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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/下 ■■■■■■/■■■■■■
81/164

 第8話 溢れ出す殺意


Dブロック第一試合。

 レヒト・ヴェルナー対翠竜寺ランザ。


 ――――勝者、レヒト・ヴェルナー。


レヒトが勝利を決める瞬間を、頂点を目指す者達は当然見逃していなかった。


 ◇


 刃堂ジンヤが小さく零す。

「恐らくがあれが、ユウヒくんの相手……」


 ◇



 輝竜ユウヒは冷たい声で漏らした。

「……ジンヤくんを除けば、やはり彼が今大会最大の難敵でしょうね」



 ◇


 そして、黒宮トキヤは僅かに声を震わせ呟く。

「面白ェ……大口に見合う力は持ってるみてえじゃねえか」


 ――「――――オレは、貴様と戦いたい。だから、貴様が上がってこい、黒宮トキヤ」


 先日交わした会話を思い出す。

 予感があった。彼は決勝に上がってくる。

 確かに龍上ミヅキは強い、輝竜ユウヒは強い。だが、恐らくは彼の方が実力は上。

 やってみなくてはわからないのが戦いではあるが、厳然たる事実として、東ブロックを勝ち進んでくる確率が一番高いのはレヒト・ヴェルナーだろう。


 倒せるだろうか。

 想定する。リングの上で、彼と向かい合った自分を。

 概念属性《切断》。

 恐ろしい力ではあるが、自分との相性はそう悪くないように思えた。

 あの能力と相性が悪いのは、今しがた戦ったランザや、赫世アグニのような高い出力を持ち、広範囲大火力技を扱うタイプだろう。

 

(……フユヒメも、そういうタイプだな……)


雪白フユヒメ。

 トキヤの幼馴染で、幼少期からずっと競ってきた仲で、かつての剣祭において、頂点を争った相手。

 今大会では、約束を果たせず、彼女は一回戦で敗北している。

 アグニ対フユヒメは、どちらも豊富な魔力と出力を持ち、それをド派手にぶつけ合った戦いだった。

 そこで何かが引っかかる。

 フユヒメとレヒト、現状接点がないはずの二人に対し、なんらかの違和感がある。

 これも《並行世界》の記憶とやらだろうか。

 

 わからないことにかかずらうのは無駄と切り捨て、思考を続けるトキヤ。


 敵の魔力を斬り裂くという破格の能力を持ち、二人の間の《距離》を斬り裂き、高速移動――いや、空間移動じみた挙動まで見せた。

『距離』を《斬り裂く》。

 恐らくは《概念式》に干渉できるタイプの能力。


 《概念式》――この世界に存在するあらゆる概念を数式のような認識しやすい形に落とし込み、その式に対し変更を加え、事象に干渉するためのもの。

 手近な例で言えば、トキヤも時間操作を扱う際、《時間》という目に見えないものを、《概念式》として見ているのだ。

 個人の感覚によって見え方は変わるが、トキヤの場合は相手の時間が等速、倍速、減速など、いずれかの状態であるかを把握できる。

 

 別の例を上げると、罪桐ユウは恐らく相手の能力を《概念式》単位で把握し、読み取ることが可能なのだろう。

 通常、無効化能力をコピーすることは出来ない。

 なぜなら『コピーする』という能力の作用自体を無効化してしまうからだ。

 しかし、ユウはセイバの無効化能力をコピーしている。

 これは、能力をコピーしたというよりは、『無効化』の《概念式》を把握し、自身の《想像したモノを実現する》という能力で再現したということなのだろう。


 トキヤは事前にこの話をセイバから聞いていたことも、レヒトの能力を推察する上で大きな助けとなった。

 『距離』という目に見えないモノだろうが《概念式》を把握し、そこに《切断》という干渉を加えてしまえば、距離が消え、突然レヒトが目の前に現れるという事象は起こり得る。


 厄介ではある。

 だが、『魔力切断』、『空間切断移動』、どちらも懐に入ってしまえば関係ない。

 これはそれぞれ『無効化能力』、『空間操作系能力』と戦う時のセオリーだ。

 無効化系は能力に頼らない方法で攻めればいい。

 彼我の距離を一瞬で侵食する瞬間移動テレポートような動き、これもこちらが遠距離タイプであれば厄介この上ないが、近距離タイプにとっては大した問題ではない。

 

