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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/下 ■■■■■■/■■■■■■
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 第7話 たったそれだけで/レヒト・ヴェルナーVS翠竜寺ランザ




 8月6日。

 休日であり、都市内のビーチにある選手限定区画の解禁日――その翌日。

 多くの選手が砂浜で羽根を伸ばした休息日を終え、また新たなる戦いが始まる。

 

 一回戦Dブロック、第一試合。

 レヒト・ヴェルナー対翠竜寺ランザ。


 レヒト・ヴェルナー。

 刃を想起させる男であった。

 鋭い刃のように輝く銀色の長髪。

 出場選手内でも上位であろう長身、細身であるが鍛え抜かれた筋肉に覆われた肉体。

 鋭い眼光を放つ瞳。

 雄々しさを宿しながら、どこか相反する色香のようなものすら纏う程に整った顔立ち。

 

 彼は今大会、前回大会までに比べ異常なまでに多い『素性のわからない海外選手』だ。

 実力は不明だが、優れた見目や纏った独特のオーラから、密かに人気を集めている。


 ◇


「………………気に入らねえー」


 客席からレヒトを目にしたトキヤが、腕組みをし、苛立たしげに足を揺すりながら呟いた。

 レヒトが入場してくると、そこかしこから女性の黄色い声援が飛んでいる。

 トキヤは基本的に自身よりも顔立ちに優れた男は全員敵だと認識するが、レヒトはなぜだか特に気に入らない。


 先日呼び出された席で告げられた真実。


 《主人公》。《共鳴者レゾナンサー》。《英雄係数》。《並行世界》。


 異なる世界での因縁。

 しかし、そんなことよりもまず先に――、



「なんであいつ顔だけできゃーきゃー言われてんだよ、マジでムカつくな……」


 やはり決勝で叩き潰してやろう。

 そう強く決意するトキヤであった。


 ◇


 対するは翠竜寺ランザ。

 現在はハヤテにその座を奪われたものの、かつては繚乱学園の頂点に立っていた男だ。

 翠竜寺ナギの兄であり、彼らの父親であるヒカゼの意向により、本来であればナギの騎士になっていたはずだった。

 ナギと同じ翡翠色の長髪。レヒトに比する程の長身。冷たい表情だが、その瞳には闘志が垣間見える。

 レヒトとランザ。どこか似た雰囲気のある二人であった。


 睨み合う二人。鋭い視線がぶつかり合う。

 『Listed the soul!!』の声が響き、開戦が告げられる。

 先に仕掛けたのは、ランザの方だった。


 翡翠の刀を振り上げ、魔力を一気に充足、解放。

 烈風が、吹き荒れた。

 レヒトの銀色の髪が揺れる。

 ランザを中心とした嵐が、リングを舐めた。

 

 強烈な風が束ねられていく。解放した魔力により生み出した風を、刀へ収束させる。

 風が、刃となる。

 天を衝くような巨大な嵐の刃。

 技としての特性は、赫世アグニが見せた《世界焦がす破滅の炎槍レーヴァテイン・エンデヴェルト》に近い。

 ただ強大な魔力を束ねて放つだけの、シンプルな技。

 しかし単純故に遊びのない、強大な力を持つ者のみに許される絶対の王道。

 ランクが低い騎士――例えば、刃堂ジンヤであれば一生放つことを許されないような、そういう類の技だ。








「翠竜寺流・攻勢/零式・秘奥の太刀――――《風天倶利伽羅ふうてんくりから鳩摩羅迦楼羅クマラカルラ》」








 嵐で形成された刃が、振り下ろされた。



 ◇



「……ランザのやつ、初っ端から決めにいきやがった……ッ!」

 

