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迅雷の逆襲譚〈ヴァンジャンス〉  作者: らーゆ
第4章/下 ■■■■■■/■■■■■■
76/164

 第3話 水着回前編/波打ち際に潜む陰謀





 ――――まるで意味がわからない、と屍蝋アンナ十六歳は頭を抱えた。


 ────……許しがたい、あれはどうやっても、許せない。





 8月5日。


 一回戦Cブロックの試合が行われた翌日。試合が行われた翌日は、リングの補修などで休みが挟まれるため、今日は選手達もそれぞれ思い思いの休日を過ごしているだろう。

 いや、各自それぞれ過ごしているかもしれないが――ほとんどの選手は、似たような予定かもしれない。

 なぜなら今日は――、

 


 アンナが周囲を見回す。




「海なんか久しぶりー。昔はジンくんとよく来てたけど、中学に上がってからは来てなかったし」




 ――――そう、海だ。

 一面に広がる青い海、白い砂浜。現在、彼女達は騎装都市内にあるビーチにやって来ていた。


 アンナの目の前には憎き宿敵、雷崎ライカ。真っ白いシンプルなビキニからこぼれんばかりの胸がその存在を激しく主張している。水着自体はシンプルだが、そこから自身の肉体は奇を衒う必要などないという自信が垣間見えて腹が立つ。大きい。

 許しがたい。



「アタシは去年もわりと来てたかなー」



 その横には龍上キララ。首元で紐が交差している独特のデザインなクロスホルダービキニ。胸元が谷間からではなく、正面から大きく見えていてかなりセクシーだ。真っ赤な色の水着が、彼女の赤色のツインテールによく似合っている。

 許しがたい。

 


「さすがですね……! 遊び慣れてる……」



 キララに尊敬の目を向けるのは――アンナの右側に座る翠竜寺ナギ。


「で、でしょ~? アタシ、ちょー遊んでるし?」

「すごい……! いいなあ、素敵……」

「……でっしょ~?」


 ナギの言う「遊んでいる」は、文字通りの他意が含まれてないものだが、キララは「男遊び」だと勘違いし、そして即座に大嘘をついた。

 ずっと病院の中で過ごしていたナギにとって、海は初めてで、周囲をきょろきょろ見回しては、目を輝かせている。

 水族館や動物園にはハヤテとよく行ったのだが、海には来たことがなかったのだ。

 キララはハヤテのことをあまり好いていないが(こちらの胸元を見ているのがバレバレなので)、かなり世間知らずなナギは、キララの大法螺――もとい、尊厳を守るための建前を簡単に信じてくれるので、気に入っていた。ナギもナギで、キララのような人種の知り合い――というか、そもそも友達がライカしかいなかったので、ライカを通じて交友関係が広がる度に、周囲が引くくらい喜んでいる。


 翠竜寺ナギはハヤテの魂装者アルムで、アンナとは同じ学園なので顔見知りでもある。ハヤテを通じて前々から知り合いだったので、人見知りが激しいアンナの数少ない話せる相手だ。桜色の大きめなフレア付きの水着。フレア──要するに、すごくひらひらしてる。ひらひらで胸元を誤魔化している。とても落ち着く胸元をしている。凪の海のように穏やかだ。

 許せる。すごく許せる。仲間。



 だが――――なにより許せないのは。




「んー、つめたいですっ、おいしいですっ、すばらしいですっ!!」


 


 真っ青なブルーハワイ味のかき氷を貪っているのは、零堂ヒイラギ。十一歳。

 上下白黒で統一され、フリルが大量にあしらわれ、胸元にはリボンがついた変わったデザインの水着。どうやらメイドをイメージしているようだ。頭にはヘッドドレスが。

 ヘッドドレスは、肩程で綺麗に切りそろえられた短めの青髪をしている彼女によく似合っていたが……なぜ、水着にヘッドドレス? と首を傾げた。

 アンナが「……取らないの?」と聞くと、

「メイドの魂なので!」と返ってきた。

 魂が海水で濡れてもいいのだろうか。

 

