎ止めてくれたから好きになった。

 そして気づけば、踏みとどまりたい理由になっていた。


 ――――しかし同時に、ルミアは矛盾を抱えることになる。


 セイバのおかげで、ルミアは踏みとどまれた。

 だが、ルミアの殺人衝動――その一番強いトリガーは、愛だったのだ。


 セイバを愛してしまった。

 故にどうしようもなく、セイバのことを殺したくなってしまう。


 ルミアの人生は地獄だった。

 最初の地獄は、周囲の言っていることが理解できないこと。

 次の地獄は、大好きな人を好きになればなるほどに、殺したくなってしまうということ。


 やがてその矛盾が、一つの悲劇を生む。

 《鮮血の遊宴》。

 罪桐ユウの誘いに乗って、ルミアは異常者同士の殺し合いに身を投じてしまう。

 しかしそれでも、ロウガとセイバの尽力によって、ルミアが誰かを殺すことはなかった。


 ――だが、そんなのは所詮、直接手を下していないというだけだ。


 確かにロウガを殺したのは、ユウだ。

 しかし、その咎がルミアにないとは言い切れない。


 それでも――セイバはそんなルミアを、受け入れてくれた。

 ルミアの抱える罪を知っていても、ルミアの抱える異常性を知っていても、全て知った上で、セイバはそれを受け入れると言ってくれた。

 

 一生自分だけに殺意を向けろと、そう言ってくれた。


 だからそうする。

 最高の舞台で、セイバと殺し合う。

 勿論、実際には殺さない。だが、セイバと戦うだけで、戦いという極限状態の中で、セイバを殺すことを想像するだけで、何にも代えがたい、堪らない快感が得られる。

 そうすればきっと、殺人衝動を他者に向ける必要もなくなる。

 もっともっと、今よりもずっとセイバだけを見ることができる。

 ――――セイバだって、この気持ちを受け止めてくれる。

 

 だから――――邪魔だ。


 サイカの存在は、目障りなのだ。

 お前はいらない。

 セイバを愛するのは、セイバをアイすのは自分だけで充分。

 

 足りない才能の差は、この殺意アイで補おう。

 

 さあ、ここからが殺意アイの見せ所だ。


 ◇


「――殺す」


 殺意アイを高めるための起句を唱える。

 本当に殺しはしない、セイバと離れたくない。ずっと一緒にいたい。だから殺さない。

 だが、本気の殺意がなければ勝てない。

 殺意を高める。心が熱くなる。殺意アイは熱く、思考は冷たく。どこまでも冷たい勝利のための理論を構築していく。

 

 遠距離戦では勝てない。近づくしかない。

 近づくことすらままならない猛攻。

 ――それでも。


 ルミアは駆け出した。


「……しつこいッ、ザコのくせにッ!!」


 激しさを増す風により加速した岩杭。

 接近するために、ルミアはダメージを度外視して突き進んだ。

 切り落とせるものは全て切り落とす。避けられるものは全て避ける。だが、どうにもならないものは諦める。


「ぐぅッ……ああッ……ああああッ……!」


 止まらない。

 止まらない。

 岩杭がいくつも彼女の体を掠めるが、それでも彼女は止まらない。


「こ、のォ……ッ!」


 ついに刀の間合いまで肉薄を果たしたルミアに対し、サイカは緑の剣を両手で握り、風による加速で斬りつける。

 だが――


「――なってない、稚拙な太刀筋だ」

 

 ルミアの一閃の方が、遥かに速かった。


「まずは、腕一本」


 仮想展開による一刀だが、それでも確かにサイカの右腕を切り裂いた。


「くっ、あっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ…………ッッッ!!!」

 

 これによりサイカには、『右腕が切られた』際に感じうる痛みを受ける。

 さらに、この場合、ルミアはサイカの腕を仮想展開とは言え刃で両断している。

 仮想の痛み、そして魔力神経への干渉が、『腕を切り落とした状態』を再現し、この試合ではもうサイカは右腕を扱うことができないだろう。

 少なくとも、自分の意思で動かすことはできないし、魔力を通すことも不可能だ。


 激痛に右腕を抑えて悶えるサイカ。

 即座に風によって大きく後方に下がった判断は、これまでの稚拙な戦いぶりからすれば大したものだろう。

 それでも、もはやこれまでと思うくらい、サイカが痛みにより受けたダメージは大きい。

 それもそのはず。

 彼女は生まれながらにして圧倒的強者。壊す者であって、壊された経験などない。

 実戦慣れしていなければ、痛みにも慣れていないのだ。


「痛い……痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い痛い……いたいよお……もう、やだよお……」