 観客席でハヤテが驚きに満ちた声を漏らしつつ、試合前にランザと交わした会話を想起する。




 試合前の控室での一幕だ。


「……よう。どうだよ、調子は?」

「……ハヤテ、お前か」

「んだよ……負け犬が来ちゃ悪いか?」

「いいや。……お前の試合、良い試合だったよ」


 意外にも素直に褒められ、拍子抜けするハヤテ。

 翠竜寺ランザ。

 かつての宿敵。

 彼はナギの父であるヒカゼの命令にただ従う機械のような冷たい男で、昔はそこが気に入らなかった。

 ヒカゼも、ランザも、ナギを苦しめる、彼女の家族は全員敵だと思っていた。

 だが、彼との戦いの後――彼は少し変わった。

 確かに彼は、ヒカゼの命令に従うだけの存在だった。

 しかし――彼は、本当に心の底から、妹であるナギの幸せを願って、そうしていたのだ。

 命令に従うことが、正しいことだと信じていた。

 それはナギの父であるヒカゼも同じだ。

 魔力制御のできないハヤテと、自身の魔力に耐えることのできないナギ。二人が組めば、ナギが不幸になるのは明白だった。

 だからこそ、ハヤテはオロチのもとで修行を積んで、ナギに相応しい騎士となって帰ってきた。


 ランザだって、わかっていた。

 本当に妹の幸せを願うならば、自分などではなく、愛した男と組んだほうがいいに決まっている。

 しかしそれでは、妹を危険に晒してしまう。

 だから、彼女のために、彼女を苦しめる選択しか出来なかった。


 道具のように生きてきた。親の命令に従い続けてきた。

 そこに疑問を差し挟むようなことを、ランザはずっとしてなかった。


 だが――その時、妹を苦しめてでも、妹を守ると誓った時、道具にはあるはずのない、ノイズのような迷いが生まれた。


 だから。

 ランザは、翠竜寺という家が定めた運命レールを超えた答えを持って、自身を倒したハヤテに感謝しているのだ。


「あの……兄さん」


 ハヤテの後ろから、遠慮がちに現れるナギ。


「その……」

「……どうした?」


 二人は兄妹であるが、ほとんど会話を交わしたことがない。

 ナギは幼少の頃から病室で過ごしてきた。

 ランザは多くを語るような性格ではない。ナギのことを気にかけていたが、どう接すればいいかはわからないし、一度はナギを不要と切り捨てたヒカゼの命令で、ナギに干渉することも禁じられていた。

 

 ナギとしても、ランザはヒカゼに忠実な存在で、苦手意識が先行してしまう。

 それでも、彼が自分を想っていたことは知っている。


 二人は何一つ、兄妹らしいことをしたことがなかった。


 だが、互いに互いを憎悪している訳ではないのだ。

 ただ翠竜寺という家に生まれた運命に翻弄され、当たり前の兄妹の在り方に至ることが決してなかっただけ。

 すれ違ったまま、ここまで来てしまった。

 しかし。

 互いに、兄妹らしいあることへの憧れを持っていた。

 病室で孤独な日々を過ごしていたナギは、他者との関係に常に憧れを持っている。

 ただ道具として生きてきた、兄として在ることが許されなかったランザもまた、そういった関係に憧れている。


「……頑張ってくださいね、兄さん」


 普段のような明るい調子ではなく、どこかぎこちない言葉を絞り出す。


「ああ、任せておけ。お前達の仇は討つさ」


 真剣な表情でそう言い切って見せるランザ。


「おいおい物騒だな」

「……まったく。俺と戦う前に負けるなど……」

「んだよ、いい試合だって言ってくれたじゃねーか」

「……ふっ、それとこれとは別だ。刃堂ジンヤとやらは、俺が倒しておこう。お前を倒したんだ、真紅園や蒼天院を倒して、決勝に上がってきてもおかしくないだろう?」

「おっ、なんだよわかってんじゃねーか! そうだよ、あいつは来るぜ……必ずな」


 現状、ジンヤが決勝へ上がると予想する者はそう多くない。

 西ブロック(Aブロック~Bブロック)大半の予想は、真紅園ゼキか蒼天院セイハに集中しており、次点で対雪白フユヒメで圧倒的な力を見せた赫世アグニだ。

 そんな中で、ジンヤを信じると言ってくれるランザにハヤテは気を良くする。

 それだけランザの中では、ハヤテの評価が高いのだろう。

 


 そしてランザは試合へ臨む。


 ずっと道具として生きてきた。

 自身の心からの願いなどなかった。


 本音を言えば、ランザが本当に戦いたかった相手はハヤテだ。

 しかし、それはもう叶わない。


 だが今。

 初めて妹から声援を貰った。

 

 たったそれだけで。

 彼が優勝を目指すには、あまりにも十分な理由だった。


 ◇


 振り下ろされる嵐の刃。

 今大会で繰り出された技の威力としては、赫世アグニや雪白フユヒメに次ぐであろう強烈な一撃。


 それを目の当たりにして、レヒトは満足そうに笑った。


「――良い技だ。……だが」


 そして彼は、握った銀色の大剣を振り下ろした。

 何の変哲もない、上段からの一刀に見えた。

 その軌道は、ランザの放つ強烈な嵐刃を捉えておらず、かと言って同じく強烈な魔力を放っているようには見えなかった。


 それなのに――――レヒトを飲み込み、切り刻むかに見えた嵐の刃が、あっさりと両断された。

 嵐刃はレヒトが立つ場所を中心に真っ二つに引き裂かれ、その激烈な余波は左右に散った。

 


 ――――何が起きた?