 トキヤは高火力タイプではなく、近距離での剣技で戦うタイプだ。

 

 むしろレヒトと対峙する上で一番恐ろしいのは、彼の身のこなし。

 一瞬の決着で多くを見ることはできなかったが、彼は能力に頼って体術を疎かにするタイプではない。

 

 勝負はいかに距離を詰めて、近距離での戦いに持ち込めるか。そして、彼を剣技で上回れるかどうかが鍵になるはずだ。


 ――――勝てる、勝ってみせる。





「……任せとけよフユヒメ。アグニだろうが、レヒトだろうが、全員オレがぶっ倒して、お前の仇は取ってやる」






 ここに新たなる対立軸が、強固な形で現れる。

 因縁に、《因果》により結ばれた繋がりが複雑に絡み合っていく相関図。


 刃堂ジンヤが決勝で当たることを望むのは輝竜ユウヒ、もしくは龍上ミヅキ。

 西ブロックの代表を決める準決勝で当たることを望むのは、真紅園ゼキ、蒼天院セイハ、赫世アグニのいずれか。

 驚くべきと言おうか、ゼキ、セイハ、アグニ――この三人全員と戦いジンヤは負けている。

 彼自身の自覚は薄いが、非才の身でありながらいかに厳しい戦いの道へと己を投じているかがよくわかる事実だろう。


 輝竜ユウヒが決勝で戦いたい相手は、刃堂ジンヤ。

 龍上ミヅキも同じく、ジンヤとの再戦を望んでいる。

 

 黒宮トキヤは、レヒト・ヴェルナーとの戦いを望む。

 

 未だその心象の奥底を見せていない、何を望んでいるのか不明瞭な赫世アグニ。


 ジンヤは除外されるが、係数が高い者がこうも一度に集まってしまうと、このようなことが起きてしまう。

 主人公と主人公、物語と物語のぶつかり合い。

 誰しもに譲れない想いがある。因縁がある。約束がある。

 しかし――想いを通せるのは、勝ち残った者だけだ。

 この先の大会、『自身のためだけの願いを通す』という理由とは別に、『他者との因縁や約束を果たすため』に潰し合う戦いが増え、そこへ懸ける者達の想いはより激しさを増していくだろう。






 ◇






 時を少し巻き戻り、Dブロック第一試合が行われる直前。


 夜天セイバは試合観戦と、ルミアの応援のために会場に来ていた。

 ルミアがいる控え室へ向かう途中でのことだ。

 

「……よォ」


「お前は……」



 フードを被り、ポケットに両手を突っ込んでベンチに深く腰掛ける少年。

 どこか荒んだ雰囲気。青色の獣のようなボサボサの髪がフードの隙間から覗いている。

 

 空噛レイガ。

 《炎獄の使徒アポストル・ムスペルヘイム》に所属する赫世アグニの部下。

 大会では真紅園ゼキに敗北するも、罪桐ユウ戦においてはセイバと共に勝利の決め手となった騎士だ。


 レイガとセイバは、本来であれば接点などなく、立場上は敵同士だ。

 しかし、罪桐ユウの一件の際、二人は手を組んでユウへ戦いを挑んだ。

 餓狼院ロウガ――セイバにとっての親友で、レイガにとっての兄貴分だったその男は、既にこの世を去っている。

 共にユウに大切な者を奪われたという一点で、立場を超えた共闘は実現した。

 一度はユウの前に敗北するも、その後二人を利用した作戦を立案したガウェインにより、ユウへの逆襲を果たした。


 レイガと会うのは、共闘でユウへ挑むも敗北した時以来だ。ユウとの戦いの後、レイガには会っていなかった。

 《ガーディアンズ》と敵対する組織に所属している以上、表立って動くことはもうしないのかと思っていたので、少々驚く。


「……どういうつもりだ?」

「少しだけ話そうよ。アンタには聞きたいことがあるんだ」

「……ロウガのことか」

「そ。オレ達が話すことなんて、それくらいでしょ?」


 ユウという敵がいない今、レイガを信じるメリットは存在しない。

 信用できるだろうか。

 ロウガに関係する者という点で思うところはあるが、それでも彼が《使徒》であることは変わらない。

 だが、ここで彼が暴れまわるようなことはないだろうという確信は得られる。


 ――それはなぜか?