 動かない右腕を抑え、泣き叫ぶ少女。

 だがルミアの表情に変化はない。

 散々こちらを殺すなどと吠えていたのだ、今更年相応な振る舞いをしたところで、痛む心はどこにもない。


「痛い……くそ……痛い痛い……くそ……くそくそくそぉッ……やだ、やだやだ……、まけない……負けたくない……だって……だって、サイカは……、セイバと……っ!」


 ◇


 斎条サイカの人生には、何もなかった。


 遠いいつかの記憶は、自身に対して怯えた目を向ける母親のもの。そして彼女は異能者を集めた施設に預けられることになる。

 彼女があまりにも強大な力を持っていたため、彼女の親の手には負えなかったのだ。

 

 施設での生活は退屈だった。

 いいや、生まれてからずっと、退屈だった。


 どんなおもちゃも、簡単に壊れてしまう。

 全力のサイカと遊べる相手が、どこにも存在しない。


 壊したい。壊したい。全てを壊したい。

 思う存分、この力を振るいたい。この力で壊れない、頑丈なおもちゃが欲しい。

 遊び相手が欲しい。

 誰かいないのだろうか。

 どこにいるのだろうか。


 ねえ……だれか、サイカと遊んで……。


 ――――そして、見つけた。


 《鮮血の遊宴》。

 

 サイカはそこで、セイバと出会った。


 セイバの能力は、《無効化》。彼はサイカの攻撃を尽く防いでみせた。

 壊れない。

 壊せない。


 ――――すごいっ、すごいすごいすごいっ! 見つけた、やっと見つけた、サイカの遊び相手!


 それからサイカは、セイバに執着するようになる。

 彼だけだ、彼だけがこの世界で自分の相手を出来る。これは運命だ、彼だけが自分の玩具なのだ。他のゴミとは違う、他は全て壊れても良い。彼は壊れてしまうだろうか。どこまで耐えられるのだろうか。

 壊したい。

 でも、壊れてほしくない。

 ずっと遊んでいたい。

 殺したい。

 壊したい。

 好き、好き、大好き、どうしようもなく、彼が好きだ。


 そして、サイカは知ることになる――――灼堂ルミアという存在を。

 

 許せなかった。

 自分と同じように壊れているくせに、それなのに、セイバに受け入れられて、異常性を認められて、その上で一緒にいて、ずっと昔から知り合いで、幼馴染で……。

 

 なんだそれは。

 おかしい。そんなのは変だ。だって、自分はずっと一人だった。誰も受け入れてくれなかった。誰も自分のことを求めてはくれなかった。他者とは即ち、自身に怯えを向ける存在。ただ壊れるためだけに存在するゴミ。

 同じなはずなのに。


 ルミアとサイカは、同じはずなのに。


 どうしてルミアだけが、セイバに受け入れられるのだろうか。


 ――そんな時だった。


 とある人物によって、サイカは知ることになる。

 《並行世界》の存在を。

 今とは違う可能性の世界。

 そこでサイカは、ルミアを殺したらしい。

 

 心底嬉しかった。

 ざまあみろと思った。


 そして――――この世界でも殺してやろうと思った。


 あの人・・・は言っていた。この世界には『えいゆうけいすう』とやらが存在していて、別の世界における《因果》や、迎えた結末などは、こちらの世界でも再現されやすいのだと。

 要するに、別の世界でルミアを殺したから、この世界でもルミアを殺しやすいということだ。


 殺してやる。

 ルミアを殺して、セイバを自分だけのものにする。

 セイバで遊んでいいのは自分だけだ。

 他のやつらは、全員邪魔だ。

 だから、この大会に出ているやつらを全員壊して、セイバを自分だけのものにしよう。


 ――――そのためなら、誰にも負けない。


 ◇


「…………ルミアァァアアアアアアアアアア――――ッッ!!」


「…………サイカァァアアアアアアアアアア――――ッッ!!」


 二人の少女が咆哮する。

 愛する者への想い。

 目の前の相手への憎悪。

 それらを叫びに込めて、狂愛の少女達が切り結ぶ。


 サイカは左手のみで、しかしそれでもなお両手で刀を握るルミアよりも膂力は上だ。肉体強化のために扱える魔力出力が桁違いなのだ。片腕でもなお、サイカは怪物だ。







「「――――勝つのは、」」






 鍔迫り合い、額をぶつけ合わんばかりの距離で、二人の少女が同時に叫ぶ。







「「――――私/わたしだッ!」」






 さあここからが第二幕。

 互いにダメージは大きい。

 だが、もう崩れそうになる足は、溢れた殺意アイで支えた。

 狂愛の少女達の戦いは、さらに激化していく。







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