 驚愕、困惑、動揺、


(――、……)


 空白。

 ランザは自身の技が破られた事実を突きつけられ、目を見開く。


 例えば、赫世アグニのように強烈な魔力を持っていたのならば、まだ理解は容易い。

 しかし、そうではない。

 

 レヒトという男からは、恐ろしい程に強大な魔力を感じる。しかし、彼はまだその魔力を一切解放していないのだ。

 だというのに、こちらの全力をいとも簡単に防いでみせた。

 

 ――夜天セイバのような、無効化系の能力だろうか?


 そう推測した瞬間だった。


「すまない、オレの力は少々異質でな――初見でオレと当たった不運を呪ってくれ」


 直後、目の前にレヒトが立っていた。

 彼との距離は、十メートル以上開いていた。

 魔力の噴出により加速した訳ではないはずだ。

 先刻と同じく、彼はまだその身に宿した膨大な魔力の一部すら解放していない。


 つまり彼は、ほんの僅かな魔力消費のみで、こちらの全力の一撃を防ぎ、一瞬での移動が可能な能力ということだ。


 あまりにも異質。

 そんな能力は、聞いたこともない。



「しかし別段、隠すつもりもない。わかったところで破れるとも思わんからな」


 淡々と、冷たい声で、しかしどこか楽しげに語るレヒトは、大剣を振り上げた。











「――概念属性《切断》。オレは万物を斬り裂くことが出来る。お前が放つ嵐の刃も、お前とオレの間に横たわる『距離』という概念そのものすらもな」











 全てを斬り裂くことができる。

 もしも今この瞬間以外に、そんなことを聞いていれば、下らぬ大言壮語だと笑ったかもしれない。

 しかし、今だけは。

 たった今、目の前で嵐刃を切り捨て、突然目の前に現れてみせた男がそう言うのならば、それは当たり前の真実でしかない。


「……ああ、重ねてすまない。既に斬った相手には、些か無意味な説明だったな」


 気がつけば、レヒトが大剣を振り抜いていた。

 刹那の一閃。

 巨大な剣を軽々と、その大きさや重量を感じさせずに振るっていた。

 

 たった一度、そうやって剣を振るっただけで彼がその異様な能力に頼った騎士ではないことが理解できる。


 鮮血が舞った。

 赤く染まる視界が薄れていく。

 意識が途切れる直前、ランザは想う。


 ――ハヤテ、ナギ……俺は、まだ……。


 それは、今大会でも、何度か繰り返された光景と言える。

 

 例えば雪白フユヒメ対赫世アグニがそうだ。


 どれだけ強い願いを持とうが、どれだけ都市内で高い実力を持っていようが、そんなことは関係がない。


 勝ちたいと願おうが、頂点を目指そうが――圧倒的な実力差というモノの前では、そんなものはあまりにも無力。


 翠竜寺ランザ。

 彼もまたAランクの騎士で、風狩ハヤテの宿敵で、頂点を目指した者で。


 たった一人の妹の、たった一度の声援に報いようとして。


 だが――レヒトという男の前では、何も成すことなく敗北した。


 Dブロック第一試合。

 レヒト・ヴェルナー対翠竜寺ランザ。


 ――――勝者、レヒト・ヴェルナー。

 