 理由は、ガウェインがレイガへ行ったある『脅迫』だ。


 ガウェインは、ユウとの戦いが終わった後に、レイガにこう釘を刺しておいた。


 ――『今後、大会の進行を阻害するような行為や、出場選手へ危害を加えた場合――空噛レイガが、罪桐ユウを倒したという情報を世界中へ流す』


 これがどういうことを意味しているのか。

 まず、罪桐ユウは世界中の『裏』の騎士から恐れられている。彼が成してきた悪辣な所業は枚挙に暇がない。

 そして、レイガはその世界中に恐れられている騎士を、他者の力を借りたとは言え倒してしまっている。

 これが世界へ知られれば、間違いなくレイガは世界中からその力を狙われる。

 レイガの狙撃という能力は、強力かつ希少性が高いのだ。銃を扱う騎士は少数で、狙撃銃への武装形態変化も可能で、なおかつ狙撃の腕も優れているとなれば、かなりの価値になる。

 

 レイガ個人としては、世界中の犯罪組織から狙われるなど、朗報でしかないが、彼にもアグニのために動かなければならない事情がある以上、そうなることは望めないだろう。


 故に、ガウェインの脅迫は確実に作用する。


 ちなみにセイバも同様の脅迫をガウェインにされている。

 セイバの無効化能力も希少だ。それに『罪桐ユウを倒した力』という箔がついてしまえば、彼の身に危険が及ぶだろう。

 ガウェインに言われた内容は、『屍蝋アンナの不利になることをするな』というシンプルなもの。

 セイバとしては、屍蝋アンナに対して個人的な恨みなどはないので、存在しないも同然の脅迫ではあったが、ガウェインとしては打てる手は打っておきたかったのだろう。


 ユウとの戦いにおいて、決め手となったと言ってもいいであろうガウェイン、セイバ、レイガの情報が伏せられている理由。

 それは、アンナが間接的とは言え犯罪組織の者と手を組んでいたという情報が、彼女にとって不利になるという判断もあった。

 この辺りのことも、ガウェインは事前に予想していたのだろう。

 セイバ、レイガに作用することも含めて、この情報の価値は高い。


 ガウェインとしては、自身が尊いと感じた『不屈』の在り方を持つ者達を利用するのは気が引けたが、それよりもアンナの安全を優先した。


 セイバはガウェインの事情は知らないが、随分と過保護なことだと思った。

 ガウェインの素性を考えると、アンナに入れ込むのは後にガウェイン自身を苦しめることになるはずだ。

 ガウェインはユウの命令を受けていたことから、恐らくは《ラグナロク》側の人間。

 ジンヤやアンナが《ガーディアンズ》側な以上は、この先敵対することは確定しているように思えるが――しかしその辺りも、セイバにとってはどうでもいい。

 

 

 

 とにかく、今のレイガが言う『話がしたい』という言葉は、理屈・感情両面から信じるに値する言葉だった。

 恐らく、トキヤやゼキならこの辺りのことは感情面での納得のみで片付けるだろうが、セイバはあまり他者を容易く信用する性分ではない。


「……ロウガの過去についてか?」

「うん。あいつがどーなったか、結局聞けてないからさ」


 共闘の際に交わした会話の中で、全ての顛末を話した訳ではなかった。

 あの時はただ、『ユウによってロウガを亡き者にされた』という事実のみで充分だった。


「いいだろう。罪桐ユウを片付けられたのもお前のお陰だからな、その程度の報酬はあっても構わないだろう」


 そう言ってセイバは語り始める。

 

 《鮮血の遊宴》。

 かつて騎装都市で起きた、騎士同士の殺し合い。

 ユウが行っていた、所謂彼の『趣味』だ。ユウは他者の絶望を見るために、世界中でこういった趣向を凝らしていた。

 かつてアンナやセベクネフェルが巻き込まれた《幻想都市計画》もその一つ。

 

 《遊宴》において、ユウがしたことは簡単だ。ユウは、異常な願望を抱えているものを選出し、その者達に囁くのだ。


 ――「キミの持ってる許されない欲望を、思いっきり解放できる場所を提供してあげるよ!」


 週末に遊びに誘う程度の調子で、悪辣な囁きを齎していく。


 ――餓狼院ロウガには、人肉を口にしたいという衝動があった。

 ――灼堂ルミアには、人間を殺したいという衝動があった。

 ――斎条サイカには、目につくもの全てを破壊したいという衝動があった。


 そして、彼らと同じく、決して許されない衝動を抱えた者は、大勢存在していた。

 