 ヒイラギがかき氷を貪り、じたばたと体を上下させる度に、胸元が激しく揺れる。


 十一歳なのに。

 小5なのに。


 凄まじい迫力であった。


 ライカやキララはもうしかたがない。

 だが、背丈はアンナとそれ程変わらない、無邪気で常に動き回ってる彼女の胸元が、あんなことになっているのはどう考えてもおかしいと、こんなことはあり得ない。こんなことがあっていいのだろうか。

 本当に。



 本当に――――まるで意味がわからない、と屍蝋アンナ十六歳は頭を抱えた。



 屍蝋アンナ十六歳は、零堂ヒイラギ十一歳に、人知れず負けた。完膚なきまでに、敗北感を覚えた。

 アンナはナギに視線をやると、彼女の手からスプーンがこぼれ落ちた。




「あれ、ナギちゃん? どうしたの固まって。あれ、あれ……?」




 ライカがぶんぶんとナギの顔の前で手を振るが、ナギはフリーズしたままだ。






 長きに渡る硬直の後、ナギは一言――、






 ねえ、ハヤテくん。

 きっと、私も飛べるね。


 




 

 それだけ呟いて、翠竜寺ナギは駆け出した。





「あれ、ちょ、ナギちゃん!? なに!? そっち、崖、崖……飛び込むの!? 準備体操した!? ナギちゃん!? ナギちゃあああああああああああん――――――っっっっ!?」






 ライカは叫んだ。

 翠竜寺ナギは飛んだ。

 

 ざっぱぁ――――ん、と。

 翠竜寺ナギは、大きめの水柱となった後、海へ沈んだ。


「…………ナギちゃん泳げるの?」

「プールで練習したから大丈夫って言ってたけど……」


 ライカとキララは、困惑していた。


 きさまらには一生わかるまい……とアンナは自身の胸を――翠竜寺ナギと同じ薄い胸を強く抑えた。

 

 アンナはナギに感謝していた。

 ……彼女がそうしていなければ、きっと飛んでいたのは自分だ。



「…………あのー、このかき氷、いらないならもらってもいいでしょうかっ!?」



 ヒイラギは、ナギが残していったメロン味のシロップがかかったかき氷を指差す。


「……こーら、ヒイラギ。行儀が悪いですよ?」

「で、でも~~~~っ!!」


「あ、なら私のいいっスよー」


 キララはヒイラギへ、自身のかき氷を差し出す。


「わー、キララ様ありがとうございますー! 優しいんですねーっ!!」


 ヒイラギがキララの差し出したかき氷に飛びついた。



「……いいんですか?」

「もちろん。頭キーンってなってたし……おいしそうに食べてるとこ見てるの、楽しくて」

「うぅ~……すみません……。普段から自分は子供である前にメイドなので礼節を弁えてるとか言ってるんですけど、食い意地が張ってて……まだまだ子供なんですよね」

「……アッハハ、可愛いじゃないっすか」



 ヒメナの言葉に、少し焦りながら答えるキララ。

 激闘を繰り広げた相手と、こうして平和なやり取りをしているのには違和感がある。

 だが、戦いが終われば、あの恐ろしかった零堂ヒメナも、とても普通の――というか、かなり照れ屋な女の子だということがよくわかる。

 ヒメナは高2なので一つ上の先輩なのだが、どうにもこの先輩は、ヤクモのような格好いい先輩とは違ってかなり可愛らしい。

 ヒイラギは、めるくやアンナのようにキララを舐めきっていないところが気に入った――と、そこで自分の卑屈さが微妙に嫌になる。めるくやアンナのように、気安く接してくれるのも嫌いではない――嫌いではないが、やはり無邪気に慕ってくれる相手というのもいいものだ。


