プロローグ 彼らの友情譚
吐き出した血が、地面を赤く染める。
周囲には何人もの男が倒れていた。
僕の拳は、血に濡れている。意識が朦朧とする。体中が痛み、軋む。
依然として、僕は十数人の男に囲まれていた。
「クソが、どんだけ諦めが悪いんだてめえ……」
「君達もね……」
どれだけの数に囲まれようが、騎士である僕が、その力を使えばそこらの不良に負けることはない。たとえ僕にどれだけ騎士の才能がなくてもだ。
だが――今の僕は、一切の魔力を使っていない。相手は一般人だ。魔力を使えば、それだけで細かい事情抜きで僕が悪いことになる。騎士は力を持つ以上、そこには責任がつきまとう。
鍛えた肉体と、この身に修めた武のみで、この場を切り抜けなければならなかった。
しかし……どうやらここまでのようだ。
足がもつれる。立っていることもままならない。
「やっとぶっ倒れてくれるみてえだなあ……んじゃ、いい加減死ねやオラァ!」
「――テメェが死ねボケが!」
瞬間。
僕を殴ろうとした男の顔面に、突然現れた別の少年の足が突き刺さった。
サラサラと風になびく、肩辺りまでの髪。軽薄そうに、笑みで歪む口元。
鮮やかな飛び蹴りを叩き込んだ少年が、僕の方を見て驚いたように目を見開いてる。
「うっわ、ボロボロじゃねえかお前。どしたよ?」
僕は黙って前方を指で示した。声を出すのも億劫な程にボロボロだったのだ。
示した先には、縄で縛られている少女が。
「ひゅー……やるねえ、囚われのお姫様救出作戦だったか、熱いじゃねーかよおい、いいね……男助けるよか燃えるわ。あ、まあお前助けてやるのもまあまあ燃えるぜ? こう、大勢相手にこっちは二人、信じられるのは背中を預けた親友だけ……みてーなのもいいじゃんか?」
こんな時にこの人は何を言っているんだろう。
そう思いつつも、僕は口端に笑みを浮かべている。
ああ、そうだ。
確かに彼の言う通り。
たった一人で大勢に囲まれていた時とでは、心強さが違う。
彼が誰なのかはわからない。
でも、一つわかっているのは……。
僕と彼は、背中を合わせて、周囲を見回し――
「負ける気がしないね」「負ける気がしねえなあ」
同時に、そう呟いていた。
「お、なんだ気が合うじゃんか、マジで俺ら親友になれるかもな」
「さあ、どうだろうね……」
僕には友達がいないからなあ。
唯一、そう呼べる間柄だった彼女とは、今は離れ離れになっているし……彼女との関係が、いつまでも『友達』であるのは、僕としても悔しいんだ。
だから僕に、本当の意味での友達はいないのかもしれない。
だけど。
――これが、僕と彼との出会いだった。
僕の親友であり、憧れであり、一生親友でい続けたいと思った少年。
風狩ハヤテとの、出会いだった。
今、明かそう。
僕がライカと離れていた三年間、何をしていたのかを。
語ることを禁じていた物語を。
疾風と迅雷が紡ぐ友情譚の、序章となる追憶を始めよう。