 ユウは自身が持つ能力や、情報網を駆使すれば、そういった『異常者』を集めることは容易かった。

 そして始まる、異常者達による殺し合い。


 セイバとルミアは以前から幼馴染だ。

 ずっと前から、ルミアに対し、小さな違和感を抱いていた。

 

 ロウガに対して、僅かな疑念を持っていた。


 《遊宴》の情報を得たことで、それらは確信に変わり、セイバは彼女達を止めるための戦いを始めた。


 異常者達を殺さずに無力化していく。

 『無効化』を持つセイバだからこそ成せることだった。


 それでも――セイバはその時、地獄を見た。

 人が人を殺す様を。

 人間の抱える異常――その際限のなさを。

 地獄の果てで、その戦いは行われていた。

 ロウガ、ルミア、サイカによる三つ巴の戦い。

 セイバはそこへ乱入し、三人を止めようとした。


 そこでセイバは、大きな勘違いをしていたことに気づく。


 ロウガもまた、自身が抱える異常性による衝動に負け、他者を文字通り食らうためにこの殺し合いに参加しているのだと思っていた。

 親友を、信じきれなかった。

 

 だが、真実は正反対だった。


 ロウガは、自身の衝動のために参加していたのではない。


 ――――彼は、ルミアとサイカが誰かを殺してしまうのを止めるために参加していたのだ。


 ロウガ自身も、己の中に潜む衝動を抑えつけながら、衝動に流されるルミアとサイカを止め続けていた。

 

 しかし、それが罪桐ユウの癇に障った。


 この時は能力により肉体を変化させ、仮面を被っていたので、セイバはまだ彼の正体を知らなかった。

 だが、後にユウの口から確かに語られた。

 《遊宴》において、ロウガを殺したのは自分だと。

 

 ユウが演じる『仮面の男』が、ロウガの胸をその手で貫く。

 血を吐きながら、何かをセイバへ伝えようとする彼に向かって、セイバは問う。


「なんでだよ……なんで、俺に黙って、こんなこと……」


 ロウガはずっと黙っていた。

 自身の過去も、抱えた異常性も、《遊宴》のことも、ルミアやサイカを止めようとすることも、なにもかもセイバに隠していた。

 もしも事前に話していれば、もっと違った結末があったかもしれない。

 最初からセイバとロウガで組んで戦えていれば、こうはならなかったかもしれない。

 だがもう遅い。

 何もかもが手遅れた。


 セイバにはわからなかった。

 どうしてこんなことになったのかも、ロウガが全てを隠していたことも。


「……だってよ……お前、戦うの嫌いだろ……? 殺し合いなんて、もっと嫌だろ……。お前にゃこんなもん、見せたくなかったんだけどなァ……わりィ……しくじった……」


 ロウガはセイバの在り方をよくわかっていた。

 どこまでも平凡で、強がっているが臆病で、だというのに、幼馴染のルミアのこととなると途端に自身の領分など考えずに戦うことができる。

 平凡であるのに、異常者を惹きつけてしまう。

 平凡だというのに、異常者と向き合うことができる。


 ルミアが最たる例だが――しかしロウガもまた、セイバのその在り方を好ましいと思っていた。

 だから、その在り方を守ろうとしたのだ。


 セイバの手は汚させない。

 セイバに人を殺させる訳にはいかない。他者の命を背負わせる訳にはいかない。

 それに、セイバにとっての最愛であるルミアが落ちていくことも、彼は望まないだろう。


 だから――セイバが知らぬところで、全てに決着をつけようと思った。


 そして、失敗した。


 確かにルミアもサイカも、まだ誰も殺していない。


 だが、セイバは知ってしまった。『裏』の世界を。人を殺すことをなんとも思わない異常者が、この世界には大勢いる。

 罪桐ユウという特大の闇を知ってしまった。


 そして、背負ってしまった。

 

 餓狼院ロウガという命を、セイバは背負ってしまっている。


 だからこれは『失敗』。

 ロウガの願いは叶わず、その命は、悪辣によってあっけなく散らされた。




 これが《鮮血の遊宴》の真実。

 夜天セイバは、大切なモノと引き換えに、餓狼院ロウガという友を永遠に失った。


 