 ――――と、持てる者は、持たざる者の苦悩など知らず、ヒイラギにも余裕を持って接することができるのだった。



「ジンくん達、来ないねー」

「まあ、アタシらだいぶはやくついちゃったもんね。まー、とりあえず女子会的なー?」



 現在の時刻は、10時15分。

 集合時刻は11時なので、かなり早めについてしまった。

 ライカの予想では、ジンヤのことなので、予定より早く来ていると思ったが……というか、大勢が集まってしまうと話す機会もなくなるだろうし、早めに合流して水着の感想をもらおうと思っていたのだが、さすがに早すぎたようだ。

 



 現在この場にいるのは、



 雷崎ライカ(G)、屍蝋アンナ(AA)、龍上キララ(G)、翠竜寺ナギ(AA)(狂ったように泳いでいる)、零堂ヒメナ(A)、零堂ヒイラギ(D)。※アルファベットに特に意味はない。





 ──なぜ、この場に女子しかいないのか?




 ────その謎は、解く鍵は。

 とある一人の男の、壮大な野望の中にある。




 ◇




 時は巻き戻り、時刻は10時ちょうど。



 刃堂ジンヤは、既にビーチに到着していた。


「いいのかなあ、遊んでて……」


 ジンヤが海を眺めながら呟いた。

 昨日は《八部衆会議》でたっぷりと肝を冷やしたばかりだ。正直、あまりの落差についていけない。


「いいんじゃねーか、ここ最近しんどいことばっかだったろ」 

「風狩の言うとおりだろ、つーかしんどいことばっかなんだから、遊べる時は遊んだ方がいいに決まってんだよ」

「お、良いこといいますねゼキ先輩ー」

「だろ? 風狩、オメーわかってんなァ」


 どうやらハヤテとゼキは気が合うようで、すぐに仲良くなっていた。

 ジンヤはさすがに二人のチャラチャラウェイ陽キャのノリについていけず、ちょっとハヤテに嫉妬する。

 中学時代から、こういう部分ではハヤテにはまったく敵わなかった。

 だからこそ、勝負でだけは対等でいたいという想いも強くなったのだが、それはそれ。コミュケーション強者っぷりは羨ましい。


 さておき──ハヤテやゼキの言うことも一理あるかと考える。

 彼らほど切り替えが上手くないが、それでも今日までの辛いこと、そしてこれからの試練を一度棚上げして、リフレッシュに努めるべきかもしれない。

 

 罪桐事件、会議での追及……ここのところ、心労がかかることばかりだったが、今日は気兼ねせず遊べるだろう。


 ジンヤ達男性陣は、既に到着していた──ただし、ライカ達がいるビーチからは離れた場所にだ。

 このビーチは、一般開放されている区画と、ライカ達女性陣の集合場所に指定された、大会選手達のためのトレーニング兼リフレッシュ用の区画に分かれている。

 選手限定区画の開放が本日からなのだ。



 ライカ達女性陣は、集合時刻を11時、集合場所を選手用の区画に指定されていた。


 男性陣は、集合時刻を10時、集合場所を一般解放区画に指定されていた。



 一時間の時間のズレと、異なる集合場所のズレ。


 それを仕組んだのは──、




「ちょりりーん! チャラチャラ・チャラチャラ・チャラチャ・チャランスロットでっす! …………ま、もうお馴染みだろうし挨拶はいいっショー、巻きでいこっかー」




 今回の件を仕組んだのは、ランスロット・ディザーレイクだった。



 大勢を誘ったのは、合コンの時に得ていた各自の連絡先を利用して。

 ……もっとも、別段彼が誘わずとも、選手限定区画の開放は今日からなので大抵の選手は海に来ているのだが。

 