 ◇


 Dブロック第二試合。

 斎条サイカ対灼堂ルミア。


 控え室の椅子に深く腰掛けた黒髪の少女――ルミアは、深く項垂れ、震えていた。


 ノックの音が響く。ルミアはすぐに、相手が誰なのかを察し、入室を許可した。


「……平気か?」

「……うん、大丈夫だよ」


 入ってきたのは夜天セイバ。

 ルミアが誰よりも愛する少年だ。


「――俺は、棄権しても構わないと思ってる。下らない意地なんかよりも、お前の方がずっと大切に決まって……、」


「――――下らないって、なに……?」


 ぞっとする程冷たい声を発するルミア。


 セイバがルミアに棄権を促す理由。

 それは。


「……今だって、震えてるじゃないか」


 セイバの言う通り、ルミアの体は小刻みに震え、それを無理やり押さえつけるように彼女は自身の両肩を抱いていた。


「こんな組み合わせになるのは運がなさすぎた。それになにより……」


 斎条サイカ。

 ルミアの対戦相手である彼女は、ルミアにある恨みを持っている。

 そして、つい先日告げられた事実。

 レヒトが語ったことは、トキヤだけでなくセイバにも関係していた。

 並行世界での記憶。

 セイバには、ある並行世界で起きた事件の記憶がある。


「……そんなの、私には関係ないから……」


 震えた声で、ルミアは言い切る。

 ただの強がりだった。セイバを振り切るように、控え室から出ていこうとするルミア。

 彼女がドアノブに手をかけようとした瞬間、

 扉が開いて――


 隙間から、暗い瞳がこちらを覗いていた。




 扉の向こうに立っていた者と目が合って、ルミアは咄嗟に後退る。

 すると扉が開いて、こちらを覗いていた者が中に入ってくる。






 小さな少女だった。





















「あ~……おにーちゃん、やっぱりここにいたんだあ……♡」














 彼女が斎条サイカ。

 年齢は9歳。

 騎士としては当然最年少。

 魂装者アルムでの中学生以下の選手ならば、零堂ヒイラギや蛇銀めるくがいるが、騎士でとなると彼女のみだ。

 年齢も、才能も、持っている能力も、ランクも、全てが異端の騎士。


 真っ白い髪に、まばらに赤、青、緑、黄のメッシュが入れられた奇抜な髪型。

 少女特有の華奢な四肢をせわしくなく動かして、くるくると、楽しげに、無邪気に、舞うようにセイバのもとへ歩み寄る。


「ねーねー、セイバおにーちゃんー……どーしてサイカから逃げるのー?」

「……サイカ……どういうつもりだ?」

「んー? なにがあー?」


 可愛らしく、細い指を顎先に当てて、こてんと首を傾げてみせるサイカ。


「……今ルミアに会いに来るのは、揺さぶりが目的か?」

「ええ!? 別にそんなんじゃないよお!?」


 大げさに両手を広げて驚いて見せる。一つ一つの挙動がどこか芝居じみた、こちらを煽るようなものだが、しかしどこまでそういう意図が込められているのかは判別しづらい。


「だってえー……ルミアなんか普通にやれば勝てるもん」


 平然と言ってのけるサイカを睨みつけるルミア。しかしサイカはその視線を無視して、セイバに熱っぽい視線を向け続ける。

 

 サイカは、ある種ルミアと同じようにセイバへ異常な執着を向けていた。

 そしてそうなれば当然、サイカとルミアは敵対する他ない。


 サイカという少女は、ともすれば屍蝋アンナよりもずっと危険な存在なのだ。




 なぜならば――――。


「サイカねー、思い出したんだー。思い出したっていうか? 気づいちゃった? こまかいことよくわかんないけど、でもさあー……、」


 がくん、と突然背を反らしてルミアの方へ視線を向ける。そこからゆらりゆらりと、どこか幽鬼じみた緩慢な動きでルミアに近づいて、サイカはその事実を告げた。










「サイカさあ、『へいこーせかい』ってので、ルミアのこと一回ぶっ殺してるよねー? 

 ねーねールミアぁ……、もーいっかい、殺してあげよっかぁ……?」










 狂気に満ちた瞳で、ルミアの顔を覗き込みながら――少女はその事実を告げた。


 サイカは並行世界において、ルミアを殺している。


 ――――それは、セイバが得ている記憶とも一致している。


 レヒトが事前にセイバへ並行世界に関する知識を与えたのも、このためだった。

 彼は忠告していたのだ。

 『場合によっては、並行世界で起きたことの二の舞になるぞ』と。


 サイカとルミア、二人に結ばれた世界を超えた《因果》。

 ルミアはかつて、サイカに敗北している。


 サイカという少女は、この世界においても殺害を躊躇うなどという感性は持ち合わせていない。


 そして――かつての世界よりもずっと強く、ルミアを殺さなければいけない理由がある。



 ルミアとサイカ。

 共に狂愛と狂気を宿した少女達の――――凄惨な戦いの幕が上がろうとしていた。







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