 ◇





「……そっか。……アンタ、本当にロウガとはいい友達だったんだね」

「ああ」


 大げさに悲しんだりしてみせないのは、レイガ自身の気質もあるだろうが、彼が『裏』の人間だということも大きいだろう。

 人の死など、当たり前。

 『表』の学生が想像もつかないような地獄を見た経験を持った『裏』の者の常識は、当然『表』から乖離する。


「……ロウガはこうも言っていたよ。『自分はかつて、人を殺して壊れていったヤツを知っている。だからもうそんなヤツは見たくない』……ともな。これ、きっとお前のことだよな」

「……かもね」


 レイガはそれが自身のことだと確信しつつも、軽い調子で答えを曖昧にして返した。

 

 確かに自身は壊れている。レイガだって、己の異常性に多少は自覚もある。だが、そんなことはどうでもいいのだ。きっとそれも含めて、己は壊れているのだろうが、もっと優先すべきことがいくつもある。

 

 ロウガの顛末は、愚かだと思った。

 死んでしまえば、全てが終わりだ。他者のために命を懸けられるのは素晴らしいことだろうが、死ぬのは馬鹿だ。弱者だ。そこだけは認められない。

 レイガはまだ死ぬつもりはない。

 死ねば、アグニの役に立てない。

 空っぽの自分には、アグニの役に立つということしか残っていない。


 自身の過去や、殺人をできなくなったきっかけである謎の記憶など、気になることはあるが、それも今はどうでもいい。

 最優先は、アグニのためになれるかどうか。


 それ以外のレイガが宿す価値観の中に、『楽しい戦いが出来るか』『ムカつくやつを叩きのめせるかどうか』というものもある。

 つい先日、レイガの人生において最もムカつくヤツの頭をふっ飛ばして、無様にやられるところをたっぷりと見ることができたので溜飲はひとまず下がっている。

 もし罪桐ユウが出てくるようなことがあれば、今度こそ殺してやるかもしれないが、ひとまず当分会うことはないだろう。



 当面大きな戦いにありつくことはできないかもしれないが――それも大会が終わるまでの我慢だろう。

 大会が終われば、アグニの計画は本格的に動き出す。

 計画については、大会の推移次第で変更が出てくるだろうが、どう転んだところで、これまでより激しい戦いは避けられない。

 なにせこの世界で一番強い男を殺すための戦いだ。

 当然、それはこの世界で一番面白い戦いになるに決まっている。




「じゃ、そろそろ行こうかな。礼を言うよ、夜天セイバ。ロウガの話が聞けてよかった。じゃあね、もう会うこともないかもしれないけどさ」



「……ああ、もう会わないことを願うよ。次に会うことがあれば、その時は敵同士だろう」




 ロウガという少年によって繋がれた細い奇縁は、ここで一つの区切りがつく。


 レイガはさらなる戦いへ。

 セイバもまた、自身の戦うべき理由のために大会へ。

 二人にはそれぞれ別の物語がある。

 二人の物語は、いつかどこかで交わるかもしれないし、もう永劫に交わることがないかもしれない。

 願わくば、もう二度と交わらないことを、二人は同時に願った。


 敵対する立場とは言え、両者にとって互いは、かつての友が大切にしていた相手だ。

 そんな相手とは戦いたくない。

 そこまで考え――同時に二人はこうも思った。

 珍しくらしくないことを考えているな――と。

 レイガが戦いたくない、などと考えるのは極めて珍しい。

 セイバもまた、特定の個人相手に戦いたくないと思うことは珍しいことだった。

 なぜならそもそも、彼は戦い自体を嫌っているのだ。特定の誰か以前に、誰とも戦いたくなどはない。


 その事実が、ロウガという少年の存在の大きさだと思うと、どこか好ましい感覚に思えた。


 ◇




『サイカさあ、『へいこーせかい』ってので、ルミアのこと一回ぶっ殺してるよねー? 