「こいつ女がいねーと雑になるな」

「だな」

「ってか、なんスかこいつ」


 ゼキがぼそりと呟き、トキヤが頷いた。

 そしてハヤテがランスロットを怪訝そうな顔で睨む。




 集まっているメンバーは、ジンヤ、ハヤテ、ランスロット、アロンダイト、ゼキ、トキヤ、セイバという、合コンの時の面子に新たにハヤテを加えさらに──、



「…………変わった口調の方ですね」



 柔らかな金髪に澄んだ青い瞳の少年──輝竜ユウヒがそう言った。

 なぜだかユウヒはランスロットから目を反らしている。

 ユウヒとランスロットは同じ学園で知り合いではあるが、そう思われたくないのだろう。


「意外だね、ユウヒくん」

「僕が来たことがですか?」

「…………うん。こういうの、好きじゃないかと思ってたよ」




 ジンヤの中での輝竜ユウヒのイメージと言えば、




『ジンヤくん、それがキミの正義かッ!?

 そんなことをキミの父親がッ! ライキさんが認めると思っているのか!?』



『黙れ、クズ――――正義ボクは折れない』



『いい加減にしろッ! ボクの前でそんな醜態を見せるなッ! キミは……キミは、刃堂ジンヤだろう!? ライキさんの息子だろう!? 彼は諦めなかった! なにがあっても……なにがあってもだ! 死んでも、諦めなかった! だからキミも、そうあってくれよッ! 動揺なんてするなッ! こんな下らないことで立ち止まるな! 進め! 進めッ! 死んでも進み続けろッ! ボクが信じた刃堂ジンヤは、そういう男のはずだッ!』





 どこまでも苛烈に、ただひたすらに、真っ直ぐに、折れず曲がらず屈せず突き進み続ける、徹底的で、圧倒的な、正しい、正義の英雄。


 普段の穏やかな彼と、スイッチが入った時の苛烈な英雄の彼。

 どちらが本当なのだろうか。

 いいや、きっとどちらも本当なのだろう。

 だから、彼とは譲れない決裂があっても、彼のことを嫌いにはなれないのだろう。


 あの女性──アンナを追及し続けた《八部衆》の八尺瓊ガライヤを思い出す。

 彼女とユウヒは、似ているようで違う。


 ユウヒの優しく穏やかな面が、あの領域に足を踏み入れるのを留まらせているような、そんな気がした。


「……そうですね。ボクもあまり浮ついたことを率先して自分からしようとは思いませんが、嫌いでもありませんよ。楽しいことは、ライキさんだって好きでしたから」

「へえ、父さんが……」

 

 確かにライキはジンヤと違って内向的な性格ではないし、あらゆる遊びを禁じるような頭の硬いタイプでもなかった。

 むしろ子供が喜ぶようなことはやらせたがるタイプだが──ジンヤは、そういう面を多く見る前に父とはすれ違ってしまっていた。

 記憶の奥底になる父は、いつも笑っていたが、少しそこから進めば、どこかぎこちない関係だったと思う。


 才能を継げない負い目から、勝手に父を遠ざけていた。

 そのすれ違いは、罪桐事件の最後──ライキの残響との戦いで解消したが、やはりこうしてユウヒから生前の父の、よく知らない部分を聞かされる度、どこか胸が痛む。


 もう戻らない過去。

 二度と見ることの叶わない笑顔。


「『失ったものを数えるのを、やめろとは言わない。それを忘れる必要はない。むしろ強く胸に刻んでおくべきだ。でも、それを糧になにを掴めるのかを数えたっていいんだ』」


「…………ユウヒくん、それって……、」


 突然異なる口調で語ったユウヒ。その語り口は、懐かしい面影があって。


「……ライキさんの受け売りです。……すみません、悪趣味でしたか?」


 嫌なことを思い出させたかもしれないと、そう思ったのだろう。

 だが、ジンヤは。


「ううん……不思議だけど、嬉しいよ。父さんと話してるみたいだった」

「それはボクも同じですよ。本当に不思議です。まるで違うはずなのに、どこか彼に似ているのですから。……そういえば、《ガーディアン》に入るそうですね。いい選択だと思います」