 ねーねールミアぁ……、もーいっかい、殺してあげよっかぁ……?』





 レイガと別れた後、Dブロック第一試合が終わり、控え室にて繰り広げられたサイカとの会話。

 サイカは好き放題言った後に、笑顔のままその場を後にした。


「……なあ、ルミア、本当に……」


 控え室を出てリングへ向かう直前――引き止めるように、セイバはルミアへ声をかけた。

  

「――――しつこいなあ……殺すよ……?」


 振り返ったルミアが、セイバの喉元へ光で出来た刀を突きつける。


「……ッ。……ごめんね、セイバだって心配して言ってくれてるのに。でも、私はもうあの子から逃げたくない」


 あの日。

 あの惨劇の夜。


 ルミアは、殺されると思った。

 それ程までに、サイカとの力の差は大きかった。

 セイバとロウガに守られなければ、確実に殺されていた。


 確かにサイカは怖い。今だって、恐怖を必死に押し殺している。

 しかし、逃げる訳にはいかないのだ。


 まず一つに、プライドの問題。

 負けっぱなしでいることなど許せない。


 そして、これはプライドの問題と関わることだが――あの少女の殺意に、自分の殺意が負けているということが許せない。

 ルミアにとって、殺意とは愛と同義だ。

 ルミアが殺したい相手は、セイバだ。

 愛する者だからこそ、殺したくなる――そういう異常を抱えている。

 

 そして、並行世界において、ルミアの殺意はこの上ない形での最後を迎えている。


 あの結末を汚されるのは許せない。

 あの結末は、ルミアが自身の殺意アイを誇れたからこそ、セイバがルミアと向き合い続けたからこそ得られたモノだ。


 最後になにより――――惚れた男を奪おうとする女に背を向けることなど、出来るはずがない。

 セイバはサイカから逃げようが、変わらずに自身を愛してくれるだろう。

 だが、それを許せるだろうか。

 ここで逃げてしまえばどうなるか。

 これからの人生、一生あの少女から逃げたという負い目を抱えて、あの少女は一生それを勝ち誇ってくるだろう。

 許せるはずがない。

 

「…………大丈夫、私を信じて」


 そう言って、ルミアは宿敵との決戦の舞台へと向かう。


 セイバは思う。

 止められなかった。


 止められる訳もない。

 彼女は命よりも大切な誇りのために戦おうとしている。

 

 それでも――いやだからこそ、不安が消えない。


 並行世界の記憶を見てしまったせいなのだろうか。

 もう一度、同じことの繰り返しになってしまうのだろうか。


 セイバは胸の内に不安を抱えたまま、ルミアの背中を見送った。

 

 ◇


 サイカの前に、一つのホロウィンドウが表示されている。


 内容は『この試合は命が保証されているものではないが、同意の上で臨むか』というものだ。

 勿論、レフェリーが試合を止めることもある。それでも手に負えなければ、リングサイドに控えている騎士が試合を止める。

 安全のために必要な手は尽くされているし、ここまでの大会の歴史で、選手が死亡したという事例はない。

 だが――大会のルールに、《仮想展開》を使わなければならない、というものはない。そして、相手を殺そうが、勝ちは勝ちだ。

 命の保証がないことに代わりはない。


 サイカはホロウィンドウを流し読みすると、蜘蛛の巣でも払うかのような手つきで同意の部分に触れ、リングへ向かう。


「ルミアもこれ、おっけーしてるんだもんね。だから、いいんだよねー?」


 ◇


 リング上で向き合うルミアとサイカ。


「ふぅ――――んっ、にげないでちゃんときたんだー?」

「ねえ、サイカ……私を殺すんだって?」

「んー? うーん、セイバをあきらめてくれたら、命だけはたすけてあげよっかなあ?」





「あっそ……。ならもういいや――ブチ殺してやるからこい、クソガキ」



「……あはぁ♡ 最高、そうこなくっちゃ♡」







 互いに瞳の色は赤。

 赤色の双眸から濃密な殺意を滾らせ、二人は睨み合う。


 ルミアとしても、いい加減我慢の限界だった。

 ルミアが怯えてやる道理はないのだ。

 なぜなら、ルミアだってずっと我慢していたから。

 殺意を抑えつけていたのだから。

 はっきり言ってセイバではない相手では殺意を最高潮へ持っていくのが難しいが、そこはサイカへの怒りでカバーしよう。

 ――こちらを舐めたツケは全て支払ってもらう。

 こちらを殺すと宣言した相手にまで、殺意を抑えつけてやる義理はない。


 サイカの周囲には、風が荒び、それに乗って四本の剣が浮遊している。

 彼女の能力は概念属性《四大元素》。基本属性の内『地』『水』『火』『風』を操ることができるという、騎士の大前提を覆すような力だ。


 対してルミアは《光》属性。魂装者アルムである刀を構えた。






「「――――殺す」」







 二人の殺意が頂点に達すると同時、『Listed the soul!!』の声が響き渡り、戦いの幕が上がった。







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