「選択、って訳じゃないけどね」


 恐らくセイハに聞いたのだろう。隠すことでもない。いずれユウヒと同じ立場で戦うこともあるかもしれないのだから。


「……やはり、屍蝋アンナのせいですか? ですが、きっかけはどうあれ、君がライキさんに近づいていくことはボクとしては好ましいですよ──それでこそ、倒し甲斐がある」


 静かな闘志を滲ませた言葉を告げた後、ユウヒは笑った。



「──ああ、それは僕も同じだよ」


 互いにライキの面影を見ている。

 ライキを継ぐのは自分であるという自負。

 そして、相手を倒せば、それはライキを超えることに繋がるということを、二人とも理解している。

 ライキの残響──あれは彼のほんの一部でしかない。

 本当の彼は、あんなものではない。

 その《本物》になる可能性を、目の前の相手が持っていると──互いにそれを理解している。


 好感も、面影も、決裂も────全ては憧憬の先へ至るための供物。


「──次に戦う時が楽しみですね」

「……ああ、次は決着をつけよう」


 僅かに震えた自身の右手を、ユウヒは握りしめた。

 ジンヤが成長する度に、ライキへと近づいていく。

 大会の試合が一つ進む度に、

 決勝が近づく度に、 

 宿命の決戦へと、近づいていく。


 罪桐事件の最中に行われた、たった一合の、すれ違いのような戦いではない。


 己の全てを賭した斬り合い。


 それに勝てば、また一つ、望んだ英雄へと近づける────。


 いずれ訪れる決戦へ闘志を燃やすジンヤとユウヒ。

 




 ────後ろからそれを眺めていた風狩ハヤテは。

 風に溶ける小さな声で、


「…………気に入らねえな」


 そう、呟いた。



 ◇



 ハヤテとしては、面白くなかった。

 敗退してしまった以上、ジンヤ、ミヅキ、ユウヒといった、ライバル達との宿命から外れてしまったこともそうだが、なによりも。

 ユウヒの在り方が、どうにも気に入らない。


 ハヤテは呟く。


「……あいつは、そうじゃなかったぜ」




 ◇



「…………ねみィ……」


 銀色の髪をした少年が、パーカーを目深にかぶって、パラソルの下、ビーチチェアの上で横になっていた。


「みづきー、……おねむ?」

「あァ、わりィな」

「……遊びにいっていー?」

「……、」


 とん、と軽くめるくの細い足を、ミヅキの足が払った。


「ぅわう!?」


 めるくがよろめいて、ミヅキの鍛え抜かれた体の上に、小さな体が倒れ込んだ。


「気ィつかってんじゃねえよ」

「……いいでしょぉー、めるくはみづきのものなんだから、それくらいー」


 本来、めるくはずっとミヅキの側にいたい、遊んでもらいたい。

 だが、今のミヅキの疲労を考えて、邪魔にならないように自分から遊びに行くことを提案したのだ。


「ほんと、いじっぱり」


 ごしごしと、倒れた体勢のまま、猫のように頭をミヅキの腹にこすりつけるめるく。

 長く美しい銀髪が散らばって、甘い香りが広がる。

 まるで匂いをつけてマーキングし、所有権を主張するようだった。


「鬱陶しい」


 めるくの額を指で弾くミヅキ。


「……むー。みづきのむきむき」


 左手で額を抑えつつ、右手で名残惜しそうにミヅキの割れた腹筋の溝に指を這わせる。


「キララも来てたろ。あいつから離れんなよ、あいつの言うこと聞いて、あんまうろちょろしねーなら好きにしとけ」

「……もう、こどもあつかい……。わかった、きららの言うこときく。じゃあいってくるねー」

「……あァ」


 めるくも随分と口数が多くなった。

 それに、やたらとスキンシップも激しい。

 子供のすることに興味などない。鬱陶しいが、本人が満足ならいいだろう。


 めるくにとって、ミヅキはきっと全てなのだ。母でも父でも兄でも恋人でもなく、全て。

 理由はわかってる。

 

 あの暗闇の底で、彼女を拾った時から、彼女の中ではずっとミヅキはそういう存在で。


 彼女にとっては、ただずっとミヅキの道具であることも、先程のように触れ合うことも、等価なのだ。ただ、許される範囲が増えたから好きにしているだけ。


 きっともっと早く許されていたのなら、そうしていたのだろう。

 ずっと我慢していたといたのもまた事実だろう。


 まだ彼女との接し方はわからない。

 それでも、ただ道具として扱うよりはマシになったことだけはわかる。


 魂装者アルムとは、どうして人の形をしているのか。

 人の形をした武器など、不便なだけだろう。

 武器に感情など、余分だろう。


 ミヅキにその答えはわからない。

 だがきっと、あの男は自分よりもその答えの近くにいる気がする。


 それを知るためにも。

 あの男に、少しでも近づくためにも。


 ミヅキはもう、めるくを道具として扱わない、彼女を拒絶したりしない。

 

 



 現在ミヅキがいるのは、ジンヤ達が集合している一般開放区画ではなく、キララ達がいる選手限定区画だ。

 彼はセイハに誘われ、断ったのだが、これもトレーニングの一貫だとしつこく説得され、嫌々やって来た。

 めるくを遊ばせるにはちょうどいいと思ったので、しかたなくはあったが、それにしても面倒だった。

 昨日の水村ユウジとの試合で消耗もある。

 あのままもう一試合しても構わない──それくらいのつもりで鍛えてはいるが、それでもあの戦いは精神の消耗が激しかった。


 キララが来ているということは、恐らく刃堂ジンヤも来ているのだろう。


「くっだらねェ……」


 心底興味がなかった。

 ミヅキが欲しいのは戦いであって、友情ごっこではない。戦い以外の繋がりなんて欲しくはない。他者との繋がりは、憎悪や敵意だけでいい。

 ──男は敷居を跨げば七人の敵ありというが、七人どころか、周りなんて全員が敵で構わないし、本当に欲しい戦いの相手はたった一人だ。


 だから、戦場以外でジンヤの顔を見るかと思うと吐き気がした。




 パーカーの隙間から外を見つめると、蒼天院セイハが砂浜をひたすら走り込んでいる。


 …………ちょうどいい、あとでセイハに喧嘩を売ろう。

 

 そう決めた。

 それがこのクソ暑い中に引きずり出されたことへの復讐だ。

 それに、蒼天院セイハくらい叩き潰せなくては、本当に倒したい相手に届かない。

 


 ◇



 遠目からミヅキやセイハがいる地点を、ヒメナとキララが眺めていた。


「あ、お兄ちゃ──…………、……兄さんだ」

「え、ヒメナさん……兄貴のこと『お兄ちゃん』って……」

「忘れてください」

「え、だって今」

「────もう一度戦いますか?」

「すんませんしたっ!」


 勢い良く頭を下げるキララ。頭を上げると、とてて、とこちらに駆けてくる小さな影が。


「きららー、やっほ」

「お、めるちゃん。ってことはあっこで寝てる銀色の、やっぱ兄貴か」

「うん、みづき寝てる。みづきが、きららのめんどーみてやれって」

「……。……そっか~、じゃあめるちゃんアタシの面倒みてね?」

「ばっちりまかせとけな?」


 無表情のままぽんぽんとめるくがキララの肩を叩いてくる。


 たぶん兄貴が言ってたのは逆だな……と思いつつも、キララはめるくが気分の良いように言っておくのだった。

 この面倒見の良さが、舐められる原因だとわかりつつも、人は簡単には変われない。

 それに、前は一切他者と関わろうとしなかっためるくが変わっていくのは、キララとしても喜ばしいことなのだ。





「…………ってか、ジンジン達こねー、なにやってんだ?」




 

 この時、まだ多くの者が知らなかった。

 

 ビーチの裏で蠢いている、恐ろしい陰謀を……。


 ランスロット・ディザーレイクが仕掛けた、恐ろしい策を……!





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